Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (308)
宝盗りディッター 前編
騎士見習いの専門棟へと移動する。その間も何やら色々と考えていたらしいルーフェンはハッとしたように顔を上げた。
「よし、今回は宝盗りディッターで勝負しよう! 最近は速さを競うばかりで、宝盗りは行っていないから、非常に楽しみだ。先生の若い頃は……」
ルーフェンがとても張り切っているようだが、ダンケルフェルガーを勝たせようというものではなく、ただ純粋にディッターをしたいだけのように見える。
大領地の寮監だし、一見何も考えていないように見えても、深謀遠慮があるのだろうか。それとも、ダンケルフェルガーが負けるとは全く考えていないのだろうか。
わたしの呟きにヒルシュールが軽く肩を竦めた。
「ルーフェンはおそらくフェルディナンド様の愛弟子であるローゼマイン様とディッターがしたくて仕方がないのでしょう。最奥の間で虚弱さに驚いていましたけれど、宝盗りディッターならば用兵の腕前については見ることができますからね。今年の領地対抗戦でエーレンフェストが脅威となるか否かを確認したいのだと思いますよ」
ルーフェンは領地対抗戦のディッターの勝利に非常な熱意を燃やしているそうだ。そのために伝説を作り上げている神官長の弟子ということになっているわたしを警戒しているらしい。
「ルーフェン先生の思惑は今回の件に全く関係がないように聞こえるのですけれど?」
「そうですね。レスティラウト様が図書館の魔術具の主になるか否かは、ルーフェンにとって特に重要ではないことで、エーレンフェストの強さを探る方が重要なのでしょう。……数人ですけれど、魔力の伸びが尋常ではない生徒がいますし、今年の座学の成績の伸びはどの先生方も目を見張るものですからね」
ちらりとこちらを見る視線が痛い気がする。ちょっと餌をぶら下げたり、背中を押したりしたけれど、座学の成績に関してはそれぞれの努力である。わたしはそれほど関係ない。
そんなことよりも、エーレンフェストが勝った後、目を爛々と輝かせて再戦を申し込んでくるルーフェンの姿が思い浮かんでげんなりとした気分になる。
「この勝負に勝ったら、ルーフェン先生が非常に面倒な感じになりそうなのですけれど、わたくし、勝っても良いのでしょうか?」
「何を言っているのですか、ローゼマイン様!? 勝たなくてはシュバルツとヴァイスがレスティラウト様に取られてしまいましてよ!」
……ヒルシュール先生も研究がかかってるから熱くなってる。
勝つのは決定で良いけれど、あまりわたしが目立たない勝ち方が良い。祝福をかけた騎士達だけで何とかなれば良いが、まだ作戦らしい作戦を立てたことがない騎士達だ。宝盗りディッターのような相手の裏をかくことを目的とするようなゲームに勝てるだろうか。
……相手の裏をかくゲームか。確かに神官長が得意そうなゲームだよね。
神官長の用兵に関する参考書に何か参考になるような記述がなかったか、わたしは必死に記憶を探る。そのうちに競技場へと到着した。
……広っ!
騎獣に乗って飛び交うことを前提にした円形の訓練場で、麗乃時代の野球場くらいの広さはありそうだった。雪のちらつく灰色の雲に覆われた空が大きく見えているので、屋外の競技場のように見えるけれど、風も雪もちっとも感じられない。まるで、透明の屋根があるようだ。
本館から続く回廊から真っ直ぐに入ってきて、わたしが今立っているところは、観戦するための場所らしい。推測になってしまうのは、周囲をぐるりと取り巻く観戦部分が階段状になっているわけでもなく、斜めになっているわけでもないからだ。これでは観戦しにくい。そのため、観戦場所とは断定できないでいる。
競技を行う部分は、今わたしが歩いている観戦部分よりもガクンと低くなっていた。その中にいくつか大きな丸が描かれているのが見える。
観戦部分でルーフェンが立ち止り、生き生きとした表情で振り返る。ダンケルフェルガーとエーレンフェストの騎士見習い達をぐるりと見回し、口を開いた。
「宝盗りディッターについて説明する。いつも訓練しているディッターとは違うから、気を付けるように」
それから始まったのは、宝盗りディッターについての説明だった。
まず、宝となる魔物を自分達で狩ってくる。魔物は自分達がやられないようにある程度弱らせ、しかし、相手に盗られぬ程度の元気は残さなければならない。
競技中に自分の陣の魔物を殺してしまうと敗北となるため、魔物に対する力加減も宝盗りディッターでは大きな勝敗の要因となる。
宝となる魔物は自分達の陣と決められた範囲に置く。そして、宝を狙ってやってくる敵を迎撃し、守りつつ、同時に、敵地へと攻め込んで、敵の魔物を打ち倒すか、盗んでこなければならない。
「参加人数を決めるぞ。少ない方に合わせるのだが、エーレンフェストは何人だ?」
「25人です」
コルネリウス兄様が即座にそう答えた。ルーフェンが頷き、ダンケルフェルガーの人数を25人に合わせるように、と指示を出す。
「こちらが参加できる人数を申告すれば、人数の多いダンケルフェルガーはそれに合わせて選抜ができるのだから、人選の時点でエーレンフェストが不利だと思うのですけれど」
わたしの呟きにコルネリウス兄様が肩を竦めた。
「人選方法は領地対抗戦でも同じなのです。だからこそ、人数の少ない小領地はなかなか勝利できません。けれど、人材を揃えるのも実力のうちです。ただし、大領地で選手に選ばれなかった騎士見習いは、貴族院にいる間、ずっと見せ場がないわけですから、どちらが良いとは言えません」
普段の成績はもちろん、領地対抗戦での活躍や戦績は、中央への引き抜きや成人してからの配属先に大きな影響を及ぼす。見せ場がないのは、非常に困るそうだ。
「それから、陣地を決める。本来の宝盗りディッターはそれぞれの寮の周辺だが、今回はこの競技場の左右に分かれればよいだろう。二番と四番の魔物を呼ぶ範囲をそれぞれの陣地としよう。宝とする魔物もそこに置くように」
競技場には普段の訓練の時に魔物を出現させるためのラインが大きな円でいくつか描かれていて、端と端の円を指差しながら、ルーフェンが言った。
その大きな円は魔法陣となっていて、魔物を範囲内に止めておくことができるらしい。一度狩ってきた魔物をその陣に触れさせれば、勝手に出て行くようなことはできなくなるそうだ。
「今回の宝盗りディッターでは制限時間を設ける。時間内にエーレンフェストの守る魔物を討ち取るか、奪い取れば、ダンケルフェルガーの勝利だ。逆に、時間内守りきるか、ダンケルフェルガーの魔物を討ち取るか、奪い取れば、エーレンフェストの勝利となる。当然のことだが、自分達が魔物を倒してしまった場合は敗北だ」
魔物を討ち取れば魔石となる。その時点で勝敗が決するらしい。奪い取るというのは、魔石にすることなく、魔物を敵陣から自陣へと運び込むことなのだが、そのような面倒な事をする者はいないそうだ。
「何か質問は?」
「はい!」
わたしはバッと手を挙げた。
「ディッター競技の間で魔石や魔術具を使うのは良いのですか? 例えば、魔石で結界を作るというように……」
「構わぬ。実際貴族院の敷地全てを使って行っていたかつての寮対抗の宝盗りディッターでは魔術具を使うのは当たり前だった。長引いたり、怪我をしたりすれば回復薬も使わねばならないからな」
「わかりました。ありがとう存じます」
……神官長、きっと色々と隠し持っていたんだろうな。
わたしが自分の腰についた革の袋をそっと押さえ、回復薬や魔石が入っていることを触り心地で確認していると、何かに気付いたようにルーフェンが顔を上げた。
「……うん? 待ちたまえ! まさか参加するつもりか!? 騎士見習いでもない、新入生の領主候補生が!? 死ぬのではないか!?」
ルーフェン同様、エーレンフェストの騎士見習い達もわたしが参加するとは全く考えていなかったらしい。口々に「危険ですから、お止めください!」「おとなしく見学していてください!」「戦うのは我々の仕事です!」と言う。
「これはシュバルツとヴァイスの主を決める戦いですもの。わたくしが参加するのは当然ではないですか」
「その心意気や、良し! レスティラウト様もご参加ください!」
見学気分だったらしいレスティラウトがルーフェンの声により、引っ張り出される。ものすごく嫌そうな顔で睨まれた。
「では次の鐘が鳴ったら、勝負を始める。それまでは双方で作戦を練るように」
「はっ!」
手前の円がエーレンフェストの陣、奥の端の円がダンケルフェルガーの陣と決まった。ダンケルフェルガーの者はザッと騎獣に乗って、自分達の陣へと飛んでいく。
それを見送った後、わたしはコルネリウス兄様に「参加するなんて無謀すぎる」と叱られながら、作戦会議を始めることになった。
魔物を狩るところから始めなければならない宝盗りディッターは自分達の宝とする魔物をどれにするのかという選別から始めなければならない。
弱すぎる魔物では、あっという間に相手に打ち取られてしまう。けれど、強い魔物にすると自分達が捕えるのも大変であるし、防御しなければならない味方が攻撃されてしまうのだ。
「けれど、今回はそれほど強くない魔物を狩ってきてください」
「それほど強くないというのは、どの程度でしょう?」
レオノーレが首を傾げた。確かに強さの定義は難しい。わたしは自分が必要としている魔物について、できるだけ詳しく説明する。
「シュタープの光の帯で縛っておけば放置しておけるくらい、でも、縛って放置しただけで死なない程度の魔物が良いです。あまり大きすぎない魔物でお願いいたします」
「何故ですか? それではダンケルフェルガーのように強い相手には簡単にやられてしまいます!」
トラウゴットの反論をわたしは軽く手を振って否定した。
「大丈夫です。縛り上げて、わたくしの騎獣に放り込んでおくので、そう簡単には奪えません」
わたしの騎獣の中は、わたしの魔力で満たされているので、騎獣の中にいる限り安全だと神官長に言われたことがある。レッサーバスが攻撃されても、攻撃した相手の魔力がわたしの魔力を上回らなければ、壊れることはないらしい。領主候補生で、尚且つ、圧縮しまくっているわたしに魔力量で勝てる騎士見習いはほとんどいないと思う。
その話をしたところ、騎士見習い達が驚愕に目を見張った。
「それは、何というか……」
「相手が全く手を出せないところに置くというのは、卑怯ではないですか?」
「何故ですか? 自分の陣の中に魔物を置いておかなければならないと言われましたけれど、自分の陣で騎獣を使ってはならないと言われていません」
「ディッターは騎獣に乗って戦うので、当然ではないですか!」
そう、ディッターにおいて、騎獣に乗っているのは当然なのだ。騎獣に宝を置いていたところで文句を言われる筋合いはない。
「わたしは騎獣に乗って、自分の陣にいるだけです。一緒に魔物が乗っていても、陣から出なければ問題ないでしょう?」
唖然としている騎士見習いに、わたしは軽く溜息を吐いた。
「宝を完璧に守ることに、何の問題がありますか? 魔物を死なせずに守れば良いのです。それに、相手も同じ手を使うかもしれないではありませんか」
「それは絶対にないでしょう。移動するための騎獣を魔物置き場にするとは思いませんよ、普通」
それ以前に、騎士見習いは乗り込めるタイプの騎獣を持っていないので、不可能だ。
「皆は全く手が出せないと言いましたけれど、レッサーバスに宝を置いた時に、全く攻略方法がないわけではないのですよ。普通ではないから、咄嗟に思いつかないだけです」
「え?」
目を瞬く騎士見習い達を見回して、わたしは肩を竦めた。この弱点は教えておいて、きちんと守ってもらわなければならない。わたしはヒントを出す。
「勝利条件を覚えていますか、アンゲリカ?」
「時間内守りきる、敵の魔物を倒す……他にありましたか?」
ハッとしたようにコルネリウス兄様が顔を上げた。
「奪い去る。……騎獣ごと宝を奪われる可能性がある、ということですか」
「そうです。わたくしが二年前にさらわれた時のように騎獣ごと奪われる可能性がないわけではありません。普通ではないやり方なので、すぐに思いつくかどうかはわかりませんけれど」
「……相手が思いついた場合、ローゼマイン様の身が危険です」
コルネリウス兄様が苦しそうにそう言った。
「勝敗が決まるだけで、レッサーバスの中にいれば、わたし自身に危険はありませんよ。あの時も横倒しになったレッサーバスから出ようとしなければ、さらわれなかったのですから」
「それでも、再びローゼマイン様を危険に晒したくはございません」
渋るコルネリウス兄様にわたしは軽く溜息を吐いた。
「相手の裏をかくのが戦術ですもの。正面から戦うだけが戦いではありません。ダンケルフェルガーとは人選の時点で戦力に差があるのですから、差を埋めるためにどんどんと相手の裏をかきましょう。使えるものは身内でも恩人でも関係なく使って、裏をかき、罠を張って、相手を陥れて、自分にとって最善の結果を得るのです。力押しの正面突破ばかりしていては、フェルディナンド様のような計算高い腹黒さは身につきませんよ。……ちょっと待ってください。身につかなくても良い気がしてきました」
神官長のような人が周囲に増えたら、わたしが大変なことになる気がする。わたしが慌てて止めると、コルネリウス兄様が小さく笑いながら「今回の立案を伺ったところ、ローゼマイン様がフェルディナンド様の影響を一番受けている気がいたします」と言った。それに周囲の騎士見習い達が揃って頷く。
……え? わたし、そんなにえげつない?
「つまり、ローゼマイン様の意見をまとめると、今回のディッターでは宝をできるかぎり安全なところへ移し、防御に徹するということでよろしいですか?」
「基本はそれで良いと思います」
防御に徹すれば勝てるのだから、防御に徹するのが本来のやり方だろう。あと、エーレンフェストの騎士見習いは全員で突っ込むような魔物の倒し方ばかりをしていたようなので、防御の練習ができるのはちょうど良いと思う。
「ここしばらくは速さを競うディッターばかりで、守りに徹するような訓練はしていないのでしょう? けれど、護衛騎士となれば、守りを重視する戦いができなければなりません」
攻撃は最大の防御、を体現しているようなアンゲリカとトラウゴットへと視線を向ける。
「これまでの戦績結果を調べたところ、ダンケルフェルガーは素晴らしい連携で的確に打ち込んで敵を倒すことが得意です。速さを競う上で、おそらくあちらも攻撃を重視しているでしょう。今回は特にわたし達が守りきれば勝つのですから、あちらは防御を破ろうと必死になると考えられます」
「そうですね」
「残り時間が減ってきて攻撃を重視するあまり、相手の防御が甘くなったところを狙うので、しばらくは防御に徹してください」
ほとんどの騎士見習い達が頷く中、我慢できなかったようにトラウゴットが声を上げた。
「防御に徹するなんて、ディッターではありません」
「トラウゴット?」
「ローゼマイン様、私はどーんと全力で攻め込んで戦いたいのです!」
魔物を攻めて、倒す速さを競うディッターばかりをしてきたトラウゴットには防御に徹する戦いが我慢ならないようだ。いきなりやり方を変えるのだから、発散できる場は準備してあげた方が良いかもしれない。
「……トラウゴット、しばらく我慢ができれば、全力で打ち込める場を作ってあげましょう」
「ローゼマイン様、わたくしにも作ってください! わたくしも全力で魔物に打ち込みたいです!」
トラウゴットに許しを出した瞬間、アンゲリカが自分にも見せ場を、と目を輝かせる。
「わかりました。アンゲリカにも準備します。……二人の補佐をコルネリウスにお願いしますね」
「……かしこまりました」
コルネリウス兄様が張り切る二人を見て、げんなりとした顔になる。飛び出したら戻って来なさそうな二人を自陣に連れ戻せるのはコルネリウス兄様しかいない。
「見せ場を作るためには……投擲が得意な者が必要です。石とか短い槍のような物を敵陣に向かって投げられる者はいませんか?」
「はい! わたくしは得意です。わたくしにも見せ場をいただけるのですか!?」
スリングで投げるのが得意だとユーディットが元気に手を挙げた。わたしは軽く頷いて、ユーディットを採用することにする。
「では、ユーディットに頼みましょう。ユーディットはわたくしと騎獣にいてくださいね」
「はい!」
「今回は宝を守りきれば勝てるのですから、しばらくは防戦のみです。我慢することも大事です。防御の練習だと思って、相手の攻撃を防ぐことを考えて戦ってください。……とは言っても、盾だけ構えていれば良いのではありません。武器を持って敵を減らすことも相手の攻撃を防ぐことになります。要は戦列を乱さないこと、一人で勝手に敵地に向かって飛び出していかないこと。連携しながら、戦ってください」
「はっ!」
魔物を狩りに行く者と陣に残る者を分けた頃には、5の鐘が鳴った。狩りの開始だ。
鐘が鳴ると同時に、エーレンフェストの陣からもダンケルフェルガーの陣からも魔物を狩る騎士達が騎獣に乗って飛び出していった。わたしはユーディットとレオノーレと共にお留守番である。
「ローゼマイン様はダンケルフェルガーに勝てるとお思いですか?」
飛び立って行った騎獣を不安そうに見上げながら、レオノーレが呟いた。
「勝つつもりでいますよ。レオノーレは負けると思っているのですか?」
「……ダンケルフェルガーに勝ったことがないので、とても勝てると思えません」
「勝ったことがないのは、速さを競うディッターです。これは宝盗りディッターで、相手も不慣れですから、勝ち目はあります」
最悪の場合は、宝と一緒に自分の騎獣に乗っているわたしがシュツェーリアの盾で時間稼ぎをして勝利しても良いと思っている。わたしは負けるつもりはないのだ。なるべく自分の力ではなく、騎士達の力で勝ったように見せかけたいだけで。
「狩りを終えて、魔物を陣に入れたら、競技開始ですよね? 魔物狩りにはどのくらい時間がかかるのでしょう?」
「ローゼマイン様、競技はもう始まっています。先程の鐘、あれが開始の合図です。もう競技中なのですよ」
わたしの質問に、ユーディットが笑いながら首を振った。
その答えに驚いて、わたしは競技場を見回した。ダンケルフェルガーの陣にも数人の騎士見習いとレスティラウトが残っているのが見えるけれど、特に何の行動も起こしていない。騎士達が魔物を狩って戻ってくるのを待っているだけだ。
「……すでにディッターが始まっているのでしたら、何故相手の陣を攻撃しないのですか?」
「宝がないのに相手の陣を攻撃してどうするのですか?」
「魔物を狩って戻ってくる敵を迎撃できるではありませんか」
魔物を連れて帰ってくるのだから、危険な荷物を持っているわけだし、疲弊もしているだろう。そのうえ、自分の陣へと戻ってくる敵ならば、油断しているので撃破しやすいと思う。
「ローゼマイン様、それでは競技らしい競技が始まる前に終わってしまいますよ!?」
「ユーディット、何を言っているのですか? もうすでにディッターは始まっているのでしょう?」
「そうですね。盲点でした」
レオノーレが何度か瞬きをする。これまでは先生が魔物を準備してくれるのを待って、それから、開始の合図があり、魔物に攻撃を仕掛るディッターばかりを訓練してきた。魔物を準備するところから競技に含まれる宝盗りディッターは騎士見習い達も経験したことがないので、気付かなかった、とレオノーレが言う。
「コルネリウス様からお借りしたエックハルト様のディッターの戦術に関する参考書には魔物狩りをする間の警戒方法に関する記述がありました。つまり、魔物を狩ったり、陣へと連れ帰ったりする時に妨害があるのは、宝盗りディッターでは普通のことなのでしょう。わたくし達が知らないだけです」
ユーディットが首を傾げる中、レオノーレはわたしが先程言った敵陣への攻撃を考え始める。
「ローゼマイン様、作戦を練り直しましょう。魔物を狩って皆が戻ったら、敵陣を攻めませんか?」
「……できれば、先に敵陣を攻めてしまいたいです。けれど、攻めている間に魔物狩りに行った騎士達が戻ってきて挟み撃ちになったら困ります」
「戦力はこちらが下ですし、残っている人数は少なくても、精鋭揃いですからね」
ダンケルフェルガーが魔物を狩るまでにどのくらいの時間をかけるのかがわからないため、皆が戻ってから敵陣を襲うのはちょっとリスクが高い。
「敵陣を攻めるよりは、魔物を狩って戻ってくるダンケルフェルガーに総力で奇襲をかけましょう。その場で魔物を倒せたら、そこで勝利です」
リスクを背負って勝利条件となる宝がない状態の陣地を攻めるよりは、魔物を連れて帰ってきて疲弊している騎士達を奇襲する方が成功率は高いだろう。
「倒せなかったら、どうなるのですか?」
不安そうなユーディットにレオノーレが軽く肩を竦めた。
「何の問題もありません。それまでの作戦通りに防御に徹する戦いになるだけです」
大して強くない魔物を宝とすることに決めたため、当然のことながらエーレンフェストの騎士達の方が戻ってくるのは早かった。
戻ってきた時にはすでにシュタープの光の帯でぐるぐる巻きになっているのは、ザンツェの一つ上位種であるフェルツェという猫っぽい魔獣だ。
「そんなに小さい魔物が宝で大丈夫か? 魔力の余波でも死ぬのではないか?」
ダンケルフェルガーの陣に残っている騎士見習い達が笑っているのを横目で見ながら、わたしは自分の騎獣を出した。
ファミリーカーサイズのレッサーバスの後部座席に簀巻き状態の魔物を放り込んでもらい、扉を閉める。
……これでよし!
「な、何だ、あれは!?」
「あれは、もしや、噂の騎獣か!?」
わたしは動揺が走る敵陣をちらりと見た後、何とも言えない表情をしている自陣の騎士達を見回した。
「作戦の変更をしました。ダンケルフェルガーが魔物を捕えて戻ってくるところに全力で奇襲をかけます」
わたしの言葉に続いて、レオノーレがエックハルト兄様の参考書にあった記述の話や速さを競うディッターのやり方で頭が固まっていて、宝盗りディッターの戦い方ができていないことを告げる。
「全力でいいのですか?」
「倒してしまっても構いません。ただし、奇襲を仕掛けるのは相手が分散しないように、こちらから、このように動き、敵陣に向かって叩きつける感じで奇襲をかけてください。自分達の背後の安全を確保し、奇襲に失敗したらすぐに戻れるようにするためです」
奇襲中に陣を攻撃されることも考えられるので、ある程度の防御は必要だ。攻撃へと向かう者と防御に残る者を分けた。そして、シュタープをそれぞれの武器に変化させ、騎獣に乗って警戒しているようなふりをして、攻撃態勢を整えた。
わくわくしているようなトラウゴットにコルネリウス兄様が釘をさす。
「ダンケルフェルガーが不意打ちに怯まない可能性もある。決して油断はしないように」
「わかっている」
「アンゲリカ、トラウゴット、コルネリウスの指示には必ず従ってください。陣に戻るように、と言われた時はすぐに戻ること。それが守れない者に活躍の場など、この先ありませんからね」
アンゲリカとトラウゴットをじとりと見ながらそう言うと、二人がお互いに顔を見合わせて、コクリと頷いた。
宝盗りディッターでセオリー通りの魔物を探して狩ってきたのだろう。大きな魔物が光る網の中でジタバタともがいているのが、遠目に見える。
「まだです。もっと近付いてから」
ダンケルフェルガーが段々と高度を下げていて、敵陣は戻ってきた魔物の大きさに喜びの声を上げているのが聞こえた。
「シュネーフェールトか! よくやった! 完璧だ!」
ダンケルフェルガーが狩ったシュネーフェールトという魔獣は、宝盗りディッターでは最も扱いやすい魔獣だと言われている。敵の攻撃に耐える硬い皮を持ち、比較的おとなしい魔獣だそうだ。あくまで、比較的、である。わたしから見ればやや小さめで、ごつごつした皮のカバだ。
「全員、降りてきていますか? 背後からの攻撃は困ります」
「大丈夫です。全員います」
視力を強化したアンゲリカが騎士の数を数えて頷いた。
「今です!」