Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (309)
宝盗りディッター 後編
身体強化を覚えているアンゲリカとコルネリウス兄様を先頭に奇襲部隊が攻撃を開始した。
アンゲリカとコルネリウス兄様は騎獣を出す魔力を惜しんで、他の騎士達の騎獣をまるで飛び石のように足場にして飛び上っていく。
刀身の伸びたシュティンルークを手に、アンゲリカは大きく跳躍して、放物線を描きながら、魔物を運ぶダンケルフェルガーの騎士見習い達に襲い掛かった。その目が狙っているのはシュネーフェールトだけだ。
「うわっ!?」
「何だ!?」
単身で切り込んでいくアンゲリカの攻撃に、奇襲を受けると思っていなかったらしい敵の慌てた声が聞こえ始めた。
魔剣シュティンルークが光の網を切り裂き、シュネーフェールトが網から落ちかける。
「落ちるっ!」
「補助を!」
いくらかのダメージを与えたアンゲリカは落下しながら騎獣を出して、ぐわっと方向転換をする。以前と違って、完全に落下することなく、騎獣を出すことも簡単にできていた。
そして、ダンケルフェルガーの上へと移動し、そこからまた落下に任せてシュティンルークで切り込んでいく。
「やぁっ!」
ダンケルフェルガーがアンゲリカに驚いているところへ、すぐさまコルネリウス兄様が切り込み、その後は騎獣に乗った騎士見習い達が次々と襲い掛かっていく。
奇襲は成功だ。
「敵陣の確認!」
上空の様子を睨みながら発したわたしの言葉にすぐさまレオノーレが返事する。
「動揺中。陣を守る者から数名が援護のため、騎獣に乗りました」
「ユーディットは敵陣の様子を見ていてちょうだい。レオノーレは弓を準備!」
「はっ!」
エーレンフェストへの撤退の合図と追ってくるだろう敵の足止めと威嚇のために、こちらから矢を放つことになっている。レオノーレがシュタープを弓に変化させ、魔力の矢をつがえながら、上空の戦いを睨んだ。
「撤退させるべきだと思ったら、レオノーレが矢を放って」
「やってみます」
敵陣の様子を見るのはユーディットに任せて、わたしも上を見上げた。
ダンケルフェルガーは魔獣を抱えている分、機動力に劣り、魔獣を守らなければならない分、攻撃に回せる人数は少ない。そして、エーレンフェストには武勇の神 アングリーフの御加護がある。どう考えても、エーレンフェストが優位だ。
「……エーレンフェストが強い!?」
格下なので、容易くいなせると考えていたのだろう。奇襲に応戦していたダンケルフェルガーの騎士見習い達が驚愕の声を上げる。
……そうでしょう、そうでしょう。
勢いよく攻撃しているエーレンフェストと、奇襲に動揺して一方的にやられているダンケルフェルガーの様子を見て、わたしは作戦がうまくいっていることに満足していた。
だが、エーレンフェストの優位はほんの少しのことだった。
「狼狽えるな! 防御態勢! まずは宝を守れ!」
おそらく、常に指揮を執っているのだろう上級生の怒号と共に、ダンケルフェルガーは一瞬で態勢を立て直す。盾を持って攻撃を防ぐ者、シュネーフェールトを運ぶための網を張り直す者、反撃へと転じる者……それぞれが自分の役割を心得ているようで、すぐに動揺が消え去った。
「半数はシュネーフェールトを守りながら速く陣へ! 半数は反撃しつつ、陣へと合流せよ!」
指揮する者の声に歯切れの良い返事が返り、ダンケルフェルガーは統率された動きで陣地へと向かって動き出す。
……毎年、領地対抗戦で優勝するだけのことはあるね。
奇襲は半分成功、というところだろう。ダンケルフェルガーを慌てさせ、陣形を崩し多少のダメージを与えることはできた。けれど、連携に強い相手は指揮官の怒号一つで態勢を立て直してしまった。
ダンケルフェルガーの見事な連携にわたしは感嘆の溜息を吐いた。同時に、落胆の溜息も隠せない。ダンケルフェルガーの連携と同時に、視界に入るエーレンフェストの連携はびっくりするくらいお粗末なものだった。
……差がありすぎるよ。
エーレンフェストは祝福の効果で個々の能力は上がっていても連携らしい連携が全く取れていないのである。あっという間に堅い守りを発し始めたダンケルフェルガーに対して、碌なダメージが与えられなくなっていた。
身体強化をしているアンゲリカとコルネリウス兄様が奮闘している姿が確認できるだけで、それ以外に特筆すべきところはない。
いくつも優位に立てる条件があるのに、それが上手く発揮できるだけの連携がないのだ。
「ローゼマイン様、こちらに向かってくる敵はいませんが、宝が陣に入りそうな今、援軍が次々と出ていきます!」
敵陣を監視していたユーディットが声を上げた。宝を守りながらの今でも大したダメージが与えられていないのに、宝が陣へと置かれて枷がなくなれば、即座にやられてしまう未来しか見えない。
ユーディットの声を聞いたレオノーレがちらりとわたしを見て、退却の合図でもある矢を射った。シュンと放物線を描いた矢が戦っている彼らの頭上で、パン! と炸裂音を響かせる。
「撤退の合図だ!」
コルネリウス兄様の声が響き、エーレンフェストの騎士達が退却を始める。
「弓を射って退却の援護を!」
数人が弓を引いて、シュンと魔力の矢を射る。数度の打ち合いを交わしながら、お互いにそれぞれの陣へと騎士達が戻って行く。
連携を崩すように、一人だけしつこく相手を攻撃しようとしている山吹色のマントがいる。わたしがむっと目を細めるのと、コルネリウス兄様の怒声が響くのは、ほぼ同時だった。
「トラウゴット、戻れ!」
不満そうな顔でトラウゴットが戻ってきた。
怪我がある者、魔力が減った者は回復薬を飲んで、回復に努める。できることならば、あちらに回復の隙も与えずに、畳みかけるように攻撃を加えたかったが、それだけの連携がエーレンフェストに取れるとは考えられない。
「……弱いですね」
「え?」
「ダンケルフェルガーではありません。エーレンフェストが、です。わたくし、騎士団の戦いは見たことがありますから、貴族院の騎士見習いもそれに準ずる程度のことができると漠然と考えていました」
冬の主を倒す時の連携やトロンベ討伐の時の戦いぶりを見ている限りでは、騎士団の連携はきちんと取れていたはずだ。
「まさかここまで連携が取れていないと思いませんでした。ディッターの速さだけを競っていたからでしょうか? でも、ダンケルフェルガーは連携が取れているのですよ。これでは新人教育をしなければならない騎士団長達は大変でしょう」
「守られているだけのローゼマイン様に何がわかるのですか!?」
「外から見ている方がよくわかることもあるのです、トラウゴット。例えば、退却の合図をしても即座に撤退できない貴方がいかに連携を乱しているのか……」
わたしの言葉にトラウゴットがむっとした顔になった。
「私はまだ戦えます」
「当たり前でしょう。まだまだ戦いは続くのです。戦えなかったら困ります」
「ならば、戦わせてください」
退却などさせるな、というトラウゴットの危うさに、わたしは軽く目を見張る。何に焦り、何に対してがむしゃらになっているのか知らないけれど、トラウゴットの必死さは空回りしている。
「トラウゴット、敵に向かって闇雲に突っ込んでいくだけが戦いではありません。周りをよく見て……」
「そのようなことはわかっています!」
「……わかっているならば良いのです。これから先は敵が本気になります。エーレンフェストはこれから防御に転じるわけですが、反発に値するだけの連携を見せてくださいませ」
こちらの回復が済んだように、相手も回復ができたのだろう。陣と陣で睨み合い、ダンケルフェルガーが攻撃態勢を、エーレンフェストが防御態勢へとなった。
ぴりぴりとした緊張感が満ちていて、お互いがお互いの動きを見合う。先程の奇襲のような攻撃が隠されていないか、警戒しているダンケルフェルガーに隙はない。
こちらは戦いが始まった瞬間に飛び出していきそうなトラウゴットが連携の穴になりそうだ。
「トラウゴット、貴方は陣から出てはなりません」
「なっ!? 何故ですか!?」
「戦列を乱さないこと、一人で勝手に敵地に向かって飛び出していかないこと。連携しながら戦うように、とわたくしは先に言ったはずです」
主の指示に従えないのですか、と重ねて問うと、トラウゴットはギリッと奥歯を噛んで、頷いた。
……まずいなぁ。
武勇の神の祝福があっても、あっという間に陣形が崩されそうだ。苦戦するか、一方的にやられるかの違いしかない気がする。
少しくらいはエーレンフェストに防御の経験を与えたいけれど、奇襲作戦その2の出番は近そうだ。
「ユーディット、レオノーレ。こちらへ」
わたしは二人と共に自分の騎獣の中へと駆けこむと、革袋を開けて、自分の魔力に染まった魔石を取り出した。元々は水晶のような形をしていたけれど、調合用のナイフで切られて飴玉サイズになっている薄い黄色の魔石だ。それに、わたしは神官長の特製激マズ回復薬を数滴垂らす。
「ユーディット、わたくしが合図したら、これをシュネーフェールトに向かって投げてください」
わたしは躊躇いがちにレッサーバスの助手席へと入ってきたユーディットに薄い黄色の魔石を渡す。受け取ったユーディットが首を傾げた。
「何ですか、これは?」
「奇襲作戦その2です。エーレンフェストの防御が崩れる頃合いを見計らって合図しますから、お願いしますね」
防御が崩れ始めたら、レッサーバスで自陣の上空まで飛んで、そこからユーディットに自分の騎獣に乗り替えてもらい、魔石を投げてもらう。
レッサーバスの助手席の扉を開けたり閉めたりしながら、騎獣に乗り替えられるか聞いて、手順を説明した。
「わかりました。……でも、これを今投げれば、簡単に勝てるのではないですか?」
ユーディットが首を傾げ、レオノーレもコクリと頷く。わたしは軽く肩を竦めた。
「おそらく勝てるでしょう。けれど、奇襲だけを重ねて、大した苦労もせずに、こんな穴だらけの連携でダンケルフェルガーに勝つのは、エーレンフェストにとって最悪の勝ち方です」
「……ローゼマイン様のおっしゃる意味がよくわかりません。最悪の勝ち方とは何ですか? 勝つのは良いことですよね?」
本当ならば、実力通りに負けた方が良い。自分達のどこが悪かったのか冷静に分析することも大事だと思うからだ。連携の不足や防御の甘さを自分達で知った方が、これからの成長には役立つだろう。
正直なところ、これがシュバルツとヴァイスのかかった戦いでなければ、わたしは手を出さずに傍観していた。わたしはこのディッターで、こちらの騎士には負けを自覚させたうえで、勝負だけには勝ちたいのだ。
「ユーディットもレオノーレも先程の奇襲を外から見たでしょう? 攻守が反転したこれからの戦いも騎獣の中で見ることになります。ダンケルフェルガーとエーレンフェストの防御の仕方にどれだけの違いがあるのか、よく見て、考えてください。強くなりたいと思うならば、どうすれば強くなれるのか、常に考えながら戦ってください」
「やってみます」
二人が頷いた時、バッと音を立てて、騎獣が動き始めた。ダンケルフェルガーの動きに合わせて、エーレンフェストの騎士見習い達も動き出す。
空中で睨み合っていた中から、少しでも優位に立とうと、高く高く上昇していくダンケルフェルガーの騎獣が一騎出た。それにつられたようにエーレンフェストの騎獣が数騎上昇していく。
「あぁ、たった一騎にそんなに行ってダメです! 」
ユーディットが慌てたような声を上げた。ダンケルフェルガーは陣地の守りのためにも人員を割いているから、全員で防御に当たるエーレンフェストの方が数では多少優っている。それでも、一人に数騎割り当てられるほど人数に差はない。
当然のことながら、最も人数が多い部分の防御が甘くなり、戦いが始まるとすぐに苦戦し始めた。
「攻撃の主力はそちらではありません。コルネリウスの方へと戻って!」
じっと仲間達の戦いぶりを騎獣の中で見ているしかできないレオノーレが防御の甘さと連携の穴に頭を抱える。
防御に関する練習不足が目立つエーレンフェストは、連携を取って攻めるのが得意なダンケルフェルガーに一方的に押されている。祝福の効果で何とか持ちこたえているような状態だ。
必死の防衛をしているけれど、やはり連携が取れていない。それなりに連携が取れているのは、護衛騎士として鍛えられたコルネリウス兄様とアンゲリカ、そして、ヴィルフリートの護衛騎士くらいだ。
レッサーバスの中で出番を待っているユーディットとわたしの護衛をするレオノーレを除いた23名中7名しか連携が取れていないようでは、精鋭揃いのダンケルフェルガーに苦戦するのも当然である。
「あぁ、トラウゴット、どこへ行くのですか!?」
「……ローゼマイン様、何だか全体的に防御が上へと向かっていませんか?」
「えぇ、確実に敵はそれを狙っているのでしょう。おそらくダンケルフェルガーの精鋭が地を駆けるようにして攻めてくるはずです」
わたしは敵陣を指差した。騎獣に乗って陣を守っている騎士達が、宝とレスティラウトを守るためのほんの数人を除いて、攻撃態勢を取り始めている。
「レオノーレは座学で、このような戦法を習いませんでしたか? わたくしは本で読んで、ゲヴィンネンでどのように動くのか見たことがありますけれど、これが決まれば、確実に負けますね」
「習いました。習いましたけれど……」
レオノーレは座学と実践が初めて結びついたような顔をしていた。座学で学んだことが全く実践と結びついていなかったらしい。
まだ専門コースを学んでいないユーディットは戦法云々よりも、目先の勝負に真っ青になっている。
「ローゼマイン様、何を悠長なことを言っているのですか!? 今でも押され気味なのに、次に攻めて来られたら、負けますよ!」
「そうですね。では、そろそろ行きましょうか。ユーディット、お願いしますね」
「はい!」
上空へと戦いの場が動いているのを見ていた敵の騎獣が、更なる攻撃を加えるためにこちらに向かって駆け始めた。彼らが陣と陣のちょうど真ん中辺りに差し掛かったところで、わたしは敵と同じく地を駆けて自陣の端へと向かう。
立ち向かうレッサーバスに気付いた敵がぎょっとした顔になった。
「気付かれていたか!」
「何かするつもりだ。急いで陣へと戻れ!」
こちらに向かっていた敵の援軍が陣地と宝を守るために、時計回りに方向転換をして鮮やかな動きで引き返していく。
「ユーディット、シュネーフェールトの頭上に投げてくれるのが一番です。急いで!」
「わかりました」
自陣から出る前にレッサーバスの助手席の扉を開けると、ユーディットが敵を追いかけるようにして騎獣で飛び出した。
ユーディットは騎獣に飛び乗ると、シュタープを変形させたスリングショットで魔石を勢いよく飛ばす。
陣へと戻っていく騎獣より、飛んでいく魔石の方が到着は早かった。大きく放物線を描いた魔石が、わたしの指示通りにシュネーフェールトの頭上へと落ちていく。
「何か飛んでいったぞ!」
「防げ!」
「どこだ!?」
高速で飛んでいる飴玉サイズの魔石である。飛ばすところから見ていた騎士ならば、ともかく、いきなり防げと言われても、陣にいる騎士達には何が飛ばされたのかさえわからないようだった。
ヒューンと自分に向かって飛んでくる魔石を見つけたのか、シュネーフェールトがガパッと大きく口を開けた。その大きな口の中に、ユーディットの放った魔石が飛び込んでいく。
「ローゼマイン様、食べられてしまいました!」
失敗したと思ったのか、ユーディットが泣きそうな顔で戻ってきた。わたしはニコリと笑ってユーディットを労う。
「それで良いのです」
わたしがそう言った瞬間、シュネーフェールトがぐわっと何倍もの大きさになっていく。光の網で捕えられていた小さいカバが、ブツブツッと光の網を引きちぎりながら、見る見るうちに巨大化し始めたのだ。
「ぐぉぉぉぉぉんっ!」
最終的には二階建ての家のようなカバになり、そして、今までおとなしかったのが嘘のように、シュネーフェールトは苦悶の形相で暴れ始めた。
「何ですか、何ですか、何ですか!?」
涙目なユーディットの叫びと敵陣から驚愕の叫びが上がるのは同時だった。
「シュネーフェールトが巨大化したぞ!」
「なにっ!?」
突然巨大化して暴れ始めたシュネーフェールトに驚き、ダンケルフェルガーの騎士達が攻撃を止めて、自陣へと取って返す。このままシュネーフェールトに暴れられたら、自分達の領主候補生であるレスティラウトも危険だし、自陣を守る騎士達に多大な被害が出る。
「ローゼマイン様、あれは一体何ですか?」
「リュエルの実をわたくしの魔力で染めたものです。魔力回復に良いのです」
シュツェーリアの夜に採集した紫のリュエルの実は、魔力増幅の効果がある。自分の魔力で染めた物を飴のように口に含んでいると、魔力が回復するのだ。わたしは身体強化の魔術具に結構魔力を使っているため、いざという時にお守りが発動しなかったら困るので持っていろ、と神官長に渡された物だ。
「何故、巨大化させたのです?」
「ダンケルフェルガーに手加減という余裕を与えないためです。それにしても、さすがフェルディナンド様。特製激マズ薬は魔物ものたうつ味と刺激臭なのですね」
強くて巨大な敵はディッターの宝に向かない。手加減が難しいからだ。
巨大化して暴れるシュネーフェールトをダンケルフェルガーは速さを競うディッターの要領で攻撃し始める。
とりあえず、手加減など考えていられないように巨大化させてみたのだが、効果は想像以上だった。ダンケルフェルガーにこちらを気にする余裕はないようだ。
「ぼんやりしていないですぐに回復を。アンゲリカとコルネリウスはこちらの薬を飲んでください」
突然の展開に全くついていけないように、呆然とした顔で巨大化したシュネーフェールトを見つめているエーレンフェストの騎士見習い達にわたしは指示を出し、アンゲリカとコルネリウス兄様に神官長の改良薬を手渡した。
「次は全力で打ち込んでもらうので、全て回復させてほしいのです」
「はっ!……うっ、これを飲むのですか?」
「フェルディナンド様の調合した回復薬です。効果はすごいですよ」
顔をしかめながらアンゲリカとコルネリウス兄様は神官長の改良回復薬を飲んだ。「んぐぅっ!」と唸って口を押えると、二人はきつく目を閉じる。
何とか嚥下したらしい。コルネリウス兄様が涙目になって、わたしに怒鳴った。
「何ですか、これは!?」
「フェルディナンド様の優しさで多少飲みやすくなっている回復薬です」
「全く飲みやすくないです!」
「もっとすごいのを飲んでいると、フェルディナンド様の優しさを理解できるようになりますけれど、理解したいですか?」
わたしは先程魔石に数滴たらした残りの激マズ薬を見せてみた。コルネリウス兄様は急いで頭を振って固辞すると、巨大化したシュネーフェールトへと視線を向ける。
「……本当にすぐさま回復したのですけれど、私達に何をさせる気ですか?」
コルネリウス兄様が警戒した顔でわたしを見下ろす。わたしは、うふふん、と笑って指示を出した。
「シュタープを剣に変化させて、バチバチと火花が散るくらいまで全力で溜め込んでください。そして、ダンケルフェルガーが弱らせたシュネーフェールトに、その魔力をドーンと打ち込んで止めを刺してくださいませ。貴方のお父様もお兄様もできるのです。コルネリウスもできるでしょう?」
「できなくはないですけれど……」
あまりやったことはない、とコルネリウス兄様は言った。全力を出さなければ、そこまでの攻撃にならないし、全魔力を使うほどの攻撃をすると、魔力が回復するまで使い物にならなくなるそうだ。
「フェルディナンド様のお薬をお譲りしますから、後のことは心配せずに魔力を注ぎこんでくださいね。ここで止めをさせなかったら、エーレンフェストに勝ち目はないですよ」
穴だらけの連携を感じたでしょう? とわたしが言うと、コルネリウス兄様は苦い顔で頷いた。
「騎士団長と肩を並べるほどに成長したというコルネリウスの魔力に期待しています。あの攻撃は騎獣で頭上高くに上がって、落下しながら放つと良いみたいです。フェルディナンド様も騎士団長もそうしていました」
「……ローゼマイン様はどこでそのような攻撃を見たのですか?」
「神殿の任務中です。わたくし、騎士団とは何度かご一緒させていただいたことがございますもの」
青色巫女見習い時代のトロンベ討伐や祈念式での襲撃も見ているので、嘘ではない。全部が本当でもないだけだ。
「アンゲリカはコルネリウスの攻撃の衝撃からこちらの陣を守るために、正面からシュネーフェールトに向かって、コルネリウスと同じように魔力を打ち出してください」
「かしこまりました」
薬のまずさから立ち直ったらしいアンゲリカがシュティンルークをつかんで、頷いた。
「ローゼマイン様、私も行きます!」
「トラウゴットはダメです」
「何故ですか!? 私が二人よりも弱いからですか!?」
それもある、と心の中で呟く。アンゲリカとコルネリウスに比べるとトラウゴットは何段も弱い。けれど、強さに固執しているトラウゴットに今この場で言うべきではない気がした。
「違います。主の指示に従えない上に、周囲と連携が取れない騎士など、何を起こすのかわからなくて危険ですもの。大事なところでは使えません。トラウゴットは待機です」
「なっ!?」
青い目を見開くトラウゴットに背を向けて、わたしはアンゲリカとコルネリウス兄様を送り出す。
「二人の攻撃を上手く合わせなければなりません。お互いの動きに注意して攻撃してください」
「かしこまりました」
コルネリウスが上空高くに向かって騎獣で駆けていった。シュタープを変形させた長剣には今から魔力を注いでいるのがわかる。
「主、主の主と陣を守るならば、この位置だ。駄目だ、方向が悪い。……これでよかろう。構えて魔力を注げ。ありったけだ」
アンゲリカも魔剣シュティンルークの指示通り、こちらを背で守るようにして位置を変えて、魔剣を構える。
「こちらも盾を準備して、来る衝撃に備えてください!」
エーレンフェストの騎士見習い達がシュタープを盾に変化させた。
わたしは騎獣のハンドルをつかんで、どのような衝撃にも耐えられるように踏ん張る。
後部座席に乗っているレオノーレは祈るような眼差しでコルネリウス兄様を見つめていた。
ダンケルフェルガーが流れるような連携でシュネーフェールトに攻撃を加えている。速さを競うディッターで優勝しているのがよくわかる戦いぶりだ。ただし、普段とは違って、このシュネーフェールトはディッターの宝なのだから完全に倒してしまうわけにはいかない。暴れる魔物を弱らせるだけに止めなければならないのだ。
その手加減を考えながら攻撃しているダンケルフェルガーのはるか頭上にコルネリウス兄様が到着した。バチバチと魔力の弾ける音を響かせて、コルネリウス兄様が長剣を構えて、騎獣で真っ逆さまに突っ込んでいく。
「退けええぇぇぇっ!」
巨大化した魔物に気を取られていたのだろうダンケルフェルガーは、すでに準備を終えて頭上へと降ってきているコルネリウス兄様に気付いて、ぎょっとしたように動きを止めた。
「退避せよ! 防御だ。レスティラウト様をお守りしろ!」
全力の攻撃が行われることに気付いたダンケルフェルガーが急いで防御態勢を取り始める。
「こちらからも行きます!」
ダンケルフェルガーに向かってそう叫びながら、アンゲリカがシュティンルークを振りかぶった。魔力がどんどんと注ぎ込まれているシュティンルークが「まだだ、主」と神官長の声で攻撃を放つタイミングを計っている。
「はああああぁぁぁっ!」
「やれ、主!」
「やああああぁぁぁっ!」
コルネリウス兄様が長剣を振り抜いて、大きな魔力を打ち出せば、何度か見たことがある巨大な光の斬撃がシュネーフェールトの頭上から降り注ぐ。
アンゲリカがブンと大きく魔剣を振って、剣から飛び出た光の斬撃がシュネーフェールトに向かって飛んでいく。
シュティンルークの図ったタイミングは完璧だったようだ。コルネリウス兄様が放った斬撃で、轟音と同時にものすごい衝撃が起こり、周囲に広がる。その衝撃を切り裂くように、アンゲリカの斬撃もシュネーフェールトに届いた。
防御態勢を取っていたダンケルフェルガーがその衝撃に必死に耐える中、エーレンフェストの騎士見習いが何人か吹き飛んで、ゴロゴロと転がっていく。
わたしもやってきた衝撃にグッと耐えた。
衝撃が収まった時、もうシュネーフェールトの姿はなかった。
「ローゼマイン様、魔石を取りました!」
晴れやかなアンゲリカの声が響き、その手には輝く魔石が握られている。
観戦していたルーフェンが「おおぉっ!」雄叫びを上げた。
「素晴らしい! エーレンフェストの勝利だ!」