Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (310)
王子からの呼び出し
「よくやった! 予想外の展開が非常に面白かったぞ!」
競技の後は興奮したルーフェンが駆け寄ってきた。「奇襲の数々がフェルディナンド様を彷彿とさせる」と言われ、わたしはそっと視線を伏せる。
「恐れ入ります。けれど、エーレンフェストは奇策を用いなければ勝利できなかったのです。わたくしはダンケルフェルガーの練度にいたく感心いたしました。素晴らしい騎士見習いが揃っておりますね」
「ほぉ?」
ルーフェンがダンケルフェルガーの騎士見習い達に視線を向けた。騎士見習い達が意外そうな顔でわたしを見る。
わたしは全体の指揮をしていた騎士見習いを見上げて、ニコリと笑った。
「魔獣の運搬中に襲撃を受けるという不測の事態が起こっても、指揮官の一喝ですぐに態勢を立て直し、それぞれの役目を弁えて動けたでしょう? それに、魔獣の巨大化とコルネリウスの全力攻撃という奇襲攻撃の中、即座に領主候補生を守るために行動し、あの至近距離で守り切りました。どちらもエーレンフェストではできないことです」
エーレンフェストの連携がダンケルフェルガーくらいに洗練されていれば、最初の奇襲で勝負がついたはずだ。
「本当に美しい連携を見せていただきました。わたくし達は少しでもダンケルフェルガーに追いつけるように、騎士達の訓練をもっと工夫しなければならないと反省いたしました。これからも皆の手本となれるようなその練度を、ダンケルフェルガーが保ち続けてくださることを願っております」
わたしの言葉に相好を崩したダンケルフェルガーの騎士見習いが口を開いた。
「他領の領主候補生からそのようなお褒めの言葉を賜るとは、光栄の極みでございます。私達も魔物を相手にするだけのディッターとは全く違う、今回のディッターに得るものがありました。ローゼマイン様が鍛えられたエーレンフェストと再戦できる日を楽しみにしております」
「……わたくしは見習いを鍛えてくださるように、騎士団長へとお願いするだけですし、このようなディッターはこれきりですけれど、領地対抗戦での順位を少しでも上げられるように努力いたします」
騎士見習いの訓練については騎士団に丸投げする予定のわたしは、曖昧に笑って、ダンケルフェルガーの再戦願いを流した。
「あぁ、終わったのか。どちらが勝った?」
「エーレンフェストです、アナスタージウス王子」
講義があるから、と観戦することなく去って行ったアナスタージウスが戻ってきた。ルーフェンが興奮気味に対戦内容を述べ始めるのを、「ひとまず結果があればそれで良い」とアナスタージウスは軽く手を振って遮る。
競技場から見える空は暗くなってきているので、試合の経過を悠長に聞いている余裕はないのだ。
「そちらが言い出した勝負で決まったのだ。異論はあるまい?」
「はい。勝負で決まった以上、私は引き下がります」
アナスタージウスの言葉に、レスティラウトが跪き、シュバルツとヴァイスから手を引くことを宣言した。
わたしがホッと息を吐いていると、レスティラウトがじろりとわたしを睨んだ。
「だが、奇襲に次ぐ奇襲という其方の悪辣さだけはこの目でしっかりと確認したからな。其方が聖女だなどと、私は絶対に認めない」
そう言い残して、ダンケルフェルガーはその場を去っていく。
アナスタージウスがグレイの目を細めて、わたしを見下ろした。
「……其方、ディッターで悪辣なことをしたのか?」
「奇策ではあったと思いますけれど、悪辣かどうかは評価する者によると思われます」
「なるほど」
わたしとしては、レスティラウトに何と言われようとも構わないのだ。悪辣と言われようとも図書館を守るためならば手段を選んでいられなかったのは事実だし、わたしは聖女だと自分から名乗ったことはない。「聖女と認めない」と言われても、「そうですか」としか言えないし、最近は盛られすぎなので、ちょっとホッとする。
「ローゼマイン、其方が魔術具の主と決まったからには、明日の3の鐘には私の部屋に来い。ソランジュと其方に話しておかなければならないことがある」
「かしこまりました」
王子の呼び出しを受けた後はすぐに解散となり、ヒルシュールは騎獣に乗ってさっさと自分の研究室へと戻って行った。
乗り込み型の騎獣を初めて見たのか、アナスタージウスが驚愕に目を見張っているのを横目で見ながら、わたし達は寮へと戻る。
「何故ディッターの勝負になったのだ!? 説明しろ、ローゼマイン!」
寮へと入って玄関の扉を閉めた途端、涙目のヴィルフリートに怒鳴られた。途中でリヒャルダからのオルドナンツはあったが、護衛騎士が一人しかいないため、不用心すぎるので寮から出ないように、と言われ、悶々としながら留守番をしていたらしい。
わたしはとりあえず図書館前で待ち構えていたダンケルフェルガーの話とディッター勝負に至った経緯と結果、最終的にアナスタージウスから呼び出されたことを話した。
「王子からの呼び出しだと?……其方、たった一日のうちに採寸、襲撃、ディッター、呼び出し、と父上に報告することが目白押しではないか!」
「そうですね、報告する時は騎士見習いの訓練の見直しについて騎士団長に……」
「今は其方の話をしているのだ。訓練の話は良い。アナスタージウス王子からの呼び出しは一体どのようなことなのだ?」
騎士見習いの訓練の見直しについてお父様にお話してもらおうと思ったけれど、ヴィルフリートに遮られてしまった。
「シュバルツとヴァイスに関係することです。アナスタージウス王子は、ソランジュ先生にも話しておかなければならない、とおっしゃいましたから」
「……そうか」
その後は夕食を食べて、本日のディッターに参加した騎士見習いに反省点を聞いた。単純にダンケルフェルガーに勝てたと喜んでいた騎士見習いもいるし、普段のディッターと違いすぎて戸惑っていた騎士見習いもいる。そんな中、ディッターを戦いの中心ではなく、外側から見ていたレオノーレとユーディットの言葉に皆が軽く目を見張っていた。
「今回ダンケルフェルガーに勝てたのは、ローゼマイン様の奇策があってのことです。わたくし達の実力ではありません」
レオノーレが速さを競うディッターでも、おそらくたくさんの改善点があると思う、と言い、連携やこれまでにまとめた魔物の弱点について話し始めた。
ここから先は騎士見習いの話し合いになる。わたしはレオノーレと三階には上がれないコルネリウス兄様とトラウゴットを話し合いの場に残し、部屋へと戻ることにした。今日は色々あって疲れたのに、明日も王子からの呼び出しがあるのだ。お風呂に入ってもう寝たい。
「……あら? リヒャルダは?」
「少し用があると、席を外しております」
お風呂の準備をしていたリーゼレータとブリュンヒルデが入浴を手伝ってくれるけれど、その場にリヒャルダの姿がなかった。リヒャルダがいないのは珍しい。わたしが首を傾げるとリーゼレータが言葉を濁しつつ教えてくれる。
「今日は一日中ローゼマイン様とご一緒でしたから……」
普段は講義中やわたしが他の側仕えと一緒に図書館で読書に励んでいる間に細々とした用事を済ませるのだが、今日はそれができなかったのだろう、と言った。
……平然とした顔でこなしているけど、側仕えって色々な準備が大変だもんね。
ほぅほぅ、と納得して、わたしはそそくさと眠りについた。
次の日は、王子からの呼び出しである。心証を良くするために手土産の一つくらいは持って行け、とリヒャルダに言われ、わたしは朝早くからエラとフーゴに、ルムトプフを生地に混ぜ込んで焼いたカトルカールと蜂蜜入りのカトルカールの二種類を焼いてもらった。
アナスタージウスはルムトプフを気に入っていたようだし、蜂蜜入りをエグランティーヌにお裾分けできるようにというわたしなりの気遣いである。
2と半の鐘まではロジーナとフェシュピールの練習をしつつ、光の女神に捧げる曲を編曲し、その後、3の鐘まではブリュンヒルデに手伝ってもらって準備をして、わたしはアナスタージウスの部屋へと向かうことになった。
「……ところで、アナスタージウス王子のお部屋はどちらですの?」
「入ったことはございませんけれど、行き方は存じております」
ブリュンヒルデがそう言って、玄関扉を出た。講堂へと繋がる廊下に出るのだが、それを講堂の方へは向かわずに、下位の寮への扉が並ぶ方へと歩いていく。番号が途切れたにもかかわらず、等間隔に扉が続いている。最奥にひときわ大きな扉があり、その前には番人が立っていた。
「13番エーレンフェストでございます。本日の3の鐘にアナスタージウス王子よりローゼマイン様が呼び出しを受けております」
「お話は伺っております」
番人はマントの色とブローチの確認をして、扉を開けてくれた。
そこで待っていたのは、本当に執事のようなおじい様だった。ここはすでにアナスタージウスの離宮で、おじい様はアナスタージウスの筆頭側仕えだそうだ。
「お待ちいたしておりました、ローゼマイン様」
わたしはすぐに応接室へと通された。
応接室へと到着すると、すでにソランジュが到着していて、ほっこりとする上品な笑みを浮かべてお茶を飲んでいた。アナスタージウスはその向かい側に座っている。
わたしはお土産のカトルカールを手渡し、挨拶を済ませて、勧められた席へと座った。
「人払いを」
側近達は遠ざけられて、この部屋にいるのは三人とアナスタージウスの側近だけになった。
しばらくはお茶やお菓子の話題を交わしていたが、アナスタージウスが不意に表情を引き締める。
「図書館の魔術具の話だが、争奪戦にエーレンフェストが勝利したことで、貴族院に在学中はローゼマインを主として認めることになった」
「争奪戦とは?……まさかアーレンスバッハと!?」
ソランジュが驚いたように口元を押さえた。ソランジュの口から出てきた言葉にこちらが驚く。
「アーレンスバッハ? ローゼマインと争ったのはダンケルフェルガーだが?」
「まぁ、そうでしたの? シュバルツとヴァイスの主になるためには何が必要なのか、と何度か問われていたのは、アーレンスバッハのお嬢様方でしたから、早とちりをしてしまったようです」
ソランジュは恥ずかしそうにそう言ったけれど、わたしは胸の奥がざわめくのを感じていた。まさかこんなところでアーレンスバッハの名前を聞くと思っていなかったのだ。
「まだ他の領地も出てくるかもしれないのか。面倒な。……ところで、何故ローゼマインが主になったのだ? 少し調べさせたが、学生が主になったという記録はなかったぞ」
「ローゼマイン様の祈りが神に届いたのです」
「……意味がわからぬ」
ソランジュの説明にアナスタージウスが眉を寄せて、頭を振った。
「ローゼマイン様が英知の女神 メスティオノーラにお祈りをされたら、シュバルツとヴァイスが動き出したのです。神々にローゼマイン様のお祈りが届いたのですよ」
「ローゼマイン。詳しい説明を」
ソランジュの説明では全く理解できなかったようで、アナスタージウスはわたしを見た。けれど、わたしもそれ以上言えることがない。
「詳しいと言われましても……。図書館登録をして、閲覧室に入れる喜びに任せて、神に祈りを捧げただけなのです。その、魔力が祝福となって飛び出し、気が付いたらシュバルツとヴァイスに主と認定されていました」
「詳しく聞いてもわけがわからぬ」
アナスタージウスがもう一度頭を振って、ソランジュをじろりと睨んだ。
「ソランジュ、これまでの主はどのように決められていたのだ?」
「前任者が指名して、シュバルツとヴァイスに触れる許可を出し、額の魔石に触れて魔力を登録することで主となっておりました。額の魔石に触れることもなく、祝福だけで魔力の登録ができたのは、英知の女神 メスティオノーラのお導きなのでしょう」
「もうよい」
どうやら理解するのを放棄したらしい。多分、非常識なことをしてしまったので、現場を見ていない人にはわからないだろうと思う。
「わたくしも前任者により指名され、魔力を登録いたしました。けれど、シュバルツとヴァイスは動かなくなってしまいました。今でもシュバルツとヴァイスに触ることはできますし、魔力の供給もできているはずなのです。けれど、わたくしの魔力では守りを維持するだけで精一杯だったようです」
図書館の大事な魔術具を他に盗られることがないように、ソランジュはシュバルツとヴァイスが動かないことをわかっていながら魔力を与え守ってきたのだと言った。
「もしかしたら、ソランジュ先生には光と闇の属性がないのではございませんか? わたくしの文官が、主となるためには両方の属性が必要ではないか、と申しておりました」
「何故ローゼマインはそのようなことを知っている?」
驚いたようにアナスタージウスがわたしを見た。
「シュバルツとヴァイスの新しい主は、新しい衣装を贈らなければならないのです。わたくしはそう言われて、採寸のために図書館から寮へとシュバルツとヴァイスを連れ出しました」
「……図書館で採寸すれば良かったのではないか?」
「それはわたくしも考えたのですけれど、ソランジュ先生に却下されました」
わたしがソランジュへと視線を向けると、ソランジュはゆっくりと頷いた。
「シュバルツとヴァイスは衣装が守りの魔術具となっていますから、衣装を脱がせて採寸すればどうしても無防備になります。脱がせた衣装を盗まれたり、無防備になったシュバルツとヴァイスを盗まれたりすれば大変です。そのため、採寸や仮縫いのような事は主の管理下で行うことになっています」
これまでの主は図書館の司書で、図書館内に自室を持っていたので、図書館から出す必要はなかったそうだ。できれば、図書館内での許可を出したかったが、不可能だった、とソランジュは言った。
「採寸に図書館内の一室をお貸ししたとして、中級貴族のわたくしが入室を禁止したところで聞き流す学生も多いです。そして、ローゼマイン様は領主候補生ですが、13位のエーレンフェストです。2位のダンケルフェルガーや6位のアーレンスバッハが強引に押し入ってくる可能性を考えれば、とても図書館での採寸に許可は出せません」
ソランジュの言葉に、アナスタージウスは「なるほど」と頷いた。
「それで、一体何故属性のことがわかったのだ?」
「採寸のために衣装を脱がせてみると、お腹の部分にたくさんの魔法陣がありました。ヒルシュール先生が午後の講義を放り出した原因となった魔法陣です」
「……あぁ」
アナスタージウスは苦い顔になりながら「あれは研究者としては一流でも、教師としてどうなのか」と呟いた。それを言いたいのは、ヒルシュールを寮監としなければならないエーレンフェストである。
「シュバルツとヴァイスに刺繍されていたのは、かなり古い魔法陣のようです。それを見ていたヒルシュール先生や文官見習い達の話によると光と闇、両方の属性がなければ動かせないのではないか、と」
ヒルシュールによると穴だらけで不完全な魔法陣なので、他にも条件があるかもしれないけれど、と付け加えておく。
「それを先にレスティラウトに言えば、余計な争いは避けられたかもしれぬな。あれは闇の属性は持っていなかったはずだ」
「争いは避けられたかもしれませんけれど、わたくしがそれを知ったのはシュバルツとヴァイスの衣装を脱がせて、調べたことで得た情報です。図書館側で秘匿している情報かどうかがわからなかったので、口にはしにくかったのです」
余計なことは口にしない方が良い。それが貴族として生きるには無難なのだ。
「それに、レスティラウト様は図書館に足を運ばない方なので、シュバルツとヴァイスの主にはなれません。三日に一度くらいは魔力の供給をしなければなりませんけれど、図書館ではなく、名誉のために王族の遺物を欲する方では続きませんもの」
「あら、ローゼマイン様。そのようにおっしゃらず、属性が合えばもう一人の主となっていただければ助かりましたのに……」
ソランジュは、アーレンスバッハは属性が合うかしら? と言いながら、首を傾げた。何となく面倒事に繋がりそうなので、アーレンスバッハの者は属性が合わなければ良いな、と思ってしまう。
ソランジュは心配そうにわたしを見た。
「ローゼマイン様お一人では負担が大きいでしょう? 以前は中央の上級貴族が三人で管理しておりましたから。シュバルツとヴァイスは本当に魔力を大量に消費する魔術具なのです」
「道理でこまめに魔力の補給が必要だと思いました。シュバルツとヴァイスを一年も稼働させることができたなんて、前任の司書の方々はずいぶんとたくさんの魔力を込めておられたのですね。日々の積み重ねでしょうが、どれだけの魔力が籠っていたのか見当もつきません」
わたしがそう言うと、ソランジュは悲しげな笑みを浮かべて、そっと目を伏せる。
「三名が離任される時、命に危険が及ぶほど魔力を込めておりましたから、」
「……命に危険が及ぶほど、ですか?」
物騒な言葉にわたしが目を丸くすると、アナスタージウスが軽く息を吐いた。
「前任の司書は政変があった時の第一王子と第四王子に味方した上級貴族に連なる者だったのだ。故に、もう戻すことはできぬ」
命に危険があるほどの魔力をシュバルツとヴァイスに託した三人の向かった先がはるか高みであることに気付いて、わたしは唇を引き結んだ。
「人員の補充は、わたくしがいくら申請しても許可が下りませんから、シュバルツとヴァイスを動かすためには、今のところローゼマイン様の好意にすがるしかございません」
「そんな……。王族の遺物である魔術具を動かすためだと言っても、人員の補充はされないのですか? 王族の遺物は希少価値があり、大事なのですよね?」
わたしが尋ねると、アナスタージウスはフンとそっぽ向いた。
「政変を機に、動きを止めた魔術具が一体どれだけあるか……。貴族院の図書館だけではないのだ。もっと重要な魔術具は他にもある」
動きを止めた魔術具の数がそのまま失われた貴族の数になるのではないだろうか。わたしにとっては遠い出来事だった政変が、ここではとても身近なものだった。
「貴族院の図書館へ魔術具が動かせるほど人材を派遣するのは無理だろう。魔術具を動かしたければ、其方がただの善意で魔力を注ぐしかあるまい。其方が領主候補生でなければ話は早かったのだが……」
アナスタージウスはそう言って溜息を吐いた。
わたしが領主候補生でなければ、三年生で文官見習いにして、司書見習いという形で中央に籍を移して終わる話だったらしい。
けれど、領主候補生はそれぞれの領地で役目を持っているため、中央に籍を移すことができない。優秀な後継者が中央に流出するのを防ぐために、大昔に決められていることだそうだ。
「ローゼマインは領主候補生だ。故に、こちらからは正式な管理者と認めることはしない」
わたしをシュバルツとヴァイスの正式な管理者にしようと思えば、シュバルツとヴァイスの管理をエーレンフェストに移すことになり、今まで以上にうるさく言ってくる領主候補生が出てくるだろう、とアナスタージウスは言った。
「ローゼマインはあくまで善意の協力者だ。良いな?」
「かしこまりました。では、図書館の運営のため、シュバルツとヴァイスが元気に働けるように、わたくしができる限り助力いたします」
図書館への善意ならば溢れるほどにある。魔力提供くらいは構わない。わたしが協力を約束すると、ソランジュが嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとう存じます、ローゼマイン様」
「ソランジュは行って良い。ローゼマインは少し残れ」
「はい」
「では、お先に退出させていただきます」
ソランジュが跪いて挨拶した後、退出していった。
「何のお話でしょう?」
「……少し待て」
しばらく言葉を探すように沈黙しているアナスタージウスを見ながら、わたしはお茶を飲んで、お菓子を食べる。
……まず間違いなくエグランティーヌ様関連の話だよね。
言葉を探している顔が先程までの王族の顔ではない。好きな子のことを考える男の顔になっている。正直、アナスタージウスと恋話などしたくはない。わたしは音楽の先生方とのお茶会で一度怒らせて失敗しているのだ。取り成してくれるエグランティーヌがいない今、何が命取りになるかわからない。
もう帰りたいなぁ、と考えていると、アナスタージウスが躊躇いがちに口を開いた。
「……ローゼマイン、おそらくエグランティーヌが其方のことをお茶会に招くと思われる」
エグランティーヌはまるで光の女神のようにとても美人で、雰囲気が柔らかくて、舞が上手で、話をしていても心地良い。お茶会にお誘いを受けるのは素直に嬉しい。
それに、アーレンスバッハよりも影響力のある大領地クラッセンブルクの領主候補生なので、エーレンフェストにとっても利は大きく、お付き合いを深めても保護者達に叱られる相手ではない。最近、怒られそうな案件が積み上がっているので、それを打ち消せるような案件も必要なのだ。
「エグランティーヌ様のお誘いはとても嬉しいですね」
「そこで、だ。その、エグランティーヌの意向を尋ねてくれぬか?」
よし、言った、というように顔を上げたアナスタージウスを見て、わたしは首を傾げた。
「何の意向でしょう?」
「な、何の、だと?」
動揺したようにアナスタージウスが視線をさまよわせた。その程度のことが何故わからぬと視線で訴えられているのを感じるけれど、はっきりさせておかなければ頓珍漢な答えを持って来て、更に怒られそうだ。
「……わたくし、二年間眠っていて、お恥ずかしながら社交に関することは未熟なのでございます。この場にはわたくしの側近がいないので、後で尋ねることもできませんし……」
「他言無用だ! 側近にも知られぬように人払いをしているのだぞ!」
「ですから、どのような意向を尋ねれば良いのか、教えてくださいませ。わたくしとて、よりによって王族の方に自分の未熟さを晒さなければならなくて、大変恥ずかしい思いをしているのです」
できません、というのは貴族としてあるまじき失態なのだ。恥ずかしいのはお互い様だ、というのが通じたのだろう。
こんなことをわざわざ口にしなければならないのか、と頭を抱えながら、アナスタージウスが照れた顔でわたしを睨む。
「……将来の展望についての意向を尋ねてほしい。特に、卒業式のエスコートだ」
そういえば、王座に近付くためにエグランティーヌの心を射止めたいと、王子二人が争っていると聞いたような気がする。
……そんな重い選択を課せられているなんて、エグランティーヌ様は大変だね。
「もっと察しの良い、他の方にはお願いしなかったのですか?」
そうしたら、お互いに恥をかかなかったのに、と心の中で呟くと、アナスタージウスは「頼まなかったと思うか?」と言いながら、目を細めた。けれど、誰が尋ねてもエグランティーヌの答えは同じだったようだ。
「これまでは、少し考えさせて下さいませ、としか言われておらぬ。だが、今年で卒業であるし、其方ならば見た目が幼いし、たった一度のお茶会でエグランティーヌがずいぶんと気に入っていたようだから、少しは気が緩むかもしれぬ」
大領地の領主候補生であるエグランティーヌが幼い外見程度で気を緩ませるはずがない。恋する男は自分に都合良く考えすぎだ。
「……どのような答えが出ても良いのでしたら、質問だけはさせていただきます」
「うむ、よろしく頼む」
……王子の頼みなんて断れるわけがないけど、面倒なこと、引き受けちゃったなぁ。