Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (313)
エグランティーヌとのお茶会
魔力圧縮方法の第四段階を目指して、形相が変わるほどアンゲリカは勉強に打ち込み始めた。よほど魔力を伸ばして魔剣シュティンルークに貢ぎたいようだ。
「ローゼマイン様の圧縮方法はすごいのです。わたくしは次々と思いつくローゼマイン様を尊敬いたします」
目標を見つけたら真っ直ぐに突っ込んでいくアンゲリカに付き合わされるのはコルネリウス兄様である。ダームエルと共に「アンゲリカの成績を上げ隊」として、すでに何年もアンゲリカに教えてきた実績と、アンゲリカに教えるために最上級生までの座学を終えていることからも、適任と言えよう。
コルネリウス兄様はわたしの図書館通いに付き合えるように、すでに自分の座学は終えていて、時折、実技の講義に行くだけになっている。今はわたしの図書館通いに加えて、朝食後と夕食後は多目的ホールで勉強しているアンゲリカと騎士見習い達の先生役をしている。
「コルネリウス、アンゲリカの先生は大変でしょう? 大丈夫ですか?」
「ローゼマイン様の図書館通いがなければ、もっと楽になります。図書館は二日に一度にしませんか?」
ニッコリと笑ってとんでもない提案をされてしまった。わたしはニッコリと笑って首を振って、コルネリウス兄様を精一杯激励しておくことにした。
「わたくしがエーレンフェストに戻るまで、もう三週間もございませんもの。わたくし、コルネリウスならば、大丈夫だと信じています。頑張ってくださいませ」
「自重する気はないのですね?」
コルネリウス兄様は処置なしというように軽く肩を竦める。何を言っても無駄なことはわかっていると言いたげな顔だ。
自重と聞いて、わたしは頬に手を当てると、こてりと首を傾げた。
「……自重ですか。確か、かなり昔に捨てたような記憶がうっすらとございます」
「自重は捨てるようなものではございません! 拾って来てください」
即座に返ってきたコルネリウス兄様の言葉に、わたしはベンノの拳を思い出し、ちょっと懐かしい気分になった。
……あ、ベンノさんに連絡とって、リンシャンや植物紙が大量に必要になりそうなことを伝えなきゃ。製造方法を売ることになるのかどうかの話し合いも必要だよね。
奉納式のために帰った時になるべく早く教えてあげよう、と考えていると、コルネリウス兄様に両手で頬を包まれ、むぎゅっと押し付けられた。
「途中でいきなりぼんやりして思考に没頭せず、人の話は最後まで聞いてください、ローゼマイン様」
「はなしてくらしゃいましぇ!」
わたしがコルネリウス兄様の手首をつかんだものの、騎士見習いをしているコルネリウス兄様の手を剥がすことはできない。このままではせっかくの可愛い顔が潰されてしまう。
わたしが何とか手を剥がそうと奮闘していると、最初は怒っていたコルネリウス兄様の目が、段々と面白がるものに変わっていく。
「コルネリウスとローゼマイン様はとても仲の良い兄妹なのですね」
レオノーレがクスクスと笑い、コルネリウス兄様が軽く息を呑んで、慌てたように手を離した。そして、少し困ったようにわたしとレオノーレを見比べる。
「ローゼマイン様とこのようなやりとりするようになったのは、貴族院に来てからだ。私達は洗礼式前の教育期間しか一緒に暮らしていないから」
「コルネリウスとこういうちょっとしたやり取りができるのは、貴族院の良いところですわね」
城ではもっときっちりと距離を取っていなければ、周囲から叱責を受ける。護衛騎士と領主の養女としての付き合いしかしてこなかったわたし達が距離を縮められたのは、貴族院へと来たからだ。それでも、完全に兄妹の関係とは言えないけれど。
興味深そうにレオノーレが覗き込んでくるので、わたしはちょっとだけコルネリウス兄様に恋愛系の話を振ってみることにした。
「そういえば、貴族院の卒業式ではエスコートが必要なのでしょう? 女性は相手がいなければ、親族からどなたかが出席すると伺ったのですけれど、男性はどうするのですか? コルネリウス兄様ならば、やはりお母様がいらっしゃるのでしょうか?」
ウチのお兄様達に嫁入りという噂があるアンゲリカへと視線を向けながら、わたしが言うとレオノーレが藍色の瞳をキラリと輝かせた。
コルネリウス兄様は突然の話題に目を瞬きながら、それでも律儀に答えをくれる。
「……そうですね。母親であったり、叔母であったり、一目で対象外とわかる方をエスコートします。年の近い姉妹に頼めば、周囲からは相手がいると勘違いされて、縁談に響きますから」
「親族にお願いするのは男女共通なのですね。では、コルネリウスは誰をエスコートするのですか?」
「は!? 突然何を言いだすのですか!?」
周囲を見回し、コルネリウス兄様が一目でわかるほどに狼狽する。
「もしかして、まだいないのですか? あと一年で見つかりますか? コルネリウスは人気があると伺いましたから、わたくしが誰か見繕って頼んであげましょうか?」
「ローゼマイン様のご心配には及びません! 自分で申し込みます」
……相手に心当たりはあるのか。
ほほぅ、とわたしが頷く隣でレオノーレが不安そうに目を伏せた。
忙しいコルネリウスを付き合わせて図書館通いを続けた数日後、エグランティーヌからお茶会のお誘いが来た。
「三日後の午後ですか。わかりました」
大領地クラッセンブルクからのお誘いとあって、側近達が誇らしげに顔を綻ばせながら即座に準備のために動き出した。
ブリュンヒルデとリーゼレータは三日後の午後に自分達の講義が入っていないかどうかすぐに確認をし、同行できるかどうかを確かめる。
女性同士のお茶会なので、レオノーレとユーディットが護衛につくことが決まった。アンゲリカは魔力獲得のために勉強するらしい。一度決めたら脇目も振らずに集中する姿は清々しい。
フィリーネも若葉のような瞳を輝かせ、「大領地クラッセンブルクについての情報を集めて参ります」と寮を飛び出していった。
そんな大張り切りの側近達の中でも、流行発信に力を入れるブリュンヒルデの張り切りようが一番すごかった。
「ローゼマイン様、リンシャンを小分けにして持って行きましょうか? 音楽の先生方とのお茶会でエグランティーヌ様とそのようにお約束していらっしゃったでしょう?」
「そうですね、一回分くらいは持って行っても良いのではないかしら? 小さな瓶に分けてくださる?」
「かしこまりました」
小瓶の選定から始まり、三種類あるリンシャンのどれを持って行くのか、エグランティーヌがまとう香りと喧嘩しない香りを真剣に選び、丁寧に詰めていく。わたしはエグランティーヌがどのような香りをまとっていたのか、全く覚えていない。いい匂いだったことは覚えているけれど。
「手土産のカトルカールは、やはり蜂蜜味ですか?」
リーゼレータの質問にわたしは少し考え込んだ。先生方のお茶会、アナスタージウスの呼び出し、とすでに蜂蜜味のカトルカールは二回エグランティーヌに賞味されている可能性がある。
「毎回同じ手土産では芸がないと思われないでしょうか? それとも、流行を発信するためにはこれがエーレンフェストの一押しです、と同じ物を持って行く方が良いのかしら? 中央ではどのような感じですの?」
わたしの言葉にブリュンヒルデも少し考え込み、ハッとしたように顔を上げた。
「蜂蜜味とフィリジーネの味がする物の二つを準備するのはどうでしょう? エグランティーヌ様がお気に召されている定番の物と少し目先を変えた物があれば、いつも同じ物という感想にはならないと思うのですけれど」
ソランジュに持って行ったプレーンでも、アナスタージウスに持って行ったルムトプフでもない味を持って行けば、カトルカールの多彩さも伝わるだろう。お茶の好みや香りの好みから、フィリジーネを入れたカトルカールが一番良いと思う、とブリュンヒルデが提案してくれた。
お茶や香りから相手の好みを考えられないわたしにはお手上げだ。ブリュンヒルデの能力に驚きつつ、頷いて許可を出すしかできない。
わたしが頷くと、「では、そのように手配いたしますね」とリーゼレータがニコリと笑った。
厨房へと向かうリーゼレータを見送った後、ブリュンヒルデはロジーナへと視線を向けた。楽師であるロジーナはお茶会に連れて行かなければならないため、話し合いの場には同席している。
「ロジーナ、光の女神に捧げる曲は完成したのでしょうか?」
「もう少し時間をかけたいと存じます。せっかく差し上げるのですから、少しでも良い曲に仕上げたいですし、依頼者であるアナスタージウス王子にもう一度お伺いを立てた方がよろしいのではございませんか?」
勢いでエグランティーヌに捧げろ、と言っていたけれど、最初に依頼してきたのはアナスタージウスだ。確かに一度お伺いを立てた方が良さそうだ。ただ、アナスタージウスに「作詞しますか?」と聞いてあげた方が良いのか、愛が暴走しそうなのでこちらで作ってあげた方が良いのか、悩むところである。
そして、お茶会当日となり、わたしは大領地クラッセンブルクのお茶会が行われる部屋へと向かった。
お茶会用の部屋にはいくつかのテーブルとそれに合わせた椅子が準備されているようだが、今日はテーブルを一つしか使わないため、大半が奥に置かれ、大きな絵のついた衝立で空間が区切られている。
エーレンフェストの建物は白の部分を残しつつ、タペストリーなどの布で飾ることが多く、家具の大半に木製の物が使われている。
けれど、クラッセンブルクの室内はびっしりと複雑な文様で刺繍された布が壁紙のように貼られ、絵画が富の証というようにたくさん飾られていた。家具には大理石のようなマーブル模様の石が使われている部分が多く見られ、領地ごとに文化の違いがあることがわかった。
「お待ちしておりましたわ、ローゼマイン様」
エグランティーヌが、明るいオレンジの瞳を柔らかく細めて出迎えてくれた。
今日のエグランティーヌは光の女神に例えられるのも納得できるような波打つ金髪を複雑に結いながらハーフアップにして、繊細なレースで飾っている。流行している複雑な編み方のレースだ。
この髪を飾るレースは花嫁修行の一環として作られた物であり、自分の腕を好きな人に見せるために飾ったのが始まりで、その女の子の恋愛が成就したことから、あっという間に貴族院で流行したらしい。
……わたしと違って、エグランティーヌ様はすごいね。本職のトゥーリ並だ。
ちなみに、わたしの髪飾りはトゥーリ任せである。初期はわたしも作っていたが、もう完全にレベルが違うので、自作の髪飾りなんて付けられない。
「お招きいただきましてありがとう存じます、エグランティーヌ様」
「本当ならば、わたくしのお友達もお招きして、紹介して差し上げた方が良いのでしょうけれど、今日は折り入ってお話したいことがございます。お友達の紹介は、また後日に改めてさせてくださいませ」
「勿体ないお言葉に存じます」
交流を広げるのが貴族院でのお茶会だが、わたしは少人数の方が落ち着くので、問題ない。
エグランティーヌの側仕えにブリュンヒルデが手土産を渡し、カトルカールが二種類テーブルに並べられる。
わたしとエグランティーヌはそれぞれが準備したお茶を飲み、お菓子を食べて、勧め合う。
「ローゼマイン様、このカトルカールは色々な味があるのですか? 先日、アナスタージウス王子からいただいたカトルカールはまた違った味がいたしますけれど……」
アナスタージウスはしっかりとエグランティーヌにお裾分けしていたらしい。少しは点数稼ぎができただろうか。
「あちらはルムトプフを入れたカトルカールで、こちらはフィリジーネが入っています。エグランティーヌ様はやはり蜂蜜入りがお好みですか?」
「蜂蜜入りも好きですけれど、わたくしはこのフィリジーネを入れた物も好きですわ。爽やかで口の中に広がる風味が素敵です」
エグランティーヌ様にはフィリジーネを入れたカトルカールも受けが良いようだ。フィリジーネを入れたカトルカールを選択したブリュンヒルデが嬉しそうにほんの少しだけ唇の端を上げたのが見えた。
「それから、こちらが髪の艶を出すためのリンシャンになります。使い方はわたくしの側仕えのリーゼレータがお教えいたしますね」
わたしがエグランティーヌに小瓶を差し出すと、エグランティーヌは蓋を開けてその香りをゆっくりと堪能した。「とてもいい香りですね」と満足そうに目を細めて、自分の側仕えに小瓶を渡す。
リーゼレータがエグランティーヌの側仕えに使い方を教えるために退室していく。その様子を微笑んで見ていたエグランティーヌがくるりとわたしの方を向いた。
「ローゼマイン様は図書館の魔術具の主となるためにダンケルフェルガーとディッターの勝負をしたのでしょう? アナスタージウス王子から伺いました。とても優秀なのですね。驚きましたわ」
アナスタージウスはエグランティーヌとの会話のネタにわたしを利用しまくっているようだ。エグランティーヌはシュバルツとヴァイスに関する話をほとんど知っていた。恐ろしい情報量である。
「魔術具に関しては成り行きですし、ディッター勝負も奇策を利用したもので実力ではございませんでした。本当ならば、ダンケルフェルガーには勝てませんでしたよ。ダンケルフェルガーの騎士見習いはとても見事だったのです」
「あら、ルーフェン先生もローゼマイン様の戦いぶりをずいぶんと褒めていらっしゃいましたよ。また再戦したいのですって」
……ルーフェン先生には近付かないようにしようっと。
「ローゼマイン様は奉納舞もとてもお上手でしたわ」
「小さいからそう見えるだけではないでしょうか。もし、本当にわたくしが上手く舞えたとしたら、それはエグランティーヌ様のお稽古を間近で見ていたせいですね。わたくし、エグランティーヌ様のように舞いたいと思って、舞ったのです」
「……ローゼマイン様が殿方でなくて、本当に良かったと思いますわ。お稽古を食い入るように熱のこもった目でじっと見詰められた上に、そのような褒め言葉を頂いては、簡単に心が傾きそうですもの」
照れたようにエグランティーヌがそう言った。「お上手ですね」と舞を褒められるのは珍しくないが、「同じように舞いたい」と言われるのは初めてだったらしい。
……アナスタージウス王子に教えてあげた方が良いかな? 何故其方ばかりって、また怒られるかな?
「それに、ローゼマイン様はすでに講義を全て終えたのでしょう? 側仕えからお茶会の予定について相談した時に伺って、わたくし、とても驚いたのですよ」
「低学年の講義はそれほど難しくありませんから、早く終える方は多いと、わたくしの後見人から伺っております」
……いくら早く終わるとは言っても、最初の二週間で全て終わらせて、図書館に通えるようになっているとは神官長も考えなかっただろうけどね。
そう考えて、わたしは奉納式が近付いていることを思い出した。一日中図書館に引き籠れる素敵生活との別れが迫ってきている。憂鬱だ。
「わたくしは途中でエーレンフェストに戻らなくてはならない用件がございますから、急いで講義を終えなければならなかったのです」
「ローゼマイン様がエーレンフェストの神殿長でいらっしゃるから、でしょう?」
「えぇ、そうです。奉納式があるのです」
神殿に出入りしている貴族は嫌悪される傾向が強いけれど、エグランティーヌのオレンジの瞳に嫌悪感はない。むしろ、興味があるように見える。興味というには少し真剣な眼差しに見えるのは気のせいだろうか。
「奉納式ではどのようなことをなさいますの? 奉納舞でしょうか?」
「舞ではございません。春に領内の土地を魔力で満たせるように、小聖杯に魔力を込める儀式です。この魔力がなければ、領地の収穫量に大きな違いが出ます。領地をできるだけ多くの魔力で満たすための大事な儀式なのです」
「領主の子を神殿長として、土地を魔力で満たすのですから、エーレンフェストでは古い方法が脈々と受け継がれているのですね。感心いたします」
領主の子を神殿長にするほど魔力不足なのか、と言われると思っていたわたしが思わぬ言葉に目を瞬いていると、エグランティーヌが一度目を伏せた。
「わたくし、ローゼマイン様にお話があると申し上げたと思いますけれど、こちらを使用しても良いかしら?」
「えぇ、わたくしは構いません」
エグランティーヌが取り出したのは、盗聴防止の魔術具だった。わたしは自分の前に置かれた魔術具を手に取る。
「込み入った話になりますから、側仕えにもあまり聞かせたくはないのです」
小さく笑いながらそう言ったエグランティーヌの表情が、わたしには困り切っているように見えた。神殿行事の話題に食いついた辺りから考えても、エグランティーヌは神殿の事で話がしたいから、わたしをお茶会に招いたに違いない。
「ローゼマイン様は神殿でどのようなお仕事をしていらっしゃるの?」
「魔力不足を補うために、わたくしはアウブ・エーレンフェストから神殿へ入るように命じられているので、儀式を行うのがわたくしの重要なお仕事です。正直なところ、それ以外のお仕事は他の方にお願いしている状態です」
孤児院長と工房長を兼任しているなどと馬鹿正直に答える必要はない。そんなことを考えながら答えたわたしの言葉を頷きながら聞いていたエグランティーヌがオレンジの瞳を輝かせる。
「魔力の不足を補うため……。それでしたら、わたくしも神殿に入れるかしら?」
「エグランティーヌ様が神殿に入られるのですか!?」
神殿は貴族の間では忌避されているところで、お金がなくて魔術具の準備ができなかったり、その家の魔力には不足があって使えないと判断されたり、貴族社会から隔離しておきたいと考えられる子供が放り込まれるところだ。
神殿長をしているわたしが言うのもおかしいが、神殿に入りたがるなんて、エグランティーヌは普通ではない。
「どうして神殿に入りたいと考えられたのですか? 神殿がどのようなところかご存知なのでしょう?」
「貴族達の間で神殿がどのような扱いになっているか、わたくしはもちろんわかっています」
そう言いながら、エグランティーヌは自分の胸の前できゅっと指を組み合わせた。
「ローゼマイン様はご存知でしょう? わたくしの身の上を……」
「音楽の先生方が教えてくださった簡単なことだけですけれど」
「わたくしは権力争いの結果、家族を失いました。それなのに、今、わたくしを娶れば王位に近付くと考えたジギスヴァルト王子から求愛を受け、それを制するようにアナスタージウス王子からも求愛の申し出がありました。わたくしはもうこれ以上の権力争いは見たくないのに、わたくしの選択によって、またあのような惨事が起こるかもしれません。自分が争いの種になるのを避けたいのです」
エグランティーヌは政変時の第三王子の娘だったと聞いている。わたしが受けた神官長の歴史の講義では、一度勝利したものの、第三王子は第一王子の放った暗殺者によって殺されたはずだ。
そして、第三王子の外戚だった大領地クラッセンブルクが激怒し、今度は第五王子を擁立し、第一王子に味方した者が第四王子についたことで、政変が激しさを増したと聞いている。
政変の渦中にいたエグランティーヌがこれ以上の政変を回避したがる気持ちは痛いほどにわかる。
「エグランティーヌ様が権力争いを回避したくてどちらも選べないお気持ちはよくわかります。けれど、エグランティーヌ様が争いを避けるために神殿に入りたいと考えられていらっしゃることをアウブ・クラッセンブルクはご存知なのですか?」
「……伝えたことはございます。貴族が神殿に入るなどとんでもないと却下されましたけれど」
だからこそ、神殿長をしているわたしの話が聞きたかったらしい。何か神殿に入るための説得材料が欲しかったそうだ。残念ながら、エグランティーヌが望むような説得材料はわたしにはない。
「アウブ・クラッセンブルクが反対するのは当然だと存じます。神殿が貴族から蔑まれるのはわたくしもよく存じておりますから。それに、これから神殿に入るということは、ご結婚自体を回避したいということなのでしょう?」
わたしは今の切羽詰った魔力不足を補うために神殿入りをしたのだ。政変の勝者だった大領地クラッセンブルクとは事情が違う。それに、成人したら結婚できるように神殿から出ることになっている。結婚を回避するために神殿に入りたいエグランティーヌの望みとは真逆だ。
貴族の数が減っている今、魔力の多い子が産める可能性が高いエグランティーヌの神殿入りなど認められるわけがないと思う。
「わたくしも成人したら、神殿長を辞めて結婚することになっています。わたくしでは参考にならないと存じます」
「……そうなのですか。魔力を領地のために役立てることができて、権力争いからも逃れられる良い案だと思ったのですけれど」
エグランティーヌが悲しげに目を伏せて、そっと溜息を吐いた。
「神殿に入る以外に、王族に嫁がない、嫁げない立場は全くございませんの?」
わたしは首を傾げる。エグランティーヌは神殿に入りたいわけではなく、権力争いの種になるのを回避したいだけだ。それならば、神殿に入る以外の方法を探した方が良いと思う。
「わたくしがアウブ・クラッセンブルクになれば回避できますけれど、すでに従兄……いえ、関係上は甥が継ぐことになっております」
他の領地に嫁ぐことも考えたけれど、王族からの申し出を蹴って、他の領地に嫁ぐとなれば、王族からの心証は悪くなり、アウブ・クラッセンブルクにも迷惑をかけることになる。
「おじい様、いえ、養父様はわたくしを守るために養女にしたことを少し後悔しているようです。王族としての立場を奪ってしまった、と。ですから、わたくしが王族に嫁ぎ、元の身分を取り戻してほしいと望んでいらっしゃいます」
そんなものより平穏が欲しい、とエグランティーヌは呟いた。
「では、エグランティーヌ様は卒業式のエスコートは親族の方にお願いするのですか? 今の状態ではどちらも選べませんよね?」
「……そうですね。王やアウブ・クラッセンブルクからの命令がない限りは、親族にお願いするつもりです」
エグランティーヌは寂しそうに笑ってそう言った。
……あちゃ~、アナスタージウス王子、駄目っぽい。
「ローゼマイン様、わたくしが神殿入りを狙っていることは秘密ですよ」
「口にしたところで誰も信じてくれないと思います」
クラッセンブルクの領主候補生が親族を説得して神殿入りしたいなんて、わたしが聞いても信じない。アナスタージウスならば、「そのようにしてエグランティーヌを貶めるつもりか」と怒りそうだ。
深刻な相談が終わった後は、エーレンフェストの流行の話をした。音楽はもちろん、リンシャンと髪飾りがとても気になるようで、クラッセンブルクでも取り入れたいという申し出があった。
「奉納式で戻った時にアウブ・エーレンフェストに報告しておきます。その時にこっそりリンシャンをお持ちしましょうか?……こちらは商品となるので、有料ですけれど」
「まぁ、ローゼマイン様ったら。アナスタージウス王子が聞いたら、また拗ねますよ」
そう言って楽しそうに笑いながら、エグランティーヌはピッと人差し指を立てた。
「……こっそりでしたら、一つだけお願いいたしますわ。これからも仲良くしてくださいませ、ローゼマイン様」