Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (317)
尋問会
話を聞かせてもらう、と保護者達によって養父様の執務室へと連行され、真ん中にポツンと準備されている椅子に座らされたわたしは、たらたらと冷汗が伝う気分で自分を取り囲む三人の保護者を見回していた。
……うひぃ、怖い顔に囲まれてるんですけど。
「人払いをする。ローゼマインからの話を聞くのは、私とカルステッドとフェルディナンドだけで良い」
「ジルヴェスター様、姫様が倒れていた間の事や説明を補足するための者が必要ではございませんか?」
「ローゼマインの話を聞いた後で、必要があれば聞く。今は下がれ」
「かしこまりました」
神官長並に深く眉間に皺を刻んだ養父様が、わたしの側近達に退室を命じた。心配そうにわたしを見て、リヒャルダ達が去っていく。
……いやぁ、置いていかないで!
無情にもパタリと閉められた扉を見て、わたしはすでに泣きたい気分になっていた。気分は無慈悲な圧迫面接である。
わたしが逃げ道を探しておろおろしていると、神官長が肩を竦めて溜息を吐いた。
「仕方がなかろう。君は側近を排して、王子と話をしている。王子が聞かれぬ方が良いと判断したことだ。できるだけ、王子の意を汲んだ方が良い」
「つまり、アナスタージウス王子とお話したことを、全部喋れということですか?」
「そうだ。それを知らねば、エーレンフェストの行動の指針が定まらぬ」
養父様がそう言ったけれど、かなり個人的な感情の発露であるアナスタージウスの恋話をしなければならないのは、少々気が滅入るし、喋ったと知られるのが怖い。
「本当に個人的なことですから、お話するのはアナスタージウス王子が嫌がると思います」
「君が普通の貴族であれば、このような尋問は必要なかった。だが、君は常に我々の想定外の事をしでかすのだ。全て包み隠さず話しなさい。そうしなければ、今後の君の行動についても注意できぬ」
確かに、今後の行動に関する注意点や指針はあった方が良いかもしれない。知らないうちに無意識で常識外なことをしている可能性は高いのだ。
わたしが頷くと、養父様が自分の席に座る。お父様は養父様の背後につき、神官長は普段は文官が書き物をするための席に座って、執務机をトントンと指先で叩いた。
「では、たった一年しか在学期間が重ならぬはずの王族とここまで深い関係になっている事情を聞かせてもらおうか? 王子が側仕えを排した以上、相当深い話をしたはずだ」
「……え? 深い関係、ですか?」
わたしは神官長の口から出てきた予想外の言葉に、はて? と首を傾げた。こちらからは近付かないと約束したので、呼び出された時しか会っていないし、基本的にエグランティーヌに関する恋話しかしていないし、わたしがアナスタージウスと深い関係になった覚えはない。
「成り行きで不可抗力です。王族の命令に逆らえるわけがないので、流されていたら、こうなりました」
「……はぁん?」
至極真面目に答えたのに、養父様に凄まれた。凄まれても事実は事実だ。
わけがわからぬ、と神官長が言いながら、自分の手元にある紙を数枚めくる。
「最初に王子と接触したのはいつだ? こちらに届いている報告書では奉納舞だったはずだが、他に思い当たることがあるならば正直に言いなさい」
「……えーと、親睦会の挨拶が最初です。言いがかりつけられたのです。聖女の噂と違う、と」
わたしが親睦会の挨拶の話をすると、三人が揃って頭を抱えた。養父様が眉間を押さえて、呻くような声を出す。
「私はそのような話、全く聞いていないぞ、ローゼマイン。其方、本当に王族に向かってそのような喧嘩を売ったのか?」
「……文句ばっかり言われて、ちょっとイラッとしただけで、別に喧嘩を売ったわけではないのですけれど……」
わたしが視線をさまよわせながらそう言うと、神官長が首筋のひやりとするような笑顔で「これ以上はないくらいに、嫌味と皮肉が効いた受け答えだ。頭が痛い」と静かな声で言った。
背筋が凍るような神官長の怒り笑顔に、わたしがうひっと息を呑んでいると、お父様も溜息と共に頭を振る。
「初対面でそのようなことを言われては、さぞかし王子も面食らったであろうな」
……あちゃぁ~、わたし、最初から失敗してたらしいよ。
「やっとわかりました。わたしが最初に喧嘩売っちゃったから、アナスタージウス王子は奉納舞の時も嫌味ったらしい感じだったんですね」
「詳しく話しなさい。こちらに届いている報告とずいぶん齟齬がありそうだ」
手元の紙を叩きながら神官長に問われて、わたしは奉納舞の時の話をする。アナスタージウスへ近付くための策略か、と疑われたので、こちらからは近付かない宣言をしたことも報告した。
養父様が眉間をぐりぐりと揉み解しながら、わたしを睨む。
「私は王子に同情するぞ。このような常識が違う者に接したことは今までになかったであろう」
……やりたい放題の養父様に言われたくないですけれど。
「面倒な事には近付きたくない、とか、アナスタージウス王子狙いと周囲の方々に思われるのも困る、とか考えた結果、こうなりました」
「エーレンフェストのような弱小の領地が王族と関わっても厄介なことにしかならないので、考え方自体は悪くないが、君はことごとく手段が悪いな」
もう少し穏便で遠回しな断り文句を使うように、と言われた。春になったら、社交に関する特訓が行われることになるらしい。考えただけで憂鬱だ。
「だが、そこまでキッパリとあり得ないような断り方をしているのに、何故接触が増えたのだ?」
「だから、成り行きです。その次の接触は音楽の先生方のお茶会でした。エグランティーヌ様がいらっしゃるので、アナスタージウス王子が飛び入り参加したのです。先生方から王子が同席する許可を求められれば、さすがに断れないでしょう?」
「あぁ、そこは断らなくて正解だ」
養父様が胃の辺りを押さえて、頷いた。
そして、アナスタージウスが作曲しろと言ったり、やっぱりいらぬと言ったり、王族らしい我儘に振り回され、不機嫌に出て行ったアナスタージウスをエグランティーヌが取り成してくれた話をする。
「あ、その時に養父様の貴族院時代の話も先生方に伺いました。フロレンツィア様に求愛するジルヴェスター様とアナスタージウス王子がそっくりだそうですよ」
「今すぐに忘れろ!」
ああぁぁぁ、とこれまでとは違う意味で頭を抱える養父様に、わたしは首を振って「無理です」と答えた。あのお茶会にはわたしの側近もいた。リヒャルダも聞いたのだ。
「忘れるのは無理ですけれど、ヴィルフリート兄様やシャルロッテには秘密にしてあげます」
「エーレンフェストの一定年齢以上は誰でも知っているジルヴェスターの話と違って、王子に関してはなかなか有益な情報だな。第二王子はクラッセンブルクの姫君にご執心か」
神官長が金色の目を光らせて、わたしを見た。どうやら貴族院の中では当たり前の風景も保護者達にとっては当たり前ではないようだ。わたしは音楽の先生から聞いた情報も合わせて開示する。
「では、これも有益な情報でしょうか? エグランティーヌ様は元王女様なのです。政変で亡くなった第三王子の娘で、アウブ・クラッセンブルクだったおじい様の養女となったと先生方から伺いました」
「む?」
三人が軽く目を見張った。
「エグランティーヌ様を王族の身分に戻したいというおじい様の意向を汲んで、第一王子と第二王子が求婚しています。エグランティーヌ様が選ばれた方が王座にぐっと近付くそうです」
「……ローゼマイン、君は完全に深みにはまっているな。おそらく、それはかなり王族に近い貴族でなければ知らぬ情報だぞ。ジルヴェスター、どこにつくか、早目に決断しておけ。ローゼマインがいる以上、嫌でも巻き込まれることになるぞ」
すぅっと厳しい顔になった養父様を見て、わたしは肩を落とした。エーレンフェストは中立だったからこそ、前回の政変を逃れられた。けれど、今回はわたしがアナスタージウスに近付きすぎたせいで、巻き込まれる確率が高くなったと言う。
……わたしのせいで領地が荒れたらどうしよう?
「ローゼマイン、王子から呼び出しを受けた件について、まだ聞いていないぞ。王子とはお茶会だけの接触ではなかったのだろう?」
「それを説明するにはシュバルツとヴァイスのことから始めないとダメですね」
「図書館登録に行って、主になったという一件だな? 報告書を読んでもわけがわからなかった」
養父様が先を促すので、わたしはコクリと頷いて、口を開く。
「一年生の座学全員合格を得るまで、登録のお預けをヴィルフリート兄様に言われていて、わたくし、一年生を必死に勉強させたのです。それで、全員合格と図書館登録の喜びのために感情制御が全くできていない状態で、尚且つ、ユレーヴェで解けた魔力の扱いに慣れてなくてドパッと魔力が流れちゃったのが原因だと思うのですけれど、神に祈りを捧げたらシュバルツとヴァイスの主になりました」
「……おおよそ予想通りだな。だが、シュバルツとヴァイスには主がいたはずだ。君が魔力量に任せて奪ったのか?」
神官長の言葉に、わたしは貴族院の図書館の変化を知る人が本当に少ないことを知った。卒業して昔の貴族院しか知らない者は、シュバルツとヴァイスは当たり前に動いていると思っていて、今の学生はシュバルツとヴァイスの存在さえ知らなかったのだ。
わたしは神官長に政変による中央での粛清により、上級貴族の司書がいなくなったことや中級貴族のソランジュでは主として魔力を注ぐことができなかったことを告げる。
「蔵書に詳しく、私もよく世話になった司書だったのだが……。そうか。もうおらぬか」
「粛清の弊害があちらこちらに出ているとは聞いていたが、貴族院の図書館にさえ人が出せぬとは、中央は大変なことになってそうだな」
養父様が深い溜息を吐いた。エーレンフェストはこれまでの成績から考えても、中央との繋がりが薄く、中立だったため、上位領地のお茶会に招かれることも少なく、それほど情報が入って来なかったそうだ。
「シュバルツとヴァイスがいなければ、ソランジュ先生が大変なのです。わたくしはお手伝いを申し出て、領主候補生で籍を中央に移せないため、在学中だけ魔力供給をすることになりました。王子からはわたくしの好意で行う分には好きに魔力供給をしても良いと言われております」
「……ローゼマインを領主の養女としたのは英断だったな。在学中に中央に引き抜かれる可能性もあったのか」
しみじみとした口調でお父様がそう言い、養父様が得意そうに「私の英断だ」と胸を張る。
「それにしても、祝福を与えることで手も触れずに主になるとは、君は本当に規格外だな。……まぁ、いい。ヒルシュールの報告によると、採寸で魔法陣がたくさん発見されたそうではないか。それに関しては、後ほどじっくり聞かせてもらう」
「あ、ヒルシュール先生からお土産をたくさん預かっています。シュバルツとヴァイスのことではフェルディナンド様の協力が必要だそうです。それにフェルディナンド様が昔作った魔術具が故障したようで、そちらも修理して欲しいそうです」
「ふむ」
ちょっと嬉しそうに神官長が唇の端を上げた。機嫌が良くなったようなので、ついでに、もう一つのお土産についてもお話しておく。
「お土産に関しては、ロジーナと一緒に作曲した英知の女神に捧げる曲と光の女神に捧げる曲の楽譜もあります。後で編曲について考えてくださると嬉しいです。光の女神に捧げる曲はアナスタージウス王子経由でエグランティーヌ様に贈られることになっているので」
「……ローゼマイン、そのようなことは聞いておらぬぞ」
養父様がむっと目を細めたが、わたしはこてりと首を傾げた。
「さっき言ったじゃないですか。作曲を依頼されて、やっぱりいらないって言われて、アナスタージウス王子の不興を買ったって……。意味不明な行動も、恋心故の行動ですし、最初に依頼してきたのはアナスタージウス王子なので、王子経由で贈った方が良いと思うのですけれど」
すっ飛ばしてエグランティーヌに贈った方が良いのか、と尋ねると、神官長がこめかみを押さえた。
「まず、王子の意向を確認しなさい。君の独断では動かぬように」
「え? でも、こちらからは連絡しないとお約束したので、無理ですよ」
王族との約束は破れません、とわたしは首を振った。
「ローゼマイン、其方、まさかそんな理由で王族からの依頼を放置するつもりか!?」
「放置だなんて人聞きが悪いことをおっしゃらないでくださいませ。……待っているだけです。わたくしはアナスタージウス王子からの連絡をじっと待つしかないのです。必要だと思い出したら、アナスタージウス王子が迎えに来てくれますよ」
「君は馬鹿か? 王子が来るわけなかろう」
「来ました。わたくし、図書館で読書を楽しんでいたら、アナスタージウス王子に連行されたんですから」
貴重な読書時間を削られて、倒れてしまったために何日も図書館に行けなかったことを思い出して、怒っていると、三人がぎょっとしたように目を見開いてわたしを見た。
「ローゼマイン! 王子に連行されたとは、図書館にいたところを呼び出されたのではなく、王子に迎えに来させたのか!? 非常識にも程があるぞ!」
「え? でも、わたくしは別に近付きたくないですし、もう連絡とらないって約束しちゃいましたし……」
「ローゼマイン、その約束は撤回しなさい。この先、君はずっと王子に連行されたいわけではないだろう? 王子が迎えに来る相手だと周囲に認識させたいのか? とんでもない噂になるし、つまらぬ敵が増えて、読書どころではなくなるぞ」
オルドナンツや文書のやりとりで終わるはずの事で、呼び出される方が読書時間に大打撃だと説明されて、わたしは両手を頬に当てて「ひいいぃぃっ!」と息を呑んだ。
「貴族院に戻ったら、すぐに撤回します。これ以上読書時間が削られるのは嫌です!」
「ハァ……。最低限の社交だけをこなせば、君は図書館に籠っているのが、誰にとっても一番安全で安心なのかもしれぬな」
疲れ切った溜息と共に言われた神官長の言葉で、わたしの中の神官長への好感度は急上昇した。できるだけ図書館に籠っていても良いと言ってくれるなんて、今日を記念日にしたい。
喜びに身を任せて、わたしはガタッと立ち上がって、両手をバッと挙げる。
「あぁ、もう、フェルディナンド様が神様に見えます! 神に……」
「祈りはいらぬ。座れ」
「……はい」
せっかくお祈りしようと思ったのに、遮られてしまった。残念である。
「ローゼマイン、他に王族関連でやらかした事はないのか? これ以上はもう何もしておらぬと言ってくれ!」
養父様の悲痛な叫びに、わたしは自分の行動を思い返す。アナスタージウスに連行されて、薬飲んで意識が朦朧として、倒れた。
「王子は一体何のために君を連行したのだ?」
「恋の暴走です。エグランティーヌ様のお茶会での情報が欲しかったようです」
そして、エグランティーヌが争いの種になるのを恐れて、卒業式のエスコートではどちらも選べないと言った話やそれでアナスタージウスが何か思いついたらしい話をする。
「他には……アナスタージウス王子に土の女神に捧げる曲をお教えしたのと、二人でお話した時にかなり失礼な事を申し上げたので、エグランティーヌ様に髪飾りを贈る提案をしたら、上機嫌で依頼してくださいました。それくらいでしょうか」
「待て。何故、王子に髪飾りの提案する前にこちらへ相談しなかった?」
「え?……アナスタージウス王子へのお見舞いのお礼状と帰還報告をする中で、機嫌を取った方が良いかな、と思いついたからです」
帰還準備のたった三日間にもやらかしていたか、と保護者達が一斉に眉を吊り上げた。
カタリと立ち上がった神官長のひんやり笑顔が間近に迫ってきて、ぐにっと両方の頬をつままれる。
「ローゼマイン、思いつきをすぐに実行するな、と私は教えたことはなかったか? 報告、連絡、相談の重要性は常々教えてきたつもりだったが、教え方が全く足りなかったのか? それとも、二年間寝ていた間に魔力と一緒に流れ出してしまったか?」
「ほめんなひゃいっ!」
どうすればよいのかわからぬ時は、独断で勝手に行動せず、質問書を作成して、こちらに送るように、と怒られた。ヴィルフリートはわたしの行動を止めるためにどうすれば良いのか、何度も質問書を送っていたらしい。
そんな方法があったのか、とわたしがポンと手を打つと、貴族院への出発前に教育が足りていなかったようだ、と保護者達は揃って溜息を吐いた。
「二年間寝ていたからな。次の学年までに社交関係の教育を行わねばならぬようだ」
奉納式や成績など、優先順位をつけて詰め込み教育を行った結果が、今のわたしらしい。
「本来ならば、エーレンフェストの一年生が王族に関わるはずがないのだ。それに、ローゼマインには体力の問題があるので、すぐに講義が終わると考えていなかった。ローゼマインが講義を終えて、ちょっと図書館を楽しんだところで、本格的な社交シーズンに入る前に呼び戻し、奉納式をさせ、領地対抗戦ギリギリに貴族院へと戻せば、社交能力の低さも多少は誤魔化せると思ったのだが……」
「フェルディナンドの予想を超えたな」
養父様が面白がるようにそう言って、ニッと笑うと、神官長は冷ややかに「予想を超えて苦労するのは、領主会議に向かうアウブ・エーレンフェストだがな」と養父様を見た。
「ローゼマイン、其方は本当にこの短期間で、よくもこれだけのことをやらかしたな。社交シーズンに突入していない状態でこれだぞ?」
「養父様、過ぎちゃったことは仕方ないですよ。もっと前向きに考えましょう」
「この馬鹿。過ぎたことではない。王族との関係も大領地との関係もこれから先のエーレンフェストに大きく関わってくることだ」
ぷひっと鳴かされたいのか、と睨まれて、わたしは慌てて話題を逸らす。
「じゃあ、エーレンフェストが少しでも有利に進められるように、ベンノさんや商業ギルドのギルド長グスタフとお話しましょう。リンシャンも髪飾りもカトルカールも貴族院ですごく注目されているんです。王子が意中の女性に贈った髪飾りとなれば、宣伝効果はすごいと思うのですけれど」
「それはそうかもしれんが、敢えて言うぞ、この馬鹿者! 考えなしにも程がある! 商売や献上品に関して勝手な行動を取るな、と言ったはずだ。領主会議を通さずに何をしている!?」
養父様に怒鳴られて、アナスタージウスの注文を受けたのは早計だったな、と反省する。
「……ごめんなさい。今からでもお断りした方が良いですか?」
「王族相手のお断りなど簡単にできぬから怒っているのだ」
「ジルヴェスター、断れぬ以上は、領地にとって有益にするしかあるまい。クラッセンブルクが卒業式で髪飾りを付けることになれば、宣伝効果が高いのは事実だ」
神官長が力なく頭を振った。
「あ、では、いっそのこと、髪飾りと一緒に二人の恋物語を印刷して売り出しましょう。そうすれば、印刷物も一気に広がると思いませんか?」
参考書関係は座学の優位を保つために、まだちょっと他領には出したくないけれど、印刷自体は少しでも早く広げていきたい。王族の恋愛話なんて、これ以上はない素敵なネタだ。ゴシップというのはとても広がりやすいのだ。
瓦版のような感じで紙一枚に印刷して販売すれば、単価は抑えられる。ついでに、バインダーのような綴りも売り出して、新しい情報が出る度に売れば、興味のある部分だけ買う人、毎号揃える人、と色々と楽しんでもらえると思う。
「ローゼマイン、つまり、君は今後第二王子に付くということか?」
「え? いいえ。わたくしはエグランティーヌ様に付きます。どちらの王子を選んでも、選ばなくても、よく売れる小説のネタになりそうですし、髪飾りやリンシャンの宣伝効果を考えても、身分の高い女性から広げていくのが一番ですから」
カトルカールもお茶会の頻度が高い女性の方が広がりやすいと思う。エグランティーヌは身分が高くて、美人で、リンシャンや髪飾りに興味を示していて、広告塔としてはこれ以上ない逸材である。
わたしが並べる条件に、養父様は頭を振った。
「ローゼマイン、其方、商人としての利益しか考えておらぬな」
「わたくし、まだ貴族としての利益がよくわからないのですよ。エグランティーヌ様に付くのはダメですか?」
わたしは神官長に意見を求める。じっと考え込んでいた神官長は、一度目を伏せて、ゆっくりと息を吐いた。
「ローゼマインの選択はそれほど悪くない。ローゼマインの言葉を信じるならば、次の王を決めるのは、クラッセンブルクの意向が大きく影響するだろう。ならば、王子ではなく、クラッセンブルクに付いておけば、大きな間違いはないとも言える」
決断するのはアウブ・エーレンフェストだ、と言いながら、養父様へと視線を向ける。
すぐには答えが出せなそうな問題を前に考え込んでいる養父様の姿に、わたしは首を傾げた。
「誰に付くとか、付かないとか、この際、後回しでも良いと思うのですけれど」
「ローゼマイン?」
「それよりも、領主会議でリンシャンや髪飾り、植物紙、カトルカールの取引を求められた時にどうするか考えた方が良いですよ。アナスタージウス王子とエグランティーヌ様は確実に興味を持っていますから、派閥云々より商売上の取引が先に求められると思います」
エグランティーヌが選ぼうとしなければ、このまましばらく平行線だろうし、選んでしまえば王座は片方に簡単に傾くのだ。そんな他人の選択でどうなるかわからないことよりも、確実に近い未来で起こる問題を片付けた方が良い。
「プランタン商会の植物紙工房と違って、ギルベルタ商会のリンシャン工房は今のところ一つしかありませんし、髪飾りも一つを作るのに結構時間がかかります。工房を増やして、買いに来る商人を増やしていくのか、製法を売るのか、わたくしがベンノと交わした契約魔術に引っかからないのか、解消できるのか、人が増えた時に下町の宿屋をどうするのか、治安維持ができるのか、利益配分はどうするのか……。特産品を売るために考えておかなければならないことはたくさんあります」
人を集めたいならば、商人にエーレンフェストまで来てもらうのが一番だが、その時に商品が全くない状態では客の心は離れていくし、遠くからやってきた商人は怒るだろう。余所者が増えて、品薄の商品の奪い合いが起これば、治安など簡単に乱れる。
貴族の考え方でないと言われようと、実際に苦労するのはギルベルタ商会やプランタン商会、門番とわたしの関係者ばかりだ。予め、打てる手は打っておきたい。
「何年も後の中央の情勢より、春になったら確実に起こる事態に対応した方が良いと思います」
「そうだな。ベンノとグスタフを呼びだせ。春の領主会議までに話をせねばならぬ」