Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (318)
神殿への帰還
春の領主会議までに呼び出さなければならないとはいえ、今は冬の主の討伐さえ終わっていない吹雪が強くなっている冬の半ばだ。平民の商人を呼ぼうと思ったところで、すぐに呼べる状況ではない。
「冬の主の討伐が終わってから、アウブ・エーレンフェストの名で招待状を出すことになるので、ローゼマインは前もってベンノ達に知らせてやれ。何の準備もなく、というわけにはいかぬだろう?」
ギーベ・ハルデンツェルに呼び出された時の様子は哀れであった、と神官長が呟いた。そういえば、お母様の実家があるハルデンツェルに工房を作るため、上級貴族に囲まれて商談するという大変な思いをしたと聞いた覚えがある。神官長から見ても、同情せざるを得ないような状況だったらしい。
「そして、ベンノと城へと上がる人数の調整をして、報告しなさい。文官にそれだけの人数を対象にした招待状を作らせる」
「かしこまりました。……養父様、ギルベルタ商会の代表はすでに変わっているのですけれど、そちらの代表も呼んでおきましょうか?」
「あぁ、そちらとの調整は任せる。他の文官に任せるより、其方が自分で行った方が安心できるのだろう?」
「恐れ入ります」
「では、明日には神殿に戻るぞ、ローゼマイン。冬の主が本格的に動き始める前に調整せねばならぬからな」
「わかりました」
その日の夕食はおじい様や神官長も一緒で、領主一家の団欒という感じになった。
シャルロッテに貴族院がどのようなところか聞かれたので、わたしは図書館とシュバルツとヴァイスについて熱く語る。
「図書館のお手伝いをする大きなシュミルの形をした魔術具ですか? それはとても可愛いでしょうね」
「えぇ。女子生徒にはとても人気があるのです。新しい主は新しい服を贈ることになっていて、皆で今考えているところなのです。男の子と女の子の格好をさせる予定なのですけれど、図書委員の腕章は絶対に付けるのですよ。わたくしもお揃いを付ける予定なのです」
「お揃いの腕章ですか? 主であるお姉様と一緒に図書館の中を歩いている姿を見たいですわ。来年が楽しみです」
シャルロッテと会話が弾んだ後は、わくわくとした様子のおじい様からディッター勝負の話を聞かれた。やはり騎士はディッターに多大な関心があるのか、養父様の後ろに立っているお父様の目もちょっと輝いている気がする。
「ローゼマインは奇策を使ってダンケルフェルガーに勝利したのだろう? 一体どのような奇策を使ったのだ?」
「一回限りの変則的な宝盗りディッターだったので、使えた奇策です。まず、宝となる魔物はシュタープで縛っておいたら暴れず、縛られていても死なない程度のそれ程大きくはないものにしてもらいました」
「それでは、一度攻撃されれば殺されるぞ?」
むむっとして首を傾げるおじい様に、わたしは胸を張って答える。
「ですから、わたくしの騎獣に入れて、殺されないように守りました」
「騎獣の中だと!?」
「そうです。わたくしの魔力を上回らなければ、騎獣を壊して奪えませんから、わたくしが騎獣に乗っている限り、そう簡単には負けません」
呆然としているお父様とおじい様の表情から考えると、やはり騎士が考えるような策略ではなかったようだ。神官長は「あのグリュンにそのような使い道があるとは……」と感心したように頷いているのが見える。
それから、わたしは宝を狩って戻ってくる敵に奇襲をかけた話を始めた。じっと聞いていたおじい様がまた不可解そうな顔になった。
「……ローゼマインの話を聞く限りでは、競技場の中で、魔獣を狩って戻ってきた相手を攻撃しただけのように聞こえるが、それは奇襲でも何でもないのではないか?」
「今の貴族院では速さを競うディッターが主流なので、宝盗りディッターを経験したことがある騎士見習いがどちらにもいなかったのです。そのため、宝を運ぶ途中で攻撃されると誰も考えていませんでした」
だからこそ奇襲になったのです、とわたしが言うと、「ぬるい。……ぬるすぎる」とおじい様が表情を険しくしていく。ディッター勝負とは思えないぬるさらしい。宝盗りディッターが主流だった頃は一体どんな状態だったのだろうか。考えるだけでも恐ろしい。
「けれど、そのぬるい奇襲は半分成功で半分失敗でした。エーレンフェストの騎士見習いの連携が全く取れていなくて、ダンケルフェルガーが即座に態勢を立て直したのです」
「……あぁ」
思い当たることがあるようにお父様が顎を撫でながら頷いた。わたしはせっかくの機会なので、お父様に見習いの訓練を強化してもらえるようにお願いすることにした。
「騎士団長、このような夕食の席で何ですが、騎士見習いの訓練も見直した方が良いと思います。この数年間は宝盗りディッターから速さを競うディッターへと変わったため、貴族院では連携や役割分担について座学で学んでも、実践には全く結びついていないようです」
「なるほど。近年の急激な質の低下はそういう理由もあったのか。こちらも領主一族の護衛騎士を鍛える方を優先していたから、見習いへの教育は後回しとなっていたからな。早急に見直そう」
騎士団の上層部は基本的に領主一族の護衛騎士である。彼らが代わる代わるおじい様の猛特訓に駆り出されていれば、下への教育が多少おざなりになるのは仕方がないかもしれない。城で襲撃があった以上、見習いへの教育より、護衛騎士への特訓の方が優先順位は高いのだから。
「ダンケルフェルガーは領地での教育がしっかりしているのか、寮監のルーフェン先生が全力で鍛えているのか、エーレンフェストとは比べ物にならない見事な連携でした。このままではせっかく個人の魔力を上げることができても、エーレンフェストがディッターに勝つことは難しいと思いました」
連携らしい動きができていたのは、領主一族の護衛騎士見習いだけですから、とわたしが言うと、彼等を特訓していたおじい様がギラリと青い目を光らせた。
「ふぅむ、ローゼマインがそこまで憂うならば、領主一族の護衛騎士の教育はある程度形になったし、今後は見習いを鍛えるか?」
「アンゲリカやコルネリウスをあれほど鍛えてくださったのですもの。わたくし、期待しておりますね」
「む? うむ、任せておけ!」
おじい様が頼もしい笑顔で請け負ってくれたし、おじい様の特訓が一段落したことで騎士団も下への教育に手をかけることができるようになるだろうし、多分これから先、見習い達はぐっと強くなれると思う。
「ローゼマイン、結局、奇襲には失敗したのであろう? その後はどうしたのだ?」
養父様が話の先を促し、皆の視線がわたしへと向けられた。
「奇襲その2を決行しました」
「奇襲その2だと?」
「はい。宝の魔獣を暴れさせれば、ダンケルフェルガーもこちらを攻撃する手を緩めることになるし、強い魔獣相手に手加減してはいられなくなるし、魔獣を狩りやすいのではないか、と考えて、魔獣を巨大化させました」
「はぁ!?」
目を見開く周囲にわたしは自分がしたことを告げる。
「わたくしの魔力を込めたリュエルの実の欠片にフェルディナンド様の激マズ……いえ、最も効果のある回復薬を数滴垂らして、ユーディットに投げてもらいました。周囲に落とせば、魔力に飢えた魔獣が勝手に食べてくれると思っていたのですが、ユーディットは口の中に打ち込むことに成功したのです。すごいでしょう?」
わたしがユーディットのすごさを自慢していると、ものすごくコメントに困ったような顔で養父様が口を開いた。
「……あ~。つまり、魔獣を回復させた上に、巨大化させて暴れさせたということか?」
「そうです。突然巨大化した宝にダンケルフェルガーが対応しているうちに、コルネリウス兄様とアンゲリカに魔力回復をしてもらい、全力で魔獣に魔力を打ち込んでもらって勝利しました」
シーンと沈黙する一同の中、神官長だけは興味深そうに何度か頷いている。
「初めて経験する宝盗りディッターの中で、なかなか面白い手を使ったな。本当に君の発想には驚かされる」
「ルーフェン先生にはフェルディナンド様を彷彿とさせる奇策と言われました」
どんな手段を使っていたのですか? と聞いたら、またディッターの作戦に関する資料を見せてもらえることになった。
「うーむ、面白い奇策かもしれぬが、冬の主討伐には使えぬな」
「……この策を使うと、冬の主が余計に強くなりますからね」
お父様の言葉にわたしは肩を竦めた。お役に立てなくて残念である。
そして、夕食を終えて城の自室へと帰ると、オティーリエが迎えてくれた。オティーリエはハルトムートのお母様だ。よくよく見ると、顔立ちが似ている気がする。
すでにお風呂の準備ができていて、わたしは服を脱がせてもらい、お風呂に入ることになった。
「今日は魔術具も外しますね」
リヒャルダにそう言われて魔術具を外されると、全身が一気に重くなって、思うように動けなくなった。それでも、全く動けなかった完全介護状態から考えると、七割介護くらいには回復した気がする。足がプルプルするけれど、前と違って自分で立っていられた。
リヒャルダとオティーリエに抱き上げられて、介護状態でお風呂に入れられる。
「ローゼマイン様、ハルトムートを側近に加えてくださってありがとう存じます。ただ、愚息がローゼマイン様にご負担をかけているのではないか、と心配でなりません。お役に立っているのでしょうか?」
わたしは「聖女伝説を加速してくれています」という言葉を呑み込んで、ハルトムートが領地対抗戦の結果をまとめてくれたり、フィリーネを始めとした文官見習い達に情報収集の仕方を教えたり、文官見習いの上級生として頑張ってくれていることを伝えておく。
「あの子は本当にローゼマイン様に入れ込んでおりますから、調子に乗っていると思ったらすぐに止めてくださいませ。ローゼマイン様のためならば、と浮かれて先走る様子が目に浮かぶようで、わたくしは不安でならないのです」
オティーリエから聞かされたハルトムートの中のわたしは、慈悲深く、謙虚で周囲に祝福を惜しみなく与えるという別人のような聖女だった。早目にその幻想を潰しておこう、と固く決意したところで、わたしはハルトムートの言動を思い返して首を傾げた。
……さすがに貴族院の生活で実態を見て、幻想は潰れたと思いたいんだけど、あんまり潰れてない気がするんだよね。解せぬ。
お風呂を終えてパジャマを着た後は、リヒャルダによって早々にベッドへと追いやられてしまった。正確には、魔術具を付けてもらえないままにベッドへと寝かせられた。
「貴族院では周囲の目もあり、魔術具を外せませんでしたが、今夜は魔術具を外して、姫様はご自分の体が一体どういう状態なのかをよく知るべきです。このような体で無茶ばかりなさるのですから」
リヒャルダに、見ているこちらが冷や冷やいたします、と言われ、わたしは言葉に詰まる。貴族院ではずっと魔術具を付けていたので、自分の体が回復していないという意識がなかった。けれど、こうして魔術具を外されると、目覚めてから二月になろうとしているのに、大して回復していないことがよくわかる。
「今日はゆっくりとお休みくださいませ。明日には神殿に戻るということですし、またお忙しい日が続くのでしょう?」
「そうですね」
ベンノ達に手紙を書いて、できれば面会をして直接話をした方が良いことはたくさんある。孤児院の様子も見たいし、工房の様子も見たいし、奉納式は間近だし、神官長のお手伝いもたくさんあるに決まっている。
「わたくし自身は姫様が神殿へと向かうのをお見送りした後、下がらせていただくことになるからこそ、ずっとお忙しい姫様が気がかりでなりません」
「リヒャルダはずっと貴族院で付きっきりだったもの。ゆっくり羽を伸ばしてきてちょうだい」
「ありがたいお言葉に存じます。ですが、姫様。本当に御身にはお気を付けくださいませ。貴族院と違ってエーレンフェストでは、姫様の体調は最優先にされることですから」
そんな言葉と共に明かりが消され、わたしは少し早目の就寝時間となった。
次の日、吹雪が弱まる時を見計らって、神殿へと移動すると言われたため、わたしはいつでも出発できるように準備を整えた状態で、ベンノ宛ての手紙を書いていた。
貴族院で流行発信したため、リンシャン、髪飾り、カトルカール、植物紙が領主会議での話題に上がりそうだということと、それに関してもう少し後の吹雪が収まった後で領主からギルド長とギルベルタ商会とプランタン商会へ呼び出しがあるということを知らせておく。
次の土の日から奉納式になるので、それまでは神殿にいるというわたしの予定と、晴れ間があれば直接話がしたいということも書いておいた。
オットーとギルド長に向けても同じような文面の手紙を書いた。
ギルベルタ商会へは髪飾りの発注書も同封しておく。最高級の糸を使って、成人式に付けるための赤を基調としたコラレーリエの花の髪飾りを作ってほしい、と書いた。
「これでよし」
わたしは手紙を上着のポケットに入れて、一つ頷く。
さて、時間が余ってしまったようだ。何を読もうか、と考えていると、わたしが考えていることがわかったのか、リヒャルダが書箱の鍵を手に取った。オティーリエが「こちらを開けてください」とリヒャルダに声をかけて、片方の書箱を開けてもらう。
「ローゼマイン様、エルヴィーラ様より二冊の本が贈られております。ハルデンツェルで印刷された本でございます」
書箱に新しい本が増えていると言われ、喜び勇んで覗いてみると、植物紙で作られた騎士物語集が二冊並んでいた。表紙はシンプルで、厳選騎士物語集と貴族院物語としか書かれていない。
その本には手紙が同封されていて、領主の許可がなければ神官長が入って来られない城の部屋でだけ読むこと、部屋の外には出さないこと、というお母様の注意書きがあった。
パラパラと流し読みをしたところ、一冊目はお母様が自分のお気に入りの騎士物語を集めたもので、挿絵だけ神官長をモデルにした物のようだ。ヴィルマではない、別の絵師が挿絵を描いているが、モデルが神官長だということは一目でわかる。ヴィルマが絵具のお礼に贈った絵を元に描いたのか、お母様が口出ししたのか知らないけれど、ヴィルマが描く神官長よりも三割り増しくらいキラキラしている。
厳選騎士物語集は間違いなく、騎士の物語だが、どれもこれも恋愛に比重が偏っている話ばかりが集められていた。
そして、オティーリエによると、一冊目を派閥のお茶会で秘密裏に売って、その時に盛り上がった勢いでできたのが二冊目の貴族院物語らしい。お母様達が知っている貴族院での恋の噂が詰まった学園恋愛物の短編集だった。執筆はお母様と有志らしい。
「……お母様にこのような才能があっただなんて、わたくし存じませんでした」
「エルヴィーラ様は文官見習いの頃から、このような書き物は得意とする方でしたよ。ここ最近、楽しい趣味を見つけた、とおっしゃって、とても生き生きとしております」
「オティーリエもこの本を読んでいるのですか?」
「えぇ、楽しんでおりますよ」
神官長の本を作るために実家の土地に植物紙工房から印刷工房まで作ってしまう情熱に圧倒されつつ、わたしはパラパラとページをめくる。
……貴族院の学園恋愛なら挿絵の男性を全部神官長にしなくていいと思うよ、お母様。
一つだけ騎士物語のお話を読み終わったところで、神殿に戻る、と言われて、わたしは本を閉じた。
わたしを見送るために側近達が一緒に移動する。神官長とエックハルト兄様とユストクスが待っていて、わたしがそちらに向かって進み出ると、ダームエルとアンゲリカが共に出てきた。
「アンゲリカも神殿へと行くのですか? まだ成人していないのに、城以外の護衛任務につけてもよろしいのですか?」
わたしが神官長とアンゲリカを見比べると、神官長がやる気満々のアンゲリカを見下ろして、軽く頷いた。
「成人式は終わっていないが、すでに15にはなっている。周囲に心配されていた講義は終えたようだし、本人がやる気だ。何より、女性騎士がいない状態は困るからな」
洗礼式で親が見繕ってくれた時と違い、もうわたしは自分の側近を自分で選ばなければならない年になっている。成人女性の騎士は奉納式の後で選びたければ、選べば良いと言われた。
「ローゼマイン様、わたくし、やっと護衛任務につけるようになったのです。やらせてくださいませ」
「騎士団長や養父様から許可が出ているなら、わたくしは構いませんけれど」
わたしがレッサーバスを出すと、先に慣れているエラが後部座席へと乗り込み、アンゲリカは以前ブリギッテがしていたように助手席に乗り込んだ。
シートベルトの締め方を教えて、わたしがハンドルを握っていると、神官長の仕事道具がどんどんと後部座席に詰め込まれていく。
……わたしの荷物より多いんですけど。
「ローゼマイン様、準備はよろしいですか?」
ダームエルの言葉に頷くと、バッとダームエルが手を挙げた。神官長がそれを見て、扉の脇に控えているノルベルトへと視線を向ける。
「扉を開けてください」
ノルベルトの号令によって、大きく扉が開かれた。吹雪が弱まっているとはいえ、雪は降っている。その中へと青いマントと黄土のマントが飛び出していった。わたしは見失わないようにアクセルを踏み込む。
背後から「いってらっしゃいませ、ローゼマイン様」という声が聞こえてきた。
「ローゼマイン様の騎獣は快適ですね。驚きました」
「うふふん。そうでしょう? 可愛くて、便利な優れものなのです」
わたしはエラと調理道具と自分の荷物と神官長の仕事道具が詰め込まれた後部座席をちらりと見つつ、雪の中を神殿に向かって駆けていく。
「アンゲリカ、神殿の側仕え達は皆灰色神官や灰色巫女です。けれど、ダームエルやアンゲリカと同じように、わたくしに心を尽くして仕えてくれています」
貴族の神殿に対する蔑視は強い。ダームエルは自分の失敗を償うため、左遷という形で神殿に来たし、ブリギッテはイルクナーのためならば何でも我慢するという心構えで護衛騎士になったため、側仕えに対する態度をあからさまに厳しいものにしたことがない。
だからこそ、新しい護衛を神殿に入れるのは、どうしても慎重になってしまう。
「……よくわかりません。ローゼマイン様はわたくしにどうして欲しいのでしょう?」
「ただ、わたくしに仕える者同士、嫌悪をあからさまにしないでくれると嬉しいです」
「えーと、嫌悪? あからさま? ……何となくわかったような気がします」
……わかってない!
「アンゲリカが神官や巫女の側仕えとも仲良く仕事をしてくれると嬉しいです」
わたしが簡潔にそう言ってアンゲリカの様子をちらりと見ると、憂える美少女だったアンゲリカの表情がパッと明るくなった。
「わかりました。任せてください」
「おかえりなさいませ、ローゼマイン様」
神殿に戻ると、フランを始めとした側仕えの面々が出迎えに来てくれている。レッサーバスから荷物を下ろす神官長の側仕え達と共に、わたしの側仕え達も動き出す。エラが仕事道具を運ぶのをヴィルマが手伝い、わたしの荷物をモニカが運び始める。
「ローゼマイン様、彼等の手伝いをしてもよろしいでしょうか?」
ザームが神官長の側仕えの手伝いを願い出たので、わたしは軽く頷いた。かなりの量があるので、早く荷物を出してくれなければ、騎獣を片付けることもできない。フランとフリッツもひとまず神殿の中に荷物を運び込んでしまおうと動き出す。
「では、私も手伝ってまいります」
「ギルは待ってちょうだい」
ギルがザームと同じように動こうとするのを止めて、わたしはギルにポケットの手紙を渡した。
「今の吹雪が弱まっているうちに、急いでこれをプランタン商会に届けてきてください。そして、こちらがギルベルタ商会で、こちらがギルド長宛ての手紙だと伝えてください。領主様からの呼び出しがあると言えば、事の重大さがよくわかるはずです」
「すぐに行きます」
イルクナーやハルデンツェルへと一緒に行っているギルは、一番プランタン商会やギルベルタ商会と繋がりが深い。彼らの苦労を間近で見て、貴族関係の無茶振りには工房代表として巻き込まれているため、ギルは三通の手紙を手にすると、顔色を変えて駆け出した。
皆で協力したので、荷物を神殿に運び込むのはすぐに終わり、その後は神官長の側仕えに任せて、わたしは自分の側仕えを連れて、自室へと戻る。一足先に戻っていたニコラがお茶とお菓子を準備してくれていた。
わたしはこれからブリギッテの代わりに神殿で護衛してくれる騎士として、アンゲリカを紹介した。
「ローゼマイン様にお仕えする者同士、協力し合えたら良いと思います」
キリッとした顔でそう言ったアンゲリカにフラン達の方が少しばかり面食らったような表情になった。貴族らしくないアンゲリカへの対処に困っているようだが、ダームエルがこめかみを押さえて溜息を吐いたところを見て、普通ではないことを悟ったのか、フランが苦笑するように口元を歪めた。
「神殿における筆頭側仕えフランです。ローゼマイン様にアンゲリカ様のような護衛騎士がいらっしゃることを喜ばしく思います。これからどうぞよろしくお願いいたします」
ダームエルとアンゲリカが扉の前に立ち、神殿における護衛の仕事について、色々と確認をしている。話だけしていても、実際に見たり、動いたりしてみなければ、アンゲリカが理解してくれないことは多々あるのだ。
「フラン、不在の間の報告をお願いします」
「かしこまりました」
孤児院で風邪を引いた子が数人いたけれど、特に問題なく終了したらしい。工房での冬の手仕事や印刷も順調で、特に問題はないようだ。
「吹雪が止んで春が近付くと、プランタン商会やギルベルタ商会が城に呼ばれることになっています。ですから、奉納式までの間に面会依頼が来ると思うのです。吹雪が弱い時を見計らって面会を行うことになると思うので、いつ面会があっても大丈夫なように孤児院長室を整えておいてください」
「かしこまりました」
全員からの報告を聞き終わる頃に、ギルが雪まみれで戻ってきた。ガチガチに震えているギルが少しでも暖かいように、暖炉の側で報告を聴く。
「ベンノ様は、やっぱりきたか、と言っていました。これからギルド長とギルベルタ商会にも連絡を取って、明日、吹雪が弱まった時に面会したいそうです」
「おそらくルッツの先触れがあるでしょうけれど、ギルも孤児院長室の準備をお願いね」
「はい」
わたしは午後に孤児院へ向かって、子供達の様子と手仕事の進み具合を確認するということを皆に伝え、ギルを見た。
「では、ギルは急いで着替えてらっしゃい。忙しくなりそうなのに、風邪を引いては大変ですもの」
「かしこまりました」
宣言通り、昼食後に孤児院を見回って、子供達の成長ぶりに目を見張り、ディルクに問題はないかデリアに確認した。特に問題なくディルクはすくすくと育っているらしい。
「最近はやんちゃになって、あまり言うことを聞かなくなってきています」
「デリアの言うことはきちんと聞いてます。僕は良い子ですからね、ローゼマイン様」
「もー! ディルクは嘘ばっかり!」
デリアが怒った口調でそう言いながらも、顔が笑っている。良い姉弟関係を築いているようで安心した。
次の日、3の鐘が近付いてきた時間帯に吹雪が弱まってきているのを見たフランが、神官長のお手伝いに持って行く荷物を机に置いて、代わりに一冊の本を抱えた。
「ローゼマイン様、孤児院長室へ移動しましょう。本を読んでいるうちに到着するでしょう」
フランの言う通り、孤児院長室に着くまでにギルから「これから来るそうです」と連絡が入る。
いつ来ても大丈夫なように暖められていた孤児院長室でわたしは本を読み始めた。
「いらっしゃいましたよ、ローゼマイン様」
プランタン商会からベンノとマルクとルッツ、ギルベルタ商会からオットーとテオとレオン、そして、ギルド長とその補佐が二名、雪の中を歩いてきたようで、誰も彼も雪まみれだ。
コートを脱いで、帽子をとって、二階へと上がってくる。
「本日はお時間を取っていただき、感謝の念に堪えません」
失敗できない大仕事を前にした緊張感に強張った顔が並んでいるのを見回し、わたしは席を勧めた。