Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (319)
呼び出された商人達
「ローゼマイン様、手紙の内容について詳しく教えていただきたく存じます」
わたしとのやり取りは、最も親しいベンノに任されているようで、居並ぶ者を見回して一番に口を開いたのはベンノだった。
ギルド長も一緒にいることから、わたしはなるべく丁寧に説明することにする。
「貴族の子は10歳になれば、冬の間、貴族院で勉強することになります。他領の貴族の子も同じように集まってくる場所です」
貴族院の説明から始まり、領地ごとに影響力で順位が付けられていることと、これからは領主候補生が続くので、エーレンフェストは流行を発信して、順位を上げていくように、とアウブ・エーレンフェストに命じられたことを告げる。
「貴族院を通して、エーレンフェストから他領に広げていこうとする流行は、リンシャン、髪飾り、料理のレシピや道具、植物紙、インク、本……全てわたくしが関わった物なので、他領に広げるのはわたくしが目覚めてから、とアウブ・エーレンフェストはお考えになったようです」
「それで、今年から貴族院へと行くことになったローゼマイン様が、すでに広めてきた、というわけですか……」
ベンノの言葉にわたしは「そのとおりです」と頷いた。出発前に言っておけ、とベンノの目が言っているが、そんなふうに睨まれても困る。
「わたくしも流行発信について聞いたのは、貴族院へ出発する直前でしたから、皆様に連絡が取れなかったのですけれど、文官から何か通達はなかったのでしょうか?」
「しばらくは、リンシャンや髪飾り、本を領外に出さぬように、という通達はございました。……その通達から、そのうち解禁されて、一気に広がるのではないか、と考えて、多少の準備はしてきたつもりです」
「さすがベンノ。
慧眼
ですわね」
領外に出さぬようにという通達で、広げるための準備をするとはさすがベンノである。
「それで、流行を広げることに関して、現在はどのような状況になっているのでしょう? ローゼマイン様がこちらにお戻りになっているということは、すでに広がってしまったということでしょうか?」
「まず、わたくしは最初の一年で全ての物を一気に広げるよりは、在学中に少しずつ広げていった方が良いと考えました」
流行を小出しにして、長く出し続けることで、エーレンフェストが一発屋でないことを印象付けるためである。
「確かに、訪れる度に新しい物が作られている場所には商人が何度も足を運ぶようになりますし、実際の物を確認するために他領の貴族が足を運ぶようになることも考えられます。エーレンフェストは他領からの客が少ないですから、大きな変化になるでしょう」
旅商人として、色々な土地を渡り歩いてきたオットーが少しばかり目を細めながらそう言った。隣のフレーベルタークやアーレンスバッハに比べると、エーレンフェストは他領の者が足を運ぼうとする魅力に乏しく、他領の貴族の出入りが少ないそうだ。
今は領主の命令で、許可を出した者以外の他領の貴族が入れないようになっているから、尚更らしい。
……言われてみれば、あまり他領の貴族って見たことがないかも?
「今年わたくしが貴族院で広げることにしたのは、リンシャン、髪飾り、カトルカール、植物紙の四つです。普段からわたくしが使っているものですし、お茶会で話題になりやすい物を選んだつもりです」
「ふぅむ、エーレンフェストの貴族の間でも評判が良かったものと捉えてよろしいでしょうか?」
ギルド長の言葉にわたしは軽く頷いた。
「それに加えて、工房を増やすのも比較的簡単だと考えました。製法が広がるまでに、できるだけたくさん稼いでしまいたい先行逃げ切り型の商品ですね。すぐに似たような物が他領でも出てくるようになると思います」
作り方さえわかれば、貧民時代のわたしとルッツで作れた物だ。真似るのは簡単である。だからこそ、多めに作っておいて、流行し始めた時になるべく稼いでしまいたい。
リンシャンと髪飾りを抱え込むギルベルタ商会のオットーが唇を引き結びながら、頷いた。
「そして、他領が真似できそうな物の流行が少し落ち着く頃を見計らって、印刷物を広げていきます。印刷は広げようにも印刷機を準備するのが大変ですから、エーレンフェストにさえ、まだ広がっていない状況でしょう? 他領に広げるにはとても時間がかかると思われます」
印刷機の作り方を秘密にできれば、印刷業はエーレンフェストでしばらくの間独占できるだろう、と言うと、ベンノがニッと唇の端を上げて頷いた。
「エーレンフェストに印刷所を増やして、数年後には、他領から原稿が持ち込まれるようになる、というのを目標に、貴族院で本を広げていきたいです。わたくしとしては、本をなるべく早く広げたいとは常々思っているのですけれど……」
「ローゼマイン様、性急すぎると、事を仕損じることは多々ございます。ゆっくりと、しかし、確実に浸透させていくのが良いでしょう」
急ぐな。根回しくらいはきちんとしろ! というベンノの副音声が聞こえた気がする。愛想笑いの中で赤褐色の目が笑っていないので、多分、間違っていないと思う。
「わたくしが出席したお茶会では、リンシャン、髪飾りの評判が非常に良く、カトルカールも素朴な見た目ながらとても食べやすいという評価を得ています。大領地クラッセンブルクや貴族院の先生方からの評価ですので、これから先、領主会議までには取引を望む領地がどんどん出てくると思います」
「……クラッセンブルク? これはまた何という大物……」
わたしの言葉に目を剥いたのはギルド長だった。商取引の元締めをしているだけあって、他領の名前や影響力にも詳しいのかもしれない。
ギルド長と違って、ベンノやオットーはクラッセンブルクの名前よりも、別のところに引っ掛かりを感じたようだ。
「ローゼマイン様、これから他の領地が出てくるというのは、どういうことでしょう?」
「貴族院の社交シーズンは皆が講義を終える後半なのですけれど、わたくしは奉納式のために急いで講義を終え、こちらへ戻ってきました。ですから、まだ先生方とクラッセンブルクの領主候補生と第二王子としかお茶会をしたことがないので、わたくしが不在の貴族院がどのようになるのかわからないのです」
「……ローゼマイン様、今、先生方と大領地と王族としかお茶会をしていないとおっしゃいましたか? では、今回の髪飾りの依頼主は……」
顔から色をなくして、オットー達へと視線を向けたのはギルド長だった。長いことギルド長として貴族と付き合ってきた分、察しが良いようだ。
「えぇ、ギルベルタ商会にはクラッセンブルクの領主候補生の成人祝いに第二王子が贈る髪飾りを作っていただきたいのです」
「……なんと無茶な……」
ギルド長やその従者から同情の視線がオットーに向けられる。だが、オットーの表情はあまり変わらなかった。
「では、身に付けられる方の髪の色や衣装の色をお伺いしても良いですか? テオ、控えてくれ」
「かしこまりました」
わたしはオットーにエグランティーヌの説明をすると、オットーの背後に控えるテオがそれを書きとめていく。
「光の女神様のような方で、髪の色はルッツが一番近いです。リンシャンで艶を出せば、更に似た色になるでしょう。衣装は土の女神 ゲドゥルリーヒの赤だそうです」
赤いコラレーリエの花以外に添えたい色があるかどうか、大きさはどのくらいにするか、料金をどうするのかなどを話し合って決めていく。
「……オットー、わかっているのか? 王族への献上品だぞ」
眉をひそめるギルド長に、オットーは軽く肩を竦めた。
「わかっていますが、それほど慌てるようなことですか? 王族がローゼマイン様の付けている髪飾りを気に入ってくださったのです。他領では作れない現在、今ギルベルタ商会にとって最高の物を作れば、それ以上は存在しません。それに……」
オットーはわたしが今髪に挿している髪飾りへと視線を映した。眠っている間にトゥーリが作ってくれていた髪飾りのうちの一つだ。
「ギルベルタ商会の職人は、髪飾りを一つ作るごとに新しい工夫が増えていたり、新しい形の花が増えていたり、常に進化しています。私はそれを誇りに思っています。最高級の糸を使って、最も上手い職人が今まで通りに工夫を重ねて新しい飾りを作れば、ローゼマイン様のご期待に、ひいては、王族の期待に応えられると思っています」
「だが、クラッセンブルクと王族……」
エーレンフェストとクラッセンブルクの違いをはっきりとわかっているのは、ギルド長だけのようだ。納得できていないようなギルド長にベンノは軽く肩を竦めた。
「ギルド長、大まかに見れば、クラッセンブルクも王族も、ローゼマイン様と同じ領主一族のようなものではありませんか」
「同じではないぞ、ベンノ!」
「失敗できない、という観点から見れば、エーレンフェストの上級貴族も、他領の上級貴族も、領主一族も大した違いなどございません。相手は簡単に我々を潰すことができる貴族なのですから」
貴族というだけで、平民の商人相手には理不尽がまかり通るのだ。ならば、エーレンフェストの下級貴族も王族も失敗できないお客様という意味で、一商人にとっては大した違いはない、とベンノは言い切った。
……この腹の据わりようが頼もしいんだよね。
「オットーやベンノの言う通りですね。こちらからの献上という形を取れる分、王族相手の方が気は楽かもしれませんよ」
わたしからの依頼なので、わたしに対応するのと、他の上級貴族に対応するのを比べれば、緊張の度合いは全く違うだろう。おまけに、王族なんてオットー達が直接対応する相手ではないのだ。胃が痛い思いをするのは養父様である。
「ローゼマイン様、期限はいつまででしょう? 成人式はいつございますか?」
「貴族院の成人式は冬の終わりです。それまでにお願いいたします」
「かしこまりました」
エグランティーヌへの髪飾りの発注を終えて、わたしは軽く息を吐いた。
「それから、植物紙に関してですが、この名称では原料がすぐにわかってしまうので、新しい紙とだけ貴族院では言っています。ただ、これではわかりにくいので、新しい名称が何か必要ではないかと考えました」
「何か候補があるのですか? その、グーテンベルクのような……」
また変な名前を付けるつもりじゃないだろうな、とベンノの目が細められた。
「いいえ、最初に作った者の名を使うのが良いかと思って、ルッツ紙にしようかと……」
「それならば、マイン紙の方が相応しいかと存じます」
即座にルッツがそう言った。顔に勘弁してくれ、と書いてある。ルッツ紙はいい名前だと思ったのだが、ダメらしい。
……マイン紙? 速攻却下だ。わたしの名前を残す必要はない。
ルッツを気の毒そうに見たマルクが柔らかい笑みを浮かべながら、発言の許可を求め、口を開いた。
「産地の名前を使うのはいかがでしょう? イルクナーではエーレンフェストとはかなり違った紙ができております。ですから、イルクナー紙やエーレンフェスト紙というように名を付けるのはどうでしょう?」
「そうすれば、紙と同時に、中央でエーレンフェストの名が売れるようになると思われます」
マルクの援護をするように、ベンノも地名を推した。
確かに、採れる素材によって、紙の質は大きく異なる。人名より地名の方が定着もしやすいし、宣伝にもなる。
「……そうですね。では、エーレンフェスト紙としましょう」
ルッツが心底安堵したように息を吐いたのがわかった。
「ローゼマイン様、そのエーレンフェスト紙の方は売れそうなのですか?」
「まだわかりません。図書館や講義、議事録等にわたくしは日常的に使っておりますが、エーレンフェストの皆が使っているわけでありませんから。今のところは資料に埋もれがちな先生方の注目を集めているだけで、学生の認識は低いと思いました」
わたしの言葉にギルド長が「そうでしょうな」と顎を撫でた。
「上級貴族以上であれば、わざわざ新しい紙を得ようとしなくても今まで通りの羊皮紙が普通に手に入ります。下級貴族にとっては多少羊皮紙より安いとはいえ、気軽に日常使いできる値段ではございません」
「確かに、その通りですね。なるべく気軽に使っているように見えるようになれば、と考えて、図書館での写本をする学生には与えているのですけれど、上の命令で写本をする時は紙を与えられるのは普通の事なので、それほど気安さや日常感はないかもしれません」
「資料が多い場合は、木札と違ってずいぶんと嵩が減って良いのですが、学生にはなかなか理解しにくいでしょうなぁ」
ギルド長は商業ギルドで資料の管理のため、木札から植物紙に変えているらしい。管理する資料が紙になれば、木札に比べてずいぶんと省スペースになると言った。
イルクナーやハルデンツェルに大移動して仕事を行うことになったベンノも、持ち運びの荷物の量を考えると、木札より紙の方が良いという結論に達したらしい。
「まずは紙を売りだすエーレンフェストの文官に使ってもらえるように、アウブ・エーレンフェストにお願いした方が良いかもしれません。資料が扱いやすくなることを文官自身が知れば、他領へ勧める時の熱意も変わってくるのではございませんか?」
「……そうですね。提案してみましょう」
自分の領地の特産品を領主が使っていないようでは困る。どんどんと養父様達には使ってもらおう。植物紙の一番のお得意様はわたしで、その次が神殿と商業ギルドではダメだ。城でガッツリ使ってもらって、文官達を通して貴族に浸透させていかなければ。
「そうそう、紙の収納に関する道具を作ってほしいのです。また今度グーテンベルクを集めて、お話いたしますね」
バインダーやファイル、紙を整理するための箱など、事務用品に欲しい物がいくつもある。わたしの言葉を拾ったギルド長が、獲物を見つけたような目でわたしを見た。
「ローゼマイン様、プランタン商会だけではなく、他の商会にも任せてみませんか? 誼を結びたいと願う者は数多くいます」
ギルド長の言葉にわたしはゆっくりと首を傾げた。
「わたくしは自分の専属としてプランタン商会を使っているので、お仕事が欲しければ、プランタン商会からお仕事を回してもらえば良いのではないかしら? それがこの街の商人のやり方なのでしょう?」
「それはそうですが……」
わたしの大型注文により、仕事量が偏りすぎている、とギルド長は言った。けれど、グーテンベルクは誰も彼も忙しいので、回しても問題ないと思える仕事ならば、ベンノの専属の木工工房がインゴにわたしの仕事を回したようにしてもらえると思う。多分、信頼と品質が足りないだけだ。
「わたくし、ベンノを始めとしたグーテンベルクを信頼しているので、彼らが納得して仕事を回す分には何も言いませんよ。そして、回された仕事でわたくしが満足すれば、その者が得意とする仕事を優先的に回すくらいはいたします」
正直なところ、グーテンベルクはわたしの要求に応えられる職人や商人の集まりなのだ。ヨハンもインゴもハイディもベンノからの紹介だった。そして、それぞれが得意な仕事はわたしが満足できる出来だったので、それ以降も仕事を振り分けているだけだ。
ヨハンよりも腕が良いと自分を売り込んできたザックもいるが、腕の良い者が手伝ってくれるならば、わたしは基本的に大歓迎である。
「ただし、領主からの仕事がどんどんと湧き出てくる今、厄介事を引き起こすような相手は困ります。忙しくて誰かに仕事を振り分けたいはずのベンノが渋るような相手に、わたくしから仕事を回そうとは思いません」
その辺りは商人同士で話をつけてください、とギルド長の提案を打ち切った。商会同士のいざこざに首を突っ込む気はないのだ。
「多少の心積もりをしているのですから、ベンノも全ての仕事を独占しているわけではないでしょう?」
全部を抱え込めるはずがない、と思いながら、ベンノを見ると、ベンノはゆっくりと頷いた。
「紙に関しては新しい工房を作るのに、ローゼマイン様の許可が必要ですから、勝手に増やすことはしておりませんが、リンシャンはエーレンフェストの貴族間で流行り始めた時から、他の町に嫁いだ妹や親戚筋に製法を伝え、工房を増やしております」
……わたしが寝ている間にリンシャンの工房、増えてたよ。
「では、食品加工の工房から素材となる油の買取りを行って、ギルベルタ商会が持つ工房ではリンシャンの製造だけを行うようにすれば更に量産できるかもしれませんね。大事なのはスクラブの素材や比率ですから」
「なるほど」
リンシャンを扱うギルベルタ商会のテオとレオンが目を軽く見張って、わたしの言葉を書きとめていく。
「髪飾りは量産できそうなのですか?」
「裁縫協会を通じて、去年から冬の手仕事として、いくつもの工房に依頼し、平民向けの一番簡単な物を作らせています。その中で、質の良い物を作る者に次の花を依頼しつつ、ダルア契約の終わりに引き抜きをかけることで、職人を養成しています」
依頼の難易度によって、職人を分けることで、多少の量産は可能になっているそうだ。それはエーレンフェストの貴族の間で花の飾りを衣装につけるのが流行ったため、量産が必要になったかららしい。
そして、トゥーリが数年で領主の養女のお抱えになっているという話から、女の子にとって髪飾りを上手く作るのは、出世の早道のような扱いになっていると言う。
……このまま王族からの依頼を受けたら、トゥーリが伝説になりそう。すごいね、すごいね、自慢したくなるよね。
心の中のハイテンションは顔に出さず、わたしはベンノを見て、「手回しの良さに感心いたします」と頷いた。
「リンシャンと髪飾りが問題ないならば、紙の工房を次の春から増やしていきましょうか?」
「ローゼマイン様、ハルデンツェルが先ですよ」
「そちらは奉納式の後、社交界である程度まとめておきます。ギルからの報告で足りない部分があれば、資料の提出をお願いしますね」
「かしこまりました」
ある程度の目途がついているようだ。すごいよ、ベンノさん、と心の中で拍手していると、ギルド長が「カトルカールはどのような扱いになりますか?」と尋ねてきた。
「カトルカールは要請があれば、基本レシピだけを領主会議で売り出す予定です。しばらくは工夫を重ねてきた先駆者が有利でしょう。そして、これはおまけ情報ですが、中央の人間は甘すぎる味に慣れすぎているので蜂蜜味の甘みが強いカトルカールが最も人気が高いと感じました」
「ほぅ? 蜂蜜味が?」
そんな情報をもらえると思っていなかったのか、驚いたようにギルド長が目を丸くする。ギルド長にはこれから色々と働いてもらわなければならないので、情報で先行投資しているようなものだ。
「領主会議が終わった後は、他領からの商人が増えるでしょうから、参考にしてくださいませ」
「恐れ入ります」
「わたくしがグスタフにお願いしたいのは、商人や旅人の受け入れ態勢を整えることです。旅人が増えたら、宿が足りなくなるのではありませんか? 多くの商人を受け入れるならば、街の整備も行わなければなりません。……おそらく貴族はあまり関心を抱かない部分でしょう。けれど、平民の商人が目にするのは、下町なのです」
人を集めたいならば、商人にエーレンフェストまで来てもらうのが一番だが、その時に商品が全くない状態では客の心は離れていくし、遠くからやってきた商人は怒るだろう。余所者が増えて、品薄の商品の奪い合いが起これば、治安など簡単に乱れる。
「治安を維持するには兵士との密な連絡が必要でしょうし、宿屋や飲食店に関係する協会とも連携が必要になります。それを商業ギルドに任せたいのです」
ぎょっとしたようにギルド長が目を見開いたが、わたしはニッコリと笑った。
「お仕事を回してほしいと言っていた商会に、どんどんと回してあげてくださいませ」
「かしこまりました」
「この街しか知らない者には、欠点が見えにくいかもしれません。オットーは旅商人だったと伺いました。街の美しさや治安についての意見を色々な方から伺うと、新しい発見があるかもしれませんね」
「はぁ……」
呆然としているギルド長を横目で見て、仕事が増えてイイ気味だ、とでも笑いそうなベンノをマルクが咳払いで諌める。
ベンノは真面目な顔になり、わたしを見た。
「ローゼマイン様、領主会議とは一体どのようなものでしょう?」
ベンノに質問されたけれど、領主会議にはわたしも出席したことがないので、全くわからない。とりあえず、ユルゲンシュミットの領主が全員集まって、会議を行うことしか知らない。
「わたくしは領主ではございませんから、参加したことがありません。よくわかりませんが、流通や取引に関して、領主同士の取り決めがある、とアウブ・エーレンフェストから伺っています」
領主会議に関しては、わたしよりもギルド長がよく知っていた。
「私は結果を受け取るだけですが、領主会議によって、他領に商人を派遣したり、旅商人を動かしたりしますので多少の馴染みがございます」
ギルド長がこれまでに領主会議で決まったことで、起こった変化についていくつか教えてくれる。領地に大きな変化を起こす会議になるようだ。
「その領主会議でエーレンフェストがどこの領地とどれだけの契約をするか、という打ち合わせをするために、吹雪が止んだらアウブ・エーレンフェストから呼び出されることになっているのです」
「それは、それは……。ローゼマイン様のお心配りですか。非常にありがたいことです」
ギルド長の言葉が、わたしにはよくわからなくて首を傾げた。ギルド長によると、通常、領主や貴族は平民の商人の都合など全く考慮しないので、領主会議で決定したことが文官を通じて命令書として届くだけらしい。
平民を同じ人間だと見ていない貴族のやり方と言えば、そうなのだろうけれど、とても成功するとは思えないやり方だ。
「普通の貴族はローゼマイン様のように我々と打ち合わせなどいたしません。命令して終わりです。そして、失敗すれば責任は全てこちらにあるとされるのですから、領主会議の前に話し合いの場を設けていただけるだけでも、こちらとしてはずいぶんとありがたい話なのです」
……それが普通って、理不尽にも程があるし、杜撰すぎてエーレンフェストの影響力が低いのも納得だよ。
わたしが提案した時に養父様と神官長が口を挟まなかったのは、これまで商人と打ち合わせることがなく、「領主会議に商人の意見を出すのか」と唖然としていたせいだったようだ。
「イタリアンレストランでの会合に関しても、文官を挟めば、こちらの意見を聞くことができないとアウブ・エーレンフェストが考えられたわけですから、これから次代への交代までは我々も少しやりやすくなるかもしれませんな」
……そう聞くと、ただ下町に出てみたい、新しい料理が食べたいだけだった養父様がものすごくよく考えて、下々の意見にも耳を傾ける良い領主みたいだね。
せっかく良い方向に考えてくれているのだから、修正する必要もないだろう。
「アウブ・エーレンフェストとの話し合いが上手くいくように、わたくしがなるべく間に立つようにします」
「恐れ入ります。実に心強いですな」
あんまり首を突っ込むな、と言うような顔でベンノがわたしを睨んだ。
「アウブ・エーレンフェストとの話し合いの場に連れて行く者は、本日の同行者で問題ありませんか? 人数を決めて、招待状を出さなければならないのです」
「でしたら、城へ行くならば、代表者と随行が一人というのが通常です」
「わかりました。そのように招待状を出すように、文官に伝えます」
最も貴族とのやり取りが多いギルド長の言葉に従い、わたしは城へ行く人数を決めた。
そこで言葉を切って、わたしは膝の上でぎゅっと拳を握ると、ルッツへと視線を向ける。自分の口から言いたくないが、これは必ず言わなければならないことだ。
目が合ったルッツが何を感じたのか、顔を強張らせて、わたしを見た。ゆっくりと息を吸って、わたしは声が震えないように気を付けながら、口を開く。
「……今回の話し合いの場で、契約魔術の解消を行う可能性があります」
マインとルッツの間で交わした契約が切れることも考慮しなければならない。貴族街へと行ってしまっても、少しでも繋がりを持てるように、とベンノが手を打ってくれていた契約魔術が解除される可能性は高い。
生産量を増やし、流行を広げ、物を流通させていくためには仕方がないことなのはわかっている。それでも、細く残っていた繋がりがまた一つ消えて、わたし達の関係が今まで以上に薄くなる。それがとても寂しくてならない。
「プランタン商会には三人に向けて招待状を出します。ルッツを必ず同伴してください」
わたしが少し目を伏せながら、ルッツの同伴を命じると、ベンノは一度痛そうに顔を歪めた後、仕方がなさそうに頷いた。
「仰せの通りにいたしましょう」