Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (320)
神官長とヒルシュールのお土産
馬車が通れる程度に吹雪が止んでから話し合いの場を設けること、わたしが同席すること、現在の生産量やその余力についてある程度資料をまとめておくことなど、細々としたことを決める。
「吹雪が強くなってきました」
窓の外を見ていたギルの声で、皆がピタリと口を閉ざす。急いで戻らなければ、これからどんどん吹雪が強くなっていくはずだ。
話し合いたいことはいくらでもあるが、何の準備もなく呼び出されることだけは回避できて助かったというようなことをベンノが遠回しに口にして、この日の会合は急いで解散となった。
雪と風が強くなってきた中を、皆が足早に帰っていくのを窓から見つめ、わたしは軽く溜息を吐く。
今日は人がたくさんいたからルッツに甘えることもできなかったし、これから先の契約解除を考えると憂鬱な気分にしかならない。残っていたお茶をぐっと飲んでしまい、わたしは神殿長室へと戻る。
昼食の後は、本日の会合のまとめと奉納式の後でギーベ・ハルデンツェルに会うための準備をすることにした。
「ザーム、今日の会合で決まったことは神官長に伝えなければならないでしょう? 面会依頼を出しておいてもらって良いかしら? あと、オルドナンツを貸してほしいとお願いしてください」
「かしこまりました」
「モニカは神官長と面会するまでに今日の会合の内容をまとめてください。フランはギルがまとめてくれているハルデンツェルの資料を持って来てください」
側仕え達に仕事を振ると、わたしはフランが準備してくれたハルデンツェルの資料に目を通す。グーテンベルク達がどこまで仕事をして、どこで詰まっているのか、わたしがギーベ・ハルデンツェルにしなければならない交渉は何か洗い出しておかなければならない。
それにしても、ギーベ・ハルデンツェルはお母様が一体どのような本を作っているのか知っているのだろうか。お母様以外が作った本もあるのだろうか。ものすごく気になってきた。
……ハァ、お母様が作った本、読みたいな。
自分の物なのに、読んでいない本があるという状態が気になって仕方がない。神殿にいる方が落ち着くのに、あの二冊の本を読むためだけに城の自室へ行きたい。
そんなことを考えていると、神官長のところへと面会依頼の木札を持って行っていたザームが少し困った顔で戻ってきた。
「ザーム、何かあったのですか?」
「神官長が工房にお籠りになったまま、出てきてくださらないそうです。昨夜、夕食を終えた後からずっとこもりきりで食事も取られていないと、側仕えの者が申しております」
3の鐘でわたしがお手伝いに向かえば、さすがに工房から出てくると思ったらしいが、会合があって向かわなかった。そのため、そろそろ5の鐘が鳴ろうかという時間なのに、工房から出てこないらしい。
……神殿に持ち込む大量の荷物の中に、ヒルシュール先生のお土産が入ってたから、きっとうきうき研究タイムなんだろうな。
「わたくしが寝ている間、神官長はずっとお仕事ばかりで忙しかったのでしょう? 一日くらいは好きにさせてあげれば良いのではありませんか?」
「昨日、神殿に戻られてからずっと籠りきりのようですから、もう一日が過ぎています。それに、神官長はその間お食事を取られていないそうなのです」
ザームが扉の方を見ながら心配そうに顔を曇らせれば、フランもザームと同じように困ったような顔になった。いつも思うのだけれど、フランといい、ザームといい、神官長の元側仕えは神官長の事が好きすぎる。
「一度様子を見に行った方が良いかしら?」
「そうしていただけると大変助かります。神官長に命じられるのは、神殿長であるローゼマイン様だけですから」
……わたしが命じたところで、聞き入れられる気は全くしないんだけどね。
とりあえず、フラン達を安心させることができればよいか、と溜息を吐いた。いそいそと扉を開けるザームとフランを伴って、神官長の部屋へと向かう。
「ローゼマイン、よく来てくれたな」
そう言って笑顔で出迎えてくれたのは、神官長の執務机で書類仕事に励むエックハルト兄様だった。わたしはその書類を見ながら、ぐるりと部屋を見回し、ユストクスの姿がないことに気付く。
「エックハルト兄様、ユストクスはどちらに? まさかエックハルト兄様にお仕事を押し付けて、神官長と二人して工房に籠っているのですか?」
「いや、ユストクスは午前の雪が少ない時分に、城へと戻った。頼まれていた仕事は終わったから、と」
ヒルシュールのお土産を楽しみにしていたのに、神殿の神官長の工房は養父様にも邪魔されないように、かなり魔力が高い者ではなければ入れない仕様になっている。そのため、ユストクスは入ることができず、悔しそうに工房を見つつ、頼まれた仕事だけを終えるとさっさと城へと戻ってしまったらしい。
「それに、私は自主的に仕事をしているのだ。今している分はフェルディナンド様に命じられた分ではない」
神官長が少しでも長く研究時間を取れるように、エックハルト兄様は進んで書類仕事を手伝っていたらしい。だが、それもそろそろ限界だそうだ。
「ローゼマインならば、フェルディナンド様の工房にも入れるのだろう?」
「入れますけれど、神官長が開けてくれなければ無理ですよ。魔力登録はしておりませんから」
神殿長室にあるわたしの工房には神官長が魔力を登録したので、神官長は出入り自由だが、わたしは神官長の工房に登録していないので、入ることはできない。
ガッカリと肩を落としながらも、エックハルト兄様は工房へと声をかけるための魔術具に視線を向ける。
「一応声をかけてくれないか? 客人が来たということになれば、フェルディナンド様も少しは対応してくれるかもしれぬ。私が声をかけても、もう返事さえしてくれなくなったのだ」
仕方がないので、わたしは工房と連絡をつけるための魔術具へ軽く触れて、声をかけた。
「神官長、ローゼマインです」
「君か。今は忙しい。緊急でなければ、後にしなさい」
「緊急です。健康のためにご飯を食べてください。側仕えもエックハルト兄様も心配していますよ!」
「わかった。切りの良いところまでいけば食べるので、君は心配しなくてよろしい」
すぱっと簡潔に言いきられて、わたしは軽く息を吐くと魔術具から離れて、エックハルト兄様を振り返った。
「一日二日食事を抜いたところで死ぬわけではありませんし、切りの良いところまでいけば食べると神官長も言っていますし、奉納式までに出てきてくれれば、それで良いのではございませんか?」
麗乃時代に読書に没頭して、似たような経験をしているわたしは、なかなか切り上げられない神官長の心情がよくわかる。周囲に大きな支障が出る奉納式をこなしてくれれば、別に良いのではないだろうか。
もう気が済むまで放っておこうと思ったら、神官長の側仕えとエックハルト兄様がわたしの前に跪いた。
「ローゼマイン、フェルディナンド様は今朝からずっと同じ答えなのだが、何とかならぬか? 其方ならば、何かフェルディナンド様の興味を引けそうなことがあるのではないか?」
他にすがるものがないというような顔で、エックハルト兄様にそう言われて、わたしはうっと息を呑んだ。天照大御神の天岩戸のように誰も開けられない工房に引き籠ってしまった神官長を何とか外に出さなければ、エックハルト兄様の懇願がずっと続きそうだ。
「……手っ取り早く出てきてもらうのは簡単ですけれど、わたくしが怒られると思うのですよ。気が進みません」
わたしが「この間叱られたところなので、しばらくは怒られたくないです」と頭を振ると、「ローゼマイン様は神官長にお叱りを受けるようなことをなさったのですか?」とフランには悲しげな顔をされ、ザームには「私も共に叱られますから」と励まされる。
……そんなこと言われても、工房から引っ張り出されて不機嫌な神官長に、わざわざ怒られるようなネタを自分から投下するのはちょっとねぇ。
しばらく考え込んでいたエックハルト兄様が、きらりと青の瞳を輝かせて、わたしの肩にポンと手を置くと、こっそりと内緒話をするように声を潜めた。
「早目に怒られた方がお小言は少ないぞ、ローゼマイン。今ならば、魔術具の研究成果に話題を振れば、多少の怒りが緩和されるし、話を逸らすことが可能になる」
「わかりました。やりましょう」
神官長のお小言が減るならば、話は別だ。わたしはクッと顔を上げると、再度魔術具に向かって話しかけた。
「神官長、出てきてください」
「……まだいたのか?」
「夕食をご一緒いたしましょう。魔力圧縮のお話をしなければならないと思っていたのです。四段階になった魔力圧縮に興味はございませんか? 神殿には神官長とわたくしの護衛騎士達……すでに魔力圧縮について知っている者しかいないので、食事の話題にしても問題ないと思うのですけれど」
神官長の言葉が止まった。多分、研究の続きをするのと魔力圧縮の話をするのを天秤にかけているに違いない。
「後、相談があります。わたくし、旧ヴェローニカ派の子供達に魔力圧縮を教えて、派閥に取り込みたいのですけれど……」
「君は一体何を考えている!?」
バン! と大きく扉を開けて神官長が出てきた。案の定、神官長を工房から引っ張り出すための効果は絶大だったが、青筋がたっているのが一目でわかる。寝不足気味の顔をしているが、自分が好きなことに没頭しているせいで、目はギラギラしていた。これは怒りに任せた特大雷コースだろうか。
「報告、連絡、相談が大事だと叱られたところなので、きちんと相談しようと思ったのです。聞いてくださいますか?」
「……聞かざるを得ないだろう。まったく」
渋々という表情を隠さず、神官長が溜息を吐いた。
「では、6の鐘が鳴ったら、わたくしの……」
「君がこちらの部屋に来なさい。夕食まではこれ以上邪魔をしないように」
……絶対に夕食のギリギリまで研究するつもりなんだろうな。
工房を見ている目で、神官長が何を考えているのかすぐにわかる。これだけ解かりやすいのは初めてだ。
「かしこまりました。では、6の鐘が鳴ったら、こちらに参りますね」
わたしがニコリと笑うと、神官長はむすっとした顔で工房へと戻って行った。閉ざされた扉から視線を外し、わたしは周囲の側仕え達を見回す。
「そういうわけですから、わたくしの分の食事も準備してくださいませ」
「恐れ入ります、神殿長。神官長がお食事の席に着いてくれそうで、安心いたしました」
わたしの分の夕食も準備しなければならないため、側仕えの一部が即座に動き始める。
こちらへ夕食のために来るということは、わたしの側仕えも食器やら何やら準備しなければならないし、6の鐘までに付き従う側仕えや護衛騎士は早い夕食を終えるか、食事会が済んでからの遅い時間帯にするかで分かれるなど段取りが必要だ。
「ローゼマイン様、一度お部屋に戻りましょう」
「では、エックハルト兄様。わたくしは6の鐘でこちらに参りますね」
「あぁ、待っている。おそらく、約束したローゼマインが声をかけなければ、フェルディナンド様は出て来ないだろうからな。フェルディナンド様を動かせる其方が私の妹で本当に嬉しいぞ」
エックハルト兄様が「よくやった」とお父様に似た笑顔で褒めてくれたが、そんなことで褒められても、あまり嬉しくない。
わたしが部屋に戻って、神官長に話す魔力圧縮について自分の考えをまとめてメモしているうちに、周囲では慌ただしく準備が行われ、6の鐘が鳴り響く。
わたしが再度神官長の部屋へと向かうと、むすっとした顔の神官長が工房から出ていて、待ち構えていた。
側仕え達が食器の準備をしている間、わたしは一人で不機嫌な神官長と向かい合わなくてはならないのだ。不機嫌であることを前面に出している神官長の背後に立っているエックハルト兄様の涼しい顔が恨めしい。
「神官長、感情が抑えられていませんよ。貴族はそのように感情を見せてはならないのでしょう?」
「他の者ならばともかく、君相手に感情を抑えていたら、こちらが不愉快に思っていることが全く伝わらないだろう? 君にもよくわかるように配慮している」
わたしにわかるようにわざわざ不機嫌な顔を見せているらしいが、そんな配慮はいらない。
「それで、旧ヴェローニカ派に魔力圧縮を教えるというのは、一体どういうことだ? 君は自分に敵対する者には教えないと言わなかったか?」
「敵に教えるつもりはないのです。そこは変わっておりません。ただ、わたくし、貴族院で旧ヴェローニカ派の子供達と接するまで、その派閥の大きさと情報伝達の有無を理解できていなかったようです」
最大派閥だったため、旧ヴェローニカ派の者は多い。それを全て排除できるようなことができるわけがない。
「それに、情報が与えられないまま、親に言われて行動して、ヴィルフリート兄様を陥れた結果になり、後悔している子がいました。親の所属する派閥へ自動的に振り分けられてしまうが、いつになったら自分で派閥を選べるようになるのか、と苦悩する子もいました」
「自分で派閥を選んで行動するのは、成人してからになるな」
「それでは魔力が最も伸びる時期を逃してしまうことになるのですよね? アンゲリカやコルネリウス兄様のように、数年で一気に伸びた者を間近に見ていると、親の派閥が違うだけで魔力を得られないという事態は絶望的に思えるようです」
神官長は軽く目を閉じるようにして、「確かに一番魔力を伸ばせるのは貴族院に在学している間だ」と呟く。
「契約魔術の契約内容を同派閥の者とは変えることで、子供世代だけでもこちらに取り込んでいくことはできないでしょうか?」
「契約内容を変えると言っても、条件の設定が難しいぞ」
「その辺りの匙加減は、実際の派閥関係をよく知っている神官長やお母様にお任せしたいです。警戒は必要だと思いますが、これだけの数を切り捨てることはできませんよ」
ふーむ、と考え込んでいた神官長が、じろりと金の鋭い瞳でわたしを睨んだ。
「他にも狙いがあるだろう? 正直に言いなさい」
「うっ……。そうして、契約で縛ることで、養父様達が安心できたら、旧ヴェローニカ派の子を側近に入れられないかな、と考えています」
わたしの言葉に、神官長が一度カッと目を見開いた。そして、暖炉の近くにいても底冷えのするような笑顔でわたしを見つめて、幾分低い声を出す。
「君は本当に馬鹿だろう? 自分がされたことを覚えていないのか? 我々にとっては二年前でも、君にとっては季節一つ分も変わっていないはずだが、違ったか?」
「……馬鹿かもしれませんけれど、旧ヴェローニカ派にも有望な人材はいるのですよ。育てて使わなければもったいないではありませんか」
わたしはローデリヒのお話収集能力とよく覚えていない話は即興で続きを作ってしまえる能力を高く評価しているのだ。
「それに、不満や失望感が広がる寮内は居心地が悪いですよ」
「寮内など、そのようなものだ。派閥による対立があるくらいは当然だろう?」
フンと神官長が鼻を鳴らして、そう言った。
「でも、成績向上委員会として、座学の合格のために専門コース毎にチーム分けし、全員合格の速さや成績によってご褒美を出すことにしたので、結構派閥を超えて協力し合っていましたよ」
最初は少しぎくしゃくとしていたけれど、活発に意見を出し合い、合格するために勉強を教え合ううちに、皆が集まる多目的ホールは結構和気あいあいとした雰囲気になった。
その報告に神官長は目を丸くして、信じられないというように、わたしを見る。
「……君はそのようなことをしていたのか?」
「はい。成績を上げるように、と養父様に命じられましたから。ご褒美を設定して、競い合わせて全体の成績を上げるのは、冬の子供部屋と同じです。……あれ? ヴィルフリート兄様から貴族院の報告が届いていたのですよね?」
とっくに知っているものだと思っていたわたしは、首を傾げる。こんなに大事なことを報告していないなんて、やはり、ヴィルフリート兄様は報告書の書き方を勉強した方が良いと思う。
「私に届いていたのは君に関する質問書だ。質問するほどではない、とヴィルフリートが判断した情報の中にも色々と重要な情報が隠れていそうだな」
疑わしそうにこちらを見る神官長から、そっと視線を外す。何だか叱られるような気がするのは気のせいだろうか。
「とりあえず、寮内では旧ヴェローニカ派の子供とも意見交換ができる程の交流があることはわかった。契約内容を分けることで、少しでも派閥に取り込めないかどうかは考えてみよう。これから成人する子供達を取り込むことに成功すれば、勢力図は大きく変わるからな。……もちろん、危険を抱え込むことにもつながるので慎重さが何よりも重要になる。この件に関しては、ハッキリとした結論が出るまで不用意に動かぬように」
「はい」
夕食を食べながらの話は、ヒルシュールのお土産に関することだ。わたしはヒルシュールが直してほしいと言っていた魔術具が一体どのような物なのか、尋ねてみた。
「講義に使う魔術具だ。まさかまだ使っているとは思わなかった。さすがに新しい魔術具を作ったと思っていたのだが……」
神官長が説明してくれたのを、わたしなりに解釈した結果、映写機のような魔術具だとわかった。魔石に魔力を込めておけば、その間、紙に書いた文字をスライドのように白い布に映しておくことができるそうだ。
「ヒルシュールはあの通り、研究以外の事は非常に面倒がる性格だ。講義で同じ説明を何度もしなければならないのは、苛立つようだが、生徒の方も聞き取れなければ質問するしかない。学年が進み、手順が多くなれば、全て覚えているのはどんどんと難しくなる。そのため、調合の講義で、手順を何度も説明せずに済むように映し出せる魔術具を作った」
講義から戻ってくるヒルシュールの機嫌が悪いのは、神官長にとって面倒だったため、作成したそうだ。一度手順を書いていれば、何年も使える優れものだとヒルシュールは大喜びだったらしい。
「君の話を聞く限りでは、ヒルシュールは全く変わっていないようだな」
「……神官長が未だに魔力圧縮で気分を悪くしていると言えば、きっとヒルシュール先生も同じようなことを言いますよ。貴族院時代もかなり無理をしたのでしょう?」
「特に無理はしていない。それで、第四段階の魔力圧縮とは?」
旧ヴェローニカ派のことが頭を占めて、まだ肝心の魔力圧縮についての話を聞いていなかったことを思い出したようで、神官長がわたしを見る。
わたしが魔力圧縮の実技で行ったことを説明すると、神官長は「君の思考だけは全く理解できない」と頭を振った。やはり、すでに圧縮ができている者が更に圧縮しようとは、普通考えないらしい。
神官長は魔力圧縮を習った当初、ヒルシュールの言った「魔力を煮詰める」を思い浮かべて圧縮していたのだが、畳むようにして詰め込む方が多く詰め込めることに気付いて、圧縮のやり方を変えたそうだ。
「なるほど。やり方を変えるのではなく、組み合わせるのか。君は一度魔力を解放してから圧縮し直したようだが、詰め込んだ魔力を煮詰めるようにして嵩を減らせば、問題なかろう。何故、わざわざ最初に第一段階を増やすのだ。最後に回せば良かろう」
「……わたしにとっては一番想像しやすかったからです」
わたしの中で第三段階は布団圧縮袋だ。それを煮詰めるような想像ができなかっただけだ。煮詰めるではなく、水分を抜いてカラカラにするのならば、イメージできるかもしれない。
軽く目を閉じるようにして魔力が圧縮できるかどうか挑戦していると、フランから呆れたような声がした。
「ローゼマイン様、神官長、お食事の手が止まっておりますよ。難しいお顔で考え込むのは食後になさってはいかがですか?」
わたしだけではなく、神官長も、背後に立つ護衛騎士も皆が魔力圧縮に挑戦していたらしい。視線を交わして軽く肩を竦めると、わたしは食事を続けた。
「圧縮方法を組み合わせるというのが、君らしい発想だな。この第四段階は皆に教えるのか?」
「……わたくしの側近には教えることになっています。首脳陣にも教えてしまって良いと思いますが、それ以外は……追々でしょうか。切り札として置いておきたいですね」
食事を再開した後は、シュバルツとヴァイスの魔法陣についても聞いてみた。二人の守りには敵からの攻撃を反射する物があったことを報告すると、神官長は何度か頷いた。
「君に持たせた守りの魔術具に同じような性能の物があるが、複数に返す魔法陣は初めて見た。ただ、必要な魔力量が多いので、研究の価値はあるが、君の普段使いには向かぬな」
神官長はシュバルツ達の守りを研究して、わたしの守りも強化するらしい。どうやら、わたしで実験するつもりのようだ。
「君くらい余分な魔力がなければ、講義を受けながら魔術具に魔力を流すなどできないだろう?……ところで、体力や筋力はどれほど回復したのだ?」
……図書館で本を読むのを最優先にしていたので、あんまり回復してません。
怒られ要素が詰まった質問に、わたしはニコリと笑って、エックハルト兄様の教えの通りに話を逸らす。
「シュバルツ達に魔力を流すのは大変だろう、とソランジュ先生もおっしゃいました。わたくし、他の方と比べたことがないので、自分の魔力量がわからないのですけれど、かなり多いのですよね?」
「……圧縮を苦もなく行い、どんどんと段階を重ねているからな。同年代とは比較にもならぬ」
神官長はこれから体が成長すれば、もっと増えるだろう、と言った。
「シュバルツ達の守りにも魔力が必要で、ソランジュ先生が魔力を流してシュバルツ達を守っていたので、ヒルシュール先生は近付けなかったようですよ。採寸の時は大喜びで魔法陣を書きとめていらっしゃいました。けれど、魔法陣からどのようなことがわかったのですか? 神官長にも新しい発見がございまして?」
「あぁ、実に興味深い」
話題を逸らすのは成功したようだ。神官長が普段よりもやや早口で、お腹に刺繍されていた魔法陣の美しさについて教えてくれる。かなり複雑な魔法陣で、いくつもの属性が絶妙なバランスで重ねられているそうだ。
「ヒルシュール先生は穴だらけだとおっしゃいましたよ? 神官長には穴埋めができるのですか?」
「まだ完全にはできていない。だが、してみたいと思っている。このような王族個人の研究成果を目にできる機会など、エーレンフェストにいれば、まずないからな」
中央に行くことができれば触れる機会はあっただろうが、と神官長が呟く。中央に行きたくても、領主候補生という肩書が邪魔をして行けなかったのが何となくわかった。わたしが中央に籍を移せなくて、貴族院の図書館に就職できないのと同じだ。
……だったら、この機会に神官長が好きなように腕を振るえば良いと思う。
「神官長、わたくし、シュバルツとヴァイスの主として、新しい衣装を作らなければならないのです。ヒルシュール先生によると、貴族院で恥ずかしくないようにエーレンフェスト全体で取り組まなければならない課題になるそうです。守りの魔法陣を新しく付けるためには貴重な素材がたくさん必要だと伺いました。中央に出しても恥ずかしくない衣装を作るために、神官長にもご協力いただくことは可能でしょうか?」
「……ふむ。先人と後世に対する挑戦か。面白い」
まずは、魔法陣の改良からだ、とどこをどのように改良するのが良いのか、神官長が自分の思考を垂れ流すように呟き始める。神官長に任せておけば、すごい衣装ができるかもしれない。
神官長、マジ万能! とわたしが心の中で賞賛していると、フランがものすごく困った顔で溜息を吐いた。
「お二人とも、また手が止まっております。これでは孤児院まで食事が回りません」
……おぅ、ごめんなさい。
とりあえず、食後すぐさま工房に籠ろうとした神官長をエックハルト兄様と一緒に捕まえる。
「神官長、呼ばれたら自分で出てくるか、わたしの魔力を登録して、工房へ出入りができるようにするか、どちらか選んでください。毎日こんなふうに神官長を呼び出してほしいと懇願されるのは困るのです」
「……ハァ、君に自由に出入りされるくらいならば、出てきた方がマシだ。それにしても、君は強引さがリヒャルダに似てきたぞ」
「貴族院では毎日図書館から引っ張り出されていましたからね」
リヒャルダがよくやるように腰に手を当てて、お説教態勢を取ってみせると、神官長が深い溜息と共に、ゆっくりと頭を振った。
「ローゼマイン、あまりリヒャルダに面倒をかけるのではないぞ」
「その言葉、側仕えに置き換えて、神官長にお返しします。あまり側仕えに面倒をかけないでくださいませ」
直後、ダームエルがぐっと口元を押さえて笑いを堪え、神官長に睨まれた。
本日の教訓、雉も鳴かずば撃たれまい。