Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (327)
貴族院へ戻る
ギーベ・ハルデンツェルとの面会の後、わたしは冬の社交界で神官長とリヒャルダが選ぶ貴族と面会したり、お母様の派閥のお茶会で情報収集をしたり、お母様達が好きそうな恋愛系の本を作るため、覚えている話を書いたりして過ごしている。
昨日はシャルロッテと共に子供部屋へと向かい、一年生の勉強についてモーリッツと話をした。地理や歴史に関するお勉強も冬の子供部屋に取り込む話をして、今年の一年生のためにまとめた参考書を渡したのだ。
地図や年表を見る機会がないため、下級貴族が苦手としていたので、資料を使って教えてあげてほしいとモーリッツにお願いしておいた。少しでも知っていると、講義を受けるのがとても楽になると思う。
「ローゼマイン姫様、本日の午後、アウブ・エーレンフェストから面会予約が入りましたよ」
リヒャルダにそう言われたのは、朝食を終えた後だった。面会予約が当日の午後に入ることは珍しい。
「ずいぶんと急ですね」
「えぇ。朝一番にヴィルフリート坊ちゃまから報告書が届いて、姫様の意見を聞きたいと仰せでした」
貴族院で何かあったのだろうか。わたしは午後からの面会を了承すると、お母様に受けそうな恋愛小説の続きを書き始めた。
午後になり、昼食の後で養父様の執務室へと向かうと、そこには神官長もいて報告書らしき木札を読んでいた。
「ヴィルフリート兄様から報告書が届いたのですか?」
「あぁ、そうだ。報告書というよりは、ローゼマインに戻ってほしいという嘆願書になっている」
神官長が読み終わった報告書を養父様が差し出してくれたので、わたしも目を通していく。
エーレンフェストの学生のほとんどが講義を終え、貴族院は本格的に社交のシーズンに入っているようだ。
流行に関する問い合わせが多く、お茶会に招かれる回数が去年に比べると倍近くになるらしい。やはり、女性は髪飾りにもリンシャンにも興味を引かれるようで、女性に囲まれるお茶会にヴィルフリートとその側近はかなり居心地の悪い思いをしているそうだ。
「女性ばかりのお茶会でしたらブリュンヒルデやリーゼレータを派遣すれば良いのに、何故ヴィルフリート兄様が向かうのでしょう?」
「……相手が君に向けたつもりで領主候補生宛ての招待を出していたならば、ヴィルフリートが行くしかないからな」
「なるほど。ヴィルフリート兄様も大変ですね」
お茶会に招かれるのはどうしても女性が多くなるので、わたしが貴族院にいれば、わたしばかりがお茶会に招かれていたということだ。エーレンフェストへの帰還命令が出ていて助かったかもしれない。その分、ヴィルフリートが苦労しているようだが、頑張ってもらうしかないだろう。
「こちらの報告書はディッターについてだ」
神官長が回してくれた木札には、ダンケルフェルガーからディッターの再戦の申し込みがあり、断り切れずに受けることになったことが書かれていた。再戦を受けたものの、わたしの奇策がなく、主力であるアンゲリカとコルネリウス兄様がいないため、あっという間に完敗したらしい。
戦った後のルーフェンはひどくガッカリした顔で「ローゼマイン様はいつ戻るのか?」と聞いてきたそうだ。
……ルーフェン先生は絶対にわたしが騎士見習いじゃないことを忘れてるよね?
そして、どうやらアーレンスバッハとフレーベルタークとの従姉弟会も終わったらしい。従姉弟会ではエーレンフェストが急激に成績を上げた理由を聞かれ、ランプレヒトが結婚を断った理由を聞かれ、新しい流行について聞かれ、質問攻めにあっていたようだ。
「これは、春の領主会議が大変そうだな」
「……うむ。アーレンスバッハの動きと、旧ヴェローニカ派がどのように対応するのかよく見ておかねばならぬな」
そして、他にはフレーベルタークのリュディガーから、それとなく遠回しにわたしの婚約者がいるかどうか問われ、ヴィルフリート自身の婚約者に関してはディートリンデに問われたらしい。ヴィルフリートは、領主会議の頃にははっきりすると思う、と答えを濁して終わらせたようだ。
「……これはもしかして、フレーベルタークからわたくしへの求婚が来るのでしょうか?」
麗乃時代も含めて、初めての求婚ではなかろうか。おおぉ、と感動しつつ、木札を何度も読み返していると、神官長が溜息を吐きながら木札を取り上げる。
「明らかに魔力目当ての求婚だ。喜んでどうする?」
「フレーベルタークの図書室はどのくらいの蔵書があるのでしょうね?……うっ、べ、別に求婚をお受けしたいというわけではなく、一応確認しておくだけですよ。エーレンフェストより多いのでしょうか?」
純粋に蔵書数が気になるだけです。ついでに蔵書リストも気になります、と言うと、神官長が疑わしそうな目でじろりとわたしを睨んだ。
「君がこれから印刷すれば、簡単に引っくり返せる程度の差しかない」
「そうなのですか。では、養父様。ご縁がなかったということで、求婚が来てもお断りしておいてくださいませ」
「……ローゼマイン、其方、求婚が来た時に聞かねばならぬことは、他にたくさんあるだろう!? 蔵書数で判断してどうする!?」
養父様が眉間に皺を刻むと、神官長は「今更何を」と呟きながら、フンと鼻で笑った。ちょっと腹立たしいが、神官長の言う通りだ。図書室の蔵書数以上に大事なことなどあろうか。いや、ない。
「だいたい、フレーベルタークの求婚よりも、君が見なければならない項目はこちらだろう」
神官長が報告書の一カ所を指差しながら、わたしに見せた。
アナスタージウスから「まだ戻らないのか」と催促があり、エグランティーヌから「友人に紹介するためのお茶会を開きたい」と打診が届いているらしい。
「……見なかったことにしたいですね」
アナスタージウスの催促は、わたしではなく、髪飾りと新曲を待っているに違いないし、エグランティーヌの友人とのお茶会となれば、順位の高い領地の令嬢達が集うお茶会になる。ただでさえ、社交センスがないと言われているのに、これ以上失敗しそうなところへ乗り込んでいきたくない。
わたしの「もうヴィルフリート兄様にお任せしてしまいたい」という呟きを拾った養父様が軽く頷いて同意してくれた。
「気持ちはわかるが、名指しで誘われている以上、ローゼマインが出席せねばなるまい。すでに三回は不在で断っているようだからな。せめて、戻る日取りくらいは伝えてやらねば、断るヴィルフリートが大変すぎるぞ。フェルディナンド、ローゼマインはいつ戻す予定だ?」
養父様の言葉に神官長がトントンとこめかみを軽く叩く。
「次の土の日だ。こちらでの情報収集はほぼ終えたようなので、その頃には多少の余裕ができているだろう」
「何の余裕ですか?」
「ユストクスだ」
「……はい?」
わたしが貴族院に戻る日とユストクスに一体何の関係があるのか。首を傾げて神官長を見上げていると、養父様の背後に立っていたお父様が軽く息を吐いた。
「トラウゴットの側仕えにユストクスを付けることになった」
「……トラウゴットの側仕えですか? 側仕えは他にいましたよね? それ以前に、神官長はユストクスを貸し出してもよいのですか?」
わたしには貸してくれないと言ったのに、と睨むと、「半分は君のせいだ」と神官長に睨み返された。わたしと神官長の睨み合いを遮るように、お父様が間に割って入って難しい顔でわたしを見下ろす。
「ローゼマイン、トラウゴットは解任に近い辞任だったのだろう?」
お父様によると、わたしが奉納式のために神殿へと移動したことで休暇を得たリヒャルダは激怒状態でトラウゴットの両親の元へと駆けつけたそうだ。そして、両親を叱り飛ばした上で、一族の一大事だと騎士団長であるお父様もおじい様を呼んで、トラウゴットの現状について一族会議をしたらしい。
「リヒャルダから話を聞いた父上が大変お怒りで……先日、講義を終えて戻ってきたトラウゴットはかなり厳しく叱られていた」
「……わたくし、他に影響がなるべく出ないように、辞任を選んでもらったのですけれど」
「解任に比べると、表面上の影響は少ないが、全くないわけではないからな」
お父様はゆっくりとわたしの頭を撫でながらそう言った。
「それに、ローゼマインが言ったのだろう? 神殿には寄越すな。一族で何とかしろ、と。一族の結論として、トラウゴットには側仕えに一族の者を付けて、領主一族に仕えるという心構えを一から教えることになったのだ」
「……ユストクスは文官だと思うのですけれど、側仕えの仕事ができるのですか?」
文官と側仕えでは求められている能力が違う。情報収集が好きで、色々な情報をもたらすユストクスが文官として有能なのは知っているが、主を気遣って世話をする側仕えの仕事ができるのだろうか。
わたしが首を傾げると、養父様がニッと笑いながら、神官長へと視線を移した。
「できるに決まっている。フェルディナンドが貴族院へと連れて行った側仕えはユストクスだぞ」
「え!?」
驚いて神官長を見上げると、神官長は「そうだ」と頷いた。
「今は文官としてしか使っていないが、ユストクスは私の側仕えでもある。リヒャルダに言われて側仕え見習いとなったが、貴族院で自分の興味が向くままに文官見習いの講義も取ったらしい。私に複数の講義を並行して取ることができると教えてくれたのはユストクスだ」
……神官長伝説の仕掛け人はユストクスだったんだ。
「ユストクスはトラウゴットの再教育、君の監視、報告係、情報収集を兼ねることになっている。よく見張っていなければ、情報収集しかしないのが困るのだが、今回はリヒャルダが君と共に貴族院へ向かうので大丈夫だろう」
「大忙しですけれど、それに文官見習いの教育も兼ねてもらって良いですか?」
「文官見習いの教育?」
養父様が軽く目を見張る。わたしはゆっくりと頷いた。
「印刷や製紙業に関わる文官をわたくしが育てるという話です。実際に平民と関わることになる下級や中級文官はこれから選ぶのですけれど、彼等を統括できる上級貴族の文官が必要でしょう? それをわたくし、ヴィルフリート兄様、シャルロッテの文官見習いから育てようかと思ったのです。エーレンフェストの新事業となる以上、わたくしだけではなく、将来の領主が関わった方が良いのではないでしょうか?」
まだ誰がなるのかわからないので、洗礼式を終えた後はメルヒオールの文官も入れたい、と言うと、「それはいい考えだ」と許可をくれた後で、養父様は少し考え込むように目を伏せた。
「だが、貴族院で教育をするとなれば、見習いばかりになる。成人している上級の文官がもう一人いなければ、まとまらぬと思うぞ。上級貴族の文官でローゼマインの意を汲んで、貴族との調整ができる者に心当たりはないか?」
養父様が神官長へと視線を向けると、「ローゼマインの意を汲むのが一番困難だな」と呟きながら視線をさまよわせる。
しばらくの沈黙の後、お父様がポンと手を打った。
「……エルヴィーラはどうだ? ローゼマインと上級貴族の間を仲立ちするのが大きな役割となるならば、適任だと思うのだが」
「ローゼマインが眠っている間、エルヴィーラは印刷業に多大な興味を示し、率先してハルデンツェルに取り込もうとしていた。他の文官に比べると多少の知識もあるだろう。適任だな」
神官長の賛同する言葉が重なり、養父様が目を輝かせた。
「打診してみるか」
「自分でも本を作っていたくらいなので、興味のある分野であろうし、子供達も大きくなったので、文官仕事に復帰しても問題なかろう」
皆の意見からお母様に印刷業や製紙業の統括を任せる方向で話が進み始めた。わたしはお母様が優秀な文官なのは知っているので、文官として働いてくれるようになるならば心強いけれど、ある意味、不安だ。
……お母様に任せたら、印刷業というよりも「神官長の本を作り隊」の活動になりそうなんだけど……まぁ、いいか。
提案したのはお父様で、賛同したのは神官長で、許可を出したのは養父様だ。お母様には存分に腕を振るっていただこう。
「ユストクスの性格を考えると、文官見習いの教育については少々不安があるのだが、確かに、君の印刷関係の文官を育てるのに貸せる期間が今しかないな。仕事内容に盛り込んでおこう」
そんな話し合いの結果、わたしは次の土の日に貴族院へと戻ることになった。神官長は神殿に戻って仕事を始めたけれど、わたしは少しでも社交に慣れるため、城に残るように言われている。
……社交のためって言われても、神官長抜きで貴族との面会はないし、お母様達のお茶会も一段落したみたいなんだけど。
わたしは冬の子供部屋に行ったり、シャルロッテと刺繍をしたりしながら、貴族院に向かって出発するまでの日々を過ごしていた。
「あと三日ですわね。お姉様が貴族院へと戻られたら、また寂しくなりますわ」
「次はそれほど長い不在にはなりませんわ、シャルロッテ」
お茶会のために一週間、領地対抗戦と卒業式で貴族院の一年生は終わりになる。二週間あるかないかだ。
「来年のシャルロッテのために、できるだけエーレンフェストの順位を上げておきますからね」
「お姉様は体を休めることを最優先にしてくださいませ。それに、わたくしのためと言うならば、少しはわたくしが活躍できる場も残しておいてくださいな」
お兄様とお姉様に見せ場を全部取られそうです、とシャルロッテが頬を膨らませた。一年で成績を上げすぎると、次に入るシャルロッテのハードルが高くなりすぎるらしい。
……なるほど、シャルロッテのための見せ場を作る、か。あんまり考えたことがなかったかも。
シャルロッテと刺繍の練習をしている途中でオルドナンツが飛んできた。オルドナンツは神官長の声で三回同じ伝言を述べる。
「ギルベルタ商会から例の髪飾りが仕上がったと連絡が入った。まず、君の意見を聞きたいそうだ。明日の午後に持ってくるように伝えてあるので、君も神殿に一度戻るように」
……トゥーリに会える!
黄色い魔石に戻ったオルドナンツをシュタープで軽く叩くと、弾みそうになる声をなるべく抑えて、「かしこまりました」と言って、オルドナンツを飛ばした。
オルドナンツが持ち込んだ情報を聞いていたオティーリエが厨房のエラに神殿へと戻る準備をするように伝言に向かい、リヒャルダは防寒具を始め、神殿に戻るための準備を手早く始める。
「ギルベルタ商会の髪飾りならば、城へ届けさせればよろしいでしょうに」
姫様が取りに向かうなんて、とリヒャルダは不満そうだが、トゥーリはまだ城に上がるのは難しいと思う。わたしはギルベルタ商会ではなく、トゥーリに会いたいのだ。
「わたくしが王族から依頼を受けた髪飾りですもの。アウブ・エーレンフェストに見せる前に一度見ておいて、問題があるようならば、すぐに手直ししてもらわなければならないのです」
「姫様は仕事を抱え込みすぎですよ」
「そうですわ。お姉様はまだ調子が良くないのでしょう?」
シャルロッテが刺繍の手を止め、道具を側仕えに渡しながら、咎めるように軽くわたしを睨む。
「心配してくれてありがとう、シャルロッテ、リヒャルダ。髪飾りを確認したら、明日にはまた城に戻ってきます。土の日には貴族院に戻らなくてはなりませんもの。リヒャルダは準備をよろしくお願いしますね。フェルディナンド様から預かった荷物がたくさんあるでしょう?……多分、神殿に戻れば、また増えますから」
ヒルシュールに届ける資料や魔術具が大量に作られているに違いない。
今までに神官長が城へと持ち込んだ荷物を思い出したのか、リヒャルダが軽く肩を竦めた。
「えぇ、お任せくださいませ。準備しておきますよ」
護衛騎士達を連れて玄関へと向かう。リヒャルダから連絡を受けていたらしいノルベルトが出発の準備をしているのが見えた。
わたしは自分の護衛騎士の顔をくるりと見回す。
「コルネリウス、レオノーレ、土の日には貴族院へと戻るので、貴方達も準備を整えておいてくださいね」
「かしこまりました、ローゼマイン様」
わたしはダームエルとアンゲリカに先導されて、神殿へと戻った。
やっとトゥーリと会える機会が巡ってきたのに、何故か神官長が同席することになった。王族の依頼なので、わたしだけには任せておけないということだろうか。
……せっかくトゥーリに会えるのに、神官長のお邪魔虫。
無表情の厳しい物言いの神官長にトゥーリが怖い思いをしたら大変だ。ここはわたしがしっかりと防波堤の役目をしたいと思う。そんな決意を胸に、わたしは準備されていた孤児院長室でフランのお茶に目を細める神官長をできるだけ怖い顔で睨んだ。
「……何だ、その不満そうな顔は?」
「不満もありますけれど、これは大きな決意を秘めた顔ですよ」
「警戒心と敵意しか感じない。もう少し感情を抑えられるようになれ、と何度も言っているだろう」
ぐにっと頬をつねられて、わたしのできるだけ怖い顔はすぐさま霧散し、半べそになった。神官長はベンノと違って手加減してくれないので、本気で痛い。
これ以上つねられないように頬を押さえて隠していると、一階から到着したというギルの声が聞こえてきた。階段を上がる足音が聞こえ、段々と近付いて来る。
「ローゼマイン様のお元気そうなお姿を拝見できて嬉しく存じます」
オットーとコリンナと共にやってきたトゥーリは12歳なのに、ビックリするくらい大人の雰囲気になっていた。髪の色と三つ編みは昔と同じだが、ギルベルタ商会の見習い服を身に付けて、静かに歩く姿からは森で走り回っていた頃の元気な雰囲気はない。
昔から発育が良い方だったが、わたしが寝ている二年間で手足がすらりと伸びて、胸の膨らみも見える。顔立ちに面影を残しているが、幼さが消えて母さんに似てきた。立ち居振る舞いにも、言葉遣いにも、貴族に対する礼にも、わたしの知るトゥーリがいなかった。
二年間の空白を見せつけられて衝撃を受けていると、顔を上げたトゥーリはわたしを見て、懐かしそうに嬉しそうに青の瞳を細めた。「久しぶりだね。会いたかったよ」と雄弁に物語っているトゥーリの目に籠った愛情は見慣れたもので、一瞬で体の強張りが解けていく。
「こちらがご依頼の品になります」
オットーの声と共に、トゥーリが丁寧に木箱を開けた。商品を丁寧に扱う指の動きが二年前と違って、慣れた仕草になっている。
「……素敵」
土の女神 ゲドゥルリーヒの貴色である温かみのある赤のコラレーリエの周囲を白の小花が取り囲み、春の訪れを感じさせる若葉の緑が蔓のように流れている。糸の時点から工夫がされているようで、花弁が優美に曲線を描いている。
今までのトゥーリの作品の中で間違いなく最高の出来栄えで、エグランティーヌが飾ったところが容易に想像できた。金髪によく映えるだろう。
「あぁ、これならば問題なかろう。よくやった、ギルベルタ商会」
箱を覗き込んでいた神官長が満足そうに目を細めて頷いた。トゥーリの顔に安堵と満足の笑みが広がっていく。
「とても良い出来です。これならば、喜んでくださるでしょう。ずいぶんと腕を上げたのですね。驚きました」
「恐れ入ります。それから、こちらはローゼマイン様にお納めしたく存じます」
わたしが寝ている間に作っていた春のための髪飾りらしい。わたしはすぐさま購入を決定する。
「付けてくださる?」
わたしの言葉にトゥーリは頷き、今付けている髪飾りをそっと外した後、新しい髪飾りを付けてくれる。少し乱れて肩にかかっていた髪を指先で整えながら背中へと流してくれた。
「似合うかしら?」
「わたくしがローゼマイン様のために作った髪飾りですもの。とてもよくお似合いですよ」
すました顔の中に悪戯っぽく光る目がある。わたしはトゥーリと視線を交わして笑う。そんなわたし達のやりとりを神官長は無表情で静かに見ていた。
「では、いってまいります」
「ローゼマインが暴走しそうならば、全力で止めるように」
「かしこまりました」
そんな声をかけられた護衛騎士達が一足先に貴族院へと向かい、わたしはリヒャルダと一緒に転移の魔法陣へと向かう。
エグランティーヌへの髪飾りと光の女神に捧げる曲、試供品として小分けにされたリンシャン、ヒルシュールへのお土産など今回の荷物は大量だ。
「領地対抗戦は我々も観戦に向かう。何に関しても程々に。やりすぎ注意だ。良いな?」
「わかっています。来年、シャルロッテが活躍できる見せ場を作るために、余裕を残しておいた方が良いのですよね?」
「ローゼマイン!?」
養父様が大きく目を見開いて、素っ頓狂な声を出した。
「其方はシャルロッテの味方か!?」
「……意味がよくわかりませんけれど、わたくしがシャルロッテの味方をするのは当然でしょう? わたくしはシャルロッテのお姉様ですから」
うふふん、と胸を張ると、養父様が何故か頭を抱えた。神官長が呻く養父様の肩を軽く叩き、「考え込むだけ無駄だ。ローゼマインは何も考えていない」と慰めにもならない言葉をかける。
「失礼な。何も考えていないわけではございませんよ。わたくしはシャルロッテの素敵なお姉様になるのです」
「あぁ、知っている。君はシャルロッテのために頑張ると良い。余計なことを考えるな。それから、ユストクスには情報を集めるように申し渡してある。できるだけお茶会に同行させてほしい」
ハルトムート達男の文官を連れて行けるお茶会はそれほど多くない。女の子達の内緒話が交わされるお茶会は男子禁制であることが多いのだ。
「……ユストクスをお茶会に同行ですか? それはつまり……」
「……皆まで言うな。その通りだ」
女装させて連れて行け、と言われているらしい。トラウゴットではなく、わたしがユストクスを連れて歩けば、女装癖のある側近を連れていると言われるのはわたしではなかろうか。
「ヒルシュール先生といい、ユストクスといい、エーレンフェストが変わり者の集まりのように思われませんか? わたくし、仲間だと思われるかもしれないのですけれど、大丈夫でしょうか?」
「……自覚がないというのは幸せなことかもしれんな」
「はい?」
全く問題ない、と神官長に言われ、早く行け、と軽く手を振られる。
わたしが転移の陣に乗って、リヒャルダの隣に立つと、魔力が動く感触がした。