Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (329)
領地対抗戦の話し合いとユストクスの女装
「本日、姫様にはユストクスが同行すると伺っておりますけれど、いくらジルヴェスター様やフェルディナンド坊ちゃまのご命令とはいえ、姫様は本当によろしいのですか?」
朝起きると同時にリヒャルダが非常に険しい顔でそんな質問をしてきた。息子が女装して側仕えとして付くと言われれば、母親であるリヒャルダは非常に頭の痛い思いをしていると思う。
「不安は少々ありますけれど、わたくしやヴィルフリート兄様からの情報では全く足りていないようですから、仕方がありません。ユストクスはフェルディナンド様の推薦ですから、失敗はしないと信じております」
……ものすごく心配してくれているリヒャルダには悪いが、ちょっと怖いもの見たさというか、ユストクスの女装に興味があるのだ。
今日は午前中に図書館へ行ってシュバルツとヴァイスに魔力供給をし、午後からはアナスタージウスとの面会する予定になっている。そこにユストクスが女装し、わたしの側仕えとして同行するのだ。
今日一日は側仕えを交換することになっていて、リヒャルダはトラウゴットの側仕えとして仕事をすることになる。
「ユストクスは自分好みの仕事を優先させますから、きっとトラウゴットの世話が一番後回しになると思うのです。側仕えとしてユストクスがどの程度の仕事をしているのか、よく目を光らせなければ」
重箱の隅を突くようなチェックをするのだろう。リヒャルダが黒い瞳を光らせた。
朝食後は図書館の開館時間まで、多目的ホールで領地対抗戦の話し合いだ。
領地対抗戦は麗乃時代で考えるならば、文化祭であり体育祭のようなものである。中央の王族、他領のアウブ達、そして、学生の保護者が見に来るので、学生達が工夫を凝らし、自分達の得意なものをアピールする場なのである。
恋人の両親に良いところを見せて、何とか結婚の許しを得ようとして空回りする者もいたり、学生達のアピールの場なのに、自分の研究発表の場にしてしまう先生がいたり、毎年様々なハプニングもあるらしい。
まず、騎士見習い達にとってはディッター勝負の場である。先生が魔術で出す魔物を少しでも速く倒すことを競う。これは一目で勝敗がわかるし、活躍がわかりやすく、派手なので、領地対抗戦の花形でもある。
選手の選抜ができるほどの人数を抱える大領地と全員が出場することになる小領地では最初からかなり能力が違うのだが、それもまた領地の力だ。
エーレンフェストはどちらかというと小領地に近い中領地で、土地は広くても人口は少ない方で、人数の不足を実力で補わなければならない。
けれど、これまでの騎士見習い達を見る限りではその実力もまだまだ微妙……もとい、成長の余地がたっぷりある。これから魔力圧縮で魔力を伸ばし、魔物達について勉強し、陣形や連携の訓練をすることで、順位を上げられるはずだ。
「今年は魔物の弱点や過去の戦績などを研究したレオノーレの指示の元、アンゲリカと私が中心になって攻めることになります。お恥ずかしいことに、まだまだ連携と言えるだけの動きは取れません」
コルネリウス兄様の言葉に、アンゲリカが頷いた。ダンケルフェルガーと戦って、連携の大切さを知ったけれど、その練習はまだ始められたばかりだそうだ。春からはおじい様が鍛えてくれると言っていたので、来年はかなりマシになるだろう。
「わたくし、ディッターの前には騎士見習い達に武勇の神の祝福を贈るつもりなのですけれど、これは卑怯という扱いになりますか?」
「……ローゼマイン様の祝福はエーレンフェストが使える貴重な策略です。出発前の寮でディッター勝利のために祈ってくださるならば、これ以上心強いことはありません」
レオノーレの言葉から察するに、他領に見られなかったらいいんじゃない? という黒に近い灰色レベルのずるい裏技のようだ。
そして、文官見習いにとって領地対抗戦は魔術具や薬の改良や発明など自分達の研究成果を発表する場になる。作り上げた実物や研究結果をまとめた資料を手に、自分の技術を中央に売り込むそうだ。
神官長はここで自作の魔術具を発表し、中央に買い取ってもらって荒稼ぎしたらしい。神官長卒業以来、もう何年もヒルシュールの研究発表の場になっているそうだ。
「ハルトムートは何か出品するのですか?」
「私はローゼマイン様の研究をしているのですが、まだ発表できるほどの結論がございません」
……今、何か恐ろしい言葉が聞こえた気がしたんですけど、空耳?
「正確には、貴族院で学んで使っている魔術とローゼマイン様が使われている祝福や加護の違いについての研究です。貴族院では神の意志を取得し、シュタープを得てから、神の加護を扱えるようになります。ローゼマイン様はシュタープがなくても神の加護を扱うことができたのでしょう?」
「祝福は挨拶でも扱うではありませんか」
シュタープなんてなくても、皆、洗礼式で魔力を放出するための魔石をもらえば祝福を行うことになる。わたしの言葉にハルトムートが軽く目を見張った。
「魔力を出すだけの祝福ではなく、神の名の下に祈りを捧げ、効力のある加護を得ることです。私にとって、その二つは別物なのですが、ローゼマイン様にとっては同じ物なのですね」
新しい発見です、とハルトムートが言ったけれど、わたしにとっても新発見だった。わたしにとっては全部神に祈りを捧げたものだ。挨拶も神殿での祝福も神の加護も全部神の名前を口にして魔力を放出するものだ。
……あ~、でも、魔力を勝手に引き出されるような感覚になる時と自分で頑張って魔力を込める時と色々違いはあるかも? よくわかんないので、考えるのはヤメヤメ。
「とりあえず、ハルトムートはもう少し有意義な研究をした方が良いですよ」
「そうですね。来年は発表できる研究をいたします。ローゼマイン様の研究は一生かかっても完成しそうにありませんから、卒業してからじっくり取り掛かることにします」
……やめて! そんなのライフワークにしないで!
「今年の研究発表はシュバルツとヴァイスの研究がメインになるようですよ、ローゼマイン様」
頭を抱えるわたしにフィリーネがそう言った。新しい衣装を作るためにも色々と研究は必要らしく、エーレンフェストが一丸となって取り掛からなければならないので、ヒルシュールはそれをメイン研究にあげたらしい。
「そのためにフェルディナンド様の資料が早急に欲しかったのでしょう。昨日のヒルシュール先生には驚きましたもの」
フィリーネのしみじみとした口調にわたしは昨日の様子を思い出す。
オルドナンツによってわたしの帰還を知ったヒルシュールは昨日の午後、神官長の土産を取りに鬼気迫る顔色で寮へ飛び込んできた。
ヒルシュールに対応してくれたのはユストクスである。シュバルツとヴァイスに関する研究資料と引き換えにディッター再戦のお断りをダンケルフェルガーに入れてもらい、以後、わたしに向けての再戦申し込みをしないように釘を刺してもらうことになった。
資料を渡す時に「頼んだことが終わったと確認できたら、もう半分をお渡しします」とユストクスが言ったことで、ヒルシュールはすぐさま行動したらしい。その日の夕食前に残りの半分を取りに来た。
嵐のようにやってきて、資料の束を引っつかむと嵐のように去っていったヒルシュールを見て、「まさか鐘一つ分の時間もかけずに交渉を終えると思いませんでした。ヒルシュール先生に研究以外でも有能な面があったとは初めて知りました」と言ったのはハルトムートだ。
……それにしても、養父様といい、ヒルシュール先生といい、エーレンフェストはてっぺんにいる人が自分の興味のままにしか動かない土地柄なのかもしれないね。困ったものだ。
そして、側仕え見習いにとって領地対抗戦は来賓の持て成しと流行発信の場になる。
これまでのエーレンフェストは自分達の領地の保護者以外、ほとんどお客様の訪れがなかったそうだ。
新しい物、注目されるものがなければ、当然他領からの客は近寄らない。領地対抗戦の時間はそれほど長くないので、自然と自分の興味があるところや注目されていて人が集まっているところへ向かうことになる。
保護者達やアウブ・エーレンフェスト夫妻でさえ、他領と交流を持つためにすぐに余所へと足を向ける。待っていても誰も来ないのだから行くしかないのだ。
ブリュンヒルデはいくら持て成しの腕を磨いてもそれを生かす場がないのが非常に悔しかったらしい。
今年はリンシャン、髪飾り、カトルカール、植物紙とアピールする物がたくさんあり、これまでの社交期間でもエーレンフェストがかなり注目を集めているので、ブリュンヒルデは、進級式の時のように全員の髪をリンシャンで磨き上げると張り切っている。
リーゼレータは「どれだけの来客があるのかわからなくて、不安でなりません」と言っていた。わたしとヴィルフリートという二人の領主候補生がいること、新しい流行が生まれたことで、これまでと違って、いくら準備しても準備万端にはならない気がする、とユストクスが言っていたらしい。
自分達の手腕で収められる範囲内のハプニングならば良いけれど、手に余る事態になると去年よりもひどい結果になる可能性もあるそうだ。
「……あら? どなたでしょう?」
不意に見慣れない女性が多目的ホールに入ってきた。リヒャルダによく似た風貌に見えるけれど、本物のリヒャルダはわたしの後ろにいる。別人だ。
誰だろうと思った瞬間、勘弁してくれと言わんばかりに顔を覆ったトラウゴットが目に入った。思わず振り返って見上げると、リヒャルダが非常に嫌そうに顔をしかめている。
一体誰だ、と訝しげに注視する皆の間を縫うようにして、その女性はゆったりと進み、優雅な仕草でわたしの前に跪いた。
……これ、女装したユストクスだ! すごい、ちゃんと上品そうなおば様に見えるよ!
目の前にいるのは、見慣れているユストクスではなく、肌の感じが若々しく見えるだけのリヒャルダによく似た中年女性だった。冬で寒いので、誰もが首元の詰まった服を着ているため、喉仏は完全に隠されているし、手袋まできっちりとはめているので、露出している肌は顔だけだ。
元々ユストクスは中性的な顔立ちをしていたので、化粧をすると映える。色々と詰め物でもしているのか、リヒャルダよりもやや恰幅が良く見えるけれど、パッと見た感じでは違和感がないのが怖い。髪の色は染めているのか、灰色の髪ではなく、茶色っぽい色合いになっている。
「大変お待たせいたしました。いかがでしょう、姫様?」
「……ユストクスは声も変えられるのですか?」
「少し発声の仕方を変えれば良いのですよ」
声も響かせるところを変えると、女性らしい声が出せるらしい。仕草はしっかり女性を観察しているせいか、一人でしっかりと練習しているのか、日ごろから女装していて慣れているのか、非常に女性らしい。何というか、歌舞伎や能で女形が女性らしい動きを研究して訓練し、その辺りの普通の女性よりも一層女性らしい動きをするのに似ている。
「これで問題がないようでしたら、女性方のお茶会にもこの姿で参加させていただきたく存じます」
「今日一日、問題がないようでしたら、構いません」
「では、この姿の時はわたくしのことをグードルーンとお呼びくださいませ」
「……グードルーン?」
わたしが首を傾げるのとトラウゴットが悲鳴を上げるのはほぼ同時だった。
「叔父上、お願いですから、その姿で母上の名前を名乗るのは止めてください! ユスティーナとかユスティーネとか、ご自分の名前に近い女性名があるではありませんか!」
「まぁ、嫌だわ、トラウゴット。そのように取り乱して。……それに、そのような自分の正体と繋がる名前を使うことしか考えられない浅はかさしか持っていないから其方は失敗するのですよ」
フフッと笑うユストクスの女装姿はどうやらトラウゴットの母親グードルーンによく似ているらしい。呆気にとられているだけではなく、ひどく複雑そうな顔をしている学生達はグードルーンを知っている者だろうか。
女装する叔父を側仕えとして付けられたトラウゴットが泣きそうな顔で「本当に勘弁してください」と頭を抱えている姿に、これまでは批判や軽蔑の籠っていた皆の視線が次第に同情の籠った生温かいものへと変化していく。「可哀想に……」という声が聞こえそうな視線だ。
……もしかして、トラウゴットに同情を集めるのも目的ですか? いや、そんなことは全く考えていなさそうだね。
取り乱すトラウゴットと話をしていても全く女性らしさを失わないユストクスの女装姿にハルトムートが無茶振りをされたような困った顔でわたしを見た。
「……ローゼマイン様、あの、この女装というのは、側近として、文官として必要な技術なのでしょうか? 大変不甲斐ないことですが、私はこのような技術はございません。ローゼマイン様が身に付けろとおっしゃるのでしたら、私は誠心誠意努力する所存です」
ユストクスから文官仕事を学べとは言ったけれど、女装技術を身に付けろと言った覚えはない。わたしは慌てて首を振った。
「ハルトムートは女装などできなくても良いのです。わたくしはそのようなことを求めておりません。自分が欲しい情報を得て来られるように女性の文官を教育するなり、協力し合うなり、やり方はあるでしょう。この女装はユストクスの趣味であって、わたしがハルトムートに求めている能力ではありません」
わたしの言葉に周囲の文官見習い達が明らかにホッとした顔になり、逆にユストクスは少し不満そうな顔になった。
「趣味ではございません、姫様。情報を得るために最も効率の良い方法です。自分の目と耳で確かな情報を得ようと思えば、確実で便利な技術ではありませんか」
「……効率が良い方法なのですか?」
「ハルトムート、流されてはなりませんよ!」
神妙な顔つきになって考え込み始めたハルトムートに危険なものを感じて、わたしは慌てて止めた。そんなわたしをユストクスが笑顔で止める。ハルトムートはもちろん、その場にいる学生達に向かって女装の有用性を語り始めた。
「姫様、流されるのではなく、本人が選ぶことですよ。他人の情報より、自分の情報の方が信頼性は高いと思えば、女装は技術と割り切って身に付け……」
「だまらっしゃい、ユストクス! 前途明るいオティーリエの息子を妙な道に引きずり込むのではありませんっ!」
母親であるリヒャルダの雷が落ちて、ユストクスは「しまった」というように肩を竦めた。私の側仕えとしてギリギリまで我慢していたようだが、とうとう堪忍袋の緒が切れたらしい。リヒャルダの怒涛のお説教が始まった。
ユストクスの外見がリヒャルダによく似ているので、まるでリヒャルダが二人いるみたいなのに、片方がお母さんの顔で、もう片方は悪戯をして怒られた息子の表情になっていて、ちょっとおかしくなる。
「フェルディナンド坊ちゃまやアウブ・エーレンフェストの命令ですから、仕方なく其方を姫様に付けるのです! わたくしは不本意この上ありません! その姿でエーレンフェストの評判を落とすようなことをしでかした時には、わたくしが処分する権限を預かっているのです。それを忘れないように。よいですね!」
「……重々承知しております、母上」
リヒャルダがユストクスの暴走を止めたことで、やっと図書館に向かえるようになった。
心配そうなリヒャルダと胃の辺りを押さえたトラウゴットに見送られ、わたしはユストクスならぬグードルーンと側近達を連れて図書館へと足を運ぶ。シュバルツとヴァイスに会うのも久し振りだ。
「ひめさま、きた」
「おかえり、ひめさま」
わたしの姿を見つけたシュバルツとヴァイスがひょこひょこと近寄ってきて、「おかえり、おかえり」と周囲をぐるぐると回る。これほど歓迎されると嬉しい。
わたしはシュバルツとヴァイスの額の魔石を撫でて魔力を供給しながら、図書館の中をぐるりと見回した。本棚の隙間が多くて、すかすかだ。
「ソランジュ先生、何だかずいぶんと本棚が寂しい感じになっていますね」
「おかえりなさいませ、ローゼマイン様。最終試験が近くなってまいりましたからね。皆が必死なのでしょう。ここ最近は本棚に隙間が多いですけれど、キャレルの方はいっぱいです」
ソランジュが言う通り、わたしが知っている以前の図書館と違って、今日は利用者が非常に多い。私語はないけれど、それぞれが立てる音がさざ波のように絶えず聞こえてくる。そして、のんびりとした雰囲気はなく、試験前独特のぴりぴりとした緊張感が目に見えるようだ。
参考書とキャレルの確保で争いがあり、どんどんと講義を終えていく同級生に焦りを感じているように見える。
「本日読書をされるのでしたら、自室で行った方が良いかもしれませんね」
「実はわたくし、エーレンフェストに帰還していた時間が長すぎて、これから卒業式まで社交三昧と決められておりますの。本当は図書館でゆっくりと読書をしたいのですけれど……」
「まぁまぁ……」
クスクスと笑ったソランジュが「社交は貴族院における大事な勉強の場です。ローゼマイン様ならば、大丈夫ですよ」と励ましてくれる。
その様子を見ていたグードルーンが少し考え込るように頬に手を当てて首を傾げた。
「一日に決められた社交を終えた後、休憩に読むのは構いませんよ。一冊借りて戻りましょう」
「グードルーン、よろしいのですか!?」
……ユストクスは変人だけど、有能で良い人だ!
ぐぐんと好感度が上がるのがわかったのか、苦笑するようにグードルーンが目を細める。
「姫様の場合、少しのご褒美があった方がやる気も出るでしょうからね」
「出ました。では、早速本を探しに参りましょう」
「その時間はございません。シュバルツ、ヴァイス、姫様が今まで借りたことがない本の貸出し手続きを一冊分、お願いいたします」
グードルーンはわたしの肩を押さえて逃がさないと言うように捕まえる。手袋まではめて女らしくしていても、わたしの肩を押さえる力は男性のものだ。リヒャルダとは力加減が違う。
予想外のごつごつした手の感触にわたしが驚いているうちに、シュバルツとヴァイスはひょこひょこと動き出した。
「わかった。いっさつ」
「かしだしのてつづきする」
そして、わたしは貸出し手続きを終えた本をグードルーンに持ってもらい、浮かれた気分で寮へ戻る道を歩き始めた。しずしずと女性らしく歩くグードルーンの姿を見ていて、ふと以前に聞いた言葉を思い出す。
「グードルーン、開かずの書庫とはどこにあるのですか? いつだったか、話をしてくれたでしょう?」
正確にはシュツェーリアの夜に眠気覚ましのために話してくれた情報だ。司書の数や蔵書数には変化があったけれど、開かずの書庫の存在には変わりなどないだろう。
もしかしたら、開かずの書庫が開いちゃった書庫になっているかもしれないが、その変化はわたしにとって問題ないものだ。
「そのような話は聞いたことがありません。貴族院の話ですか?」
何とも謎を感じさせる「開かずの書庫」という言葉に、側近達も好奇心に満ちた目をグードルーンへと向けた。グードルーンは穏やかな笑みを浮かべて、ゆっくりと首を振る。
「場所は存じません。私の在学中に当時の司書が言っていたのです。王族以外の者には開けることができない書庫があるのだ、と」
「……え? 王族以外に開けることができないのでは、わたくしが入れないではありませんか!」
期待させておいて何それ、とわたしが頬を膨らませるとグードルーンが驚いたように目を見張った。
「え? 開かずの書庫なのに、姫様は入るおつもりだったのですか?」
「そこに本があるならば、読みたいと考えるのは当然です」
「……姫様と同じ考えの者がどれだけいるでしょうね?」
グードルーンに首を傾げてそう言われ、わたしはひどく釈然としない気分になった。そこに情報があれば下町だって乗り込むし、女装だって完璧にやってのけるのに、自分は常識人です、というような顔をしているのが少し腹立たしい。
「グードルーンは中にどのような本があって、何が書かれているのか知りたいとは思わないのですか?」
「……入れたら、きっと知ることを望むと思います。けれど、王族以外は開けられないという時点で諦めますよ。普通は」
潜り込もうと思えば何とかなるお茶会とは違います、と頭を振って言われた。いきなり一般人のようなことを言いだしたグードルーンをちょっとだけ睨んでみる。
「グードルーン、それはではまるでわたくしが普通ではないような言い方ではないですか」
「姫様、もしかして全く自覚がございませんか?」
「……うっ、少しはあります」
それはよかった、とグードルーンが胸を撫で下ろし、「少しですか?」とコルネリウス兄様が驚いたような声を出した。
……え? 少しだよね?