Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (33)
紙作り開始
今日からいよいよ紙の制作に入ることになった。
わたしの気合は十分だ。ルッツに落ち着けと言われるくらい、興奮している。
本日の作業としては、材木屋で教わったり、ルッツが色々な人から聞いたりして、見当をつけている木を切ること。そして、それを川原で蒸して、川に一度さらした後、黒皮を剥ぐところまで森で終わらせたいと思っている。剥いだ黒皮は倉庫に持ちかえって乾燥させるのだ。
試作品は葉書サイズが作れればいいので、材料もそれほど必要ないと思う。ただ、数時間蒸さなくてならないので、薪はたくさんいる。
森で作業すれば、薪を集めるのはそれほど大変ではないだろうし、なくなる前に拾いに行くことができる。鍋と蒸し器を持っていくルッツは大変だろうけれど。
そのため、朝早くに倉庫の鍵を借りに行って、鍋と蒸し器を取ってきた。森から戻った後も倉庫で作業するので、鍵は借りたままにすることをマルクに伝えてある。
下準備は完璧だが、今現在、予想外なことになっていた。
「ルッツ、大丈夫?」
「……あぁ」
ルッツはそう返事をするけれど、背負子に鍋と蒸し器をくくりつけた姿は全く大丈夫そうに見えない。今にも潰れそうだ。
敗因は簡単だ。
鍋も蒸し器もルッツが運べる重さで考えていた。これくらいなら大丈夫だとルッツも言っていた。けれど、森まで二つ一緒に運ぶことをルッツが想定していなかった。
「蒸し器だけでも持とうか?」
「マインには無理だ」
「……わかった」
ルッツが無理だという以上、わたしには無理なのだろう。
わたしにできることは、ルッツを応援することと、頑張りすぎずに森に行くことだ。いつも通り、何人もの子供達と一緒にわたしとルッツも森に向かって歩いていく。
「ルッツ、何それ?」
「森で何する気?」
ルッツが背負う鍋と見慣れない蒸し器に子供達は興味津々だ。
「鍋と蒸し器で、紙作る」
背中の荷物が相当重いのだろう。ルッツの口数が少なくて、答えも簡潔だ。
不機嫌なように聞こえても、好奇心に彩られた子供達はお構いなしに質問を続ける。
「え? 何を作るの?」
「面白いことするんだろ?」
「……違う。これができるかどうかで、オレが仕事見習いになれるかどうかが決まるんだ。邪魔しないでくれよ」
「そうか。わかった。頑張れよ、ルッツ」
いつまでも続くだろうと思っていた質問責めは、ルッツの見習いになるために必要なことだという言葉を聞くと同時に遠ざかっていった。
あっさりと子供達が引いた理由がわからなくて、後からルッツに聞いてみたところ、親からの紹介で仕事先が決まることが多いとはいえ、人気のある仕事先には希望者も殺到する。そうなれば、親が頼む先を変えることもあるが、選抜試験のようなものがあるところもあるらしい。
選抜試験を邪魔するのは、子供達にとって絶対にしてはならないことだそうだ。自分の時に仕返しで邪魔されるかもしれないし、邪魔したという噂が広がれば自分が仕事先を見つけることも難しくなる。
ほぅほぅ、なるほど。人気がある就職先に人が集まって倍率が上がるのはどこでも一緒なんだね。
門でオットーに会って「頑張れよ」と激励された。鍋と蒸し器を背負ったルッツを見て、紙作りを開始したことを悟ったのだろう。
「うん、頑張るよ。あ、父さん。いってくるね」
父は最近、わたしがルッツとばかり行動するので少々拗ね気味だが、手を振るとしかめ面とにやけ顔の中間のような複雑な顔で振り返してくれる。ルッツやオットーと仲が良いのが気に入らなくて、でも、娘から手を振ってくれたのが嬉しいという心理状況が良くわかる顔だった。
「くっはぁ、疲れた~。予想以上に重かった」
川の側に鍋と蒸し器を置いて、ルッツが肩をぐるぐる回す。
「お疲れ様、ルッツ。ちょっと休憩する?」
「いや、蒸し始めたら、鐘一つ分くらいは様子見だろ? その時に休む」
そう言いながらもルッツの手は川原で石を積み上げて、鍋を乗せられるような竈を作り始めている。
さすが、ルッツ。無駄がない。
アウトドアの作業に慣れているルッツに対して、前世の記憶まで含めてもインドア万歳で、ほとんど経験がないわたし。役に立たないのは、いつものことですけどね。
わたしにできるのは近くにある木切れを拾って、ルッツに手渡すくらいだ。
ルッツは川の水を鍋に入れて、竈にセットすると、手早く木を組んで、火をつけた。
「オレは木を切ってくるから、マインは休憩を兼ねて、鍋の見張りを頼むな」
「休憩はルッツの方が必要でしょ!?」
「紙ができるまでは、お前に体調を崩されたら困るんだ。この周辺で木切れを拾うくらいはいいけど、あんまり動くなよ。それから、何かあったら大声出せ。いいな?」
「……わかった」
ルッツの言うとおりなので、わたしはおとなしく鍋の見張りをすることにした。そうは言っても、沸いてくるまではずいぶん時間がかかりそうだし、暇だ。
周辺の木切れを拾っては鍋のところへ持っていって、火にくべていく。
近くに木切れがなくなってきたので、少しずつ鍋から遠ざかりながら、木を集めていると、土に半分埋もれたような形で、まるでザクロのような赤い木の実を見つけた。
「あれ? 何だろう? 食べれる? それとも、油でも取れる?」
森にあるものは大体が生活に役立つ物と決まっている。さすがにおおよそ一年ほどこの世界で過ごして、わたしの思考も結構こちらに染まってきたようだ。何か見つけたら、とりあえず拾っておくなんて、日本ではしなかった。
「これが何かルッツに聞いてみようっと」
自分が持っていた木切れで、赤い木の実の周りをざりざりと掘って、赤い木の実を掘り出す。ひょいっと手に取ると、何故か木の実が一気に熱くなってきた。
ヤバ! わけがわからない不思議系木の実だったっぽい。
どうやら、赤い木の実は料理の時にも時々交じっている不思議食材の仲間だったようだ。正直、何が起こるかわからないし、対処方法もわからない。
慌ててわたしはその木の実を力いっぱい、出来るだけ遠くに放り投げた……つもりだったが、5メートルも飛ばずにポトンと落ちた。
パン! パパパン! と弾けたような音と共に、赤い実が飛び散って、辺りからいきなり何本もの芽がぽこぽこと生え始めた。
呆然としている間にも、にょきにょきと足首辺りまで成長してくる。
何!? 何なの!? このにょきにょっ木!
明らかな異常事態に、わたしは泡を食ってその場を逃げ出しながら叫んだ。
「ルッツ! ルッツ! ルッツ~! 何か変なのがぁ!」
「どうした、マイン!?」
近くにいたらしいルッツがザザッと音を立てながら、走り寄ってくる。
わたしが指差す方を見ると、ルッツは顔色を変えて、ピィ~! と指笛を鳴らして高い音を出した。
「トロンべだ!」
「何それ?」
「説明は後!」
そう言いながら、ルッツは鉈をふるって、植物を刈り取り始める。あっという間に膝の高さを越えて自分達の太股辺りの高さに伸びていく植物はどう見ても危険物だった。
「マインは川の向こうにいろ! いいな?」
「わ、わかった」
非常事態に話をしている暇などない。わたしはルッツの指示通りに川へ向かって逃げ出した。
川へ向かうわたしとは反対に、ルッツの指笛を聞いた子供達が集まってくる。
「どうしたの……って、トロンベ!?」
「トロンベだ!」
「すぐに刈れ!」
相変わらず理解できないのはわたしだけのようだ。集まってきた子供達は、このにょきにょっ木が何かわかっているようで、ルッツと同じように鉈やナイフを構えて立ち向かっていく。
わらわらと子供達が寄ってたかって、にょきにょっ木を刈り取る様子を、わたしは鍋の近くに座りこんで見ることになった。
相手は植物だし、火があれば燃やせるんじゃないかと思った……というのは建前で、実際はちょっと走っただけで息切れして、ルッツに言われた川の向こうまで行くことができなかっただけだ。
「もう伸びてるのはいないか?」
わたしが川原でへろへろになっているうちに、にょきにょっ木の刈り取りは終わったようだ。
子供達は刈り残しがないか、辺りを見回して確認している。
「大丈夫だと思う」
「もしかしたら、他にもトロンベが出てくるかもしれないから、気を付けて採集するんだ。何かあったら指笛で呼べよ」
子供達がまた採集のために散らばって行って、ルッツがわたしの隣にやってきた。
「川の向こうに行けって……無理だったか」
「……無理だった」
刈り取りをしたルッツより、わたしの方がぜいぜいとみっともないくらい荒い息を繰り返している。何も知らない人が見たら、最前線で戦っていたように見えるに違いない。
「ルッツ、あれ、何?」
「トロンベだよ」
トロンベはものすごく成長が速い木で、伸び始めた時に刈り取らないと、辺りの栄養が一気に吸われてしまうらしい。
そして、大きくなってしまうと、切り倒すのも大変で、騎士団に依頼しなければならなくなるらしい。
へぇ、騎士団とかあるんだ。さすが異世界。
「でも、変だな」
「何が?」
ルッツが川原の石に座りこんで、息を整えながら、首を傾げる。
「トロンベが出てくるにはちょっと早い。いつもはもっと秋になってからなんだ」
「へぇ……」
「成長もすっげぇ速かった。でも、あんまりトロンベの生えた周りの土が荒れてないし……」
「ふーん」
「何だよ、マインは変に思わないのか?」
ルッツはわたしの反応に不満そうな表情になって、わたしを睨んだ。
しかし、変に思わないのか、と言われても困る。わたしにとっては初めて見るものだから、変に思うも何もない。あのにょきにょっ木の存在自体が変だ。
「あんなの、初めて見たんだもん。いつもと違うって言われてもわからないよ」
「そっか。マインが森に来るようになったのって、春からだもんな」
納得したようにルッツが何度か頷いたのと同じくらいに、ぐつぐつと鍋が沸き始めた音がし始めた。
「ルッツ、木は?」
「あの辺りに散らばってるはず……」
ルッツはトロンベの出た辺りを指差して、がっくりと項垂れた。
このお湯が沸くまでに材料になる木を切ってくるはずだったが、トロンベが出たせいで、ルッツはせっかく切った木を放り出してきたらしい。
「……ねぇ、ルッツ。せっかくだから、このトロンベで紙を作ってみない? 何かいっぱいあるし、生え始めを刈ったから、繊維も柔らかいだろうし……」
「そうだな。これから採りに行くのって結構きつい」
蒸し器にトロンベを入れて、ルッツに鍋の上へ置いてもらう。しばらくは火が消えないように薪だけ補充すればいい。
わたしが集めていた木切れをちょいちょいと放り込みながら、ルッツが火加減を見る。
「マイン。悪いけど、火ぃ見ててくれないか? 放り出した木、拾ってくる」
「ん、わかった」
少し休憩したことで回復したのか、ルッツがトロンベに驚いて放り出した木を拾いに行った。
火の番を任されたわたしは木切れを握って、火を見つめる。ちょっとだけ火の調節ができるようになってきたけれど、目を離すと様子が変わっていることが多すぎて失敗するのだ。
ガスコンロ、便利だったな。今となってはIHや電子レンジなんて魔法の域だよ、ホントに。
トロンベを蒸しながら、ルッツは採集を始めた。夏の終わり、秋に入りつつある森は食べられる物がたくさんあるらしい。
交代で鍋を見ながら、わたしも目につく物を採ってみる。
「いっぱい採れたよ、ルッツ。どう?」
「どれどれ……って、マイン! 全部見せろ! 持って帰れるかどうか確認する!」
わたしの採集物を見て、顔色を変えたルッツに確認してもらうと、採集したうちの3割ほどが毒物だった。
「これはダメ。食べたら手足がしびれて、3日くらい動けなくなる。これもダメ。食べたら泡吹いて死ぬ。これもダメだ。腹痛で2日は苦しむ。……マイン、お前、ちゃんと覚えないと、病気じゃなくて、毒食って死ぬぞ?」
うん。確かにちゃんと覚えないと死ぬね、わたしだけじゃなくて家族も。
ここで生活する以上、毒物の見分け方は、ただちに覚えなければならない項目に分類される。図鑑も何もないので、現物を見て覚えるしかない。
「頑張って覚えるから、教えてね」
「あぁ」
街の方からかすかに鐘の音が聞こえてきたので、蒸し器を外してみた。湯気で顔が熱かったけれど、蒸す時間がこれくらいでいいのかどうか、見ただけではわからない。
「大丈夫なのか?」
「よくわからないけど、川に入れて、皮を剥いでみるよ」
ざっと川にさらして、熱いうちに皮を剥いでみる。するりと剥がれて、ぶつぶつ切れることもなかった。
思ったよりやりやすい。これは良い素材を見つけたかもしれない。
「このトロンベって紙の素材に向いてるかも」
「いつ生えてくるかわからないし、成長前に採れるとは限らないぞ?」
「……ぅあ、ダメだね」
今日の様子を思い出して、溜息を吐いた。栽培ができたら、すごくいい素材になるのに残念だ。
「なぁ、マイン。今日の作業はここまででいいのか?」
「うん。次はこの皮を乾かさなくちゃいけないから」
「……ふぅん。じゃあ、オレ、鍋片付けるから、任せていいか?」
ルッツは皮むきをわたしに任せて、鍋と蒸し器を川で洗って片付け始める。
座りこんで皮を向く作業は結構楽しく、わたしはご機嫌で皮をむしった。
街に帰る時間になったので、わたしは籠の中に黒皮といくつかの収穫物を入れた。ルッツは気合を入れて鍋と蒸し器を背負う。採集物もあるので、来た時よりも帰りの方が確実に重くなっている。
ルッツもわたしもよろよろしながら街に戻ると、みんなから離れて倉庫へと向かった。ルッツが鍵を開けて中に荷物を下ろす。
「ぅあぁ、重かった!」
「帰りは採集物も増えたからね。わたしがもっと持てたらよかったんだけど……」
わたしは自分が採った物を運ぶだけで、精一杯だ。ルッツを手伝う余裕なんて露ほどもない。
倉庫で座り込んでいると、ルッツは鍋の中に入れてあった黒皮をべろんと取り出して、ぷらぷらと振った。
「なぁ、マイン。これを干すって、どこにどうやって干すんだ?」
「え? えーと……どうしよう?」
イメージ的には稲の藁を干すような感じなのだが、余分な棒はない。
回りを見回して、使えそうな物を探して、わたしはルッツの肩をポンと叩いた。
「ルッツ、お疲れのところ悪いんだけど、この棚板に等間隔で釘を打っていってくれない?わたし、これを干していくから」
「……仕方ねぇな」
コンコンとルッツが打ちつけた釘にわたしは黒皮を引っ掛けていく。数が多くないからできるけれど、量産するようになったら乾かす場所も必要になる。
量産するようになったら、ベンノさんにまた聞いてみよう。今はまだ必要ないよね?
「これで黒皮を完全に乾かさないとダメなの。乾いてないとカビが生えちゃうから。明日は森に持って行って、天日干しかな?」
「じゃあ、明日は皮を持っていくだけで、特に作業は無しでいいんだな? だったら、普通に採集ができそうだな。今のうちに拾わなきゃいけないものも多いから、助かる」
「うん、わたしもいっぱい茸拾って、干し茸作りたい。出汁にするんだ」
「……マインは、毒キノコを見分けられるようになれ」
次の日は森に黒皮を持って行って、籠の縁に引っ掛けるようにして、天日干ししながら、茸を大量に採った。
2割が毒キノコだった。
おかしい。こんなはずでは……。
数日間、天日干しして、黒皮を完全に乾燥させた。「完全に乾く」がどの程度かわからなかったので、干し過ぎかなと思うくらい干した。
かぴかぴになった黒皮を持って、森へと出かける。これから、川に丸一日以上さらすことになるので、天気は大事だ。
川の中でもあまり目立たない人が近付かない辺りに石を丸く組んで、黒皮が流れていかないようにして、皮をいれる。
「これでいいのか?」
「……多分。帰りに一度様子を見てみようね」
経験がないので、確信は持てないけれど、これで間違っていないはずだ。そう思いながら、川に入っている足元を見つめた。
……当たり前だけど、ゴムの長靴も手袋もないんだよね。
今日はまだ暑い日だから川に入っても平気だけれど、これから先の季節は、川に入るのが生死に係わる季節になる。
「ルッツ、寒くなる前に、トロンベだけじゃなくて、他の木もここまではしておかないとダメかも。川に入れなくなっちゃう」
「……確かに。今でも結構冷たいもんな」
ルッツも寒くなってから作業することを考えたのだろう、顔をしかめてわたしの意見に賛成した。
「今日のうちに木を切って、粘土の時みたいにどこかに隠しておこうよ。明日は鍋と蒸し器を持ってくるなら、材料の木まで持てないでしょ?」
「そうだな」
その日は紙の材料になりそうな木を探しては切り、種類ごとにまとめて、低木の下に隠していく。
採集しながら、時々黒皮の様子を見にいく。石に囲まれた中で漂う黒皮は、川に流れてしまうことなく、水を吸って少し膨らんでいた。
「森を離れるの、心配だけど、大丈夫そうだな」
「……うん」
後ろ髪を引かれる思いで帰ってからも、放置してきた黒皮の様子が気になって仕方ない。
いきなりゲリラ豪雨のようなものが上流で降って、増水して、流されていたらどうしよう、とか。山賊が出てきて、お宝を見つけたとばかりに持っていかれたらどうしよう、とか。ぼーっとしていると変な考えがどんどん浮かんでくる。
次の日はそわそわしながら、森に向かったけれど、ゲリラ豪雨が降ることも、山賊に目をつけられることもなかったようで、次の日に森へ行った時も黒皮はちゃんとあった。
「よかった。なくなってなかったね」
「……で、これをどうするんだ?」
でろんでろんに水を吸った黒皮を取り上げて、ルッツが首を傾げる。
「この外皮をナイフで剥いで、内皮の白皮だけにするの。でも、先に昨日の木を蒸し始めよう。蒸している間にすればいいよ」
「わかった」
前回作った石の竈がまだ残っていたので、多少の補修を加えて、鍋と蒸し器をセットする。
それが終わると、鍋も見える川原の大きめの平たい石の上で、わたしとルッツは外皮をナイフで剥ぎ取り始めた。
「これで乾燥させた分はしばらく置いておけるから。温かいうちに白皮作りを終わらせようね」
「おう」
ガリガリガリ……ギギギギギギ……
石の上に黒皮を乗せて、白皮だけになるように表面の黒い皮を剥いでいく。ささみの筋を取るみたいな感じだ。そこまで皮も丈夫じゃないので、ぶつぶつと途切れる。もっと効率の良いやり方や道具があるのだろうけれど、今のわたしにはこれが精一杯だ。
ガリガリガリ……ギギギギギギ……
「なぁ、マイン。これ、出来なくはないけどさ……」
「うん、台が必要だったね」
ナイフと石が擦れる音が身体中に響く感じで鳥肌が立つのが止まらない。皮を剥ぐ作業をするためには、まな板のような板が欲しいと切実に思う。
頭の中で思い出して、道具を書きだしてみても、実際作業してみると足りないものが結構ある。わかっていたつもりでもわかっていないことが多すぎる。作業する中で、足りない物は少しずつ補充していかなければならない。
わたしは涙目で皮剥ぎをしながら、止まらない鳥肌に経験の大事さを痛感していた。