Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (331)
全領地のお茶会 前編
「出席者をまとめました。ローゼマイン様は全員の名前と領地を覚えてくださいませ」
リーゼレータが差し出してきたのは、エーレンフェスト主催のお茶会に出席する領主候補生、もしくは、代理の上級貴族の一覧表である。
領地名と参加者の名前と見た目の特徴、話題に上げられそうな個人の好みについて書かれている。
……うひぃ、これ、全部覚えるのか。
写真がないので、全く顔が思い浮かばないところが大変だ。資料を渡されたわたしは、うっと息が詰まるような気分になっていた。
「こちらにはそれぞれの領地の特色や特産品などをまとめました。少しはお役に立てるでしょうか?」
フィリーネがそう言って、更に資料を上に乗せた。自分達が出席したお茶会で得た情報をハルトムートと一緒にまとめたらしい。フィリーネ達の好意を無下にするなんてできない。
「一生懸命に覚えますわ」
「ローゼマイン様は社交をほとんどしないままに帰還したので、大変ですね」
「当日はヴィルフリート兄様にもお手伝いいただける分、まだ助かっております。これがわたくしだけならば、本当に困ってしまったでしょう」
全ての領地に声をかけるので、こちらの主催者はわたしとヴィルフリートの連名になっている。ヴィルフリートが参加することがわかっているためか、男性の領主候補生も参加表明しやすいようで、何人も男性が参加することになっていた。
わたしは何とか招待客について覚えようと、一覧表を睨みつけて気合を入れる。
……えーと、クラッセンブルクがエグランティーヌ様でしょ。ダンケルフェルガーは……あれ? レスティラウト様じゃないんだ。ハンネローレ様、一年生。ヤバ。同学年なのに全く顔が思い浮かばないよ。どんな子だっけ? ドレヴァンヒェルは一年生じゃなくて、五年生のお姉様が来るのか。ほぅほぅ。
さっさと講義を終えてしまったせいもあるだろうけれど、わたしは同学年の領主候補生さえ全く覚えていない。ほんの少し覚えている領主候補生は兄姉がいて、そちらが出席することになっている。ダンケルフェルガーが兄であるレスティラウトではなく、一年生のハンネローレを出してくるのは、わたしがレスティラウトに嫌われているせいかもしれない。
……ハンネローレ様とは友好的な関係が結べればいいんだけど。あ、でも、ハンネローレ様もやっぱりディッター好きで、友好的になったらまたディッター、ディッターってうるさいのかな? うーん。
「ローゼマイン様、ヴィルフリート様、エーレンフェストから返答が来ました。領地対抗戦のためにそこまでの物資は出せないということです。現在出せるのはこれだけだそうです」
ユストクスがエーレンフェストからの返答を持って、多目的ホールへと入ってきた。領地対抗戦のために物資の増援をお願いしていたのだが、限度が示されて戻ってきてしまったようだ。
「何だと!? では、どうせよと言うのだ!?」
ヴィルフリート兄様が目を吊り上げて怒っているが、わたしは意外と頑張って援助してくれるんだな、という感想を抱いた。
領地対抗戦は毎年あるのだ。貴族院に向けて準備されている予算は決まっているはずなので、それほどの増加ができるはずがない。おそらく、これから先の商売や領主会議を見越して、ギリギリの増加をしてくれたに違いない。
「予想以上に頑張ってくれたではありませんか。ダメで元々、お願いしてみるものですね」
「ローゼマイン? これでは全く足りないのだぞ」
「……砂糖がまだ高いから仕方がありませんよ。そう簡単に予算の増額などできないことを考えれば、ずいぶんと頑張ってくれています。後はこちらで何とかするしかありませんね」
わたしが寝ている二年間で貴族間では多少流通するようになってきたけれど、まだ高いし、どちらかというと品薄になりやすい商品だ。領地対抗戦のために全てを出し切るようなことはできなくて当然である。
「だが、それでは領地対抗戦で客を満足させることなどできぬぞ」
「ヴィルフリート兄様、王族はどれだけの人数がご観覧するのか、ご存知ですか?」
「確かイグナーツが調べていたはずだ」
ヴィルフリートの文官が資料を漁り始めるのを視界の端に映しながら、わたしはヴィルフリートに向き直る。
「王族とアウブ夫妻を持て成す分のカトルカールがあれば、ひとまずは良しとしましょう。何とかなりそうですか?」
「王族とアウブ夫妻に限れば何とかなるだろうが、他の貴族はどうするつもりだ?」
「……早い者勝ちです」
「う?」
「先着順にして、なくなったところで終了です」
わたしの言葉にぎょっとしたようにヴィルフリートが目を見開いた。
「何だと? そのようなことが許されるのか?」
「許されようが許されまいが、ない袖は振れません。きっちりと持て成すのは王族とアウブ夫妻のみに限り、それ以外の貴族に関しては席があれば持て成し、席がなくなればカトルカールのお土産を持ち帰っていただくのみ。それもなくなれば、来年またお待ちしております、とお帰り願います」
「ローゼマイン姫様、さすがにそれでは他の貴族への失礼が過ぎます」
ユストクスからも却下された。身分順ということで、王族とアウブ夫妻を持て成すのは良いが、他領の貴族を丸ごと無視するのはダメらしい。卒業生の恋人の両親がやってくることもあるので、ある程度は受け入れなければならないそうだ。
「では、王族とアウブ夫妻の接待は養父様と養母様にお願いして、わたくしとヴィルフリート兄様で貴族達の接待をするのではいかがです? 恋人の両親など、予め来訪が予測できる方は申請で席を予約しておけば受け入れは可能だと思います。当日ふらりと立ち寄る貴族に関しては早い者勝ちにしましょう」
「それならば、少しは……」
「幸いにも、わたくしが主催するお茶会がたった一回で、ヴィルフリート兄様が参加したお茶会も断り切れない最低限でしたから、社交用の予算に多少の余裕がございます。もちろん、それを領地対抗戦に回しても、全てを準備することはできません」
「ぬぅ……」
予算が増えることに一瞬だけ顔を輝かせたヴィルフリートがまた難しい顔になる。
「限られた中でどうするのが一番見栄えがするのか、お客様に満足していただけるのか、考えなければなりませんね。わたくしは貴族間の社交には疎いので、ヴィルフリート兄様にお願いいたしますけれど」
「なぬ?」
「受け入れられる人数に限りがある以上、わたくしにはお断りするしか思いつかないのです。もちろん、来年の優先権を配布するとか、お土産になるカトルカールを小さく切ってお渡しするとか、何か付ける予定ですけれど……」
「なるほど。少し考えてみよう」
そんな感じで、大規模お茶会と領地対抗戦の準備を並行しつつ、お茶会当日になった。
エーレンフェストに与えられているお茶会用の部屋は地階にある厨房への階段に程近い一階の一室にある。お茶やお菓子の準備を楽に行うためである。
お客様が入ってくる扉は貴族院の中央棟と繋がっていて誰でも入れるけれど、寮と繋がる方の扉は玄関扉と同じで、寮生でなければ入れないようになっている。
側仕え達によって準備されているお茶会用の部屋に入り、不備がないか、お茶やお菓子が十分に準備されているのか、尋ねて確認して回った。
そして、ヴィルフリート兄様とお客様の分担について相談する。一気に全領地に招待状を送ったので、ものすごくたくさんの客が来るのだ。わたしだけではとてもお茶会を回せない。
「クラッセンブルクとそのご学友はローゼマインに任せる。私は男性客と一年生の講義で顔馴染みの者、それから、いくつか顔を出したお茶会で顔馴染みになった者を優先して接待する」
「とても助かります、ヴィルフリート兄様」
文官見習い達がまとめてくれた情報が書かれた一覧表の確認をしているうちに3の鐘が鳴り始めた。これから各自が寮から出てやってくるので、わたし達も待ち構えていなければならない。皆がそれぞれの配置につき始める。
鐘が鳴り終わるよりも早くお客様がやってきたようだ。扉の向こうで鳴った小さなベルに扉を開けるために待機している側仕え見習いが驚きの顔でこちらを振り返った。
「アーレンスバッハのディートリンデ様がいらっしゃいました」
早足で位置につく皆の前で扉が開けられる。一応準備は終わっているが、中をくるりと見回したディートリンデが少しばかり顔を赤らめて、恥ずかしそうに目を伏せると、頬にそっと手を当てた。
「楽しみでたまらなかったせいかしら? 少し早すぎたようですわね。恥ずかしいわ、わたくしったら。出直してきた方がよろしくて?」
そのまま楽しみで仕方がなかったと素直に受け取るべきか、約束の時間なのに支度が終わっていないの? という嫌味に受け取るべきか、非常に悩む表情である。
「いいえ、ディートリンデ様。鐘が鳴るよりも早くおいでくださる程楽しみにしてくださって嬉しゅうございます。ようこそおいでくださいました」
「えぇ。わたくし、ヴィルフリートに会えることを楽しみにしておりましたの」
……あ、嫌味だったっぽい。
わたしに向けられる笑顔の中、深緑の目だけが笑っていない。ある意味とても分かりやすい人だ。
「ディートリンデ様はヴィルフリート兄様にお会いしたかったそうですよ」
「ヴィルフリート、従姉弟同士のお茶会とダンケルフェルガーが主催したお茶会でご一緒して以来ですわね」
「私も会えて嬉しいです」
「あら、今日はずいぶんと畏まった態度ですこと。この間のように気安く、と言いたいところですけれど、今日は大勢の方がいらっしゃいますものね」
ディートリンデの相手は本人が望むようにヴィルフリートに任せて、わたしは側仕え達にお茶やお菓子を準備するように指示を出した。準備のできた席へとヴィルフリートがディートリンデをエスコートして連れて行き、席を勧める。
ディートリンデの側仕えが食器やカトラリーを準備する中、ヴィルフリート兄様が自分の前に準備されたお茶やお菓子を一口ずつ食べて見せた。
「ディートリンデ、こちらはカトルカールです。今、エーレンフェストで流行しているお菓子で、今日は三種類が準備されています」
蜂蜜入りとフェリジーネ入り、ルムトプフ入りの三種類を準備した。もちろん、カトルカール以外、例年通りのお菓子もいくつか準備はされている。
「これはローゼマインが考案したのです」
「まぁ。では、神殿で出されているお菓子ですの? 素朴な見た目ですけれど、味はとてもよろしいのですね」
「気に入ってもらえたようで嬉しいです」
……ちょ、得意そうに笑っているけど、あれ、神殿育ちのわたしが考えるような貧相なお菓子、って褒め言葉の間で嫌味言われているんだよ。気付いてないよ、ヴィルフリート兄様。
とても平和に終わったとヴィルフリート兄様が言っていた従姉弟同士のお茶会も、実はヴィルフリートが聞き流したか、嫌味や意図に気付かなかっただけで大変な状態だったではないだろうか。何だかとても心配になってきた。
ディートリンデを席に案内した後、続々とお客様が到着し始めた。ヴィルフリートと二人で入り口付近に立って挨拶し、この後の席への案内は側仕え達に任せることになる。
「リュディガー様、ようこそおいでくださいました」
「お招きいただき嬉しいです、ローゼマイン様。一度ゆっくりとお話したいと思っていたのです」
エーレンフェストとフレーベルタークは仲の良い領地で、我々も従兄妹の関係に当たるのだから仲良くして欲しい、とリュディガーが微笑んだ。ヴィルフリートによく似た面差しでそう言われると親しみもわく。ついでに、体を屈めて視線を合わせようとしてくれているところも、基本的に見下ろされているわたしとしてはポイントが高い。
「わたくしは養女ですけれど、リュディガー様は従兄妹と認めてくださいますの?」
「できる限り仲良くしていきたいと思っています」
養母様のご実家ならば、わたしもできるだけフレーベルタークとは仲良くしておきたい。フフッと笑い合っている隣でヴィルフリートがまた別の客人を迎えていた。
「ハンネローレ様、ようこそいらっしゃいました」
「お招きありがとう存じます、ヴィルフリート様。わたくし、本当に今日を楽しみにしておりました。ローゼマイン様は……お忙しそうなので、後でまたご挨拶させていただきますね」
リュディガーと話しながら、ちらりと見た限り、ハンネローレは突然攻撃を仕掛けてきたレスティラウトの妹とは思えないおとなしそうな少女だった。淡いピンクとも紫とも言えそうな色合いの髪を二つに分けて結っている。緊張しているのか、赤い瞳がおどおどと周囲を見回す様子がうさぎのように見えた。
「ローゼマイン様、お招きありがとう存じます。今日こそわたくしのお友達を紹介させてくださいませ」
エグランティーヌがぞろぞろとお友達と一緒に入ってきた時には、半分以上の席が埋まっていた。わたしはエグランティーヌの挨拶を受け、その友人に紹介され、お姉様方に取り囲まれてしまう。
わたしは後から来るお客様をヴィルフリートに任せて、エグランティーヌとそのご学友に席を勧めていく。最上級生のエグランティーヌのお友達なので、高学年の人が多い。けれど、予想と違って、大領地よりも中小領地の友人の方が多かった。大領地は3位ドレヴァンヒェルの五年生くらいだ。
「大変な毒を受けて二年もユレーヴェで眠っていたのでしょう? それなのに、ローゼマイン様はとても優秀だと弟からも話を聞いておりましてよ。今日も本当は一年生同士ということで、弟が来たがったのですけれど、わたくし、どうしてもローゼマイン様にお会いしたかったのです」
「こうして近くで見るとローゼマイン様は本当にお小さいのですね」
わたしを取り囲んでいる彼女達の目は小さい子を見て「可愛い」と言うノリに似ている気がする。もちろん、領主候補生なのだからその笑顔の裏では色々と考えているのだろうけれど。
わたしは見た目が小さいからこそ好意的なのだろうか。エグランティーヌの友人として紹介されたから友好的なのか。わたしは彼女達に対してどのように対処すれば良いのか考えていた。
社交シーズンも終わりを迎えようとしている現在、領主候補生や代わりとして出席する上級貴族は顔馴染みになっているようで、全員が揃った時にはすでに歓談が始まっていた。 わたしはエグランティーヌとその学友に囲まれてしまい、自然とヴィルフリートは自分の馴染みが多いところへと向かっていく。
「エーレンフェストのカトルカールは見た目こそ素朴ですけれど、とてもおいしいのです。アナスタージウス王子も好んでいらっしゃるのですよ」
エグランティーヌがカトルカールを紹介すると、数人はまるで待っていたようにパッと顔を輝かせた。
「わたくし、先日のエグランティーヌ様のお茶会で少しいただきました。フィリジーネの風味がよかったのです」
「あのカトルカールは先日ローゼマイン様がお持ちくださったものです。それに、わたくしの卒業式の髪飾りはアナスタージウス王子がエーレンフェストに頼んで作ってくださったものなのですよ。とても素敵に仕上がりましたの」
……エグランティーヌ様、すでにお友達に広げてくれていたんだ。マジ女神様。
わたしが流行を広げるよりも勧め方が上手で影響力もある。見習いたいと思うが、なかなか難しそうだ。
「エグランティーヌ様の髪の艶が増して美しいのもエーレンフェストの影響でしょう? 今日はエーレンフェストの女性の髪が普段よりも輝いていますもの」
そう、今日はリンシャンアピールのために進級式と同じく、リンシャンを皆で使った。持て成しに奔走する側仕え達の髪の毛が艶々なのである。
「ローゼマイン様の髪の艶は格別ですわ。少し触れてみてもよろしくて?」
「えぇ、どうぞ」
代わる代わる髪に触られ、艶を褒められ、羨ましがられて、リンシャンの取引をおねだりされる。けれど、この場では何も言ってはならないことになっていた。
「残念ながら、取引に関してはアウブ・エーレンフェストの許可が必要なので、わたくしからは何も言えないのですけれど、試供品だけでもいかがですか? ほんの少しお分けすることならばできます」
「まぁ、よろしいのですか?」
「数に限りがあるので、お友達優先ということになりますけれど……」
物で釣って友達になるのは、わたしの中ではお友達とは言えないけれど、領主候補生同士ならば、利害が絡んでくるのは当然だ。
エーレンフェストは弱小領地なのだから、友達になるメリットがなければ、近付いてきてもくれないだろう。影響力のあるエグランティーヌがいるうちに、わたしはなるべく他の人達と誼を結んでおかなければならないのだ。
「わたくし、側仕えに準備させて、その後、他の方にもご挨拶して参りますね」
「これだけの人数が一堂に会するお茶会は大変ですもの。頑張ってくださいませ」
エグランティーヌとその学友のエールを受けて、わたしはその一団から抜け出した。そして、ブリュンヒルデに目配せして、リンシャンの試供品を準備してもらう合図を送り、最初に挨拶しそこなった人達に挨拶して回る。
「皆様とは早くから誼を結びたいと考えていたのですが、エーレンフェストに帰還しなければならなかったため、このような時期にお茶会を開くことになって、申し訳ございません。お忙しい時期にわざわざ足を運んでくださって嬉しく存じます」
「ローゼマイン様は領主の養女となられる前は神殿でお育ちだったのでしょう? 今も神殿の儀式に参加しなければなりませんもの。わたくしは神殿など足を踏み入れたことがございませんから、どれほどのお仕事か存じませんけれど、とても大変ですわよね」
とても心配そうな眼差しでそう言ったディートリンデの言葉に周囲がざわりとざわめいた。わたしが領主の養女であることを知っていても神殿育ちで、今も神殿長をしていると知っている者はそれほど多くなかったようだ。
ちらほらと「神殿育ち?」という声が聞こえた。その響きには軽蔑が籠っていて、攻撃できる弱点を見つけたような目をしている者も何人かいる。
……心配する言葉にかこつけて生い立ち暴露ですか。嫌な感じ。
わたしはこれからも毎年奉納の儀式で帰還することになる。このまま「神殿育ち」という生い立ちを弱点にしておくのは後々面倒なことになる。こうなったら受けて立つしかない。
わたしはくるりと周囲を見回し、ニコリと笑った。
「えぇ。ディートリンデ様のおっしゃる通り、わたくし、家庭の事情のため、神殿で育ちましたの。今、神殿の儀式に参加しているのはアウブ・エーレンフェストの要請ですけれど。わたくしのような子供を聖女に仕立て上げ、儀式を行わなければならない程、エーレンフェストは魔力に困窮しているのです。魔力に困ることなどない大領地のアーレンスバッハが羨ましく存じます。ねぇ、ヴィルフリート兄様」
「うむ。私も神殿の行事に参加して、領地を魔力で満たしているのです。大変ですが、領地に魔力を満たすのは領主一族として大事な仕事で、遣り甲斐はあります。もちろん、領主候補生が動かなくても魔力が十分に満ちている大領地を羨ましく思う気持ちもございます」
ヴィルフリートの後押しを受けて、わたしは「たくさんある魔力を分けていただきたいくらいですわ」と羨望の眼差しをディートリンデに向ける。大領地ながら順位を落としているアーレンスバッハへの皮肉は通じたらしい。ディートリンデはムッとしたように深緑の目を細めた。
「中小領地は厳しいところが多いですから、私も大領地が羨ましく感じますよ」
リュディガーが穏やかな笑みを浮かべてそう言った。
「それほど困窮された状況でエーレンフェストは困っているフレーベルタークを助けてくださっていました。フレーベルタークはエーレンフェストの聖女にとても感謝しているのです」
「そのように思ってくださって嬉しいです、リュディガー様」
「エーレンフェストとはこれからも助け合っていきたいと考えております」
……それって、これからもよろしくねってこと? それとも、保護者達の間では却下された求婚話に繋がる言葉?
フレーベルタークの思惑がまだはっきりしない。感謝されているのはわかったけれど、これから先に何を求められているのかがわからない。
リュディガーの言葉に明言は避けて、わたしはニコリと笑うに止めておいた。