Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (332)
全領地のお茶会 後編
「今はどの領地も大変ですものね」
中小領地からはそんな同意する言葉が上がった。平民育ちのわたしは全く実感がないけれど、他の貴族達は実際に政変の煽りを受けて生活が激変したり、中央に近いことでその変化を顕著に感じていたりする者がほとんどだった。
貴族院の様子さえずいぶんと変わっているとユストクスが言うくらいなのだから、ただ人数が減っただけのエーレンフェストに比べれば、どこももっと影響を受けているようだ。
「ローゼマイン様は魔力に困窮しているとおっしゃいますが、エーレンフェストは成績も上げておりますし、新しい流行も広げているではありませんか」
「まずは魔力が必要ないところから頑張ろうと思ったのです。もちろん、魔力も頑張って上げていかなければなりませんけれど」
エーレンフェストの成績がグンと上がったのは魔力が必要のない座学で、流行させたのは新しい魔術具などではなく、お菓子や装飾品だ。魔力が足りないならば、別の事で勝負しようとしているのだと説明すると、納得の声が上がった。
「わたくし、ローゼマイン様の髪飾りはとても素敵だと思っておりましたの。そのように魔力以外でも領地のためにできることがございますのね」
見習って少し考えなければという者がいれば、同時に、「魔力を使うところでも頑張っているではありませんか」という声も上がった。わたしがそちらへ視線を向けると、領主候補生が不在で代わりに参加している上級貴族の男性が探るような目を向けてくる。
「一年生の私の妹が乗り込み型の騎獣を作っていたのですが、こちらもローゼマイン様が考えられたそうですね。どのようにしてそのような騎獣を考えられたのでしょう?」
「わたくし、元々体が弱くて、なるべく外気に当たらないように移動できるようにならないか、常々考えていたのです」
取り繕った理由に感心している方々には悪いけれど、嘘だ。乗り物と言われて思い浮かぶのが車型しかなかっただけである。
「乗り込み型の騎獣は騎獣用の衣装に着替えることなく乗れますし、荷物を積み込むこともできるので、女性には特に便利かもしれません。ただ、武器を使いにくいので、騎士には向かないとわたくしの護衛騎士は評しておりました」
ほぅ、と感心したような声が上がった。
「発想は素晴らしいと思うのですけれど、ローゼマイン様の騎獣は魔獣を模しているのでしょう? そして、その騎獣で我がアーレンスバッハの寮監を襲ったと噂になっておりましたでしょう? 結局は誤解だったようですけれど、魔獣の姿を模しているのが原因だったはずです。周囲の方はその形にするのを止めなかったのでしょうか? それとも、ローゼマイン様はそのような恐ろしい物を好んでいらっしゃるの?」
ディートリンデの言葉に周囲の視線がまたもやわたしに集まる。ここで「レッサー君は可愛いのです」と言っても、多分誰にも通じない。
どうしようかと考えていると、ヴィルフリートが肩を竦めた。
「ローゼマインの騎獣は強さを目指しているので、あのような魔獣になったのです。ローゼマインは体が弱いせいで、強いものに憧れ、好んでいるのです。人においても、騎士団長には好意的です。ボニファティウス様とかフェルディナンド様とかカルステッドとか……」
……え? フォローのつもりかもしれないけど、違う。なんかずれてるよ、ヴィルフリート兄様! わたし、いつ、強い人が好きなんて言った!?
そんなずれたフォローのどこに感じ入ったのか、演技なのか知らないけれど、ディートリンデはものすごく心配しているような憐みの満ちた目をわたしに向けた。
「そうでしたの。……弱いものが強さを求めるのは何となく理解できますけれど、女性ですから、強さよりも愛らしさを求めた方がよろしくてよ」
ディートリンデの言葉に頷く者もいれば、わたしをフォローしてくれる者もいる。
「ローゼマイン様が強さを求めるのならば、ダンケルフェルガーと気が合いそうではありませんか。そうは思われませんか、ハンネローレ様?……おや、ダンケルフェルガーのハンネローレ様は?」
「お手水のため、少し前に席を外しているようです」
……ハンネローレ様にはまた挨拶し損ねたみたい。今日はなんか間が悪いな、わたし。
「準備が整いました、ローゼマイン様」
ブリュンヒルデに小さく声をかけられ、わたしは空いている席を見ながらエグランティーヌ達がいる方へと戻っていく。これからお友達にリンシャンの試供品を配るのだ。
わたしが席に戻ると、わくわくとした期待に満ちた目に囲まれた。エーレンフェストの女性陣の髪の艶を見て、そして、エグランティーヌの髪の艶が増しているのを目の当たりにして、リンシャンに関心を持っている女性が多いのがよくわかる。
苦笑しつつ、ブリュンヒルデが差し出す小さな瓶を手にした時、視界の端にハンネローレが戻ってきた姿が映った。完全にすれ違っている。終わるまでに何とか一度は言葉を交わしたいものだ。
そう考えながら、わたしは小瓶をドレヴァンヒェルの五年生を先頭に、領地の順位を間違えないように気を付けながら、エグランティーヌが紹介してくれた友人達に配っていく。
「こちらをどうぞ。後で使い方を説明させますね」
「まぁ、ありがとう存じます」
配っていると、ヴィルフリートが相手をしている人達からも視線が向けられるのがわかった。けれど、何も言われないのをいいことにわたしは自分のお友達になってくれた人に配っていく。
「とても良い香りがするでしょう? わたくしもとても気に入っているのです」
エグランティーヌの言葉に、小さな瓶のコルクのような蓋を開けて香りを楽しむ人達が感嘆の声を上げた。それぞれ好みはあるだろうが、今回は一体誰に配ることになるかわからなかったので、全てエグランティーヌと同じ香りのリンシャンにしている。
「ブリュンヒルデ、皆様の側仕えに使い方を教えて差し上げてちょうだい」
「かしこまりました、ローゼマイン様」
ブリュンヒルデがお友達の側仕えを集めて、リンシャンの使い方を教え始めると、試供品をもらっていない人達は我慢できないと言うように、こちらに向かって身を乗り出してきた。
「ローゼマイン様、それは何ですの? とても良い香りがいたしますね」
「リンシャンといって、髪に艶を出すために使う物です。数に限りがございますので、今回はわたくしのお友達に配ろうと思っていたのです」
「あら、ヴィルフリート様のお友達には配りませんの? 同じエーレンフェストの領主候補生ですのに……」
ディートリンデが軽く目を見張ってヴィルフリートを見た。周囲から視線を向けられていたヴィルフリートが小さく笑いながら肩を竦める。
「リンシャンを考案したのはローゼマインなのです。それに、女性と違って、私はそれほど髪の艶には興味がないので、このような美容に関する物は基本的にローゼマインに任せています」
髪の艶には興味がないというところで、男性客の何人かが小さく苦笑した。ヴィルフリートと同じようにリンシャンに目の色を変える女性を理解できないと思っているに違いない。
「そうですの。……ローゼマイン様、わたくしにはいただけるのですよね?」
「ディートリンデ様?」
……はい? どうしてそんなに自信たっぷりにもらえると思うの?
これはもしかしたら大領地の領主候補生から「こちらにも寄越せ」と命令されているのだろうか。予想外の展開にわたしは首を傾げ、どのように対処すれば良いのかわからずに戸惑う。
「嫌だわ、ディートリンデ様。ローゼマイン様はご自身のお友達に配るとおっしゃったではございませんか。貴女の先程からの言動はあまりお友達に対するものではなかったと思いますよ」
第一位のクラッセンブルクの領主候補生であるエグランティーヌが柔らかな笑顔で咎めると、先にリンシャンをもらったお友達がそれに同意するようにコクリと頷いた。
……あぁ、こんな風に横暴な権力から守ってもらうために、中級、下級貴族は少しでも強い派閥に属して群れるんだ。
アーレンスバッハに命じられればエーレンフェストは従わなければならないけれど、より地位の高いクラッセンブルクが止めれば、今度はアーレンスバッハが引き下がらなければならないことになる。
身内や保護者ではないエグランティーヌに庇われたことで、初めてわたしは中級、下級貴族の立場を実感した。同時に、彼らが自分の派閥のトップに求めるものを身を以て知った。
……わたし、貴族院では上位領地となるべく仲良くできるように気を配らなきゃいけなくて、エーレンフェストに戻ったら、派閥のトップグループとして自分の派閥の中級、下級貴族を守っていかなきゃならないんだ。
しかし、エグランティーヌに口を挟まれてもディートリンデは諦めなかった。驚いたように一度深緑の目を見開き、何度か瞬いた後、「皆様からそのように見られるのは心外ですわ」と悲しそうに睫毛を振るわせて目を伏せたのである。
「わたくし、いつもいつもローゼマイン様を心配していますのよ。二年も眠ることになって大変な思いをした大事な従妹ですもの」
……え? え? 大事な従妹? 誰が誰の?
「もしかすると、他に方にとっては少しきつい物言いになってしまったかもしれませんけれど、それは身内の愛情というものです。ローゼマイン様はわかってくださっているはずですわ。ねぇ、ローゼマイン様?」
……わかりません。これっぽっちもわかりません。
あまりにも見事に手のひらを返されて、わたしはぽかーんとしたまま、ディートリンデの熱弁を聞いていたが、我に返って急いでディートリンデの言葉を否定する。自分できっちりと否定しておかなければ、ディートリンデの言い分が全て通ってしまうのだ。
「……わたくし、ディートリンデ様の従妹でしたの? そのようにおっしゃるのは初めて伺いました」
「嫌だわ。わたくし、ローゼマイン様にも誤解されていたのですね」
なんて悲しいこと、としょげるとなまじディートリンデの顔立ちが整っているだけに、周囲、特に男性陣は気まずそうに視線を逸らす。
……誤解じゃなくて、理解だと思うけど。どうしよう、この茶番。どうやって収拾付けたらいいんだろう?
「ローゼマイン様、全て誤解でしてよ。貴女はわたくしの大事な従妹ではありませんか」
エグランティーヌとその周囲から白けた目を向けられていても、ディートリンデはこの茶番を押し通すようだ。
「姫様。では、従姉のディートリンデ様にもリンシャンを差し上げればいかがでしょう?」
グードルーンがニコリと笑いながら、ブリュンヒルデの持っていた小瓶を持って、そっとわたしの手に渡す。同時に「公衆の面前でアーレンスバッハの領主候補生の従妹という地位を買っておきなさい」と書かれた紙が見えた。
保身のためにリンシャンをお友達に配ることにしたのだ。グードルーンの言葉通り、従妹の地位を買っておくのも悪くはないかもしれない。
……言われたい放題言われた後だから、とても癪だけどね。
「ディートリンデ様がわたくしのことを大事な従妹だと考えてくださっていたとは存じませんでした。これからはぜひ従妹として仲良くしてくださいませ」
全領地の領主候補生を前に宣言しては、無碍な扱いはしにくいだろう。わたしはニッコリと笑ってリンシャンの小瓶を差し出す。ディートリンデは小瓶を受け取って嬉しそうに笑った。
「えぇ、これからも仲良くいたしましょう、ローゼマイン様」
ディートリンデに試供品を渡したことで、我も我もと他の女性達が試供品を欲しがった。ザッと人数を数えたところ、今、群がっている女性だけならば何とか間に合いそうだ。
試供品を配り終わって、使い方の説明をした後は、エグランティーヌが卒業式でアナスタージウスのエスコートを受けることについて話が変わっていく。
「わたくしがアナスタージウス王子のエスコートを受けることになったのも、ローゼマイン様がご助力くださったからですのよ」
「そうでしたの? 詳しく聞かせてくださいませ」
王族が誰のエスコートをするのか、という話は政治的にとても重要なことのようで、女性ばかりではなく、男性客もエグランティーヌの話に耳を傾けている。
「それにしても、ローゼマイン様は社交が始まった時期にはすでにエーレンフェストに帰還していらっしゃったのに、エグランティーヌ様と交流があったのですね」
「初めてのお茶会は音楽の先生方にお招きを受けた時でした。その後、帰還前にお茶会へとお招きいただいたのです。わたくし、貴族院にいられる時期が限られておりますから、エグランティーヌ様に仲良くしていただけて、本当に心強く感じました」
随分と早い時期に社交を始めていらっしゃったのね、と周囲は驚きの表情になっているが、ディートリンデは同情するように心配そうな表情になった。
「エグランティーヌ様はもうご卒業されるのですから、とても心細いでしょう?」
「まぁ、本当にディートリンデ様は心配性ですこと。それほどご心配いただかなくても、ローゼマイン様とわたくしはこれからも仲良くするとお約束いたしましたもの。ねぇ?」
エグランティーヌがディートリンデを牽制しつつ、わたしに向かって微笑みかけてくれる。そんな女神の微笑にわたしも笑顔で頷いた。
「あの、ローゼマイン様……」
震えるような小さな声がかかって、わたしがそちらへと向くと、胸の前でぎゅっと手を握り、一大決心をしたような顔でダンケルフェルガーのハンネローレが立っていた。
「ハンネローレ様」
「わたくし、ローゼマイン様に申し上げたいと思っていたことがございまして……」
……よかった。やっとご挨拶できるよ。
わたしは椅子から降ろしてもらって、ハンネローレの前に立った。どちらかというとハンネローレは小柄な方だろうけれど、わたしよりは確実に大きい。見上げればうさぎのような赤い瞳が潤んで揺れているのがわかった。
「わたくしもきちんとご挨拶しなければならないと思っていたのです。何だかすれ違ってばかりでしたもの」
わたしは改めて挨拶をする。すると、戸惑ったようにハンネローレがわたしを見た後、調子を合わせるように挨拶をしてくれた。
……あれ? ハンネローレ様は挨拶に来たわけじゃなかったっぽい? わたし、なんか失敗した?
不安になるわたしにハンネローレも不安そうな顔になって周囲を見回す。何が始まるのか、と好奇心に満ちた目がこちらに向かっているのがわかった。
「わたくし、ローゼマイン様にお兄様のことでお話があったのですけれど、このような場で申し上げることではございませんね。またの機会に致しましょう」
……何だろう? 何かレスティラウト様関連で無理難題でも出されるんだろうか?
ディッターで奇策を使って勝利し、ダンケルフェルガーがシュバルツ達の主になりたいという要求を退けて、再戦要求も寮監を通してお断りしたのだ。もしかしたら、人前では口にできないようなとんでもない無理難題を押し付けられるのかもしれない。
「それだけではなくて、その、わたくしとお友達になっていただけないかと思っていまして……」
もじもじとした様子でハンネローレがそう言った。わたしはブリュンヒルデへと視線を向けた後、ざっと青ざめる。
……マジで無理難題だった! まずい! 試供品がもうない! ハンネローレ様はずっとヴィルフリート兄様達と話していたから、リンシャンには興味がないものだと思ってたよ。どうしよう?
もしかしたら、大領地にはこちらから持参しなければならなかったのだろうか。全て試供品を配ってしまった後になって、大領地に「試供品が欲しい」と言われても困る。大領地らしく最初に主張して欲しいものだ。突然の無理難題にわたしは頭を抱えつつ、正直に述べる。
「ハンネローレ様、大変申し訳ないのですけれど、試供品はもう配り終えてしまったのです」
「……え?」
驚きに一度見開かれた目が伏せられ、ゆっくりと何度か頭が振られる。少し俯いたことで他の人からは表情が見えなくなったかもしれないけれど、ハンネローレよりも背が低いわたしからは、その今にも泣きそうなほどにガッカリした顔が丸見えだ。
……のおぉ! めっちゃガッカリした顔された! どうしよう? 助けて、ユストクス!
わたしが思わずグードルーンを振り返ると、ニコリと笑ったグードルーンが静かに歩いてきて、わたしの背後に立った。
「ローゼマイン様、ダンケルフェルガーのハンネローレ様は図書館によくいらっしゃるとソランジュ先生より伺っております。お友達の証として、姫様の本をお貸しするのはいかがでしょう?」
そっとわたしの肩を押さえながらグードルーンはそう言った。わたしが大きく目を見開いてグードルーンを振り返れば、間違いないというように一つ頷いた。一体いつの間にそんな情報をソランジュから得たのだろうかという疑問がほんの一瞬だけ頭を過ったけれど、すぐさま大事な情報に塗りつぶされた。
「まぁ! ハンネローレ様は本がお好きなのですか?」
「……え、えぇ、そうですね。嫌いではありませんわ」
顔を上げたハンネローレが頷いた。図書館を訪れる領主候補生はほとんどいないのに、ハンネローレはよく図書館に行っているらしい。講義を終えた頃から図書館で読書をするようになったのならば、わたしがエーレンフェストに帰った後くらいからハンネローレは図書館に出没していたのだろう。そんなすれ違いがなければ、もっと早く仲良くなれていたはずだ。
……おおぉぉ! 本好きのお姫様、発見! これは仲良くしたい。ぜひとも仲良くなりたい。これは英知の女神 メスティオノーラのお導きに違いない! ひゃっほぅ!
もうその場で神に祈りを捧げたいくらいにテンションが上がり、体内を魔力が駆け巡っていくのを感じていたが、さすがにこれだけ領主候補生がいる中、神殿育ちを悪しざまに言われた直後に祈りを捧げるのは躊躇われ、わたしは何とか我慢する。
「ハンネローレ様、わたくし、騎士物語をいくつか持っているのですけれど、戦いに重きを置いた物語と恋を中心にした物語とどちらがお好みでしょう? ダンケルフェルガーの領主候補生ですから、やはり戦いに重きを置いた物語の方がお好みですか?」
「わたくしはどちらかというと恋を中心にした物語の方を好んでおります」
少し考え込んだ後、ハンネローレはおっとりとした口調でそう言った。内気そうなハンネローレが恋物語を楽しんでいる姿は想像するだけで、とても和む。
……ハンネローレ様はどっちも好きだけど、恋物語がお好き。ふむふむ。
だったら、お母様が書いた恋愛中心の騎士物語を貸してあげて、感想を聞きながら、好みを探っていこう。なんだったら、一緒に本を作っても良いかもしれない。際限なく夢が膨らんでいくようだ。
「では、近いうちに届けさせますね。本が好きなお友達ができて、わたくし、とても嬉しいです」
わたしが満面に笑みを浮かべると、ホッとしたようにハンネローレも控えめで愛らしい笑みを浮かべた。そして、その後、ハッとしたように手を打った。
「あの、でしたら、わたくしからも代わりに何か本をお貸しいたします。ローゼマイン様はどのような本がお好みですの?」
……ちょ、どうしよう。ハンネローレ様は天使かもしれない。わたしに本を貸してくれる貴重な天使。英知の女神 メスティオノーラの御使い。あぁ、友よ!
興奮と喜びに身を任せ、今度こそ神に祈りを捧げようと手を挙げかけた瞬間、肩に置かれていたグードルーンの手にグッと力が籠った。「抑えろ」と言われているのが、その手の力でわかる。出口を求めて体内をぐるぐる回る魔力を何とか抑えつつ、わたしはハンネローレを見上げた。
「わたくし、本ならば何でもよいのですけれど、できればダンケルフェルガーに伝わっているような騎士物語や恋物語があれば、拝読したいです」
「わかりました。なるべく早く届けさせますね。どうぞ仲良くしてくださいませ、ローゼマイン様」
ほにゃっと嬉しそうに笑ったハンネローレが祈りを捧げようと中途半端に上がっていたわたしの手を両手で取って、きゅっと握った。
……何、この姫様! すごく可愛いんですけど! 可愛い本好き。どうしよう、わたし、最高のお友達を見つけてしまった!
ハンネローレの可愛らしい仕草にわたしもへにゃっと相好を崩す。
「こちらこそ、ぜひ仲良くしてくださいませ、ハンネローレ様。……あ……」
そこでわたしの意識が途切れた。
気が付いたら、わたしはベッドの中だった。昔から馴染みのある感覚に、わたしは溜息を吐く。
「……久しぶりにやっちゃった」
どうやらわたし、新しい素敵なお友達に興奮しすぎたようだ。祈りを捧げることも、魔石に魔力を移すことなく、体内を巡っていた魔力量はユレーヴェで元気になって拡大されたはずの許容量をパパーンと超えてしまったらしい。
……回復したら、本を持ってハンネローレ様に謝りに行かなきゃ。