Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (336)
情報の買取りとフィリーネ
「おかえりなさいませ、お姉様!」
転移陣を使ってエーレンフェストに戻ると、一番に駆け寄ってきたのはシャルロッテだった。次々と学生達が帰ってくる予定なので、わたし達は早目に転移陣から出る。
「ただいま戻りました、シャルロッテ」
「お姉様が一年生の最優秀を獲得したのでしょう? 素晴らしいです」
シャルロッテに褒められて、わたしは天にも昇る気持ちになった。「素晴らしいです」その言葉に全てが報われた。そんな気分なのである。
「来年もわたくし、最優秀を目指します」
シャルロッテに褒められるために、という言葉は心の中に秘めたままで、拳を握って決意表明すると、シャルロッテが一度目を見開いた後、わたしの真似をするように拳を握った。
「わたくしも一年生の最優秀を目指します。お姉様の妹ですもの」
「一緒に頑張りましょうね」
顔を見合わせて笑いながら待合室になっているところへと迎えば、先に戻ったヴィルフリート兄様とその側近達もまだいて、とても窮屈な状態になっていた。
「ヴィルフリート兄様、通してくださいませ。お部屋に戻りたいのです」
「すまぬ。皆、移動するぞ」
ぞろぞろとヴィルフリートと側近達が移動していく。わたし達も後続が来る前に移動し始めた。
「ローゼマイン!」
かなり遠くから響いてきたおじい様の声にわたしは「はい!」と手を挙げた。側近達に囲まれていたら、手を挙げても見えないかもしれないと思ったけれど、おじい様はちゃんと見つけてくれた。
「最優秀を取ったと聞いたぞ! よくやった。さすが私の孫娘!」
「おじい様、私も優秀者に選ばれたのですが」
「おぉ、コルネリウスもか。私の孫は優秀だな。素晴らしい。そぉい!」
掛け声とともに、おじい様はコルネリウス兄様を団体の中からガシッとつかんで両脇に手を入れて抱き上げるとブンと振り回して高く放り上げる。
「うわっ!?」
……成人に近いコルネリウス兄様を放り上げられるおじい様の筋肉って、すごい。
ほへーっと感心しながら見ていたら、わたしの両脇に大きな手が入ってくる。
「次はローゼマインだ。ほれ、高い高い!」
「おじい様、危ないっ!」
着地したコルネリウス兄様がすぐさまわたしに向かって飛び上りながら制止の声をかけるが、もう遅い。わたしはすでに放り投げられていた。
成人が近くて、上背も体重も成長中のコルネリウス兄様と洗礼式が終わったくらいの子供体型であるわたしでは全く重さが違い、投げられた時の勢いが違う。
「ひゃあああああっ!」
「うわぁっ!」
おじい様の焦ったような声が上がったのは、わたしが天井にぶつかる寸前だ。
危ないと声を上げた時にはすでに身体強化を使って飛び上っていたらしいコルネリウス兄様がマントを引っつかんで、引っ張ってくれる。天井にぶつかるのは何とか回避できたが、一瞬首が締められた感じで「けふっ」と苦痛の声が漏れた。
……死ぬぅっ!
マントを引っ張られたことで、わたしの体は方向をわずかに変えて、今度はコルネリウス兄様に向かって落ちていく。もう声も出ないまま、わたしは落下した。
「ぐっ!」
激突に近い状態のわたしを何とか受け止めてくれたのは、同じように領主と共に戻ってきていたお父様だった。グッと抱き上げて、そのままざっと怪我がないことを確認し、力が抜けてへたりこんでいるわたしをリヒャルダに任せ、おじい様を睨みつける。
「父上、突然ローゼマイン様に何をなさるのです!?」
貴族院から戻ったばかりのわたしの周囲は、わたしの側近だらけだ。おじい様の行動が孫娘を可愛がりたい行動だったのがわかるので、皆にじとっと睨まれるだけで済んでいるが、これを別の人がしていたら、領主一族の殺人未遂で即座に捕えられているだろう。
おじい様は目を泳がせた後、ポンと手を打った。
「いや、その、あれだ。コルネリウスにローゼマインを守れるだけの能力があるかどうか試しただけだ。コルネリウスは合格。うむ、さすが、私の孫」
あまりにもひどい誤魔化し方である。
「父上はローゼマインに近付かないでください。死にます」
「カルステッド!?」
「よく父上からローゼマインを守ったな、コルネリウス。ローゼマイン、転移酔いで投げられたのだ。今日はゆっくり休みなさい」
「はい、お父様」
目を回したわたしは、リヒャルダに抱き上げられて自室へと戻る。自室に戻るのに、側近達がぞろぞろとついて来るのが何とも不思議な気分だった。これからは城でも側近達がお仕事をするので、周囲はにぎやかになる。
「おかえりなさいませ、ローゼマイン様」
「ただいま戻りました、オティーリエ」
オティーリエが部屋を整えて待ってくれていた。わたしは整えられていたベッドでゴロリと横になる。まだ目が回っているようで、ちょっと気持ちが悪い。
……誰か、おじい様に手加減を教えてあげて!
その日は側近達も自分の荷物の片付けなどがあるので、実際に働き始めるのは次の日からだった。それぞれの自己紹介の後、城での護衛騎士達の任務の振り分けはダームエルを中心に考えてもらい、側仕え見習い達はリヒャルダとオティーリエから城での仕事を教えてもらう。わたしは文官見習い達と共に領主からの召集を受けているので、それに対応するための話し合いをすることになった。
「……そういう感じで、前回は情報の仕分けをし、必要な部署に買っていただきました。今回も同じように、騎士団や文官の上層部が同席しているはずです」
「では、集まっている情報を仕分けしていきましょう」
貴族院で集めた情報を買ってもらうのだ。今回は領主会議に向けて、色々な情報が必要になるはずなので、よく売れるだろう。
ハルトムートが情報の仕分けを始めたので、わたしはフィリーネに視線を向けた。
「寮の皆が写本してくれた分に関しても支払しなければなりません。誰がどれだけ写したのか、インクや紙をどれだけ使ったのか、控えてくれていますか?」
「はい。それはこちらにございます」
「ありがとう、フィリーネ。これを計算してください。お金を準備してもらえるようにフェルディナンド様にお願いしなければなりませんから」
わたしはフィリーネと一緒に、写本に対する支払料金の計算を始めた。写本をしてくれたのはエーレンフェストだけではなく、他領の者もいるようだ。
「……ローゼマイン様の提示された金額は普通に写本して得られる金額より高価でしたから、余裕がある他領の子もやりたがったのです」
「紹介料を取れば、写本の仕事を融通しても良い、と私がフィリーネに教えたのです」
ハルトムートには商才があるのかもしれない。フィリーネはその紹介料で結構儲けたようだ。何とか魔力圧縮のためのお金が貯まりそうです、と嬉しそうに微笑んだ。
部屋での仕分けが終わると、午後からは領地の上層部との交渉になる。全ての側近達を連れてぞろぞろと向かうわけにはいかない。側仕えはリヒャルダとブリュンヒルデ、文官はハルトムートとフィリーネ、護衛騎士はダームエルとアンゲリカとコルネリウス兄様を連れていくことになった。レオノーレとユーディットは午後からおじい様の特訓である。
「わたくしがお城でローゼマイン様の護衛任務に付けるのは一体いつになるのですか!?」
「ボニファティウス様の特訓は、領主一族の護衛騎士にとって大事な任務だ。しっかり鍛えてもらってくるといい」
貴族院でお留守番していたユーディットが菫色の目を潤ませ、ダームエルは慰めているのか、励ましているのか、どちらとも言えない言葉をかける。
ユーディットとレオノーレが特訓に向かうのを激励して見送ると、わたしは領主の執務室の近くにある会議室へと向かった。ヴィルフリートとその側近も同じように呼ばれている。わたしが不在の間の情報を得るためだ。
「では、今年は貴族院でどのような情報を得たのか、教えてもらおうか」
情報を集めた文官によって、流行の移り変わりや新しく発明された魔術具、各領地の警戒具合などが述べられた。それぞれに関して各部署の上層部が質問をしたり、去年からの進展について書き留めたりと話し合いは進んでいく。
そんな中、ハルトムートが報告する順番となった。
「旧ヴェローニカ派の子供達が接触することで、アーレンスバッハの内情についても少し情報が入っています」
「何!?」
ハルトムートからの報告によって、養父様が目を見張った。神官長は面白そうに唇を歪めている。
「これまではアウブ・エーレンフェストからの命令もあり、貴族院でも接触が控えられていたようですが、ヴィルフリート様のご入学により距離が縮まったように見えたので、それを利用させていただきました。……これはエーレンフェストに対する反逆行為になりますか?」
「いや、情報収集は重要だ。こちらからの接触が難しい以上、貴族院での情報収集は非常に助かる」
神官長に促されたハルトムートの報告によると、アーレンスバッハは現在、内情がガタガタなのだそうだ。
「いくつも手に入れた情報を繋ぎ合わせた結果、次期領主となれる領主候補生がほとんどおらず、領主を支える一族の魔力が激減し、領地が荒れているそうです」
「む?」
「荒れた領地の内情を詳しく述べる者はいないので、まだ詳細は不明ですが、現在の次期領主となれる領主候補生が二人で、そのうちの一人がゲオルギーネ様の末娘であるディートリンデ様のようです」
それはエーレンフェストの上層部が全く知らない情報だったようだ。ぎょっとしたように皆が目を剥いた。
「次期領主候補が二人、だと? あそこには以前第一夫人の子も第二夫人の子もいたはずだ。姉上にも子が三人はいたはずだぞ。一体何があった?」
「大領地にもかかわらず領地の順位を落としているのは、その辺りも関係あるのかもしれません。ディートリンデ様がアウブ・アーレンスバッハを目指して、アーレンスバッハの血を引くヴィルフリート様に近付いているのか、アウブ・アーレンスバッハになることを回避するために嫁ぎ先を探しているのか、まだわかりませんが、大変な状態になっているのは間違いないようです」
ハルトムートの言葉に神官長がこめかみを押さえながら、長い息を吐いた。そして、興味深そうにハルトムートを見る。
「思わぬ情報だった。お手柄だ。其方、名は?」
「ハルトムートと申します」
「其方、私のもとに来ないか?」
「ダメです、フェルディナンド様。ハルトムートはわたくしの文官ですよ。印刷業を担っていく大事な腹心なのです」
いきなりの大胆な引き抜きにわたしが待ったをかけると、ハルトムートはクスリと楽しそうに笑った。
「大変魅力的なお話ですが、お断りさせていただきます。ローゼマイン様の研究のためにはお側を離れるわけにはまいりません」
……しまった。神官長に預けて、離した方がよかったかも!
「ローゼマインの研究だと? 一体ローゼマインの何を研究するのだ? 確かに不思議の固まりだが……」
わけがわからないというように眉間に皺を刻む神官長にハルトムートはハキハキと答える。
「祝福の与え方に自分と差異があるようなので、その研究をしたいと思っています」
「どの程度進んでいるのか、一度見せに来なさい」
「ぜひ。神殿時代のローゼマイン様をご存知のフェルディナンド様にはお話を聞きたいと心から思っていました」
……ヤバい。なんか、ものすごいヤバい雰囲気の関係が築かれた気がする。
一部の変な暴走はさておき、貴族院で集められた情報にはその価値によって値段が付けられ、それぞれ配ることになった。わたしの写本に関するお金の支払いもまとめて行うことにする。
「何故、これほど急いでお金を支払うのだ? ゆっくりでも良かろう?」
「わたくしの魔力圧縮方法を知るためには自力でお金を稼いでください、と学生達に申し渡したからです。魔力圧縮の方法を教える前に支払いを済ませなくてはなりませんもの」
上級貴族に自分でお金を稼ぐことに対してケチを付けられたので、稼ぐ苦労を知ってもらおうと思って、と言うと呆れたような溜息を吐きながら、お金を準備してくれることになった。
「ところで、魔力圧縮を教える相手は決まったのですか?」
「あぁ。許可を出した者に関しては、すでに通達がなされている」
今回、魔力圧縮を教える相手はヴィルフリートを含めた領主一族の側近、そして、わたしの親族で許可の出たギーベの一家となっている。
おじい様、ライゼガング一家、ハルデンツェル一家、そして、わたしが約束したトラウゴット。トラウゴットに関しては難色が示されていたが、わたしは約束した以上教えたいと思っている。ここで約束を破って、妙な恨みを買いたくない。貴族院での生活はただでさえ大変だったのだから、これくらいの希望はあっても良いと思う。
「旧ヴェローニカ派の子供達に関してはどうなりました?」
「領主会議でのアーレンスバッハの出方と、その後の派閥の動きを見てから考えたいと思っている。様子を見つつ、契約魔術の内容をもう少し厳しくして契約するか、成人してから自分で派閥を決定するのか、当人に選ばせるという方向でどうだ? いくら親と切り離したいとはいえ、全くの制約なしというわけにはいかぬ」
「……それが皆の間で妥当だと判断されているならば良いと思います。わたしは旧ヴェローニカ派の子供達の道が完全に閉ざされているのでなければ良いのです」
いくら努力しても無駄になるのは可哀想だが、努力次第で何とかなる条件ならば、わたしに文句はない。わたしよりも派閥について知っている旧ヴェローニカ派の子供達はいきなり全てが認められると考えていないはずだ。
「二日後には支払料金の準備をしておく。……あぁ、そうだ。ローゼマイン、プランタン商会を呼んで、本を売るならば申請が必要だぞ」
「わかりました。申請しておきます」
そうだった。冬の終わりには本の販売もあるのだ。わたしは自分の書字板にすぐさまプランタン商会の申請と書き込んだ。
そして、すぐに申請をして、二日後は情報料の支払日である。貴族院で情報収集をした学生達が一室に集められ、わくわくした顔で並んでいた。わたしの側近達も一緒に並んでいる。わたしは支払いをする側にリヒャルダとダームエルを連れて座っているのだ。
去年と同じように、情報を買い取った各部署のお偉いさんからいただいているお褒めや励ましの言葉と共にお金を渡していく。
「騎士団長が喜んでおいででした」
「恐れ入ります」
そう言われてお金を渡せば、上級貴族の子も自分で稼いだお金に顔を輝かせているように見えた。やりきった笑顔が微笑ましい。
「ローゼマイン様、貯まりました」
「これで魔力圧縮を教えていただけますね」
「えぇ、次は魔力圧縮の講義でお会いしましょうね」
支払いが終われば、次の日が魔力圧縮の方法を教える日になっている。春を寿ぐ宴の日まで、日数がないので大変だ。
「ローゼマイン様、第四段階は教えてくださるのですか?」
すでに魔力圧縮の方法を知っているアンゲリカの関心は第四段階にしかない。そのためだけに講義を終えることができたのだから、当然かもしれないけれど。
「アンゲリカが合格したので、きちんと教えてあげます。でも、わたしの側近達だけに教えることになっているのですから、第四段階だけは別の日に側近だけを集めて教えるつもりです。他の皆が魔力圧縮の方法を覚えてからの話です」
自室へと戻りながら、わたしは本日の支払いについて話し合い、「皆、よく頑張りましたね」と自分の側近達を褒める。皆が笑顔の中、一番嬉しそうなのはフィリーネだった。
ハルトムートに教えられながらの情報収集はもちろん、写本でも頑張っていたので、その頑張りに見合った金額が与えられたのだ。
「フィリーネはご機嫌ですね」
「これで、わたくしも皆様と同じように魔力圧縮の方法を教えていただくことができますから」
フィリーネは頬を薔薇色に染めながら、目を細める。元々、決して裕福とは言えない下級貴族の家に生まれたフィリーネもフィリーネの弟も昔から欲しい物が手に入らなくて我慢することが多かったらしい。
今回も自分の親が魔力圧縮のためにお金を出してくれるとは思えなかったので、自分で必要な値段を稼げたことがとても嬉しかったようだ。
「特にお母様が亡くなって、新しいお母様がいらしてからは大変になりましたから……」
先妻の子であるフィリーネとその弟は辛く当たられることも多かったようだ。自分の母親から聞いていたお話が楽しかった幼い頃の大事な思い出で、それを形に残してくれる本作りに強い関心を持ったと言う。
「ローゼマイン様がお母様のお話を本にしてくださるとおっしゃってくださったことが、わたくしには本当に嬉しかったのです」
けれど、わたしは二年間眠ってしまい、本作りは中断され、忘れないようにお話を書き留めていく生活だったらしい。
「書き溜めていたお話も一度取り上げられたのです。でも、お父様が返してくださいました。わたくしが持っている紙はローゼマイン様がくださった物だから、と」
領主の娘に与えられた物を無下に扱っては、それがどのように巡り巡って自分達に災厄として降りかかるかわからない。だから、フィリーネの持っている紙には触るな、と言ったそうだ。
「夏に新しく弟が生まれました。弟よりも魔力が多いようで、その子を跡継ぎにしたいようなのです。弟が邪険に扱われるようになり、わたくしが貴族院に行ってしまったことで、弟がどのように扱われているのか、わたくしは心配でなりません」
フィリーネはわたしの側近となったので、希望すれば城に部屋を準備することができる。けれど、まだ洗礼式も終えていない弟ではどうしようもない。
「フィリーネの弟にもきっと神の御加護があるでしょう」
「恐れ入ります」
次の日、魔力圧縮を教える日、フィリーネは仕事をお休みした。体調不良だと親が連絡のために飛ばしてきたオルドナンツは「わたくしのお金を返してください」と遠くの方で叫ぶフィリーネの声を一緒に届けてくる。
「フィリーネを助けに行かなくては……」
「ローゼマイン様、もう魔力圧縮を知るために、たくさんの貴族が集まっています。フィリーネのところに向かう時間はございません」
ハルトムートが立ち上がりかけたわたしの肩を押さえてそう言った。
「では、このままフィリーネを捨て置けと言うのですか?」
「捨て置けとは申しておりません。ローゼマイン様が捨て置けるとも思えません。ですが、今日ばかりは後回しにするべきです。ローゼマイン様が慈悲深いことは知っていますが、たった一人の下級貴族のために大勢の上級貴族との約束を投げ出すことは許されません」
ハルトムートの言葉に、他の側近達も頷いた。
「原因となってしまったフィリーネが後で貴族達に何を言われるか……」
「ローゼマイン様の立ち回りで、フィリーネの評価まで変わりますよ」
「それに、お金を取り上げられただけで命の危機ではありません。緊急ではございません」
「魔力圧縮を教えるだけならば、第四段階を側近に教える時に一緒に教えることはできます。今は抑えてください」
口々に行くな、と言われ、ぎゅっと拳を握ったまま、わたしは「それでもフィリーネを助けたい」という言葉をぐっと呑み込んだ。
「貴族達に魔力圧縮を教えに行きます」
わたしが逃げ出したり、暴走したりしないように側近達に周りを固められて、魔力圧縮を教える部屋に向かう。その部屋にはすでに多くの貴族が集まっていた。ヴィルフリートを除く領主一族の護衛騎士にはすでに魔力圧縮を教えていたので、今、ここにいるのは文官や側仕えが多い。
魔力の伸びを考えると、子供の方が伸びが良い。そして、決して安い金額ではないので、親は受けずに子供だけが講義を受けるという人達もいるようで、若い人が多い。
例外は一番前を陣取っているおじい様と親族枠のギーベ夫妻くらいである。おじい様より高齢の老紳士がいるのに、わたしは目を剥いた。これから魔力を増やすつもりなのだろうか。
……魔力圧縮で体に負担をかけたら、ポックリいきそうで怖いんだけど。
「命の神 エーヴィリーベの厳しき選別を受けた類稀なる出会いに、祝福を祈ることをお許しください」
「許します」
わたしと面識のなかった貴族達が続々と挨拶に来る。フィリーネのことを考えると何とも言えない焦りが胸に湧いてくるが、それを顔に出すわけにはいかない。貼りつけた愛想笑いで挨拶を受けていく。
最も高齢のおじいちゃんがよぼよぼしながら、前に進み出てくる。介護者が必要な状態で、わたしの前に跪いた。
「命の神 エーヴィリーベの厳しき選別を受けた類稀なる出会いに、祝福を祈ることをお許しください」
「許します」
「前ギーベ・ライゼガングでございます。こうしてローゼマイン様にお会いできたことで、このじいはいつ死んでも悔いはございません」
……涙ぐんだいきなりの挨拶が重い! 命懸けだ。
こそこそとリヒャルダが教えてくれた情報によると、わたしに会えたことを涙ながらに喜ぶよぼよぼのおじいちゃんはカルステッドお父様の祖父に当たる方で、本当にいつ死んでもおかしくないような高齢の方で、引退してもう社交界に出ることもなく館にいるのが常らしい。
「曾孫にあたるローゼマイン姫様をどうしても一目見るのだ、とライゼガング伯爵に無理を言って来たそうです」
……なんと、ひいおじいちゃん!?
そんな存在は麗乃時代でも見たことがない。生きて出会えた奇跡という感じだ。
「曾祖父様にお会いできて、わたくしもとても嬉しいです。……えぇっ!?」
わたしが挨拶で贈る祝福の光を捧げると、ひいおじいちゃんが目を閉じて、そのまま倒れた。バタッと音を立てて。
一瞬シンとした周囲が騒然となり、慌ててひいおじいちゃんは運び出されていく。
「わたくしが祝福の魔力を与えたからでしょうか?」
「大丈夫です、姫様。よくあることですから」
わたしは初めて自分の目の前で誰かに倒れられる経験をし、これまでトラウマを植え続けてきた周囲に心から謝った。