Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (339)
販売会と反省会
「文官見習いとして実務を経験していなければ、文官にはなれぬ。君の希望は図書館司書だろう? 印刷業の仕事を優先しなさい」
それぞれの家庭問題に踏み込んでお節介を焼いて、社会システムをひっくり返して大混乱に陥らせる前に、まずは自分の仕事を片付けろ、と神官長に諭された。
「目の前に迫っている城での販売会からだ。プランタン商会への通達は終わっているのか?」
「大丈夫です。工房も準備できているとフランから知らせは受けています」
わたしが寝ている間もシャルロッテとダームエルが神官長に話を通して、プランタン商会は毎年城で本の販売していたようで、恒例になっているそうだ。
今年も何人ものお客様が来て、本を買って行った。
おそらく誰の目にも一番印象的だったのは、購入順の最前列を陣取っていた前ライゼガング伯爵に違いない。この間、わたしの祝福と共にぶっ倒れたのが、復活していた。なんと介護者を連れて、杖を使ってよろよろと歩きながら、プランタン商会の前まで行き、「全てを一冊ずつ」と全種類購入していったのだ。
初っ端から大金がどどんと出てきたことに、ベンノ達が一瞬目を見張ったのがわかった。最初の品数が少なかった頃はともかく、品数が増えている今になって、全種類をまとめ買いする客はいない。
「リヒャルダ、曾祖父様はお金持ちなのですね」
「今のところ本の作成者が姫様とエルヴィーラ様なので、自分のひ孫達の本の購入を自分でしたかったそうですよ。やっと回復したばかりなので、ライゼガング伯爵がとても心配しておられました」
……ちょっと、ひいおじいちゃん、頑張りすぎ! また倒れるんじゃ!?
いつ倒れるのか、ハラハラしながら見守っていたわたしは、自分を見守る周囲の気持ちが嫌になるほどよくわかった。
……これは心臓に悪い。「もういいから、おとなしくしてろ」って怒られるはずだよ。捨てちゃった自重、探してこなきゃ。
そんなハラハラする時間を過ぎると、新しく洗礼式を終えた子がカルタやトランプを欲しがり、本を買う大人がやってくる。女性客が多くて、物語の一番人気はお母様が書いた恋愛系騎士物語である。
貴族院の恋物語も人気だ。こちらはお茶会で幅広い世代の奥様方から聞いた話を元にお母様が書いた物なので、「この物語はあの人とあの人では?」「これは聞いたことがある」と懐かしさに目を細めながら、どの世代でも何かしら盛り上がれる話があるらしい。
そして、今年の目玉商品は「ローゼマイン特選レシピ集」で、全体の商品の中で一番売れた。これはエラとフーゴが作りやすさや基本料理などを選び、ニコラがレシピを一生懸命に書いて、ヴィルマが絵を描き、ハイディの研究したインクを使って作られた初めてのカラー本である。ついでに、最後のページにはイタリアンレストランの宣伝も載っている。
初めてのカラー印刷はガリ版印刷で行われた。黒一色に比べると非常に時間と原価がかかるものだ。工房の印刷係がぐったりしていたとギルから報告を受けている。重ねる色がずれないようにするのが非常に大変だったそうだ。
全部で十種類のレシピが載っている薄い本だが、これまでの本の中で最も高い。それでも、コンソメの作り方やパスタ料理などが載っているため、冬の社交界で城の専属料理人達が作る料理を食べた貴族達はこぞって欲しがった。ちなみに、天然酵母の作り方は載せていないので、ふわふわパンはまだ城でしか食べられない。
もちろん、今までの調理法とかなり違うので、料理人が本当にその通りに作れるかどうかはわからない。火加減や時間なども慣れが必要だとエラ達は言っていた。
「では、明日は朝食を終えたら神殿へ一度戻る。プランタン商会との面会のためだけなので、夕食までには城に戻ることを念頭に置いて準備しなさい」
「かしこまりました」
神殿の孤児院長室でプランタン商会と反省会をし、次に印刷する物やハルデンツェルへの出張について話し合いをすることになっている。
販売会の時に孤児院への召集はかけておいたし、その場で話し合いたいことをまとめているので、と渡した書類には家族への手紙も一緒に挟み込んでおいた。久し振りにルッツやベンノと会うための準備はバッチリだ。
「私も神殿での話し合いに参加したいです、ローゼマイン様」
ハルトムートがそう発言した。わたしが咄嗟に思ったのは、やだなぁ、だった。この間神殿で手紙を書くのをじっと見られていた時と同じように、取り繕った態度しかできなくなる。これからはずっとこんな感じになるのだろうか。
……せっかくルッツ達に会えるのに。
前回は神殿へと連れて行ったのに、今回はダメだと言えるだけの理由がない。わたしが仕方なく同行を許可しようとしたら、神官長は難しい顔で首を振った。
「駄目だ。明後日に行われる各地のギーベが推薦する文官達との会議の後から、正式に印刷業に関する仕事が動き出す。それまではアウブ・エーレンフェストの許可が出ていないので、今回は同行させぬ。製紙工房や印刷工房を作るために必要な物や手続きを書き出して、文官達に配れるように書類の準備をしておきなさい」
「かしこまりました」
神官長はそう言ってハルトムートとフィリーネに仕事を割り振ることで、要望を却下する。ハルトムートには悪いけれど、わたしはものすごくホッとして、神官長とまだ許可を出していないちょっと仕事が遅い養父様に祈りたくなった。
……大丈夫。本当には祈っていない。顔はちょっとにやけたかもしれないけどね。
次の日、わたしは神官長と一緒に神殿へと戻る。護衛騎士はダームエルとアンゲリカで、未成年の護衛騎士達は城でお留守番だ。その間はおじい様の見習い向け特別訓練が行われることになっている。
「騎士見習い達のためにも早く戻ってください、ローゼマイン様。おじい様がずいぶんと張り切っているのが不安でなりません」
領主一族の護衛騎士としておじい様の訓練を受けたコルネリウス兄様は、騎士見習い達が死んでしまうかもしれないと不吉なことを呟きながら、見送ってくれた。
……わたしがいたところで、おじい様の手加減に変化があるとは思えないけど。
神殿に着くと、すぐに部屋へ神官長がやってきて、4の鐘から行われるプランタン商会との反省会の事前打ち合わせだ。
「プランタン商会への質問事項や申し渡しはこの程度か……」
わたしは、神官長の言葉を書字板に書き込みながら、「そうですね」と答える。
「おそらく下町の整備や文官の選出など、下町側で決まっていること、疑問に思っていること、要望などもあるでしょうから、報告会が終わったらアウブ・エーレンフェストへの面会も必要になると思います」
「今から面会予約を入れておきましょう」
わたしの言葉にさっとユストクスが動く。
神官長と一通りの打ち合わせを終えると、フランがお茶とお菓子を運んできた。ダームエルが前回食べられなかったことを嘆いていたので、今日もクレープだ。しかも、今日は生地を作る時にパルゥジュースも使っている贅沢なクレープである。
甘すぎる物は得意ではない神官長はクリーム控えめでルムトプフが多めで、わたしはパルゥの果肉が刻んで混ぜられているクリームが少し多めに入っている。パルゥの果肉を噛むと、じゅわっと果汁が染み出てきて何とも幸せな気分になれるのだ。
甘くておいしい冬の甘味だが、もうパルゥが実をつける季節は終わったので、これが今年最後のパルゥになる。
「……また新しいお菓子が増えたのか」
「中に入っている物が少し違うだけで、クレープ自体はずっと前からありましたよ」
少しお菓子を食べた後、神官長はコトリと盗聴防止の魔術具を取り出した。わたしはそれを手に取って握る。
神官長がわたしを憐れむように少しだけ表情を歪めた。
「孤児院長室の隠し部屋が使えるのは今日が最後だ」
これからは文官が同行するようになるので、周囲の者を払って、特定の商人だけを隠し部屋に入れるようなことはできなくなる。
そう続けられた神官長の言葉がずんと重く圧し掛かってきた。それはわたしがハルトムートに同行したいと言われた時に、一瞬心に浮かんだことと同じだった。もう、無理だろうな、と思ったのだ。
「……神官長がハルトムートの同行を止めてくれたのは、ルッツ達とのお別れの時間をくれるつもりだったからですか?」
「突然取り上げられるよりは、自分なりの区切りをつけた方が良いと思ったからだ」
神官長は溜息交じりにそう言った。
「貴族院に入るまでは家族と過ごせるはずだった君を引き離すことになった。その不安定さを埋めることができるならば、とこれまでは目溢ししてきたが、君はもう貴族院に入学した。これからはどの打ち合わせにも文官がついて歩くようになる。これ以上の目溢しは難しい」
「……そうですね」
ギリギリまで、本当にギリギリまで神官長は待ってくれていたのだろう。それがわかって、わたしは何も言えなくなった。
「何よりも、間近に迫った春を寿ぐ宴ではヴィルフリートとの婚約発表もある。婚約者のいる女性が平民の男を隠し部屋に招くのは非常に外聞が悪い。プランタン商会の評判にも傷が付く。それは君の本意ではないだろう?」
「……はい」
貴族達の無茶振りに応えながら、必死で店を大きくして、エーレンフェスト内を走り回っているベンノやルッツ、そして、グーテンベルク。彼らの仕事をわたしが台無しにしてしまうわけにはいかない。
「今日はユストクスを同行させる。ユストクスは君の事情を知っているし、プランタン商会ともすでに繋がりがある。私が同行するよりはいくらか甘えやすいだろう?」
今日の反省会では、次の文官達が集まる会議で議題にあげなければならないことを話すので、文官を誰もつれずに向かうことはできないらしい。
「わかりました。ユストクスを連れて行きます」
本当にきちんと別れられるのか。その確認のためにユストクスが同行するのだろう。わたしはコクリと頷いた。
4の鐘までにわたしは孤児院長室へと移動した。今日は昼食を交えてゆっくりと話をすることになっている。
「今日の時間を指定したのは神官長なのですよね? 4の鐘だなんて珍しいです」
「少しでも時間を長くとってやろうというフェルディナンド様の計らいですよ」
「神官長の優しさは回りくどくてわかりにくいです」
「今に始まったことではございません。フェルディナンド様は基本的に回りくどくてわかりにくいです」
ユストクスがそう言って肩を竦めた。洗礼式を終えたばかりの神官長に付けられた側仕えはヴェローニカの息のかかった者ばかりで、嬉しく感じるものは取り上げられ、苦手に思うことは強要されるような生活だったそうだ。そんな幼少時代を過ごしてきた神官長は周囲に悟らせない無表情を身に付けることで、自分を守ってきたらしい。
「フェルディナンド様から見れば、姫様は感情が筒抜けで、裏表がない単純、いえ、とてもわかりやすいのです。その上に、貴族らしい回りくどい言い回しをすると明後日の方向で理解するので、姫様に対してはずいぶんとわかりやすい態度を取っていると思います」
……あれでわかりやすかったら、わたしなんてどれだけわかりやすいんだろうね。
むぅと唇を尖らせていると、プランタン商会の面々がやってきた。フランが二階へと案内してくれて、挨拶をしている間にニコラが料理を運んでくる。
「今日はマルクもルッツも一緒に食べましょう。給仕はわたくしの側仕えがいたしますから」
同席しているユストクスとわたしを戸惑うように見比べるルッツにギルが給仕に付いた。
「ローゼマイン様のご招待です。どうぞおかけください」
ギルの言葉にルッツがハッとしたように頷いて、丁寧な動きで座る。わたしが眠っている二年間に神殿で行儀作法を習っていたと聞いていたが、本当にきちんと作法が身についていた。
ベンノに初めて昼食に誘われ、マナーなど欠片もなく、出された料理をガツガツと食べていたルッツの姿は全く見当たらない。
そして、ほとんど大人と言っても良いギルは「孤児院で一番の悪童で反省室の常連だった」なんて、すぐには信じられないくらいに完璧な側仕えになった。与えられた仕事を放棄して反省室という言葉が結びつかない程、よく働いている。
目覚めてからずっとバタバタと忙しくて、こうしてゆっくりと向き合う時間がなかった。
よく見てみれば、二人の成長は著しくて、離れたくないな、と考えている自分がひどく子供っぽく思える。泣いてすがりたくなるわたしと違って、きっと二人は離れなければならない事情を述べれば、それを受け入れることができるに違いない。
「まずまずの売れ行きでした」
昼食が始まり、前菜を食べながら、城での販売会の話が始まった。本の販売は基本的に城で行われるので、印刷協会の会長であるプランタン商会が今のところはまとめて引き受けることになっているらしい。
「レシピ集がよく売れたみたいなので、次はフーゴやエラ、イルゼの新作レシピ集を作ると良いかもしれませんね。それぞれに作って、売れた分の一割をレシピ代として渡せば、色々とレシピも増えるかもしれません」
「ですが、エーレンフェストでは少し売り上げが落ちてきています。貴族にある程度行き渡ったという理由が大きいのでしょうが……」
本を購入できる者はそれほど多くない。プランタン商会としては、そろそろ新規の客を開拓したいと思っているそうだ。だが、そのためには養父様の許可がいる。
わたしはコンソメスープを飲みながら、他領に広げていける本と売り出したくない本を頭の中で分けていった。
「貴族院での好成績を維持したいので、聖典絵本とこれから作る参考書はまだ売りません。それ以外の騎士物語や楽譜などは売り始めることも考えています。ただ、今年の混乱状態を考えると来年になるでしょうね。印刷工房を増やさなければ、対応できなくなると思いますから、今年は数を増やす方に力を入れてください。後は参考書の印刷ですね」
今年の混乱状態という言葉にベンノが難しい顔で深く頷いた。混乱状態は下町の方がよほど大変なことになっているようだ。
「それから、行儀作法に関する本はほとんど売れていないみたいなのですけれど……」
せっかくトゥーリが考案したという行儀作法に関する本はほとんど売れていなかった。こっそりと売れ行きを観察していたわたしは、ちょっとガッカリしたのである。
ルッツが「あぁ、そちらは客層が違うのです」とふわふわパンを手に取りながら、目を細めた。
「決して売れ行きは悪くありません」
「そうなのですか? どこに売れているのですか?」
「良い教師を雇うことができない下級貴族や貴族と付き合いのある富豪、それから、貴族と付き合いがある直轄地の町長や村長に売れています」
すでに行儀作法を身に付けている者しかいない城では需要がないけれど、別のところでは売れているそうだ。
「ハルデンツェルに向かう途中にある直轄地の村や町では、ハッセの町の出来事を例に出して、知らないと大変なことが起こるかもしれない、と言いながら売り歩きました」
ルッツが得意そうに「とてもよく売れました」と唇の端をニッと上げたことで、わたしは思わず笑ってしまった。それは買わざるを得ないだろう。前神殿長のやり方に馴染んでいるのはハッセだけではない。他人事ではないのだから。
「城での売れ行きを見てみますと、貴族の方々に受け入れられる物語はハルデンツェルが強いようです。ローゼマイン様のお母様が書かれた物語が一番よく売れています」
マルクがすね肉の酒煮込みに目を細めながら、そう言った。
お母様は貴族女性の心を鷲掴みなのだ。多分、派閥補正も入っているだろうけれど、貴族だからこそ貴族に受け入れられる話が書けるのだと思う。
「ハルデンツェルに売り上げで少し負けているのが現状です。エーレンフェストの強味も欲しいですね」
子供用聖典もカルタやトランプの玩具も大半の子供達が手に入れてしまったので、これから先の伸びは少ないだろう。これから数年後を見据えて、参考書作りもするが、すぐに利益になる物も欲しい。
そんなベンノの言葉にわたしは肉を切り分けながら、少しばかり考え込む。
「文具の充実に力を入れてはどうでしょう?」
「本や紙に関係する文具とは一体どのような物を指しているのですか?」
「紙をまとめておくための『ファイル』や『バインダー』のような物です。他には商人向けに書式を印刷した注文書などを作っておくのはどうですか? これからは他領からの商人がたくさん来ることになるのですもの。予め書式を決めておくと良いのではありませんか?」
それぞれの書き方で記入されている書類を処理するのは大変だから、と説明すると、マルクがしみじみとした顔で何度も頷いた。自分達が処理しやすいように書いてもらうのも一苦労らしい。
「そういえば、ギルド長からの質問もございます。取引する領地を限定すると伺いましたが、許可を得た商人と得ていない商人をいかにして見分ければよいのでしょう?」
プリンのデザートが出てくると、ベンノはプリンをスプーンで突きながらわたしを見た。
これまでは来た商人と取引するだけでよかったが、これからは選別が必要になる。誰にでも売れる程の数がないから、領地を選別するのだから。
「……それは少し考えなければなりませんね。オットーには意見を聞きましたか?」
「領地によって様々だとしか言えないそうです。何より、領主からの命を受けて取引するような商人のことまでは詳しく知らない、と」
オットーやギルド長でさえ、それほど詳しくはない商人同士のことはわたしにもわからない。
「ひとまず他領がどのようにしているのかを調べてみた方が良いかもしれませんね。もしくは、エーレンフェスト独自の物を作って、他領に真似できないようにしておいた方が確実でしょうか……」
わたしの頭の中にパッと思い浮かんだのが、朱印船貿易だ。アウブ・エーレンフェストが朱印状を渡した商人だけが取引できるようなシステムを作れば、判別は可能ではないだろうか。
ただ、どれだけの量を発行しなければならないのか、本当にそれが有効なのか、わたしの常識で判断するのは危険だ。
「ひとまずアウブ・エーレンフェストに伺ってみます。領主同士の取り決めがあるかもしれませんから」
「よろしくお願いいたします」
……やっぱり誰かと一緒に食べるご飯は美味しいな。
そんな感想を抱いて、多分、ルッツと一緒に食べる最後の昼食を終えた。プランタン商会のベンノとは会食の機会があっても、ルッツと食事をするのは無理だ。もしかしたら、十年後くらいにはできるのかもしれないが、わたしにはとても遠く感じられる。
「ローゼマイン様、こちらが今回の売り上げに関する資料で、こちらが下級文官に関する意見、こちらが街並みを整備することについてまとめられた資料です」
「助かります。アウブ・エーレンフェストに届けておきますね。こちらはアウブ・エーレンフェストからの申し渡しです」
ベンノの言葉を受けて、ルッツが資料を差し出した。その資料の束の中にこっそりと手紙が挟まっているのを確認したわたしは、すぐに資料の束を文箱に入れて蓋をする。
同時に、ルッツへと渡した資料の中に封筒があるのをルッツが見つけて目を細めたのがわかる。
……もしかしたら、この手紙のやりとりも最後になるのかな?
覚悟していても心が痛む。泣きたい気持ちを押さえつけながら、わたしはフランに命じて隠し部屋の扉を開けてもらった。
「フラン、あちらの部屋へ参ります。ベンノ、マルク、ルッツに大事なお話があるのです。護衛騎士はダームエル、側仕えはギルとフラン。……そして、文官はユストクス」
隠し部屋へと入るメンバーの最後にユストクスの名が挙がった瞬間、ルッツが「信じられない」というように大きく目を見開いた。マルクは軽く目を伏せ、ベンノは「とうとうこの日が来たか」というようにきつく目を瞑る。
フランが開けてくれている扉の向こうを一度見て、わたしはルッツに精一杯の笑顔を向けた。
「大事な、お話なのです」