Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (34)
痛恨のミス
トロンベ以外の材料を使った黒皮の天日干しと同時に、今日は鍋と灰を持って行って、紙にする分の白皮を鐘一つ分くらい煮込む作業をする。
鍋と今日使う分の灰だけならそれほど重くないのか、ルッツの足取りは軽い。
川原まで歩いてから、わたしは背負っていた籠のふちに引っかけるようにして、黒皮を干していく。その間に、ルッツは鍋の準備を始めた。石を組んだ竈に水を入れた鍋を置いてから、薪を拾いに行く。
「いいか、マイン。絶対に鍋の側を離れるなよ」
「もうわかったって!」
鍋も灰もここではすぐには手に入らない大事な物で、金銭価値がある。それに、ここまで作ってきた白皮も盗られたら困る物なので、わたしみたいな役立たずでも荷物番は絶対に必要なのだ。
最近ちょっと採集に力を入れ始めて、うろうろとするようになったわたしは、ルッツに何度も釘を刺される羽目になっていた。
「わかったって言いながら、マインは興味がある物を見つけたら、すぐにふらふら行っちゃうからな」
「ルッツが戻ってくるまでここにいるから、早く行ってきて」
わたしが森に入り始めた頃、重たいので籠を置いて、奥に入っていこうとしたら、トゥーリとルッツにものすごく怒られた。日本と違って、自分の荷物を置いて、目の届かないところへ行くなんて、絶対にしてはならないことなのだ。
だからこそ、森に向かう子供達はみんな自分が背負える籠や背負子を持って出かけて、自分が持てる分しか採集しない。
ルッツが手早く集めてきた木で火を付けると、また薪を拾いに行く。
わたしは黒皮が天日に当たるように、影の移動に合わせて籠の位置を時々調節しながら、鍋の様子を見ていた。
「沸いてきたか?」
「うん、そろそろいいと思う」
ぐつぐつと沸いてきたお湯に灰と白皮を入れると、かき混ぜる物が必要になった。しかし、そんなものは準備してきていない。
のあぁぁ、また足りないものを発見しちゃった。
いかに自分の想像力が貧困なのか、よくわかる結果に落ち込みつつ、何かないかな、と周りを見回す。
「ルッツ、鍋を混ぜるために同じくらい長さの棒を二つ作ってほしいの。木は皮が剥がれて混ざりそうだから、できれば、竹だったら嬉しい。この近くにあったよね?」
「竹で棒を作るんだな? わかった」
ルッツに竹を割って、削って即席で作ってもらった菜箸で、わたしは鍋の中を掻き回す。
竹ひごを作ろうと奮闘したせいか、ルッツの竹細工の腕が上がってるなぁ、なんて感心していたら、ルッツの小さな呟きが聞こえた。
「……そんな棒でよく混ぜれるな」
「ぅえっ!? あ、あぁ、うん。器用でしょ?」
えへっと笑って誤魔化しながらも、背中にぶわっと吹き出す冷汗は止まらない。
和食がないこの世界には当然箸も存在しない。箸を持てる人も、まずいない。鍋を掻き混ぜるために、当たり前のように菜箸を作ってもらったり、握り箸でもなく、普通に箸を持てたりする幼女なんているはずがない。
うわぁ、なんかルッツが微妙な顔をしている。
気のせい、気のせい。気のせい、だよね?
そう自分に言い聞かせながら、鍋を混ぜる。指摘を受けて、突然握り箸に変更する方が怪しい。このまま突き通すしかないけれど、心臓がバクバク言っている。
ああぁぁぁ、わたしのバカバカ!
自分から怪しんでって言っているのと同じじゃない!
なるべく普通の顔を装って、白皮を煮込み続けてからしばらくたつと、微かに鐘が響いてきた。そろそろ時間的にはいいはずだ。
煮込んだ白皮を川にさらして、灰を流す。それと同時に天日に当てる。天日に当てると皮が白くなるそうだ。この世界の植物にも当てはまるかどうかは知らないが、ひとまず記憶を頼りにやっていくしかない。
「このまま、また丸一日置いておくね」
「ん。わかった」
綺麗な白い紙を作るために、白皮は川でまたもや丸一日放置だ。ルッツは鍋を洗った後、わたしと交代で採集をする。
わたしもちょっとだけ毒物採集の割合が下がった。この調子で覚えていこう。
次の日は白皮の取り入れが紙に関するメイン作業だ。
基本的には森で採集をして、帰る時間が近くなってきたら白皮を川から引き揚げる。白皮を持って帰るため、鍋の代わりに家から桶を持って行くが、作業としてはこれだけだ。
「明日からは倉庫で作業だからね」
「そうか。じゃあ、今日の採集はしっかりしておかないとダメだな」
ルッツに選別してもらった食べられる茸と、ルッツに採ってもらった実り始めたメリヤの実をいくつか、それから、煮詰めてジャムにするためのクランをたっぷり採集した。
採集途中に何度か味見もした。日本の果物に比べたら、すごく酸味が強いけれど、周囲に甘い物がないのだから、美味しく思えるのだ。
次の日は森に行かず、倉庫前の井戸の前で作業をする。予定としては数枚分なので、
塵取
りから
紙漉
きまで一気にやってしまいたい。
塵取りは白皮の繊維の中の傷や節を取り除く仕事で、これが紙の美しさを決める。座りこんでできる仕事なので、わたしが担当することにした。
わたしがちまちまと繊維の傷を取っている間に、ルッツはエディルの実の皮を剥いて、潰して、水につけて、トロロ作りをする。
「なぁ、マイン。トロロって、こんなもんか?」
「……うーん、多分。粘りは出てるから大丈夫だと思うけど、正直よくわからないんだよね。繊維を混ぜる時の粘りで考えてみるよ」
繊維の塵取りが終わったら、繊維をバンバン叩いていく。樫のような堅い角棒で、白皮の繊維が綿のようになるほど叩きまくる。材木屋で買った角材を手で持つ部分だけ削って、手を傷めないように、家から持ち出した雑巾をぐるぐると巻いた角棒で、ルッツがバンバン叩く。
これはルッツの仕事だ。力のないわたしがやったら、邪魔にしかならない。
今回は試作品で繊維の量自体が少ないから、時間はそれほどかからなかったけれど、量をこなすようになると、大変だろう。
たたきほぐされた繊維をたらいの中に入れ、トロロを加えた後、水を少しずつ入れながら粘りを調節していく。
本来は
馬鍬
とよばれるクシのような道具でよくかきまぜるのだが、今回は量が少ないので、ルッツに菜箸をもう二組作ってもらって、6本の細い棒でプリンを作る時のように掻き回す。
……確か、牛乳パックの再生紙の時に糊を入れた後はこんな感じだった、と思う。
職人でもないわたしに感覚で調節なんて出来るわけがないけれど、何とか記憶を引っ張り出して、紙が漉けそうな
船水
を作った。
この後はいよいよ
簀桁
で紙を漉く作業に入る。
「ハァ、やっとわかるところにきたよ」
家庭科の再生紙作りは牛乳パックを煮込んで、つるつるしたポリエチレンの部分を剥がして、ミキサーにかけて、洗濯糊を加えて、漉いて、乾燥させるという簡単手順だった。
わたしが経験したことがある紙作りで、和紙と共通するのは、この漉く部分からだ。
やっときた、わたしのターン! うなれ! わたしの経験値!
「ホントにわかるのか?」
ビシッと簀桁を構えたわたしにルッツがやや首を傾げて、至極疑わしそうな表情になった。
そりゃ、確かに、曖昧なところも多いし、実際やってみたら足りない道具も多いけど、それは経験がなかったせいだもん。
全く信用されていないことに少しばかりムッとしながら、わたしは幼女のぽっこりお腹をグッと反らした。
「まかせて! したことあるから」
「……いつ、どこで?」
眉を寄せたルッツの尖った声に、一瞬、心臓が凍った。
「っ!?……お、おおお、乙女の秘密っ! 探っちゃダメだよ!」
ぅわあああああぁぁぁぁ! わたしのバカバカ! 何言っちゃってんの!? ルッツの視線がじとってしてる。こっち見てるよ。ああぁぁぁぁ! 最大級の自爆!?
そんな心の絶叫は愛想笑いで誤魔化しつつ、簀桁を船水に入れていく。指が少し震えているが、見ないふりだ。
簀桁の手前から舟水をくみこみ、簀桁を動かしながら紙を漉く。
「なんで、そうやって動かすんだ?」
「それはね、動かすことで、均等な厚みの紙になるからだよ。あとは、紙の厚さや種類によって、この作業を数回くり返せばいいの」
「ふーん、したことあるから、わかるのか?」
じっと探るようなルッツの目がわたしの表情の変化を見逃すまいと突き刺さってくる。こういう時にどう答えれば誤魔化せるのかわからない。
黙って手を動かすか、話題を無理やり逸らせるしか、わたしにはできない。
「あ、あのね、ルッツ。今回はこの作業の回数を変えて、紙の厚みがどう変わるかも試してみたいと思ってるんだけど、いい?」
「……あぁ」
突然の話題転換に何か思うところがあったのか、手元と顔に何度も行き来するルッツの視線が更に厳しくなったことを感じながら、わたしは紙を漉いていく。
あああぁぁぁ、何か自爆に自爆を重ねてる気分……。
漉き終わったら、桁から簀を外し、簀にろかされた紙を
紙床
に移す。
「紙床に移す時は先に重ねてある紙との間に空気が入らないように注意してね。こうやって端から丁寧に重ねるの」
「やってみる」
ルッツがもう一つの簀を桁に挟んで準備し、紙を漉き始めた。葉書サイズで小さいので、ある程度簀を動かしてやれば、ちゃんと均一になる。
ほぼ無言で、わたしはルッツと交代で漉いていった。
数枚の紙ができる分と思って、白皮を準備したのだが、目算は完全に失敗していたようで、最終的に10枚の紙が漉けた。
まぁ、多い分にはいいか。
「今回は少ないけど、多くても少なくても、一日分の紙を紙床に重ねて丸一日ほど自然に水を切るの」
「その後はどうするんだ?」
「ゆっくりと重石で圧力をかけて、さらに水をしぼるんだよ。丸一日重石を置いたままの状態にしておけばいいから。そうしたら、トロロのねばりけが完全になくなるんだって」
「へぇ……。よく知ってるな。やったことがあるんだっけ?」
ぅわぁ、ルッツの目が痛い。
これは完全にバレたよねぇ。自爆しちゃったってことだよねぇ。
わたしってホントにバカ。
しかし、ルッツは目を細めてわたしを睨んだり、何か考え事をしたりするだけで、決定的な何かを言ってくるわけではなかった。
これ以上自爆したくはないので、わたしも無駄口を叩かないように淡々と紙作りをする。
誤魔化すのは、すでに失敗してるだろうし、開き直ってぶっちゃけるのは、あまりにもリスクが高い。
紙ができたら、きっと何か言ってくるんだろう、と予測しているけど、ルッツがどの辺りまで気付いていて、何を言ってくるのかわからない。
対処方法は前に考えたもので、基本的に問題ない。
痛いのも嫌だし、怖いのも嫌。そういう展開になりそうなら、身体の奥の熱を解放してさっさと呑みこまれて、消えてしまえばいい。
ここ最近、身体の中の熱の力が強くなってきている気がするから、熱が広がって呑みこまれるまでに、それほど時間はかからないと思う。
でも、困ったことにあの時と違って、強烈な心残りができてしまった。
後は乾かすだけだから失敗しそうな要素はないし、せっかく紙ができるんだから、消える前に本が作りたい。
本が作れるまで、何とか時間稼ぎできないかな?
時間を稼ぎたい。とりあえず、本を作るまで、何とか猶予を作りたい。そんなことを考えながら、ぎくしゃくとしたまま、作業は続く。
次の日はほとんど会話もないまま、森まで歩いて、黒皮を川につけてきたり、採集したりした。
帰りに倉庫へ寄って重石を乗せたが、やることはそれほど多くないので、どうしてもルッツの動向が気になって仕方ない。
ルッツもちらちらとわたしの様子を伺っているのが視線でわかる。
「なぁ……」
「何? どうかした?」
ルッツの呼びかけに思わずビクッと身体が震える。冷静に、何事もなかったように、と思っていても、思った通りに行動なんてできない。
びくびくしながら、ルッツの言葉を待っていると、ルッツはガシガシと乱暴に金髪を掻きむしった後、口を開きかけて、また閉じた。
「……何でもねぇ」
「そ、そぉ?」
自分がまいた種なので、どうしようもないことはよくわかっているけれど、このままの状態が続くのも、正直居心地悪い。
次の日、今回は忘れずに板を持って行って、黒皮の外皮を剥がした。
トロンベの皮と違って、ものすごく皮を剥がしにくい。繊維がボロボロになる。これは、別にわたしが不器用だということではなく、ルッツも同じような感じだ。
トロンベの繊維では良い手応えがあったけれど、この素材で本当に紙ができるのだろうか。
「……素材が違うから、難しいね」
「あぁ、そうだな」
ボロボロになった繊維が今の自分達の関係のようで、溜息を隠せない。
「これで白皮を乾燥させたら、しばらく保存できるよ」
「ん。なぁ……」
「何?」
「……いや、今はいいや。紙ができたら言う」
それだけ言って口を噤んだルッツに、わたしも小さく頷いて、覚悟を決めることにした。
わたしがマインではないとルッツは気付いていて、糾弾しようとしている。だって、ルッツはあの自爆から、わたしのことを「マイン」と呼ばなくなった。
紙が出来上がったら、一体どんな風に詰られるのだろうか。何と罵られるのだろうか。
わたしの想像力が逞しすぎるお陰で、だんだん想像の中のルッツの悪口雑言が容赦なくなってきた。自分の想像に心を抉られて、項垂れる。
いくら何でも、ここまで言うなんて、ルッツ、ひどいっ! 妄想でも泣くよ! 泣いちゃうよ!
次の日は、倉庫で作業だ。まず、前日に作った白皮をわたしとルッツの籠に引っかけて外に出す。
次に、プレスし終わったものを紙床から一枚ずつ丁寧に紙を剥がして、板にはり付けていく。
「本当は刷毛で丁寧に空気を抜くんだけど、これも注文忘れてたね。失敗、失敗。葉書サイズだから、丁寧にやれば、何とかなるでしょ」
「……お前、忘れてるもの、多すぎだぞ」
じろりとルッツに睨まれたけれど、最近想像上のルッツに罵詈雑言を吐かれ続けているわたしとしては、この程度ではびくともしない。軽く肩を竦めて、受け流す。
「次に作る時までに、ルッツが忘れずに準備してね。……そんなことより、これを天日で乾かしたら完成だよ。天日にさらすことで白さが増すんだって」
ルッツが外に板を持ちだして、日に当たる場所で壁に立てかける。その後、ルッツは井戸で紙床を洗うと、紙が張り付けられた板と並べて干した。
よく晴れた青い空の下、白い紙が並んで貼りついている光景はコントラストが美しく、これが本になるのか、と考えただけで満足の息が漏れてくる。
「ふはぁ、紙だ。ちゃんと紙になってる。……ホントにできた」
「おい……」
「夕方までには乾くよ。乾いたら破れないように丁寧に剥がして出来上がりだからね」
紙の出来上がりを目前にして、ほんの少しでもルッツと向き合う時間を先延ばしにしたいと思ったわたしの心境を感じとったのか、ルッツが苛立ちを顔に出した。
「もう、出来たも同然だろ?」
「……まぁ、そうだけど……」
「オレ、紙ができたら、話があるって言ったよな?」
とうとう糾弾の時が来たようだ。
怒りを露わにするように、ルッツの緑の瞳が強い光を帯びている。
グッと唇を噛みしめて、何と言われても立っていられるように、わたしは身体中に力を入れて、ルッツと向き合った。