Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (343)
文官との顔合わせ
春を寿ぐ宴が終わると貴族達は自分達の土地へと順次戻っていく。その前に印刷業に関わる文官、印刷業に関わるギーベから選出された代官との顔合わせをしておかなければならない。
宴の翌日、わたしは印刷業や製紙業に関わる文官との顔合わせへと向かうことになっていた。
しかし、春を寿ぐ宴の最後に出たわたし達の婚約発表により、蜂の巣をつついたような騒ぎとなってしまった。
それも当然だろう。冬の間にわたしを次期領主に押し上げようとライゼガングを中心にまとまっていた者達にとっては、冬の間に集めた情報が霧散したも同然だ。婚約したことで、これからの勢力がどのように変わるのか、また情報を集め直さなければならない。
そして、旧ヴェローニカ派でわたしを快く思っていない者達にとっても、婚約話はわたしが中枢に深く関わることが決定したようなもので、どのように動くことにするのかを話し合うことが必要になるはずだ。
朝食を終えた頃には、わたしの元へ緊急と記された大量の面会依頼が届き、側仕え達が右往左往し始めた。どれだけの重要人物からどれだけの依頼をもらっても、わたしは応じることができない。保護者達に関わることを止められているのだ。
「わたくし、どのように対応すれば良いのか、まず、アウブ・エーレンフェストに伺わなくてはなりませんから、面会に関しては全てお断りしてくださいませ」
「姫様、簡単にお断りできる相手ばかりではございませんよ」
リヒャルダは差出人の名前をずらりと並べた。神官長から「ローゼマイン派になっている」と評された親戚関係の名前がたくさんある。尚更、面会の前に打ち合わせが必要だ。
「フェルディナンド様、どうしたらいいですか?」
オルドナンツを飛ばして、わたしは対処を神官長に丸投げすることにした。戻ってきた回答は、文官との顔合わせを終えたら、神殿に戻る、というものだった。好都合なことに、冬の成人式と春の洗礼式が行われる。二年振りに復活したわたしは、神殿長として神事をこなさなくてはならない。
……面倒事から逃げられてラッキーなんて思ってないよ。神殿長だからね。仕方ないよね。いやっふぅ!
「わたくし、本日の顔合わせが終わったら、神殿へと戻ります。面会は残念ながらできません。本当に心苦しいのですけれど……」
「姫様、少しは残念そうな顔をしてくださいませ」
リヒャルダがそう言いながら、面会依頼の手紙に断りを入れていく仕事を上級貴族であるブリュンヒルデとオティーリエに任せると、リーゼレータと共に顔合わせに向かう支度を始めた。いずれ、文官だらけの会合の場に出るのはリーゼレータに任されるようになるらしい。
「印刷業や製紙業に関わる文官は中級から下級貴族が多いと伺っております。上司ならばともかく、上級貴族の側仕えがいると周囲が緊張してお仕事が捗りませんからね」
リヒャルダはそう言った。
ちなみに、今日はわたしも文官見習いとして出陣である。文官見習いとして経験を積まなければ、文官にはなれない。文官になれなければ、司書にはなれないのだ。
実は、どうせ実習をするのならば城の図書室に勤務したいと神官長に希望を出したのだが、「馬鹿者」と怒られた。トントンとこめかみを叩きながら、「印刷業を広げる事業の責任者が何を言っている? 君の実習の配属先は製紙業と印刷業だ」と言われたのである。
……ルッツとも約束したし、わたし、全力で製紙業と印刷業を育てていきたいと思います!
「フィリーネ、一緒に頑張りましょうね」
「はい、ローゼマイン様」
同じく文官として初出勤になるフィリーネに笑いかけると、少し緊張した顔でフィリーネは頷いた。城に部屋を得たことで、接する時間が増え、フィリーネとの距離が少し近くなった気がする。
「ハルトムートはすでに別の部署で実習をしていたので、文官としては先輩になるのでしょう? わたくしにも色々と教えてくださいね」
「教えられることがあれば何なりと。……ただ、製紙業や印刷業に関して、私が教えられるようなことは特にないと思います。むしろ、私が教えを乞う立場になるのではないでしょうか」
ハルトムートがそう言って苦笑した。
側仕えはリヒャルダとリーゼレータ、そして、護衛騎士はダームエルとアンゲリカとユーディットを連れて行く。
コルネリウス兄様とレオノーレには会議の間に情報収集をしてもらえるように頼んでおいた。二人ともライゼガングの親戚筋なので、城の中に放っておけば、あちらから近付いて来る可能性が高いのだ。
レッサーバスで本館へと移動し、顔合わせが行われる部屋へと入ると、すでにお母様が来ていた。いつものような豪華な衣装ではなく、仕事をすることを重視し、それほど袖がひらひらとしていない文官のお仕着せを身にまとっている。
書類を眺めている姿勢とその横顔のキリッとした雰囲気から、できる女のオーラが漂っていて、わたしは感嘆の溜息を吐いた。
「お母様」
「ここではエルヴィーラと呼ばなければなりませんよ、ローゼマイン様」
「失礼いたしました。エルヴィーラ、今日の予定に変更はございませんか?」
今回は顔合わせとこれからの予定についての説明をし、グーテンベルクの移動、製紙業を教えるための灰色神官達の移動時期について話し合うことになっている。
「特に変更点はないと思います」
貴族街の文官達は下町の整備を含めてギルド長やプランタン商会と話をすることになっているし、各ギーベから派遣されてきた文官達はグーテンベルクの受け入れ態勢を整えなければならないので、どちらの文官もかなり忙しくなることだけは確実だ。
「下町の者との会合は神殿で行うので間違いございませんか?」
「城で行った方が良い場合もあるでしょうから、絶対に神殿と決める必要はないと思っています。ただ、下町の者にとって、城よりも近付きやすい場所ですし、文官にとっても完全に下町に下りることに比べると妥協できる場所ではないかと思ったのです」
「一度訪れてみれば、悪い場所ではないとわかるのですけれど、その一度が大きいでしょうね」
貴族にとってあまり良い印象があるところではありませんから、とお母様が呟き、その後、一枚の紙を取り出した。
「ところで、ローゼマイン様。こちらの納本制度の導入というのは何でしょう?」
「そちらに記しているように、出版物をエーレンフェストの図書室に納入することを印刷協会に義務づける制度のことです。アウブ・エーレンフェストからの許可はすでにいただいています」
印刷物の全てを集める納本制度。印刷業を広げる上で、これは最も大事な制度だとわたしは思う。
「その時、その時の生活や文化が大きく反映される本は文化を記した宝物なのです。そう、エーレンフェストの貴重な財産。そんな本を集めて、整理して、保存するのは、領主の子であるわたくしの義務ではありませんか」
熱を込めた主張に側近達がポカンとした顔をしているのが目に映ったけれど、わたしの口は止まらない。止められない。ここでお母様に納本制度を否定されたり、却下されたりしては困るのだ。
「いずれは、『全国書誌』を作成するつもりですし、導入しておけば、『著作権』の登録を行うことも比較的容易にできるようになりますし、わたくしはするつもりがないのですけれど、検閲を行うこともできるようになります。網羅的収集のためには義務的な納本制度が絶対に必要なのです!」
グッと胸を張って自信たっぷりに言い切ると、お母様は頬に手を当てて軽く息を吐き、書類の一部分を指差す。
「その部分は理解できました。有用性があることも認めます。わたくしが理解できないのは、エーレンフェストの図書室だけではなく、エーレンフェストの聖女への納本が義務付けられているのが何故かということです」
……ルッツの負担を減らすためです。
ルッツは作られた本を全てわたしに届けてくれると言ったけれど、ギーベが主導で始めた印刷工房に一々取りに行くのは無理だし、毎回取りに行けば何のために、と言われるだろう。本一冊一冊が高いのに、わたしのために本を工房から集めて回るのは無理だ。
だったら、わたしがルッツのところへ自動的に本が集まるような制度を作ってしまえばいい。納本制度を導入すれば、自動的に本はプランタン商会が協会長を務める印刷協会に集まってくるはずだ。ルッツは集まった本をわたしに納める。わたしは受け取ってそれを読む。
完璧である。
「わたくしは自分が本を読むために印刷業を始めたのです。今は自分の工房とハルデンツェルの工房だけなので、全ての本が献上されていますけれど、印刷が広がり始めると、献上されない土地も出てくると思うのです。自分が広げた印刷業で作られた本ならば、全て集めるのが普通ではありませんか」
「普通でしょうか?」
お母様が疑わしそうにわたしを見たけれど、わたしは笑顔で頷いた。これから作られる全ての本はわたしの物であるべきだ。わたしは自分の夢を最高の形で手に入れるためにはごり押しさえも辞さない。
「普通なのです。ですから、印刷協会に納本制度を導入し、自動的に手元に集まってくるようにすれば良いと思ったのです。それに、途中から導入すると反発も出ますが、最初から導入されていれば、当たり前のこととして受け入れられるでしょう?」
「ローゼマイン様の優秀さを別の方向に使えれば、と頭を抱えていたフェルディナンド様のお言葉を実感いたしました」
お母様と話をしていると、ヴィルフリートとシャルロッテも側近を連れて入ってきた。
「何の話をしていたのだ?」
「平民である商人達との話し合いの場所と納本制度についてです。話し合いは神殿で行うことになりそうですね」
二人の側近の文官達は一瞬嫌そうに顔をしかめたけれど、ヴィルフリートとシャルロッテは軽く頷いただけだった。
「下町へと向かうのは無理でしょうけれど、神殿ならば良いのではございませんか?」
「神殿は変な臭いもしないし、おいしいお菓子が出るので、私は構わぬぞ」
祈念式や収穫祭で必ず寄るところなので、二人にとっては多少馴染みがある場所になっているらしい。貴族達が忌避して、領主一族には馴染みがあるというあべこべさに少し笑いそうになった。
「では、ヴィルフリート様とシャルロッテ様にお仕事の内容をご説明いたしますね」
お母様が二人に任せる仕事について説明していく。
シャルロッテとその側近には下町から上がってくる改善点や要望など、下級文官がまとめたものを確認し、アウブ・エーレンフェストの許可が必要な物に関しては許可をもらってくるというように、城での仕事を任せる。
ヴィルフリートとその側近には製紙業や印刷業を始めるための準備ができたという連絡が届いた時に、現地へと向かってその最終確認を行ってもらう。
「……どうしてお兄様が最終確認に向かうのですか?」
「ヴィルフリート様がすでに騎獣を持っているからです。馬車でゆっくりと向かう余裕はございません。それに、領主一族の確認が入るとなれば、あちらも真剣に仕事をします」
ヴィルフリート達の確認で問題ないとされれば、わたしがレッサーバスでグーテンベルクを現地に運ぶのだ。
「大量の人や荷物を載せる騎獣は今のところローゼマイン様しか使えませんから、グーテンベルクの移動はローゼマイン様にお任せいたします」
「エルヴィーラ、其方、ローゼマイン様に平民を運ばせるというのですか!?」
ヴィルフリートとシャルロッテの側近がぎょっとしたように目を剥いた。
「わたくしも驚きましたけれど、ローゼマイン様はこれまでそのようにしてきたそうです。時間効率を重視するならば、そのままで良いかと考えました。グーテンベルクを運んで回るのも、エーレンフェスト内に印刷業が広がるまでの期間ですから」
ある程度印刷業が広がれば、近くの土地から派遣してもらうことになっている。グーテンベルクが領地内を飛び回るのは初期だけだ。
3の鐘が鳴り始めると、ぞろぞろと文官達が入ってきた。すぐに顔合わせが始まる。
平民とある程度話ができることを前提に集められた貴族街の文官達は三名。全員がギルド長の推薦だ。わたしが顔を知っているのはヘンリックだけだったが、温厚そうな顔ぶれが並んでいることに、ちょっとだけ安堵する。
そして、印刷業や製紙業に関心があるギーベが送り込んできた文官がやってきた。ずらりと並ぶわたしとヴィルフリートとシャルロッテとその側近達を見て、顔を引きつらせる。
普段は田舎で平民と気心知れた貴族と仕事をしている者達には驚きのメンバーだろう。
「おかけになって」
お母様が席を勧め、皆が席に着いたところで、印刷業と製紙業の開始が宣言される。そして、自己紹介がされる。わたしは名前と所属とその特徴を書き留めながら、祈念式の時にもう一度会うことになるハルデンツェルの代官の顔を覚える。
代官達向けにハルトムートが作成した資料を配り、グーテンベルクを招く前にしておく準備をお母様が説明する。平民達との交渉が多いことやハルデンツェルで起こった小さな諍い、上手く進める方法などを付け加えて、貴族視点で話をしていた。わたしにはできない芸当である。
「ローゼマイン様のグーテンベルクにはエーレンフェストの街での仕事もあります。時間を無駄にすることがないように、できるだけ準備は徹底しておいてくださいませ」
そして、下町との連絡を取りもつ下級文官達には神殿でも打ち合わせを行う、とお母様が述べていく。領主一族であるわたしや神官長が生活している場であること、神事の手伝いでヴィルフリートやシャルロッテも出入りしていることを付け加え、忌避感を少なくしておく。
「領主の会議の後には他領の商人が多く出入りするようになります。他領から侮られないように、街の整備もしなければなりません。商業ギルドのギルド長であるグスタフに基本は任せますが、下町だけの問題ではなく、他領の貴族にはわたくし達の整備が足りないと思われるということを念頭に置いてくださいませ」
「準備が終わった代官はシャルロッテ様にオルドナンツで連絡してください。その連絡のあった順番や時期をシャルロッテ様が調整し、ヴィルフリート様が視察に参ります。それで問題がなければ、ローゼマイン様が騎獣でグーテンベルクを連れて行きます」
やはり領主の子であるわたしの騎獣で平民を運ぶということには驚かれたけれど、わたしはグーテンベルクの騎獣移動を止めるつもりはない。
「平民を運ぶことに難色を示す方もいらっしゃるようですけれど、わたくしが運んででも効率を上げなければならない程、製紙業や印刷業を広げることはエーレンフェストにとって急務で重要な仕事なのです。皆様にはそれだけ重要な新事業に関わっているという自覚を強く持っていただきたいと思います」
煽るだけ煽った話し合いが終わると、わたしは側近に周りを囲まれたまま部屋へと戻る。北の離れへと移動するので、ヴィルフリートとシャルロッテも一緒だ。
「ローゼマイン、其方のところにも面会依頼が山のように来ているのではないか? 誰と面会するのか決まっているのか?」
ヴィルフリートのところにも面会依頼は多く、側仕えはその対処に追われているらしい。
「面会依頼はたくさん届いていますけれど、わたくしは冬の成人式と春の洗礼式のために、この後すぐに神殿に向かわなければなりません。貴族の皆様への対応は養父様と養母様、それから、婚約者であるヴィルフリート兄様にお任せいたしますね」
「ローゼマイン!?」
「頼りにしておりましてよ、婚約者様」
わたしがヴィルフリートに丸投げするのを見ていたシャルロッテが口元を押さえてクスクスと笑う。
「お姉様の神殿でのお勤めを邪魔するわけにはまいりませんもの。お兄様、しっかりなさって」
わたくしが手伝って差し上げてもよろしくてよ、とシャルロッテが悪戯っぽく笑うと、ヴィルフリートはムッとしたように口をへの字にした。
「自分でする」
部屋に戻るとすぐに神殿へと戻る準備だ。すでにオティーリエとブリュンヒルデが荷物をまとめて、料理人や専属楽師に連絡を入れてくれているらしい。
「一週間ほどで戻りますから、留守をお願いいたしますね。何かあればオルドナンツを飛ばしてくださいませ」
「ローゼマイン様、私も神殿へ御伴いたします。儀式では祝福なさるのでしょう? ぜひとも拝見したいです」
ハルトムートは橙の目を輝かせて言っているけれど、残念ながら神殿への同行を許されるようになっても、礼拝室に入ることはできない。
「神事には神殿関係者以外立ち入り禁止です。護衛騎士でさえ、礼拝室や儀式の間には入れないのですから、ハルトムートも入れませんよ」
「そんな。私は一体どうすれば……」
「お仕事をすればよいと思いますよ」
忙しくしてショックが少しでも和らぐように、ハルトムートには大量の仕事を残しておいてあげようと思う。わたしはとっても側近思いな主なのだ。
印刷業に関しては上司となるお母様へプランタン商会やギルド長からの報告書を渡しておいてもらい、フィリーネの教育を任せる。
「フィリーネはこれまでの製紙業や印刷業での利益についてまとめられた書類の準備をしておいてくださいね」
「わたくし、まだ書類の書き方が……」
「大丈夫です。ハルトムートが教えてくれます。ね?」
ハルトムートは苦笑しながら、承諾してくれた。大量の仕事を積み上げたつもりでも、さらりとこなしてしまうハルトムートは侮れない。
文官達への仕事の割り振りを終えると、わたしは側近達を見回した。
「これは城に残る皆にお願いしたいのですけれど、余裕があれば、城内の貴族の声を拾っておいてください。大人と子供、男女、側仕え、文官、騎士ではそれぞれ集められる情報も違うでしょうから」
「かしこまりました」
神官長から「準備はできたか」というオルドナンツが飛んでくる。「完了です」と答えて、わたしはダームエルとアンゲリカ、フーゴとエラ、それから、ロジーナを連れて神殿へと戻った。
「おかえりなさいませ、ローゼマイン様」
フランとモニカが出迎えてくれる。陰謀渦巻くとまではいかないけれど、ピリピリとした雰囲気の城にいるよりも、ずっと気が楽だ。
「神官長、わたくしが書いた小説をこの春から印刷したいと考えているのですけれど、問題ないか、確認していただいてよろしいですか?」
わたしの知っている話を下敷きにお母様の貴族院物語を真似て書いた恋愛小説がこちらの常識に合っているのか、チェックしてもらわなければならない。シンデレラが却下されたのだ。確認してもらうことは必須だろう。
「あぁ、確認しておこう」
春から参考書も印刷してもらうつもりだが、すぐには売りに出さないので、すぐに売れそうな本も必要になる。お母様の恋愛小説が貴族女性に受けているならば、わたしも便乗しておこうと思ったのだ。
わたしは神官長に原稿を渡すと、自室に入り、側仕え達の報告を聞いていく。
「フーゴとエラの結婚に関する話ですが、やはり神殿に夫婦の部屋を作ることはできません」
「そうですか。では、神殿にいる間は別室で過ごしてもらうか、下町に部屋を準備して通ってもらうしかありませんね」
頼んでいたことを調べてくれていたザームを労いながら、わたしはフーゴとエラの結婚について決めなければならないことを決めていく。
「ローゼマイン様、神官長がいらっしゃいました。先程お渡しした原稿の件でお話があるそうです」
何とも苦い顔の神官長が部屋に入ってきた。無言で原稿をわたしの執務机にバサリと置いて、その横にコトリと盗聴防止の魔術具を置く。
……決定的にダメだったっぽい。
何も言われなくても没を食らったのだけはよくわかった。盗聴防止の魔術具を出してくれるということは、その理由をじっくりと教えてくれる気になっているということだろう。
わたしは盗聴防止の魔術具を握りこんだ。フランが準備した椅子に神官長が座って、わたしと視線を合わせる。
「ローゼマイン、破廉恥にも程があるぞ。こんなものを君の名で印刷するなどとんでもない!」
「は、破廉恥!? どこがですか!?」
わたしは神官長と自分が書いた原稿を見比べる。
お母様が書いていた貴族院の恋愛話を元に、立場の違いですれ違い、最終的に結ばれる恋愛小説だ。視線が合ってドキドキ、手が触れて赤面、意中の相手に仲の良い女子が出てきて心がズキズキ、最終的には思いが通じ合ってキスシーンで終わる、実に少女小説らしいお話に仕上がったはずなのに、破廉恥呼ばわりされてしまった。お嬢様相手の小説なので、過激な表現など全く使っていないはずなのに、意味がわからない。
「主役二人が触れ合う場面、全体的に、だ! 何故このように卑猥な表現をするのか理解に苦しむ。君は本当にエルヴィーラの本を参考にしたのか?」
「参考にしました。貴族院物語を元にしています」
わたしは神官長に貴族院物語を突きつけて主張した。ちなみに、イラストは神官長以外の顔の本である。
神官長がお母様の本をパラパラと流し読みして、あるページを開き、わたしに向かって差し出した。
「君が参考するべきはここだ」
神官長が示したページは3ページに渡って神様を称える詩が出てくるところだった。いまいち意味がわからなくて、わたしが流し読みしたところだ。
「これが何ですか?」
「二人の触れ合いを書くならば、これを参考にしなさい」
眉間にくっきりと皺を刻んだ神官長によると、ちょっとしたやりとりのときめきシーンが全部ダメらしい。お母様の小説にはやたら神様を称える詩が出てくると思ったら、その部分がラブシーンだったのだそうだ。
……インド映画か!?
男女が出てきて見つめ合ったかと思えば、いきなり群舞のコール・ドが湧いて出てきて、歌とダンスが始まるインド映画のようではないか。ダンスの切れは良いし、踊りとして見て楽しむことはできても、わたしにはインド映画のストーリーが理解できない。
「何が言いたいのかというと、君の表現は直接的で淫靡すぎる」
少女向け恋愛小説を書いたら官能小説扱いされてしまった。誠に遺憾である。
「領主候補生がそのような破廉恥な話を出版するなど言語道断だ」
「常識に大きな隔たりがあることがよくわかりました。わたくし、自分で恋愛小説を書くのは止めておきます。作家を育てた方が良さそうです」
「そうしなさい。これは破棄しておくように」
ラブシーンでいきなり神を称え始める恋愛小説などわたしに書けるわけがない。これは作家の育成を急がねばならないようだ。
……でも、少女小説レベルのラブシーンでこの反応って、本物の官能小説を読ませたらどんな反応されるんだろうね?