Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (344)
神殿での生活
とりあえず、わたしは常識が違いすぎるので、何か書いた時は必ず持ってくるように、と神官長はくどいくらいに念を押して帰っていった。
わたしは「はい」と返事をしつつ、破廉恥呼ばわりされた小説を鍵のかかる書箱に入れて、封印しておく。破棄を命じられたけれど、もしかしたら、日の目を見る時がいつか来るかもしれない。
「フラン、厨房へ行ってフーゴとエラを呼んできてくださる? 先程決まった話をしてしまいたいのです」
「ローゼマイン様、料理人に声をかける時には側仕えを挟んでいただきたいのですが」
「ごめんなさいね、フラン。でも、結婚に関することですから、直接お話した方が良いと思うのです。フランはもちろん、ここにいる側仕え達はわからないことの方が多いでしょう?」
わたしがそう言うと、仕方なさそうにフランが溜息を吐いた。仕事に関することならば、フラン達側仕えを間に挟んでも問題ないが、結婚などの生活に関する話はフラン達を挟むとまどろっこしいことになる。
「失礼いたします」
エラとフーゴが恐縮しながら入ってきた。緊張している二人にフランが今日はわたしが直接話をすることを説明し、一歩下がる。平民が直接会話するので、護衛騎士の二人はわたしの背後にピッタリとついていた。
「二人とも貴族院でのお勤め、ご苦労様でした。毎日たくさんの料理を作るのですから、大変だったでしょう? 学生達は皆、おいしいと喜んでいました。おそらく、わたくしが貴族院に通う間は共に向かうことになると思いますけれど、よろしくお願いしますね。……それで、本題は二人の結婚に関する話なのですけれど……」
二人の顔が引き締まった。コクリと息を呑む音が聞こえる。わたしは二人を安心させられるようにニコリと笑った。
「二人の結婚自体は問題ありません。この夏に行うならば、わたくしが祝福いたします」
「ありがとうございます!」
「ただ、住むところが問題なのです。城には結婚している下働きもいるようで、夫婦用の部屋があるそうです。城では二人で一室使えるように申請しておきますが、神殿の中に夫婦の部屋を作ることはできません。神殿にいる間は今まで通りに別の部屋を使うか、通いで大変になるとは思いますけれど、下町の部屋を借りて、そちらで生活をしてください。部屋を借りたとしても、忙しい時期には仮眠できるように、神殿の部屋はそのまま維持しておきます」
わたしはフランに視線で合図して、準備しておいてもらったお金を持って来てもらい、それを二人に渡す。ジャリと音がする袋の中を見て、フーゴがぎょっとしたように目を剥いた。
「こちらは冬の間ずっと貴族院で頑張ってくれた出張手当とわたくしからの結婚祝い金です。結婚準備の足しにしてくださいね」
「……こんなに、良いのですか?」
「えぇ。それから、祈念式の期間は例年通りフーゴに同行してもらうことになります。ですから、明日から祈念式まではフーゴを休みにし、祈念式の間はエラを休みにします。それほど長くはないお休みですけれど、結婚準備を整えてください。本当ならば、二人一緒に休ませてあげたいところですけれど、さすがにそういうわけにはいかないのです。ごめんなさいね」
「いいえ、お心遣い、感謝します」
結婚準備は大変だ。部屋を借りて、家財を入れなければならない。結婚式である星結びの儀式が夏に行われるのは、新郎新婦が冬支度の時期までに生活を整えるためである。夏ならば、布団の上掛けがなくても眠れるし、食料も豊富で、薪も冬程は必要ない。冬に向けて二人で準備をするためには時間が必要なのだ。
エラとフーゴの場合は神殿や城にも部屋があるので、下町の部屋は寝る場所と割り切って部屋を準備すれば、寝室の準備だけで何とかなるのかもしれない。けれど、その寝具のシーツや布団などの布製品を準備するのは新婦で、冬の手仕事で布を織るところから始めなければならない。結婚が決まった女性は冬の間に必死で布を織って、新生活の準備をするのだ。だからこそ、裁縫上手が美人の条件になる。
「エラは貴族院でお仕事をしていたから、布類を準備する時間がなかったでしょう? 大丈夫ですか?」
「母が織ってくれると言っていました」
仕事一直線のエラを心配した母親が冬の間に織ってくれることになっていたそうだ。それで足りなかった分に関しては中古で何とかすることになるらしい。
……エラには春の貴色に合わせた髪飾りでも贈ろうかな? 新しい調理器具の方が喜ばれそうだけど。
エラは成人式の時を貴族街で過ごしたため、神殿の成人式に出席できていない。今回の星結びの儀式が初めての晴れ着姿になるはずなのだ。わたしの専属だし、せっかくなので、それほど高価ではない髪飾りを贈るのも良いかもしれない。
「そのような段取りでよろしくお願いしますね」
「失礼します」
話を終えて二人が下がると、次はフランやザームと一緒に成人式と洗礼式の打ち合わせをする。冬の成人式と春の洗礼式の間はおよそ一週間あるので、その間は神殿でゆっくりできそうだ。
「孤児院の様子はどうですか? コンラートは馴染めたかしら?」
ヴィルマとの連絡役を買ってでていて、側仕えの中では一番孤児院へ頻繁に出入りしているモニカが、前に出て報告を始める。
「ヴィルマによると、数日間は人の足音に怯える様子を見せていたと報告を受けています。……貴族として育てられていたにしては、コンラートには青色神官のように権力を笠に着るところがありません。むしろ、孤児院に来て、ホッとしているように見えました」
これまでがよほどひどい扱いだったのだろう。シュタープに怯える姿を思い出して、わたしは軽く溜息を吐いた。
「コンラートが少しでも安心して過ごせているならば、それに越したことはありません。モニカ、孤児院と工房を一度見ておきたいので、明日の午後に見回りに向かうとヴィルマとギルに伝えておいてください」
「かしこまりました」
モニカは頷くと、連絡してきます、と退室していく。
わたしは自分の覚書を取り出して、神殿で行うことに目を通すと、祈念式について書かれたメモ用紙をザームに差し出した。
「祈念式で直轄地を回る時の分担について、ヴィルフリート兄様やシャルロッテと話し合ってきたのです。その結果を神官長に伝えてください。不都合があれば、早目に連絡しなければ、二人にも準備期間が必要ですから」
「今年はローゼマイン様がいらっしゃるので、フランは付けられません。シャルロッテ様に誰を付けるのかについても話し合って参ります」
「えぇ、お願いします」
ザームが退室すると、わたしは文箱に納められている手紙に目を通していく。プランタン商会やギルベルタ商会、そして、ギルド長からも手紙が届いていた。
ギルド長からの手紙には、下町の整備に関する問題で他領を回る旅商人達の話を掻き集めたり、街を美化するために奮闘したりした結果が書かれていた。
「これは神官長に報告して早急に答えを出した方が良いかもしれませんね。明日のお手伝いの時に少し時間をいただきましょうか。……フラン、これからプランタン商会とギルベルタ商会と商業ギルドのギルド長に向けて手紙を書くので、ギルに届けるようにお願いしておいてください」
「ローゼマイン様、今日はもう休憩されるのが良いのではございませんか? お顔の色が良いとは言えません。活動されるのでしたら、魔術具を外す訓練をいたしましょう」
フランが目を細めてそう言った。自分では体調は悪くないと思っていたので、フランに指摘されて、わたしはビックリして自分の顔に手を当てる。
神殿に戻ってきたのに体調を崩して、成人式で祝福ができなかったら、神官長に何と言われるか。わたしはおとなしくフランの提案を受け入れることにした。
「わかりました。おとなしく休憩します。冬の間に印刷できた新しい本を持って来てくださいませ」
次の日からわたしは久し振りの神殿生活を送ることになった。起きて朝食を終えたら、奉納舞とフェシュピールの練習を行い、3の鐘で神官長の部屋へとお手伝いに向かう。
「ローゼマイン様、神官長のお手伝いに参りましょう」
フェシュピールの手入れと片付けをロジーナに任せ、わたしはフランとザームとモニカと一緒に神官長の部屋へと向かう。護衛騎士の二人も一緒だ。
アンゲリカはいつも通り扉に張り付くようにして、一人護衛の仕事をし、ダームエルは神官長に指示された仕事を片付けていく。
「神官長、こちらが商業ギルドのギルド長から届いていたのです。早急にご相談した方が良いと思いまして……」
わたしはギルド長の手紙を神官長に差し出した。
そこに書かれていた内容としては、エーレンフェスト以外の領地では下水道のような物が設置されているということだった。ギルド長が聞き集めた情報から推察される下水道のような物は、貴族街では普通に使われている物だった。トイレにいるネバネバを利用しているらしい。もう何十年も前に発明されて、それが流行って、他領では劇的ビフォーアフターが行われたそうだ。
生活に問題がないならば、劇的ビフォーアフターをした方が良いかもしれない。ただ、領主だけが扱える魔術になるので、エーレンフェストでは難しいかもしれない、と結ばれていた。
「貴族街には取り入れられているのですから、エーレンフェストの下町だけが余所に比べて数十年遅れているようですね」
「……そのようだな。この案件は城に回しておいた方が良かろう」
城の改造がいつ行われたのか、その時の設計書があるかどうか、同じことを下町で行うとすれば魔力がどの程度必要になるのか、余力があるのか、などの調べておいてほしいことを神官長が箇条書きにして、オルドナンツ用の魔石と一緒に差し出してくる。
「エルヴィーラとシャルロッテに送っておきなさい。この案件に関して、私は君の後見人としての補佐以上のことはしない。責任者はエルヴィーラだ」
わたしはそれを受け取って、お母様とシャルロッテに向けてオルドナンツを飛ばした。シャルロッテとその側近達が頑張って調べてくれるだろう。
……わたしも図書室で調べ物のお仕事がよかったな。ちぇ。
気を取り直して、4の鐘までお手伝いである。しばらく神殿を留守にしていたため、神官長は非常に大変そうだ。わたしもできるだけのお手伝いをするうちに、鐘は鳴った。
自室に戻って昼食を終えたわたしは、各所に出す手紙を書きながら、神の恵みが孤児院へと回る時間を待っていた。モニカが「準備できたようです」と戻ってきたので、モニカとギル、そして、護衛騎士を連れて孤児院へと向かう。
モニカとギルが大きく開いた扉の向こうには孤児院の食堂があり、灰色巫女達が跪いて待っているのが見えた。
「ヴィルマ、冬の間の報告をしてください」
他の皆はそれぞれ自分のことをするように、と言って、わたしはヴィルマから報告を聞く。コンラートがやってくるまで、これと言って大きな変化はなかったらしい。少し風邪を引いた子もいたが、重症にはならなかったようで、すぐに治ったらしい。
「貴族として育ってきたコンラートが孤児院で過ごせるのか、わたくしも他の灰色巫女も心配しておりましたけれど、問題らしい問題もございませんでした。最初の日は緊張で身体が硬くなっていたのですけれど、ディルクが付きっきりで色々と教えていたこともあり、今では笑顔を見せるようになっています」
つかまり立ちやようやく這い始めたような乳児か、すでに洗礼式を終えて工房で働く見習いしか周囲にいなかったディルクは、一緒に走り回れる年頃のコンラートを大歓迎したらしい。今も構いまくって振り回しているらしく、二人を追いかけるデリアが大変なのだそうだ。
「本人の様子も見たいので、コンラートとディルクを呼んでください」
「かしこまりました」
ヴィルマが近くにいた灰色巫女へと視線を向けると、灰色巫女が食堂の奥の一角で絵本を広げている子供達へと声をかけに行った。
ディルクが赤茶の髪を跳ねさせながら立ち上がり、コンラートの手首をつかんで引っ張ってくるのが見える。二人の後ろからついて来るのはデリアだ。
「ローゼマイン様、お呼びですか?」
「えぇ、コンラートの様子を見に来たのです。コンラート、孤児院はどうですか? ご飯はおいしいですか? よく眠れていますか?」
フィリーネとよく似た黄緑のような瞳が細められて笑顔になり、周囲を見回した後、栗色の頭がコクリと頷いた。虐待されていたのが一目でわかる感じだったが、今は顔から周囲に対する怯えが薄れている。
「はい。おいしいです。それに、絵本やおもちゃが多くて楽しいです」
コンラートの隣にはディルクがいる。ディルクの赤茶の髪は後ろに控えるデリアと似ていて、黒に近い焦げ茶の瞳が腕白な光を宿していた。昔の勝気なデリアの表情とよく似て見えて、姉弟として育っていると似てくるものなのか、と思わされる。
「ディルクがコンラートに色々と教えてくれているのでしょう? ありがとう、ディルク。二人にとって、お互いが良いお友達となっているようで、安心いたしました」
ディルクとコンラートが顔を見合わせて笑うのを見た後、わたしは二人の後ろに控えて跪いているデリアへと視線を向ける。トゥーリと同じく、デリアももう子供ではなく、少女という年頃になっていた。
「デリア、大変でしょうけれど、二人まとめて面倒見てくださいね」
「えぇ、お任せください」
デリアが笑顔で請け負ってくれた。わたしは安心して孤児院を出ると、工房へと向かう。
「ギル、工房に着いたらフリッツを呼んでちょうだい。製紙工房を増やすことについて話があるのです」
「かしこまりました」
フリッツを呼んでもらい、エーレンフェストのいくつかの土地で製紙業が始まること、一度に複数の土地に派遣するために人選をしてほしいことを伝えた。
「一度に複数の土地に向かわせるのですか?」
「えぇ。数が必要なので、イルクナーのように一年かけてじっくりと腰を据えて特産品を作るのではなく、すでにある比率で紙の作り方を教えるだけになる予定です。イルクナーの職人も出してもらうことになっています」
祈念式の時にハッセから灰色神官を三人呼び戻すので、ハッセから呼び戻す人員に要望があれば聞くこと、イルクナーに出張していた経験者を一人は入れて、四人ずつの出張班を二つ作ってほしいことなどを述べていく。
「受け入れ準備が整ったところに順番に向かわせます。移動はわたくしの騎獣で行いますし、植物紙協会や印刷協会の設立のためにプランタン商会からも人員が派遣されることになっているので、生活に関してはそれほど心配いらないでしょう」
「期間はどのくらいになりますか?」
「
一月
から
二月
で、基本であるフォリンの紙を作れるようになれば終了で、次の工房へと向かってもらうことになります。あ、そうそう。アヒムとエゴンを加えてください。ついでに、グリム計画の推進もしたいのです」
わたしが寝ている間に余所に灰色神官が派遣されるわけがないので、グリム計画は止まってしまっている。製紙業や印刷業を広げるついでに、お話集めもしてほしい。
「プランタン商会にも話を通して、褒美のお金を準備してもらいます」
「新しい本を作るためには、新しいお話が必要になりますから、できるだけ多く集まると良いですね」
フリッツは苦笑しながら、グリム計画を混ぜてしまおうというわたしの企みを肯定してくれた。ギルが軽く肩を竦めて「神官長に怒られないと良いのですが」と言った。
「ギル、そんな不吉なことは言ってはなりません。しぃーっ!」
次の日には冬の成人式だ。朝早くから準備は始まり、わたしは神殿長の儀式服に身を包み、冬の貴色の髪飾りを挿して、礼拝室へと向かう。
「護衛騎士はあちらで待機していてください」
エックハルト兄様が立っている壁際を指差すとアンゲリカは青い瞳を細めた。
「礼拝室の中に危険が全くないとは言い切れないと思います。わたくしは礼拝室の中まで付き従いたいです」
護衛を側から離すのは良くない、とアンゲリカは不満顔だ。慣習と言ってしまえばそれまでだが、神殿の決まりなので仕方がない。
「神官長とも相談して、決まりが変えられるかどうか、また検証してみます。今日は諦めてください」
「……はい」
不承不承頷いたアンゲリカとダームエルがエックハルト兄様と並んで立つ。
フランに誘導され、扉の前に立って少したつと、礼拝室の中から、「神殿長、入室」という神官長の声が聞こえてきた。それと同時に、灰色神官達によって扉が開かれていく。祭壇と並ぶ青色神官が右手に、新成人が左手に見えた。
わたしはフランに渡された聖典を抱えて礼拝室へと踏み込んだ。たくさんの鈴が鳴るような音と驚きに満ちたざわめきに迎えられ、わたしは祭壇に向かって足を進めていく。
青色神官が声の大きさを抑える魔術具を使っているので、いくら驚きの声を上げてもひそひそ声にしかならない。そんな小声でも、いくつも似たような声があればわたしの耳にしっかりと届く。
「あ、ちっちゃい神殿長だ」
「本物の祝福ができる神殿長が戻ってきてる」
「ホントちっちゃいな」
……ちっちゃいって何度も言わないで! ユレーヴェのせいだもん。そのうち大きくなるよ!
心の中で反論しつつ、表面上は何も聞こえていないようにすまし顔で歩く。新成人達の囁きは小さいということだけではない。
「わぁ、本当に貴族もギルベルタ商会の髪飾りを使ってるんだ」
「すごく豪華でわたし達とは比べ物にならないけどね」
わたしの髪飾りを見た女性達のそんな囁きも聞こえてきた。どのくらい髪飾りが流行しているのか、周囲を見回してみたい衝動に駆られたけれど、必死で耐える。それは祭壇に上がって、視線の高さが高くなってからすれば良いのだ。
わたしは裾を踏んで転ばないように気を付けて階段を上がる。祭壇の上に聖典を置いて、広げると、神官長が朗々とした声で、神話を読み始めた。その声を聞きながら、わたしはゆっくりと礼拝室の中を見回す。
洗礼式は人として生まれるため、白を基調にした衣装だが、成人式の衣装はその季節の貴色を元にした衣装になる。冬ならば赤か白だ。白はどうしても寒そうに見えるからだろうか、目の前に並んでいる新成人は赤の衣装が多い。
そして、ほとんどの新成人の女性の髪に髪飾りがあるのがわかった。わたしがトゥーリのために初めて作ったのと同じ、小花が集まった髪飾りの他に、少し花が大きい物や凝った物を使っている人もいる。
冬の終わりではまだ花が咲いていないので、森で飾りにするための花を摘んでくるわけにもいかない。フリーダが洗礼式の時に花を飾れるのが嬉しいと言っていたことを思い出した。あの時はまだ髪飾りを使っている人が本当に少なかったけれど、わたしが寝ている間に完全に定着しているようだ。
……ギルベルタ商会、頑張ってるなぁ。
二年の月日の流れを目にしつつ、感嘆の溜息を吐いていると、わたしの出番となった。新成人に祝福を与えるのだ。
「では、神に祈りを捧げましょう。神に祈りを!」
ざっと青色神官達に続いて、新成人が祈りを捧げた。わたしはその様子を見回した後、指輪に魔力を込めて、祝福を与える。
「土の女神 ゲドゥルリーヒ 命の神 エーヴィリーベよ 我の祈りを聞き届け 新しき成人の誕生に 御身が祝福を与え給え 御身に捧ぐは彼らの想い 祈りと感謝を捧げて 聖なる御加護を賜わらん」
赤と白の光が満ち溢れる祝福を与えると、神事は終了だ。神官長の「祝福を得た其方らの門出は明るいものとなろう」という言葉と共に扉が開かれ、新成人はぞろぞろと出て行く。
……もしかして、来てるかな?
わたしが期待しながら扉のところへ視線を向けると、そこには父さんと母さんがいて、涙ぐんでいるのが見えた。二人ともちょっと老けている。「わたしは大丈夫。元気だよ」とわかるように、ニコリと笑って見せれば、父さんは大きく頷いた。
……あれ?
父さんと母さんはいたけれど、トゥーリとカミルの姿はなかった。
……どうしたんだろう? もしかして、体調が悪いのかな?
病気かもしれないと心配していたわたしは、後に知る。
神殿は子供が入ってはいけない場所だ。親がずっと抱えていられる乳児やよちよち歩きならばともかく、親の目を盗んで神殿に入る可能性がある年の子供は家で留守番しなければならない、と。
わたしがカミルの姿を見るのは、カミルの洗礼式までお預けとなった。