Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (347)
ギルベルタ商会への依頼
新しい研究材料を手に入れた神官長は、お手伝いの時間だけは工房から出てくるけれど、それ以外の時間は籠りっぱなしになってしまったらしい。4の鐘が鳴ると同時に仕事を終えた神官長が工房へと入っていった。
エックハルト兄様は神官長のことを心配しているが、一日一度はご飯を食べているようなので、死にはしないと思う。
「だが、このような籠り方が続くと……」
「春の洗礼式が終わったら城へと移動することになるのですから、それまでくらいは研究させてあげても良いではありませんか」
仕事が滞っているわけではないのだから、誰も困らないし、一週間くらい放っておいてあげれば? と言いながら、わたしは自分の持ってきた石板や石筆を片付けていく。
わたしも一週間くらい読書タイムが欲しいな、と考えていると、エックハルト兄様がほんの少し不満そうに目を細めた。
「ローゼマイン、其方、意外とフェルディナンド様には甘いな。兄である私の心労よりもフェルディナンド様の研究欲を優先させるのか?」
「別に神官長に甘いわけではないですよ。わたくしの都合です。神官長が研究してくださらないと、シュバルツ達の衣装はできませんから」
心配性のエックハルト兄様にそう言って、わたしは自室に戻った。今日は午後からギルベルタ商会が来ることになっている。昼食の後は、孤児院長室へと移動だ。
「ギル、フリッツ、頼んでおいたものは準備できていますか?」
「はい。粘度が高くて柔軟性の低い蝋と粘度が低くて柔軟性の高い蝋の二種類、ハイディの色インク、それから、お湯の沸いている鍋、筆、刷毛、定着液をつけた布、菜箸、全て揃っています」
ギルとフリッツにはギルベルタ商会が工房へと立ち入れるように準備してもらった。説明だけではきっとわかりにくいので、実際に
蝋結染
を見せようと思っている。
「ありがとう、二人とも。ギルベルタ商会が来た時にまたお願いいたします」
「かしこまりました」
ある程度の打ち合わせを終えると、ギルはギルベルタ商会の出迎えのために門へと向かい、フリッツは工房へと戻る。わたしは自分の部屋から持ってきた物に忘れ物がないか確認しながら、フランが入れてくれたお茶を飲む。
しばらくすると、ギルがギルベルタ商会の面々を連れてやってきた。二階に上がってきたのは、オットーとコリンナとテオとレオンとトゥーリの五人だ。
トゥーリは視線が合った一瞬、目を細めて嬉しそうに笑った。それだけでわたしは何だかとても嬉しくなる。相変わらずトゥーリはわたしの天使だ。
「ギルベルタ商会のオットー、コリンナ、トゥーリ。ローゼマイン様のお召に従い、参上いたしました」
わたしが商談する相手となるオットーとコリンナとトゥーリを前列に、補佐をする立場のテオとレオンが後列になって、わたしの前に揃って跪いた。
テオはオットーの右腕のような存在である。マルクがベンノの仕事を補佐するように、オットーの補佐をしている。城に上がるための行儀作法をオットーと一緒にフランから教えてもらっていたので、私はあまり見ていないが、この場には馴染みがある人だ。
レオンはわたしが青色巫女だった頃から付き合いがあるギルベルタ商会のダプラである。ルッツと一緒に行動していたけれど、ギルベルタ商会とプランタン商会が分かれてからはレオンが工房に出入りすることもなくなっていたので、ずいぶんと久し振りだ。あの頃は成人前後でまだ子供っぽい顔立ちが残っていたけれど、すっかり大人になっている。
長々とした貴族の挨拶を終えた後、わたしはふと思い出して、胸の前で右の拳を左の手の平に当てた。
「雪解けに祝福を。春の女神が大いなる恵みをもたらしますように」
ベンノやマルクに教えてもらった商人同士の春の挨拶だ。今日は商談をするつもりなので、何となく思い出した挨拶をしてみた。
オットーが驚いたように目を丸くした後、小さく笑って、同じように胸の前で右の拳を左の手の平に当てる。
「雪解けに祝福を。春の女神が大いなる恵みをもたらしますように」
他の四人がオットーに続いて同じ言葉を発する。トゥーリが当たり前のように商人の挨拶をしているのが、わたしには何とも不思議な感じだ。
「おかけになって。依頼することが色々とあるのです」
わたしはギルベルタ商会に椅子を勧めて、フランにお茶をいれてもらう。オットーとコリンナとトゥーリが席に座って、テオとレオンが後ろに立つ。
ふわりとお茶の香りが部屋に広がる頃にはモニカがお菓子を持ってきた。わたしはそれぞれを一口ずつ食べて見せ、勧める。今日は商談をしながら簡単に食べられるクッキーだ。
甘い物を食べてとろけるような笑顔になったトゥーリを見て、わたしは満足する。そんなわたしを見て、コリンナが表情を緩めた。
「ローゼマイン様、本日はどのようなご依頼でしょうか? 髪飾りの他にもあると伺いましたけれど……」
おっとりと首を傾げるコリンナの言葉に、わたしはエラの髪飾りの購入を依頼したいと述べる。
「わたくしの専属料理人が夏の星結びの儀式に出ることが決まりました。その時に挿す髪飾りを見繕って欲しいのです。わたくしの専属とはいえ、エラは平民ですから、あまり高価な物を贈ると気後れするでしょうし、衣装とも合わないでしょう?」
「そうですね」
わたしがエラを貴族街に連れて行ったため、成人式に出ていないこと、ご両親が見る初めての晴れ着姿になるので、それなりに見栄えが良い髪飾りを探してもらえるように頼んだ。
「トゥーリはエラを知っているでしょう? 春生まれのエラに似合う髪飾りを一つ見繕っていただけませんか?」
「かしこまりました」
孤児院でトゥーリはエラと一緒に料理教室をしたり、孤児院の冬支度の豚肉加工で一緒に作業をしたりしていたので、エラを知っている。きっと似合う物を見繕ってくれるだろう。
「先日の冬の成人式で、わたくし、祭壇の上から見て思ったのですけれど、ずいぶんと髪飾りの種類が増えていましたね。ほとんどの女性が髪飾りを付けていることに感心したのです」
ギルベルタ商会の頑張りでずいぶんと広がったのですね、と言うと、トゥーリがちょっと得意そうに笑った。
「わたくしも神事の行進で髪飾りを付ける女性が増えるのをいつも見ています。どのような髪飾りが一番受け入れられているのか調べて、髪飾りを作っているのですよ。……先日の成人式は弟のお守で見られなかったのですけれど」
トゥーリとカミルの姿がなかったことを心配していたのだ。もしかしたら、病気ではないかだろうか、と。
「弟さんに何かございましたの?」
「いいえ、弟はこの春で4歳です。もう親がずっと抱いていられる年ではないため、神殿へは連れて行けないのです。神殿は洗礼前の子供が入ってはなりませんから」
……そういえば、わたしもトゥーリの洗礼式は行っちゃダメだって言われてたね。
カミルが抱っこされて扉のところまで来ていたので、あまり深く考えていなかったが、そういえば神殿は洗礼前の子供は入ってはいけないことになっている。
つまり、わたしはカミルの洗礼式まで姿を見ることができないということだ。がっかりである。
「冬の成人式は両親がどうしても行きたいと言ったので、わたくしは留守番を引き受けたのです」
お仕事が休みの土の日で助かりました、とトゥーリが苦笑した。わたしが本当に元気になったのか、父さんと母さんが確認できるようにトゥーリはカミルの子守をしていたに違いない。
……3つや4つの子を一人で置いて来ることはできないもんね。
カミルの成長をちらっと見ることもできなくなったし、これから先はカミルを置いて神殿に来るのも容易ではないだろう。神事の時に父さんや母さんの姿を見る機会も減っていくに違いない。
ちょっと悲しいな、と思っていると、トゥーリが何度か口を開け閉めした後、わたしを慰めるような表情で口を開いた。
「あの、ローゼマイン様。……ハッセへの護衛任務の依頼があったと父が申しておりました。神殿長の護衛任務は門の兵士にとても人気ですから喜んでいます。わたくしからもお礼申し上げます」
トゥーリの言葉にわたしはハッとして顔を上げた。
今年はハッセから灰色神官を連れて帰ってこなければならないため、兵士を雇うことにしている。どうやらハッセで父さんに会うことはできそうだ。気分がちょっと上昇した。
「ギュンターの率いる兵はわたくしの灰色神官や灰色巫女にも親切にしてくださいますから、安心して頼めるのです。よろしく頼みますと伝えてくださいませ」
「確かに、承りました」
トゥーリが安心したように笑う。わたしはその笑顔に癒されながら、腕章の型紙を取り出してテーブルに広げた。
「それから、こちらをギルベルタ商会に作ってほしいのです」
皆が腕章の型紙を覗き込み、揃って不思議そうな顔になった。
「ローゼマイン様、これは一体何ですか?」
言葉遣いは丁寧だけれど、トゥーリの懐疑的な青い瞳は「また何か変なことを始める気?」と言っている。変なことではないが、大体正解だ。本格的に図書委員の仕事を始めるために必須のアイテムだと思う。
わたしは型紙を腕に巻き付けて、使い方を説明する。
「腕章は組織に所属していることを示すための印だと思ってください。これは『図書委員』が付けるものです」
「……まるでお葬式の時の布みたいですね」
トゥーリがちょっと難しい顔になってそう言った。お葬式の布と言われても、わたしには何のことだかわからない。
「お葬式、ですか?」
「えぇ、お葬式に関わる者は腕に黒い布を巻くのです。それを彷彿とさせます」
……お葬式っぽいのか。ちょっと縁起が悪そう? とりあえず、色を黒以外にすれば、大丈夫だよね?
腕章を諦めるという選択肢はない。わたしは恰好だけでも図書委員になりたいのだ。シュバルツ達とハンネローレとお揃いがしたいのだ。
「色が黒ではありませんし、刺繍もしてもらうので、お葬式という雰囲気にはならないと思います。腕章は腕にこうしてはめて、ここをピンで留めて……あ、ヨハンに『安全ピン』を作ってもらわなければなりませんね」
一度型紙を置くと、わたしは自分の書字板を出して「ヨハンに安全ピンの注文」と書き込む。祈念式でハルデンツェルに向かう前にグーテンベルクとも一度話をしなければならない。
わたしが思考を飛ばしていると、トゥーリが呆れたような顔で軽く息を吐いた。
「ローゼマイン様、こちらの不思議な模様は何ですか?」
「あ、それはわたくしが考えた『図書委員』の印です。これは原寸大なので、このまま刺繍してください」
「かしこまりました」
それから、わたしは布の色と刺繍する糸の色を選ぶ。色違いの腕章を4つだ。シュバルツ達の衣装に合わせて選ぶことができるように、ハンネローレが好みの色を選べるように、わたしはバラバラの色で腕章を注文した。
「それから、トゥーリには夏のための新しい髪飾りもお願いいたしますね。貴族院でも評判が良かったのです。どのような髪飾りにするかはトゥーリに任せます」
「かしこまりました。お任せくださいませ」
自信に満ちた表情でトゥーリが請け負ってくれる。デザインも色も基本的にわたしはトゥーリにお任せである、トゥーリならば、わたしに似合う物を作ってくれると信じている。
髪飾りの注文を終えると、わたしはギルベルタ商会の面々をゆっくりと見回した。まだ何かあるのか、とオットーとトゥーリがわずかに警戒するような表情になる。わたしの素を知った長い付き合いがある分、二人とも敏感なようだ。
「それから、こちらはお手紙で述べましたが、直接礼を言わせてくださいませ。冬の急な依頼を受けてくださったことに大変感謝しております。髪飾りをご覧になった王子も大変満足されておりました。トゥーリの作った髪飾りを付けた姫君は本当に美しく、貴族院の卒業生の中で最も目立っていましたから、これから多くの依頼が届くようになるでしょう」
「恐れ入ります」
また無茶振りか、と疑われているような気がするけれど、あながち間違いではない。わたしはニッコリと笑った。
「その褒美として、わたくしのために頑張ってくださったギルベルタ商会に新しい技術を一つ差し上げようと思うのです」
「……え?」
虚を突かれたような顔で、トゥーリとオットーがわたしを見た。コリンナはおっとりと首を傾げつつ、その目が商人の厳しさを帯びてくる。
「王族の依頼をこなすという無茶を引き受けてくださったお礼なのですけれど、ギルベルタ商会には必要ないかしら? でしたら、染織協会に伝えても良いのですけれど……」
「いいえ! 心からありがたく存じます」
ギルベルタ商会へのお礼というのも嘘ではないが、正直なところ、蝋結染めだけは早く広げてくれなければ困るのだ。見知らぬ協会の人達とやり取りをするより、手っ取り早くギルベルタ商会から広げてほしい。
「これから教える新しい染め方で布を作り、次の冬の社交界で着られるように準備してくださいませ。これも近いうちに流行として広げていきたいのです」
わたしの言葉に「やっぱり無茶振りだ」と言いたげにトゥーリが軽く目を見張った。同時に、それまでは補佐としてコリンナの背後に立っていたレオンがわずかに目を輝かせ、発言を求めてくる。
「レオンに発言を許します」
「恐れ入ります。新しい技術というのは、髪飾りに関係するものではなく、新しい布を作ることに関係するのですか?」
「そうです。……染め方というべきでしょうか」
わたしがそう言うと、レオンが嬉しそうに口元を綻ばせた。
レオンが喜ぶわけがわからなくて、わたしが首を傾げると、オットーが説明してくれる。レオンの実家はギルベルタ商会に布を卸している店で、この街の全ての染色工房と繋がりがあるらしい。新しい染色技術で布が注目されると、実家も儲かるのだろう。
「では、工房へ参りましょう。そちらで実際に見せて説明いたします。フラン、ギルを呼んでちょうだい」
わたしが立ち上がると、皆が同じように立ち上がった。
ギルに案内されて工房に到着すると、皆が手を止めて出迎えてくれる。わたしは実演してもらうギルとフリッツを除いた他の者は仕事に戻ってもらった。
物珍しそうに工房を見回すオットーやコリンナと違い、レオンは懐かしげに目を細めて工房を見ている。視線の先にあるのが紙漉きの道具で、昔を思い出しているのがわかった。
「レオンは懐かしいでしょう?」
「そうですね。以前はずっと出入りしておりましたから」
「今日もお手伝いしてくださってもよろしいですよ。染色工房で実演できる方も必要ですから」
ふふっ、と笑いながら、わたしはギルに目配せした。ギルが一つ頷いて口を開く。
「これから行うのは、直接布に絵を描く技術です。布に関してはあまり詳しくないので、もしかしたら、すでにギルベルタ商会ではご存知の技術かもしれません」
ギルがそう言い置いた後、確認するようにわたしを見た。わたしはギルに軽く頷いて、ギルベルタ商会をぐるりと見回す。
「美しい刺繍や変わった織り方の布はいくつも見るのですが、わたくし、一色に染められた布しか見たことがないのです。糸で絞って模様を付けたり、絵にするような技術はあるのでしょうか?」
「……ずっと昔はございました」
コリンナが頬に手を当ててそう言った。ギルベルタ商会の初代が残した服の中には絞り染めの生地を使った物があるらしい。
「もう何十年も昔のことになるのですけれど、アーレンスバッハから輿入れしてきたお姫様がいらっしゃいました。その方がエーレンフェストに新しい文化を次々と持ち込んだようです。そして、新しい物がエーレンフェストで流行し始めた時に、均一に染められた布が要求され、むらなく染める技術が高まり、刺繍が流行ったそうです。同時に、染めの技術は廃れたという記述がございました」
布を大量に買うのは貴族だ。その貴族社会で均一に染められた布が最上だと言われれば、染色工房はこぞって均一に染める。まだらな染になる絞り染めはあっという間に廃れたらしい。昨今の流行を見ていても、そうなるのは理解できた。
「そのような事情があったのですか。では、わたくしがもう一度染めを流行させようと思えば、職人はいるのですね?」
「いいえ、もういないと存じます」
職人達の識字率はゼロに等しい。当然のことながら記述が残らないことの方が多いので、技術も簡単に失われるし、その頃の職人はもうほとんどが亡くなっている年頃だそうだ。
「絞り染めはそう難しいものではないので、依頼すればすぐに復活するのではないかしら? 研究については工房に任せた方が良いでしょう。ただ、その技術が流行によって廃れないように、今度は書き留めてくださると嬉しく思います。……それは染織協会に頼んだ方が良いかしら?」
「協会には多少の記録があるかもしれませんから、こちらから話を通してみます」
コリンナの言葉にレオンがコクリと頷いて、メモをした。
「絞り染めの他に今回わたくしが教えようと思っていたのは蝋結染なのです。もしかしたら、以前にはあったかもしれませんけれど、失われているならば復活させてくださいね」
わたしはヴィルマに煤鉛筆で軽く花の下絵を描いてもらっていた布を二枚指差した。皆が興味深そうに作業台に広げられた布を見つめる中、打ち合わせた通り、ギルとフリッツが溶かした蝋を筆で塗っていく。
「蝋結染では染めたくない、白で置いておきたいところを蝋でこのように塗ります」
「蝋の部分には染料が入らないということですか?」
レオンの言葉にわたしは軽く頷いた。
フリッツが塗った柔軟性の低い蝋は乾くと少しひび割れが入っていく。ギルの布にはひび割れが見当たらない。
「これは蝋の種類によって違うのです。蝋結染をするならば、蝋工房とも協力し合って、ちょうど良い塩梅の蝋を作成してくださいませ」
色々と試行錯誤を繰り返していた頃のマイン工房を知っているレオンが一瞬表情を歪めた。新しい技術を取り込むのはそう簡単なことではないのだ。わたしはやり方を教えるだけで、最善を追及していくのは現場の人間である。
「フリッツの方にはひび割れをもっと付けてください」
わたしにそう言われ、フリッツは布を叩いて、ひび割れを作っていく。
その上からハイディが発明している色インクを上から塗った。ガリ版印刷の時に使うローラーでゴロンゴロンとすれば、蝋がインクを弾いて、ハンカチサイズの布全体があっという間に赤に染まっていく。
「こうして染めた後、蝋を溶かします。蝋は熱くなると溶けるでしょう? ですから、染め終ると、このように熱湯に入れるのです」
ギルが鍋の中に菜箸で摘まんだ布を二枚入れて、器用に混ぜて取り出した。紙作りで木や皮を扱う時に菜箸を使っているので、ローゼマイン工房の灰色神官達は箸が使えるのだ。
熱湯から取り出された布をフリッツが冷水で洗って、ギュッと絞って作業台に広げれば、くっきりと花が白く残った布とひび割れで不思議な模様が入った花ができあがった。
「表現方法としてどちらを使っても良いと思います。お客様の好みですね。絞り染めと蝋結染めを合わせて使うこともできますし、何度も染めることで段々と色が濃くなるでしょう? ですから、もう一度蝋を花弁の部分に塗って染めると、背景と葉と花で色を変えることもできるのです。もちろん、この上に刺繍することもできます」
「なるほど……」
頷くオットーの後ろで、テオが必死にメモを取っているのが見える。補佐をする人は大変だ。
「柔軟性のある蝋を使って丁寧に描けば、かなり細かい絵が描けますし、柔軟性の低い蝋を広い範囲に塗って、ひび割れを作り、その柄を楽しむこともできます。研究のし甲斐はあると思います」
「ローゼマイン様は新しい布をどのような方法で染めたいとお考えですか?」
コリンナの言葉に、わたしは少し考え込んだ。絞り染めも良いし、蝋結染も捨てがたい。
「なるべくたくさんの新技術を取り入れてほしいですね。エーレンフェストにある染色工房から冬の貴色である赤で絞り染めと蝋結染の両方を取り入れた布を一枚ずつ準備していただきましょうか。その中からどの布を使うのか決めます」
「……それは、染色工房が活気付きますね」
感心しているオットーにわたしはニコリと笑った。
「喜んでいただけて嬉しいです。絞り染めと蝋結染の他にも染め方はありますから、また商談には応じますよ」