Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (350)
領主会議の前に
まずは古い技術がどのような物であるのか知り、その上で新しい物を選んだ方が良いですよ、と助言すると、ブリュンヒルデはリヒャルダに昔の衣装について細かく聞き始めた。
衣装や飾りには並々ならぬ関心を持っている二人が盛り上がるのを微笑ましく見ていると、オティーリエが招待状を持ってくる。
「ローゼマイン様、5の鐘にはアウブ・エーレンフェストからお呼びがかかっております」
神官長と城へと戻る日時をオルドナンツで知らせていたので、一休みした頃を見計らって、会議が行われることになっていた。オルドナンツのやりとりで知っていたが、部屋には正式な招待状が届いていたようだ。
領主会議に向けての話し合いが主旨のお茶会だ。領主一族が勢揃いし、印刷業や下町の整備に関する話もするので、お母様も呼ばれているらしい。
「貴族院に入っているヴィルフリート様とローゼマイン様はわかりますが、シャルロッテ様も同席なさるのですね」
本来ならば、見習いとして仕事を始めるのは貴族院に入ってからだ。洗礼式を終えた子供は親の仕事を手伝ったり、親戚や馴染みのある人からどのような仕事をしているのか聞いたりしながら、自分の将来を考えて貴族院のコースを選ぶ。
シャルロッテは領主候補生と決まっているし、一緒に仕事をすることを本人が望んでいるので、今回も印刷業に関わっているのだ。
「シャルロッテは頑張ってお仕事していますから、会議に出席しなければなりませんよ。一人だけ状況がわからないのでは、側近も困るでしょう?」
「ローゼマイン様もシャルロッテ様も花嫁修業よりお仕事を優先されているところが少し心配ですわ」
オティーリエは頬に手を当てて、困ったこと、と軽く息を吐いた。シャルロッテは領主候補生として、わたしやヴィルフリートに置いていかれまいと必死に努力しているらしい。しかし、わたしとヴィルフリートが婚約したことで、次期領主が内定したようなものなのだ。花嫁修業も大事にしてほしい、とシャルロッテの側仕えとオティーリエは話をしているそうだ。
もちろん、わたしが一番大事にしたいのは読書である。心置きなく読書を楽しむために印刷業を広げるのは全力で取り組めるけれど、花嫁修業は真剣にする気にはなれない。
……ごめんね、オティーリエ。わたし、花嫁修業よりお仕事で忙しくしてる方がまだマシなんだ。
「ローゼマイン様、そろそろ会議室へ向かわれますか?」
一緒に向かうための準備を終えたリーゼレータが声をかけてくれる。
ハルトムートとフィリーネがハッとしたように顔を上げると、文具や資料を手に、会議に同行する準備をすぐに整えた。
本日同行する側仕えはリヒャルダとリーゼレータ、護衛騎士はコルネリウス兄様、レオノーレ、ユーディットの三人である。わたしがレッサーバスに乗り込むと、本館の二階にある会議室に向かって出発だ。
「領主一族が勢揃いする会議に下級貴族のわたくしが同席することになるなんて、とても緊張いたします」
「上級貴族でも緊張は同じだ。私も領主一族が揃う会議など初めてだから」
文具を抱えているフィリーネの手が震えている。ハルトムートも少し顔が強張っていた。リーゼレータはアンゲリカとよく似た面差しでニコリと笑う。
「わたくしも緊張いたしますけれど、自分の仕事を忠実にこなせばよいのです。わたくし達に求められているのは、確実に仕事をこなすことですから」
……リーゼレータとアンゲリカの似ているところは顔だけかと思っていたけど、仕事に対する姿勢も似てるかも。
側仕えと護衛騎士で仕事内容に違いはあるけれど、自分の仕事をきっちりとこなすという姿勢がよく似ている。アンゲリカは頭を使う仕事は自分の仕事ではないと完全に割り切っているけれど、護衛に関することには人一倍真剣で熱心なのだ。
リヒャルダが期待をかけて熱心に教育中のリーゼレータは気遣いや気配りがすごい。一見地味でわかりにくいけれど、必要なところに必要な物が準備されている感じがする。
会議室に入室できる護衛騎士は一人なので、コルネリウス兄様が入り、レオノーレとユーディットは別室で待機となる。会議室にはすでに大勢が集まっていた。
領主夫妻が上座に座り、次席がボニファティウスおじい様で、その次が神官長。ヴィルフリート、わたし、シャルロッテと続く。それぞれの文官と護衛騎士がいて、お茶の支度をする側仕えが出入りするのだから、領主一族の関係者だけでもかなり人数は多い。
その他に、お母様や文官の上層部、騎士団の上層部の者がいて話し合いのテーブルについていた。
「あぁ、ローゼマイン。神事は無事に終わったようだな」
養父様から「こちらへ来い」と招かれて、わたしはコルネリウス兄様と一緒に向かう。文官と側仕えにはそれぞれの仕事があるからだ。
久し振りに間近で見た養父様はとても疲れているように見えた。目元に影が落ちていて、笑みに少し力がない。いや、落ち着いた感じに見えるというべきかもしれない。小学生男子のようだった雰囲気が、上下に挟まれて苦労している中間管理職の雰囲気になっている。
「養父様、お疲れの様子が見受けられますけれど……」
「其方とヴィルフリートを婚約させると決めた時点で、予測できていたことだ。神殿ではどのように過ごしていた?」
「神事以外はいつも通りですよ。フェシュピールと奉納舞のお稽古にフェルディナンド様のお手伝いです。それ以外としては、不在の間に起こったことを側仕えに聞き、商人達との打ち合わせをして、孤児院の視察をいたしました。王族の魔術具に与える衣装に必要な魔術具の作成をしましたし、読書もできました。二日も自由時間があったのです」
今回はちょっとのんびりできました、と報告すると、養父様が苦い顔をして「ちっとも休息になっていないではないか。働きすぎだ」と呟き、養母様は「ローゼマインがこれだけ頑張っているのですもの。ジルヴェスター様はもっと頑張れますね」と微笑んだ。
「其方が下町の情報を集めてくれたおかげで、領主会議の後、恥をかかずに済みそうだ。助かった、ローゼマイン」
養父様に軽く頭を撫でて褒められ、自分の席に着くように言われる。神殿にわたしを置いていたのは、隔離だけではなく、休息を与える意味もあったらしい。髪がぐしゃぐしゃになるほどなで回されたことはあっても、軽く撫でられるのが滅多にないせいで、ちょっと不思議な感じがした。
「では、エーレンフェストのこれからについて、緊急の話し合いを始める」
養父様がそう宣言し、会議は始まった。
中領地でありながら、底辺をさまよっていたエーレンフェストの影響力が上がってきている。冬の子供部屋の成果が出て、座学の成績が上がったこと、貴族院でも通用する流行を発信し、領地対抗戦で注目を集めたこと、これからローゼマイン式魔力圧縮によって子供達の世代の魔力が大幅に上がることが予想されることが述べられ、他領からの注目がエーレンフェストに集まる時がやってきたことが訴えられる。
「各地から領地対抗戦で商取引の打診があり、領主会議で中央とクラッセンブルクと髪飾りやリンシャンの取引をすることになる。これは、もはや決定事項だ。だが、余所者を受け入れることが少なかったエーレンフェストは他領の商人を受け入れる準備が整っておらぬ。……エルヴィーラ、説明を」
「かしこまりました」
お母様がカタリと立ち上がると、資料を片手に下町の整備について他領と比較した場合、エーレンフェストが数十年遅れているという説明を始めた。すでに全員が知っている話だが、確認し共通認識を持つことは大事だ。
「ローゼマイン様から送られた下町の情報を元に、ヴィルフリート様やシャルロッテ様と調べた結果、魔力不足により下町の整備が据え置かれていたことがわかりました。領主会議で取引する商人が増えるまでに体裁を整える必要がございます」
お母様の説明が終わると、養父様が頷きながら立ち上がる。
「下町の惨状を何とかできる方法があるならば、何とかしなければならぬ。私も実際に視察を行ったが、我々にとって下町は平民の住むところだから汚くても仕方がないと考えていた。魔術具を使えぬ平民には無理だと思っていたのだ。だが、他領はそうではない。貴族街と同様の街並みが平民の過ごす下町でも見られるらしい」
貴族街で暮らす貴族の大半が下町に下りることなどない。商人は呼びつけるものだし、どこかに向かうにしても騎獣を使えば下町をすっ飛ばせる。馬車でどうしても通らなければならない時は「なんという酷い場所だ」と言いながら、通り過ぎるのを待つだけだ。
他領ではそんな下町が貴族街と同様の美しさだと聞けば、エーレンフェストのひどさがよくわかる。ギルド長の手紙からはさすがに貴族街と同じ、とまでは書かれていなかったが、頭の固い文官達を説得するには多少大袈裟に言った方がいいだろう。
「数十年の遅れを取り戻さなければならぬ」
ギラリとした深緑の眼で室内を見回して、養父様は断言する。
「祈念式の後から領主会議までの期間にエントヴィッケルンによる下町の整備を行う。これは決定事項だ」
「下町の整備にエントヴィッケルンを?」
「魔力は足りるのですか?」
ざわりと周囲が驚きの声を上げる中、領主夫妻はほんの一瞬、視線を交わして頷き合った。エントヴィッケルンって何? と一瞬疑問が頭の中を飛び交ったが、すぐに劇的ビフォーアフターの正式名称だとわかった。
どうやら領主夫妻の間ではすでに劇的ビフォーアフターが決定事項になっていたようだ。祈念式が終わった後、これまでに蓄えてきた魔力を全て使う勢いで大掛かりなエントヴィッケルンを行うらしい。
「アウブ・エーレンフェストが領主一族に命じる。エーレンフェストのために、その魔力を捧げよ!」
養父様の言葉に最初に動いたのは神官長だった。両腕を胸の前で交差させ、恭順を示す。おじい様がそれに続き、わたしも同じように腕を交差させた。ヴィルフリートとシャルロッテも一拍遅れてハッとしたように、腕を交差させる。
領主一族全員の了承を得て、養父様がゆっくりと頷いた。
エントヴィッケルンを行うことが決定されれば、次は細かく予定を詰めていかなければならない。
「いつ行うのかを早目に決めて、下町にも周知しなければなるまい」
「ひとまず平民達を街から追い出さなければならぬでしょう」
文官達がどのような手順で行うのか話し合っているけれど、下町の住人全員を街から出すのも大変だ。家具や食料を持って全員が出られるのだろうか。文官達の言葉に、わたしは自分の家族が大量の荷物を抱え、街の外に出される様子を思い浮かべて、眉をひそめた。
「貴族街でエントヴィッケルンを使った時は全員追い出したのですか? 家具などはどうしたのか資料がございますか?……ボニファティウス様、当時のことをご存知ならば、教えてくださいませんか?」
わたしが質問すると、おじい様は嬉々として当時のことを教えてくれた。家の中にトイレやお風呂も設置するため、各家に設計図を提出させ、それを元に街の設計図が作られ、エントヴィッケルンが行われたらしい。庭の部分に家具を運び出さなければならず、大変だったようだ。
「下町は白の建物だけではなく、勝手に増築していますから。あの増築部分の扱いも困りますね」
「……増築部分を全て白の建物にするだけの余力はないぞ。この計算はあくまで白の建物部分の改造に関することだからな」
養父様が文官の言葉に目を細めた。つまり、石造りだった二階から下の部分だけが改築可能ということらしいが、下をいじると上も崩れる。その場合、上階の人間たちの住む場所がなくなるということだ。
「増築部分が崩れると生活できない民が大量に出ますよ。白の建物の部分にはお店や工房が多く、木造部分に住んでいる民の方が多いですから。それに、今は商人達を迎えるために多くの工房が動いて商品を作っています。長期間工房が使えないということになると、商品ができません。損害があまりにも大きいと思います」
他領からの商人がやってくるのに、大量の難民を出した上に、商品が品薄になるのはかなり外聞が良くないと思う。
わたしの意見を聞いていた神官長が軽く肩を竦めた。
「いくらエントヴィッケルンを使うといっても、下町を貴族街と全く同じにする必要はなかろう。全ての建物内部にトイレや風呂をいちいち設置するのではなく、汚物を捨てる場所をいくつか設置する神殿と同じ方式で行えば、建物をいじる必要はなくなるのではないか?」
……へぇ、神殿ってそんなふうになってたんだ。初めて知った。
わたしは神殿の生活に関しては、全て側仕えにお任せなので、汚物の処理がどのようになっているかなんて、考えたこともなかった。どうやら、ゴミを捨てる場所があり、そこには貴族街と同じネバネバがいて汚物を処理しているらしい。
「道路に沿って下水を設置し、汚物を捨てる場所を作って、窓から捨てるのではなく、収集場所に持って行かせるようにすれば、建物を崩すことなく整備できます。建物をいじらなければ、大幅な魔力の節約にもなると思います」
ただし、美しく保つためには神殿と同じように清めを徹底して行い、ゴミを巻き散らかさないように平民に教え込まなければなりません、と神官長は難しい顔で養父様に向かって言った。
「神殿は美しいから、同じようにさせれば良いのではないか?」
「孤児にできることですから、教えれば平民でもできるでしょう」
「教えればできるかもしれませんけれど、どのように教えるかが問題ですね」
下町の整備に関する案件も担当することになるお母様が、困ったように溜息を吐いた。
エントヴィッケルンを使って美しくするのは簡単だが、その後の使い方の周知と徹底が重要だ。
「グスタフに頼めばよかろう。あれは下町で大きな影響力があるのだろう?」
養父様がわたしに視線を向けてくる。この場で最も下町の事情に詳しいのがわたしで、下町を粗雑に扱いすぎると感情を爆発させるのもわたしだ。下町にとって良い案を出せと言われているのがわかって、うーん、と唸りながら考える。
「下町の北側は富豪や大店が集まっているし、西側は市場で、東側は旅人が多いところなので、ギルド長グスタフからのお達しがあれば、大丈夫だと思います」
違反者は商売関係の登録ができなくなるとか、市場で店を出す許可証が出なくなるとか、周囲からの報告でいちいち罰金を取られるなどの取り締まりがあれば、皆が真剣に取り組むはずだ。
「問題は南ですね。同じ下町でも富豪は立ち寄らず、職人が多いので、商業ギルドのギルド長とはいえ、どれだけの影響力があるのか、お達しがあっただけで徹底できるかどうか不明です」
職人通りや貧民ばかりが住む辺りにまで万遍なく通達したり、使い方を周知したり、違反者を取り締まったりするのはどうすれば良いのか。
……助けてぇ、父さーん!
「あ、兵士を使うのはどうでしょう?」
わたしがポンと手を打つと、皆の視線が一度に集まってきた。養父様が目を細めながら、探るようにわたしを見る。
「兵士というと、平民の門番か?」
「えぇ、そうです。わたくしがハッセの小神殿に向かう時に護衛をお願いしている兵士によると、門にいる兵士は門番としての仕事以外にも治安維持のための見回りもしているようです。それに、兵士の住居は南の方が多いですから、騎士団から兵士に話を回し、周知と徹底、取り締まりを命じれば、面倒を見てくれると思います」
一度言っただけでは、多分生活習慣にはならない。何度も何度も言い聞かせたり、貴族からのお達しだと脅しをかけたりする人が必要になる。そして、それはできるだけ身近な人の方が効果はあるだろう。
「騎士団は兵士と会議も行っているでしょう? エントヴィッケルンを行う日時もその場で周知すれば良いのではないでしょうか。影響のない家の中に籠っているように、民に言ってもらえると思います」
「……ふむ、悪くないな」
養父様が騎士団の方へと視線を向けると、騎士達は了承するように一つ頷いた。文官は商業ギルドを通じて周知し、騎士団には兵士を通じて周知することになる。
「あの、アウブ・エーレンフェスト。魔力が節約できたのでしたら、汚物を捨てるための管だけではなく、川から水を綺麗にして取り込む管も付けられませんか?」
製紙も染色も水が大量に必要になる。これからの産業を育てていくには水が大量に必要だ。幸いにも大きな川が西にあるのだから、そこから水を引き込むことはできないか、提案してみた。
「フェルディナンド、ローゼマインの意見をどう思う? 川の水を浄化する魔術具は使えそうか?」
「……ずっと使うことを考えると、必要な魔力が多すぎます。魔術具の改良をしなければ、使い物にはなりません。ただ、これから先に川の水が必要になるならば、ひとまず管だけ通しておけばよいのではないでしょうか?」
管を通すだけならば、それほどの負担にはならないだろう、と神官長が言った。
養父様は軽く頷き、文官達に必要な魔力の計算のし直しと、エントヴィッケルンを使うための設計図の作成を命じる。
「それから、商業ギルドより質問と要望が来ている。領主会議において許可を出した領地の商人と出していない領地の商人をどのように区別をつけるか、というものだ。どうやら他領では平民でも使えるずいぶんと大がかりな魔術具があるらしい。だが、他領の商人が到着するまでの期間に、今から作成するのは難しい。何か簡単で有効な方法はないか?」
商人の識別など、わたしの貧困な頭で思い浮かぶのは朱印船貿易くらいだ。わたしは朱印状を発行してはどうかと提案してみた。
「……悪くはないが、エーレンフェスト独自の物、もしくは、余所が真似しにくい物が良いな」
「ならば、そのシュインジョウとやらにナンセーブ紙を使うのはどうでしょう?」
神官長がゆっくりと顔を上げ、皆にイルクナーで新しく開発されたナンセーブ紙の説明をした。ナンセーブ紙は魔木から作られた植物紙で、大きい破片に寄っていく習性がある。植物紙の存在は知っていても、魔木から作られた紙の存在は知らなかったらしい文官達が驚きに目を見張った。
「それぞれの領地の色に染め、商業ギルドに半分、もう半分を取引先に渡せば、どの領地の商人なのかすぐにわかります。勝手に紙が動かぬように魔力を通さぬ革袋に入れて商人に持たせるように、取引相手には説明すれば良いのではないですか?」
商人に配ろうと思えば、確実に紙を切り分けて与えなければならないので、商業ギルドが持っている半分よりは小さくなるはずだ。商人に与える紙の大きさを指定しておけば、商人が増えすぎることもない、と神官長が言った。
……それ、朱印状じゃなくて、勘合符の方が近いんだけど、まぁ、いいか。
「これから植物紙を売りに出したいエーレンフェストらしい判別方法ですわね。良いのではございませんか?」
養母様がニッコリと微笑むと、養父様がナンセーブ紙を使うことを決定した。
「よし。イルクナーからナンセーブ紙を買い取り、領主会議に備えよ」
「父上、いえ、アウブ・エーレンフェスト。ナンセーブ紙だけではなく、植物紙も買って、領主会議の時に文官達が使うようにした方が良いです」
ヴィルフリートが会議室の皆を見回しながら発言した。少しだけ声が上ずっていて、強張った顔からも発言するのに緊張しているのがわかる。
「貴族院でローゼマインは写本や覚書に植物紙をたくさん使っていました。それで興味を持った他領の者がいたと聞いています。領主会議でも植物紙を使うようにすればいかがでしょう?」
ヴィルフリートが発言すると思っていなかったのか、皆が口を噤んでやや驚きの表情でヴィルフリートを見つめる。皆の視線を受けたヴィルフリートが小さく息を呑んで、きゅっと唇を引き結んだ。
ほんの数秒、シンと静まった会議室に、「ふむ」と小さく声が漏れた。皆の視線がそちらに移る。
「領主会議で文官に紙を持たせるのは、少し値が張るが、木札に比べると荷物がグッと小さくなるし、書きやすい。他領への良い流行発信にもなるだろう。考える余地はある」
ヴィルフリートの意見を神官長が後押しした。自分の意見が受け入れられるかどうか、強張った顔をしていたヴィルフリートがホッとしたように少し表情を緩める。
「なるほど。植物紙を広げるエーレンフェストから使わねばならぬな。考慮しよう」
「同時に、貴族院でローゼマインがしていたように、領主会議へ向かう者がリンシャンを使い、女性は髪飾りを付けてください。とても目を引きます」
「ヴィルフリートは貴族院で色々と学んだのですね」
ヴィルフリートからの提案を養母様が笑って受け入れる。
領主会議の会食において広げても良いレシピの取り決め、取引できない相手にはカトルカールのレシピを売ること、来年はどの程度取引先を増やすことができるのか、など他にも細々としたことを話し合い、会議は終了した。