Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (357)
留守番中の生活 後編
「む? そうだな。護衛しつつ、戦う経験も必要だろう」
一緒に採集に行きましょう、とお誘いすると、おじい様は快く引き受けてくれた。顎を撫でながら、人選や持ち物について話を始める。
「フェルディナンド様に一応報告しておいた方が良さそうですね。勝手な行動は取るな、と何度も言われていますから」
わたしは神官長にオルドナンツを送った。「城の森で、護衛訓練を兼ねて採集します。危険があったら大変なので、おじい様が監督をしてくださいます。安心してくださいませ」と。
神官長からはすぐに返事がきた。
「この馬鹿者。不可に決まっているだろう。森の魔獣よりボニファティウス様の方がよほど危険だ。未だ手加減ができぬボニファティウス様に、助けるつもりだとしても、投げ出されたら、君が死ぬぞ。これまで何度命の危機があった? 領主会議で何があるかわからぬ時に、私の手を煩わせるような余計なことをしないように。わかったな?」
オルドナンツの返事なので、三回も念を押されてしまい、わたしとおじい様は顔を見合わせる。
「残念ですね。不可ですって、おじい様」
「うぐぐぐぐぐ……」
仕方がないから諦めよう、と肩を竦めたわたしと違って、おじい様はすでに行く気満々だったようだ。奥歯をギリギリと噛みしめた後、神官長の許可をもぎ取ってくる、と飛び出していった。身体強化でも使っているのだろうか、ものすごく速い。
「おじい様、行ってしまいましたね」
「お師匠様はローゼマイン様にお願いされたのが嬉しかったのでしょう。なかなか接点がない、とおっしゃいますから」
わたしが呆然と開け放たれた扉を見ていると、アンゲリカが小さく笑って扉を閉めながら言う。おじい様の様子にのんびりと笑っていられるのは、わたしとアンゲリカだけで、採集の不可を言い渡されたユーディットは涙目になっている。
「ローゼマイン様、不可ということは、わたくしの採集はどうなるのですか?」
「護衛騎士見習いだけを採集に向かわせられないか、フェルディナンド様にお伺いしてみます。それでも、不可、と言われたら、先日わたくしが作った回復薬を分けてあげますから大丈夫ですよ」
見習いならば、これで十分だ、と言われた回復薬がまだ残っている。どうせ、わたしは使わないのだから、ユーディットに分けてあげても良いだろう。
「ローゼマイン様が回復薬を作られたのですか? まだ習っていないはずですよね?」
「フェルディナンド様に習ったのですよ。自分の回復薬くらいは自分で作れるようにならなければならないそうです」
「……厳しいですね」
「今は素材の調達も作成も頼りっぱなしですからね。薬の調合くらいは早く自分でできるようになりたいものです」
ユーディットとそんな話をしていると、オルドナンツが飛んできた。白い鳥は不機嫌極まりない神官長の声で話し出す。
「回復薬の準備を忘れるな。それから、コルネリウスを側から離さぬように。ボニファティウス様から自分を守るようにきちんと命じておけ。わかったか?」
そう三回言って、オルドナンツが黄色の魔石に戻った時、おじい様が飛び込んできた。
「フェルディナンドの許可が出たぞ! 明日は採集だ」
どうやら無理やり許可をもぎ取ってきたらしい。浮かれたおじい様に抱き上げられてぐるぐると回されて、頭がくらりとしたわたしは、「ボニファティウス様が一番危険」という神官長の再三の注意が頭を占め、森への採集が非常に不安になってきた。
今日は城の森で採集である。朝食を終えると、わたしは騎獣服を着せてもらった。領主の養女として、リヒャルダとブリュンヒルデが許せる衣装が騎獣服だったのだ。採集用のカッコいい衣装にしようと思っていたが、二人の勢いには勝てなかった。騎獣服の上から革のベルトに採集した物を入れる革袋や回復薬などを下げて、準備万端である。
「ローゼマイン様、わたくしも準備できました」
フィリーネも騎獣服を着て、革のベルトを締めている。
今日の採集は大人数で行くことになった。側仕え達は部屋を整えたり、刺繍をしたり忙しいので同行はしないと言ったけれど、文官見習いのハルトムートとフィリーネは貴族院の講義で必要になるので、魔術具の素材採集のために同行したがったのだ。騎士がいないと魔獣が出た時に危険なので、普段は騎士見習いから買っているらしい。
「よい朝だな、ローゼマイン」
「……ヴィルフリート兄様も準備万端ですね」
「うむ。素材採集は初めてなので、楽しみなのだ」
護衛騎士から素材採集の話を聞いたヴィルフリートも「来年の貴族院での調合のための素材を採集したい」と夕食の席で同行を希望した。「両方連れて行けないならば、取り止めろ」という神官長に、おじい様が「二人くらい守れるぞ」と反論したため、更に人数が増えたのである。騎士団からも数人が護衛に駆り出されている。
「では、行くぞ」
ご機嫌なおじい様と一緒に、わたしはレッサーバスで出発である。
城の森に入るのは初めてだ。いや、自分の意志で踏み込んだことがないだけで、シャルロッテの誘拐からわたしの誘拐未遂までの流れで、不本意ながら入ったことはある。
「大丈夫ですよね? おじい様がいれば安心ですよね?」
「魔獣が出てくるとしても、ほとんどがザンツェやアイフィントのようは小物ばかりだ。私が出る必要はなかろう」
そう言いながら、おじい様はレッサーバスの隣を歩く。
ザンツェやアイフィントは知っている。ユレーヴェのための素材採集に向かった時によくいた大人の膝ほど高さの猫に似た魔獣や、リスのような形で大きさはネコくらいある魔獣だ。ダームエル一人でも追い払える魔獣なので、これだけ騎士達がいれば、全く問題ないだろう。
「こら、見習い! 陣形を崩すな! 護衛任務中だ!」
回復薬の素材となる葉っぱを見つけた瞬間、我先に飛びつこうとする幼い見習い達をおじい様が叱り飛ばす。一緒についてきている騎士団の騎士達や領主一族の護衛騎士としておじい様に鍛えられた見習い騎士達は陣形を崩していない。
「護衛が採集に飛び出してどうする!? まずは周囲の危険を探り、安全確保から始めよ」
こんなところから教えなければならないのか、とおじい様が頭を抱える横で、コルネリウス兄様が口を開いた。
「座学で習ったことを実践するだけだ。三年生以上ならば、わかっているはずだろう。護衛の心得、暗唱!」
反射的に見習い達が心得を述べ始めた。貴族院の寮で言わされていたところをわたしもヴィルフリートも目撃している。
「わかっているならば、その通りに動け。ほら、アイフィントだ」
たった一匹の魔獣に、出番だと張り切って飛び出そうとした見習いが、また叱り飛ばされた。イイところを見せようとするのではなく、護衛対象の安全確保をしろ、と。
頭でわかっていても、魔獣を見たら総攻撃するというスタイルが完全に染みついている見習い達が、すぐに行動を変えるのは難しそうだ。これは実習を重ねた方が良いレベルかもしれない。
時々出てくる小型の魔獣を狩り、おじい様の叱責が落ちる中、ほのぼのと採集である。
下級生と上級生では必要となる素材が違う。そして、調合する上でも魔力が必要になるため、上級、中級、下級でも必要になる素材が違う。貴族院で講義を受けたことがある二年生以上は、実物を見たことがあるので、さっさと採集していくが、わたしとヴィルフリートとフィリーネは参考書のイラストでしか見たことがないので、実物がよくわからない。
「ベハンクラウトが回復薬を作るためには必要になります」
「あぁ、これも採集しておいた方が良いですよ。シャルラウプは風の属性が強いから、オルドナンツを作るのに手頃な素材なのです」
ダームエルやハルトムートが採集しておいた方が良い素材を教えてくれる。わたしはレッサーバスから出ると、シュタープを「メッサー」と変化させて、素材を採っていく。
「ローゼマイン、これを見ろ! ほら、カッコいいと思わぬか?」
ヴィルフリートが得意そうに自分のシュタープを出した。一年生の領主候補生や上級貴族の間で流行っているらしい、紋章付きのシュタープだ。ただ、ヴィルフリートのシュタープは紋章が付いているだけではなかった。持ち手の部分が立体化した獅子になっていて、大きく開いた獅子の口からシュタープの先が飛び出ているデザインである。
「……すごいですね」
「フッ、そうだろう?」
紋章を利用していてカッコいいが、これを常にイメージしてシュタープを作り出せるようになるまでには、相当時間がかかったはずだ。カッコいいシュタープにそこまで時間をかけられるのがすごい。時間の無駄だとわたしは早々に諦めた。
……貴族院からわたしがいなくなって大変だったと言っていた割には、ヴィルフリート兄様には余裕があったみたいだね。
しかし、このカッコいいシュタープは「メッサー」と唱えた瞬間に、普通のナイフの形になった。さすがにずっとカッコいい状態を維持するのは難しかったらしい。
「……ダームエル、これで間違いないでしょうか?」
「似ているが、違うな。これは根元を見るとわかりやすい。ほら、ここが赤くなっているだろう?」
フィリーネに対するダームエルの解説に、ほぅほぅ、と隣で頷きながら、わたしはシュタープのメッサーで葉っぱを切って革袋に入れた。
「ローゼマイン、ルングオープも採っておくと良いぞ」
おじい様が木の上を指差してそう言った。見上げると、おじい様が指差す先に白い木の実がある。
「おじい様、採ってください。わたくしでは手が届きません」
「何を言う? これで大丈夫だろう」
両脇に手を入れて、おじい様がぐいっと高く抱き上げてくれた。目の前にある白い実をメッサーで採った。
「ボニファティウス様、私もローゼマインと同じ物が欲しいのだが、どのように採れば……」
「ふんっ! よし、今だ! 採れ!」
わたしよりも体格が大きいヴィルフリートも軽々と持ち上げた。おじい様は力持ちだ。
……そういえば、コルネリウス兄様も振り回していたっけ。
「今回はおじい様が抱き上げてくださいましたけれど、あのように高い位置の木の実はどのように採るのですか? 森では騎獣が使いにくいですよね?」
わたしのレッサーバスは周囲に人がいなければ、上がることができるけれど、大きく羽を広げる形を取る皆の騎獣は、木々が多い森では使いにくいはずだ。
「これくらいの高さならば、身体強化ですぐに上がれます。こうして採るのですよ、ローゼマイン様」
コルネリウス兄様がナイフを幹に刺し、それを足場にして軽く跳躍する。飛び上がった先にある枝を両手でつかんで、身軽に上がっていった。
「ルングオープが他に必要な者はいるか?」
「わたくしも欲しいです」
「いります」
騎士の数人から声が上がった。上級騎士向けの少し品質が高い回復薬を作るために使う素材らしい。いくつか切って、ルングオープの実をコルネリウス兄様が下へと落とす。
ある程度行き渡ったところで、コルネリウス兄様が飛び降りてきた。
「レオノーレ、ほら、これ。……上から見ていたら、ほとんど受け取れていなかったみたいだから」
「ありがとう存じます、コルネリウス」
レオノーレが嬉しそうに受け取った。
コルネリウス兄様が降りてくるのと入れ替わりにアンゲリカが木に上がっていった。こちらも身体強化を使っている身軽な動きだ。ルングオープをいくつか採集したら、すぐに降りてくる。アンゲリカがなるべくわたしから離れないように気を付けているのが、わかった。
「あの枝の上、ザンツェですね」
前方を歩くヴィルフリート達を警戒しているザンツェをレオノーレが発見した。少し距離があるので、放置しておいても問題はないかもしれないが、背後から襲ってこられても困るので排除しておく方が安全だ。
「ユーディット、今回はシュタープでスリングショットを作って、これでザンツェを狙ってみてください」
少し距離があるザンツェを指差して、わたしが言うと、ユーディットは軽く頷いて、シュタープでいつもの長剣ではなく、スリングショットへと変形させる。Y字のパチンコのような物と説明すると解かりやすいだろうか。そのスリングショットでわたしが拾って渡した石でザンツェを狙ってもらった。
ガッと当たって、ザンツェが落ちる。その音に気付いたのだろう、ランプレヒト兄様が即座に武器を構えて走り出し、落下途中のザンツェを切り捨てる。後に残ったのは小さな魔石だけだ。
「ユーディットが身体強化を覚えたら、飛距離を伸ばすことができるでしょうし、魔力を上げれば飛ばす物を魔力で出して、次々と飛ばすこともできそうですね。やはり、投擲の方が長剣よりもユーディットに向いていると思いますよ」
「うむ。今の時点で、この距離が当てられるのだ。訓練して成長すれば、かなり精度が上がりそうだな」
おじい様が感心したように頷いて、ユーディットを見下ろす。
「護衛対象の側から離れずに敵に攻撃ができる手段があるのは、其方の強みとなる。精進せよ」
「はいっ!」
ユーディットが嬉しそうに大きな声で返事をする。
「敵の人数や範囲、天候にもよりますけれど、眠り薬や痺れ薬などの粉薬を敵陣に向けて上手く投下することができれば、とても効果的だとフェルディナンド様の覚書にはありましたよ」
「いくら効果的でも、薬を準備するのが、わたくしには無理ですよ」
わたしの奇策で宝盗りディッターに勝利したユーディットは、神官長のやり方を卑怯とも騎士らしくないとも言わず、自分にはできない、と嘆いた。
「効果的な薬や魔術具を作れる優秀な文官が必要ですね」
「お呼びになりましたか、ローゼマイン様?」
ハルトムートがすっと出てくる。そういえば、ハルトムートも優秀だった。
「ユーディットが投げる物について話をしていたのです。石だけではなく、眠り薬やしびれ薬を使えるとディッターには効果的なのですって」
「考えてみましょう。ユストクス様によると、宝盗りディッターの頃は効果的な魔術具を作って、自領を勝利に導くのが文官にとっての腕の見せ所だったそうです。その頃に作られていた魔術具の大半が広範囲に影響を及ぼす物で、競技場では観客に影響を及ぼすため、競技では使用を禁じられましたが、実戦では使えると思います」
ハルトムートの頼もしい言葉をわたしは尊敬の眼で見上げた。
「大事なのは実戦ですもの。ハルトムート、ユーディットが投げて効果的な魔術具をいくつか考えてみてください。わたくしが買い取ります」
「かしこまりました」
自分の進む道を見つけたようでユーディットが嬉しそうに相好を崩す。
「わたくし、魔力圧縮を頑張って、身体強化を身に付けて、投擲の技術を磨きますね、ローゼマイン様」
「いくつも投げる物を準備して、どの相手に、いつ、どれを投げるのが最も効果的なのか、よく考えて投げなければなりません。戦況を見る目や敵の陣列を読むことも大事になるので、しっかりお勉強もしてくださいませ」
「はい!」
……よし! これでアンゲリカのように体を鍛えるだけという状況は避けられたはず!
ふふっ、とユーディットと顔を見合わせて笑っていると、おじい様が突然足を止めた。
「止まれ!」
「……おじい様?」
「グリュンの臭いがする」
わたしが「何も臭いませんけれど」と首を傾げると、おじい様が少し鼻を動かしながら、一本の木を指差した。その木に縄張りを主張するグリュンの臭いが染みついているらしい。
……おじい様が野生動物っぽい。
この時期に出てくるグリュンは子育てのために長期間巣に籠っていて空腹である上に、子連れのため気が立っていて、
番
が必ず近くにいるため、非常に面倒な相手になるそうだ。
「採集は終了だ。すぐに戻って討伐隊を編成する。ローゼマインの騎獣に文官を乗せられるか? 護衛対象は固まっている方が良いからな」
おじい様が即座に戻るように、指示を出すのと「お師匠様、出ました!」とアンゲリカから声が上がるのは同時だった。
「……あれがグリュンですか?」
「あぁ、そうだ」
「全然レッサー君と似ていないではありませんか! 全く可愛くないですよ!」
深緑と黒の縞々で、ガリガリの体をしていて、凶悪な目で、口がぐわっと大きく裂けている。その体格は決して大きくはない。セントバーナードよりも小さいくらいだ。
二匹のグリュンがぐわっと口を大きく開いた途端、ものすごく濃い味噌のような臭いがしてきた。
「臭っ!」
ちょっと懐かしくていい匂い、と思ったわたしは、鼻を押さえて悶える騎士を見て、非常に微妙な気分になった。
……そっか。これ、そんなに臭いんだ。
「護衛対象を守って、逃がせ! 戦うのは騎士団だけで良い!」
ザッと成人した上級騎士が前に出て、シュタープから武器を取り出して構え、中級騎士がその後ろに付く。戦う必要はないと言われた見習い騎士の一人がシュタープで武器を取り出した。
「我々も領地対抗戦でグリュンを倒したので、戦えます!」
「そんなことは聞いておらん! 命令に従え!」
わたしは即座にレッサーバスを大きくして、文官達に乗り込むように声をかけた。だが、戦いの場にいることがほとんどない文官は大きく目を見開き、グリュンを見ていて、動かない。
ヴィルフリートを抱えたランプレヒト兄様が一番に戦線離脱していく姿が見え、ハッとしたようにヴィルフリートの護衛騎士見習いが騎獣を出して後に続く。
それを見上げているハルトムートを突き飛ばすようにして、ダームエルが大きく出入り口の開いたレッサーバスに押し込んだ。
「ぼんやりするな! さっさと乗り込むんだ!」
次にフィリーネを投げ込み、ユーディットを放り込む。わたしは即座に扉を閉めて、すぐにでも飛び出せるようにハンドルを握る。コルネリウス兄様とレオノーレとダームエルが騎獣を出して飛び乗った。
わたし達がザッと飛び立つと、グリュンが視認できないような速さでこちらに向かって飛び上がってきたようだ。身体強化したおじい様が同じように飛び上がってきてグリュンを殴り飛ばしたことでそれがわかった。実は、殴り飛ばしたところも正確には見ていない。グリュンが森の飛んで行った音がしたのと、おじい様が腕を振り抜いた格好をしていたので、殴り飛ばしたのだろうな、と見当をつけただけだ。
「ローゼマインに手出しはさせぬ!」
心強いおじい様の言葉と護衛騎士に周囲を守られた状態で、わたしはレッサーバスを動かし、城へ戻る。
先に飛び立ったランプレヒト兄様の騎獣が騎士団の訓練場へと向かうのを見て、ダームエルがコルネリウス兄様に「フェルディナンド様にオルドナンツを」と指示を出した。コルネリウス兄様が空を駆けながらオルドナンツを飛ばし、連絡を入れ、わたし達は城へと戻る。
「これで後は騎士団に任せておけば良いと思います。ローゼマイン様、お怪我はございませんか?」
ダームエルの確認にわたしは「大丈夫です」と頷いた。ひとまず採集はできたし、よかった、と思いながらレッサーバスから降りると、出入り口からユーディットも飛び出して来た。
「ダームエル、わたくしは文官ではありません! 護衛騎士見習いです! 騎獣で移動できますし、守られなければならない対象ではございません!」
文官達と一緒にレッサーバスに放り込まれたユーディットがキッと菫色の目を吊り上げてダームエルを睨む。護衛騎士見習いとしての誇りをいたく傷つけられたらしい。
「どうしてわたくしをローゼマイン様の騎獣に放り投げたのですか?」
涙目になっているユーディットをダームエルは困りきった目で見下ろした。アンゲリカが首を傾げながら、口を開く。
「ユーディットが一番適任だと思ったからでしょう? わたくしもユーディットが適任だと思いました」
「え?」
きょとんとした目でユーディットがアンゲリカを見た。しかし、アンゲリカはそれ以上の説明はしない。全ての説明が終わった顔をしている。
ダームエルはやりきった顔のアンゲリカと全く理解できていない顔をしているユーディットを見比べて、溜息を吐いた。
「あ~、すまない。私にはユーディットが何故怒っているのか、よく理解できないのだが、ユーディットをローゼマイン様の騎獣に乗せた理由が知りたいということで間違いないか?」
「はい」
硬い表情のユーディットにダームエルは丁寧に説明する。
「文官が同乗する以上、必ず一人は護衛騎士がローゼマイン様の騎獣に同乗しなければならない。投擲で敵を倒せるユーディットならば、ローゼマイン様の許可があれば、騎獣の中からでも攻撃ができるだろう? 乗り込み型の騎獣での護衛に最も適任だと考えたから、ユーディットに乗ってもらうことにしたのだが……」
「わたくしが護衛騎士見習いとして不足だからではないのですか?」
なかなか護衛任務に就けないというユーディットのコンプレックスがダームエルの行動を歪んで捉えていたようだ。それに気付いたらしいダームエルは苦笑しながら、首を振った。
「あれだけの投擲ができて、ボニファティウス様に認められたユーディットを不足だと、私は思っていない。……それよりも、そんなことを考えていたということは、騎獣の中での護衛任務を忘れていたのではないか?」
ユーディットは大きく目を見開き、口をパクパクと開け閉めした後、耳まで真っ赤にして「ごめんなさい」と俯いた。
やっぱりウチの護衛騎士はダームエルを中心にしておいた方が、まとまりが良いようだ。この後、ダームエルに懐いて色々と質問するようになったユーディットを見て、わたしはそう思った。