Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (358)
領主会議の報告会
「やはり何事もなく終わらなかったか……」
夕食の席でそんな溜息を吐く神官長に、ボニファティウスは「グリュンはどうせ討伐せねばならぬ魔獣だ。早期発見できてよかったではないか」とさらりと返した。同時に、グリュンが出たことよりも、騎士見習い達の連携のなさがよほど問題だ、と呟く。その呟きにヴィルフリートが大きく頷いて同意した。
「私も今日の事態を見るまで、騎士見習い達の何が悪いのかよくわかっていなかった。ローゼマインが言っていたように、騎士見習いの連携は大事だと思う。誰かを守るための練習が必要ではないか?」
「では、文官見習いを守りながら、採集に行くのはどうですか? 騎士見習いの練習にもなりますし、文官見習いも自分で採集ができます。それに、文官見習いにも多少の自衛の心得というか、守られる側の意識を持ってほしいのです」
「どういうことだ、ローゼマイン?」
神官長がよく理解できないというようにわたしを見た。わたしはグリュンが出た時の文官達の行動を説明する。
「すぐに動けるように騎獣の準備をしたり、シュタープを構えたり、せめて、護衛騎士達の指示に従うくらいのことはできないと、あまりにも襲撃に慣れていない文官では、いざという時に領主一族を守る護衛騎士から見捨てられます。……慣れは大事だと思うのです」
「ふぅむ……。確かに、グリュンが出た時、ローゼマインは予想外に冷静に行動できていたな」
わたしはユレーヴェの素材採集で獣とは何度も相対してきた。それに加えて、何度か襲撃を受けたことがあるので、嬉しくはないけれど、護衛騎士と行動することに慣れてきている。
「騎士見習いに加えて、足手まといにはならない程度に文官見習いも鍛える……か。これも領主一族の文官から優先した方が良いだろう」
「ボニファティウス様が騎士見習いや文官見習いを鍛えるのは構いませんが、グリュンの他にも討伐すべき魔獣がいないか、騎士団が先に森を探索した方が良いでしょう。それだけの足手まといを抱えると、強い魔獣が出た時に困ります」
神官長の言葉により、騎士団が数日間森の探索をすることになり、見習いの訓練が数日間お休みとなった。
お休みの後は、文官達も訓練に交じることが決まり、話を聞いたフィリーネが真っ青になっていた。これまでの襲撃率から考えると、わたしの側近は巻き込まれる可能性が非常に高いので、フィリーネも自衛の手段を持っていた方が良い。逃げることも意識していなければ、咄嗟にできないのは、森で証明済みなのだから。
訓練がお休みの数日間に、わたしは側近達と一緒に城の工房で回復薬を作ることにした。監視役は神官長だ。ついでに、鍋を煮詰めて見せて、魔力圧縮の第四段階を側近達に教える。
やはり、貴族のお坊ちゃまやお嬢様は自分で料理をしたことがないようで、火で煮詰めるという作業を初めて見たらしい。水分が減って、
嵩
が減る現象を興味深そうに見ていた。
「フェルディナンド様、魔力圧縮の講義でヒルシュール先生は、お薬を煮詰めるように、とおっしゃいましたけれど、上級貴族で高学年のハルトムートも煮詰めることを知らないのは何故ですか?」
「煮詰めると効力が高まる薬があるのだが、あまり一般的ではないからだろう」
どうやら調合鍋に素材を入れて、魔力でかき混ぜる調合ばかりで、煮詰めることもほとんどないようだ。少なくとも講義では教えられる範囲ではないらしい。
……あまり一般的じゃない薬の作り方を、魔力圧縮のイメージとして一年生に教えるなんて。いや、確かに、参考になればって、自分のやり方を教えていただけなんだろうけど。
皆に魔力圧縮の第四段階を教え、同時に、わたしはフィリーネに魔力圧縮の方法を教えることにした。下級貴族で、側近の中で一番基礎の魔力が低いフィリーネにはかなりの努力が必要になるからだ。
お金は貴族院で稼いだ分があるので問題ないけれど、契約魔術をどうするのか、少し悩んだ。国中を範囲とする契約魔術をフィリーネ一人に使うには高価すぎる。そこで、ダームエルと同じように、次回、他の人達に教える時に一緒に契約してもらうことにして、ひとまず、エーレンフェスト内で効力がある契約魔術だけを結んでおくことにした。フィリーネがベラベラ喋るとは思わないけれど、他の人に対して契約魔術を行使したことを見せておくのが大事だからだ。
そんな感じで、側近達が入れ代わり立ち代わり訓練を受けに行ったり、採集してきた素材で訓練を受ける文官達の分を含めて回復薬を作ったり、フェシュピールの練習をしたり、シュバルツ達の衣装にリーゼレータやブリュンヒルデと刺繍をしたり、ハルトムートから祝福について色々と質問をされたり、リハビリをしたりしているうちに、領主会議が終わる時期となった。
「おかえりなさいませ」
「皆でお迎えに来てくれたのですね」
転移陣がある部屋の前で並んで待っていたヴィルフリートとシャルロッテとわたしを見て、養母様がニコリと笑う。養父様も笑いながら「詳しい話は明日の報告会だ。其方等も出席だからな」と言った。
何度か貴族院の寮まで神官長が呼び出され、裏方の要であるノルベルト達が招集をかけられたようなので、一体どのような領主会議だったのか、心配していたけれど、疲れを見せないにこやか笑顔で領主夫妻が戻ってきた。
「おかえりなさいませ、お父様」
「あぁ、今戻った。ローゼマインは元気そうだな」
騎士団長として同行していたお父様に声をかけると、お父様はかすかに口元に笑みを見せた。養父様よりもお父様の方がよほど疲れているような顔をしている。何かあったのだろうか。
心配になって見上げていると、お父様は「この後、護衛騎士や側仕え、文官達がどんどんと戻ってくるので、部屋を出るように」と促した。
そして、次の日、わたしはヴィルフリートやシャルロッテと一緒に報告会が行われる会議室へと向かう。 領主一族は貴族院へ向かう年齢から、領主会議での報告会に出席しなければならないらしい。領主会議の結果が自分達の貴族院生活に大きく関わってくるからだ。
ユレーヴェに浸かっていたため、前回の報告会に出席していないわたしと、この冬が初めての貴族院になるシャルロッテは、今回が初めての参加になる。
「今年の順位が決定したのであろう? 楽しみだな」
ヴィルフリートが「去年よりも上がっているはずだ」と自信ありげに笑いながら歩く。わたしは騎獣に乗ったまま、「上がっていると良いですね」と答えた。シャルロッテは初めての報告会に緊張した顔で、言葉少なに歩き、報告会が行われる会議室に到着した。
領主一族とその側近達、騎士団、文官の上層部の者達が集まった会議である。多くの人数が集まっている会議室で、決められている席に着くと文官や側仕えが動き始める。皆の準備が整った後、領主夫妻が入ってきた。
「領主会議の報告を行う。今年は大きな変化があったため、例年より連絡事項が多い。おそらく、これから先もどんどんとエーレンフェストは影響力を増し、変化していくことになるであろう。この機を逃さず、できるだけ順位を上げていきたい。皆の協力を切に求む」
そんな養父様の言葉によって始まった報告会では、養父様の文官によって、まず、今年の順位が発表された。エーレンフェストは10位だそうだ。次の貴族院では10番の扉や部屋を使うことになる。これは、これまでのエーレンフェストの順位から考えると最高位だそうだ。
「貴族院での成績はかなり向上した。正直なところ、貴族院の成績だけならば、もう少し上の順位であった」
ただし、貴族院の成績に比べると、中央へと出た人材も少なく、流行も発信し始めたところで、エーレンフェストの影響力がまだ低い。そのため、領地の順位は10位に落ち着いたようだ。
「今年、他領からやってくる商人達とのやり取りが上手くいけば、来年は更に順位を上げることができるだろう。円滑な取引を行うと共に、一過性の流行で終わらせるのではなく、流行を定着させ、新しい流行を発信することが大事なのだ」
養父様の熱弁から察するに、どこかの領地から「エーレンフェストの流行など一過性」というような嫌味を言われたのではないかと思う。これまでパッとした流行もなければ、そう思われても仕方がない。特に、順位が近い領地や今年エーレンフェストに抜かれた領地はそう言いたくなるだろう。
ただ、その言葉は負けず嫌いなところがある養父様を刺激したようだ。キリッとした顔で会議室を見回し、養父様はグッと拳を握った。
「エーレンフェストでは今、次々と新しい紙が開発され、印刷業の準備が進んでいる。これを武器に、更なる上位を目指す!」
養父様の宣言に周囲から拍手が起こった。今までは片田舎と言われてきたエーレンフェストが数年をかけて、じわじわと順位を上げてきて、ここで13位から10位に上がったのだ。常に底辺をさまよっていたエーレンフェストをよく知っている年配の人達は嬉しそうに顔を綻ばせた。
「この順位を維持するためにも、貴族院に所属する領主候補生を中心に、これからも成績を維持するように努力してほしいと思う。成績を向上させるためには、子供達の努力と同時に、大人である我々の協力も必要だ。これについて詳しい説明をせよ、フェルディナンド」
養父様に視線を向けられた神官長が一度頷き、立ち上がった。そして、会議室の皆へと視線を向ける。
「領主候補生達から貴族院に関する話を聞いたところ、政変の後、多くの教師が入れ替わり、講義の課程にもずいぶんと変化があったらしい。騎士見習いの課程で、宝盗りディッターが速さを競うディッターに変化したことが一番大きいと思われる」
領地対抗戦という皆の目に触れる部分を例に挙げ、神官長はその課程の変化で、学生達の学ぶことがどのように変わったのか、新しく貴族院を卒業した騎士達がどのような状態なのか、詳しく説明していく。
「今、その違いを埋めるべく、騎士団では新人及び騎士見習いの特訓が行われている。宝盗りディッターに関わらぬため、文官と騎士の距離もずいぶんと遠くなっているようだ」
魔術具の設置や回復薬の作成などに領地が一丸となって取り組んできた頃とは全く変わっていることを念頭に置き、各部署で新人を鍛えてほしいことを神官長が告げた。
文官達も新人の変化に気付いていたようで、「なるほど」と頷いている。どうやら、小領地の人数が不足して廃止されてしまった宝盗りディッターというのは、教育上でかなり重要なものだったようだ。
「では、新しく決まった取引に関して報告させていただきます。新しい流行に関する取引先は、先に話し合っていた通り、中央とクラッセンブルクで決定いたしました」
文官による報告が始まった。
どうやら、領主会議においても、流行のアピール はそこそこ成功したようだ。髪飾り、リンシャン、植物紙、会食で新しいレシピ、取引できない領地へのカトルカールのレシピの販売も喜んでもらえたらしい。
「ローゼマイン様が名付けられた勘合紙を二つの領地に渡して参りました。文官は商業ギルドのギルド長にもう半分の勘合紙を渡しておき、これから来る他領の商人への対応をきちんとさせるように」
……あ、ナンセーブ紙は素材名が前面に出るからまずいって言ってたけど、結局、勘合紙になったんだ。
「来年こそ取引をしたいという領地も数多くございました。そのため、工房を増やし、何とか取引相手を増やせるようにしたいと考えております。商業ギルド長とその辺りに関しても話をしなければなりません」
他領が関心を持ってくれている間に、大量に工房を増やそうという文官に、わたしは下町への無茶振りを感じ、慌てて口を開いた。
「あの、リンシャンは製法がそれほど難しくないので、工房を増やしすぎると、他領で作れるようになった時に、工房が不必要となり、職にあぶれる人が多く出る可能性が高くなります。今回広げる物の他にも、エーレンフェストから流行させるものがあるのだから、リンシャンの工房ばかり増やしても仕方がありませんし、髪飾りの工房ばかりを増やしても仕方がありません。数年後に失業者が大量に増える事態にならないように、気を付けて工房を増やしてくださいませ」
わたしの意見に文官は不思議そうな顔をした。
「他に流行させるものがあるのでしたら、リンシャンの流行が終われば、平民には次の物を作らせれば良いのではございませんか?」
確かに、リンシャンの製法が他領に知れ渡って売れなくなったら、他の物を作るようにしなければならない。けれど、そう簡単に仕事を変えることなどできるわけがない。
「この仕事がなくなったので、他の仕事をしなさい、と言うのは簡単でも、行うのは簡単ではございません。貴方は文官の仕事がなくなったので、明日から騎士の仕事をするように、と言われて、騎士として十分な働きができますか? 文官がしている別の仕事ならばまだしも、畑違いの仕事はできません。それは下町の者も同じですから、その辺りも考えて工房を増やしてくださいませ」
「……かしこまりました」
下町に関しては、なるべく防波堤にならなければ、と決意するわたしを見ながら、文官はゆっくりと頷いた。
「次に、エーレンフェストで最も関心があるであろう申請、ヴィルフリートとローゼマインの婚約についてだが……」
養父様の言葉に、会議室の雰囲気が一瞬でピリッと引き締まった。派閥間の影響力の増減など、ある意味で最も自分達の生活に関わってくる問題だ。領地の順位に関する話よりも、皆が身を入れて聞いているのがわかる。
領地一丸となって、色々なことに対応していかなければならない時に、派閥争いか、とわたしは溜息を吐いてしまった。貴族院では派閥争いよりも、他領と競うことに視線をずらすことができたから、尚更そう思うのだろう。
……貴族院と同じように、何とか外に目を向けて、エーレンフェスト内はある程度まとめられないかな?
領主会議について行かなかった半分以上の貴族達が固唾を呑んで見守る中、養父様は深緑の眼で会議室をぐるりと見回しながら口を開いた。
「王より承認が下りた。これで正式に婚約が調ったことになる。異議を唱えるものは、王の決定に異議を唱えると同じだと思うように」
これでライゼガングはもちろん、旧ヴェローニカ派の一部も表立って文句を言えなくなった。婚約が確定してしまえば、次はどのように動かなければならないのか、考え始めたようだ。目のぎらつきが変わったように感じる。
……エーレンフェスト内で争っている余裕なんて、ないと思うんだけどね。
「それから、王の承認が下りた婚約に関しては、もう一件、報告しておくことがある。アナスタージウス王子とクラッセンブルクの領主候補生であるエグランティーヌ様の婚約だ。この婚約により、アナスタージウス王子はジギスヴァルト王子の下につくことになった。二人は王族として、動きを止めていた王族の魔術具を動かすことに尽力し、拡大していた中央の直轄地を治めるようになるそうだ」
アナスタージウスとエグランティーヌは無事に婚約が承認されたようだ。政変によって、中央に吸収され、拡大していた直轄地を治めることになるらしい。魔術具を扱うために王族という身分を残したまま、中央のギーベのような扱いになる、とわたしは理解した。
ひとまず、アナスタージウスが次の王位から一歩引いたことはわかったけれど、それで一体どのような影響があるのだろうか。
むむっと考え込んでいたわたしは、周囲が全く考えていないような表情をしているのに気が付いた。自分達の生活にこれまで王族の動向が大きく関わることが少なかったためか、わたし達の婚約に比べると周囲の関心は薄いようだ。
「それから、これもまた婚約に関する案件だ。アーレンスバッハからの申し出により、結婚が決まった。ランプレヒトとフロイデン、この二人の花嫁をエーレンフェストに迎え入れることになる」
ざわりと会議室がざわめいた。アーレンスバッハの貴族であるビンデバルト伯爵が、許可なくエーレンフェストの街に入り、わたしや神官長に向けて攻撃をしたり、ビンデバルト伯爵の所持していた私兵が暴れたりしたことで、アーレンスバッハとは交流を持たないように徹底していた。
そして、魔力不足を理由に、これまで結婚の申請を却下していたアウブ・エーレンフェストが、アーレンスバッハの貴族との結婚を口に出したのだから、驚きは当然だろう。
「最初の申請から月日がたっているので、なるべく早く輿入れを、ということで、この夏の終わりにはアーレンスバッハから二人の花嫁がやってくる」
そう言う養父様の目がどんよりしているように見えた。お祝い話が全く喜ばしい話に聞こえないのは、多分、アーレンスバッハにごり押しされたせいだろう。二人の花嫁を出すと上位領地に言われれば、受け入れたくないとは言えないと思う。
……特に、今年は取引を断っているわけだし。
来年の取引を見据えた布石だろう。そして、多分、エーレンフェストの内情を知るための潜入者に違いない。ランプレヒト兄様の花嫁ならば、騎士団長、印刷業を束ねるお母様、ヴィルフリート、そして、妹のわたしの情報が豊富に手に入る立場になるのだから。
……戻ってきたお父様がげっそりしているわけだよ。
とても大変な状況になったようだ。ランプレヒト兄様も結婚が決まっても、手放しで喜んでいられないような顔をしている。
養父様によると、アウブ・アーレンスバッハの申し出により行われる婚姻であること、中級貴族であるフロイデンの花嫁はともかく、ランプレヒト兄様の花嫁がアウブ・アーレンスバッハの姪であること、領地間の緊張を考慮した結果、領地の境界にお互いの親族と両方の領主一族が臨み、その場で簡単な式を挙げることになったそうだ。
「ランプレヒトとフロイデン、二人の親兄弟、それから、神殿長と神官長は準備しておくように」
顔を曇らせるランプレヒト兄様と違って、周囲では喜色を滲ませた顔がちほらと見えた。旧ヴェローニカ派に連なる者、アーレンスバッハとの交流を望む者達だ。旗頭がいなくなったことに加えて、流行や魔力圧縮で少しずつ旧ヴェローニカ派の影響力を削いでいたのに、この婚姻により、彼等も活性化するだろう。エーレンフェスト内の派閥争いが再燃するに違いない。
……早くエーレンフェストの順位を上げたいね。上からの圧力が面倒くさいよ、正直。
ランプレヒト兄様の結婚によって、またエーレンフェスト内がごたごたするのか、と思うと、溜息しか出てこなかった。
報告会が終わり、ざわざわと会議室にざわめきが戻る。本当にたくさんの報告があり、エーレンフェストが大きく変化しているのがよくわかった。
皆が表情も明るく退室していく。
「ローゼマイン、フェルディナンド、其方等は私の執務室に移動だ。神殿長と神官長への話がある」
わたしと神官長は養父様に呼ばれて、領主の執務室へと移動した。側近達も共にぞろぞろとついて来る。
養父様の執務室には立派な本が一冊と、その上に手紙があった。わたしがその本に目を奪われていると、養父様が軽く目を細めて本を見遣る。
「これはダンケルフェルガーからの預かり物だ。文官見習い、丁重に扱い、部屋に持ち帰るように」
……ハンネローレ様、大好きです!
わたしが感動に打ち震えている間に、ハルトムートとフィリーネが文官の準備してくれていた布に、本を丁寧に包んでいく。
「これから、星結びの儀式について少し話をする。儀式の話に側近は不要だ。少し下がっているように」
人払いがされ、執務室からはわたしの側近だけではなく、養父様の側近も去っていく。この場に残ったのは、養父様とお父様と神官長とわたしの四人だけだ。
ガチャリと扉が閉まり、ぞろぞろと移動する足音が遠くなると同時に、養父様が執務机にでろんと崩れた。
「養父様?」
「疲れたぞ、ローゼマイン。これほど疲れる領主会議など初めてだ。初めての領主会議より、よほど大変だったぞ」
領主らしい威厳を持ち、忙しいのは領地の地位が上がってきているからだ、と文官達を鼓舞していた手前、疲れた表情も愚痴も見せないようにしていたらしいが、側近達がいなくなると、スイッチが切り替わったらしい。
先程までの領主らしい態度はどこにもなく、机に伏せて「もう嫌だ」とぐじぐじ言い始めた。
「フェルディナンドに、流行の取引を決定する前に、婚約の承認を王から得ておけと助言されていたので、その通りにしておいて本当によかった。クラッセンブルクは次期領主の第二夫人にローゼマインをどうか、と言ってくるし、ドレヴァンヒェルは娘同士、息子同士が仲良しなので、このまま関係を深めていきたいと言ってくるし、フレーベルタークはリュディガーとローゼマインは年回りが良いのでは? と言ってくるし、アーレンスバッハはヴィルフリートを婿に狙っていたようだし、王の承認がなかったら、絶対に振りきれなかったぞ」
何だかとても大変な綱渡り状態になっていたようだ。
エグランティーヌを通して、わたしが流行を握っていることや作曲することを知っているクラッセンブルクは、次期領主の第二夫人にどうか、と打診してきたらしい。
「さすが大領地、と思わざるを得なかった。ほとんど交流がなくても、ローゼマインの特異さに気付いて取り込もうとするとは……」
ジルヴェスターの後ろに立っているだけでも疲れた、とお父様も首を振る。次々と遠回しに大領地から縁談が持ち込まれ、胃が痛くなる思いをしていたらしい。
「ドレヴァンヒェルとは一体いつどのように仲良くなったのだ? ユストクスの報告にもほとんど上がっていなかったと思うが……」
「ドレヴァンヒェルはほとんど交流がなかったです。こちらが主催したお茶会でエグランティーヌ様にご紹介されて、わたくしは交流が始まったところですね。エグランティーヌ様がご卒業されたので、次からは交流が増えるとは思っています」
確かアドルフィーネというお姉様だった。これからの貴族院でエグランティーヌに変わる庇護者になるので、交流は増えていくと思っている。
「そうか、増えるのか」
養父様が肩を落として、大きく息を吐いた。
「ドレヴァンヒェルは文官が優秀で、変わった魔術具を作り出すことが多い土地だ。アウブ・ドレヴァンヒェルとその側近が勘合紙に興味を示していた。魔術具としては魔力反応が薄く、下級貴族でも簡単に作れそうで、平民にも問題なく簡単に使えるところが素晴らしいそうだ」
誰が作り出したのか、どのように作ったのか、興味津々で、ぜひ譲ってほしいと言われたらしい。勘合紙を調べられたら素材も明らかになってしまうため、「まだエーレンフェストでも希少なため、今回は取引する中央とクラッセンブルクに渡す分しか持ち込んでいない」と言って、回避してきたそうだ。
「領主会議であまり情報が得られなかったので、貴族院ではドレヴァンヒェルの接触が増えると思うぞ」
「……仲良くなるのはまずいですか?」
「いや、仲良くしておいた方が良い。クラッセンブルク、ダンケルフェルガー、ドレヴァンヒェル、どの領地とも仲良くするのが大事だ。できるか?」
できるか? と言われると、社交に不安がある、とさんざん言われてきたわたしが自身を持って「できる」と答えることなどできるわけがない。「できない」とも言えずに口を噤んでいると、神官長はこめかみをトントンと指先で叩く。
「アーレンスバッハから二人の花嫁がやってきて、アーレンスバッハがどのように動くのかわからぬ今、情報源と上位の味方は多い方が良い。味方だと思っても、油断は禁物だが……」
神官長の言葉に、養父様が深く頷いた。
「ローゼマインが特に気を付けるべきなのは、其方の弱点である本を握っているダンケルフェルガーだな。ローゼマインに本を貸す約束をしていたのだと、アウブ・ダンケルフェルガーがわざわざ持って来て、貴重な本を貸し借りする仲である娘同士の交流を盾に、来年の取引を願い出てきている。おそらくダンケルフェルガーの領主候補生はなかなかの策士だぞ」
本を餌にすれば、わたしが釣れると知っているのだから気を付けろ、と養父様は言った。
ハンネローレのおっとりとした容貌でそのような策略が練られているのかどうか、わたしには全くわからないけれど、確実に言えることはある。
「わたくし、本好き仲間のハンネローレ様が大好きで、二年生ではハンネローレ様とお揃いの腕章を付けて、一緒に図書委員活動をする予定なのですけれど、どのように気を付ければ良いですか?」
わたしが首を傾げると、養父様は一度大きく目を見開いた後、頭を抱えて呻いた。
「すでにローゼマインは手中に収められているのか。……大領地は恐ろしいな」