Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (36)
紙の完成
「ああぁぁぁ、ボロボロ……」
「こっちもだ」
トロンベで作った試作品は良い出来だったが、違う素材で作った物は出来が良くなかった。
繊維自体に粘りがないせいだろうか、繊維が思ったよりも短いのだろうか、うまく繊維が絡みあわなくて、くっつかなくて、乾かす途中でボロボロになってしまった。
「トロロを多めに入れたら、大丈夫かな? どうだろう?」
「思いつくことをどんどん試してみるしかないよな」
繊維が固まりやすいようにトロロを多めに入れて、破れにくいように、次は少し厚めの紙を漉いてみた。
「これでどうよ?」
「乾いてみないとわからねぇけど、うまくいけばいいな」
トロロ多めで、厚めに漉いた紙はカチカチに固まっていて、板から剥がす途中でパキンと割れた。ポロポロと散りながら落ちていく欠片を見て、呆然としてしまう。
「失敗だよな?」
「うん、破れたというより割れたよね? 少なくとも紙じゃなかったよ」
繊維とトロロと水の割合がうまくいかないのか、素材自体がうまく噛み合っていないのか、よくわからない。
植物なら一応紙っぽい物ができると本で読んだけれど、ここではいまいちわたしの常識が通用しない。どうしてこうなった? って叫びたくなるような失敗が出てくる。
「いっそトロンベの量産ができたらいいのにね」
「できねぇよ!」
「トロンベの種があれば何とかならないかな?」
あの時に拾ったような赤い実があれば、トロンベを刈ることはそう難しいことではないと思ったが、ルッツはぶるぶると首を振った。
「そんなもん探すな! 森を潰す気か!?」
「種があったら、この間みたいに生え始めをみんなで刈れるんじゃない?」
いつ生えてくるかわからないなら困るけれど、種を見つけて何人もが待ち構えた後で、トロンベを生やせば、対処できると思う。
しかし、ルッツはこめかみを押さえて、絶対にダメだと言い張った。
「トロンベはいつ生えてくるかわからないんだ! 危険すぎる!」
「そうなんだ」
どうやらあの時はたまたま生えてくる寸前のトロンベの種をわたしが拾っただけで、どの種も拾ってすぐに生えてくるとは限らないようだ。
ルッツがあんまり怒るので、不思議なにょきにょっ木は諦めることにした。
「……早くこっちの常識、覚えてくれよ」
「これでも頑張ってるんだけどね」
生まれてからほとんど家を出たことがないマインの記憶より、前世と思われる本須 麗乃の記憶の方が長くて濃密なせいで、どうしても判断基準の全てを麗乃の記憶に頼ってしまう。
しかし、マインの中に別の記憶があるということをルッツと話したことで、最近では、ちょっとずれた思考をすると、ルッツが訂正してくれるようになった。
「とにかく、トロンベは危険なんだ。生える時に辺りの土の力を根こそぎ持って行って、トロンベが生えたところは、しばらく何も生えない土地になる。量産なんて無理だ」
「えぇ!? そんなに危険な物だったの!? この間はそんなことにならなかったよね?」
「だから、変だって言ってただろ? 聞いてなかったのか?」
「普通のトロンベがどんな物で、どう変なのか、全然わからなかったんだよ」
トロンベが一番品質良かったけれど、秋にしか出ない上に危険すぎる木なので、量産は無理だ。
無い物を望むよりは、ある物で何とかできないか考える方が有意義なので、試行錯誤を続けるしかない。
そして、その辺りで普通に採れる木で量産できるように、色々な割合を考えたり、繊維をもっと潰してみたり、エディルの実ではなく、スーラモ虫のトロロを使ってみたり、少しずつ改良していった。
「この中ではフォリンが一番向いてるな」
「うん。フォリンにスーラモ虫のトロロを少し多目に混ぜた物なら、商品化もできそうだね」
材木屋で教えてもらった柔らかめの3種類の木で挑戦してみた結果、フォリンという木が一番薄い紙を作ることができた。
フォリンは他の2つに比べて繊維が少し硬いので、叩く時が大変だが、叩けば叩くほど繊維から粘りが出てくるようだ。それが分かってからは、徹底的に叩けば、比較的良い紙ができるようになった。
そして、
船水
を作る時の割合を少しずつ変えた結果、一番良さそうな割合を発見した。発見した割合を石板に書いて、パンパンと指先の埃を払う。
「これでいいんじゃない?」
「おう、この通り作ったら、量産もできそうだな」
やっと見つかった比率にルッツの表情も明るい。出来上がった紙を嬉しそうに何度も指で撫でている。
「でも、量産は春になってからだね。今は木を採るのも大変だし、冬に向けて皮がどんどん固くなってるから」
「そうだな」
春の息吹の季節になってから、柔らかい木や柔らかい枝を採りに行った方が、良い紙ができそうだ。
それに、すでに川に皮をさらすのが辛い季節になっている。ルッツのためにも暖かくなってからにしたい。
「じゃあ、早目にできあがった紙をベンノさんのところに持っていこう。冬はわたし、オットーさんのお手伝いに門に行くから」
「あぁ。もう少ししたら冬支度も本格的に始まるし、さっさと終わらせようぜ」
「うん。わたし、明日は門に行って、オットーさんにお礼の文章の書き方を教えてもらうよ。せっかく紙を作ったんだもん。お礼状、渡したい」
わたしの提案にルッツは頷きながら、本日の失敗作をまとめて積み上げる。
「お礼の文章は任せるな。それで、こっちの失敗作はマインが持って帰るんだろ?」
「うん、成功した紙はベンノさんのところに持っていくけど、穴が開いていたり、ちょっと剥がすのを失敗したりした紙で、本を作るの」
大量にある失敗作なら持ち帰ってもいいとマルクにも確認をとってある。これで、初めての本作りができそうだ。
次の日、わたしは久し振りに門へ行った。冬の決算期に向けて、計算処理が必要な書類がだんだん増えてきているようで、オットーは顔を輝かせてわたしを歓迎してくれた。
「やぁ、マインちゃん、待っていたよ」
ポンポンと傍らに積み上がった木札を叩きながら、イイ笑顔で手招きされた。木札に書かれた品名と数を集計して、書類に書いていく作業の真っ最中だったようだ。
それを手伝いながら、わたしはオットーにお礼状の書き方について尋ねてみることにした。
「オットーさん、わたし、お礼状の書き方を教えてほしいんです」
「お礼状? 貴族達がやり取りしているような?」
いや、別に貴族達のものじゃなくていいんですけど、と言いかけて、止まった。もしかしたら、貴族の間だけで行われている習慣かもしれない。
「あの、紹介状があるなら、紹介してもらった礼状もあるんじゃないかと思ったんですけど……もしかして、無いんですか?」
「貴族同士のやり取りなら、存在していることは知っているけど、商人がわざわざ書くことはないな。契約でもないのに紙を使うのがもったいない」
確かに、紙は高価なものなので、そう気軽に使えるものではない。
「じゃあ、お礼ってどうすればいいんですか?」
「商人なら、お礼は自分が扱っている物の中から、相手が望む物を贈るのが普通だ。従者に持たせるか、本人が持っていくかは別にして、礼状ではなく、物を贈るんだよ」
紹介状のようにお礼状の書式があって、その通りに出来上がった紙でお礼状を作ろうと思っていたのに、お礼状は使われておらず、物を贈るのが普通だったとは。
「……うわぁ、予想外でした。ねぇ、オットーさん。ベンノさんに贈るって何を贈ればいいと思いますか? わたしやルッツからベンノさんに贈れるような物なんて全然思い当たらないんですけど」
わたしが持っている物で、ベンノが欲しがりそうな物など、全く思い当たらない。ベンノなら何でも持っていそうだ。
オットーは軽く肩を竦めて、助言をくれた。
「二人で作った紙でいいんじゃないか? 二人が扱う商品ってそれだけだろ? それに商品価値があれば、初期投資が報われるんだからベンノにとっては一番だ。あとは……何か新しい商品の情報とか、ね」
「わかりました。ありがとうございます、オットーさん」
紙の商品価値を高めるのと、新しい商品の情報か……。それなら何とかなるかも。
わたしは次の日、早速ルッツにお礼のための紙を作ることを提案した。
「お礼状じゃなくて、商品から気に入りそうな物を贈るのが、商人のお礼なんだって。だから、トロンベでちょっと特別な紙を作ろうと思うの。トロンベの白皮ってまだ残ってたよね?」
「あぁ。旦那への贈り物なら、最高の紙がいいもんな?……マイン、それ、何持っているんだ? レグラース?」
わたしは自分が持っている赤い葉っぱを見下ろした。
「そういう名前なの? 井戸の周りに生えてたから、昨日摘んで、押し花っぽくしてみたんだけど」
「そんなの、何に使うんだ?」
「もちろん、紙を作る時に使うんだよ」
レグラースは赤いクローバーのような植物だ。和紙の間に入った紅葉の代わりに挟み込んで漉いてみようと思いついたのだ。
栞や便せんの模様になるようなデザインで端の方にレグラースを並べたメッセージカードと、レグラースの葉っぱを小さく千切って、ハート模様のように全体に散らして千代紙のような紙を作った。
メッセージカードには、「ベンノさんのおかげで、この紙は完成しました。ありがとうございます」とわたしとルッツの連名で書く。
「この紙、すごく綺麗だな」
「レグラースを挟んであるから、絵が描かれたみたいに華やかになるでしょ?」
「こっちはどうするんだ?」
「『折り紙』にするの」
「オリガミ?」
千代紙風に作った紙は、ナイフで正方形に切った後、祝い鶴を折る。
昔の記憶では、海外に行った時なら手裏剣が一番喜ばれたけれど、ここでは手裏剣なんて見てもわからないだろうし、くす玉のような大物を作るには紙が足りない。
一枚の紙で手軽にできて、見栄えがするのが祝い鶴だった。クジャクみたいに後ろに広がるので、普通の折り鶴より豪華に見える。
「どう? これなら、見栄えもするでしょ?」
「……す、すげぇ。紙がなんでこんなことになるんだ? マインが何をやったか、全然わからなかったぞ」
恐る恐ると言った感じでルッツが鶴を指先で突く。
その扱い方に、ハッとした。
この折り鶴の原価っていくらよ?
「……よく考えたら、紙の飾りってすごく贅沢じゃない?」
「あ~、ま、まぁ、旦那に渡す分だから、いいだろ」
折り紙なら気軽で手軽にできる割に珍しくていいんじゃない? と思っていたけれど、ここでの紙の値段を考えたらもったいなすぎることをしてしまったかもしれない。
……開いて伸ばしたら、折り目はいっぱいあるけど使えるよ、ってベンノさんに教えておいた方が良いかな?
「他には新しい商品になりそうな物の情報って言われたんだけど……」
「そういうのはマインの方が思いつくだろ?」
ルッツが軽い口調でわたしに丸投げしてきた。
全く思いつかなかったわけではないけれど、本当に売れるのかわからないので、ルッツの意見を聞いてみたいのだ。
「……初めて会った時、ベンノさんが簪に興味持ってたから、簪でもいいかなと思ったけど、これって木の棒じゃない?」
わたしが自分の頭を指差すと、ルッツも大きく頷いた。
「そうだな。ただの棒だ」
「商品になると思う?」
「……自分で作れるから、わざわざ買うやつなんていないだろ?」
珍しくても、商品にはならないと思ったが、ルッツの予想も同じだった。
「商品になる簪なら、あれがいいんじゃないか?……ほら、トゥーリが洗礼式の時につけてた簪とか、さ」
「ルッツ、天才! あれは確かに周りの反応もよかった! 今年の冬仕事にちょうどいいかも」
これでベンノに贈るものも準備できた。後は都合を聞いて、会える時間を作ってもらわなければならない。
「ねぇ、ルッツ。今日、鍵を返す時、マルクさんにベンノさんの予定を聞いておいてほしいんだけどいい?」
「あぁ、いいぜ」
マルクから指定があった日、ルッツと二人で作った紙を持っていく。
完成品はトロンベとフォリンの2種類で、厚みの違いが3種類あるので、全部で6種類の紙が準備できた。
それから、ベンノに贈るための、レグラースで彩りを付けたメッセージカードと祝い鶴。最後に、相談するためのトゥーリの簪をトートバッグに入れた。
「ベンノさん、おはようございます。紙の試作品ができたので、持って来ました。ベンノさんの初期投資のお陰で、とてもいい感じに仕上がりました」
「オットーから聞いてはいたが、もうできたのか?」
「はい。これです」
トートバッグの中から紙を取り出して、ベンノの机の上に並べた。
紙を見たベンノが軽く目を見張った後、一枚目に手を伸ばす。
「どれ、確認してやろう」
透かしたり、手触りを確認したりした後、ベンノはインクを取り出した。上の方の一部分を切り取って、ペンを走らせる。
「……書けるな。羊皮紙よりも引っ掛かりが少なくて、書きやすいが、少しにじむところがある。それほど気になるわけでもないが……ふむ」
「合格ですか? ルッツ、見習いになれますか?」
ベンノが顎の辺りを撫でながら、ニヤリと笑って、次の紙に手を伸ばす。
「あぁ、そういう約束だったからな。これは、どれくらい作れる?」
「えーと、試作のためだったので、本格的に作るなら、道具を大きくしたいです。これじゃあ、ちょっと小さすぎると思うんです。一番よく使う紙の大きさってどれくらいですか?」
門で見る紹介状の大きさはバラバラで、作る紙の基準がわからない。
本当の和紙を作るような大きさの
簀桁
は大きすぎて、漉く時にものすごく力がいる。ルッツやわたしの力で綺麗な紙が作れなければ意味がないので、一番よく使う大きさの紙を量産したい。
「……そうだな。紹介状や契約書に使うのが、だいたいこれくらいだ。はっきりとは決まってない」
ベンノが棚から取り出して見せてくれた羊皮紙の大きさはA4~B4くらいの大きさだった。簀桁を振るにも程良い大きさだ。
「じゃあ、それくらいの大きさで簀桁を新しく作りたいです。でも、紙を実際作るのは春になります。今からじゃあ、素材が採れないんですよ」
「春までに道具の準備をすればいい。マルクに頼んでおけ。これなら、十分商品になる」
「はい!」
ベンノに紙が認められた。努力が実ったことが嬉しくて、ルッツと二人で顔を見合わせて、笑う。
「品質はこっちの方がいいな」
ベンノが手で触れてそう言ったのは、トロンベで作った紙だ。一目で品質の違いがわかる。色の白さや滑らかさが段違いなのだ。
「これはトロンベが材料なんです」
「トロンベだと!?」
ぎょっとしたようにベンノが顔を上げて、わたしとルッツを交互に見た。
やはりトロンベというのは、かなり危険な植物として有名らしい。変な事を口走らないように、説明はルッツに任せて、わたしは一歩下がった。
わたしの意図が通じたようで、ルッツが一歩前に出て、口を開く。
「森で採集している時に、生え始めたところをマインが見つけて、たまたま手に入ったんだ。入手が大変だし、不安定だから、滅多に作れないと思う」
「まぁ、そうだろうな……。しかし、トロンベか」
何とか量産できないか、とベンノが脳内で必死に考えているのが、手に取るようにわかる。商人らしい計算顔になっているが、希少なので、そう手に入るものではないだろう。
「いくつか試した結果、トロンベが一番品質はよかったんですけど、材料が手に入らないんじゃ商品にはなりません。そして、これがフォリンを使った紙です。商品として作るなら、素材としてはこちらの方が量産には向いています」
「なるほど。フォリンなら、確かに量産に向いているな」
ベンノが何度も頷いて、紙については納得したようなので、今度はお礼の品を取り出した。
「それから、これ……ベンノさんへのお礼状です。オットーさんに聞いたら、作った紙に商品価値を付けるのが一番喜ばれるって聞いたので、特別な紙を作ってみました」
「お礼状? 上級貴族に出したことはあるが、俺がもらったことはないぞ。何と言うか、偉くなった気がするな」
フッと嬉しそうに口元を綻ばせてメッセージカードを開いたベンノが、カードを見つめたまま、軽く目を見張って固まった。
「あの、作る途中でレグラースを入れたんです。……どうですか?」
「あ? レグラースって、この時期にはあちこちに生えている雑草だよな?……こうして見ると、美しいな。こういうのは貴族の奥方や御令嬢に受けが良さそうだ」
すぐに購買層を思い浮かべるベンノは、商人として考えるなら、とても頼もしい。その商人の目で見て、貴族に向けて売れそうだ、と判断してくれたということは、商品価値を付けることに成功したということで、間違いないだろう。
「えーと、こっちは先行投資へのお礼の品というか、贈り物というか……紙で作った飾りです。『祝い鶴』って言います」
「ほぉ! これが紙か?」
畳んであった祝い鶴を机の上で広げて見せると、ベンノが目を輝かせて手に取った。色々な角度から見ているが、飾り以外の使い道はない。
「作った後で、すごく贅沢な使い方をしたことに気付いたんです。飾るしか使い道がないんですよ。あ、でも、折っただけですから、広げたら折り目は残るけど、普通に紙としても使えます」
「いや、飾りでいいだろう? ウチで売る紙の良い宣伝になりそうだ」
紙を売ることになれば、その棚にでも飾ろうとベンノは呟いて、自分の棚へと祝い鶴を移動させた。しばらくは棚の上が祝い鶴の場所になるらしい。
正直、折り紙でここまで喜ばれると思っていなかった。贈り物として作って良かった、と素直に思う。
「正直、木から紙ができるとは思わなかった。品質もオレが予想していたよりずっと良い。これから、商品として十分に通用する。よくやった。量産できる春を楽しみにしているぞ」
ベンノからの高評価にわたしとルッツは手を取り合って喜んだ。品質改善の苦労を思い返して、思わず涙ぐんでしまう。
「やったな、マイン」
「ルッツが頑張ったからだよ」
喜ぶわたし達に苦笑しながら、ベンノが机の上の紙を全て重ねて揃えた。
「この紙は俺が買い取る。帰りに金を渡すから、マルクに声をかけてくれ」
「本当ですか!?」
そういえば、洗礼式までは原料費と販売にかかる手数料を引いた残りがわたし達の取り分になると話をしていたはずだ。
初めての現金、GETですよ!
残っている白皮を全部紙にして、売るのもいいかもしれないと考えたところで、ハッと思い出した。売り物にした物の相談をしようとトゥーリの簪を持ってきたことを。
「……あと、ベンノさんに相談があるんですけど、これって、売り物になりますか?」
わたしはトゥーリの髪飾りとして使った簪をベンノの机に取り出して置いた。短めの簪には青や黄色の小花のブーケが付いている。
何故か簪を見たベンノがひくっと頬を引きつらせた。
「嬢ちゃん、これは何だ?」
「髪飾りです。普通に髪を紐でまとめた後に飾りとして使います。……こんな風に」
わたしはトゥーリの髪飾りを、自分の簪の脇に挿して見せた。
「これは姉の洗礼式のために作った物なので、売れませんけど、冬の間に手仕事でこんな感じの飾りを作ろうと思うんですけど、売り物になりますか?」
わたしが問いかけると、ギラギラした目で髪飾りを睨んでいたベンノが、唸るような低い声を出した。
「……なる」
「じゃあ、作ります。それで、ですね。ベンノさんに売ってもらうので、これも先行投資、お願いできませんか?」
ハァ、と溜息を吐いて、ベンノがこちらを見た。ベンノがすごく疲れているように見えるのは気のせいだろうか。
「一体何が必要なんだ?」
「糸です。品質はそれほど高くなくてもいいですけど、出来るだけたくさんの色の糸が欲しいんです」
全てを同じ色で作るなんて面白味もないし、誰だって自分に似合う色が欲しいはずだ。色やデザインはたくさんある方がいい。
「糸だけか? 他には?」
「木が少しあれば嬉しいですけど、薪にするための木も採ってきているので、特にありません」
「これは嬢ちゃん一人で作るのか?」
じろりとベンノが睨んできた。
そういえば、「マインが考えて、ルッツが作る」ことになっていたはずだ。ルッツにも手を貸してもらった方が良いかもしれない。
「……木の部分がルッツで、この飾りの部分がわたしの予定です。もちろん、一緒に作りますよ。ね、ルッツ?」
「そう、木のところはオレが作る」
グッと手を握ってそう言うと、ルッツも慌てて頷いた。
何か言いたそうにベンノがわたし達をじろじろと見てきたが、ニッコリと愛想笑いで誤魔化しておく。
「まぁ、いいだろう。それで、お前達、これから動けるだけの時間と体力はあるのか?」
「大丈夫です」
「そうか。では、商業ギルドに連れて行こう」
「商業ギルド!?」
うわ、また何か新しい言葉が出て来たよ。
これは、中世ヨーロッパ的なギルドなのか、ファンタジー的ギルドなのか。一体どんな所なんだろう?