Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (363)
進化した料理
ポメとチーズとハーブのカプレーゼもどきから食べることにした。
わたしはフーゴに、ポメもチーズもスライスにして挟むように、と教えたはずだが、ここでは半分に切られた小さ目のポメの中身がくり抜かれていて、柔らかいクリームになったチーズに刻まれたハーブが混ぜられ、ポメに盛られている。
……これ、結構食べにくいかも。ナイフを入れたら、ポメが崩れそうになるんだけど。
ぐちゃっとならないように気を付けてナイフを入れ、わたしはぱくりとポメとチーズを口に入れた。少し甘みのあるポメの味を、少し塩気のあるチーズが引き立て、ハーブの香りが口の中でふわりと香る。
……あ、おいしい。
食べた時の食感が、スライスして挟んでいるカプレーゼよりも良くて、わたしは軽く目を見張る。少しでもおいしい物を作ろうと奮闘する料理人の探究心が目に見えるようだった。
神官長も食べて、少し目を細めている。
「神殿で出される物よりもおいしいように思うが……」
「料理に対する探究心の違いでしょうね。使っている材料は同じなのに、口当たりとか、食感が少し変わるだけで、ずいぶんと違う味わいになっていると思います。わたくしが眠っていた二年間で、料理が進歩しているようです。これならば、他領の商人が来ても心強いですね」
わたしは次に花野菜の焼き物を口に入れた。焦げ目がついてカリッとした表面とは違い、中は火が通っていて柔らかい。噛むと、コンソメのスープが口に広がってくる。スープに入ったブロッコリーを食べているような感じなのに、焼き物という不思議な感じがたまらない。
……コンソメ好きな神官長は気に入ったかな?
ちらりと隣の反応を伺うと、ほとんど無表情ながら、わずかに目が伏せられていて、唇の端が上がっているのが見えた。その様子から、しみじみと味わっているのがわかる。神官長はかなりお気に召したようだ。
「この焼き物は花野菜だけではなく、他の野菜にも応用できそうですね。まるで野菜の形のスープを食べているようです」
「これは我が家の料理人が考案したメニューなのです」
ギルド長がそう言った。
料理研究に熱心で、フーゴと料理対決をしたらしいイルゼの存在を思い出し、わたしはギルド長を見た。
「料理の研究はイルゼがしているのですか? 二年前よりおいしくなっていて驚きました」
「そうです。一度ローゼマイン様の専属料理人に敗北して、奮起しておりました。今日は特別に厨房に入っているのです。どうしてもローゼマイン様に食べていただきたかったようです」
ギルド長がそう言いながら、厨房がある方へと視線を向けた。イルゼがわたしのために奮闘してくれているらしい。
わたしがせっせとレシピを渡さなくても、フーゴやエラ、ニコラ、イルゼの試行錯誤により、新しいメニューが次々と生まれている。おいしい物を広げていきたいと思っていたわたしには、それがとても嬉しい。
「イルゼは新しいレシピもすぐに自分の物にしてしまいますからね。あの研究熱心な態度には好感が持てます」
「ローゼマイン様から数日前に新しい食材とレシピをいただいたと報告を受けました。本日のデザートには残念ながら間に合わなかったようです。我々には珍しい食感で、味も良いと思ったのですが、料理人には許容できなかったようです」
ギルド長によると、パンナコッタの試作品はできたけれど、イルゼにとって、今日の会食に出せる程のクオリティにはならなかったそうだ。
「ローゼマイン様、あの新しい食材は何でしょう? もっと手に入れてほしい、とイルゼに言われているのですが、一体どのような物か、見当が付きません」
膠を作る時に、最も透明度が高い部分だけを切り出し、それをコンソメと同じように煮込んで、クズや灰汁を取り、濾して作るゼラチンである。膠を作る時に、作ろうと思えば少しできる。これがあれば、料理やお菓子に幅が出るのだ。
「それについては、今度、フリーダに製法を売るつもりです」
周囲の店主達が一斉に顔を上げた。ギルド長が目を丸くしている向かい側で、ベンノが赤褐色の目を細める。
「フリーダに製法を売るのですか?」
「えぇ、わたくしが眠っている二年間、このイタリアンレストランをしっかりと守ってくれて、こうして料理を更に洗練させてくれました。ご褒美として、製法を売るのです。……無料で教えるわけではございませんよ」
……だって、料理関係の権利はベンノさんに売っても仕方がないでしょ?
プランタン商会の仕事で手一杯で、印刷業と製紙業を広げるために毎年出張しなければならないくらいに多忙なのだ。イタリアンレストランもほとんど手を付ける余裕がなくて、フリーダに任せてあったと聞いている。
わたしも共同出資者で、名前だけで客がやってくるということで、利益の一部をもらっているけれど、正直なところ、最初にお金を出して、レシピを教えた後は何もしていない。レシピに関してはフリーダに譲った方が有効利用してもらえるはずだ。
……それに、オトマール商会には領地対抗戦のためにカトルカールもたくさん準備してもらったし、ギルド長にも結構色々な無茶振りをしているもん。いいよね?
低価格で製法をあげるのが良くないことは、わかっている。心配しなくても、きちんと適正価格を取ります、とベンノに向かって言ったけれど、ベンノは少しだけ面白くなさそうに唇の端を下げた。
何が気に入らないんだろう、とわたしが首を傾げていると、「ローゼマイン」と神官長が静かにわたしを呼んだ。
「其方が眠っている二年間、イタリアンレストランを守り、更なる研鑽を積んできた者に褒美を与えるのは、まぁ、よかろう。だが、印刷業を広げるために全力を尽くしたプランタン商会には褒美を与えたのか?」
「……あ」
目覚めてから、わたしが急いで広げたかっただけだけれど、褒美という体裁でギルベルタ商会には新しい染色の技術を教えた。染織協会に低価格で教えたので、ギルベルタ商会にお金として入る利益は少ないけれど、染め物コンペの主催をすることで貴族に名を売り、影響力を広げることができる。
けれど、プランタン商会を始め、グーテンベルクは苦労をねぎらったけれど、特別に何かを与えたわけではない。
……フリーダにゼラチンの製法を教えられるように、新しい商品のアイデアがないわけじゃないんだけどね。
わたしはベンノと給仕をするマルクを見ながら、頬に手を当てて首を傾げた。
「わたくし、紙製品で作ってほしい文具は色々ございますし、プランタン商会が望むならば、権利や製法を売るのは、別に良いのです。ただ、わたくしが新しい権利や商品の提案を売ることになれば、プランタン商会やグーテンベルクは手を伸ばす範囲が広がって、更に忙しくなるのですけれど、本当に欲しいのですか?」
一瞬、ベンノがぐっと言葉に詰まり、マルクが視線を逸らした。けれど、ベンノはすぐに商人らしい笑みを浮かべて頷く。
「ローゼマイン様にいただける製法や権利ならば、何でもいただきます」
どんなに忙しくても、印刷業や紙に関する権利は全て手に入れたいようだ。「他に渡せるわけがないだろう、この阿呆」と赤褐色の目が言っている。
更に仕事を抱え込みたいのならば、別に構わないけれど、まずはグレッシェルへの出張が先だ。
「では、後日、またお話をいたしましょう。……お仕事が少し落ち着いてから」
「お心遣い、ありがたく存じます」
一応の決着がついたところで、神官長が意味ありげにわたしを見下ろして、ニッと唇の端を吊り上げる。
「ふむ、これでプランタン商会、ギルベルタ商会、オトマール商会、と君が眠っていた二年間に尽くした者には相応の褒美が与えられることになったようだな」
……自分にも寄越せってことですね。わかります。
神官長はわたしが眠っていた間だけではなく、今現在も色々な面でお世話になっている。こんな回りくどい言い方をしなくても「欲しい」と言えばあげるのに、普段は全く興味がなさそうな顔をしているので、わからないのだ。
「フェルディナンド様には多大なお世話をかけておりますから、何か欲しい物があれば、差し上げる分には構わないのですけれど、何かわたくしに差し上げられる物がございますか?」
「君の料理人が作るレシピだ。色々と増えているのだろう?」
神官長にお世話になっているのは、間違いないし、回復薬の素材やシュバルツ達への協力を考えると、レシピくらいではとても釣り合いが取れるとは思えないのだけれど、神官長にあげる分には全く問題ない。
「わかりました。フーゴが知っているレシピを差し上げます。ただ、レシピ集にして売る予定ですから、他の人には内緒ですよ」
「わかっている」
欲しい物を手に入れて、上機嫌になったように見える神官長の前にスープが運ばれてきた。
フリーダがわたしと神官長に説明するために、すぐ近くへとやってくる。
……フリーダも大きくなったなぁ。
テーブルを隔てた会合だったり、一緒にやってきたのが発育の良いトゥーリだったりしたので、よく認識していなかったけれど、こうして自分の側に立ったフリーダを見ると、ずいぶんと成長しているのがわかった。
会ったばかりの頃は、身食いで成長できなかったので、平均よりも小さ目だったフリーダだが、もう年相応に見えるようになっている。
……わたしも早く成長しないかな。
テーブルの上に出している自分の手と、説明のための紙を持っているフリーダの手を見比べて、わたしは軽く溜息を吐いた。
「本日のスープはダブルコンソメでございます」
神殿の料理人ではフーゴに比べると少し腕が劣るようで、おいしいけれど、神官長はやや不満足らしい。ザームやフランから教えてもらったそんな情報を横流ししたことで、スープは神官長お気に入りのダブルコンソメにしてくれたらしい。
「フェルディナンド様はフーゴのコンソメをお気に召していらしたと伺っております。フーゴに負けない味を作る、と闘志を燃やし、料理人が慎重に慎重を重ねて作ったコンソメです。どうぞご賞味くださいませ」
イルゼの渾身のダブルコンソメだそうだ。フーゴには負けない、と丁寧に、丁寧に作ったらしい。
琥珀色のスープが皿に注がれていく。流し込まれていくスープから喉が鳴るような匂いが辺りに広がり、その匂いだけで、もうおいしさが口の中に広がってくるようだ。底が見える程に澄んでいて、濁りはなく、色が濃くて、本当に丁寧に作られているのが一目でわかった。
スプーンを入れて、一口飲めば、様々な野菜や肉の旨味が凝縮されて閉じ込められたスープが口の中に流れる。
「……フェルディナンド様、このコンソメは美しいですか?」
わたしが神官長に尋ねると、神官長は珍しく作り物ではない柔らかな笑みを口元に浮かべた。
「あぁ、実に美しい。私の記憶にある味よりも更に複雑で、しかし、まとまりのある味わいになっている。……そうだな。例えるならば、回復薬を作る時に素材の品質を変えるだけではなく、工程を見直したようで、入れる材料だけではなく、根本的なところで何かが変わっていると言えよう」
……そんなこと言われても、わかりません。
何やらその課程の見直しの大変さと、上手くいって成功した時の美しさに関しても、普段より饒舌に語ってくれたが、全く理解できない。
……まぁ、おいしかったみたいだからいいや。
神官長が美しいと思って満足したならば、それで良い。そう思っていると、フリーダが驚いたように目を見張って神官長を見つめていた。
「驚きました。フェルディナンド様のおっしゃる通りです。卵白を使うと少し味が落ちるので、使わずに灰汁を取って濾す方法を料理人が必死に考えておりました。わたくしには差がないように感じられましたけれど、わかる方にはわかるのですね。料理人も喜ぶでしょう」
……わずかな違いを察知する神官長もすごいけど、作ったイルゼさんがすごすぎる。
ハァ、とわたしは感嘆の溜息を吐いた。
それにしても、神官長はよくそれだけ敏感な舌を持っていながら、あんなに味を度外視した薬が作れるものだ。そういう意味でもビックリだ。
「こちらはカルボナーラでございます」
スープの次に出てきたのは、カルボナーラだった。濃厚な生クリームに卵黄が入ったことで、少し黄色がかっているクリームソースの中に、カリカリに焼かれたベーコンが彩りを添えている。
フォークにくるりと巻きつけていけば、余分なソースが垂れてくる。チーズの粘りと香りを感じながら、ソースが落ちないように気を付けて、わたしは熱々のカルボナーラを食べた。
……これもフーゴのよりおいしい。
多分、コンソメも使われていると思う。わたしが伝えたレシピよりも格段に旨味が増していた。
「ローゼマイン、君が私の料理人に教えたレシピとずいぶん違うのではないか?」
カルボナーラを食べた神官長が、じろりとわたしを睨んだ。そんなふうに睨まれても、わたしもこんな味は食べていないのだ。
「わたくしが眠っていた二年間に、料理人が努力した成果です。最初に教えたレシピからずいぶんと研究を重ねたのでしょうね。わたくしも驚きました」
「……ほぅ、この料理人が欲しいな」
小さな呟きだが、金の目が本気だ。わたしはもちろん、フリーダやギルド長が、神官長の発言にびくっとする。
「フェルディナンド様、権力とお金で取り上げるようなことをしてはダメですよ。イルゼにはこのイタリアンレストランを盛り立てていってもらわなくてはならないのですから」
「わかってはいるが、この味を楽しむのが平民かと思うと、少し思うところがあっても不思議ではあるまい」
イルゼの研究成果だけれど、確かに貴族よりもイタリアンレストランに足を運ぶ富豪の平民の方がおいしい物を食べていると思うと複雑な気分になるのだろう。
ギルド長とフリーダがイルゼを取られるのではないか、という不安に満ちた目でわたしを見ている。「何とか止めてほしい」という無言の訴えが伝わってきた。
……わかった。何とか神官長を止めてみせるよ。
わたしは二人に向かって、コクリと頷く。ベンノとオットーが面白い見世物を楽しむようにわたし達を見ているのがわかった。助け舟を出してくれるつもりはないようだ。
「オーソ・ブッコでございます。子牛の骨付きのすね肉をダンケルフェルガー産のヴィゼとポメソースでじっくりと煮込んだ料理です」
茶色で艶のあるお肉に、ポメのソースがたらりと回しかけられる。肉汁が染み出ているのだろう、ソースの表面が艶を帯びて光っていた。
このオーソ・ブッコはエーレンフェストまでなかなか届かないダンケルフェルガーのお酒をたっぷりと使った料理だそうだ。わたしはエーレンフェストにあるお酒を使うレシピをフーゴに教えていたけれど、イルゼはギルド長の伝手で、更に料理に合うお酒を探し出してきたらしい。
……イルゼさんの料理研究に惜しみなくお金をかけられるオトマール商会もすごいんだよね。
後で利益になるとわかっているのだろうけれど、それでも、研究費は馬鹿にならないはずだ。イルゼはこのままギルド長のところで好きに料理をしている方が良いだろう。
……というか、ギルド長達がイルゼさんを解雇するなら、神官長じゃなくて、わたしがもらうから。
そんなことを考えながら、わたしはオーソ・ブッコを切り分けようとカトラリーを当てた。すると、ほとんど力を入れることなく、するりと肉が骨から外れていく。これほど柔らかくなるまで煮込まれているお肉は、ここでは珍しい。
「わぁ」
期待に胸を膨らませ、わたしは柔らかな肉を一口で食べられる大きさに切って、とろりとするまでに詰められたポメソースによく絡めて、口へと運ぶ。ポメソースには何種類もの野菜が小さく刻まれて入っているようで、普通のポメソースよりずっと甘くて複雑な味がした。
ほろほろと口の中で溶けていくような柔らかな肉に、「ん~」と悶えていると、おいしい料理を味わうというよりも、検分するような目になっている神官長が見えた。どうやら、かなり真剣にイルゼの引き抜きを考えているようだ。
「ねぇ、フェルディナンド様。わたくしの料理人はこのように味を深めることには熱心ではございませんけれど、二年の間に彼らなりに考えて作った新しいメニューがいくつもございました。フェルディナンド様の料理人は二年間で新しいレシピを出さなかったのでしょう?」
「……そういえば、これと言って、新しい料理が出てきたことはないな」
神官長は「それがどうした?」と軽く片方の眉を上げた。わたしは少し肩を竦めて、更に一口、オーソ・ブッコを食べる。
「それ、フェルディナンド様のせいですよ」
「どういう意味だ?」
「少しの味の違いがあった時に、こちらの方がおいしいとか、この味でこの素材を使ってほしいとか、ちょっとした感想を述べたり、課題を出したりすることで、料理人もやる気を出すのですよ。同じ味を要求して、料理人を育てて来なかったフェルディナンド様の怠慢です」
神官長が気に入ったメニューをヘビーローテーションしたり、その日の味の違いを細かくチェックしたりするから、神官長の料理人はおいしくすることには力を裂かず、完璧にレシピ通りの物を作ることに腐心しているのだ。
「……なるほど。青色神官だけではなく、料理人も育てなければならないのか」
「自分好みの味を作ってもらうための専属ですからね」
わたしはそう言ってオーソ・ブッコを食べながら、心の中で神官長の料理人にめちゃくちゃ謝った。
……ごめんね。ホントにごめんね。すごく大変な要求をされるようになるかも!
他人がお金や時間をかけて一生懸命に育ててきた料理人を引き抜くのではなく、自分の料理人を育てましょう、と言うことで、イルゼの引き抜きを止めた頃にはデザートの時間となっていた。
今日のデザートはブラーレのショートケーキだった。昔と違って、焦げて失敗することはほとんどなくなってきているらしい。きめが細かくて柔らかなスポンジに、真っ白の生クリームが塗られていて、薄く切られてお酒に少し漬けられたブラーレが多弁の花のように飾られている。
……うーん、絞り出し用の口金に色々な種類が欲しいかも。
果物で華やかに飾られているけれど、麗乃時代の記憶があるわたしには、ちょっと簡素に見えた。もっと生クリームで華やかにできるはずだ。
そういえば、何かに物を詰めるための丸い口金は見たことがあるけれど、装飾用の口金はあるかどうかわからない。
「フーゴに聞いてみて、なかったら、ヨハンにお願いしようかしら?」
クリームたっぷりのケーキをはむっと食べつつ、わたしの口から思考が漏れる。その呟きを耳聡く拾ったベンノが警戒したような目をわたしに向けた。
「ローゼマイン様、今度は何を作らせるのですか? 今は他領の商人がやってくるまでに、少しでも多くの井戸にポンプを付けなければならないと必死なのですが……」
ベンノがこれ以上の仕事は勘弁してやれ、と言うようにわたしの発言を咎めた。確かに、絞り出しの口金よりはポンプの方が大事だ。
「ザックでも、ダニロでも、作ってくれれば良いのです。また設計図を書いて渡しますね。それにしても、金属関係は全く手が足りませんね。鍛冶職人のグーテンベルクはもう少し増やした方が良いかもしれません」
店主達がバッと顔を上げて注目してくるのがわかった。それを見ながら、ベンノがゆっくりと首を振る。
「染織協会の催しが終わってからにした方が良いと思われます。ローゼマイン様もお忙しいではございませんか」
暴走するな、止まれ! と目だけで怒られている。ベンノに指摘されて、わたしは自分の予定を思い返して、頷いた。これ以上余計なことをする時間はない。
「確かに、ゆっくり選定している時間はなさそうです。グーテンベルク達がどんどんと弟子を育ててくれることに期待いたしましょう」
こうして、イタリアンレストランでの会食は終わった。
「本日の料理を作った料理人ですわ」
帰り際、ホールには料理人達も勢揃いして並んでいた。その中にやりきった笑顔のイルゼの姿がある。イルゼと目が合って、わたしはニコリと笑った。
「ご馳走様でした。わたくしもフェルディナンド様もとても満足いたしました。これからこの街に来る商人達への接待も安心して任せられます。わたくしはこの二年間の貴女の探究心と努力を称賛いたします」
イルゼがぎゅっと一度きつく目を閉じた。震える拳を握って、ゆっくりと息を吐いた後、誇らしげな笑みを見せた。
「ありがとうございました。またのご来店をお待ちしております」