Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (364)
グレッシェルへの来訪と星結びの儀式
イタリアンレストランでの会食が無事に終わり、フリーダとプランタン商会には二年間頑張ったご褒美ということで、ゼラチンの製法と文房具のアイデアを譲った。
「大量の紙を片付けるための文具ですか。それは素晴らしい」
すでに植物紙を仕事で使っているベンノは、収納グッズのアイデアに喜んでくれて、なるべく早い内に作らせると言っていた。まず、自分が欲しいらしい。
「オトマール商会ではゼラチンを作る工房を準備しなければなりませんわね」
「臭いがきついので、街中ではなく、豚が多い農村の近くにある町に工房を作ると良いですよ」
「ありがとう存じます。考慮いたしますわ」
ゼラチンができるようになれば、料理の幅もぐっと広がるはずだ。わたしもイルゼが改良したレシピを買って、お金の行き来はほとんどないままに終わった。
オルドナンツがヴィルフリートの誇らしそうな声を届けてくれたのは、春の成人式を終えてすぐのことだった。
「最終確認が終わったぞ、ローゼマイン! グレッシェルへ出発だ!」
一仕事終えた興奮がそのまま飛んできたオルドナンツの後、印刷業の責任者であるお母様からもオルドナンツが届いた。最終確認が終わったので、わたしが夏の洗礼式を終えたら、グレッシェルへ向かうというものだった。
わたしはすぐにプランタン商会にその予定を伝えて、グーテンベルク達に連絡してもらえるようにお願いして、出張する灰色神官達の服をギルベルタ商会に準備してもらえるように伝えてもらう。ギルを通して工房にも連絡を入れたし、神官長にも予定を伝えた。
オルドナンツで城の側仕え達とも打ち合わせをして、今回は実家に帰るブリュンヒルデを連れて行くことにした。あとは文官見習いの二人と護衛騎士の二人だ。
そして、夏の洗礼式を終えた二日後、グレッシェルに向けて出発の日。
ハルデンツェルに向かった時と同じように、グーテンベルクとは神殿の正面玄関前で待ち合わせである。グーテンベルクが勢揃いで、荷物も多いので、今回のレッサーバスは大型バス仕様だ。
「わぁ、何これ!? すごい!」
目を輝かせたハイディが荷物の積み込みを夫のヨゼフに任せて、レッサーバスへ一番に乗り込んだ。「手伝え、バカ!」と怒鳴るヨゼフの声が響いても、ハイディは聞いていないようで、レッサーバスの内部を触りまくって興奮気味の声を上げている。
「柔らかい! 触り心地も良いし、ふわんふわんしてる! 何の素材でできているんだろうね?」
不気味な物を見る目でレッサーバスと、はしゃぐハイディをインゴは見ていた。けれど、ベンノ、ダミアン、ルッツだけではなく、ザックとヨハンが淡々と確認しながら荷物を積み込んでいく様子を見ると、一度グッと拳を握って気合を入れた後、荷物の積み込みを始めた。
「ローゼマイン様」
ギルに続いて、工房の荷物を持った灰色神官達も正面玄関へとやってきた。神殿の外で作業をするし、プランタン商会と共に文官の前に出ることもあるので、プランタン商会の見習いが着る程度の質の中古服を与えてある。ハッセの小神殿から戻ってきた灰色神官達は、時折首元を気にしたり、袖を引っ張ったりしているのが、目に付いた。
「作業着と灰色神官の服以外を着ることがないので、綺麗な服に戸惑っているのです」
すぐに慣れます、とギルが肩を竦めた。プランタン商会に頻繁に出入りしているギルは、他の灰色神官達と違って、完全に慣れている。
「ローゼマイン様と遠出するのは久し振りで、何だか懐かしい感じがします」
「イルクナー以来ですものね」
ギルはハルデンツェルの祈念式に行かなかったので、一緒に遠出するのは久し振りだ。ちょっとだけ遠足気分で楽しくなってきた。
荷物の積み込みを終えると、アンゲリカが助手席に乗り、グーテンベルク達が後部座席に乗る。強張った顔で緊張しきっているのが、初めて騎獣に乗る者で、シートベルトをさっさと締めて、すでに寛いでいるのが慣れている者だ。好奇心が強く、一番はしゃいでいるハイディは、騎獣初心者でも別枠である。
「では、少しの会話の中でも、できるだけヴィルフリートを立てることを忘れず、暴走しないように気を付けなさい」
「わかりました。わたくしが不在の間、神官長の厨房にフーゴを遣わせることになっていますから、しばらくは新しい料理が楽しめると思いますよ」
神官長やフラン達に見送られ、わたしはレッサーバスを出発させた。そして、ハルデンツェルに向かった時と同じように、城に寄って、お母様や文官達と合流して、騎士団に守られながらグレッシェルへと向かう。
今回はヴィルフリートやシャルロッテはお留守番で、ハルデンツェルへは同行できなかった下級文官達が同行することになっている。騎獣で駆ける文官の中にはダームエルの兄、ヘンリックの姿もあった。
グレッシェルはエーレンフェストの西の川を越えて、しばらく騎獣で駆けたところにある。元々直轄地だったが、アーレンスバッハの姫君が嫁いできたことで、次期領主から外れることになった領主候補生が土地を与えられギーベ・グレッシェルとなったことが始まりだ。
アーレンスバッハの姫君が嫁いでくることがなく、そちらの領主候補生が順当に領主となっていれば、ブリュンヒルデが領主候補生だったかもしれない。つまり、グレッシェルはヴェローニカや前神殿長にとって、非常に仲が良くない実家であり、ギーベ・グレッシェルは前神殿長の遺品の引き取りを拒否した伯爵なのである。
ちなみに、前神殿長が残した家具は、情勢が変わることを察した青色神官やその実家の意向により、神殿内でもあまり引き取り手がなかった。そのため、物置に置かれていたが、神官長の提案で、文官と打ち合わせをするための神殿の部屋で有効利用されることが決まった。今は椅子の布の張替えや磨き直しなど、修理に出している。
前神殿長は実家の格に合わせた家具を使っていたので、かなり豪華な会議室になる。もしかしたら、下級文官にとっては緊張して使いにくい会議室かもしれない。
「ようこそおいでくださいました、ローゼマイン様。元気そうで何よりだ、ブリュンヒルデ」
ギーベ・グレッシェルが出迎えてくれた。長い貴族の挨拶を終え、お母様がギーベと話をしている間に、ブリュンヒルデはわたしの部屋を準備するために駆け出して行った。側仕えとして申し分なく働いている姿を見せて、家族を安心させたいらしい。
ブリュンヒルデを見送ったわたしは、グレッシェルの印刷担当文官にグーテンベルク達を紹介する。イルクナーやハルデンツェルの長期滞在でそうだったように、グーテンベルク達は、祈念式や収穫祭の時に神官が使う離れで寝泊まりすることになっていた。
一通りの紹介が終わると、ベンノとダミアン以外は離れに生活に必要な荷物を運んで、部屋を整え始める。
「今日の内に荷物を工房に運んでしまいたいですね。騎獣から下ろして、明日、また積み込むのは手間ですもの」
「え? ローゼマイン様が下町へいらっしゃるのですか?」
ベンノとダミアン、そして、わたしを含めた文官達は、この後の予定について話し合いを始めたのだが、下級文官が驚いてばかりで、全く話が進まない。
「印刷工房がどのようなところか、よく見ておかなくてはなりませんもの。ハルデンツェルでもイルクナーでも確認に参りましたし、グレッシェルではヴィルフリート兄様が先に確認に向かったはずですから、それほど驚くようなことではございませんよね?」
「それは、そうですが……」
「わたくしはハルデンツェルの工房も見学いたしました。グレッシェルも確認します」
現場を確認しておくことの大切さを説き、文官達にも同行するように命じる。側近のフィリーネとハルトムートがすぐに従ったので、文官達も従ってくれることになった。
「下級貴族である我々は、下町との連絡も引き受けることが多いのですが、上級貴族や領主候補生が平民と話をするとは思いませんでした」
「明日からグーテンベルク達は早速お仕事でしょう? プランタン商会との契約にはどのくらいかかりそうですか?」
「……ローゼマイン様がお気になさるようなことではないと存じますが」
元々直轄地だったところに領主候補生や他領の姫が来たのだ。平民と共に生きるイルクナーやハルデンツェルとは雰囲気が違い、グレッシェルの城は第二の貴族街のような印象を受けた。城の内部と外の下町で隔絶されている感じだ。
「プランタン商会の契約が終わらなければ、エーレンフェストに戻れません。何の保障もないところに、わたくしの大事なグーテンベルクを置いていくわけには参りませんもの」
ここはイルクナーやハルデンツェルと同じようには行かないかもしれない。グーテンベルク達は領主の養女であるわたしの私物のような扱いでよろしくね、とわたしは笑顔で圧力をかけておく。
「ローゼマイン様が出席される必要はないと思うのですけれど……」
城での会議に出席するわたししか知らないブリュンヒルデは、わたしが平民も同席する場に向かうことに難色を示した。けれど、印刷業を始めるグレッシェルの貴族が関心を持たないのは困る。
「文官も初めての方が多くて慣れていませんから、上に立つ者として、きちんと見ておかなければならないのです。ブリュンヒルデはグレッシェルで始まる新しい事業を確認しないのですか?」
「……ご一緒させていただきますわ」
そして、ギーベ・グレッシェルやブリュンヒルデだけではなく、貴族街育ちの下級文官にも驚かれながら、わたしはグーテンベルク達と共に平民の居住区に作られた印刷工房まで荷物を載せたレッサーバスで移動した。レッサーバスはグレッシェルの民の度肝を抜いたようで、工房長となるおじさんが口をパクパクさせて出迎えてくれた。
「これから、貴方達を指導するグーテンベルクです。グーテンベルクをグレッシェルに貸し出せる期間は収穫祭までになります。その間にしっかりと技術を身に付け、印刷工房を運営していってくださいませ」
グーテンベルクや職人達の紹介が終わると、印刷機の部品がグーテンベルクとグレッシェルの職人によって運びこまれていく。印刷工房への荷卸しが終わったら、次は製紙工房だ。小さな川のすぐ近くに作られていた製紙工房にもいくつかの道具を下ろし、ギルを始めとした灰色神官達を紹介した。
次の日からは、わたしが監視する中で、プランタン商会の契約を進めていった。条件の擦り合わせが終わるまでの数日間、わたしは時間を見つけては、同行している自分の側近とヘンリックを始めとした下級文官達を工房へと連れ回し、平民との接し方を見せた。
下町に入ることをブリュンヒルデは嫌がっていたが、「この印刷業が次の流行となるのですよ」と言ったら、唇を噛みしめるような顔でついてくる。
「……ブリュンヒルデの流行にかける熱意は本物ですね。感心いたしました」
「ローゼマイン様はわたくしを試したのですか?」
むっと細められた飴色の瞳を真っ直ぐに見ながら、わたしは大きく頷いた。
「えぇ。ブリュンヒルデにどの程度まで任せられるか、確認したかったのです。流行に関してはどれだけ任せても大丈夫そうですね。安心いたしました」
ブリュンヒルデは認められたことが嬉しいような、意地になって工房へ行ったのに褒められて困るような、複雑な笑みを見せる。
その向こうではダームエルが今までの上級貴族のやり方とは全く違うわたしのやり方に目を白黒させているヘンリック達に向かって、軽く肩を竦めた。
「ローゼマイン様は革新的で、慣れたつもりでも振り回されると言ったでしょう、兄上」
「よくわかった。……これは、意識の切り替えがなかなか大変だ」
ヘンリックは苦笑交じりにそんなことを言っていたけれど、平民と接することに比較的慣れているという点を考慮して選ばれた若い文官である。
何度か工房へと足を運び、グレッシェルの職人とグーテンベルクの間を取り持つわたしや、フィリーネが職人に質問をしたり、ハルトムートがグーテンベルクの話を聞いたりするのを見るうちに、ヘンリックも同じように会話ができるようになってきた。
……ヘンリックはダームエルと一緒で、柔軟性があるみたい。さすが兄弟。
「わたくし、平民達の意見を聞くことができそうだという点を考慮して、印刷業に関わる文官を選んでいただいたのです。ヘンリックは平民相手にも居丈高にならずに会話ができるので、印刷業や製紙業では重宝しそうで嬉しいです」
わたしがそう褒めれば、他の文官達もすぐにそれに習い始めた。この調子で育てていけば、ある程度平民の意見を聞ける文官の育成は何とかなりそうだ。
食事時しか接点がなかったギーベ・グレッシェルには最後の日に「なるほど。考え方の基本が違う、というブリュンヒルデやエルヴィーラの言葉が理解できました」と言われた。多分、貴族らしくないという言葉だろうけれど、わたしとしては満足の行く結果に終わったので、問題ない。
グーテンベルク達を残し、ベンノだけを連れて、エーレンフェストへと戻った。
製紙工房ができたという連絡が入るようになり、イルクナーともオルドナンツで連絡を取って、プランタン商会の者や灰色神官達を送っているうちに、どんどんと日が過ぎていく。
「明日はいよいよフーゴとエラの星結びの儀式ですね」
「貴族街でも儀式があるのですから、打ち合わせは入念にしておかなければなりません」
フランは軽く息を吐いてそう言った。専属料理人である二人が結婚するので、明日の調理はニコラ一人で行うことになる。
フランに呼ばれていたフーゴは嬉しくて仕方がないような笑みを浮かべて口を開いた。
「大丈夫です。ニコラ一人でもできるように、明日の分の下拵えは終えました」
フーゴに下準備を手伝ってもらえたようだが、ニコラが大変であることに変わりはないだろう。儀式の終わりを見計らって、わたしの昼食を準備しなければならないのだ。
「ニコラは二人のために頑張りますと言っていました。フーゴ、明日はタウの実からエラをしっかり守ってあげてくださいね」
下町では神殿で星結びの儀式を終えた後、新郎新婦にタウの実をぶつける星祭りがある。花婿は花嫁をタウの実から守って、新居へと駆けこまなくてはならないのだ。
これまでのフーゴと同じように、結婚できなかった独身者が妬みを込めて力一杯投げつけてくるので、逃げるのも簡単なことではない。
「任せてください。結婚できない男の僻みは笑い飛ばしてみせます」
やっと俺が主役だ、とフーゴがニッと笑っている。張り切っているようなので、何よりだ。結婚に向けて準備が多いエラは、今日はお休みにしているが、明日は神殿で花嫁姿を見せてくれるだろう。
結婚できない男であるダームエルが恨めしそうな目でフーゴを見ているのがわかったけれど、わたしは敢えて無視した。お母様にはお願いしてあるので、ダームエルのためにわたしができることはもうないのだ。
そして、次の日。わたしは朝早くから支度をして星結びの儀式を行わなければならない。
「ローゼマイン様、孤児院に行ってきます」
「フリッツ、子供達をよろしくお願いしますね」
ギルがグレッシェルへ出張中なので、孤児院の子供達を連れて、森へタウの実を拾いに行く役目はフリッツが請け負ってくれている。イルクナーやハルデンツェルへと出張していた時も同じように森へ連れて行ってくれているので、フリッツも慣れたものだ。
「では、ローゼマイン様。礼拝室へ向かいましょう」
フランに声をかけられ、ずるずるとした裾を踏まないように気を付けて、わたしは礼拝室へと向かう。
途中でダームエルがぼそりと呟いた。
「ローゼマイン様、今夜はエルヴィーラ様がどなたかご紹介してくださるのでしょうか?」
「それはお母様に聞いてみなければわかりません」
「……伺っておいてくださいよ」
お母様も屋敷の切り盛り、派閥の拡張、印刷業に加えて、ランプレヒト兄様の花嫁を迎えるために忙しく準備している。ダームエルのことが忘れられていないように祈るだけだ。
「神殿長、入室」
神官長の声と共に、灰色神官達によって扉が開かれていく。扉が開けば、ダームエルと話は終わりだ。わたしはフランから持たされた聖典を抱えて、礼拝室へと入っていく。
軽やかな鈴の音が鳴り響く中、わたしは真っ直ぐに歩き、新郎新婦と青色神官の前を歩いて壇上へと上がった。
神官長の朗々とした声で、神話が読み上げられる。最高神である闇の神と光の女神が婚姻する話で、婚姻の後も様々な問題が起こるが、二人が力を合わせて乗り越えていく辺りが、星結びの儀式のお話になる。
神官長の声を聞きながら、わたしは壇の上から礼拝室に並ぶ新郎新婦を見下ろした。それぞれの生まれた季節の貴色をまとうため、星結びの儀式が一番色とりどりで、見ていて楽しい。
一番前にエラとフーゴが見えた。
エラは春の貴色であるエメラルドグリーンの晴れ着を着て、壇上を見上げている。エラの赤毛に近い茶色の髪に、トゥーリとわたしが選んだ髪飾りが揺れている。周囲の花嫁と見比べて、浮くほど豪華ではないけれど、華やかで目を引く絶妙な感じに仕上がっていた。
普段は仕事着しか見ないけれど、こうして衣装を整えるとエラはとても可愛く見えた。神殿に出入りし、ニコラの立ち居振る舞いと日常的に接しているせいだろう、周囲の花嫁よりも姿勢がよくて、楚々とした雰囲気に見える。
わたしと目が合って嬉しそうに微笑むエラと違って、深緑の晴れ着を着ているフーゴは、緊張しきっているようにかちんこちんの表情をしていた。昨日の嬉しそうな、得意そうな表情とは全く違う。
……エラは大丈夫そうだけど、フーゴは大丈夫かな?
心配しながらフーゴの様子を窺っていると、フーゴを時折見上げて、エラがからかうように小さく笑っているのが見えた。それがとても微笑ましい光景だったので、フーゴの心配をするのは、すぐさま止めた。
……心配してくれる可愛いお嫁さんがいるのに、わたしが心配する必要ないよね。末永くいちゃいちゃしているといいよ!
わたしはそう思いながら、祝福を与えるために祈りの言葉を紡ぐ。
「高く亭亭たる大空を司る、最高神は闇と光の夫婦神よ 我の祈りを聞き届け 新しき夫婦の誕生に 御身が祝福を与え給え 御身に捧ぐは彼らの想い 祈りと感謝を捧げて 聖なる御加護を賜わらん」
最高神の夫婦神の祝福を祈ると、指輪から金の光と黒の光が飛び散って、新郎新婦に降り注ぐ。
初めてわたしの祝福を見たフーゴとエラが大きく目を見開いているのがわかった。
「最高神の祝福を得た其方らの門出は明るいものとなろう」
神官長の声と共に、神殿の扉が灰色神官によって、ギギッと開かれていく。夏の眩しい日差しが一気に入ってきて、白い壁に反射し、礼拝室が一気に明るくなった。
それと同時に静寂の魔術具は効力を失い、新郎新婦の口からは興奮したような声が上がり始める。
「よっしゃ、本物の祝福だ!」
「神殿長の祝福がもらえたんだ。後はタウの実から逃げるだけだな」
「絶対に勝てる気がする」
これから始まる祭りを前に、花婿達が気合を入れながら神殿から出て行く。フーゴも奮起したように顔を上げ、一度振り返ってわたしを見た。フーゴの様子を窺いながら、隣にいたエラも同じようにわたしを振り返る。
「神殿長、素晴らしい祝福をありがとうございました!」
フーゴの大きな声が礼拝室に響いた。それにつられたように、礼拝室から出て行こうとしていた他の新郎新婦が足を止めた。祝福に関する感謝の声が上がり始める。
何度かここで祝福を与えて、「すごい」と驚く声は上がっていたけれど、こうして感謝されたのは初めてだ。思わず頬が緩んでいく。
「皆に幸せが訪れますように」
フーゴ達を始めとした新郎新婦に返事すると、わぁっ! と歓声が上がり、その場が盛り上がる。
「行くぞ、エラ。今日は絶対に守るからな」
「今日だけじゃなくて、いつも守ってくれるんでしょ?」
フーゴが「あぁ、そうだ」と言いながら、エラを抱えて、神殿から駆け出していった。この調子で新居まで駆けこんでほしいものである。