Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (365)
ランプレヒト兄様の結婚
貴族街での星結びの儀式は、特筆すべきことはなく終わった。
強いて言うならば、エックハルト兄様はアンゲリカという婚約者ができたので、未婚の男女が集う場に行かなくても良くなったとか、アンゲリカと二人揃ってご機嫌に護衛の役目を果たしていたとか、今年もダームエルには可愛い恋人が見つからなかったとか、その程度である。
そして、星結びの儀式の翌日、ランプレヒト兄様から面会依頼が届いた。「花嫁についての話がしたい」というものだ。依頼の手紙を預かってきたリヒャルダが軽く溜息を吐いた。
「姫様もお忙しいですけれど、話し合える機会があるならば、お話しておいた方がよろしいですよ。……今はアーレンスバッハの姫君というだけで、周囲の皆様が気を尖らせておりますから。ガブリエーレ様の二の舞を演じることのないように願っております」
昔に嫁いできて、エーレンフェストを色々と振り回したお姫様は、ガブリエーレというらしい。
親戚の上級貴族の側仕え見習いとなり、指導を受けていたリヒャルダは、当時の領主夫人にガブリエーレ付きの側仕えになってほしい、と頼まれたそうだ。
「ガブリエーレ様はお可哀想な方でした。大領地の姫君ということで、第一夫人として尊重はされましたが、ご夫君は第二夫人となってしまった奥様を愛しておられましたから、とても義務的な関係だったのです」
大領地の領主候補生だから大事にされるはずだ、と自分の父親を説得して、強引にエーレンフェストへ嫁いできたものの、肝心の夫は歓迎してくれなかった。
それまでのエーレンフェストにはなかった流行を発し、注目を集めながら、ガブリエーレはアーレンスバッハから連れてきた自分の側近をエーレンフェストの貴族と婚姻させることで、自分の派閥を作ろうとした。
だが、その婚姻相手も容易には見つからない。エーレンフェストの上級貴族はどこかしらで血が繋がっている。言い換えれば、誰も彼もライゼガングと関係があるのだ。それはリヒャルダも例外ではない。
魔力が高めでライゼガングに反発心を抱く中級貴族を積極的に取り込み、ガブリエーレは勢力を築いていった。そのため、母親の作り上げた派閥をそのまま取り込んで、領主夫人となったため、ヴェローニカ派には中級貴族が多いのだそうだ。
「一度はライゼガングを始めとする上級貴族を抑える程の権勢を誇っていたのです。同じように権勢を取り戻そうと旧ヴェローニカ派はランプレヒト様の花嫁に近付くでしょう。花嫁も自分を取り巻こうとする勢力がアーレンスバッハの血を引く者だと知れば、親しみを感じるかもしれません」
「遠く離れた故郷を懐かしく思うことは止められませんものね」
エーレンフェスト内でもそれぞれの土地によって特色や気候に違いがあるのだ。他領から嫁いで来れば、ちょっとした習慣や食事にも違いを感じ、望郷の念を抱くだろう。
「ですから、ランプレヒト様やご家族とよく話し合ってくださいませ。上手くフロレンツィア派に取り込めるかどうかが、エーレンフェストにとってとても大事なことなのです」
わたしの婚約者がヴィルフリートで、その側近であるランプレヒト兄様がわたしの兄であるため、花嫁の動向は大きくわたしに関わってくる。
「ひとまず、ランプレヒト兄様に花嫁様がどのような方か、伺ってみます。お母様にも色々とお考えがあるでしょう」
ランプレヒト兄様に「お母様のお考えも知りたいです」と返事を出したところ、花嫁に関する話は家族会議として行われることになった。お父様の家に集合するように言われたため、養女になってから初めての里帰りである。
今回は家族会議を目的とした里帰りのため、側仕えも文官も同行しない。エックハルト兄様とランプレヒト兄様が一緒に帰宅してくれるので、護衛騎士はコルネリウス兄様だけで良いと考えていたら、アンゲリカが同行の準備をしていた。
「……あら? アンゲリカも同行するのですか?」
「そうです。エックハルト様の婚約者ですから、家族会議に参加しても問題ないということで、ローゼマイン様の護衛をするように仰せつかったのです」
「アンゲリカは私の婚約者だ。一応家族枠に入る。できれば、ローゼマインは女性の騎士を同行した方が良いからな。アンゲリカは適任であろう?」
エックハルト兄様の言葉に、アンゲリカはそっと頬に手を当てて、楚々とした控えめな笑みを浮かべる。
「わたくしはご家族の話し合いに差し出口をきくようなことはいたしません。どのようにすれば良いのか、命じてくだされば従いますから」
「……アンゲリカはおじい様の弟子とは思えぬな。そのようなおとなしい性質でよくあの厳しい訓練をこなしたものだ」
最もアンゲリカと接する時間が短いランプレヒト兄様はすっかり騙されているようだが、アンゲリカは派閥やら何やらを考えたくないだけで、「結果だけ教えてください」と言っているのが正しい。
アンゲリカの実態を知っているエックハルト兄様とコルネリウス兄様が顔を見合わせて、肩を竦めた。
「では、行こうか」
わたしは騎獣に乗りこんで、先導するランプレヒト兄様の騎獣を追いかける。神殿へと戻るのは慣れているけれど、養女として城に上がってから、一度も里帰りをしたことがないので、実家の場所がわからない。
……馬車でしか移動しなかったし、上空から見ても、広い庭のある似たような白い建物が並んでるだけで、判別なんてできないもん。
自分の洗礼式までの短い期間しかいなかったので、建物を見ても、それほど懐かしいという感じはしなかった。けれど、出迎えに来てくれたお母様を始め、当時世話をしてくれていた側仕え達が笑顔で帰宅を喜んでくれるのを見て、不思議と懐かしい気分が広がっていく。
「おかえりなさいませ、ローゼマイン様」
「ただいま戻りました」
食後に人払いをして、家族会議を行うことになっているので、わたしは予めお風呂も済ませた。これで眠くなるまで、話し合いに参加しても大丈夫だ。部屋に戻れば、すぐに寝られる。
そして、「料理長が張り切っておりました」とお風呂の時に側仕え達から聞いてから、楽しみにしていた夕食が始まった。
イルゼだけではなく、ここの料理長もフーゴが教えたレシピを元に、色々と創意工夫を重ねているようだ。あまり食べたことがない素材の組み合わせやわたしが食べたことがない味のドレッシングなどが出てくる。
「とてもおいしいです。努力の跡が随所に見られますね」
「料理長に伝えましょう。何とか新しいメニューを作り出せないか、頭を悩ませていましたから」
「ローゼマイン、新しいレシピはないのか?」
お父様に期待の目で見られたけれど、「次に出すレシピ集を参考にしてくださいませ」と笑顔で答えた。
ニコラが頑張ってまとめているのだ。ぜひとも売り上げに貢献して欲しい。わたしがそう言うと、クックッと肩を揺らして笑いながら、お父様は新しいレシピ集の購入を約束してくれた。
「ローゼマインは相変わらず商売上手だ」
和やかな雰囲気のおいしい食事を終えると、人払いをして、家族会議である。そういえば、食事の席にも、家族会議の席にも、お父様の第二夫人と異母弟のニコラウスが見当たらない。いくら普段は離れで生活しているとはいっても、今日のお話は大事なことだ。
わたしはくるりと皆を見回し、首を傾げた。
「トルデリーデやニコラウスは同席しないのですか?」
「彼女は旧ヴェローニカ派ですから、今日のお話には入れません」
トルデリーデはヴェローニカによって、半ば押し付けられた第二夫人だったらしい。道理で交流が少なく、ニコラウスの洗礼式の後、付き合い方に気を付けるように、と注意されるわけだ。
……領地内だけじゃなくて、家庭内でも派閥が関係しているのか。面倒くさいね、貴族って。
「では、ランプレヒト、貴方の話を聞かせていただきましょうか。我が家にいらっしゃる花嫁は一体どのような方なのかしら? もちろん、ある程度の情報はつかんでいますよ。けれど、わたくしは貴方の口から聞きたいのです」
お母様が悠然とした態度で微笑むと、ランプレヒト兄様は一度姿勢を正し、口を開いた。そして、皆を見回しながら、花嫁についての話をしてくれる。
花嫁はアウレーリアという名前で、アウブ・アーレンスバッハの弟の娘だそうだ。第三夫人の娘なので、姪といってもアウブ・アーレンスバッハと直接の面識は少なく、父親を同じとする子供達の中では扱いが良くなかった。まだ妹の方が末っ子で愛想が良く、機転が利き、可愛がられているらしい。
アウレーリアの母親である第三夫人がフレーベルタークの出身の上級貴族で、政変後は更に肩身が狭くなったそうだ。
「一体どのように知り合い、どのようなことで意気投合したのです?」
お母様はペンを持ち、何枚も重ねられた植物紙を前に、目を細めた真面目な顔で質問している。けれど、わたしの目の錯覚だろうか。次の恋愛小説のネタに食らいついているようにしか見えない。
馴れ初めから情勢の変化で別れざるを得なくなった時の心境まで根掘り葉掘り聞きだしたお母様は満足そうに頷いた。
「やはり細かいことは当人でなければわかりませんね。わたくしの集めた情報と一部食い違うこともございました」
「母上がどのような情報を得ていたのか存じませんが、アウレーリアは目がつり気味で、一見きつい顔立ちをしているので、誤解されがちなのです。決して悪い娘ではありません」
外見で気性をよく誤解されているようで、ランプレヒト兄様はアウレーリアについて慌てたように説明を加え、「何とかアウレーリアをフロレンツィア派に入れてほしい」とお母様にフォローをお願いする。
「我が家にいらっしゃる花嫁ですもの。どんな事情があろうとも、わたくしは歓迎いたしますし、お茶会にもお招きいたします。けれど、その後、どのようになるのかは、アウレーリア様次第でしょうね」
旧ヴェローニカ派は間違いなくアウレーリアに近付く。それをどのように捌くのか、エーレンフェスト内での立ち位置をどのように決めるのか。アウレーリアに伝えても良い情報と、伝えてはならない情報を選別しながら与え、フロレンツィア派に入るように導かなくてはならない。
「アウレーリア様が心地良く過ごせるように、周囲を整えることは、夫となるランプレヒトの役目でしてよ」
「母上!?」
「情勢が変わったとはいえ、貴方が選び、婚姻を望んだ娘でしょう? どのような状況でも妻を守るという気概くらい、貴方が見せられなくてどうします? 自分の妻さえ守れなくて、騎士が務まりますか?」
グッと息を呑むランプレヒト兄様を見ていると、視界の端で、第二夫人や第三夫人の争いでお母様に相当な負担をかけていたことを、わたしが娘となってから知ったらしいお父様が最後の言葉にそっと視線を逸らしたのがわかった。
「アウレーリア様には早急にエーレンフェスト内の情勢を教える必要があります。ガブリエーレ様やヴェローニカ様が行ったこと、ライゼガングとの確執、やっとまとまりつつあった派閥がこの結婚によって、また割れつつあること。どれもアウレーリア様にはどうしようもない過去の出来事ですけれど、それが未来を決める情報なのです」
アウレーリア個人が悪いわけではないけれど、アーレンスバッハに対する感情が複雑すぎる。
「どの事情を伝え、どの事情は伏せるのか。誰を近付け、誰を近付けないようにするのか。他領から嫁いでくる妻をどのように守るのか。わたくしは貴方の采配も見せていただきますよ、ランプレヒト」
じっとランプレヒト兄様を見据えていたお母様の漆黒の目がキラリと光る。
自分が言われているわけでもないのに、コルネリウス兄様とアンゲリカが息を呑んだのがわかった。
「旧ヴェローニカ派をまとめあげ、こちらの派閥に入れるくらいの手腕をアウレーリア様が見せてくだされば、わたくしは諸手を挙げて歓迎いたします」
……とんでもない課題を出されてるよ、アウレーリア様!
アウレーリアもこんな姑がいるとは予想外だろう。ランプレヒト兄様とお母様では似ても似つかない。
「貴方の新居ですけれど、離れを準備しています。他の貴族の出入りを知るためには、敷地内にいてもらった方が良いですからね。窮屈でしょうけれど、我慢してちょうだい」
「母上、家具はどうなりましたか?」
「今は使っていない分を運ばせています。好みもあるでしょうから、後から自分達で整えた方が良いでしょう」
家族ばかりだからだろうか、お母様がやや投げやりな態度に見える。いつもきっちりとしたお母様には珍しい。
……疲れているのかな?
「ランプレヒト兄様も婚姻の準備はしているのですか? お母様に全てをお任せにするのではなく、ご自分の目で色々な物を選び、準備された方が良いですよ」
「それはそうだが、女性同士の方がよくわかるであろう?」
「まさか。アウレーリア様の好みに関して一番ご存知なのはランプレヒト兄様だと思います。お好きな色もお母様はご存知ないでしょう。……まさか、ランプレヒト兄様もご存知ないとはおっしゃいませんよね?」
持ち物から推測される好みを知ろうと、わたしがいくつか質問すると、ランプレヒト兄様はほとんどの質問に対してきちんと答えが返ってきた。それだけランプレヒト兄様が彼女をよく見ていたということだ。状況が状況だが、好きな相手と結婚できるのだから、ちゃんと幸せになってほしいと思う。
「ランプレヒト、アウレーリア様はどのような宝飾品を好みますの? 貴方はどのような魔石を準備したのかしら? 好みのモチーフがあれば家具を選ぶにも活かせるでしょう?」
お母様もメモを取りながら、色々と質問を重ねる。若干楽しそうに見えるのは取材気分だからだろうか。どんな疲れていても、趣味を楽しむ心を忘れないお母様に正直なところ驚嘆する。
ふぅ、と満ち足りた笑みと共に、お母様は「ランプレヒトの言う通りの方がいらっしゃれば、嬉しいのですけれど」と言って、ペンを置いた。そして、視線をわたしに向けてくる。
「ローゼマインはアウレーリア様の立ち位置がハッキリするまで、決して接触してはなりませんよ。エーレンフェストにおいては、貴女が一番秘すべきことの多い存在なのに、不用意な言動が多いのですから」
ぐうの音も出ない言葉に、わたしは殊勝な態度で頷き、保護者達の許可が出るまで接触しないことを約束する。
「コルネリウス、アンゲリカ。二人ともローゼマインの護衛騎士として、よく見張っておくようにね」
「お任せくださいませ、エルヴィーラ様。許可が出るまで、わたくしが接触させません」
自分にできる仕事が回ってきたアンゲリカがキリッとした顔で請け負った。
お願いしますね、と頷くお母様が静かに座っていたエックハルト兄様とアンゲリカを見比べるように視線を動かし、首を傾げる。
「そういえば、エックハルトとアンゲリカの結婚はいつにするのです? ランプレヒトと違って急ぎではないので、来年でも良いのですけれど、新居の準備は早目に進めた方が良いですよ。アンゲリカも長々と婚約期間が続くと不安に思うでしょう?」
エックハルト兄様は亡くなった第一夫人と共に住んでいた自宅が別にあるらしい。そこにアンゲリカを住まわせるにしても、片付け、新しい生活用品を入れなければならない。
お母様の言葉にエックハルト兄様がわずかに顔をしかめ、アンゲリカは笑顔で首を横に振った。
「……わたくし、婚姻する時期はエックハルト様にお任せしておりますし、まだまだ未熟でお師匠様から強くなったことを認めていただくことを優先したいですから、本当に急いでおりません。ローゼマイン様が成人してからでも良いくらいです」
アンゲリカが胸を張ってそう言うと、エックハルト兄様は「いくら何でも遅すぎるだろう」と苦笑し、お母様は頭を抱えた。
「それでは貴女の両親に面目が立ちません。エックハルトよりも結婚に乗り気でない女性がいるなんて、信じられませんわ」
……お母様、アンゲリカに恋愛を期待してもダメですよ。
アンゲリカがいきおくれと後ろ指を指されないように、二十歳になるまでには結婚するということで話は落ち着き、本日の家族会議は終了となった。
「さぁ、ローゼマインはもう休みなさい」
お話は終わりにしましょう、と言ったお母様の横顔がとても疲れているように見えた。
「……あの、お母様は印刷業の文官業務に加えて、派閥をまとめあげ、花嫁を迎える準備をするのでは、とてもお忙しいでしょう? あまり役に立たないかもしれませんけれど、少しだけ癒しを捧げたいのです。よろしいでしょうか?」
「わたくしは怪我も何もしておりませんよ」
「気持ちだけです。お母様に癒しの女神 ルングシュメールの祝福がありますように」
指輪に祈りを込めれば、ふわりと緑の光が飛んでいく。せめて、少しだけでも癒されれば良い、と思う。その思いは通じたのか、お母様はフッと優しい笑みを浮かべた。
「ありがとう、ローゼマイン。疲れが取れたような気がいたします。明日は久し振りに我が家でお茶をいたしましょう。料理長も色々なお菓子を作るようになったのですよ」
「えぇ、楽しみにしております」
自室へと戻る道すがら、コルネリウス兄様が「疲れたな」と大きく肩を回した。
「他領との婚姻には面倒が多いと聞いていたが、これほどとは思わなかった」
「そうですね。貴族同士の結婚は気持ちだけではどうしようもないと知っていましたけれど、わたくしも驚きました。そのように面倒がるということは、コルネリウス兄様の意中の方は他領の方なのですか?」
「いや、違うが……」
会話の流れで当たり前のように否定したコルネリウス兄様が、バッと口元を押さえて、わたしを見下ろした。しまった、と書いてある表情を瞬時に取り繕ったが、一瞬の動揺で丸わかりだ。
んふふっ、と笑って、わたしはコルネリウス兄様を見上げる。
「では、コルネリウス兄様がエスコートを申し込もうとしている意中の方は、エーレンフェストの方ですのね? もう申し込みはされましたの? 早く申し込まなければ、素敵な方は他の殿方からも申し込まれて、手遅れになってしまいますよ?」
「……あぁ、まるで母上が二人いるみたいだ。ほら、部屋に着いたよ。ローゼマインはもう寝る時間だ。疲れただろう? 疲れたはずだ。シュラートラウムの祝福と共に良き眠りが訪れるように早くお休み」
わたしの質問には何一つ答えることなく、コルネリウス兄様は手早くわたしを部屋に押し込んだ。
次の日のお茶会も、話題はランプレヒト兄様の結婚についてである。式が領地の境界で行われるので、ライゼガング伯爵の夏の館で昼食をとってから、境界の門へと向かうのだそうだ。
「宿泊もライゼガング伯爵の館になるのですか?」
「えぇ、おそらく。まだ完全に決定はしておりませんけれど、あの辺りは旧ヴェローニカ派が多いですからね。領主一族を迎え入れることができる場所は少ないのです」
ライゼガング伯爵のところは、昔の祈念式でも襲われた記憶がある。あの時は神官が過ごすための離れだったし、わたしは寝ていたので、詳細を知らないのだけれど、今回も同じことが起こらなければ良い。
「襲撃の心配などしなくても、騎士団を連れて行きますから大丈夫ですよ」
クスクスと笑うお母様と一緒に、式当日の夕食の宴や、アウレーリアを歓迎するために行うお披露目の式などについて話し合う。
結婚の話で、わたしはふと思い出した。
「そういえば、ダームエルのお相手はお母様でも見つからなかったのですね」
「……えぇ。残念ですけれど、今は特に時期が悪いので、少し情勢が落ち着くくらいまでは難しいでしょう」
困ったように溜息を吐いたお母様が言うことには、ダームエルの嫁というのはとても難しいそうだ。
まず、魔力が釣り合わないので、同じ階級である下級貴族からは探せない。次に、ブリギッテも難色を示したように、跡継ぎでもなく、家もない下級騎士のところへ、中級貴族の娘が身分を落としてまで嫁ぐのは、よほどの覚悟が必要になる。
そして、わたしの側近であるダームエルを婿に迎え入れると、その家は完全に派閥が固定されてしまうため、旗色の良い方へと動きたい中級貴族にとっては困る。今は特にランプレヒト兄様にアーレンスバッハから花嫁が来ることが発表されているので、中級、下級貴族は息をひそめて派閥の動向を窺っている状態らしい。
おまけに、ダームエルはわたしの側近とはいえ、元々が下級騎士のため、いつ護衛騎士の立場を切られるかわからない。わたしにそのつもりがなくても、傍から見れば絶対の保証はない。そして、おじい様が言っていたように入れ替えられるだろうと大半が見ているので、大きな不安材料になるそうだ。
わたしは城へ戻るとすぐにダームエルにお母様の言葉を伝えた。
「……そういうわけで、ダームエルの結婚はすぐには難しいのですって」
「エルヴィーラ様に見切りを付けられたということは、つまり、私はこのまま結婚できないということですね?」
ガクンと項垂れるダームエルにわたしは少しだけ首を傾げる。
「全く可能性がないわけではありません。情勢が落ち着いて、お母様や養母様の派閥が完全にエーレンフェストを掌握するか、魔力圧縮で魔力が釣り合う下級貴族が育つまで待つしかないようですけれど」
ダームエルが「不可能と同じです」と項垂れたけれど、こればかりは仕方がない。あまり貴族に伝手がないわたしには、お手伝いをしてあげられる分野ではないのだ。
その後は神殿に戻った。礼拝室がないところで星結びの儀式を行うための準備を整え、神官長に魔石から鎧を作るやり方や、灰色神官の防御の固めかたについて、話し合いながら日々を過ごす。
神官長が使っていた、光の帯で手をぐるぐる巻きに捕縛するための呪文や網状にして複数の敵を一度に捕える呪文、そして、簡易版の女神の盾を出すための呪文などを教えてもらい、襲撃に備える。備えあれば患いなしだ。
城と神殿を行き来する文官見習いや護衛騎士見習いからの情報によると、城では騎士団の警護についてや宿泊先の手配、宴の準備などについて話し合いが行われ、采配が振るわれているらしい。
他領の商人がやってくるようになったという知らせが手紙で届けられ、直に孤児院や工房の視察に向かうと、下町の賑わいが伝わってくるようになった。
これまでとは全く違う活気が下町に溢れている夏の終わり、わたし達は領地の境界に向かって出発した。