Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (368)
アーレンスバッハの現状
星結びの儀式は無事に終わって、わたしは予定通りに寝込んだ。
起きてから神官長に聞かされたのは、旧ヴェローニカ派の子供達が奮闘したことで襲撃が未然に防がれたという話だった。
「おそらく、神官組が馬車で移動すると襲撃者は考えていたのであろう。街道沿いの森の中に数人の気配があったと騎士団から報告が上がっている」
「街道沿いの森ですか? 一体何のために? 騎獣なのですから、街道沿いを行くとは限りませんよね?」
道も何もなく、目的地まで一直線に向かえるのが騎獣の良いところだ。わざわざ街道沿いに駆けるような面倒な真似はしないのに、襲撃者は何を考えているのだろうか。
首を傾げるわたしに、神官長が溜息を吐いた。
「君が自分の騎獣に全てを乗せて移動するとは考えていなかったのであろう。一部の貴族しか、君の騎獣が大きさを自由自在に変えられることを知らないし、君以外で自分の騎獣に灰色神官を乗せる貴族などいるはずがない」
「……つまり、わたくしの柔軟な発想の勝利ですね」
「常識破りと言いなさい」
神官長によると、貴族としては考えられないわたしの行動により、襲撃者は攻撃対象を見失っていたらしい。森の中でじっと馬車が通るのを待っている襲撃者の姿を思い浮かべると、間抜けで面白い。
襲撃者達は騎士団には探しにくいくらいの微弱な魔力の持ち主だそうで、騎士団が捜索を始めるとすぐに散り散りになって、ふっと魔力を消したらしい。微弱な魔力を頼りに捜索していた騎士達は対象を見失い、境界門の警戒を強めることにしたそうだ。
「結果としては何事もなく終わったが、旧ヴェローニカ派の子供達が計画を知り、事前に連絡を取ろうと奮闘していたのは事実で、その報告のおかげで森に潜む襲撃者の存在を知ることができた。貴族院で派閥に関係なく協力するように、君が心を砕いていたことが芽吹いたのだろう。そう、リヒャルダが言っていたぞ」
自分の周りがギスギスするのは嫌だな、という感情から始めたことだし、親が関わってくる以上、エーレンフェストに戻ると協力体制は終わると思っていたので、これは嬉しい誤算だ。
わたし達が成人して、自由に派閥を選ぶことができるようになった時に、こちらへ引き込もうと考えていたけれど、旧ヴェローニカ派の子供達はずいぶんと先進的だ。
「勇気を出して行動することで、ローデリヒ達は領主への忠誠を示してくれたのですね。自分の親と対立することがどれほど大変なことなのか、養父様はご存知でしょうから、上手く子供達を取り込んでくださるように、神官長からもお願いしてくださいね」
貴族社会で成人せずに親から離れようと決意するのは、自分の地盤を切り崩すことだ。次の庇護者がいなければ、彼等の未来は暗くなる。見習い仕事も親族の元で行うので、あっという間に潰される可能性もある。
「……彼らは君に知らせようと必死だったそうだが、君が取り込むのではないのか?」
「え? わたくしの側近に取り立てても良いのですか? 確かに、取り立てたい者はいます。ただ、わたくしが一番に旧ヴェローニカ派を取り込むのはあまり褒められたことではないでしょう?」
未だに地盤が弱い養父様や次期領主となるヴィルフリートが取り込んでいった方が良いと思う。もちろん、ライゼガングが背後にいるわたしが取り込んだ方が、旧ヴェローニカ派に対して効果が高いのならば、わたしはどんどんと取り込むつもりでいるけれど。
「功を労ったり、褒美を与えたりするのではなく、側近に取り立てるだと? 相変わらず君は性急すぎる。たったこれだけで彼らを判断して、いきなり側近に取り込むのは危険だ」
「わたくしは貴族院で彼らの働きを見ていましたから、別にいきなりではないのですよ。面識のない者を書類だけで判断し、側近に召し上げたハルトムートやブリュンヒルデの時の方が、よほどいきなりでした」
わたしの側近候補は、事前に保護者達が
篩
にかけていたので、保護者達にとってはいきなりではなかったかもしれない。けれど、わたしにとってはほぼ初対面で、人となりも知らずに、側近に選んだのだ。
それに比べると、旧ヴェローニカ派の子供達は、貴族院で季節一つ分の言動を見ている。
最初は派閥を越えた協力を渋っていたけれど、班分けをして勉強を始めたら、皆が一丸となって勉強を始めたし、資料の提供や教え合いもすぐにできるようになった。情報収集でお金を稼ぐにも、旧ヴェローニカ派でなければ得られないアーレンスバッハの情報を得ようと努力してくれたし、領地対抗戦の準備も自分達なり考えた適材適所となっていた。
一緒に生活していれば、いくら普段は取り繕った貴族でも、多少見えてくるものがあるのだ。
……わたしに見る目があるか、ないか、は別として。
「なるほど。そう言われてみれば、君にとってはいきなりのことではないかもしれぬ。だが、周囲には突然すぎる。旧ヴェローニカ派を側近に取り立てるには、もう少し時間と功績が必要だ。ただ、今後のためにも功には報いた方が良い。君はどうしたい?」
どうしたいといわれても困る。わたしは側近に取り立てたいと一応の希望は述べたはずだ。それ以外に旧ヴェローニカ派の子供達がこちらの派閥に入りやすくなると同時に、少しでも大人の意識を変える一助となるような、役に立つ褒美があるだろうか。
「旧ヴェローニカ派を側近に取り立てるのが難しいのでしたら、以前にも提案したと思うのですけれど、契約魔術の内容を少し変更することで、魔力圧縮方法を教えることはできないでしょうか?」
「……魔力圧縮方法か」
今のところはフロレンツィア派と確定している貴族を選抜して教えているが、功績に対する褒美として教えることができれば、こちらの派閥のために働く者が増える可能性は高い。
「仕える先を何故自分で決められないのか、成人まで待つと、成長率に大きな差が出てしまうのではないか。旧ヴェローニカ派の子供達はそう言って、とても焦っていました」
「さもありなん。成長率には大きく関わる。それはランプレヒトやダームエルの世代とアンゲリカやコルネリウスの世代を比べても明らかだからな」
「そもそもエーレンフェストの魔力不足を解消するために、圧縮方法を広げたいと神官長達は考えたのでしょう? こちらの味方となる契約魔術が結べるのならば、成長期の子供達の魔力をなるべく伸ばしてあげたいです」
神官長は難しい顔のままでじっと聞いている。すぐに却下されないということは、多少なりとも希望がある。
「魔力圧縮方法を教えるかどうかは、上層部の意見によるので、今は何とも回答できぬが、子供達をこちらの派閥に取り込むのは、急務だな。子供を取り込んで、親もこちらに引き込むか、将来の貴重な人材を潰される前に、子供だけでも確保して、親を切り捨てるか……。すぐに選択を迫られる時が来るだろう」
「そうですね。今のままでは、アーレンスバッハに寄りたい親と、自分で派閥を選びたい子の対立が激化する可能性が高いので、未成年の子供達の庇護者が必要になると思います」
旧ヴェローニカ派の子供達の庇護者になることは、子供のわたしにはできないことで、エーレンフェストの貴族をまとめる養父様の仕事だ。領主として、彼らの功績と決意に報いてほしい。
「君の意見はわかった。伝えておこう」
体調が回復して、日常生活が戻ってくる。フィリーネやハルトムートが神殿に出入りして通常業務を行うようになると、下町からの面会依頼が来るようになった。染色コンペを行うギルベルタ商会が主である。
面会の日時が決まると、わたしはブリュンヒルデにオルドナンツを飛ばした。
「ブリュンヒルデ、ギルベルタ商会と染色のお披露目会に関するお話合いが神殿であるのですけれど、どうしますか? グレッシェルの下町よりは入りやすいと思いますよ」
「フィリーネやハルトムートが出入りしているのですもの。そのように心配されなくても、わたくしは参ります」
汚い下町に入ることができたのだから、神殿には問題なく入れるという回答が返ってきた。日常的に他の側近達が出入りしていて、話を聞いているので、下町に比べると抵抗感がかなり薄れているらしい。
「ハルトムートは神殿について、どのように伝えたのですか?」
「貴族の代わりに神官がいるだけで、清潔さは城とさほど変わらないこと、それから、平民出身の灰色神官もよく教育されているので、周囲にいても不快感がないことは伝えています」
「わたくしも神殿でどのようなお仕事をしたのか、報告しています」
ハルトムートだけではなく、フィリーネもニコリと笑ってそう言った。
「ローゼマイン様、次のギルベルタ商会との会合は、染色のお披露目会に関する打ち合わせになるのですから、ブリュンヒルデだけではなく、エルヴィーラ様にも連絡を入れておいた方が良いですよ」
ハルトムートの指摘により、お母様にも連絡を入れた結果、ギルベルタ商会との会合は、護衛騎士に文官、それにブリュンヒルデとお母様が同席することになった。
今日の会合はお母様やブリュンヒルデが同席するので、いつもの孤児院長室ではなく、神殿の正面玄関に最も近い場所に新しく作られた応接室で行う予定である。
「今から向かいます」
お母様からオルドナンツが飛んできたので、わたしはニコラにお茶とお菓子の準備を頼んで、フランとモニカとダームエルとアンゲリカを伴って出迎えに正面玄関へと向かう。
空をきょろきょろと見回していると、騎獣が城の方から隊列を組んで飛んでくるのが見えた。予想以上に多い。お母様とブリュンヒルデと共に、文官見習いの二人と護衛騎士見習いの三人もやってきた。
「ここが神殿ですか……」
初めて来たブリュンヒルデは、神殿を検分するようにぐるりと見回していたが、お母様はわたしの神殿長室に来たことがあるので、躊躇いなく神殿に入ってくる。ブリュンヒルデはそれに驚いたように飴色の瞳を軽く見張った。
他の側近達も神殿へ入ることに躊躇いはない。スタスタと歩く皆につられるようにして、ブリュンヒルデも神殿へと入ってくる。感情をなるべく表情に出さないようにしているけれど、ほんの少し目が泳いでいるのがわかる。
「こちらが神殿の応接室です。貴族の文官達と下町の商人達が会合を行う場合、ここを使用します」
応接室の家具は前神殿長が残した家具をリフォームした物なので、上級貴族が使っていても全く問題のない部屋になっている。ブリュンヒルデはぐるりと家具を見回して、軽く一つ頷いた。
「今日のお菓子はコルデのタルトです。新作なのですよ」
わたしがエラとニコラが作った旬の味覚が詰まったタルトを勧めると、フランがすぐにお茶を入れてくれる。
フランのお茶はブリュンヒルデの口にも合ったようだ。コクリと一口飲んだブリュンヒルデが、軽く目を閉じて、ゆっくりとその一口を味わう。
「とてもおいしいですわ」
「フランはフェルディナンド様の教育も受けていて、優秀だと評価を受けているのです」
「まぁ……」
わたし達がお茶とお菓子を楽しんでいると、ギルがギルベルタ商会の面々を連れてきた。貴族がずらりと並ぶ応接室に、オットーが一瞬息を呑んだのがわかる。わたしを見て笑みを深めたのは、動揺を隠すためだろう。
……十人もいれば、そりゃビックリするよね。
長い挨拶を終え、わたしはオットーにも椅子とお茶を勧めた。
「オットー、下町の様子はいかがですか? 他領からの商人がたくさん来ているのでしょう? 工房や孤児院の見回りに向かうと、例年よりずっとにぎやかな喧騒が聞こえてきますもの」
フランが淹れてくれたお茶とコルデのタルトを味わいながら、わたしはオットーへと話題を振った。
「盛況です。商業ギルドを始め、大店が対応に追われていて、来年に向けての改善点はいくつかございますが、今のところ順調と言えます」
上位領地の商人が使える高級な宿が少ないこと、その従業員の教育など、来年に向けて見直さなければならないことはたくさんあるらしい。
けれど、人の出入りが激しくなるということは、商機が増えるということだ。イタリアンレストランに来ていた大店の主達は、すでに来年に向けて動き出しているそうだ。
「リンシャンも髪飾りの売れ行きも好調です。イタリアンレストランも紹介制度により、出入りが制限されているため、より高級感や特別感を出すことができています。中央の商人も食事をしては目を丸くしています。まだまだ足りない物が多いエーレンフェストですが、他領に抜きん出たところもいくつかあるので、胸を張って商売ができています」
中央やクラッセンブルクの商人相手にも負けずに商売をしているオットーやベンノの姿が簡単に想像できて、わたしはとても楽しくなった。
「大きな問題がないようで何よりです。街も美しく保っていますか?」
「もちろんです。兵士達の見回りが今でも続いています。最近は兵士達の小言があまり聞かれなくなったので、新しい生活様式に皆が慣れてきたのでしょう」
雪深くなる冬にもゴミや汚物を捨てに行けるように、通路や屋根の建設が行われているらしい。建築系の工房も、材木を扱う商会も大忙しだそうだ。
「では、染色のお披露目会について話をいたしましょう。染色工房の様子はいかがですか?」
「グーテンベルク以外にも、領主一族からの称号が得られ、専属となれる道が開けるとあって、非常に盛り上がっています。若い職人はグーテンベルクと同様に、称号を得るために野心に燃えた目で新しい染めを生み出そうとし、年季の入った職人は自分が見習いだった頃に親方から聞いた話や技術を思い出せないか、と必死に取り組んでおります」
廃れてしまった染めの技術だったが、ギルベルタ商会に残っていた古い手記や布、染織協会の倉庫にあったいくつかの資料というわずかな情報から、技術の復活も行われているようで、大変な盛り上がりを見せているらしい。
「こちらが参加する染色工房と職人の一覧表でございます」
オットーが差し出してくれた一覧表に目を通していくと、そこには母さんの名前もあった。エーファという名前と工房の名前で、別人ではないことを確認して、わたしは一気にテンションが上がってくる。
……うわぁ! 母さんも参加するんだ! わたし、絶対に母さんを専属に任命するよ!
ふむふむ、と冷静に一覧表を見ているような顔をしつつ、内心では、よしっ! とガッツポーズをしていると、オットーがわたしからお母様へと視線を移す。
「エルヴィーラ様、お披露目会の予定はいつ頃になりますか? 職人に正確な期日を通達しなければなりません」
当日の搬入時間やお茶会の開始時間、どれだけの規模の会になるのか、城に入れても良い人数など、基本的にオットーとお母様、時々ブリュンヒルデの会話で重要なことが決まっていく。
わたしは次々と決まっていく事柄に頷きながら、染色や服飾に関する称号の名前を考えていた。オットーから称号を送ってほしいと言われているが、グーテンベルクのようにぴたりとはまる名前が思い浮かばない。
……称号ねぇ。でも、グーテンベルクだって、ヨハンの金属活字に感動して、するっと出てきただけだし、わたし、本や印刷はともかく、染色は大して興味がなかったんだよね。
図書館関係や印刷関係ならば、出てくる名前はたくさんあっても、麗乃時代に母親から誘われた体験くらいしかしていない染色関係は細かく名前なんて覚えていない。いくらたくさんの本を読んだことがあっても、覚えていなければ意味がない。
加えて言うならば、染めを職人に広げようと思ったのも、ユストクスの情報収集に対応するためだった。染め物コンペも、称号も想定外だ。わたしにはそれほどの思い入れがないので、思いつく名前にも碌な物がない。
……うーん、人名が思いつかないなら、染料の名前とか、最初に思い浮かんだ友禅とかにする? でも、日本語の単語って、結構発音しにくいよね?
おまけに、こちらでは貴族にあやかって付けられる名前は長くなる。短い名前を付けたら、きっと微妙な顔をされてしまう。
……困った。いっそ、技術の復活とか、そういう意味の単語の方がいいかも……。何て言ったっけ? ほら、もう、色々と忘れてるけど、あったじゃない。そういう時代。区分するには面倒な、文化の復活や再生の……。
「えーと……そう。ルネッサンス!」
スッキリ! と顔を上げた瞬間、周囲の何とも言えない視線がこちらにむかっているのがわかる。
「あ、あら、失礼いたしました。その、優秀な者に与える称号を考えていたものですから」
ほほほ、と笑って誤魔化すが、皆の微妙な表情は変わらない。一瞬の沈黙の後、オットーが取り繕うように笑って、皆を見回した。
「ほぅ、ルネッサンス。それがローゼマイン様から染色の職人へ与える称号ですか? 難しい顔をされているので、こちらに何か不備があったかと思いましたが、熟考されていらっしゃったのですね」
……オットーにすっごいフォローされてる。「ポロッと出ちゃったけど、違うんです」なんて言える雰囲気じゃないよ。どうしよう!?
「ローゼマイン様の納得できる称号が決まってよかったですね」
「ルネッサンス……」
わたしが内心で頭を抱えながら、どうやって訂正するか考えているうちに、染色関係の称号はルネッサンスに決まってしまった。ハルトムートやフィリーネがメモを取り、オットーの背後に控えている補佐のテオも書字板に書いている。
……やばっ! 染色、全然関係なくなった。このままでは母さんがルネッサンスって呼ばれてしまう。いやあああぁぁぁ!
「では、当日はそのようにしてくださいませ」
「かしこまりました」
打ち合わせを終え、ギルベルタ商会の面々が退室していく。
「お母様、ランプレヒト兄様の花嫁、アウレーリア様はどのようなご様子ですか?」
「貴女は基本的に領主の養女として会うことになるのですから、アウレーリアと呼ぶようになさい。……ランプレヒトと話し合って、面会相手を厳選しているようで、今のところアウレーリアが旧ヴェローニカ派と接触した様子はありません」
ランプレヒト兄様とアウレーリアの新居は敷地内の離れなので、貴族が出入りするとわかるのだそうだ。
「もう一人の花嫁、ベティーナは旧ヴェローニカ派と親密にお付き合いしているようですね。こちらは当たり前なのですけれど」
そう言って、お母様は溜息を吐いた。ベティーナが嫁いだフロイデンは、旧ヴェローニカ派の中級貴族なので、親戚付き合いをすれば、旧ヴェローニカ派と親交を深めることになるそうだ。これはどうしようもないだろう。
「ただ、アウレーリアはいつもヴェールを被っているので、わたくしは未だに顔を見ていないのです」
「そういえば、誤解されるのを防ぎたいとランプレヒト兄様がおっしゃっていましたね」
「ずっとアーレンスバッハのヴェールを被っている方が誤解されると思うのですけれどね」
お母様は溜息を吐いたけれど、これまでずっと誤解されて生きてきたのならば、アウレーリアが今の緊迫した状態で誤解されるのを避けたいと思うのは、自然だろう。
「あの、お母様。アウレーリアを染色のお披露目会にご招待するのですか? わたくし、接触を禁じられておりますけれど、お招きしないわけにはいきませんよね?」
夫の上司とも言える養母様と、姑であるお母様と、義理の妹に当たるわたしが企画した催しにアウレーリアを招かないのは、傍から見れば完全に嫁いびりである。
「えぇ、お招きしないわけにはまいりませんもの。わたくしがなるべく貴女といるようにしますし、ブリュンヒルデも付けるので、大丈夫でしょう。発言には気を付けるのですよ」
「はい」
「とりあえず、アウレーリアから聞いたアーレンスバッハの内情について、ローゼマインとフェルディナンド様にお話しておきたいことがあるのです。もう領主夫妻にはお話しいたしましたから」
神官長には商人との話し合いが終わったら、と約束をしていたらしい。モニカに呼んできてもらい、フランにはお茶を入れ替えてもらう。
「エルヴィーラ、アーレンスバッハの情報が入ったと聞いたが……」
「そうなのです。アウレーリアからランプレヒトが聞きだした情報ですけれど」
そう前置きをして、お母様が教えてくれたのは、アーレンスバッハの領主候補が激減した理由だった。
「アウブ・アーレンスバッハの第一夫人はドレヴァンヒェルの出身で、第二夫人はベルケシュトックの出身、第三夫人がエーレンフェストのゲオルギーネ様だったそうです」
「ベルケシュトック……」
神官長は何かわかったのか、「そういうことか」と呟いた。残念ながら、わたしには全くわからない。とりあえず、ベルケシュトックは政変によって、すでになくなってしまった大領地であることだけは知っている。
「第一夫人には女の子が三人で男の子はいらっしゃらず、第二夫人には男の子が二人いらっしゃいました」
どちらも大領地の出身だったため、第二夫人の息子のどちらかが次期領主となるだろうと言われていたらしい。第一夫人の娘達は領地外へ嫁いだ者もいれば、領地内の上級貴族と結婚した者もいるそうだ。
そして、政変が起こり、第一夫人と第二夫人の実家で陣営が分かれることになる。アウブ・アーレンスバッハは第一夫人の実家と陣を同じにした。ドレヴァンヒェルと同じ陣営にいたため、勝ち組に入ることができた。
「そして、政変が終わった後、大粛清がございました」
即位した王とクラッセンブルクによって、貴族の大粛清が行われた。敗北した大領地の貴族が厳しく罰されることになった。
「第二夫人は当時のアウブ・ベルケシュトックの妹で、処刑されたそうです。その二人の息子にも累が及びそうになったのだが、アウブ・アーレンスバッハの助命嘆願により、上級貴族の身分に落とすことで、命は助かることになりました」
この時点で、アーレンスバッハは勝ち組になったにもかかわらず、跡継ぎに困るという事態になったらしい。それにもかかわらず、敗北した領地を分譲され、領地が拡大された。
「第二夫人の息子達が領主候補を廃され、上級貴族となった時、すでに第一夫人の娘達は嫁いでいて、アーレンスバッハの領主候補ではありませんでした。第一夫人は自分の娘の子供、つまり、孫を養女にして、領主候補を増やそうとしたそうです」
けれど、どこの領地も貴族が減っている。引き取れたのは、たった一人だけだった。その子を次期領主として育てながら、上級貴族に降りた領主の血を引く子を養子にして、領主候補を増やす予定だったそうだ。
ところが、第一夫人は亡くなり、ゲオルギーネが第一夫人となった。
「ゲオルギーネ様の娘は上級貴族に嫁いでいて、領主候補ではなくなっていました。残っているのはディートリンデ様と、第一夫人の養女となっていたレティーツィア様だけだそうです」
「領主の弟は領主候補であろう? そちらの子が多いならば、アウブの地位を早急に譲り、領主候補を増やすことを考えた方が良いのではないか?」
神官長の言葉に、お母様はゆっくりと首を振った。
「いいえ、アーレンスバッハでは領主が決まった時に、同じ世代の領主候補を廃する習慣があるそうです。アウレーリアの父親は土地を与えられ、上級貴族となっていると聞いています」
アーレンスバッハの状態は八方塞がりであるらしい。
「……わたくしがランプレヒトから聞いたのは、このくらいです」
「色々と疑問点が残っているが、アウレーリアがフレーベルターク出身の第三夫人の娘ならば、あまり詳しい情報は出て来ぬ可能性もあるな」
神官長は眉間に深い皺を刻み、ものすごく嫌そうな顔で、思考の海に沈み始めた。