Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (369)
染色コンペ
ランプレヒト兄様達の星結びの儀式は夏の終わりだったため、すぐに夏の成人式と秋の洗礼式の時期となった。
儀式を終えると、わたしは染色コンペのために城へと移動する。収穫祭準備までの短い期間を、城で過ごすことになったのだ。
「ローゼマイン様、あと少しですよ」
わたしが城に着くと、リーゼレータが嬉しそうに笑いながら、緻密な魔法陣とそれを隠すための刺繍で色鮮やかになった布を広げて見せてくれた。リーゼレータとシャルロッテ達の頑張りで、シュバルツ達の衣装はほとんど刺繍が終わっている。
「素晴らしいです、リーゼレータ!」
「残りわずかですね。わたくしもやります」
アンゲリカが魔法陣を覚えるために、キラリと青い瞳を輝かせて、刺繍針を手に取ると、ユーディットがハッとしたように顔を上げて、負けじと刺繍糸に手を伸ばした。
……皆、女子力高いね。
女子力の高い皆様にお任せしておこうと思う。わたしには他にやらなければならないことがある。
「護衛任務はダームエルとコルネリウスに任せますね。ハルトムートとフィリーネは写本です。こちらもあまり時間がありません。急ぎましょう」
貴族院に行くまでにダンケルフェルガーの本の写本を終わらせなければならないので、わたしとフィリーネとハルトムートは写本に全力投球である。わたしは写本ではなく、現代語訳を作っているわけだが、時間がないことに変わりはない。
ブリュンヒルデとお母様と養母様にお茶会の準備は丸投げして、写本に精を出すうちに、すぐに染色コンペの日がやってきた。
お茶会は午後から行われるが、3の鐘にはギルベルタ商会がやってきて、布の搬入を始めることになっている。ギルベルタ商会が到着したという知らせが入り、わたしはその様子を見るために会場へと移動した。
会場に入ったのはわたしが一番乗りだったけれど、すぐに養母様とお母様もやってきた。それ見て、指示を出していたオットーが挨拶にやってくる。
貴族の長い挨拶を交わした後、お母様は部屋の様子をぐるりと見回した。
「オットー、あの木枠は何ですの?」
ギルベルタ商会の店員達が壁際に次々と木枠を設置しているのが見える。その木枠が布をかけるための道具だと、わたしは一目でわかった。けれど、養母様やお母様にはわからないようだ。普段、布というのは商人が広げて見せる物だという感覚があるからだろう。
オットーが持ち込んでいる木枠は
衣紋掛
けの中でも、着物を大きく広げて掛けるために使う
衣桁
のような物と言えばわかりやすいだろうか。高さが二メートルくらいで、神社の鳥居のような形に見える。
そんな木枠が壁際に並ぶ様子にお母様が眉根を寄せている。質問されたオットーは少し困ったような笑みを浮かべながら、説明を始めた。
「新しい染め方のお披露目会とは言っても、お茶会ですから、少し離れた席の方でも全ての布が見られるように、と考えた結果なのです」
貴族が布を選ぶ時は、自分の目の前に並べられ、その中から商人に広げさせたり、触ったりしながら、好みの布を選ぶ。
今回のように貴族がたくさんいて、どの貴族にも全ての布を見てもらいたい時に一人一人にいつもの対応をしようと思えば、人員も布も時間も足りない。とても対応できないことに、オットーは頭を悩ませていたらしい。
「ローゼマイン様の髪飾りを主に作っている職人が提案してくれたのです。白い壁が続く城ならば、壁際に並べていけば、染められた布が映えるのではないか、と。大きく広げて、お茶会の飾りにすれば、好みの布を鑑賞しやすいのではないか、と」
「そうですね。今回は新しく衣装を誂える場ではなくて、染め方の発表と同時に、専属を決める場ですから、皆様に全ての布を見てもらわなければなりませんもの。わたくしはこうして広げておいてもらうのが、わかりやすくて良いと思います。専属を決めたり、布を決めたりする時の対応で順番を間違わなければ、問題はないでしょう」
普段、新しく衣装を新調する時は自分の専属である針子が持ってきた布の中から選ぶけれど、今回は自分の専属の染色職人を決める場になる。そう言って、わたしがオットーを援護すると、お母様は少し表情を和らげた。
「……確かに、全ての布を見て、自分の好みを決めるのであれば、テーブル毎にまとめて見せるとしても、とても時間が足りませんものね」
木枠の設置が終わり、布を飾り始めると、真っ白の壁に様々な色彩の赤が壁を彩り始めた。ピンクに近いような赤から、オレンジに近いような赤まで、一口に赤といってもたくさんあり、一枚の布の中で色合いが違う物も多い。領主の養女であるわたしの発案で作られているせいだろうか、ほとんどが花の柄である。
木枠に布が広げられ始めると、すぐにブリュンヒルデからギルベルタ商会へのダメ出しが始まった。
「そちらの方、木枠の間隔をもっと広げてくださいませ。これではこちらの布の柄が映えません」
「か、かしこまりました」
「この布はこの部分をよく見えるように飾るべきですよ。この花の柄が一番美しいではありませんか」
「おっしゃる通りでございます」
それぞれの布が映える展示の仕方を細かく指示を出している。ブリュンヒルデの指摘に合わせて細かく位置を調整しなければならないギルベルタ商会の人達は大変そうだが、ブリュンヒルデの見る目はすごい。本当に少し変えるだけで、印象が変わる。
「ローゼマイン様……」
ブリュンヒルデに翻弄される店員達からSOSの目配せを受けたオットーが、小さな声でわたしを呼んだけれど、わたしは生き生きとしているブリュンヒルデを止めるつもりはない。
「飾り方に関しては、ブリュンヒルデの貴族としての感覚に任せた方が、お茶会で受け入れられやすいでしょう。ギルベルタ商会もよく学ぶと良いですよ」
その頃には、城の側仕え達もお茶会の準備に忙しく動き回る時間となっていた。テーブルの準備が始まり、お菓子の準備などに関する報告が入り、養母様はそちらに対応している。
次々と広げられていく布を見ていたお母様が、ふと何かに気付いたように顔を上げた。
「オットー、このように飾られている布を見ても、どの職人の布かわかりませんね。札でもつけるのですか?」
お母様の言葉にオットーは首を振った。
「職人に対して公平を期すために、会場に運び込んだ布にはギルベルタ商会だけにわかるように番号を付けています。専属にしようと思えるほどに気に入った布があれば、番号を教えてください。その番号の工房と職人の名前をお教えいたします」
「自分の目だけで選ぶということですね。新しい技術ですし、良いのではありませんか」
お母様が軽く頷いて了承したけれど、わたしは了承したくない。それでは、わたしが母さんを専属に指名できないかもしれないではないか。
オットーの「公平を期す」というのが、わたしの家族贔屓を封じるための言葉だとわかって、唇を尖らせる。
……ちょっとくらい贔屓したっていいじゃん! オットーさんの意地悪!
仕方がないので、自分の目で母さんの作品を探すしかない。
……やるよ! わたしの家族愛を見せつけるんだ!
昼食を終えると、お茶会の準備の総点検をして、5の鐘からお茶会だ。
お茶会のお菓子がたくさん食べられるように昼食を控えめにして、リヒャルダに叱られたけれど、最近パイやタルト作りに凝っているエラのお菓子はお腹が膨れる物が多いのだ。少しお腹が空いている状態でなければ、たくさん食べられない。
「ローゼマイン様、改めて紹介させてくださいませ」
昼食のために一度家に帰っていたお母様が、アーレンスバッハのヴェールを被った者を連れて戻ってきた。アウレーリアだ。
お母様が懸念していたように、びっしりと刺繍がされた厚めの布のヴェールで顔を隠してしまっているアウレーリアは、パッと見た感じ、アーレンスバッハの慣習を重んじて、エーレンフェストを拒んでいるように見えた。
「ローゼマイン様、こちらはランプレヒトの花嫁、アウレーリアです。一人では入城しにくいでしょうから、時間は早いのですけれど、一緒に連れて参りました。アウレーリア、こちらはローゼマイン様です。わたくしの娘でランプレヒトの妹ですが、領主の養女になりました。貴女の星結びの儀式で神殿長を務めたので、全く知らぬ者ではないでしょう?」
「はい。祝福をいただけて、本当に嬉しゅうございました」
お母様に紹介されて、アウレーリアと挨拶を交わす。顔を隠すヴェール越しでは、本当に相手が見えない。
「アウレーリア、今日は他にも貴族が集まるのですから、ヴェールを脱いだ方が良いのではなくて?」
「ローゼマイン様もそうおっしゃられてよ、アウレーリア」
「いいえ、お義母様。何度おっしゃられても、わたくしは……」
決して脱ぐまいという心を見せるように、ギュッとヴェールをアウレーリアがつかんだ。
お母様が何度もアウレーリアにヴェールを脱ぐように言ったことがわかるし、顔が見えない相手はどうしても不気味に映るので、ヴェールを脱いでほしいと思っていることもわかる。
けれど、頑なにヴェールをつかむ手は小さく震えていて、わたしにはアウレーリアがヴェールを被った状態でも怯えているように見えた。
「アウレーリア、貴女を心配しているのです。頑なにアーレンスバッハのヴェールを被る様子は、エーレンフェストに馴染むつもりがないように見えますから」
「そのようなつもりはないのですけれど……」
それでも、とアウレーリアはヴェールをつかむ手を緩めない。これまでどのような誤解のされ方をしてきたのか知らないけれど、ずいぶんと根深いようだ。
「ヴェールを外したくないならば、エーレンフェストの布でヴェールを作るのはいかがですか? そうすれば、アウレーリアが一目でエーレンフェストに馴染んだように見えると思うのですけれど」
わたしの言葉にアウレーリアがピクリと動いたのがわかった。
お母様も軽く息を吐いて、「それならば、確かに印象が変わるでしょうね」と言う。
「今日はエーレンフェストの古くて、新しい染めの技術を使った布がずらりと並ぶ日です。わたくしが提案した染め方で職人達が染めてくれた布のお披露目会なのですよ。この中からアウレーリアが気に入った布を選んで、ヴェールの布を変えるだけで、ずいぶんと印象が変わると思います。いかがでしょう?」
「素敵な提案をありがとう存じます、ローゼマイン様。エーレンフェストの布でヴェールを作りますわ」
アウレーリアの声がホッとした安堵の感情を伝えてきた。
その後、やってきた養母様と一緒に、お母様は最終確認に忙しく動き回り始める。ブリュンヒルデが布の飾り方に問題はないか、厳しい目でチェックする隣で、わたしは母さんの染めた布を探して、壁際の布を見ていた。
冬のお披露目で着られるように、と染色工房に注文を付けていたことで、並んでいる布は全て赤を基調とした物ばかりである。
けれど、その赤の中に色々な色がある。橙のような赤から紫に近い赤まで様々な色合いの布があり、一つの布の中にも深い赤から薄い赤へと布の色がグラデーションしている物があったり、絞り染めらしく
斑
に見えるような色合いの物があったり、等間隔に模様が染められている物もある。
……母さんの布、どれだろう?
それだけ色とりどりな布の中には、花の部分だけに明るい色をつけた物、葉の緑を色づけた物などがちらほらと混ざっていた。多色を使っている布はまだそれほど多くないので、目を引く。
……あれ? なんか、懐かれたっぽい?
アウレーリアがのそのそとわたしについて来る。養母様もお母様も忙しいので、暇なわたしが相手をするべきだろう。
……何か話題。何か……えーと。
「アウレーリアはヴェールを被っていますけれど、前が見えるのですか?」
「……え?」
「わたくし、顔を隠すためのヴェールを以前に使ったことがあるのですけれど、その時は自分の足元しか見えず、対面した相手が全く見えなかったのです」
青色巫女時代の祈念式でヴェールを被った時は、相手からもわたしの顔が見られなかったのだろうけれど、わたしも相手の顔がみえなかった。それでは、社交ができないと思う。
わたしの疑問に、アウレーリアは申し訳なさそうな声を出した。
「こちらのヴェールには魔法陣が刺繍されているので、その……」
アウレーリアからわたし達は見えているらしい。
「では、ヴェールを被っていても人間違いをすることはないのですね」
「え、えぇ、そうです」
「アウレーリアは刺繍が得意なのですか?」
「人並み程度ですわ」
……かなり得意ってこと? だって、リーゼレータが人並みって言ってたし。
「ローゼマイン様は何でもお得意なのでしょう? ランプレヒトが自慢の妹だと言っておりました」
本当に聖女のように慈悲深いのだ、とランプレヒト兄様はアウレーリアに言っていたらしい。主であるヴィルフリートを救ってくれなければ、今の自分はなかったのだ、と。
「孤児や違う派閥の者にも慈悲を見せるから、初対面でいきなりわたくしを嫌うようなことはない、と言われていたのですけれど、それをそのまま信じることもできなかったのです。でも、ローゼマイン様は星結びの儀式の時にお言葉をくださったでしょう? わたくし、本当に嬉しかったのです。今日もヴェールを外すのではなく、新しいヴェールを作るという提案をいただけて、嬉しく思っているのです」
ランプレヒト兄様とはほとんど接点がないので、会話が少なくて知らなかったけれど、わたしはずいぶんと感謝されているらしい。アウレーリアがわたしに好意を持って近付いてくるのは、ランプレヒト兄様の言葉が大きな比重を占めているようだ。
わたしもランプレヒト兄様を褒めて、株を上げてあげたいと思うのだけれど、都合の良い話題が浮かばない。とりあえず、アウレーリアと親睦を深めることにしよう。
「では、自慢の妹であるわたくしが、アウレーリアに布を一つ、贈りましょう。結婚のお祝いですわ。可愛らしいのと綺麗なの、どちらがお好みですか?」
「わたくしは、この通り背が高いですし、可愛らしい布が似合うような容姿ではございませんから……」
アウレーリアが首を振っているのがわかるけれど、似合わないだけで可愛いものが好きそうだ。
「普段着ている服に合う色かどうかはよく吟味した方が良いかもしれませんけれど、ヴェールですから、顔は見えませんし、似合うも似合わないもないですよ」
ピクッとアウレーリアの頭が動く。アウレーリアの心の動きが見えるようで、わたしはちょっと楽しくなってきた。
「ブリュンヒルデ、こうしてヴェールに使うならば、どのような柄が似合うかしら?」
「こちらの絞り染めと蝋結染めを組み合わせた布はいかがですか? 大きく柄を見せるならば、こちらも素敵でしてよ。魔法陣を刺繍するのでしたら、こちらのように裾に模様が入っているけれど、この部分は空いている布でも使いやすいかもしれませんね」
アウレーリアが真剣に布を見始めた。顔は見えないけれど、布の前で立ち止まってじっと見る時間が長くなったので、それがわかる。
アウレーリアが長く立ち止まっていた布の番号をブリュンヒルデが控えているのを視界の端で見ながら、わたしは母さんの布を探す。
お披露目会が始まる前にアウレーリアと友好を深めていたわたしは、アウレーリアとお母様に挟まれて座ることになった。お母様にできるだけアーレンスバッハについて話題を振って、少しでも多くの情報を聞きだすように、と密命を受けたのである。重大任務だ。
……アーレンスバッハについての話題。
わたしはお茶を飲みながら、アウレーリアに話しかけた。
「あの、アウレーリア。わたくし、アーレンスバッハについて知りたいことがございます。お伺いしてもよろしいですか?」
「わたくしにわかることであれば……」
警戒するように声が硬くなったのがわかったけれど、わたしは重大任務をこなすのだ。
「アーレンスバッハの図書室の蔵書数はどのくらいございますか?」
「……と、図書室の蔵書数ですか?」
アウレーリアの声が高くなって、動揺しているのがわかる。お母様と養母様が「違う」と言いたそうに、そっと目を伏せた。
「えぇ、やはり大領地ですから、たくさんのあるのでしょう?」
「申し訳ございませんけれど、正確な数は存じません。わたくし、城にはあまり出入りしていなかったのです。けれど、貴族院の図書館の方がよほど多かったですわ」
領主の姪とはいっても、第三夫人の娘で冷遇されていたと言っていた。それでは城にあまり出入りしていなくても仕方がない。
「では、アウレーリアはお嫁入り道具にアーレンスバッハの本を持っていないでしょうか? わたくし、お話が大好きなのです。ダンケルフェルガーには強い騎士のお話がたくさんございましたけれど、アーレンスバッハにはどのようなお話がございますか? 知っているお話があれば教えてくださいませ」
うきうきと答えを待っていると、アウレーリアが少し首を傾げた。
「そうですね。よく語られる騎士のお話でしたら、海の魔獣を退治するお話が有名ですね」
「あら、アーレンスバッハにもそのようなお話がございますの? 少し聞かせてくださいませ」
お母様が声をかけると、アウレーリアが「本当にありふれたお話ですけれど」と言いながら、コクリと頷いた。
語ってくれたのは、巨大な海の魔物を倒す騎士の話で、エーレンフェストには全くありふれていない珍しいお話だった。フィリーネが必死でメモを取っていた。
アウレーリアの話には、魚に関する名前がたくさんでてきて、嫌でも期待が高まっていく。
……魚! 魚! 海産物! ひゃっほぅ!
アウレーリアと仲良くなったら乾燥させた海藻や干物くらいならば、手に入るようになるかもしれない。アウレーリアのヴェールの複雑な柄が魚の大群に見えてきた。
「アーレンスバッハは海があると地理で習いました。どのような魚があるのですか? おいしいですか?」
ギュッと手を組んでアウレーリアを期待の眼差しで見上げると、アウレーリアが怯んだようにわずかに体を揺らす。
「エーレンフェストのお食事の方がおいしいと思いますよ。もちろん、故郷の料理ですから、わたくしにとってはアーレンスバッハのお料理もおいしく感じますけれど」
「エーレンフェストにいらしてしまうと食べられませんものね」
嫁入り道具には持って来ていないのか、とガッカリしていると、アウレーリアも少し肩を落とす。
「時を止める魔術具を使って、アーレンスバッハから持ってきたものがあるのですが、食べられないのです」
「何故ですか!?」
懐かしくなった時に食べられるように、故郷の料理を持ってくるつもりで準備させた箱の中に入っていたのは、料理されていない食材だったらしい。いくら新鮮でも、懐かしくても食べられないそうだ。
「残念なことに、箱の中にはわたくしが食べたことのある物は一つもなかったのです」
上級貴族のご令嬢は自分で料理などしない。料理は料理人がするものだ。食材だけあっても食べられない。今のところエーレンフェストの、というか、ウチの料理がおいしくて珍しいので、魚は魔術具の中に放置状態らしい。
「時を止める魔術具は魔力の消費が激しいですから、どうせ食べられないならば、捨ててしまおうかと思っているのです」
「それを捨てるなんて、とんでもないことです! 廃棄するくらいならば、わたくしにくださいませ」
「ローゼマイン様、そのように物をねだるのは、はしたないですよ」
お母様とブリュンヒルデが顔をしかめた。けれど、ここで我慢して、貴重な魚を捨てられてしまったら、わたしは死んでも死にきれないレベルで後悔する。
……魚! 海水魚! 食べたい。ものすごく食べたい。塩焼きでいいから食べたい。
「アウレーリア、わたくしの料理人に料理させます。調味料が違うので、全く同じ味にはならないでしょう。けれど、新しい料理を作り出すことはできます」
「……新しい料理、ですか?」
新しい料理と言ったところで、お母様がピクリと眉を動かした。
「結婚はそれぞれが育ってきた文化を尊重し合わなければ、上手くいきません。どちらかだけが我慢するものではないのです。アウレーリアが故郷の食材を使いたいならば、お料理にアーレンスバッハの食材を使っても良いではありませんか。これもまた、アーレンスバッハとエーレンフェストの交流ですよ」
別にわたしが結婚したわけでもないし、大層なことを言っている自覚はある。だが、そんなことはどうでもよい。大事なのは、ランプレヒト兄様の結婚によって、わたしが海産物を食べられるか否か、である。
「故郷の食材が自然と流通するようになれば、アウレーリアはエーレンフェストにより馴染みやすくなるでしょう? わたくし、アーレンスバッハの食材とエーレンフェストの料理人で新しい料理を作り出します! これもまた新しい流行になるかもしれません。アウレーリア、一緒に頑張りましょうね」
「……は、はい」
アウレーリアには絶対に食材を捨てないように、と約束させる。
新たな食材を得たわたしだったが、壁際にずらりと並ぶ布の中から、母さんの布を見つけ出すことはできなかった。
……わたしの家族愛、敗北だったよ。