Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (37)
商業ギルド
現在、わたしはベンノに抱き上げられて、商業ギルドに向かっている。
最初は自分でちゃんと歩いていたのだが、わたしの歩く速度に苛立ったベンノに「遅い! 時間の無駄だ」と怒鳴られて、ひょいっと抱き上げられた。
そして、時間の大切さについて延々と説教されては、反抗することもできない。
「そういえば、ベンノさん。商業ギルドって何ですか?」
自分が知っている物とどういう差異があるかわからないことは、詳しく聞いておくのが一番だ。
「何だ、知らんのか?」
「行ったことがないです。ルッツは知ってる?」
「商売するヤツが行くところだろ?」
この街の子供なら誰でも知っていることかとルッツに話を振ってみたが、返ってきたのは、わたしでもわかる程度のことだった。
ベンノが軽く溜息を吐きながら、説明をしてくれる。
「……まぁ、そうだ。この街で店を開く時に必要な許可証を出したり、悪質な商売をしているところに罰を与えたりするのが主な仕事だな。商業ギルドの許可なく店を開くことも出来ないし、市場で露店を広げることもできない。そして、商売に関係する奴は全員登録が必要で、登録せずに商売をすると厳罰を下される」
ベンノの話を聞いて、商売に関係する役所みたいなところかな? と推測する。許可をもらわなければ、店を開くこともできないし、見習いの登録もするのだから、あまり間違えてはいないだろう。
「かなり権力のありそうな組織ですね」
「そうだな。権力があって、金にがめつい。見習いを抱えたら登録料、新しい商売を始めようと思ったら拡大金、何かやったら手数料ってな」
何をするにもお金がかかるのは、どこの世界でも同じことなのかもしれない。貧乏人にとっては嫌な世の中である。
「どっちにしろ、洗礼式を終えて商人見習いになれば、登録される。店で働く奴は全員売買する立場になるからな。お前達の場合、洗礼式までは仮登録になるが、登録しておかないと、紙も髪飾りも……商品の売買ができないんだ」
「それって、今日、ベンノさんが紙を買い取るために、登録が必要ってことですか?」
「そうだ」
なるほど。ベンノが急いで登録しようとするのは、試作品を買い取るためらしい。
ほぅほぅ、とわたしが一人で納得していると、ベンノの眉がくっと険しく寄せられた。
「すんなり登録が終わればいいが、あのくそじじいのことだ。どうせ、また難癖付けてくるに決まっている」
「難癖?」
何だか穏やかではない言葉が出てきた。ベンノは商業ギルドのお偉いさんだと思っていたが、違うのだろうか。それとも、派閥争いのようなものだろうか。
「今、勢いがあってどんどん事業を拡大しているのが、俺の店だからな。ギルド長が少しでもむしり取りたくて仕方がないんだろ? お前ら、余計なことは言うなよ」
「はい」
ルッツと二人で、声を揃えて返事する。やり手の商売人同士が繰り広げるだろう、狐と狸の化かし合いにくちばしを挟むような真似をするつもりはない。
「そうだ、マイン、お前が持ち込んだ髪飾りのことだが」
「これですか?」
わたしがトートバッグを少し開いて髪飾りを見せると、ベンノが小さく頷いた後、鋭い赤褐色の目でわたしを見た。
「これはどのくらいで作れる?」
「材料が全部揃っていて、ルッツが木の部分を作ってくれていたら、それから、わたしの体調が良い時で……えーと、この花の部分だけなら、頑張れば一日で、多分、何とか……」
小花の量にもよるけれど、わたしのスピードなら一日仕事。裁縫上手な母なら鐘二つ分もあれば、作れるはずだ。
「ルッツはどうだ?」
「木を削って、磨くだけだから、鐘一つ分の時間があれば作れると思うけど?」
「ふむ、いいな」
ベンノは上機嫌な声音でそう言っているが、目だけはギラギラと鋭い光を放っている。
「何がいいんですか?」
「この後のお楽しみだ」
標的を定めた肉食獣のような笑みを浮かべて、ベンノが睨んだ先には商業ギルドの建物があった。
商業ギルドは中央広場に面した角に大きく立っている建物だった。それだけでもかなりお金を持っている組織であることがわかるのに、上から下まで誰にも貸していない、全部ギルドの建物だそうだ。
「俺が稼いだ金がここに注ぎこまれているかと思うと、腹立つだろ?」
「そうですけど、ないと困るんでしょ?」
「そうだ。それがさらに腹立たしい」
ドアの前には武器を持った番人が立っていて、わたし達を上から下まで見た後、用件を尋ねる。
「どのような用件で?」
「こいつらの仮登録だ」
「どうぞ」
ドアを開けてもらって中に入ると、いきなり階段があったことに面食らう。やや広めの階段だが、一階が見当たらない。
「ベンノさん、一階ってどうなっているんですか?」
「あぁ、一階は旅商人が馬車や荷車を置くための場所だ。大通りにずらずら並べられたら迷惑だからな。裏に回れば並んだ馬車が見えるはずだ」
二階に上がると、広いホールがあった。
その中を大勢の人が行ったり来たりしている。あまりの喧騒に、この街ってこんなに人がいたのか、と妙な感心をしてしまうほどだ。
「ここには用がない。奥の階段から三階に行くぞ」
わたしはベンノに抱えられたまま、奥の階段へと向かったので、安全だったが、ベンノの後ろをついて歩くルッツがもみくちゃにされている。
「ルッツ、大丈夫?」
「平気だけど……まるで祭りみたいだ」
「市場の露店の申し込みやこの街に着いた旅商人がここで商売するための許可をもらうところだからな。市が近付くとこういうことになる。市が終われば、しばらく静かなんだ」
「へぇ」
奥の階段にはがっちりとした金属の柵が付けられていて、その前にはまた番人が立っていた。
「登録証をお願いします」
「三人で上に上がる」
「畏まりました」
ベンノが金属のカードのようなものを取り出して渡すと、番人がそれを何かにかざした。
白い光が柵を走ったかと思うと、柵が溶けるように消える。
「えぇっ!? 何これ!?」
「魔術具だ。ルッツ、俺の手を離すな。弾かれるぞ」
「お、おう」
ベンノがわたしを片手で抱え、もう片手でルッツの手を引いて、階段を上がり始める。
「魔法ってお貴族様しか使えないんじゃなかったんですか?」
「こういう組織の上層部はだいたい貴族と繋がっている。利があると思えば、魔術具を与えることを躊躇わない貴族も多い」
「初めて見ました」
契約魔術の時にも思ったけれど、わたし、どうやら予想以上にファンタジーな世界にいるらしい。
階段を上りきると、ベンノはルッツの手を離し、わたしを下ろしてくれた。
階段を上がったところからしばらく白い壁が続いていて、奥の方にカウンターらしき場所が見える。二階は市場の露店に関する仕事をしている場所で、三階が店を持っている店主に対応する場所ということで、二階の喧騒に比べて、三階は静かで人もまばらだ。
二階は床が木で、端の方には埃も積もっているような薄汚れた場所だったのに、三階はカーペットが敷かれていて、掃除が行き届いている。家具にも維持にもお金がかかっているような雰囲気になった。一目でわかる格差社会だ。
「この壁の向こうは会議室だ。お前達が使うことはまずない」
白い壁を指差して、ベンノが説明しながらカウンターの方へと向かって歩き始める。わたしもルッツと手を繋いでついていく。普段の生活では目にしない高級さに少しばかり気後れしてしまうのだ。
会議室を通り過ぎると、壁から壁までカウンターがあり、カウンターの中では商業ギルドに出入りしている見習いらしき子供達が、奥の方で木札を読んだり、計算機を使って計算したりしている姿があった。
「ルッツ、冬の間に文字と計算を覚えなきゃね」
「……そうだな」
廊下を挟んで、カウンターの反対側にはソファのような物があり、待合室というよりは応接室のように寛げる場所になっている。
ぐるりと見回すと、壁際に一つ、木札や羊皮紙が並んだ棚があった。
「あれは、もしかして、本棚っ!?」
ぐぐんとテンションが上がったわたしをベンノが不思議そうに見て、首を傾げた。
「あぁ、あれは店を出すための規則やこの周辺の簡単な地図、貴族年鑑なんかが並んでいる書棚だ。……興味あるのか?」
「ありありですっ!」
すぐにでも書棚に向かって突進したいけれど、ぎゅっとルッツが握っている手に力を入れて離してくれない。
そわそわするわたしを見て、ベンノが苦笑した。
「申し込みが終わったら、見てもいい。どうせ待ち時間は長いからな」
「本当ですか!? やったー!」
「マイン、落ち着け。興奮しすぎだ」
読んでもいい本らしきものを発見して、興奮せずにいられようか。いや、いられない。ルッツの制止を耳にしても、この心躍る感覚が止まるわけがない。
そう思っていたが、ルッツの一言で、わたしはおとなしくせざるを得なくなった。
「興奮しすぎたら、読む前にぶっ倒れるぞ」
……それは困る!
わたし達のやり取りを面白そうに見ていたベンノが一区切りついたことを悟って、「来い」と声をかける。
カウンターまで歩いて行くと、ベンノを知っているらしい職員が愛想笑いを浮かべた。
「おや、ベンノ様。本日はどのような御用件でしょうか?」
「この二人の仮登録だ。マインとルッツの二人分頼む」
「仮登録?……お子様ではございませんよね?」
「違う。が、登録が必要なんだ。さっさとしてくれ」
仮登録は、本来なら登録も仕事もできないはずの洗礼前の子供に、商人が家業を手伝わせるために編み出した法の抜け道のようなものらしい。
洗礼前の子供を雇うことは出来ないし、そんな子供が親なしで登録を必要とするほどの売買に係わることなど普通はないので、血族でもない子供が仮登録されることはあり得ない。
職員が不審そうに目を細めながらも、わたしとルッツに質問を重ねて、カウンターの向こうで何やら書き始めた。
聞かれたのは、お役所仕事だと思えば、普通の項目ばかりだった。自分の名前、父の職業と名前、住んでいる場所、年齢など。
「大工の息子に兵士の娘が仮登録ですか?」
質問を終えた職員はさらに怪訝そうな顔になって、わたしとルッツを交互に見る。商人の子供でもないのに、仮登録する意味を探っているらしく、あまり気持ちのいい目ではない。
「そうだ。聞くことが終わったんだったら、登録を終わらせてくれ。こっちもそれほど暇じゃないんだ」
「えぇ、ただいま。しばらくそちらでお待ちください」
職員が寛ぎスペースを手で指し示したので、わたしは駆けだしたいのを押さえながら、ベンノを見上げた。
「待っている間、書棚見てもいいですか?」
「あぁ。知りたいことがあったら教えてやる。持ってこい。ルッツ、マインから目を離すなよ」
「わかった」
手を離してくれないルッツと一緒に書棚のところへと行く。並んでいる羊皮紙を広げてみたり、木札を取り出してみたりして、どのような物が並んでいるのか確認してみれば、地図や図鑑的なものや貴族年鑑、商業法、周辺の情報を集めた瓦版っぽいものなど、実用的なものばかりだった。
「わぁ、これ、地図だ!」
かなり大雑把な地図だが、この世界でわたしは初めて見た。
現在地さえわからない地図を抱えて、わたしはベンノが座っているソファに向かう。
普通にソファに座るつもりで座ったら、綺麗な布張りだったのに布の下は板があるだけで、予想していたような弾力が全くなくて、お尻を打った。
「いたぁ……」
「いくら興奮しているからって、そんなに勢い良く座るからだ、阿呆」
呆れた目でベンノに見られ、うぅ、と小さく呻く。
妙なところが贅沢なソファもどきのせいで騙されたんだもん。木目の見えるベンチだったら、こんな座り方しなかったよ。
心の中だけで言い訳しながら、板の上に布を張っただけの長椅子の上に地図を広げる。
「ベンノさん、この街ってどれですか?」
「ここだ。エーレンフェスト。領主の家名がそのまま街の名前になっている」
初めて街の名前を知った。ついでに、領主の名前も知った。
外に出る必要がなければ、街の名前なんて知る必要がないし、領主に関しても「領主様」だけで事は済んでいたのだ。
地図を見ると、エーレンフェストの南に農村と森が広がり、さらに行くと、小さな街があるらしい。
西は大きな川があり、隣の領地の街と比較的近く、領主同士が仲良しなので、行き来が盛んらしい。
北は領主のいる貴族の街があるため、大きく空白が広がっていた。
東は街道があり、旅人が一番多いそうだ。
「まぁ、お前らが買い付けなんかで出向くにしてもこの地図から出るようなところに行くことは、多分ねぇよ」
いくつか近隣の街の名前を教えてもらった後、地図を返して、また書棚を片っ端から読んでいく。一番下の段には、見習いが文字や数字の手習いをするための本もあった。ルッツと一緒に勉強するためにざっと目を通す。
文字はわたしが覚えていることに加えて、商売に関する単語がたくさん出てきた。これは覚えておきたい。
「ベンノさん、ルッツの勉強用に石板と計算機が一つ欲しいんですけど……」
「あぁ、今日払う金から、代金は引いておいてやろう。しっかり勉強しろよ」
「ついでに、教えてください。商人の子供達の見習いって、どの程度読み書きができるんですか?」
洗礼式の後は、商人の子供達と一緒に見習いの仕事をするようになる。それまでに、他の子ができることは、ある程度できるようになっておきたい。
「簡単な読み書きと計算だな。読みに関しては、商品名が主だから、その家で取り扱っている物や規模による。銅貨から銀貨程度の計算はだいたいできるな」
まずい。
わたしは通貨がよくわからない。大小の銅貨と小銀貨があるのは知っているけれど、両替とか相場が全然わからない。
だって、家で使うのって、基本的に銅貨ばかりなんだもん。
銅貨以外の通貨を目にすることさえほとんどない。それに、門では数字の計算だけで、オットーが実際にお金を使う現場は見たことがない。
「お前達に一番欠けているのは、客に対する対応だと思っている。他の子供は毎日親の仕事を傍で見て、肌で知っているからな」
「それは……」
わたし達には無理だ。
昔からわたしはサービスを受ける側で、提供する側に回ったことがない。ルッツも多分、商売人の心得なんて知っているはずがない。
どうしよう。
思考の迷路にはまるより先にカウンターから、職員の声が響いてきた。
「ベンノ様、ギルド長がお会いしたいそうです」
「……あのくそじじい、予想通りかよ」
わたし達にしか聞こえない程度の小さくて低い声で、唸るようにベンノが呟いて、立ち上がる。
ギラギラ光っている目とか、両脇で固く握られた拳とか、ベンノが全体的に戦闘態勢に入っているのがわかった。
「行くぞ、二人とも」
「はい」
ベンノがカウンターに向かうと、一番端のカウンターの板がパタリと落ちて、奥へと通れるようになった。
奥にはまた階段があり、階段を上がると、自動でドアが開いた。それほど広くはないが、居心地の良さそうな部屋が見える。
すでに赤々と燃やされている暖炉の手前には暖かそうなカーペットが敷かれ、そのカーペットの上に執務用の机があった。
そこに座っていたのは少し恰幅の良い50代くらいの優しげな男性だ。ギルド長なんて役職についているのだから、お爺さんを想像していたが、まだ働き盛りを少し過ぎた程度に見える。
「やぁ、ようこそ。少し話を聞きたくてな」
ギルド長がニコリと笑って立ち上がった。
「さて、ベンノ。早速だが、教えてもらいたい。血族でもない、こんな子供に仮登録をさせるというのはどういうことだ? 露店の主が店番をさせるために我が子を登録しておきたいと言い出すのとではわけが違うだろう?」
洗礼式を待たずに登録したいとベンノが言いだすということは、登録をするだけの価値がある商品をわたしとルッツが握っていると言ったのと同じことだ、とギルド長は笑みを浮かべたままで言った。
「……目的がはっきりしない限りは、登録を許可できんな。血族でもない子供の仮登録など、このエーレンフェストでは前例がない」
ギルド長が何を考えているのか全く読ませない笑顔で、わたしとルッツをじろじろと眺める。
笑顔と雰囲気で一見優しそうに見えたけれど、全く優しくない。質問にきっちり答えないと登録はしてやらん、と脅しているのだから。
言いたいように言っているギルド長の様子にわたしは不安になって、ベンノの様子を伺った。
しかし、ベンノは勝利を確信しているような黒い笑顔でギルド長を見つめて、ニヤリと笑っている。
「この子達が持ち込んだ物が何か知りたい、と?」
「まぁ、そうだ。物によっては、別の店で取り扱った方がいいかもしれん。君のところは少し手を広げすぎているからな」
金になりそうなら、横取りしたいってことですね。本音がちっとも隠れてませんよ?
「この子達がウチで売りたいと言ったんだ。ウチで売るさ。なぁ、マイン? そうだろう、ルッツ?」
ベンノに「余計なことは言うな」と目で脅されて、わたしとルッツはコクコクと頷いた。それに気をよくしたらしいベンノが笑みを深めて、わたしを見下ろす。
「マイン、これから売る髪飾りを、ギルド長に見せてやってくれ」
「……わかりました」
どうやら紙を売ることについては、まだ隠しておくつもりらしい。
ベンノがどういう判断でそうしているのかわからないので、余計な事を言わないように、口はなるべく噤んだまま、トートバッグに手を突っ込んだ。
トゥーリの髪飾りを取り出して、ギルド長に見えるように差し出す。
その途端、何故かギルド長がざっと顔色を変えた。