Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (374)
冬の社交界の始まり(二年生)
シュバルツ達の衣装が完成してから数日後、ギルベルタ商会から手紙が届いた。わたしの冬の髪飾りと腕章を渡すのは神殿で行うのか、城で行うのか、どちらが良いかという内容だ。わたしはヨハンから安全ピンも預かって、まとめて神殿に持って来てもらえるように頼む。
……久しぶりにトゥーリと会える。
わたしがギルベルタ商会との会合が入ったことをフランに告げると、それを聞いていたフィリーネが「……衣装と一緒に城へ運ばせれば良いのではございませんか?」と不思議そうに首を傾げた。
フィリーネの言う通り、それが一番手間は少ないのだが、冬の衣装と共に城へ持って行ってもらうと、トゥーリと会えなくなってしまう。
「わたくしの髪飾りを作っている職人はまだ城に上がれないのです。ですから、今まで通りにこちらで受け取り、春の髪飾りの注文をするのですよ」
自分の髪飾りは自分で注文したいですから、と言うと、フィリーネは納得したように頷いてくれた。
実は、神殿にわたしの側近達が出入りするようになったので、今まで以上にトゥーリとわたしの関係を隠す必要が出てきた。神官長からの要請を受けたギルとヴィルマが、ルッツやトゥーリとわたしの関わりについて、神殿内で共通認識を持つためのお話をせっせと作っては、見習い以上の者達に読ませているらしい。
この間、ヴィルマがハルトムートのためにまとめた聖女伝説の中にもルッツやトゥーリとの関わりについて書かれていた。「ハルトムート様にこちらをお渡しするつもりですが、よろしいでしょうか?」とヴィルマに問われたのだが、そこには「先に把握しておいてくださいね」という言葉が隠れていることに気付き、わたしはよくよく目を通して、軽く溜息を吐いた。
保護者によって決められた側仕えしかいなかったわたしが、自分の側仕えを選ぼうとしたことで、孤児院の存在に気付き、孤児院をこっそりと視察した。そこで、青色神官や巫女が減った孤児院の惨状に気付き、哀れな孤児達を何とか救おうと奮闘する。自分の御用商人だったギルベルタ商会に命じ、ローゼマイン工房を作ったのである。
ちなみに、工房設立時にギルベルタ商会から派遣されてきたのがルッツとトゥーリで、孤児達を救うために尽力したことにわたしが感謝感激して、ルッツには印刷機の作り方を、トゥーリには髪飾りの編み方を教えたことになったようだ。
そして、ギルベルタ商会のベンノは、新しい紙を作りだし、本を扱う店を所望したわたしから新しい名を与えられ、プランタン商会として独立したことになっている。
……完全には間違っていないけどね。なんか微妙な気分になるよ。
ヴィルマによると、孤児達に食事と仕事を与え、ただ恵みが与えられるのを待つのではなく、自分達の生活を自分達で賄えるように指導した功績は素晴らしく、夢の中で神々の言葉を聞き、これまでにはない不思議なものを作り出していくわたしは、聖女以外の何者でもないらしい。
……主観部分がすごく盛られてる。
この辺りの表現は事実を歪めている気がするから、ちょっと書き直してほしいな、と盛られた主観部分を指摘したら、何故か更に盛られて戻ってきた。「事実をありのままに表現した結果」らしい。
ヴィルマ曰く、「控えめな表現」の資料を読んで、ハルトムートは感激していたが、ハルトムートの研究に何が加わったのかは考えたくない。
トゥーリがやってくる、ギルベルタ商会との面会は孤児院長室で行われる。髪飾りを購入するだけなので、文官達は別について来なくても良いのだが、ハルトムートはどうしてもついて来たいようだ。神殿には聖女伝説がゴロゴロしているので、とても楽しいらしい。
そういえば、いつの間に面会依頼を出しているのか、時折、午後から神官長の部屋へ行っていることもある。いくつかの話を聞くのと引き換えに大量の仕事を押し付けられているようだが、本人が満足そうなので別に良いだろうと、わたしは放置している。
「では、トゥーリ。髪飾りを見せていただいてもよろしくて?」
ギルベルタ商会からオットーとテオとトゥーリがやってきた。挨拶を終えると、わたしはトゥーリに髪飾りを見せてもらえるように頼んだ。
「こちらでございます。ローゼマイン様がご注文された冬の衣装に合わせて、お作りいたしました」
母さんが染めた布と同じように、花芯に近い方が深い赤で、先に向かって朱色に近い色へとグラデーションを描く花弁が美しい花で、布に染められている花がそのまま抜き出されたような形だ。冬の衣装に合わせて作ったのが一目でわかる。
……これ、糸を染めたのは母さんだろうから、二人の合作になるんだろうな。
髪飾りを見ているだけで、二人からの愛情を感じて、自然と頬が緩んでいく。
「見事です。また腕を上げましたね、トゥーリ」
「恐れ入ります」
トゥーリが嬉しそうに笑った。わたしはいつも通りトゥーリに髪飾りを付け替えてもらい、新しい髪飾りをフィリーネに見せる。
「フィリーネ、どうかしら?」
「とてもよくお似合いです。本当にローゼマイン様のために作られているのがよくわかりますね」
フィリーネが褒めてくれたので、わたしは冬の髪飾りはこれで良しとして、春の髪飾りを注文することにした。
「春は緑が貴色ですから、萌え出づる若葉を思わせる髪飾りにしてくださいませ」
「まだ衣装の布は決まっていらっしゃいませんよね?」
「えぇ、色や細かい図案に関してはトゥーリに任せます。今まで期待を外したことがありませんから」
わたしが「トゥーリなら大丈夫だよね?」と思いながら笑うと、トゥーリは笑顔のままで「またプレッシャーをかけるんだから!」と言いたげな視線を向けてくる。
それでも、口にしたのは「ローゼマイン様のご期待に沿えるよう、誠心誠意努力いたします」という一言だった。
髪飾りのやりとりを終え、トゥーリがオットーへと視線を向けると、次はオットーがやや言いにくそうに口を開いた。
「ローゼマイン様からということで、ローゼマイン様の側仕えより30以上の髪飾りをご注文いただきましたが、お間違いございませんでしょうか?」
「えぇ。今年は貴族院で女性全員が髪飾りを付けることにしたので、それぞれの髪の色や雰囲気に合わせて注文するように側仕えに頼んだのです。わたくしの注文ですわ」
わたしが収穫祭に向かっている間に、ブリュンヒルデは忘れず注文してくれたようだ。オットーに向かって、間違いないと言うと、オットーは安心したように肩の力を抜く。
「そうですか。では、冬の衣装と共に、城に届けます。そして、こちらがご注文いただいていた腕章でございます。こちらも間違いございませんでしょうか?」
オットーが「本当にこんな物が欲しいのだろうか」と言いたげな視線で、色違いの腕章を出してくれた。わたしとハンネローレ、そして、シュバルツとヴァイスのための腕章で、「図書委員」と漢字で刺繍されている。
その横に、ヨハンから預かってきてくれた安全ピンが入った小さな木箱がコトリと置かれた。安全ピンはヨハンの弟子のダニロが作ると聞いていたけれど、ヨハンの確認を経ているので、注文通りの物ができていた。
「注文通りです。完璧ですね」
わたしは嬉々として腕章を腕に巻くと、フィリーネに指示して、安全ピンで留めてもらう。自分の左腕に「図書委員」の文字があることに嬉しくなってきた。
……いいね、いいね。図書委員だよ!
鼻歌まじりに腕を曲げたり、伸ばしたりしていると、ハルトムートがハッとしたように、
「ローゼマイン様、落ち着いてください。指輪が……」と言いながら、わたしの肩を押さえた。
ほんのりと指輪が光り、今にも祝福が飛び出そうとしているのに気付いて、わたしは慌てて魔力を抑える。
「ギルベルタ商会、本日の面会は終了だ」
「ハルトムート、大丈夫ですよ」
「いいえ、油断はしない方が良いでしょう」
わたしの魔力が溢れそうになったことで、ハルトムートが指示を出して、早々に面会は終了となり、トゥーリは心配そうに振り返りながら帰って行った。
フランはモニカに命じて礼拝室へ神具を取りに行かせると、わたしを抱き上げて、急いで神殿長室に戻る。
わたしはきちんと抑えられるからまだ大丈夫だけど、と思いつつ、モニカに持って来てもらった神具に魔力を奉納して、軽く息を吐いた。
「それにしても、ハルトムートはよく気付きましたね」
「私はローゼマイン様について、フェルディナンド様やユストクス様から色々と教えていただいていますから。早速役に立ったようで、嬉しいです」
……ちょっと待って。何を教わっているって?
「貴族院でローゼマイン様を抑えるためには必要なことですから」
神官長達にどんなことを聞いたのか、ハルトムートに詳しく聞かされたわたしは、嫌でも自分の行動を省みる羽目になった。
……なんでそんなに細かく教えるかな? 神官長とユストクスのバカバカ!
トゥーリから髪飾りと腕章を受け取った後は、城へと居住を移す。冬の社交界が近いからだ。神殿や孤児院の冬支度の準備も問題ないし、奉納式の準備もカンフェルとフリタークに任せておけば大丈夫という状態になっていた。
「奉納式には戻ります。それまでこちらのことは皆に任せますね」
「かしこまりました。お早いお帰りをお待ちしています」
わたしは洗礼式で使う儀式服や飾りの数々をレッサーバスに乗せて城へと向かう。次に神殿へと戻ってくるのは奉納式だ。フラン達とはしばらくのお別れである。
城に戻るとすぐにギルベルタ商会から冬の衣装や髪飾りも届き、冬の社交界はもちろん、貴族院へ向かう準備もどんどんと整えられていく。
そんな中、アウレーリアから魚をどうするのか、という質問があったことをお母様から聞いた。そういえば、魔力の消費が大きくて、維持するのも大変だとアウレーリアは言っていたはずだ。
「フェルディナンド様、このままではわたくしのお魚が捨てられてしまうかもしれません! 貴重なお魚が! 料理ができなくても、せめて、わたくしが預かって管理したいです」
魚料理を禁止した神官長にオルドナンツで泣きついて、自分で魚を管理しようとしたところ、「君が預かるのは駄目だ」という返事が返ってきた。
「アウレーリアと接触したり、こっそりと料理しようと企んだり、ジルヴェスターを巻き込んだり、厄介事に発展しそうな事態がいくつも考えられる。エルヴィーラと連絡を取り、私が預かるので、君は手出ししないように」
わたしの魚は厄介事を避けたい神官長預かりになった。
アウレーリアが直接神官長と接触して、贈り物をするのはよろしくないそうで、アウレーリアから姑であるお母様にプレゼントして、お母様が神官長に珍しい物としてお裾分けしたという体裁をとって、神官長が管理する理由を付けたそうだ。
貴族のやりとりは面倒だが、これでひとまず魚が捨てられることはないし、神官長から連絡が来ると知ったお母様が喜んでいるので、まぁ、いいだろう。
魚がお母様から神官長の元にきちんと届いたことを聞いて、わたしが一安心した頃には貴族街に貴族達が戻り、冬の社交界の時期になっていた。
冬の社交界は洗礼式とお披露目から始まり、貴族院へ向かう新一年生へのブローチとマントの授与式で昼食となる。
今年は洗礼式にも授与式にも参加しないので、わたしは神殿長として、儀式を行うことになっている。大広間には神官長と共に入場するので、貴族達と接触することはない。貴族と話をするようになるのは、午後からだ。
……あそこにいるのはギーベ・イルクナーとブリギッテでしょ。あ、ギーベ・ハルデンツェルとギーベ・グレッシェルがお話ししてる。ギーベ・ライゼガングも見えるから、ライゼガング系の集まりだ。
洗礼式を行うため、壇上から大広間を見回せば、製紙、印刷関係で知っている貴族の顔が増えていることがわかる。
……わたし、一年で結構頑張ったな。
ちなみに、顔を知らなくても一目でわかるのは、上級貴族として手前の方にいるアウレーリアだ。新しく作らせたエーレンフェストの染め物のヴェールを被って、相変わらず顔を隠している。
でも、壇上の養母様やシャルロッテを始めとしたフロレンツィア派の上級貴族の奥様方と同じように染め物の布を使ったヴェールだし、染め物の衣装を着た集団と一緒にいるので、派閥が一目でわかる。エーレンフェストに馴染もうとしていない、とは言えないだろう。
顔を隠していることで周囲から余計に注目を集めている気がするけれど、新しい染め物の宣伝としてはこれ以上ないと思う。
ランプレヒト兄様はヴィルフリートの護衛騎士として行動するので、アウレーリアはお母様と行動しているように見える。基本的にアウレーリアとの接触が禁じられているわたしだけれど、お母様といれば、挨拶くらいはできるだろうか。
……魚料理が遠くなったことを謝りたいんだよね。故郷の味が恋しいだろうし……。そういえば、もう一人の花嫁はどうしているんだろう?
わたしは大広間を見回し、アーレンスバッハからやってきたもう一人の花嫁を探してみた。でも、ヴェールを被っていないようで、パッと見回しても、どこにいるのかわからなかった。
洗礼式とお披露目は恙なく終わった。その後は授与式が行われる。本当はシャルロッテがマントを受け取る姿を見たかったが、わたしは昼食のために着替えなければならない。神官長と二人して、お披露目が終わったらすぐさま退場して着替えである。
護衛騎士のダームエルやアンゲリカ、リヒャルダの早歩きに合わせて騎獣で廊下を駆けて、部屋に駆けこむと、オティーリエが衣装を準備して待ち構えていた。リヒャルダとオティーリエの二人がかりで次々と儀式服が剥ぎ取られていき、冬の社交界のために誂えた衣装が着せられていく。
母さんが染めてくれた布で、トゥーリのデザインを元に作った衣装だ。
胸元が朱色で、下に向かうほど深い赤に染まっていくように布が使われている。長い袖も下に向かうほど赤が濃くなっていて、色とりどりに染められた花がとても可愛い。
冬の貴色ということで、赤い衣装のところどころに使われている花の飾りは白だし、膝より上の長さでバルーン状になったスカートの下からは白の単色の生地が脛まであり、繊細なレースで縁どられている。
そんな新しい衣装に合わせた髪飾りもトゥーリの作品だ。完璧である。
「どうかしら?」
「とてもよくお似合いですよ、姫様」
リヒャルダが満足そうに笑って褒めてくれた。わたしも大満足である。
昼食を終えると、本格的に社交の時間となる。今年もわたしはヴィルフリートとシャルロッテと一緒に大広間へと向かうことになっていて、道中の話題は昼食に引き続き、貴族院のことだった。
「今年はわたくしもお兄様やお姉様と一緒に貴族院へ行けますもの。楽しみですわ。去年は一人だけ城に残されているのが、寂しかったのです」
染色コンペで選んだ布を使い、バルーン状のスカートがわたしとお揃いになっているシャルロッテが楽しそうに笑う。染め物を使い、スカートの形が似たような感じでも、好みが違って、シャルロッテに似合うようにローズ色のような赤を使っているだけで、ずいぶんと雰囲気が違って見える。
「貴族院へ出発する前の数日間、一年生は子供部屋で去年のお姉様が作ってくださった参考書を使ってお勉強するのですよね?」
シャルロッテの言葉にわたしが頷いていると、ヴィルフリートが笑いを堪えるような、からかうような顔で口を開く。
「ローゼマイン、其方、今年も成績向上委員会の活動を行うのであろう? 一年生に参考書を与えるのは利敵行為だと二年生に言われるぞ」
「あら、二年生以上は、去年早目に講義を終えたことで、全員が次年度の予習をする余裕がありました。一年生にも予習をする時間が必要でしょう? ゲームは公平に行わなければ、面白くないではありませんか」
一年生の座学の範囲はそれほど広くないし、地理と歴史以外は子供部屋でこれまでしてきた勉強で十分だ。子供部屋で数日間かけて地理と歴史の勉強をして、授業に向かえば、ある程度良い勝負になると思う。
「ローゼマイン様やヴィルフリート様には悪いのですが、今年は騎士見習いが勝利いたします。アンゲリカが卒業しましたからね。何とかアンゲリカに理解させようと、騎士見習い全員で教えていたので、かなり座学には自信があります」
コルネリウス兄様がフッと笑ってそう言った。「アンゲリカの成績を上げ隊」で活動すると、アンゲリカはともかく、自分の成績は嫌でも上がる。どう説明すればアンゲリカにわかるのか、頭を使って真剣に考えるせいだ。
「なるほど。迷惑ばかりをかけていると思っていたのですが、わたくしも皆の役に立っていたのですね」
もう卒業したので怖いものなし、というアンゲリカが「今年の騎士見習いは強いですよ」と胸を張る。確かに、騎士コースは手強くなっているだろうな、と思っていると、ハルトムートが軽く肩を竦めた。
「例年は良い参考書や書き留めておくための紙がなく、成績を上げるのが困難な下級貴族に植物紙が配られ、勝利を目指した上級貴族による教え合いがあったので、どこも成績は拮抗していますよ」
全く準備がなく、騎士コースだけに良い参考書があった去年とは違います、という文官代表のハルトムートも自信たっぷりで、そんなハルトムートの言葉にブリュンヒルデも頷いた。
「えぇ、そうですわ。わたくし達も去年の貴族院で情報を共有し、それぞれの学年で参考書を作りましたもの。側仕え見習いが今年は勝利いたします」
「なるべく早く講義を終えて図書館に向かおうとするローゼマイン様に付いて行こうと思うと、わたくし達もなるべく早く講義を終えなければなりませんから……」
リーゼレータがクスクスと笑いながら、「側近としての実力が試されますね」と言ったので、わたしもアンゲリカと同じように胸を張っておく。
「なるほど。わたくしの図書館通いも側近達の成績向上に役立っているのですね」
「ローゼマイン様、お姉様の真似はお止めくださいませ」
リーゼレータに叱られて、肩を竦めながら、わたしは話題と視線を逸らす。
「そういえば、領主の子がいなくなりますけれど、今年の子供部屋はどうするのかしら? 養父様からシャルロッテは何か聞いていて?」
「モーリッツ先生が勉強を教えてくださることになっていますし、フェシュピールの教師はお兄様の楽師を残すことになっています」
「私は其方等と違って、楽師が必要になるお茶会を開くことはないからな」
貴族院でのお稽古やどうしても社交に必要な時はシャルロッテの楽師やわたしのロジーナを借りれば何とかなる、とヴィルフリートが言う。
子供部屋での勉強がエーレンフェストの子供達の成績に大きく関わっているのは、誰の目にも明らかなので、このままの状態を維持できるように人員の配置が考えられているようだ。モーリッツはすでに四年も子供部屋の運営に関わっているので、任せてしまっても大丈夫だろう。
「いつでも子供部屋に領主の子がいるわけではございませんから、いない時にどうするのか、考える良い機会ですね」
大広間へと入ると、すでにたくさんの貴族がいた。わたしはもちろん、ヴィルフリートやシャルロッテも製紙業や印刷業に絡んでいるので、挨拶してくる貴族が多い。
最初に挨拶にやってきたのは、ギーベ・グレッシェル夫妻だった。ブリュンヒルデの両親で、製紙業や印刷業をグレッシェルで始めたものの、難点が多々あり、軌道に乗せるために奮闘しているところだ。
「ギーベ・グレッシェル、製紙業や印刷業の方はどうでしょう?」
「この冬の印刷は紙も金属活字も買って、行うことになっています。製紙業ではどうしても白い紙を作れないならば、最初から色の付いた紙が作れないか、と職人は考えているようです。グレッシェルのためにアウブ・エーレンフェストにエントヴィッケルンをお願いできないか、検討しているところでございます」
水を綺麗にするための魔術具は、神官長が「魔力が馬鹿程必要になる」と言っていたくらいだ。すぐに導入するのは難しい。せめて、グレッシェルの下町をエーレンフェストの下町と同じように綺麗にすることで、水の汚れを少しでも軽減できないか、と考えたようだ。
「養父様にお願いするのでしたら、製紙業に関することだけではなく、他領の商人を迎え入れるためには美しくすることが必要だという点からも攻めてみることをお勧めいたします。他領の商人の受け入れはエーレンフェスト全体の問題ですから」
エーレンフェストで行ったエントヴィッケルンが地下に上下水道の管を通すことで終了になったことで、予定よりも魔力を使わなかったと聞いている。ならば、必要なところに余った魔力を使えばよいと思う。
……上手くやれば、ギーベ・グレッシェルを養父様の味方につけられると思うんだよね。
自分の母親を断罪し、旧ヴェローニカ派と距離を置いたことで、味方の貴族が少ない養父様には上級貴族の味方が必要だ。ギーベ・グレッシェルからの申し出が、上級貴族を取り込む糸口になれば良い。上手くライゼガング系の上級貴族を味方にできれば、これから先、ぐっと楽になるだろう。
もちろん、グレッシェルのために魔力を使うかどうかは養父様の判断になるし、味方と言える関係になれるかどうかはわからない。けれど、どのようにお願いするか、どのように味方につけるか、どのように自分の利益を得るのか、ギーベ・グレッシェルと養父様にとって社交の腕の見せ所になるはずだ。
「ローゼマイン様の口添えがあれば、心強いですわ」
ブリュンヒルデの笑顔に、わたしもニコリと笑って頷いた。
ギーベ・グレッシェルとの会話を終えると、次に挨拶にやってきたのは、ギーベ・ハルデンツェル夫妻だ。長ったらしい挨拶を終えた後、わたしは春が早く来たハルデンツェルがどのようになったのか、尋ねてみた。
「雪解けが早く、良い気候に恵まれたので、今年は収穫量がどっと増えました。ハルデンツェルでこれほど収穫できるのかと驚いたほどです」
雪解けが遅く、夏の期間が短いハルデンツェルでは収穫が厳しいのが当たり前だった。けれど、今年は祈念式で一晩のうちに春が来たため、温かい期間が長く、収穫量は例年の倍近くになったそうだ。
「けれど、良いことばかりではなかったでしょう? 夏が暑すぎて、体を壊すような者がいたのではありませんか?」
「私も雪解けが早すぎたせいで、どれほど夏が暑くなるのかと恐れていましたが、それほど暑くはなりませんでした。春の気候がずいぶんと長く続いたように感じました。暖かい日が続いたところで体を壊すような弱い者はハルデンツェルにはいません。これまでの環境で生きていけませんから」
……わたしは壊すよ。気候の変化にはめちゃめちゃ弱いからね。
「ただ、気候が大幅に変わったせいか、魔物の行動を始める時期にも変化があり、狩りをする者達は大変だったようです」
魔木が妙な成長を見せたり、魔獣が出てくる時期が違ったり、大変なことも多かったようだ。
「けれど、そのような苦労は些細なことです。ローゼマイン様が神殿長となり、聖典の古い記載を教えてくださったからこそ、この冬、ハルデンツェルの民は何の憂いもなく過ごせるようになりました」
ギーベ・ハルデンツェルがそう言って、わたしの前に跪いた。そして、わたしの手を取る。これは最大の感謝の意を示す時の仕草だ。
大勢の貴族が目を丸くして注目する中、ギーベ・ハルデンツェルはわたしの手の甲に自分の額をそっと押し付けた。
「ハルデンツェルの民の全てを代表して、エーレンフェストの聖女にお礼申し上げます」