Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (379)
講義の始まり
親睦会の次の日から早速講義が始まる。エーレンフェストの寮の中は朝食直後から全員が準備を整えて、ギリギリまで勉強していた。成績向上委員会から出されている勝利条件が「目指せ、最速合格! もしくは、優秀者多数!」で、去年と同じのためだ。
一年生は講義開始日から全力投球の上級生の姿に目を見開き、慌てて参考書を開き始めた。シャルロッテは一年生を率いて奮闘しているが、去年の貴族院を知らないので、どうしても一歩出遅れてしまう。
そんな一年生の様子を見ながら、わたしはリヒャルダに手紙を渡す。
「リヒャルダ、午前中の講義を受けている間にこちらの面会依頼をソランジュ先生に提出しておいてください。一年生の登録に向かわなくてはなりませんから」
「かしこまりました、姫様」
面会依頼を渡した後、忘れやすい部分だけをまとめた自分用の見直しメモに目を通していると、シャルロッテが少し頬を膨らませてわたしを見る。
「……お姉様は余裕ですね」
「わたくしには一年間の準備期間がございましたから。……シャルロッテ達は準備期間が短い、と嘆いていますけれど、去年と今年の子供部屋で地理や歴史のお勉強ができた上に、きちんと参考書もお渡ししてあるでしょう? 最速の全員一発合格を目指すとしても、去年の一年生よりはずいぶんと楽なはずですよ」
去年の一年生は貴族院の寮に到着した後、ほとんど時間がない中で叩きこまれたのだから、とわたしが言うと、去年の地理と歴史で苦労した中級、下級貴族の二年生が何度か頷く。去年は死相さえ浮かんでいたが、今年は事前準備が整っているので、二年生の顔色は悪くない。
ちなみに、今年の二年生の目標は「全員一発合格を高得点で」というものだ。
「そろそろ時間ですよ。皆様、玄関ホールへ出てくださいませ」
二と半の鐘に合わせて移動しなければならない。リヒャルダの声に勉強道具を片付け、皆が自信たっぷりの、しかし、緊張した顔で玄関ホールに集まってくる。
マントとブローチを確認し、一年生に注意事項を述べた後、一年生と二年生は中央棟、三年生以上は専門棟へと歩き始めた。
今年は一年生が午前中に実技を行い、午後に座学がある。二年生は去年と同じように午前中に座学で、午後に実技だ。午前中の座学は歴史と法律である。
「シャルロッテ達一年生は初めての実技ですね。魔力の扱い、頑張ってくださいませ」
「はい。お姉様もお兄様も座学の初日合格を目指すのでしょう? 全員合格の報告を楽しみにしていますね」
シャルロッテの激励に大きく頷きながら、わたし達二年生は講堂へと向かった。
「わたくし達が迎えに来るまで決して講堂から出てはなりませんよ」
側近達に念を押されて講堂に入った後は、去年と同じように10番の席を探す。領地ごとに机と座る場所が決められているので、間違うことはない。
「ローゼマイン様、ヴィルフリート様。ごきげんよう」
各領地から続々と生徒達が集まってくる中で、耳慣れた声が聞こえた。まだ幼さの残る柔らかい響きはハンネローレのものだ。
振り返ると、青いマントを付けたダンケルフェルガーの団体がいた。先頭に立っているのは領主候補生のハンネローレだが、率いているというよりは、がっしりと周囲を固めて守られているように見える。
「ハンネローレ様、ごきげんよう」
「エーレンフェストは今年も全員合格を目指しているのですか?」
皆が手にそれぞれのメモを持って追い込みをかけている状況にハンネローレが微笑ましいものを見るように柔らかい笑みを浮かべた。「全員が初日に合格した去年のエーレンフェストには驚かされましたもの」と言われ、ヴィルフリートが「今年もできれば良いと思っています」と答える。
わたしもニコリと笑って言葉を加えた。
「去年の表彰式では恥ずかしいことに、合格が早かったけれど成績が伴っていない、というお言葉を先生方からいただいたので、今年はできるだけの努力をしなければ、と思いまして……。高得点での全員初日合格を目指すことにしました」
ハンネローレを始め、ダンケルフェルガーの生徒達が目を丸くした。そして、ハンネローレは驚いた表情でゆっくりと視線をエーレンフェストの皆に配った後、わたしを見て微笑んだ。
「……ローゼマイン様ならば、成し遂げてしまいそうですわね。今年のエーレンフェストのご活躍を期待しています」
……わたし、ハンネローレ様に期待されてる!? 一緒に図書委員をやる相手として、ハンネローレ様に恥ずかしくない成績を取らなければ!
ハンネローレの期待に応えようと思った途端、わたしのやる気が今まで以上にぐんぐんと上がってくる。
「ハンネローレ様の期待に応えられるように頑張ります。わたくしはダンケルフェルガーのご活躍をお祈りしていますね」
「ありがとう存じます、ローゼマイン様」
青いマントが自席に向かって移動するのを見送り、わたしは自分の弱点メモを集中して見直し始めた。
まずは、歴史だ。歴史は去年の内容よりさらに詳しく、深くなっている。覚えることは多いけれど、去年の上乗せなので、それほど大変ではない。
一年生と二年生で大まかな流れを習い、三年生以上の専門コースになると、それぞれの観点で活躍した人やその功績などを習うことになるそうだ。
「緊張いたします。去年の歴史はわたくし一人だけが合格点すれすれでしたから」
フィリーネが文具を準備しながらそう言った。去年の歴史で一人だけ先生に呼ばれて、合格点ギリギリだと言われたのを思い出したらしい。
「今年はフィリーネもしっかり勉強したから大丈夫ですよ。ねぇ、ヴィルフリート兄様」
「話しかけるな、ローゼマイン。耳から歴代の王の名前が零れていきそうだ」
「どれもこれも長くて似たような名前ばかりですからね」
ユルゲンシュミットの歴史は○○王の時代と言われ、王の名前で区別されている。何となく元号に似ているなぁ、と思いながらわたしは覚えた。細かい年号はなく、○○王の時代で一括りである。
麗乃時代の元号に比べると、王の名前が長くて覚えにくかったけれど、それ以外は細かい年号がないので楽だった。流れをきちんと押さえておけば良いのだ。
「では、各領地から一名、試験用紙を取りに来てください」
フィリーネが代表して取りに行き、用紙が配られていく。この瞬間が一番ドキドキして楽しい。さぁ、どこからでもかかってこい! という敵に立ち向かう勇者のような気分になるのだ。
……自信がない時は、来ないでぇ! って気分になるけどね。
準備万端で自信のあった試験なので、あっさりと終った。エーレンフェストの皆はそれほど苦労もなく解けているようだ。去年に比べると、フィリーネやローデリヒの顔色が格段に違う。
「終わりました」
じっくりと真剣な目で見直しをしていたフィリーネの声に、全員が試験を終了したので、先生に採点してもらうことにする。
全員の試験用紙を提出すれば、次の試験の勉強をしても良いのだ。法律の見直しをしていると、「エーレンフェスト、全員合格です」という声が講堂に響いた。
参考書やメモから顔を上げ、「やったね」「よしっ!」と視線を交わす。この調子で次も全員合格を目指したい。
他にも全員が合格した領地があったけれど、エーレンフェストが一番乗りだった。
……次は法律だ!
歴史の勉強はそれほど大変ではなかったけれど、法律はわたしにとってかなり大変だった。覚えるのが、ではなく、理解するのが難しかったのだ。
法律は王族を含めたユルゲンシュミットの貴族全員に適用されるもので、「法律の書」に記されているらしい。わたし達が学ぶ内容は書き写された物で、「法律の書」は中央にある魔術具だそうだ。
法律では領地を跨がって行うことや全ての領地に共通することだけが決められている。内容としては、結婚で他領に移る時の取り決めや後継者の定める時の決まりがほとんどだ。特に、領主が後継者を定めずに亡くなった時のことは詳しく決められている。
けれど、正直なところ、ユルゲンシュミットの法律はかなり曖昧で大雑把だ。王の判断を仰ぐとか、領主会議で決定すること、というような項目がたくさんある。「つまり、何も決まってないじゃん! 何のための法律? 存在意義が理解できないんだけど!」と思わず叫びたくなることが多々あった。
教えてくれた神官長によると、ずっと昔からある時代にそぐわない法律でも、一度決まって「法律の書」に記入されれば削除するのが大変難しいそうだ。そのため、曖昧にしている部分がかなり多いそうだ。
その昔、何に関しても王の判断を仰がれることに不満を持った王がいて、少しでも相談事を減らすため、次々と細かい法律を増やしていったそうだ。その時代はそれで問題なく動いた。
ところが、時代が変わると、次第に法律は状況にそぐわなくなってきた。それでも、法律として決まっていると従わなければならない。新しい時代の王様はその法律を消したくて仕方がないけれど、慣例だから、と消したがらない貴族もいて、争いが起こるようになってきた。
その後、数十年に渡って、些細な領地間の問答が必ず法律の削除の是非を問う事態に発展するようになり、領主会議は毎年混乱を極めたそうだ。
結局、法律自体は曖昧に決めておいて、その都度、話し合いで詳しく決める方が労力は少なくて済むということで、細かすぎる法律は消された。以来、細かい法律を作りたがる者には「法律削除の騒動を知らないのか?」と言葉がかけられるようになったらしい。
数十年も混乱が続くなら、さっさと新しくすればいいのに、と思うけれど、どの項目を残して、どの項目を消すのか、王の裁量を待つことが多くなると時間もかかるし、王の仕事も莫大になるとか、考えることはたくさんあるので、簡単ではなかったようだ。
……そこまで手をかけてできたのが曖昧な法律って。
わたしが「曖昧にしていると、余計に時間がかかりそうですけれど」とユルゲンシュミットの法律に関する感想を呟くと、神官長は「色々と言われているが、とどのつまり、明文化されている部分は少ない方が権力者には都合が良いのだろう」と呟いていた。なるほど。
存在意義が理解できない法律だが、大雑把なので、覚えるのは比較的楽だった。絶対に変わらない普遍的に決まっていることと、王の裁量で多少の幅が出ること、領主間で決めること、領主が勝手に決められることに分けて覚えておけば大丈夫だ。
……図書館法や特許法の試験を潜り抜けてきた麗乃時代を思えば、軽い、軽い。
全員が提出して、明日の座学の勉強をしながら採点を待っていると、前方で先生方が争っているのが見えた。法律の先生であるフラウレルムが「こんなに早く全員が回答できて、高得点だなんておかしい」と文句を付けていて、採点をしている他の先生方に「おかしいところは特にありませんよ」と諌められている。
一番にエーレンフェストが提出したのに、二番三番に提出した領地が合格をもらっても、エーレンフェストの合格がまだ来ない。段々と不安になってきたのだろう。フィリーネが小さく口を開いた。
「ローゼマイン様、ヴィルフリート様……」
「そのように不安そうな顔をしなくても大丈夫だ、フィリーネ。私達は不正などしていない。堂々としていれば良い」
「そうです。フィリーネも皆も一年間頑張ったのですもの。成績が良くて当然ではないですか」
そう言った時に、「エーレンフェスト、全員合格です」という声が講堂に響いた。
結果が出るまでに時間がかかったけれど、当然のことながら全員合格だった。フラウレルムが「高得点」だと叫んでいたことからも、今年は成績が良かったらしい。本来は細かい成績は知らされないので、皆が高得点だとわかって少し嬉しかった。
全員が合格したので寮に戻ろうと片付けて席を立つ。そこにエメラルドグリーンのような少し淡い色合いの緑のマントをまとったドレヴァンヒェルの団体が立ち止った。
「今年もすごいじゃないか、ヴィルフリート」
「オルトヴィーン。褒めてくれるのは嬉しいけれど、ドレヴァンヒェルも全員合格ではないか」
ヴィルフリートとオルトヴィーンがお互いの健闘を称え合っているのを一歩下がったところから眺める。ドレヴァンヒェルは優秀な文官を多く輩出する土地だと聞いているせいだろうか、皆が賢そうに見えた。
「ここ二十年ほどは座学のトップを譲ったことがないのだ。エーレンフェストが座学の成績を上げているけれど、ドレヴァンヒェルはそう簡単に負けないよ」
……賢そうじゃなくて、ホントに賢かったみたい。
二十年ほども首位を守ろうと思えば、領地一丸で取り組まなければならないはずだ。歴史に裏打ちされた自信に満ちた笑みでオルトヴィーンが、自領のことを語り始める。
「オルトヴィーン様、そろそろ行かなければ……」
「あぁ、わかった。ヴィルフリート、これから先もお互い頑張ろう」
そっと後ろに控えていた生徒に声をかけられたオルトヴィーンは、ハッとしたように語るのを止めた。そして、エメラルドグリーンのマントを翻してドレヴァンヒェルの団体を率いて去っていく。
「切磋琢磨する相手がいるのは良いな」
晴れ晴れとした顔でドレヴァンヒェルを見送っていたヴィルフリートがそう言って、山吹色のマントを揺らした。
昼食のために寮へと戻ると、騎士見習いと文官見習いがすでに戻っていた。どちらも午前中に座学があった学年は、全員合格を勝ち取ったらしい。
「今年は余裕ですね」
「えぇ、負ける気がいたしません」
成績向上委員会としては嬉しい限りだが、チーム毎の張り合いがすごい。
「姫様、ソランジュ先生に面会依頼を渡しておきました。講義が始まると同時の面会依頼は初めてだと驚かれていましたよ。一年生の登録日は明後日のお昼休みだそうです」
「その時に衣装を変えることもできるかしら?」
新しい衣装を早く着せてあげたいと思うのだが、リヒャルダは少し考え込んだ。
「……衣装を変える時はヒルシュール先生にも声をかけなければなりませんし、ソランジュ先生が一年生の登録でお忙しい状態でしょう? お昼休みだけでは時間が足りないと存じます。魔力供給のみに止め、着替えは姫様の空き時間ができてからの方が良いと思われますよ」
「わかりました」
リヒャルダの言う通り、着替え自体は大急ぎでしなければならないことではない。魔力供給をして、神官長の魔石を返してもらうだけにしておこう。
皆で成果を話し合って、盛り上がる昼食を終えると、午後からはシャルロッテ達一年生を激励して試験に送り出し、わたし達二年生は実技に向かう。
去年と同じように階級ごとに教室を分けて実技は行われるので、人数はぐっと少なくなった。
「久し振りだな」
ヴィルフリートが他領の上級貴族と再会を喜び、「今年もよろしく」と言い合っているのを見て、わたしは自分の交流の少なさを実感した。一度きりしか授業に顔を出さずに最速で終えたので、皆の顔と名前を憶えていない。多分、皆もわたしの顔を憶えていないだろう。
……もうちょっと交流を持った方が良いんだろうけど。図書館と交流か。
今年もわたしは講義を終えるまで図書館に入り浸るのは禁止されているのだ。図書館と他の生徒達との交流のどちらを選ぶかと言われれば、わたしは迷わず図書館を選ぶ。
……わたしは図書館で本を読む人。ヴィルフリート兄様は交流でお友達いっぱい作る人。うん、完璧な役割分担だね。
これぞ、適材適所である。
それにわたしも全く交流がないわけではない。わたしにはハンネローレという素敵なお友達がいるのだ。ハンネローレとの交流を深め、本好きのお友達を作っていくことこそがわたしの重要な使命だ。
……一年生で本好きのお友達が一人できたんだから、二年生では二人増えたらいいな。
「では、本日は一年生の復習です」
ヒルシュール、フラウレルム、プリムヴェール、ルーフェンの四人が前に立ってそう言った。
騎獣の扱い、シュタープの変形、ロートを打ち上げるなど、去年の実技で行ったことがきちんと身についているかの確認が行われることになった。
「では、騎獣を出してくださいませ」
フラウレルムの声に皆が一斉に騎獣を出す。できあがるまでの時間に差があるのは、やはり慣れているかどうかだろう。さっと出せる子もいれば、形を作るのに少し時間がかかっている子もいる。
わたしのレッサーバスは少し特殊だけれど、同じような乗り込み型の騎獣を出し、乗り込んだ女子生徒が何人もいた。大体がシュミル型なのは、お手本を見せたヒルシュールの騎獣がシュミル型だったせいだろう。皆、ハンドルではなく、手綱になっているのも共通している。
「できました」
ふぅ、と軽く息を吐いているハンネローレの騎獣もシュミルの乗り込み型だ。自分一人用で小さいのだが、シュミルの顔がとても可愛い。多分、ものすごくシュミルが好きに違いない。
……ハンネローレ様って、リーゼレータと話が合いそう。
二人ともシュミル好きで、可愛い物がよく似合っている。きっとハンネローレも刺繍や裁縫が得意な女の子に違いない。
全員が騎獣を作ったことを確認すると、次はシュタープの変形をすることになった。ルーフェンが前に立ち、生徒達の様子が見えるように他の先生方は散らばって目を光らせる。
「さぁ、シュタープを出すんだ!」
ルーフェンの大声が小広間に響いた。同時に、バッと皆がシュタープを出す。
……紋章付き、多っ!
紋章付きの変わったシュタープを作って喜んでいるのはヴィルフリートだけかと思っていたが、男の子には紋章付きが流行しているようだ。タクト状のシュタープに絵のように紋章が張り付いているのもあれば、ヴィルフリートと同じように立体化しているシュタープもある。
「ずいぶんと驚いたような顔をしているが、どうかしたのか、ローゼマイン?」
「紋章付きのシュタープがずいぶんと流行しているようで驚きました」
「其方はさっさと講義を終えたから知らなかったのだな? 私が流行らせたのだ」
ヴィルフリートが得意そうにそう言った。ヴィルフリートのシュタープがごてごてしていたことも、紋章付きのシュタープを流行らせたことも何となくわかっていたが、ここまで広い影響が出ているとは知らなかった。
「女性は少ないのですね」
「あぁ。挑戦しようとしていた女性もいたのだが、ハンネローレ様が他領へ嫁ぐ可能性があるので付けない、と言ったのだ。ここにいるのは領主候補生や上級貴族で、他領に嫁ぐことも多いだろう? 他の皆も将来を考えて止めたようだ」
……着物の母系の紋みたいにすればいいのにね。
麗乃時代にはあった母系の紋は「母親から娘へ、娘から孫娘へ」と結婚して姓が変わっても受け継がれていくものだった。そんな感じで受け入れれば、女性でも紋章を付けることはできると思う。
……わたしは付けるつもりがないから、どうでもいいんだけど。
一年生のシュタープ作成で、女性が紋章を付けたいような顔をしている時にはアドバイスできるように、シャルロッテに母系の紋について教えてあげても良いかもしれない。
「ロート!」
ルーフェンの声に合わせて、皆が赤い光を打ち出す。
変形させるのは、調合の実習に必要になるので理解できる。けれど、何故ロートを最初に教えられるのか、と不思議に思っていた。
……だって、救援信号って、そんなに頻繁に使う物じゃないよね?
危険になった時のために、救援信号を出す魔術具を一つ持っておけば十分だと思う。そんなわたしの疑問に神官長があっさりと答えをくれた。「ロートを知らなければ、宝盗りディッターが更に危険な物になるだろう」と。
一年生からシュタープを持つようになったのも、宝盗りディッターがなくなったのも最近のことなので、わたしには思いつかなかっただけだったようだ。専門コースに分かれる三年生でシュタープを与えられ、騎士見習いだけではなく、文官見習いも魔術具を作ったり作動させたりというところで宝盗りディッターに参加していた時代には、ロートが必須だったそうだ。
「メッサー」
ルーフェンの掛け声に合わせて、皆も「メッサー」と唱えてシュタープを変形させる。「リューケン」と唱えて変形を解除すると、その次は「スティロ」と唱えてペンを、「バイメーン」と唱えて混ぜ棒を作る。
変形に関しても、多少時間にばらつきがあるものの、全員が無事にこなせた。
「うむ。皆、真面目に練習していたようだな。問題なく次の段階に入れそうだ」
ルーフェンがそう言って満足の笑顔で生徒達を見回していると、ヒルシュールがゆっくりと前へ進み出た。そして、次の実習についての話を始める。
「次の実技は調合の基礎を行うことになります。二年生で作るのは、回復薬、オルドナンツ、それから、求婚用の魔石です。これらは全員に必要な物ですからね」
そう言って、ヒルシュールはクスと笑った。
これから先、特に専門コースに分かれる三年生以上は実技の度に回復薬が必要になるくらい魔力を使うようになるそうだ。自分で自分の回復薬くらいは準備できるようにならなければ、困るのは自分だと言う。
そして、オルドナンツは貴族間の連絡では必須である。一つしかなければ、返事が戻って来ない場合に、誰とも連絡が取れなくなる。そのため、複数個のオルドナンツを常備しておくのが普通らしい。
「今回は作り方を教えるだけですから、求婚用の魔石とは言ってもクズ魔石で作ります。本当の求婚の場に使うためにはご自分で準備できる最高の魔石で準備するのですよ」
そう言いながら、ヒルシュールは笑みを深める。
「二年生にはまだ早いかもしれませんけれど、求婚ではなく、お付き合いや卒業式のエスコートを申し込むのに使う分には問題ありませんよ。初めて作った魔石ということで、親に反対された恋人に捧げる方もいらっしゃいました」
そういえば、お母様が書いていた恋物語の中にそんな場面があったな、と思い出しているわたしの周囲では、貴族院のロマンスなお話に「素敵」と女の子が目を輝かせている。
男の子の「それが何?」と言いたげな薄い反応とは温度差があって、ちょっと面白い。
……お母様の恋物語、女の子にはかなり受け入れられやすそう。
潜在顧客数を見てとって、わたしはにんまりと笑った。
ヒルシュールから準備する素材を述べられ、寮の周りにある採集地でそれぞれ準備しておくように、と言われた。
「次回の調合では回復薬を作りますからね。忘れないように」