Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (380)
図書委員GET!
次の日の座学は算術と神学と魔術である。どれも去年の知識を更に深くするというものだ。どれもこれも予習をしっかりしてあるので、全く問題ない。講堂で座っているエーレンフェストの二年生の顔色は明るいものだ。
二年生の算術は計算機を使って大きな桁の計算ができるようになることが課題である。このためにわたしは計算機の使い方を教えられた。神官長には「試験以外の時には石板を使いなさい。確かめ算も計算機ではなく、君は筆算を使うように」と言われるようなレベルだけれど。
もちろん、計算だけではなく領地の予算の必須項目とその割合や税の計算についても多少勉強するが、それほど難しくはない。小学校の中学年から高学年程度のことができればよいのだ。それ以上の算術は文官コースの者が学ぶことになる。
「わたくし、算術は神殿のお手伝いでずいぶんと鍛えられましたから自信があります」
講堂で試験準備を終えたフィリーネが若葉のような瞳を輝かせてそう言うと、ヴィルフリートが何を思い出したのか、少しばかり眉をひそめて嫌そうな顔になった。
「神殿の手伝いというと、叔父上の手伝いであろう?」
「そうです、ヴィルフリート様。およそ一年間でとても鍛えられました」
「……フィリーネは神殿に行っているのかい?」
ローデリヒが驚いたように焦げ茶の目を見開いてフィリーネを見た。神殿に忌避感が強い、貴族らしい反応にわたしは小さく笑った。
「わたくしは神殿長ですもの。フィリーネがわたくしの側近である以上、神殿への出入りは必要になりますわ。ハルトムートや護衛騎士見習いも日常的に出入りしています。ローデリヒはその辺りもよく考えてくださいませ」
よく考えて名を捧げろ、とマティアスから保留するように言われたけれど、ローデリヒの中では名を捧げる決意が固まってきているのか、最近はフィリーネを始め、わたしの側近達との交流を深めようと努力しているし、講堂での講義などでは、わたしの近くにいることが多くなってきている。
一度名を捧げたいと宣言したせいだろうか、わたしの側近達もローデリヒが近付いてくることには過度の警戒心を剥き出しにして、遠ざけようとはしていない。その分、見極めというか、観察するような目は鋭くなっているようだ。
算術は最初から予想されていた通り、簡単に終わった。計算ミスがないか、必ず確かめ算をするように全員に言っておいたので、それほどの計算ミスもないと思う。
「フェルディナンド様のお手伝いに比べると簡単でした。失敗しても叱られませんし、やり直しもございませんから」
フィリーネがそう言って小さく笑う。お手伝いを始めた当初、フィリーネは緊張の中での慣れない計算と「間違えている。やり直し」という神官長の冷たい連続攻撃にかなり凹んでいた。最近では計算ミスが少なくなったことと、神官長の無表情が決して怒っているわけではないとわかったようで、計算のスピードも上がっている。
「次は神学か」
神学では自分の生まれ季節の神とその眷属、そして、他にもう一つの神と眷属を選び、神々の名前と何を司っているのかを覚えなければならない。全く覚えていない者には大変かもしれないが、エーレンフェストでは聖典絵本やカルタで遊んでいるうちに、すでに二年生全員が全ての神を知っている。楽勝だ。
「ローゼマイン、其方はどの神を選んで書くのだ?」
一つしか属性がない者は、どの神と眷属を選んでも良いが、複数の属性を持っている者は自分の属性の中から選ばなければならない。三年で神の加護を得るために自分が加護を得やすい神について知っておくことが重要になるからだ。
夏生まれのわたしの場合、火の神 ライデンシャフトとその眷属を覚えるのはすでに決定で、もう一つの属性を選ばなければならない。わたしは全属性持ちなので、どの神でも良い。
……まぁ、わたしが加護を得たい神はとっくに決まってるけどね。
「図書館や本に大きく関係する風とその眷属にする予定です。わたくし、英知の女神 メスティオノーラに一番多く祈りを捧げていると思うので」
「其方らしいな。私は生まれ季節の水と今後の成長を願って火にするつもりだ」
春生まれのヴィルフリートは水の女神とその眷属に加えて、火の神とその眷属との関係を強めたいらしい。成長したいし、強くなりたいのだそうだ。
「フィリーネはどうするのです?」
「わたくしは土しか属性を持っていないので、もう一つはローゼマイン様と同じ風にするつもりです。英知の女神 メスティオノーラの御加護が欲しいですから」
「文官にはあると嬉しいですよね。ローデリヒはどうするのですか?」
わたしがローデリヒに話を振ると、ローデリヒは羨ましそうに周囲を見た後、ゆっくりとオレンジに近い茶色の頭を横に振る。
「私は生まれ季節が風で、もう一つの属性が土なので、選ぶ余地はございません」
「属性があれば選ぶ余地がなくても御加護を得られやすいのですから、わたくしにはローデリヒが羨ましいです」
フィリーネがそう言って軽く溜息を吐くと、ローデリヒが「そういう考え方もあるのか」と小さく呟いた。皆が選ぶ話をしているのが相当羨ましかったようだ。
「エーレンフェストは全員合格です」
神学も問題なく終わった。神殿に入った時に、神々の名前の長さに泣きそうになりながら覚えたことが懐かしく感じられるくらいだ。
魔術は魔法陣の基礎で、神官長に教えてもらっているので特に問題はない。魔法陣を描くための記号を覚えることと、注意事項がほとんどである。簡単に言うと、混ぜると危険な属性の組み合わせや相乗効果がある組み合わせなどを覚えなければならないだけだ。
……命の属性は土以外は全部反発するって覚えておけば大丈夫。
二年生の実際に魔法陣を描いてみる実技では、基本的に単一属性の魔法陣の練習をするし、複数の属性を使う魔法陣にしても、相乗効果のある属性を使うことになっている。小難しくなるのは文官コースに入ってからだ。
今日の座学も難なく合格して午前の座学を終えると、午後は音楽の実技だった。
実技は講堂ではなく、小広間で行われる。領主候補生と上級貴族だけになるので、ぐっと人数が減るのだ。ぐるりと見回せば、それぞれの顔が見えるくらいの人数にはなっている。顔と名前が一致する人は相変わらず少ないけれど。
「今年の課題曲はこちらです」
バンと大きな板に小さな楽譜が張り出される。その直後、楽譜がどんどんと大きくなっていって、少し離れたところからでも見えるようになる。
「課題曲の他にもう一曲、得意な曲を披露してくださいませ。」
一年生の時は座学だけではなく、実技の時も領地ごとに固まっていた。だが、わたしが合格した後の学生達の交流によって、領地ごとの固まりは崩れているようだ。先生からの課題が出るとすぐにヴィルフリートはフェシュピールを抱えて、オルトヴィーン達男の子の群れへと行ってしまった。周囲を見れば、それぞれ仲良しのお友達と練習をするようで、ハンネローレも女の子のお友達に囲まれている。
……どうしよう?
フェシュピールを抱えて、仲間に入れてくれそうなハンネローレのところへ行くのは簡単だが、女の子達のお喋りと「皆で一緒に練習&合格しようね」という仲間意識に囚われると一発合格して講義から抜けるのが難しくなる。わたしは今年も図書館のために最速合格を目指しているので、一回か二回の講義ならば、一人でさっさと終わらせてしまった方がいいだろう。
……周囲から友達のいない子だと思われるのはちょっと悲しいけど、仕方ないね。
課題曲は半年くらい前に神官長から出された課題にあったので、少し練習し直して指の動きを思い出せば合格できると思う。自由曲の選曲も同じ頃に課題として出された曲から選べば、難易度や知名度も大丈夫なはずだ。
わたしは皆が軽いお喋りと共に練習をしている中、せっせと課題曲と自由曲の練習をして、先生のところへと向かった。早く合格して、音楽の講義を終えるのだ。二回も三回もこの一人ぼっち時間を経験するのは寂しすぎる。
「パウリーネ先生、試験をしていただいてもよろしいでしょうか?」
課題を出した後は、自分でもフェシュピールを弾いていたパウリーネに声をかけた。パウリーネは去年わたしをお茶会に誘ってくれた先生である。フェシュピールを弾く手を止めて、何度か瞬きをする。
「あら、ローゼマイン様はもうよろしいの?」
「はい。今年の課題曲は以前に練習したことがある曲だったので」
勧められた椅子に座り、わたしはフェシュピールを構えた。一番乗りで試験を受けるせいだろう、周囲の視線が不意にこちらを向いたのがわかる。練習とおしゃべりで雑多な音に溢れていた小広間がシンと静まっていく。
急に視線を向けられたことに驚きながら、わたしはゆっくりと呼吸して心を落ち着かせ、弦を爪弾いた。ピィンと主旋律を奏でる高い音が右手から、ポゥンと低い音が左手から響き、小広間に広がっていく。
「大変結構です。一年でずいぶんと上達されましたね」
城でも神殿でも欠かさず練習させられているので、特に問題なくわたしは合格した。パウリーネは褒め言葉を口にしながらも不満そうな目でわたしを軽く睨む。
「ただ、自由曲がありきたりですわ。ローゼマイン様ならば、新しい曲を弾いてくださるかと期待していたのですよ。……新しい曲はございませんの?」
ないわけではない。ロジーナにねだられて、原曲を提供したのはいくつかある。ただ、こんな授業の場で「自作の曲です」と披露して目立つつもりがないだけだ。去年、ヴィルフリートが暴露していなければ、耳慣れていて弾き慣れた曲を弾いただろう。
けれど、今、自作の曲を披露すれば、友達もいない一人ぼっちの癖にどれだけ自己顕示欲が強いの、と皆に思われるに違いない。一人ぼっちが目立っても良いことはない。さっと講義を終わらせて、そっと姿を消す。わたしは周囲の記憶から「エーレンフェストの領主候補生が一人ぼっちだった」という事実ごとひっそりと消えるのを狙っているのだ。
「残念ながら、講義中に披露できるような出来ではございません」
「では、今年もまたお茶会をいたしましょう。わたくし、ローゼマイン様の新しい曲を拝聴したいのです。あの楽師をまた連れていらして」
「パウリーネ先生に気に入っていただけて嬉しく存じます。わたくしの楽師も誇りに思うでしょう」
……あぅ、お茶会の予定が入っちゃったよ。今年は王族なんていませんように。
さっさと合格してしまったものの、迎えも来ていないのに勝手に外に出たらリヒャルダに大目玉を食らうだろう。どうやって時間を潰そうかな、と考えながら、他の皆の様子を見ると、元々あまり音楽に興味がないらしいヴィルフリートが口をへの字にして楽譜を睨んでいるのが見えた。女の子の集団は指よりも口の方が忙しく動いているのがわかる。
……本さえあれば、一人ぼっちでも全く平気なんだけど。フェシュピールじゃあ……。
他にやれることがないので、わたしはもう一度椅子に座ってフェシュピールを抱える。そこにおずおずとした表情でハンネローレが近付いて来た。首を傾げるわたしにハンネローレがニコリと微笑む。
わたしが一人ぼっちなので気にかけてくれたのかもしれない。そう思っただけで、目の前がぱぁっと明るくなっていく。
……さすがハンネローレ様! わたしの心の友!
「こんなに早く合格されるなんて、ローゼマイン様はフェシュピールもお得意なのですね」
「決して得意というわけではなく、厳しい教師がいるのですよ。わたくしはフェシュピールの練習よりも本が読みたいと思っているのですけれど、なかなか思うようにいきません」
ロジーナが「専属楽師の仕事をさせてくださいませ」と訴えてきたり、神官長が進度をチェックして課題を出したりしなかったら、わたしはフェシュピールの練習より読書を優先していたはずだ。
「それに、早く合格しなければ奉納式までに図書館へ行くことができなくなってしまいますもの。シュバルツとヴァイスが待っているのに……」
「シュバルツとヴァイスというと、図書館でソランジュ先生のお手伝いをしているシュミル型の大きな魔術具でしょうか?」
少し首を傾げながら確認するように尋ねられ、わたしは「そうです」と頷く。シュバルツとヴァイスの名前はあまり知られていないのかもしれない。
そんなことを考えていると、ハンネローレは頬に手を当てて赤い瞳を輝かせると、ほぅ、と溜息を吐いた。
「シュバルツとヴァイスはとても可愛いですもの。わたくしも去年は図書館で働く姿を見て心癒されましたわ」
そして、ハッとしたように一度目を見開くと、ハンネローレは突然困ったような表情になって、辺りの様子を窺い始めた。二つに分けて結ばれている淡い色合いの髪がゆらゆらと揺れる。
揺れる髪を見ながら、わたしは急いで自分の発言を思い返した。誰かに聞かれたらハンネローレが困るような発言をしただろうか、と。一緒に図書委員をしましょう、と誘う機会を虎視眈々と狙ってはいるけれど、まだ口に出していない。
……値札が付きっぱなしとか、チャックが開いてるとか、麗乃時代のような失敗もないはずだし。
側仕え達が整えてくれるので、声に出して指摘するのを躊躇うような外見上の失敗もないはずだ。そっと触って確認してみたが、髪飾りが外れそうというわけでもない。大きな失敗はしていないはずだ。
ハンネローレは周囲を気にしながら、少し距離を詰めてきて声をひそめた。ゴクリと息を呑んで、わたしはハンネローレの言葉を待つ。
「あ、あの、ローゼマイン様。わたくし、ずっと謝ろうと思っていたことがあったのです」
「……お茶会で突然倒れてしまったわたくしではなくて、ハンネローレ様に謝っていただくようなことは全く思い浮かばないのですけれど」
予想外の言葉に目を瞬いていると、ハンネローレは「わたくし自身のことではなく、ダンケルフェルガーのことですわ」と溜息を吐いた。
フェシュピールを練習する音で話し声が掻き消されそうな雑音の中、ハンネローレはレスティラウトが去年シュバルツ達の主の権利を寄越せと言いだした裏側について教えてくれた。
「わたくしがシュバルツ達の可愛さを見て、主になってみたい、と呟いたせいで、ローゼマイン様にもエーレンフェストにもご迷惑をかけたと伺いました。わたくしが知った時には王子の耳に届いた後で、本当に驚いたのです」
要約すると、「あんな可愛いシュミル達の主になれたらいいな」という可愛い妹の呟きを耳にしたレスティラウトが、ハンネローレをシュバルツ達の主にするために空回りながら奮闘していたということらしい。
……なんて迷惑な兄馬鹿!
「おまけに、ルーフェン先生が何度もディッター勝負を申し込んでいると伺っています。できるだけ止めているつもりですけれど、これからもご迷惑をかけるかもしれません。わ、わたくし、ローゼマイン様に嫌われてしまうのではないか、と心配で……」
泣きそうな顔で「ずっと謝らなければと思っていたのに機会がなくて、こんなに遅くなってしまいました」とハンネローレが言う。
……どうしよう。ハンネローレ様がビックリするほど可愛い! シュバルツ達の主になりたいと思っていたなんて、さすが本好きのお友達!
ハンネローレを図書委員に誘うには今しかない。わたしはハンネローレを見上げた。
「わたくしがハンネローレ様を嫌う理由などありませんわ。シュバルツ達の主になりたいと思っていらっしゃったのですね。でしたら、わたくしと一緒に図書委員をいたしましょう」
ハンネローレはきょとんとして首を傾げた。
「あの、図書委員とは一体どのようなものでしょう?」
「シュバルツ達の魔力供給やソランジュ先生のお手伝いです。ハンネローレ様も本がお好きでしょう? ご一緒にいかがです?」
わたしの勢いに驚いたように軽く目を見張った後、ハンネローレはおっとりとした様子で頬に手を当てて考え、「シュバルツ達と図書館で過ごすのは楽しそうですね」と微笑んだ。
……やったぁ! 図書委員GET!
いつどうやってハンネローレを図書委員に誘おうかと思っていたが、ずいぶんすんなりと事が運んだ。ひゃっほぅ! と飛び上がりたいのを我慢して、神に祈りを捧げたいのを抑えながら、わたしはグッと拳を握る。
「あの、ローゼマイン様。わたくし、その不躾ながらお願いがございますの」
「何でしょう?」
図書委員仲間のお願いなら何でも聞いてあげちゃうけど、と思いながら先を促すと、ハンネローレはもじもじとしながら口を開いた。
「ローゼマイン様のお作りになられたという曲を、その、わたくしの楽師に弾かせたいのですけれど、お許しいただけませんか?」
去年のお茶会が終わった後の音楽の時間、わたしが作った新しい曲として先生が弾いてくれたそうだ。楽師に覚えてほしいのです、とハンネローレが呟くように言った。音楽の先生方のお茶会でしていたように、ロジーナが弾く曲を自分の楽師に覚えさせたいというお願いである。
わたしが作ったことになっている曲をハンネローレの楽師が弾くのは、仲良しの証だ。わたしは笑顔で頷いた。
「では、本の貸し借りをお茶会の席でいたしましょうか? ハンネローレ様の楽師を連れていらして」
「ありがとう存じます、ローゼマイン様。わたくし、次にお貸しできる本を準備して楽しみにしていますね」
……ハンネローレ様と図書委員。ハンネローレ様とお茶会。ハンネローレ様と本の貸し借り。わたし、もう一人ぼっちじゃないよ!
音楽の講義を終えたわたしがお友達との約束に浮かれながら小広間を出ると、リヒャルダと側近達が揃って待っていた。コルネリウス兄様がわたしを見て、小さく笑う。
「ローゼマイン様、その顔は合格ですね?」
「えぇ。わたくし、音楽も合格をいただきました」
わたしが胸を張って報告すると、フィリーネが頬を薔薇色に上気させて嬉しそうな笑顔で寄ってきた。
「ローゼマイン様、わたくしもです。音楽の先生に褒められました。去年に比べてとても上達しましたね、と」
神殿でわたしと一緒にロジーナの教えを受けてフェシュピールの練習をしてきたフィリーネは下級貴族ではなかなか見られない上達ぶりだと褒められたらしい。
「ローゼマイン様と一緒にお稽古したからです」
「先生が変わったところで、真面目に練習しなければ身につきませんから。楽器の上達はフィリーネの努力ですよ」
「それに、パウリーネ先生にお茶会に招かれましたし、ダンケルフェルガーのハンネローレ様と色々なお約束もしたのです。社交も頑張っているでしょう?」
お友達ができたと報告をすると、側近達は揃って目を丸くした。「図書館よりも優先されるのですか?」と。
次の日も座学はあっさりと合格した。本来ならば、一つの季節に習うことを全員が一年かけて予習して勉強しているのだから、当然と言えば当然だ。だが、周囲にとって全員合格が続くのは当然ではない。
ドレヴァンヒェルのオルトヴィーンがエメラルドグリーンのマントを翻し、こちらの様子を窺うようにやってくる。
「ヴィルフリート、エーレンフェストはまだ全員合格が続くのかい?」
「あぁ、座学は全員合格できると思う。絶対に譲れない物があるからな」
「……譲れない物?」
オルトヴィーンが目を瞬きながら興味深そうにヴィルフリートを覗き込んだ。
一瞬、しまった、と言いたげに口を噤んだヴィルフリートだったが、深緑の瞳に貴族らしい笑みを浮かべて流す。
「まぁ、それが何かはエーレンフェストだけの秘密だ」
……タルトを貴族院で出す予定はないですからね。
ヴィルフリートは流行として出すつもりがないので言葉を濁しただけなのだが、ドレヴァンヒェルにとってはものすごい秘密があるように聞こえたのだろう。学生達の目が怖いくらいに輝いた。
「ふーん、エーレンフェストの成績向上の秘密か。……必ず探ってみせるよ、ヴィルフリート」
「そう簡単には探らせぬ」
……あぁ、うん。二人とも頑張れ。