Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (385)
調合・回復薬
「姫様、午後は調合ですから、お話合いは後にして急いで昼食にいたしましょう」
リヒャルダにそう急かされ、ドレヴァンヒェル対策については夕食後に話し合うことにした。午後の実技は調合なので、調合服に着替えなければならないのだ。
騎獣に乗る時はスカートでは乗れないため、騎獣服に着替えるように、調合作業をする時は袖が邪魔にならない調合服に着替える。神殿で調合をする時は普段の神官服のままだったので、調合服に袖を通すのは初めてだ。調合服は文官のお仕着せに少し似ている。あまり袖がひらひらしておらず、作業の邪魔になりそうなレースやひだの装飾は極力排することと決められている。そして、一番大きな特色としては、調合服にはマントを付けない。マントと同色のスカーフのような布をブローチで留めることになっている。
リヒャルダに着替えさせてもらい、持ち物に忘れ物がないか確認をした後、わたしは同じように調合の講義を受けるフィリーネに声をかけた。
「フィリーネ、準備は良いですか?」
「はい、ローゼマイン様」
フィリーネは調合服のスカートを少し摘まんで小さく笑った。フィリーネの調合服はリヒャルダとオティーリエがどこからか探して来てくれた、誰かのお下がりだ。でも、お下がりには見えないように繕ったり、刺繍がされたりしている。
「わたくしも綺麗な調合服で嬉しいです。皆が繕い方を教えてくれたのです。わたくし、お裁縫の腕も少し上がったと思いますよ」
「フィリーネは何でも頑張っていますね」
「姫様もフィリーネのようにもう少し刺繍を頑張ってくださいませ」
「えぇ。時の女神 ドレッファングーアの糸が重なる時にはきっと……」
頑張る機会があればね、とリヒャルダの言葉を流し、わたしは階段を下りていく。刺繍よりも写本、写本よりも読書の方が重要なのだ。
「お待たせいたしました。小広間へ向かいましょう」
講義としては初めての調合だが、回復薬はすでにいくつも作らされているので、わたしにとっては新鮮味が全くない。「調合は初めてだ。わくわくするな」と言っているヴィルフリートの姿が微笑ましく感じられる。
神殿での回復薬作りは、ただひたすら神官長に言われた通りの材料を準備して、測って刻んで鍋に放り込んで魔力で練り合わせていくだけだ。まだ自分の回復薬作りをさせてもらえないわたしにとって回復薬作りは、ただの練習で、できあがった物はエックハルト兄様やアンゲリカに売り払っている。完全に作業と化していて、楽しみにはならない。
「わたくしはフェルディナンド様に教えてもらっていますから、楽しみでも何でもありません。せめて、回復薬以外の物を作りたいです」
側近達はわたしが神官長に教え込まれていることを知っているので「そうですね」と同意の声が上がるだけだったけれど、ローデリヒは目を丸くして驚きの声を上げた。
「ローゼマイン様はすでに調合もされているのですか!?」
「自分の回復薬くらい自分で作れるようにならなくてどうする、とフェルディナンド様に言われ、教えられました。今のところ四種類の回復薬が作れます」
わたしがそう言った瞬間、騎士見習い達がバッとわたしを見た。
「ちょっと待ってください、ローゼマイン様。回復薬に四つも種類があるのですか!?」
下級から中級が使う基礎的な回復薬と品質の良い素材を使う上級向けの回復薬の二種類しか貴族院では学ばないらしい。神官長のような研究馬鹿でもない限り、自分で作れる回復薬は二種類だそうだ。道理で、ちょっと難しい回復薬を作る時はアンゲリカとエックハルト兄様が護衛を希望し、その場で買い取るわけである。
「わたくしが作れるようになったのは、魔力と体力の両方が少し回復する薬、魔力と体力を少し多めに回復させる薬、体力はほとんど回復しないけれど魔力を大幅に回復させる薬、魔力はほとんど回復しないけれど体力を大幅に回復させる薬の四種類です」
……それに加えて、どちらも大幅に回復するけれど味を犠牲にした激マズ薬、やや改良版の優しさ入り、ハルデンツェルでもらったブレンリュースの実を入れた味が大幅に改良されたけれど効果はそのままの完璧薬、神官長は全部で七種類作れるんだけどね。
べらべらと喋って良いことかどうかわからないので、わたしは心の中で呟くだけだ。
「叔父上がいれば、貴族院に来る必要がなさそうだな」
「講義面ではそうかもしれませんが、貴族院に来なければどうしようもないこともありますよ」
「シュタープを得て貴族として認められるためには貴族院へ来ることが絶対に必須ですものね」
座学のために講堂へと向かうシャルロッテがそう言って軽く息を吐いた。これから先の社交を考えると、シャルロッテはもうエーレンフェストに戻りたい気分になるらしい。社交を面倒に思う気持ちはよくわかる。
「シュタープのためだけではないだろう? 他領との交流や友人を作るには貴族院へ来る必要があるではないか」
社交の楽しい面を強調するヴィルフリートの言葉にシャルロッテの顔に笑顔が戻った。お姉様としてヴィルフリートに負けるわけにはいかない。わたしもシャルロッテの気分を盛り上げてあげなくては。
「ヴィルフリート兄様の言う通りですね。貴族院に来なければ、本好きのお友達はできませんし、図書館の本が読めません。人生における損失が大きすぎます」
「ローゼマイン、其方は図書館や本以外にも目を向けろ」
ヴィルフリートが溜息を吐きながらそう言って、シャルロッテも大きく同意したけれど、そんな無茶を言われても困る。図書館や本以外と言われても、一体どこに目を向ければいいのだろうか。
「わたくし、今年はなるべく平穏な貴族院生活を送るように、と養父様に言われているのです。わたくしが社交に張り切る方が困るようですよ」
王族や上位領地と繋がりを作りすぎて、皆がてんてこ舞いになっていた。今年は繋がりの維持を考えて、社交は平穏に、図書委員活動に精を出した方が良いと思う。
「では、お姉様が図書館での読書を楽しめるように、わたくしもできる限りお手伝いいたしますね」
「シャルロッテ、なんて健気で可愛いことを! でも、安心してくださいね。わたくし、シャルロッテのお姉様としてできる限り社交も頑張りますから」
「え、あの、お姉様……。どうして? 図書館に行っても良いのですよ?」
驚いたように目を見開くシャルロッテの腕を軽く叩きながらわたしは何度も頷く。
「大丈夫です、シャルロッテ。わたくしも領主の子、シャルロッテのお姉様ですもの。課せられた責任は果たします」
こんな健気な妹に面倒事を全て任せて図書館に引き籠るなんてできない。できるだけの社交をこなそう。今、決めた。
小広間に入ると、調合の講義ができるようにいつもとは違う準備がされていた。一番前の壁には白い布が大きく張られている。その手前に台が置かれていた。上にはまだ何も置かれていない。
そして、テーブルがいくつもあり、一番前のテーブルだけに小さな調合鍋が六個、間隔を空けて準備されている。薬草を混ぜる過程は先生の目が届く場所でするようだ。鍋は人数分準備されているわけではないので、刻んだ後は早い者勝ちになるのだろう。他のテーブルの上には人数分の板が並んでいる。更に、テーブルの中央には天秤のような秤があった。
回復薬の作り方は混ぜる薬草の量を量って、まな板のような板の上で薬草を数種類刻んで、鍋に入れてぐるぐる混ぜるだけである。難しいところが全くないので、皆すぐに合格すると思う。
「調合を始めます」
ヒルシュールがそう言って、器具の扱いや洗浄、注意事項について述べ始めた。どれもこれも神官長からしつこいくらいに言われていることだ。頷きながら聞いていたが、むしろ、わたしの目はヒルシュールが持ち込んだ魔術具に釘付けだった。神官長が修理していた魔術具だ。
ヒルシュールが魔術具に触れると、大きく張られた布に薬草の量や手順が浮かび上がった。「うわ」と皆が驚くところから考えても、この魔術具はあまり一般的ではないらしい。
「この魔術具を使うのは最初の講義だけです。必ず薬草の名前や量、手順などを各自で書き留めておくように。それが終わった方から、薬草を量ってくださいませ。そして、シュタープをナイフに変化させて刻んでください」
ヒルシュールの声に皆が一斉にメモを取り始めた。参考書に全て記されているので、わたしもヴィルフリートもわざわざ書く必要はない。わたしの場合は薬草の名前と分量を見て、一番簡単な回復薬を作るという点を確認しておけばそれで十分だ。「ヴィルフリート兄様からお先にどうぞ」と秤に手を伸ばす。
ヴィルフリートが緊張した面持ちで薬草を量り、シュタープをナイフに変形させていく。わたしは自分の薬草を量りながら、何となくヴィルフリートの方を見て、目を剥いた。
「ヴィルフリート兄様、それでは指を切ります」
薬草ではなく、指を刻みそうなナイフの持ち方にわたしが思わず息を呑む。麗乃時代の初めての調理実習を行う男子生徒よりもひどい状態だ。わたしの指摘にヴィルフリートは何度か目を瞬き、小さく笑った。
「む? 大丈夫だ、ローゼマイン。このナイフはシュタープだからな」
シュタープは自分の魔力で作られている。そのため、シュタープを変形させたナイフならば、ちょっと失敗したところで自傷の意図を持っていない限り自分の指を傷つけることがないのである。
別にシュタープを変化させなくても調合はできるし、シュタープを変形させるよりも魔力を通すナイフを使った方が魔力の節約になるのに、どうして変形させるのか不思議だったが、ヴィルフリートの言葉を聞いて初めて分かった。
考えてみれば当たり前かもしれないが、領主候補生と上級貴族のクラスはナイフで物を刻むこともしたことがないお嬢様やお坊ちゃまの集まりである。きっと薬草を刻むところで躓く子が多いに違いない。
「指を傷つけることがないとわかっていても、ひやひやしますね」
「では、其方が先に手本を見せてくれ。回復薬の調合は得意なのだろう?」
ヴィルフリートが軽く肩を竦めると、生徒達の視線がこちらに集まってきたのがわかった。また妙な注目をされることになったが、仕方がない。薬草の刻み方くらいは教えてあげた方が良さそうだ。
「別にわたくしは得意ではございません。慣れているだけですよ」
得意というのは、神官長のような人のことを言うのだ。わたしは秤をテーブルの中央へと押しやり、シュタープを出して、「メッサー」と唱えた。
「ヴィルフリート兄様、ナイフはこのように持って、薬草を押さえる手をこの形にすれば、指を切ることはございませんから」
わたしは猫の手で押さえるようにヴィルフリートへ説明しながら、素早く薬草を刻んでいく。周囲から「おぉ」とか「速いですね」と感嘆の声が上がっているが、これは全くすごいことではない。日常的に料理をする平民ならば、誰でもできることだ。
「なるべく均等に切った方が魔力に解けやすいそうです」
切り終わるとシュタープの変形を「リューケン」で解いて消し、刻んだ薬草を板ごと調合鍋のところへと持って行く。どのように調合するのか気になるようで、ヴィルフリートを始め、同じテーブルの生徒達が後をついて来た。
「ヒルシュール先生、調合鍋を使っても大丈夫ですか?」
「早すぎることに少し驚きましたけれど、よろしいですよ。ローゼマイン様は洗浄の仕方もご存知なのでしょう?」
「はい」
「いちいち教える手間が省けますね。……ローゼマイン様のお手本です! 調合を見たことがない方、書いてある手順だけでは不安な方は前へ見に来てくださいませ!」
ヒルシュールは声を上げて、他の生徒達を呼ぶ。「先生が教える手間を惜しむな!」というツッコミを我慢できたわたしは、とても空気が読める良い生徒だと思う。
周囲に見物人が集まって非常にやりにくい気分でわたしはテーブルに一度板を置くと、シュタープを出して「ヴァッシェン」と唱えて調合鍋を洗浄した。もう周囲に水を溢れさせるようなことはしない。魔力の調整は完璧である。
「洗浄は完璧ですね。では、調合を」
わたしは板に載せてきた薬草をザッと鍋に入れる。もう一度シュタープを出して、「スティロ」と唱え、魔力のペンへと変化させると調合鍋を縁どるようにぐるりと丸を描き、その中にいくつかの記号を記していく。
「ローゼマイン、その魔法陣は何だ?」
「時間短縮に必要なのです」
ヴィルフリートにそう説明しながら一度変形を解き、「バイメーン」と唱えて混ぜ棒に変化させる。鍋の大きさに合わせた混ぜ棒作りも学習済みなので、ちょうど良い長さの混ぜ棒ができた。
後は軽く表面が光るまでぐるぐるとかき混ぜれば、回復薬の完成である。
「ローゼマイン様、魔法陣に関しては講義では教えていないと思うのですけれど」
「あら、失礼いたしました。つい、いつもの癖で……」
長々と混ぜていると腕がだるくなるので、神官長に時間短縮の裏技を教えてもらってからは常に使っていた。そういえば、今日の課程に魔法陣を描く工程はなかった。ヒルシュールの指摘を受けたが、もう魔法陣を消すこともできない。
「ローゼマイン様が使われた魔法陣は魔力の注ぎ方を倍以上に増やすことで時間を短縮する物ですが、調合に慣れていない者が使うと失敗します。皆様はゆっくりと魔力を込めていってくださいませ」
生徒達に注意を飛ばした後、ヒルシュールは「まったく」と呟きながら溜息を吐いた。
「魔法陣付きで手早く終わらせることができるだなんて、ローゼマイン様は慣れすぎではございませんか? 少なくとも初めての調合の実技で行うことではございませんよ」
「自分の薬は自分で作れるようになれ、とフェルディナンド様に教えられていますから。まだ作れるだけの技量がないのですけれど」
「相変わらずフェルディナンド様は厳しいのか甘いのかわからない方ですね」
ヒルシュールが「自分の作った薬のレシピを教えるために教育するなど、普通はいたしませんよ」と言いながら、わたしが作った回復薬を何かの魔術具に数滴垂らした。調合でできあがった物の品質を測定するための魔術具だ。神官長も同じ物を持っていたので見たことがある。
「品質と効果、共に合格です」
……よしっ!
その後は周囲の生徒達がおっかなびっくりナイフを使う様子が目に入る度に、心臓に悪い思いをしながらヴィルフリートに調合のコツを教えて時間を過ごした。
「ローゼマイン、魔力を均等にするコツがあるのか?」
「流す魔力を弱めないことです。疲れてくると自然と流れる魔力の量が減るので、最初から少なめに流すか、わたくしがしたように時間短縮ができるように魔法陣を使うかですね。ただ、時間を短縮する魔法陣は完成するまで一気に魔力を流し込むことになるので、初心者にはお勧めできません」
周囲の生徒達が聞き耳を立てているのがわかるけれど、質問されたわけでもないのにこちらから教えに行くのはただのお節介ではないだろうか。そんなことを考えている間に終わりの鐘が鳴る。
他の合格者は出なかった。魔力を均等に混ぜていくというのが結構難しいようで、合格基準に達する品質の回復薬ができなかったようだ。
夕食後は領主候補生とその側近が頭を突きあわせて、ドレヴァンヒェル対策を始め、社交に関する質問状を作成した。ヴィルフリートからは養父様へ、わたしからは神官長とお母様へ、シャルロッテからは養母様へ。ほぼ同じ内容だが、それぞれの回答が欲しいとシャルロッテが言ったので手分けしてみた。これを転移の間にいる騎士に頼んでエーレンフェストへ送ってもらうのだ。文官見習い達に質問状を渡して、ハァ、と軽く息を吐いた。
「お疲れですね、お姉様。体調は大丈夫ですか?」
「わたくしよりもシャルロッテはどうなのです? 明日は大事な日でしょう? 疲れを残しては途中で倒れてしまいますよ」
次の日は一年生が「神の意志」を取りに最奥の間に向かう日である。そのため、明日だけは一年生が午前に座学で二年生は午前に実技となる。延々と洞窟の中を歩かされたことを思い出したわたしが注意すると、シャルロッテはクスクスと笑った。
「少しくらい疲れていても、倒れて意識を失うようなことにはなりませんわ」
「意識を失うことがなくても、領主候補生は下級貴族に比べるとずいぶん奥まで歩かねばならぬ。早目に休んだ方が良いぞ、シャルロッテ」
わたしには大丈夫だと強がったのに、ヴィルフリートの言葉には素直に頷いた。何だか、わたし、お姉様としての威厳がなくなっている気がする。由々しき事態ではなかろうか。
威厳を取り戻すためにどうすれば良いのか、うーんと考えているとシャルロッテがわたしの顔を覗き込んできた。
「お姉様、お姉様。やはり体調が良くないのではございませんか?」
「まだ大丈夫です。それよりも、わたくし、お姉様としてシャルロッテのために……」
「わたくしのためを思うのでしたら、すぐにお休みくださいませ。すぐ、ですよ」
藍色の目を心配そうに揺らしながら「お姉様が心配なのです」と言うシャルロッテと、「妹君に心配をかけてはなりませんよ」と言うリヒャルダの連携によって、わたしはあれよあれよという間に寝台へと放り込まれてしまった。ちなみに、講義に出ている間に天幕の穴は繕われていたようだ。もう穴が見当たらない。
姉としての威厳を取り戻すためにできることを考えているうちに寝ていたようで、気が付いたら朝だった。
今日は午前が実技になっている。魔石で防具を作るのだ。全身をガッチリと固める鎧は騎士が身に着ける物だけれど、簡易の防弾チョッキに近いような物は全員が作れるようになっていなければ、危険な時代や場所では困るらしい。
「ローゼマイン、カッコいいシュタープ同様、カッコいい鎧を考えるべきではなかろうか?」
「……ヴィルフリート兄様、今日作るのは、普段着の下にも着られる物ですからカッコよさを他の方に見せることはできないと思いますけれど?」
「そ、そうか……」
あまりにもガッカリされてしまった。フォローが必要なレベルで肩を落としている。そんなにカッコいい鎧を作りたかったのか。ヴィルフリートのこだわりはよく理解できないけれど、落ち込ませてしまった状態が続くのは居心地が悪い。
「あの、でも、見えないところにも手を抜かないのがオシャレとも言いますから、カッコよさにこだわっても良いと思いますよ」
「見えないところにも手を抜かないのがオシャレか。うむ、気に入った」
簡単に機嫌を直し、ヴィルフリートはカッコいい鎧について話し始める。すでに頭の中に構想があったらしい。
残念ながら、ヴィルフリートが考えていた鎧は普段着の下に着られるデザインではなかったので、考え直しになってしまったけれど。
この実技を最初に終えたのはハンネローレだった。ダンケルフェルガーでは常に身に着けているようで慣れているらしい。ハンネローレを筆頭に、ダンケルフェルガーが次々と合格者を出していく。
騎獣の魔石を作ったように、体に沿わせて固めていく感じでそんなに難しくなかったし、ヴィルフリートと違ってカッコよさにこだわるつもりもなかったので、わたしは簡単に合格をもらった。ヴィルフリートはカッコいい鎧を考えるらしい。気が済むまで頑張ればいいと思う。
その日の午後は座学が終了したので、余裕がある。一年生が最奥の間に行くのを見送った後は、フィリーネとローデリヒの三人で三年生の参考書を元に多目的ホールで文官コースの予習を始めた。今日は座学を終えたユーディットが護衛任務についている。
他の二年生もそれぞれの予習を始めたり、ヴィルフリートと共に実技の訓練をしたりして過ごしているようだ。
「二年生の講義が終わったら、二人は何をするのですか?」
一区切りついたところで、わたしは二人に声をかけた。
「ローゼマイン様と違って実技の合格に時間がかかるでしょうけれど、二年生の講義を終えたら、わたくしは他領の方からお話を集めて参ります」
フィリーネが「今年はもっとたくさん集められると思うのです」と若葉のような瞳を輝かせた。去年と違ってどのように話を聞きだしていくのかわかっているし、城や神殿で色々な人と関わってきたことで知らない人と話をすることに気後れしなくなってきたらしい。
「それは頼もしいこと。ローデリヒはどのように過ごすのですか?」
わたしが話を振ると、ローデリヒはオレンジに近い茶色の頭をゆっくりと上げた。手にしていたペンを置き、テーブルの上で指を組み合わせて力を入れる。
「ローゼマイン様にお話があります。いつでもよいので、お時間をいただいてよいですか?」
決意を秘め、緊張した焦げ茶の瞳がわたしをじっと見つめていた。