Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (389)
図書委員活動をしたい
……図書館、図書館、図書館に行ける~!
朝からテンション高く、ブリュンヒルデに「衣装に合わないと思うのですけれど」と顔をしかめられながら図書委員の腕章を付けて、わたしは食堂へ向かった。
「今日は早速図書館へ行きましょう」
「残念ですが、図書館にお供できる側近が揃わないので明日まで待ってください」
すぐさまコルネリウス兄様に却下されてしまった。今日はディッターの練習で、騎士見習いは全員参加する実技があるのだそうだ。
「ローゼマイン様はフィリーネと一緒に自室で過ごしてください。午前中は一人も護衛騎士がいないので、昼食に戻ってくるまで自室から出ないように。午後はレオノーレがいますが、図書館に行ける人数ではありません。午後に出ても良いのは寮の多目的ホールまでです。いいですか?」
「……わかりました」
有無を言わせないコルネリウス兄様の漆黒の目に、わたしはおとなしく頷いた。騎士見習いにとっては大事な講義なので、わたしの我儘が通せないのは理解できたけれど、テンションは一気に下がる。
……頑張って一発合格したのに、ちぇ……。
「ローゼマイン様、こういう時のためにフェルディナンド様から本を預かっているのです。今日は読書をして、魔法陣や魔術具についてお勉強をして過ごしてはいかがですか? 理想の図書館を作るためには入念な準備が必要でしょう」
「素晴らしい案です、ハルトムート」
図書館に行けないのならば仕方がない。ハルトムートが神官長から預かっている本を読んで一日を過ごすことにしよう。理想の図書館の下準備をするのは心が躍る。ふわっとテンションが上がってきた。
「前回は見事にフェルディナンド様の課題をこなせたのですから、ローゼマイン様ならば今回もこなせると思います」
ハルトムートが言うように、前に読んだ本に書かれていた魔法陣をまとめて一つの魔法陣を作る課題は一応クリアした。理論上は間違っていないはずだ。これがきちんと動けば、期限を越えた本を図書館に戻すことができる。
……図書館に戻すだけじゃなくて、本棚に戻るまでが自動でできるように、わたし、頑張った。七割方、ハルトムートが教えてくれたんだけどね。
一つの魔法陣に欲張りすぎでは? とハルトムートに言われたけれど、理想の図書館のために欲張るのは別に悪いことではないと思う。一つの魔法陣にまとめろと言われたので、詰め込めるだけ詰め込んでみた。
「さぁ、姫様。新しい本ですよ」
朝食を終えて部屋で待っていると、リヒャルダがハルトムートから借りてきてくれた本を机の上にドンと置いてくれた。それをフィリーネと二人で読んでいくのだ。
「今日はどのような本でしょうね? あ、ローゼマイン様。また紙が挟まっていますよ」
フィリーネが取ってくれた神官長の課題メモによると、神殿の儀式の時に使われている小声にする魔術具に使われている魔法陣を少し改良して刺繍すれば、防音性の高いカーペットにできるらしい。
……今回の課題には刺繍も含めるんだ。
どんどん難易度が上がっていく神官長の課題にわたしが溜息を吐いていると、フィリーネが「静かな環境で読書ができるのは素敵ですから、頑張りましょう」と励ましてくれた。
去年、わたしが奉納式で帰還している間も貴族院でお話集めや写本に精を出していたフィリーネは、最終試験が近付いて利用者が多くなってくると騒がしくなった図書館にとても驚いたのだそうだ。
「図書館に来るのは下位領地の方が多かったのですけれど、参考書やキャレルの取り合いがあって、わたくしは少し近付きにくく感じました」
下級貴族であるフィリーネは横暴な貴族がいれば押し退けられる方の立場なので、わたしが不在の間は写本のための本を借りるとすぐに図書館を出て寮に戻るようにしていたらしい。
「わたくしはローゼマイン様から本を借りるための保証金をお預かりしていますし、ユーディットが一緒について来てくれたので、本を運んでもあまり危険ではありませんでした。下位領地の下級貴族は借りて帰ることもできず、キャレルで勉強するしかないので、大変だと思います」
フィリーネの話はわたしの知っている図書館とはまるで別の場所の話のようだ。貴族院の図書館がそんなに殺伐とした状況になるとは知らなかった。
「無料の原則があれば、キャレルの取り合いは減るのでしょうけれど……」
保証金がなければ借りられないからキャレルの取り合いが起こるのだ。もちろん、借りていく者が増えれば、本がなくなるので困る者も増えてしまう。印刷を広げて、誰もが必要な本を手にできるようにしなければ難しいだろう。
……いつから印刷を広げていけばいいかな? ドレヴァンヒェルや中央の姿勢を見てみないと、まだ決断できないな。
いくら考えたところで貴族院の図書館に関して、わたしにできることはほとんどない。今のところはシュバルツ達への魔力供給くらいだ。
「ローゼマイン様、どうかされましたか?」
「いいえ、何でもありません。本を読みましょう」
今日の魔法陣作成は難しくなかった。防音の魔法陣の範囲を変えるだけで終了だ。ハルトムートは絶対に出す本の順番を間違えていると思う。
いきなり難しい課題じゃなくて、簡単な課題から出してほしいよ、と思った直後、午前中の講義を終えたユーディットが「ただいま戻りました、ローゼマイン様。昼食ですよ」と呼びに来た。
……あ、順番を間違えているんじゃない。わたしが本を読み終わるまでにかかる時間を見極めて渡してるんだ。……絶対に神官長の仕業だ。
半日で読む本、一日で読む本、数日かかる課題、と分けられている気がする。わたしが預かっているヒルシュールに渡す資料を頼みごとの難易度によって細かく分けていたのと同じだ。
……わたしの扱い、ヒルシュール先生と同じだった! なんかショック。
午後はフェシュピールのお稽古や来年の予習で時間を過ごし、次の日は腕章を付けて、うきうきで図書館へ向かう。護衛騎士はレオノーレとユーディット、文官はハルトムートとフィリーネ、側仕えはリヒャルダとリーゼレータだ。
「ひめさま、きた」
「ひめさま、ほんよむ?」
ひょこひょこと近付いてきたシュバルツとヴァイスに迎えられ、わたしは二人の額の魔石を撫でて、魔力供給をする。わたし達の姿を見つけたソランジュが青い目を丸くしてこちらへやってきた。
「まぁ、ずいぶんと早かったのですね。ローゼマイン様には本当に驚かされます」
「ソランジュ先生、シュバルツ、ヴァイス。二年生の講義を終えました。わたくし、これから奉納式までなるべく図書館に参りますね」
去年よりも早いのではございませんか? とソランジュに問われて、わたしは大きく頷いた。去年は騎獣作成の実技で一発合格をもらえなかったので、時間がかかったのだ。今年は実技も含めて一発合格だったので早かった。
来年は文官コースと領主候補生コースと二つを取る予定なので、きっと時間がかかると思う。
「少しでも早く図書館に来たかったのです。シュバルツ達の衣装も届けたかったですから。着替えはいつにいたしましょう?」
領主会議の時に、エーレンフェストで作れるのか、と中央にも心配されていると聞いたけれど、神官長が納得する物ができたので問題ないはずだ。
「ひめさま、すごい」
「あたらしいいしょう」
新しい主に新しい衣装をもらうのがシュバルツとヴァイスにとって大事なことらしく、何となく浮かれているのがわかる。
「シュバルツ達を着替えさせる場所として、できれば図書館の一室をお借りしたいのです。本来は主の部屋で行うとわかっているのですけれど、シュバルツ達を連れ出したことで去年のような騒動が起こっては困りますから」
騒動の種は潰しておくに限る。わたしの言葉にソランジュが閲覧室の中を見回し、「利用者が増える前でしたら、一室をお貸しいたしますよ」と微笑んだ。去年は通らなかったお願いが通るようになっていることからも、ソランジュとの間が親密になっているのがわかって、少し嬉しい。
「いつが良いかしら? リーゼレータ、希望はあって?」
「わたくしの希望ですか?」
「えぇ。シュバルツとヴァイスの衣装の刺繍を一番頑張ったのはリーゼレータですもの。立ち会えるように考慮するのは当然でしょう?」
わたしの言葉にリーゼレータが真剣に悩み始めた。深い緑の瞳を光らせて、虚空を睨む横顔はいかにして戦力を伸ばすのか、と考えている時のアンゲリカによく似ている。
「三日後の午後はいかがでしょう? 側近達の予定が一番合って、ヒルシュール先生の講義がないはずなのです」
シュバルツとヴァイスの着替えをさせるとなれば、ヒルシュールはまた講義を放り出してくるかもしれない。そんなところまで考慮して、ヒルシュールの講義予定をしっかりと把握しているリーゼレータがすごい。
「わたくしも問題ございませんよ、ローゼマイン様。その日には一室をお貸しいたしましょう」
着替えの日が決まったならば、お茶会の日も決めてしまいたい。
「ソランジュ先生、図書館でのお茶会の予定ですけれど、来週以降の午前中ならば大丈夫だとハンネローレ様がおっしゃいました。ソランジュ先生のご都合はいかがですか?」
「わたくしは早い分には問題ございませんよ。この通り、今は利用者が少ないですから」
人の気配がない閲覧室を見回してソランジュはそう言うとクスクスと笑った。
「では、来週の早いうちにお茶会をいたしましょう。せっかくですから、シュバルツとヴァイスの着替えが終わった後が良いかしら? ハンネローレ様に新しい衣装を見せることができますもの。わたくし、楽しみで仕方がございません。ハンネローレ様と一緒に図書委員をするのです。ほら、腕章も作ったのですよ」
わたしが自分の腕に付けている腕章を見せると、ソランジュが目を瞬きながら首を傾げた。
「図書委員というのは、確か図書館のお手伝いをする者だとおっしゃいましたね」
「そうです。去年の終わりのように忙しい時にソランジュ先生やシュバルツ達のお手伝いをするのです」
神官長の督促オルドナンツが飛んでいった後から大量に本の返却があり、大変なことになっていた図書館でわたしは図書委員活動を満喫していた。あれをまたやるのだ。けれど、楽しみに胸を膨らませるわたしを見て、とても困ったようにソランジュが眉尻を下げる。
「ローゼマイン様のお気持ちは大変ありがたいのですけれど、ローゼマイン様がいらっしゃる時期は利用者も少なく、お手伝いは必要ございませんよ」
……何ということでしょう! 図書委員はいらないって言われちゃったよ。
確かに図書館が忙しくなるのは、わたしが奉納式でエーレンフェストに戻ってからだと聞いている。こんなふうにガランとした図書館ではお手伝いすることもないだろう。
「シュバルツ達の魔力供給をしてくだされば、それだけで十分です。それ以上、領主候補生に迷惑をかけるわけには参りませんもの」
ソランジュに拒否されたのに食い下がるのは、権力で脅すことに繋がる。図書委員はしたいけれど、権力で脅すのはしたくない。わたしがしょんぼりと肩を落とすと、ハルトムートが少し屈んで声をひそめた。
「ローゼマイン様、図書館でどのような魔術具が使われているのか、伺うのではなかったのですか? 魔術具の改良も図書館のためになる図書委員活動かもしれません」
「ハルトムート、ありがとう存じます」
ハルトムートの助言にわたしはハッとして顔を上げた。ソランジュの邪魔にならない、領主候補生らしい図書委員活動があるはずだ。気を取り直して、ソランジュに質問する。
「ソランジュ先生。今、図書館で使われている魔術具やこれから先に新しく必要だと思われる魔術具はありませんか?」
「何故そのようなことを?」
頬に手を当てて首を傾げるソランジュにわたしは胸を張って答える。
「わたくし、いつの日か自分の図書館を作るつもりなので、そのために貴族院の図書館がどのように運営されているのか知りたいのです」
「まぁ、ご自分の図書館を? それは壮大で素敵な夢ですわね」
ソランジュが笑いながら、図書館の魔術具に関して色々と教えてくれた。
わたしが知っている退室を促す光を放つ魔術具以外にもいくつも魔術具があり、本にとってちょうど良い環境に保つための魔法陣が建物自体に刻まれているらしい。
……何それ、素敵!
麗乃時代に読んだ本では中世の図書室、主に石造りの修道院や教会がパピルスの保存には向かず、数年間で黴が生えたり腐ったりするため、遠方から届けられた書物は急いで羊皮紙に書き写すか、数年ごとにパピルスに書き写すしか保存方法がなく大変だったらしい。羊皮紙よりはパピルスの方が安価でも、保存できなかったと読んだことがある。
石の壁は気温によっては湿気がひどいことになるので、本を置く場所には木の壁を張り巡らせなければ使えなかったそうだが、貴族院の図書館は魔法陣一つで大変な問題をクリアしているようだ。
「この建物の魔法陣自体をお見せすることができないのが残念ですけれど、王宮図書館には魔法陣に関する記述が載った本もあるのですよ。それに、中央の宝物殿も図書館と同じように管理するのに相応しい温度や湿度に保つための魔法陣があったと記憶しております」
……中央の魔法陣がハイテクすぎる。エーレンフェストもちょっと見習うと良いよ。
だが、それらの魔法陣全ての維持に魔力が必要だとすれば、エーレンフェストでは難しいのもわかるし、貴族が減ると困るのもわかる。
「貴族院の図書館の管理は基本的にシュバルツとヴァイスがいれば何とかなります。本の貸し出しやキャレルの管理を全て二人がしていますから」
全てを人の手でしようとすると人数が必要で大変です、とソランジュは言う。ソランジュが一人で切り盛りしていた時は手が届かない部分が非常に多かったらしい。そういう話を聞くと、ローゼマイン図書館を作った時はやはりシュバルツ達のような魔術具が欲しいと思ってしまう。
「ソランジュ先生、今わたくしは期限を過ぎれば自動的に戻ってくる魔法陣を研究しているところなのです。これを本に取り入れられないか、思案中なのです」
「それはとても便利ですけれど、一冊一冊に魔法陣を付与するのでしたら、魔力も多く必要そうですね。ローゼマイン様は豊富な魔力がございますから、魔術具が多くても維持できるかもしれませんけれど、わたくしには難しいと思います」
確かに、色々なことができるようにわたしの理想を詰め込んだ魔法陣は魔力食いだ。一冊一冊に魔法陣を付けて、実際に動かすとなれば膨大な魔力が必要になる。要改善だ。
「では、ソランジュ先生が新しく欲しいと思う魔術具はございませんか?」
「新しく欲しいと思ったのは、フェルディナンド様のお声を取り込んだ魔術具ですわ。去年の督促の効果は絶大でしたからね。フェルディナンド様に毎年お手伝いいただくわけには参りませんから、あの督促が入った魔術具は欲しいと思います」
録音する魔術具自体はあるのだが、神官長に声を入れてほしいと頼む機会がないらしい。ソランジュが残念がっている姿を見て、わたしは首を傾げた。心胆寒からしめて、あれだけの学生達を一斉に図書館に走らせた神官長の声はすごいと思うけれど、督促だけならば、別に神官長である必要はないと思う。
「貴族院の先生ではダメなのですか? ルーフェン先生の声でも効果はあるのではございません?」
「貴族院の先生の声は聴き慣れていますから、効果を考えるとフェルディナンド様に勝る督促はないと思うのです」
「皆、必死で本を抱えて来ましたからね。わかりました。一度フェルディナンド様に頼んでみます」
……神官長がダメでも、アンゲリカに頼めばシュティンルークで何とかなるんじゃない?
そう考えてわたしは録音の魔術具に神官長の声を入れるお願いを引き受けた。
そして、ソランジュの執務室へと移動して神官長の魔石を返してもらう。わたしが図書館に来られるようになったので、魔力を蓄えた魔石はもう必要ない。
「貴重な物を貸してくださったおかげでとても助かりました。フェルディナンド様にもお礼を申し上げてくださいませ」
「はい、そのように伝えますね。……そういえば、ソランジュ先生はじじ様という方をご存知ですか?」
「じじ様ですか? いいえ、聞いたことがございませんけれど?」
図書館のことだから、ソランジュに尋ねるしかなかったのだが、ソランジュも知らないと言う。
「二階のメスティオノーラの像が持っているグルトリスハイトに魔力供給をするとじじさまが喜ぶ、とシュバルツとヴァイスが言っていたので少し気になっていたのです。結構魔力を取られましたし……」
わたしが説明を加えると、ソランジュがじっくりと考えるように一度目を伏せた。
「……もしかしたら、シュバルツとヴァイスよりも古い魔術具かもしれません」
「え?」
「今は半分も動いておりませんけれど、この図書館には多くの魔術具がございます。そのうちの一つがじじ様かもしれません」
ソランジュがゆっくりと視線を執務室の奥へとやった。そして、そっと息を吐いて首を振る。
「残念ながら、わたくしはこの図書館の全てを知っているわけではないのです。わたくしは中級貴族として、上級貴族の補佐をする立場でこの仕事に携わりました。突然、上級貴族が全員いなくなるという事態になり、引継ぎが完全には行えていないのです」
途切れた情報が多くあります、とソランジュが呟いた。上級貴族と中級貴族では職分に違いがあり、処分が決まってから彼らがいなくなるまでのほんの短い期間では大した引継ぎも行えなかったらしい。上級貴族が数人で魔力供給してきた魔術具を動かすには、一人の中級貴族では魔力が足りず、最低限の魔術具しか動いていないのが、現状だそうだ。
「中央の貴族が昔のように増え、上級貴族が派遣され、彼らの部屋に入ることができるようになれば、少しはわかることも増えるのでしょうけれど」
ソランジュは悲しげに一度視線を伏せた後、わたしを見て、笑顔を作る。
「さぁ、このようなお話はもう終わりにいたしましょう。ローゼマイン様はごゆっくり読書を楽しんでくださいませ。そのためにいらしたのでしょう?」
わたしは魔石をリヒャルダに預け、ソランジュと共に閲覧室へと戻る。扉を開けた瞬間、先程までは人の気配がなかった閲覧室に十名近くの人物が固まっているのが見えた。どうやら彼等も入ってきたばかりのようだ。
驚きに目を見張るわたし達と同じように、向こうも大きく目を見開いてわたし達を見た。中心にいたのは部屋に籠っているはずの第三王子ヒルデブラントだ。明るい紫の瞳が瞬かれ、おっとりと首を傾げると青みがかった銀色の髪が揺れた。
「今は学生がいない時期だと聞いて図書館に来たのですが、何故学生がここにいるのでしょう?」
人目に付かない時期ならば良いだろう、とお忍びで図書館に来たらしい。こっそりとやってくる場所が図書館という辺り、この王子はとても良い王子だと思う。洗礼式を終えたばかりの幼い王子だが、このまま本好きに育つと良い。
「貴女は講義に出席しなくても良いのですか?……確かエーレンフェストの領主候補生でしたよね?」
……この王子、一度しか会ってないわたしのこと、覚えてる!? すごい!
本好きな上に、ヒルデブラントはとても賢いようだ。親睦会で一度顔を合わせただけのわたしのことを覚えているなんてビックリである。ちなみに、わたしは貴族院二年目だが、全ての領主候補生の顔と名前は未だに一致していない。ようやく同学年の領主候補生を全員覚えたところだ。奉納式の後には何人か忘れている自信がある。
「わたくしは図書館で読書をするために講義を終えましたから、これからは図書館にほぼ日参いたします。ヒルデブラント王子のお邪魔をするつもりはございませんから、わたくしのことはお気になさらず読書をお楽しみくださいませ」
とりあえず、たまたま王子に会ってしまったけれど、わたしは幼い王子の読書を邪魔するつもりは全くない。むしろ、読書を推奨する。どんどん読め。もっと読め。そして、本好き王子のために図書館の予算が増えて、新しい本が増えたら良い。
ごきげんよう、と王子に挨拶をすると、わたしはさっさと王子に背を向けた。
「シュバルツ、魔法陣の改善と魔術具作成に関する研究資料はどこかしら? ヴァイスはヒルデブラント王子の案内をお願いね」
「わかった、ひめさま。ヒルデブラントおうじ、あんないする」
「ひめさまのほん、こっち」
先導するシュバルツや自分の側近達と一緒に二階へ上がって、わたしは自分の読書を始める。図書館のための魔術具作成のために資料を読み始めたところ、新しい研究結果の大半にヒルシュールの名前が入っていた。
……色々と問題のある先生だけど、やっぱり神官長の師匠だな。魔術具について一度聞いてみた方が良いかも。