Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (39)
ギルド長の孫娘
次の日、3の鐘が鳴る前に中央広場へと到着し、ルッツと一緒にフリーダを待った。そういえば、フリーダの髪の色とか、雰囲気とか、目印になりそうなものを何も聞いていない。
「どうしようか、ルッツ?」
「あっちが呼びかけてくるだろ?」
「……わたし達のこと、わかるかな?」
「わかるって。マインの簪って特殊だし、すぐそこにじいさんがいるんだから、聞けばすぐにわかるだろ?」
中央広場に面した商業ギルドの建物を指差してルッツが肩を竦めた。
確かに、すぐに分かりそうだ。
「ねぇ、ルッツ。昨日、どうだった? ウチはね……」
昨日、わたしとルッツは紙をベンノに売って、初めてお金を持って帰った。
ウチではみんなが目を丸くしていたけれど、ルッツと一緒に紙を作った話をすると、「すごい」「頑張ったんだね」と褒めてくれた。
そして、わたしが渡した初めてのお給料は生活費に組み込まれ、冬支度の贅沢品である蜂蜜を少し多目に買うことになった。
「ルッツは? 商人になること、認めてもらえそう?」
ルッツはわたしと紙を作り上げたことで、ベンノからは見習いになることを認められた。けれど、家族はどうだったのだろうか。ルッツの熱意を認めてもらえたのだろうか。
ルッツは苦い顔をして、肩を竦めた。
「……微妙。金を稼いだことは喜んでもらえたけど、商人はまだだな。親父なんて、マインと一緒に紙を作って、売ったって言ったら、紙を作る職人になれって言ったんだ。職人ならいいって」
「ルッツのお父さんは、どうしても職人にしたいみたいだね」
自分達が物作りをしていることを誇りに思うのはわかるけれど、ルッツの希望とは違うから、落とし所を見つけるのは難しそうだ。
「でも、オレは職人になりたいんじゃなくて、ベンノの旦那みたいにこの街を出るような商売をしてみたいんだよ。マインだって紙だけを作りたいんじゃないよな?」
「うん。わたしはこの後、紙を量産できるようになったら、紙作りは他の人に任せて、本を作る方に行きたい。本が増えないと本屋さんもできないし、図書館なんて夢のまた夢だからね」
本を増やすには、紙の量産ができるだけではダメだ。印刷技術が絶対に必要になる。メモ用紙を数枚重ねただけの本を作って喜んでいるようではダメだ。
……まだまだ先は長いなぁ。
「オレ、マインと一緒に本屋をするんなら、いいぞ。昨日さ、商業ギルドに書棚があるのを見て思ったんだけど、本を欲しがるのって、字が読める金持ちだろ?」
「まぁ、そうだね」
字が読めなくて当たり前のこの街の平民が本を欲しがるわけがない。本? 何それ? おいしいの? って、普通に言われそうだ。
「だったら、本屋なら色んな街の貴族に売りに行けるんじゃないか? ほら、地図であった隣の領主のところとかさ」
本を買う人達の客層を考えれば、確かにそうなるかもしれない。
無言で地図を見下ろしながら、自分の望みをしっかりと形作っていたルッツに感心していると、小さな足音がわたしの前で止まった。
「あなたが、マインさん?」
「へ!? あ、はい! そうです。フリーダさんですか?」
「そうよ。今日はよろしくね」
ニッコリと笑ったフリーダはツインテールにされた桜色の髪がふんわりとしていて、茶色の瞳が穏やかに笑みを浮かべている、可憐で可愛い幼女だった。
育ちが良いというか、厳しい躾をされているというか、仕草や言葉がとても大人びている割に、年齢より背が低くて幼く見える。人のことは言えないけれど、アンバランスな印象だ。
でも、どこからどう見ても、ギルド長に似ているように見えない。ギルド長に似ているなんて、ただの噂だったようだ。ベンノの杞憂でよかった。
「あなたがマインのお伴? 女の子だけでよかったのに……」
ルッツを見て、ほんの少し頬を膨らませたフリーダがそう言った。
確かに、女同士のお話というのも心惹かれるけれど、そういうのは仲良しで気が置けない間柄に限る。今日の行き先はギルド長の家だ。とても一人で行く気になんてなれない。
フリーダの言い方にカチンときた顔をしているルッツの手を握って、わたしはニッコリと笑った。
「わたし、体力なくて、よく倒れるので、ルッツがいないと外出できないんです。ベンノさんのお店にもルッツが一緒じゃないと入店禁止だから、ルッツがダメなら……」
帰ります、と言う前に、フリーダに言葉をかぶせられる。
「誰かが見ていないと危険なほど、よく倒れるなんて……マイン、あなた、もしかして、身食い?」
「はい?……身食い?」
耳慣れない言葉に思わず首を傾げた。フリーダもそっと頬に手を当てて、わたしと反対方向に首を傾げる。
「言葉がわからないかしら?……そうね、身体の中に熱いものがあって、自分の意思と関係なく動くことがない?」
「あります! この病気のこと、知っているんですか!?」
誰も知らなかった病気の情報が思わぬところから出てきた。わたしとルッツが身を乗り出して答えを待っていると、フリーダは少し困ったように笑う。
「……わたくしも、そうだったの。だから、まだ身体が小さいでしょう?」
わたしが小柄で成長しないのも、気を抜くとちょっとしたことで倒れるのも、その身食いという病気のせいらしい。少し小柄なフリーダと2~3歳も年齢を間違われる自分の体を見比べて、ハッとする。
「どうしたら、治るんですか!?」
さっきのフリーダの言葉は過去形だった。つまり、治ったということだ。ルッツと顔を見合わせた後、わたしは食らいつくようにフリーダに問いかけた。
フリーダは申し訳なさそうに眉を下げて、溜息混じりに小さく呟く。
「……お金がかかるの、すごく」
「ぅあ、絶望的……」
ギルド長をしているような商家のお嬢様が「すごくお金がかかる」と言うのだ。ウチの経済力では絶望的だ。
がくーんと項垂れたわたしの肩をフリーダが優しく叩いた。
「でも、あなたはとても元気そうに見えるわ。やりたいことや目標に向かって全力を費やしているうちは大丈夫よ。その代わり、心が折れたり、目標を見失ったりした時に反動がくるから気を付けて」
なるほど。森に行きたいと目標を定めたり、紙を作ると決めて活動したりしているから、ここ最近は元気なのか。木簡を諦めた時は死にかけたもんね。
ん? それって、まるで泳いでないと死んじゃう回遊魚みたいじゃない?
むーん、と唸りながら、初めて知った情報を頭の中で整理する。
わたしの病気は身食い。今日初めて病気の名前を知った。そして、一つ対処法を手に入れた。元気でいるためには、目標に向かって動き続けるしかないらしい。
「納得したなら、我が家へ向かいましょうか?」
「はい」
フリーダに案内されたギルド長のウチも商家だった。
かなり大きく、ベンノの店よりも城壁寄りだ。城壁寄りなんて言葉は相応しくない。城壁のすぐ隣って感じで、神殿が間近に見える最高級の位置だ。
「わたくしね、洗礼式の行進を見るのが大好きで、いつも見ていたの。夏の洗礼式では髪飾りがとても目立って見えていたのよ」
家がここなら、わざわざ外に出なくても、神殿に入って行く行列がよく見えるに違いない。
「初めて見る飾りだったから、おじい様にも聞いてみたのだけれど、情報は集まらないし、秋の洗礼式で広まっているわけでもなかったし、不思議で……」
「ちょっと手間がかかるので、まとまった時間が取れる冬の手仕事じゃないと、作れないんです」
ウチの母が申しておりました、と心の中で付け加える。
「そうだったの……」
「売れれば、来年の春からはこの飾りが洗礼式の女の子を飾ることになるはずです」
「まぁ! じゃあ、冬の洗礼式でつけるのはわたくしだけなのね? 楽しみだわ」
顔を輝かせるフリーダを見て、ベンノが言っていた「売り出し前の誰もつけていない冬の洗礼式で付ける特別扱い」はかなりプレミア感があることに気付いた。
プレミアが付いたら、ぼったくりにはならないのかな? ならなかったらいいなぁ。
フリーダの家と店がある建物は、全て従業員に貸していて、関係者以外は住んでいないらしい。その二階の家へと通されて、ぎょっとした。
布が多い。
オットーの家に行った時も思ったけれど、オットーの家で布が多いと思ったのは応接室だけだった。
しかし、フリーダの家はどこもかしこも、タペストリーやクッションがあって、色彩が氾濫していて華やかだ。そして、棚があって、石造りの動物の置物や金属の像が飾られている。かなりお金持ちで、貴族に近い権力を持っているのが、見て取れた。
「お嬢様、どうぞ」
応接室に通された後、下働きをしている女性が飲み物を出してくれる。
見慣れている木製ではなく、金属のカップに赤い液体が注がれていく。
「あぁ、ありがとう。これはね、コルデの果汁に蜜を加えて煮詰めて作ったコルデ液を水で薄めていただく飲み物なの。甘くておいしいわよ」
コルデという実が木苺によく似ているので、木苺ジュースのような物だろう。そう思いながら口を付けたら、予想以上に甘かった。
滅多に甘味が口に入らないわたしは、自分の顔が笑み崩れていくのを自覚する。
「甘~い。おいしいね、ルッツ」
「本当だ。甘くてうまい!」
「気に入ってもらえてよかったわ。……それはそうと、どうしてウチに来ることになったの?」
フリーダが小首を傾げた。ギルド長は一体何と説明したのだろうか。よくわからないけれど、こちらからも説明した方が良いだろう。
「実は、昨日、フリーダさんの洗礼式にこの飾りを作ってほしいとギルド長から依頼があったんです」
わたしが見本として持ってきたトゥーリの髪飾りをトートバッグから取り出すと、フリーダがそれを見て小さく頷く。
「それは知っているわ。でも、おじい様なら勝手に選んで作ってしまうと思っていたの」
さすが、孫だね。大正解。
おじい様は暴走して、勝手に注文して、サプライズするつもりでした。
「えーと、そういう言葉も出たんですけど、やっぱり本人の好みの色や当日の衣装に合わせて作った方が喜ばれると思って、希望を聞きたいとお願いしたんです」
フリーダの髪の色は桜色、つまり、淡いピンクだ。トゥーリの髪の色である青緑に合わせた飾りでは、どうにも似合わない。
赤系の花にするか、いっそ白の花と緑の葉っぱのようなイメージで清楚にまとめた方が似合う。
「そう、おじい様にしては気が利いていると思ったけれど、あなたが止めてくれたのね?」
「そういうわけなので、もしよかったら、当日の衣装を見せてください。刺繍に使っている色も見たいんです」
明言を避けて、話題をさりげなくギルド長から逸らしたつもりだったけれど、お見通しと言わんばかりにフリーダはくすくすと笑った。
……上級の教育をされている子って、こんな風にみんな大人びているのかな?
仕草や言動がわたしより大人に見える。少なくとも、一緒に森へ行っていた子供達とは全く違う存在だ。
「少し待っていて。衣装を持ってくるわね」
フリーダが席を外すと、ルッツが大袈裟なほど大きな溜息を吐いた。じっとしていたのも辛かったのか、肩を回したり、首を振ったりして身体を動かす。
「ルッツ、大丈夫?」
「オレ、会話には交じれないからな。どんな服にどんな色が似合うかなんてわからないし、あんな気取った言葉で話せねぇよ」
わたしもフリーダと話している時は、無意識に丁寧語になっているし、粗相をしないか緊張してしまっているので、ルッツの言葉には大きく頷いた。
「ん。働くようになったら、気取った言葉も覚えた方が良いだろうけど、今日は希望を聞くのはわたしがやるよ。じっと黙っているのも大変だと思うけど、一人は心細いから、一緒にいてね」
「おぅ」
味方がいるだけで、心強い。
わたしが安堵の息を吐いていると、フリーダが戻ってきた。
「お待たせしました。これが衣装よ」
「わぁ、素敵!」
フリーダが洗礼式に着るための衣装を持ってきてくれた。白が基調ということだけは、夏のトゥーリと変わらないけれど、生地の厚みが違う。具体的に言うと、フリーダの衣装には毛皮がもふもふしている部分があり、見るからに暖かそうだ。
何枚も何枚も重ね着して、もこもこになる自分の冬装束を思い浮かべて、わたしはうーんと唸った。
夏の洗礼式は薄い生地だから、経済状況より裁縫の腕の方が重要だったけれど、冬の洗礼式では経済力による違いが顕著に出そうだ。
「フリーダさん、この色は好きですか?」
「えぇ。だから、刺繍してもらっているのだけれど?」
白の中に赤系の刺繍がされているのを見つけて、フリーダの髪と見比べる。これなら、服にも髪にもよく似合いそうだ。
「この刺繍に使った糸ってまだ余ってますか?」
「あると思うけれど、どうするの?」
「同じ色の花があると、まとまりが良いんです。少し頂いてよろしいですか? 同じ色の糸を探してみます」
「えぇ、いいわ」
花飾りを作るための糸を少し分けてもらって、同じ色合いの糸をベンノに頼んで探してもらおう。
フリーダに作る髪飾りは、ベンノがかなりぼったくりな値段設定にしたので、糸にこだわってもいいかもしれない。
「これだけで足りるかしら?」
もう一つ服の刺繍ができそうな量がある糸の固まりを手にフリーダが戻ってきた。
「十分ですけど……」
「では、これでよろしくね」
深い赤の糸の固まりをポンと手渡されてしまい、わたしは途方にくれる。
ここで原料までもらってしまったら、ぼったくりに拍車がかかるんですけど、どうしたらいいですか!?
でも、さすがに「ベンノさんがふっかけているので、原料分値引きします」なんて、わたしには言えない。ベンノとふっかけられたギルド長の関係がこれ以上ややこしいことになるのは、困る。
それに、脳内でベンノに「お金は取れる時に、取れるところから、取れるだけ、取っておくものだ」と怒られた。
うぅ、と唸りながら、わたしはフリーダの髪型に目を留めた。
「当日の髪型はどんな感じにする予定ですか?」
「今日と同じだけれど?」
フリーダの髪型はツインテールなので、同じ飾りが2つ必要だ。
確認して良かった。ついでに、ギルド長の先走りを止められてよかった。ギルド長の言うとおり作っていたら、あまり似合わない上に、片方分しかない髪飾りをもらってフリーダが困り果てていただろう。
「……今日と同じなら、飾りが2つ必要ですよね?」
「……そうね」
フリーダも今気付いたと言わんばかりにハッとした顔になった。
2つ作れば多少はぼったくりも緩和できると、安心していると、フリーダが指を顎に当てて、少しばかり真面目な顔をする。
「金額を倍、払わなくてはいけないわね」
「いいえ、材料になる糸も頂いたので、この料金のままで結構です」
原価がほとんどなくなってしまった状態で、ぼったくり料金を2つ分もらうなんて、わたしにはできない。胃が痛くなる。
「でも、そういうわけにはいかないわ。その金額で作るとお約束したんですもの。きちんと2つ分の料金を払います」
「そんな! 材料を頂いたのに、2つ分なんて……」
払う、必要ないで、わたしとフリーダがエンドレスの言い合いに発展し始めた時、今までずっと黙っていたルッツがポリポリと頭を掻きながら、提案した。
「だったら、2つ目は半額にすれば?」
「え?」
「原料をもらってるから、マインは値引きしたい。フリーダは後々ギルド長とベンノの旦那の間で面倒が起こらないように2つ分払いたい。間をとって、2つ目は半額にしようぜ」
「ルッツ、天才! それでいいですか、フリーダさん?」
ルッツが提案した落とし所に、わたしは一も二もなく飛びつく。
わたしがくるりと振り向くと、フリーダは何とも釈然としないような不可解そうな顔をしていた。
「わたくしは構わないけれど……お金は取れる時に、取れるところから、取れるだけ、取っておくものよ?」
可憐で可愛らしい見かけに似合わない言葉が飛び出してきた。フリーダは間違いなく商人の娘で、ギルド長の孫娘だったようだ。
「……それって、商人の心得ですか? ベンノさんも同じことを言っていたような……」
「あら? 商売はそういうモノでしょう?」
小首を傾げて、当たり前のようにそう言ったフリーダに、わたしは思わず頭を振った。
「限度ってものがあるというか、物には適正価格があるというか……。まぁ、落とし所が見つかって良かったです」
「あなた達って、変わっているわね」
くすりとフリーダが笑う。でも、それは嘲笑などではなく、とても友好的で、自然な笑顔に見えた。
言い争って友情が芽生えたというほどでもないけれど、ちょっと垣根が取り払われたような、妙な連帯感が生まれたような、そんな感じだ。
商談と胸を張って言えるほどのことではないが、髪飾りについては一通りのことが決まった。
さっさとお暇しようかと思ったけれど、コルデ水のおかわりが運ばれてくると、帰る気満々だったルッツの視線がコルデ水で固定された。わたしも甘味を楽しみたくて、誘惑されるまま、少しばかりの雑談タイムへと流れていく。
「そう、森で木の実を拾ったり、薪を拾ったりするの。まるで毎日がピクニックね」
薪拾いは生活がかかっているので、そんな悠長なものではないんですけどね。むしろ、薪を拾いに行く必要もないフリーダの生活の方が気になるんですけど。
「フリーダさんは、普段どんなことをしているんですか? この辺りの子供達は森に行きませんよね?」
「わたくしが一番好きなのは……ふふっ」
一拍置いて、フリーダがニッコリと笑って、口を開く。
「お金を数えることかしら?」
え? 空耳? 気のせい? 耳がおかしくなったのだろうか?
可憐で可愛い幼女の口からとんでもない趣味が出てきた気がする。
「あら、少し違うわね。ごめんなさい」
あまりにも予想外な回答に面食らっていると、フリーダが可愛らしくふるふると頭を振って、自分の発言を訂正する。
ただの言い間違いか、とわたしが胸を撫で下ろしたのは、ほんの一瞬のことだった。
「数えるだけじゃなくて、貯めることも好きなの。袋の中にずっしりとした重みを感じるとすごく嬉しくなるし、お金がチャリチャリと擦れて鳴る音って、素敵でしょ?」
「……は、はぁ、そうかもしれませんね。わたしも貯金箱の重みが増えるのが嬉しかったです」
何とかその言葉を搾り出した後、わたしは軽く目を閉じた。
……幻聴じゃなかったんだ。趣味の話なんて振ったの、誰だよ? わたしだよ! わたしのバカバカ!
お菓子作りとか、刺繍なんて言葉が似合いそうなお嬢様の趣味がお金だなんて……知りたくなかった。
「まぁ! わたくしの趣味がわかるの!?」
肯定されたことに気をよくしたのか、フリーダはいかにお金が好きなのかを語り始めた。
「わたくし、幼い頃から、金貨のきらめきが一番好きで、おじい様が月に一度収支を計算するところにご一緒して、金貨を数えるのが一番の楽しみでしたの」
銅貨も銀貨もすっ飛ばして、金貨ですか。このお金持ちめ!
わたしがひがんでいる間にも、フリーダの熱の入った語りは続く。うっとりとしたように目を潤ませて、頬を上気させて、それは、それは、楽しそうに、金勘定と商売の拡大について熱弁をふるう。
「最近では、どうすればこのお金が増えるのか考えたり、売れそうな商品を見つけたりするのも心が踊るんです」
……どうしよう。すごく変な子だ。可愛いのに、残念すぎる。
「ねぇ、マイン」
「はい、何でしょう?」
半ば意識を飛ばしていたわたしは、ハッとして姿勢を正すのと、フリーダがきらきらと輝く目で、わたしの手をとって、ぎゅっと握るのは、ほぼ同時だった。
「わたくし、あなたのこと、とても気に入ったわ」
「ありがとうございます?」
語尾が不自然に上がってしまったのは見逃して欲しい。自分でもどこが気に入られたのか、全くわからない。
首を傾げていると、ずずいっと迫る可愛らしい笑顔でフリーダは頬を染めて言う。
「あなた、わたくしと一緒に働かない?」
「ダメだ!」
わたしがどんな反応をするよりも速く、ルッツが即座に却下した。
「あら、だって、ベンノの店よりもウチの方が大きいし、長いこと商売をしているんだから、条件はいいでしょう? まだ、洗礼式が終わって正式に見習いとなったわけでないのだから、ウチの見習いになることもできるもの。それに、わたくしはマインに聞いているの。あなたに聞いているわけではないわ」
あれ? この展開、確か昨日も……?
「お誘いはありがたいんですけど、ベンノさんに返しきれない恩があるので……」
お断りします、と続ける前に、フリーダがニッコリと笑って、台詞をかぶせてきた。
「あら、そんなの、わたくしが代わりに返してさしあげるわ」
「えぇ? えーと……」
断ったつもりなのに、断れていない。
噂に間違いはなく、ベンノの心配も杞憂ではなかった。
確かにギルド長とそっくりだよ! 口調が違うだけで言ってることは丸々一緒だ!
笑顔を崩さないで、次々と店を変わるメリットを上げてくるフリーダにあわあわしていると、ルッツの機嫌が急下降していく。
「マイン、昨日と同じようにハッキリと答えてやれ」
「お、おお、お断りします!」
あんまりハッキリ断るのも子供を泣かせそうで怖いと思っていたが、断ってもフリーダは目を丸くしただけだった。
むしろ、闘志に燃えるように、瞳をきらめかせた。
「あら、残念。……でも、まだマインの洗礼式までは時間がたっぷりあるし、商業ギルドに仮登録しているなら、顔を合わせる機会は何度もあるわよね。ふふっ、楽しみだわ」
何だろう。
蛇に睨まれた蛙の心境というか、逃げ道を塞がれた気分というか、ぶわりと冷や汗が浮かび上がってくる。
いくらぼったくってもいいから、ベンノさん、助けてー!