Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (393)
魔石採集
「講義の方が重要ですから、ハンネローレ様の予定を最優先にしてくださいませ」
事前にソランジュからそう言われていたため、わたしはブリュンヒルデにお茶会の予定を立ててもらい、ハンネローレに招待状を送ってもらうことにしていた。ブリュンヒルデによると、最初に申し出た日は社会学と重なったため、断られ、別の日を設定することになったらしい。けれど、無事に本好きのお茶会の予定が決定した。
「ソランジュ先生にも招待状をお渡ししなければなりませんね」
ブリュンヒルデがそう言ったので、わたしは早速招待状を作成し、足取り軽く図書館へと向かう。
……わーい、ソランジュ先生とハンネローレ様と一緒にお茶会だ。
図書館の執務室で行う、本好きのお茶会である。テンションがどんどんと上がっていくのが自分でもわかる。興奮しすぎに気を付けなければならない。
「ひめさま、きた」
「ひめさま、ほんよむ?」
「あぁ、本当にローゼマインが来ましたね」
図書館に入れば、シュバルツとヴァイスが出迎えてくれる。ここ数日はヒルデブラントがくっついていることが多い。ほぼ日参しているようで、シュバルツとヴァイスを気が済むまで愛でて帰って行くそうだ。
シュバルツとヴァイスからの情報によると、ヒルデブラントはとても退屈しているらしい。一年生の借りるような参考書を借りていくこともあるけれど、読める本自体が少ないと言っていたそうだ。本が読みたいのに、読める本が少ないのは可哀想で、わたしが作った子供向けの本を貸しても良いかどうか、エーレンフェストに質問状を送っているところである。
「ごきげんよう、ヒルデブラント王子」
ヒルデブラントへの挨拶を済ませると、わたしはソランジュのところへと向かう。ソランジュのここ数日の仕事が王族を出迎えることになっていて、緊張の毎日だと笑っていた。シュバルツとヴァイスがお目当てだとわかっているので、少し慣れてきたようだけれど。
「ソランジュ先生、図書館のお茶会の予定が決まりました」
わたしがブリュンヒルデに持ってもらっていた招待状を受け取って差し出すと、ソランジュが嬉しそうに招待状を手に取って微笑んだ。
「まぁ、楽しみですこと。……四日後ですね」
図書館に籠りがちで、学生がいる冬の間は他の先生方との交流も少なくなるソランジュは去年のお茶会がとても楽しかったと言ってくれるので、こちらも準備に熱が入る。ブリュンヒルデと顔を見合わせて笑っていると、幼い声が割って入ってきた。
「四日後にお茶会があるのですか?」
シュバルツとヴァイスと一緒に付いてきていたらしいヒルデブラントがそう言って首を傾げた。
「でしたら、私が図書館に足を運ぶのは遠慮した方が良いでしょうか?」
シュバルツとヴァイスは閲覧室でいつも通りにお仕事をしているので、シュバルツ達を目当てにやって来るヒルデブラントに関しては問題ないと思うのだけれど、王族が来るのに執務室でのんびりお茶会というわけにもいかないだろう。
……ここは遠慮してもらった方が良いのかな?
わたしは判断をソランジュに任せようと、ソランジュに視線を向けた。ソランジュが少し考えるように頬に手を当てて、わたしを見下ろす。
「ローゼマイン様、ヒルデブラント王子もご招待されてはいかがでしょう? 協力者として登録されましたし、ハンネローレ様にもお話しなければならないと思うのです」
……そっか。何となくお茶会は女性の集まりという印象があったけれど、図書委員の集まりとして考えるんだったら、王子も一緒にいた方が良いよね。
図書委員を始めたら王子がいました、という展開よりは、お茶会にヒルデブラントも参加することを伝え、お茶会で協力者であることを伝えるというように段階を踏んだ方がハンネローレの驚きも少なくなるだろう。
なるほど、と納得していると、ヒルデブラントが期待に満ちた明るい紫の目をソランジュとわたしに向けていた。勝手な判断で「ご遠慮ください」と言ってしまう前でよかった、と胸を撫で下ろしつつ、わたしはヒルデブラントに笑顔を向ける。
「ヒルデブラント王子にも招待状をお送りしたいと存じます。とても急なお誘いになるのですけれど、ご迷惑ではございませんか?」
「いえ、とても嬉しいです。……貴族院の中で私が行動を許されている場所がそれほど多くはないので」
ヒルデブラントははにかむように喜んでくれたが、側近はどうだろうか。わたしはちらりと側近へ視線を向ける。貼りつけたような笑顔のまま、側近の一人がブリュンヒルデへと視線を向けた。
「ローゼマイン様の側仕えから詳しいお話を伺いたいと存じます」
「……ブリュンヒルデ、お願いします」
「かしこまりました」
ブリュンヒルデが緊張した面持ちで、それでも何とか微笑んでヒルデブラントの側近のところへ向かう。王族の側近と話をすることになったブリュンヒルデを気の毒に思いながら、わたしはヒルデブラントへと視線を向けた。
「母上以外の方とお茶会をすることはほとんどなかったので、楽しみです」
ヒルデブラントは洗礼式を終えたばかりなので、まだ社交経験が少ないらしい。母方の親族と数回お茶会をしただけだそうだ。退屈しのぎになるならば、良いだろう。
「ローゼマインは今日も読書をするのでしょう? 私はヴァイスといるので、お気になさらず二階へどうぞ」
少し話をした後は、読書である。ヒルデブラントはわたしが読書を楽しみにしているのをよく知っているようで、少し話をすると、必ず読書を勧めてくれるとても良い子だ。わたしは礼を言って二階へ上がるといつも通りに本を読み始めた。
パパッと色とりどりの光が手元に降り注ぎ、わたしは顔を上げた。退出時間を示す光だ。もうじき鐘が鳴る。わたしは本を返してもらえるようにフィリーネに頼み、昼食のために図書館を出た。すでにヒルデブラントの姿はなく、図書館に他の学生の姿もなく、静かなものだ。
ソランジュとシュバルツ達に挨拶して図書館を出る頃に、ちょうど鐘が鳴り始めた。図書館を出て中央棟へ向かっていると、中央棟から見知った顔が早歩きでやってくるのが見えた。ヒルシュールの弟子で、先日神官長の弟子にもなったライムントだ。
「ローゼマイン様」
わたし達に気付いたらしいライムントがとても嬉しそうな顔になった。声をかける許可を求め、ライムントが興奮気味に礼を述べ始める。
「ローゼマイン様がフェルディナンド様の弟子になれるように推薦してくれたとハルトムートから伺いました。フェルディナンド様の弟子見習いになれたのは、ローゼマイン様のおかげです」
わたしが神官長とライムントの橋渡しをしやすいように、そういう設定になっている。実際に顔を合わせたことがあるのが、わたしだけなので、ヴィルフリートやシャルロッテが推薦したというよりは信憑性もあるはずだ。
「フェルディナンド様の質問状に回答を送れば、新しい研究課題が手に入るようになって、添削してくれるようになっているのです」
ライムントには本当に嬉しいことらしい。神官長から与えられたという研究課題を誇らしげに見せてくれ、午後からはヒルシュールの研究室に籠るのだ、と言う。全力で自分が好きなことに打ち込んでいることがわかる眩しい笑顔だ。
「ライムント、課題が完成したら、ヒルシュール先生を通じて連絡くださいませ。わたくしからフェルディナンド様に送ることになっていますから」
「はい! 少しでも早く仕上げたいと思います。こちらをフェルディナンド様に送ってください。質問に答えてあります」
ライムントには植物紙も与えられているらしい。ライムントが差し出す数枚の紙をハルトムートが受け取った。
「確かに預かりました。では、失礼しますね」
わたしが中央棟に向かって歩き始めると、やる気に満ちたライムントが文官棟へ駆けていくのが足音でわかった。
寮に戻るとハルトムートがすぐさまライムントの資料に目を通し始める。わたしも見せてもらったが、まるで地理の試験のような質疑応答の形でアーレンスバッハについて問われている。何とか試験を終えて自由時間を確保しようと必死になっているライムントには神官長からの試験問題にしか見えないだろう。次の課題を得るために必死になって問題を解く気分で情報を掻き集めるライムントの姿が見えるようだった。
「……少しの資料で大事な情報源を傾倒させ、試験合格に必死になる時期の学生の心理に合わせた情報収集の手腕は見習わなくてはなりませんね」
なかなか集まらないアーレンスバッハの情報があっさりと手の内に転がり込んできたことにハルトムートが驚き、茫然としたようにそう呟いた。
「今日は魔獣を狩りに行ってきます」
土の日、朝食を終えるとすぐにローデリヒと旧ヴェローニカ派を中心とした騎士見習い達が狩りへと向かうことになった。ハルトムートに「名を捧げるのならば、早く」と急かされてしまったらしい。
旧ヴェローニカ派の他の子供達も「まだ決意はできないけれど、魔石は確保しておきたい」ということで、狩りに向かうことになったそうだ。
「ローデリヒは文官ですから、くれぐれも気を付けてくださいね」
「はい、ローゼマイン様」
ローデリヒ達を見送った後は、一階の個室に側近が大集合してエーレンフェストへの回答作成の時間である。昨日、ヒルデブラントをお茶会に誘ったことを報告したら、「何故そうなった?」とエーレンフェストから矢のような質問状が飛んできたのである。ヒルデブラントが図書委員になった時もそうだったけれど、今日の午前は回答の文書を作成するだけで終わりそうだ。
「……でも、今回はソランジュ先生がお誘いしたら? とおっしゃったのですから、お誘いすること自体は悪くないですよね? 遠慮してください、という方が失礼ですよね?」
わたしは自分の社交がどのようにダメだったのか、確認するところから始めなければならない。ヒルデブラントをお茶会に誘った時に図書館に同行していたブリュンヒルデに尋ねると、ブリュンヒルデは何とも言えない顔になった。
「ソランジュ先生には、良い提案ですね、とお答えして、その場で王族に直接お声をかけるのではなく、側近同士の話し合いから始めさせてくださると助かりました。次回からは急なことでもローゼマイン様がお誘いするのではなく、側仕えに任せてください」
「わかりました。今度からはそうします」
ヒルデブラントの側近に呼ばれて、その場でお茶会のための根回しをすることになったブリュンヒルデが正しいやり方を教えてくれる。対処方法を教えていかなければ、苦労するのは側近達なので、最近は「このようにした方が良いですよ」ではなく、「この場合はこうしてください」という言い方に変わってきている。
「でも、王族とのお茶会はアナスタージウス王子と去年経験しているので、大丈夫ですよね?」
「お招きを受けたことはございますが、こちらがお招きするのは初めてですよ、姫様。10位には上がりましたが、これまでがこれまでですからね」
招待されて向かうのと、王族を招待するのでは外聞も違う、とリヒャルダから溜息交じりに指摘された。正直なところ、エーレンフェストが王族を招待するようなお茶会を開くことがあり得ないらしい。
「……今からお断りはできませんよね?」
「当たり前でしょう」
「それに、あの場では明らかにヒルデブラント王子がお誘いを期待していましたから、誘う過程に多少の差があっても、結局、お招きすることになったと思われます」
ブリュンヒルデが「ヒルデブラント王子の側近も申し訳なさそうにしていらっしゃいましたよ」と呟いた。社交経験の少ないわたしとヒルデブラントがそれぞれ動いた結果、両方の側近達が苦労することになったようだ。申し訳ない。
ハルトムートとフィリーネがここでの話し合いの結果をまとめて、エーレンフェストに送ることになっている。文官達が回答書を準備している間、わたしは側仕え達とお茶会についての詳細を決めていた。
「ローゼマイン様、ローデリヒが怪我をして戻ってまいりました!」
そこに扉の外側で警備に当たっていたコルネリウス兄様が扉を開けて入って来る。その内容に驚いて立ち上がると、わたしはすぐさま多目的ホールへと向かった。
多目的ホールに飛び込むと、シャルロッテとその側近のすぐ近くに切り傷と打ち身を負ったローデリヒがいた。
「ローデリヒ、怪我をしたと聞きました」
「強い魔獣が出たのです」
狩りをしていると強い魔獣が出てきて、ローデリヒは何とか攻撃を避けたのだが、騎士見習いとぶつかって怪我をしたらしい。
「すぐに救援を呼んでほしいと言われ、私一人が戻ってきました」
わたしがコルネリウス兄様を振り返るのと、武装したヴィルフリート達が入ってくるのが同時だった。
「案ずるな。我々がすぐに出る」
「ヴィルフリート兄様」
ローデリヒが戻ってきてすぐに準備を始めていたようで、ヴィルフリートとその護衛騎士達がすでに武装していた。シャルロッテの護衛騎士見習いの数人も一緒だ。
「ローゼマインの圧縮方法を学び、ボニファティウス様に鍛えられている領主一族の護衛騎士見習いが最も強いからな」
ヴィルフリートも魔力が増えているし、元々領主一族で魔力は多い方だ。男なので騎士見習い達との訓練にも参加させられている。そのため、ヴィルフリートが騎士達を率いて救援に向かうことになったらしい。
「シャルロッテとローゼマインは寮を守れ。ローゼマインの護衛騎士にはシャルロッテも守ってほしい。では、行ってくる」
「かしこまりました」
「よろしくお願いいたします、お兄様」
シャルロッテが不安そうに藍色の瞳を揺らして、皆を見送る。わたしも同じように出立していくヴィルフリートと騎士見習い達を見送ると、ローデリヒに向き直った。痛々しい傷が見え、わたしはすぐにシュタープを出した。
「ローデリヒにルングシュメールの癒しを」
シュタープから出た緑の光がふわりとローデリヒを包み込むと、すぅっと外傷が消えていく。癒しをかけられたのは初めてなのか、ローデリヒは軽く目を見張って、自分の手足を見つめた。
「魔力や体力を回復するためにも、回復薬を飲んでおいた方が良いですよ」
わたしがそう言うと、ローデリヒは回復薬の存在にやっと気付いたような顔で自分の腰に付けている薬入れに触れ、回復薬をぐびっと飲む。そして、ホッと息を吐いた。
「恐れ入ります、ローゼマイン様。痛みが消えました」
「ローデリヒ、一体何が起こったのですか? どのような魔獣が出たのか教えてくださいませ」
わたしの質問にローデリヒがコクリと頷き、口を開いた。出現した魔獣は黒い大きな犬のような形の魔獣だったらしい。
「四足で駆けてくる状態が大人より大きいくらいです。ただ、その魔獣が動くと、周囲の様子が変わるのです。黒く腐っていくように木々が萎れて朽ちていくのが見えました。それから、目がたくさんありました。普通の犬と同じところにある目は大きくて赤く、額にも少し小さくて黒い目がいくつもあって、攻撃されると色が変わるのです……」
「まさかターニスベファレンでは!?」
レオノーレが藍色の瞳を見開いて鋭い声を上げた。騎士見習いでも、まるで文官のように静かで控えめなレオノーレが取り乱した声を上げることは珍しい。
「……ターニスベファレンとは何だ? 大変な魔獣なのか?」
よくわからないというように眉根を寄せるコルネリウス兄様にレオノーレは表情を強張らせたまま、何度も頷いた。
「魔力を得ると、成長する魔獣なのです。エーレンフェストで出現するトロンベに似た性質で、ユルゲンシュミットの南の方に生息していると魔獣に関する資料で見たことがあります。不用意に攻撃すると、敵が活性化するのです!」
「何だと!?」
その場にいた全員が息を呑み、大きく目を見開いた。倒すつもりで敵を巨大化させてしまうかもしれない。わたしは自分の魔力を得て、急激に成長していったトロンベを思い出し、ぞっとしたものが背筋を走るのを感じて、自分の両腕を擦る。
「でも、攻撃されて活性化することはすぐに気付きますよね? 闇の祝福を得た武器ならば攻撃できますし、エーレンフェストの騎士見習いは大丈夫ですよね?」
トロンベを倒していた騎士達の姿を思い出してわたしがそう言うと、レオノーレとコルネリウス兄様がわたしを振り返った。
「闇の祝福を得た武器はどこにあるのですか、ローゼマイン様? すぐに持って駆け付けなければ!」
「どこにって、シュタープを変形させた武器に、祝詞で祝福を……まさか、知らないのですか!?」
そんなはずはない、と思いながらわたしが言うと、コルネリウス兄様もレオノーレもユーディットも、シャルロッテの護衛騎士見習いも揃って首を振った。
「存じません」
一瞬で血の気が引いた。そんな状態で戦いに向かった騎士見習い達が危険すぎる。そして、牽制や救援のつもりで攻撃し、敵に魔力を与え続けることになれば、周囲も大変なことになる。
「も、申し訳ありません、ローゼマイン様。私が魔石を欲したために……」
わたしに名を捧げようと思ったから、このようなことに、と吐き出すローデリヒにわたしはグッと奥歯を噛みしめた。真っ青になったローデリヒの後悔が涙となって溢れているけれど、ローデリヒは何も悪いことはしていない。
「わたくしが行きます」
「ローゼマイン様!?」
「お姉様!?」
わたしが立ち上がった瞬間、周囲が一斉に止め始めた。
「危険すぎます、ローゼマイン様!」
「騎士見習いにお任せくださいませ!」
けれど、闇の神の祝詞も知らない騎士見習いに任せられるわけがない。わたしは首を振った。
「わたくしは神殿長です。神の祝福を得るための祝詞は覚えています。現地に向かって全員に祝詞を教えなければ、皆が危険なのです。……側仕え達は先生に連絡を。シャルロッテには寮を任せます!」
それだけを言い残すと、わたしは身を翻した。身体強化の魔術具に魔力を込めながら、裏の玄関ホールに向かって走り始める。ハルトムートが走るわたしの隣を早歩きしながら、同行の許可を求めてきた。
「ローゼマイン様、私も同行させてください。ローゼマイン様をお守りできるように騎士見習いと共に訓練をさせられています。現地の騎士見習いが祝詞を唱えている間の時間稼ぎはできるかもしれません」
わたしがハルトムートを見上げると、ハルトムートは軽く頷いた。駆け足になっているフィリーネが「ローゼマイン様、わたくしも……」と声をかけてくるけれど、それは一蹴する。
「フィリーネは留守番です。魔力が少ないので、祝詞が唱えられても戦力にはなりません」
わたしがそう言っていると、コルネリウス兄様が困りきった顔で口を開いた。
「我々に祝詞を教えて、ローゼマイン様も寮で待機をしてください」
「コルネリウス兄様が一度で覚えられるほど短い祝詞ではありません。こんな問答をしている時間も惜しいのです。あまり文句ばかり言うならば、兄様を留守番させますよ!」
「それでは、本末転倒だ!」
「問答はいいから、急いでくださいませ」
わたしはコルネリウス兄様を急かして、裏の玄関ホールまで走りながら、周囲の早歩きをしている騎士達を見上げる。
「皆はシュタープの変形を維持したまま、騎獣を出せますか?」
「当然できます」
「では、シュタープを変形させてください」
すぐさま皆がシュタープを出し、それぞれの武器に変形させたのを見て、わたしも自分のシュタープを水鉄砲に変形させる。
「祝詞を復唱してください」
「はい!」
「高く亭亭たる大空を司る、最高神たる闇の神よ 世界を作りし、万物の父よ」
駆けながら祝詞を唱えれば、すぐさま声を合わせた復唱が響く。
「我の祈りを聞き届け 聖なる力を与え給え 魔から力を奪い取る御身の祝福を 我が武器に」
裏の玄関ホールに着くと、留守番をするフィリーネとついて来たローデリヒが大きく扉を開け始めた。それを視界に収めながら、祝詞を続ける。
「御身に捧ぐは全ての魔力 輪から外れし魔を払う 御身が御加護を賜らん」
そして、口では祝詞を唱えながら、武器を握っていない方の手で騎獣の魔石に触れて、騎獣を出した。皆が同じように騎獣を出して飛び乗っていく。
「この地にある命に一時の安らぎを与え給え」
一度カッとシュタープを変形させたそれぞれの武器が光り、直後、闇のような黒をまとった状態に変化する。
レッサーバスに乗り込みながら、わたしは後ろを振り返った。心配そうなフィリーネと悔しそうに唇を引き結んで涙を零すローデリヒの姿が見える。
「ローデリヒ、乗りなさい!」
「え?」
「このような状態になって魔石も得られないようでは困ります。ローデリヒの名を受けるとわたくしが決めたのですから」
「ですが……」
返事ができないローデリヒの手を引いて、フィリーネがレッサーバスに乗り込んでくる。そして、ローデリヒをレッサーバスに座らせるとニコリと笑った。
「闇の神の祝福を得たローゼマイン様は負けるはずがありません。魔石を得て、共にお仕えするのだと言ったでしょう? 魔石を得てください、ローデリヒ」