Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (395)
ターニスベファレン 後編
今回の攻撃のセオリーとしては、トロンベ退治と同じ感じで行うらしい。遠隔攻撃でわたしが矢を降らせてターニスベファレンを弱らせ、騎士見習い達が一斉に攻撃する。皆が退いたら、わたしが矢を降らせるというように交互で攻撃を行うらしい。わたしが降らせる矢に騎士見習いを巻き込まないように注意しなければならないそうだ。
……あの時の神官長ポジションって、かなり重要じゃない? 責任重大じゃない?
碌に訓練も受けられないわたしがいても良いポジションではない気がする。けれど、辞退することもできないまま、レオノーレの挙手に合わせて騎士見習い達は周囲に散っていった。
上空で方々に散っていく騎獣の姿を見て、まるでどれを追いかけるか悩むようにターニスベファレンの額の色とりどりの目があちらこちらへぎょろぎょろと動く。
……うひいぃっ! 気持ち悪っ!
ぞわっと鳥肌が立つのを感じながら、わたしはターニスベファレンに向かって上空で水鉄砲を構えた。一度軽く目を伏せて、脳裏にしっかりとトロンベ退治の時の神官長を思い浮かべる。
……わたし、固ゆで卵になるんだ!
「ローゼマイン様、レオノーレから合図が来ました!」
わたしの代わりに周囲を見回していたフィリーネの声を耳にして目を開けた。わたしはレッサーバスを守るように両隣にいるハルトムートとユーディットに視線を向けた後、真下にいるターニスベファレンを目がけて水鉄砲を撃つ。
「てりゃ!」
神官長がトロンベを倒していた光景を思い浮かべて魔力を打ち出せば、黒い水鉄砲から打ち出された魔力は黒い矢となり、さらにいくつにも分裂してターニスベファレンへと降り注いでいく。
「……やぁっ!」
わたしの攻撃を見た後にユーディットも攻撃した。ターニスベファレンから少し離れた方向へ向かってユーディットが投擲した黒い石が飛んでいく。
的が大きいので外れることなどないと思っていたのに、こちらをじっと見ていたターニスベファレンはわたしが撃った矢を素早く避けた。そして、避けた先でユーディットの投擲した石に当たって小さく悲鳴を上げる。
「……どうして?」
「遠距離射撃でローゼマイン様に負けるわけにはまいりませんからね。敵の動きの一歩先を読まなくては」
得意そうに笑うユーディットが投擲した黒い石がまた命中した。小さく悲鳴を上げつつ、ターニスベファレンはまたもやわたしの攻撃を避ける。
……ふんぬぅ!
自分の攻撃が全く当たらないことが無性に悔しくなってきて、わたしはターニスベファレン目がけて次々と水鉄砲を撃っていった。けれど、わたしの弾道など見切っているとでも言いたげにターニスベファレンは軽く避け続け、途中で何度かユーディットの攻撃が当たる。
……悔しいっ!
ターニスベファレンが敏捷に動き、額の目まで動かして周囲を見ているせいで、騎士見習い達の攻撃もかなり避けられているけれど、時々は当たる攻撃が出ていることから考えても、全く当たっていないのはわたしだけだ。
「……ローゼマイン様の攻撃だけは当たりませんね」
フィリーネの指摘がグサッと胸に刺さった。わかっているから、冷静に言わないで! と泣きたい気持ちになりながら、わたしは眼下のターニスベファレンを見据える。
「ローゼマイン様の攻撃が当たらないのは、ローゼマイン様の攻撃を避けることにターニスベファレンが集中しているからだと思います」
ローデリヒの呟きにわたしは大きく頷いた。赤い大きな目は決してわたしから視線を外そうとしない。わたしの攻撃だけを避ければそれで良いと考えているのか、と言いたくなるくらいだ。
……攻撃が当たらないのは、ターニスベファレンがずっとわたしだけを見てるせいだもん! こっち見ないで!
「ずっとわたくしを見ているから当たらないのです。ターニスベファレンの視界を塞げば、わたくしの攻撃も当たります」
「視界を塞ぐ? どのようにするのですか?」
ローデリヒから冷静に問い返されて、わたしは一瞬言葉に詰まった。巨大な魔獣の視界を塞ぐのはどうすれば良いのか、咄嗟には浮かばない。
「え? えぇと……そうですね」
……目隠しになる物、目隠しになる物……。こう、でっかい布があればいいんだけど。
さすがにターニスベファレンの目を塞いで、頭の後ろでギュギュっと縛るような目隠しはできないと思う。けれど、大きな布をバサッと被せられるだけで視界を奪うことはできるし、一瞬の足止めにはなると思う。
……視界を塞いで、一瞬だけでも止まらせることができれば、わたしの攻撃だって当たるはず! そのためにはターニスベファレンを包めるくらいにでっかい布がいる!
「あ! ちょうど良い神具があります。リューケン」
「……神具、ですか?」
ポカンとした顔でわたしを見るフィリーネに向かってコクリと頷きながら、わたしは水鉄砲の変形を解除した。変形が解除されても祝福は解除されていないようで、手にあるシュタープが黒い。それに少し驚きながら、軽く目を閉じた。防御に必須として神官長に教えてもらった呪文がある。
「フィンスウンハン」
わたしのシュタープは、星が輝く夜空のように金色が散りばめられた黒の布へと変化した。呆然としたようにローデリヒがわたしの手にある布を指差す。
「ローゼマイン様、それは……?」
「闇の神の神具であるマントです。これがあれば、ターニスベファレンの視界を塞げます」
闇の神のマントには魔力を吸収し、自分のものにする力がある。今は闇の祝福がかかっている状態なので、神に奉納され、わたしのところへ奪った魔力が届かない可能性は高いけれど。
わたしはぶわりと夜空を広げるようにターニスベファレンの頭に向かって、闇の神のマントをバサリと落とした。狭い範囲に向かって落ちてくる矢ではなく、わたしの思いのままに大きく広がるマントではターニスベファレンも避けることができなかったようだ。黒の布に視界を覆われたターニスベファレンの動きが止まり、マントを退けようと前足をばたつかせる。
「これでわたくしの攻撃も当たるはずです!」
よし! と拳を握った瞬間、フィリーネが頬に手を当てて首を傾げた。
「ローゼマイン様はシュタープを変形させてマントを投げたのですよね? どのように撃つのですか?」
「ああぁぁ!」
手元に武器がなくなったことに気付いて頭を抱えるわたしに、ヴィルフリートやコルネリウス兄様から賞賛の声がかかった。
「でかした、ローゼマイン! 足止めは成功だ!」
「今だ! 皆一斉に攻撃しろ! 後足を狙え!」
素早い動きで攻撃を仕掛ける騎士見習い達が一斉にターニスベファレンに飛びかかった。頭にかぶせられた闇のマントを取ろうともがくターニスベファレンの後足に、コルネリウス兄様の命令通りに攻撃が集中する。
二十弱の騎獣が空中を自在に駆け回り、それぞれが構えた黒い武器が翻った。同時にターニスベファレンの悲鳴が上がり、血が流れ、その血が土地を蝕んでいく。確実に傷を負わせていくのが目に見えてわかった。
わたしは泣きたい気持ちで、皆の戦いぶりを見つめるしかできない。
……皆、カッコいいけど、違うっ! 違うのっ! わたしの見せ場、返して!
いつでも攻撃できるようにヴィルフリートは黒い剣に魔力を込めていたようだ。闇が染みだすようにゆらりとしたものが刃を包んでいるのがわかった。
ヴィルフリートが剣を大きく振りかざす。シュタープに合わせたのか、柄の部分に紋章の獅子が見えた。
「全員退避!」
そう叫んだコルネリウス兄様の手にもすでに魔力が満ちている黒い剣がある。去年のディッターで見た時よりも籠められた魔力が少し小さく見えるのは、ヴィルフリートに合わせているからだろうか。
騎士見習い達が上空に上がってきて、わたし達を衝撃から守るようにターニスベファレンとわたし達のちょうど中間で一カ所に固まり、盾を出していく。わたしもレッサーバスの方向を変えて、衝撃に備えてハンドルを強く握った。
「行くぞ! はああぁぁぁっ!」
自分に気合を入れるようにそう叫びながら、ターニスベファレンの後足を目がけて騎獣を駆り、ヴィルフリートは剣をブンと大きく振り抜いた。大量に魔力が籠った闇の斬撃が剣から飛び出し、ターニスベファレンの右足へ真っ直ぐに飛んでいく。
「やああぁぁぁ!」
ほぼ同時に、コルネリウス兄様がヴィルフリートとは別方向からターニスベファレンの後足を目がけて斬撃を放った。
二つの斬撃がぶつかる大きな爆発音と共に空気が波立つような衝撃が飛んでくる。
グッとハンドルを握って備えていたわたしのところにも衝撃は来たけれど、距離があったのと、騎士見習い達が盾を並べて防いでくれたので、それほどではなかった。多分、これまでに経験してきた神官長達の全力攻撃に比べて威力が低いせいもあると思う。
……ターニスベファレンは!?
衝撃をやり過ごして目を凝らして眼下を凝視すれば、狙い通りに斬撃が飛んでいったようだ。右足が吹き飛び、大きな悲鳴を上げたターニスベファレンがその後の衝撃に耐えきれず、ゴロゴロと転がっていったのが見えた。
「やった!」
そう叫んだ直後、ぼたぼたと落ちる右足の血も、足が吹き飛んだ痛みも感じていないような野生の獣らしい動きでターニスベファレンが飛び跳ねるようにして体を起こした。
衝撃に転がったせいで、頭を覆っていたマントが吹き飛んでいる。露わになったいくつもの目には、痛みと怒りが満ちていて、飛び起きた時にちょうど正面にいたヴィルフリートにその視線が向けられた。
「ヴィルフリート兄様、上空へ逃げて!」
わたしの咄嗟の叫びが聞こえたのか、ヴィルフリートが騎獣を上に向ける。けれど、先程の攻撃に魔力を使いすぎたようで、騎獣が駆ける速さが全く足りない。すぐさま騎士見習い達がヴィルフリートを救うために動き始める。
けれど、それより早くヴィルフリートを獲物と定めたターニスベファレンが勢いよく走り始めた。右足が欠けているので、スピードが少し落ちているけれど、ヴィルフリートの騎獣より速い。
血の気が引いた瞬間、「トラウゴット!」というコルネリウス兄様の怒鳴り声が響いた。攻撃を終えた直後から構えていたのか、コルネリウス兄様の手にはすでに魔力を注ぎこんだ剣がある。
コルネリウス兄様の怒声に反応したように、トラウゴットが剣を握って急降下していった。降下中に魔力がどんどんと注がれていく様子が見える。
闇をまとい、剣が光った。
ヴィルフリート兄様がターニスベファレンから逃れるように上がってきて、代わりにトラウゴットが落ちるような勢いでターニスベファレンに突っ込んでいく。
二人がすれ違った直後、コルネリウス兄様の放った斬撃が先にターニスベファレンの首元に炸裂した。 横倒しになるようにバランスを崩したターニスベファレンのところへトラウゴットが突っ込み、コルネリウス兄様が起こした衝撃に向かって剣を振り抜いた。
「たああぁぁっ!」
直後、大きな炸裂音がして、多少緩和された衝撃に後押しされるようにヴィルフリートが上空へと飛ばされてくる。ヴィルフリートを助けようと盾を片付けていた騎士見習い達も衝撃に飛ばされた。
わたしは何とか踏ん張って衝撃に耐える。
衝撃の波が去った後、ゆっくりと目を開けると、ぼこりと大きく地面が抉れ、そこにターニスベファレンが横たわっていた。ビクビクと足が動いているが、起き上がることはできないようだ。
「やったぞ!」
「油断してはなりません!」
レオノーレが歓喜の声を出す騎士見習い達を叱りつける。コルネリウス兄様とトラウゴットが慣れた様子で剣を何カ所かに突き刺し、ターニスベファレンを完全に動けないようにした。
「素材を剥ぐぞ!」
トラウゴットが大きく手を振ったのを見て、騎士達がターニスベファレンに向かって降りていく。わたしもレッサーバスで降りていった。
「素材の回収は貢献により変わります」
皆で倒した魔獣の素材は、その貢献度によって与えられる物が変わるらしい。コルネリウス兄様が騎士見習いではないわたしやヴィルフリートに説明してくれた。
今回、一番貢献したのはコルネリウス兄様になる。次点でヴィルフリート、そして、トラウゴット。マントを被せて足止めしたわたしも貢献が認められた。
「救援が来るまでに採集場所からターニスベファレンを誘導して、採集場所を守っていたマティアス達の貢献も忘れるな、コルネリウス」
「領地対抗戦に出ることがない魔物に関する資料までじっくりと読み込んでいたレオノーレの貢献も、ですよ」
ヴィルフリートとわたしの言葉にコルネリウス兄様が小さく笑いながら頷いてくれた。
「わたくしはローデリヒが名捧げに使うための魔石にできる素材が欲しいです。それ以外は特に必要ありませんから、品質が良いのをお願いしますね」
「でしたら、額の目はいかがでしょう? 攻撃から奪った魔力が属性ごとに分かれているので、良い素材になると思います」
レオノーレの助言で、わたしがもらうのはローデリヒの属性である風と土の目玉に決まった。
「そういうことですから、取っていらっしゃい、ローデリヒ。わたくしに相応しい名捧げの石を作ってくださいませ」
「ローゼマイン様……」
感激したようにローデリヒがわたしを見て、「必ず」と頷いてレッサーバスを降りていく。その後ろ姿を見送って、わたしは安堵の息を吐いた。
下町で料理を手伝わされていたので、鳥の羽を毟るとか、皮を剥ぐことはできるようになっていたけれど、あまり得意でも好きでもない。
……目玉を抉るのは、ちょっとね。
「ローゼマイン様、祝福の解除はどうするのですか? 闇の祝福を得たままでは回収できません。回収中にどんどんと魔力を奪われます」
素材を回収しようとしたコルネリウス兄様の声にハッとして、わたしは黒い武器を持ったままの皆を見回した。
「解除してしまうと、今日はもう闇の神の祝福は得られませんからね」
「一日に何度も闇の神の祝福が必要になることはないと思うぞ」
肩を竦めるヴィルフリートの言葉に騎士見習い達が同意しながら頷く。わたしも「そうですね」と頷きながら、祝福解除の呪文を口にした。
「エントヴァフヌング」
皆が復唱して祝福を解除する。手にある武器から黒の色が失せるのを見て、わたしは自分の手に武器がないことを思い出した。素材を回収し始めた皆を見回し、「わたくし、闇の神のマントを回収してきますね」と声をかける。
「少し待ってください。護衛を……」
「コルネリウスはこちらの回収をしなければならないでしょう? ユーディットとハルトムートを連れていくので大丈夫です」
一番貢献したコルネリウスは回収しなければならない素材も多い。わたしがそう言うと、コルネリウスの素材回収を手伝っていたレオノーレが首を振って立ち上がった。
「わたくしがローゼマイン様と参ります。コルネリウス、わたくしやユーディット達の分の回収もお願いいたしますね」
「あぁ、ローゼマイン様の護衛は頼んだ」
わたしはレッサーバスに乗り込んで、自分で放り投げた闇の神のマントをまず回収に向かう。護衛に連れているのはユーディットとレオノーレ、それから、ハルトムートだ。
「ローゼマイン様は本当に神具を作ることができるのですね。実技で作ったとは報告で伺いましたが、こうして実際に見ると感動いたします」
ハルトムートがとても満足した笑顔でそう言った。厳しい訓練に耐えた甲斐があると喜んでいる。
「神具など神殿で見慣れているではありませんか」
「お仕事の手伝いで神殿に行っても、神具を実際に見る機会は少ないですよ」
わたしは魔力の奉納を行っているので、神具は常に見るし、触っている。けれど、よくよく考えてみれば、ハルトムート達が手伝いに来てくれているのに待たせるのは良くない、とフランが言ったため、奉納するのは朝早くか、寝る前の時間帯になっていた。神殿によく出入りするハルトムートやフィリーネでさえ、あまり神具を見る機会はなかったようだ。
……神具を見る機会もあった方が良いのかな?
そんなことを考えながら、わたしは吹き飛ばされていた黒いマントを拾い、うっと息を呑んだ。闇の神のマントは魔力を吸収するマントだ。落ちていた場所の魔力が奪われているのがわかった。黒い汚泥はないけれど、からからに乾いて赤茶けた土になっている。
……ごめんなさい、ごめんなさい! こんなつもりじゃなかったの!
急いで祝福と変形を解除してシュタープを握り、すぐに癒しを! と考えてハッとした。ここより先に採集場所を癒した方が良いのではないだろうか。当たらなかったけれど、ターニスベファレンに向かって水鉄砲を乱射したわたしは結構魔力が減っている。深い森の奥を癒すより、これから先も採集しなければならない場所を優先すべきだ。
コルネリウス兄様に相談しようと振り返ったところで、わたしはびしりと固まり、ギギッと首を動かして視線を逸らしていく。
「ローゼマイン様、どうされました?」
解体中のターニスベファレンが怖くて近付きたくない、とは言えず、わたしはレオノーレを見上げて、ヘラッと笑う。
「採集場所を癒しに行きたいと思います。……素材を回収するには時間がかかるでしょう?」
「癒しと言われましても……何をされるのですか?」
よくわからないというようにレオノーレが首を傾げた。トロンベ退治の後始末なのだが、レオノーレは知らないらしい。
「ターニスベファレンに魔力を奪われた土地に魔力を満たすのです」
「そのようなことができるのですか?」
驚きに目を見張ったのは、レオノーレではなくハルトムートだった。文官で調合のための素材が必要なハルトムートは採集場所が荒らされているのを見て、どうしようかと思っていたらしい。
「トロンベ退治の後に行う神殿のお仕事です。わたくし、神殿長ですから」
……解体が怖いわけじゃないよ! 癒しの儀式はわたししかできないだけだからね。