Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (397)
本好きのお茶会 前編
「おはようございます、姫様。本日の体調はいかがでしょうか?」
「問題ありません」
激マズ薬をきちんと飲んで、リヒャルダが驚くくらいにおとなしく寝台で寝ていたので、熱は完全に下がっている。本好きのお茶会を成功させるためには、わたしの体調が何より重要なのだ。
……今日のわたしは絶好調! うふふん。
寝台から下りて、「回復されて安堵いたしました」と微笑むブリュンヒルデに身支度を手伝ってもらう。
「髪飾りはこちらも合わせて、二本挿しますね。シュバルツ達の衣装に使っている花の飾りを付けたいのです」
ブリュンヒルデが髪を整えている間にリーゼレータが今日の衣装を準備し、静かに微笑んでいる。リーゼレータが手にしているのは、シュバルツやヴァイスとお揃いのように見える衣装だ。どこがお揃いなのかというと、リーゼレータがスカートの裾に同じ刺繍をしてくれているのである。ベストやエプロンの魔法陣の刺繍ではなく、ズボンやスカートの裾に刺繍されている花や葉の刺繍がお揃いで、リーゼレータの執念が一目でわかる代物だ。
……わたしが絶対に譲れないお揃いは、図書委員の腕章だけどね。
今日は腕章もバッチリである。ハンネローレにも渡して、皆でお揃いにするのだ。
「ローゼマイン様、スカーフを付けるので、少し顎を上げてくださいませ。リボン結びにいたします」
遠目で見ればいつも通りの静かな微笑みに見えるけれど、近くで見ればリーゼレータがうきうきしているのが、薔薇色に上気した頬と少し早口になっている口調からわかる。
「リーゼレータはシュバルツやヴァイスの衣装だけではなく、わたくしの衣装にも刺繍をしたのですね。大変だったでしょう?」
「ローゼマイン様にお許しをいただけるかどうかが、わたくしにとっては一番の難関でしたから、刺繍はそれほどでもございませんでした」
刺繍など大した手間ではないと言うけれど、どう見ても簡単に終わるものではない。わたしは絶対にしたくない仕事だ。
……リーゼレータのシュミル愛が大爆発だね。
わたしが刺繍されたスカートの裾を見ながらそう思っている隣で、ブリュンヒルデが今日のお茶会についての最終的な確認を始めた。
「本日のお茶会に持参するお菓子はカトルカールをフェリジーネと蜂蜜入りの二種類、それから、クッキーを胡桃入りとお茶の葉入りの二種類です」
添えるためのジャムやクリーム、ルムトプフなどもすでに厨房に注文してくれているらしい。
「ハンネローレ様とお約束した通り、ダンケルフェルガーの楽師が曲を覚えられるように、ロジーナにはローゼマイン様がお作りになった曲を中心に奏でてもらうことになります」
「ハンネローレ様に楽師を同行してもらうようにお願いはしていますか?」
「もちろんです」
ヒルデブラントが同席することになったこと、本の貸し借りをしたいこと、楽師に曲を教えたいことなど、ハンネローレにはお茶会直前になって色々とお願いすることになったけれど、快く受け入れてくれたらしい。
「リヒャルダ、ダンケルフェルガーに返却する本や次にお貸しする本の準備も終わっていますか? 貴族院の恋物語をお貸しするのですけれど」
「準備できていますよ、姫様」
「ダンケルフェルガーの本を現代語訳した原稿も忘れないでくださいませ。本にしても良いか、ハンネローレ様に伺うのです。あぁ、それから、図書委員の腕章も……」
「入っています。ヒルデブラント王子には騎士物語をお貸しするので、間違いございませんか?」
リヒャルダがクスリと笑う。ヒルデブラントにエーレンフェストの本を貸しても良いのかどうかを問い合わせた結果、「講義に関係してくる聖典絵本以外ならば構わない」という返事があったのだ。むしろ、「本好きな友人に興奮して、お茶会の間、王子を放っておくようなことは絶対に避けなさい」と厳命されている。騎士物語を勧めるのでも良いので、必ずヒルデブラントに話題を振らなければならないらしい。
……神官長が言った通り、王子を本好きにするために、わたし、頑張って読書の楽しさを布教するんだ!
そして、色々と荷物を抱えた側近達と図書館へ向かう。3の鐘からお茶会を始める予定なので、2と半の鐘が鳴り、講義が始まるのを待って出発である。
「ひめさま、きた」
「きょうはおちゃかい」
「執務室のテーブルを使ってくださいませ。わたくしの側仕えが先に準備を始めています」
シュバルツとヴァイスに出迎えられ、ソランジュに執務室へと案内された。ここが本日のお茶会の会場である。ソランジュの側仕えが椅子の数を増やしているのが見えた。
「急いで準備をいたしましょう。3の鐘が鳴るまであまり時間がございません」
リヒャルダの言葉に、すぐさま側仕え達がお茶会の準備を始める。王族が来るので、去年よりも準備に念を入れなければならない。文官見習い達はメモを取るための場所を確保し始め、ロジーナは楽器の準備とお客様が来る3の鐘まで最後の練習を始める。
お茶会の準備を側仕え達に任せ、ソランジュは閲覧室に続く扉を大きく開け放った。去年と同じように閲覧室と執務室、両方の様子を見られるようにしているのだ。けれど、今日の閲覧室には学生の姿がない。
「図書館に全く学生がいないというのも珍しいですね」
「先日、ターニスベファレンが現れたという報告がございましたから、自分達の採集場所に異常がないか、見張りを立てている寮も多いのですよ」
ターニスベファレンは騎士団を呼ばなければ対処できないため、早期発見が必須になる。自分達の採集場を守るためには交代で見張りが必要で、図書館に来る学生が減っているのだそうだ。
「エーレンフェストではターニスベファレンの対策を立てていないのですか?」
「騎士団によりすでに倒されていて、他にターニスベファレンがいるような形跡は見当たらなかったと報告を受けています。採集場所には講義で採集が必要な学生が出入りしますから、もし、他にターニスベファレンが存在すれば、その時に発見できるでしょうし、特別に見張りは立てていません」
エーレンフェストの騎士見習い達が倒したとなれば、自分達が負けるわけがない、と奮闘する領地が出てくるので、対外的には中央の騎士団が倒したことになっている。黒の武器を得るための呪文を教えるつもりがない以上、その方がトラブルは減るだろう。
「まぁ、貴族院の周辺では見られない魔物が出ると、もう問題ない、と連絡があっても騎士見習い達が張り切るものなのですけれど、エーレンフェストはずいぶんと落ち着いているのですね」
クスクスと笑うソランジュには聞こえなかったようだが、わたしには聞こえた。後ろに立っているコルネリウス兄様が「エーレンフェストではローゼマイン様の暴走を止める方が優先ですから」と呟いた声が。
……最近はあんまり暴走してないよ!
わたしがムッとして振り返るよりも早く、ソランジュが「ヒルデブラント王子が協力者となってくださってホッといたしました」と呟いた。わたしがソランジュを見上げると、ソランジュの青い瞳に労わりの表情が浮かんでいるのがわかる。
「ローゼマイン様お一人では魔力供給の負担が大きかったでしょうし、ハンネローレ様はダンケルフェルガーの領主候補生でしょう? 去年の争いを知っておりますので、ハンネローレ様ご自身に思うところがなくても、去年のようにエーレンフェストが不利益を被るのではないか、とひそかに心配していたのです」
ハンネローレ個人ではなく、大領地ダンケルフェルガーが無理を言い出した時に止められる者がいないことを危惧していたらしい。今年はヒルデブラントが協力者となったことで、ソランジュの気分としては肩の荷が下りたらしい。
「ヒルデブラント王子を通じて、中央が今の図書館の現状を知れば、中央の上級貴族を司書として回してくださるかもしれませんし」
どこもかしこも人手不足なのはわかっているけれど、王族との繋がりがあれば、優先的に人を回してもらえるかもしれない、とソランジュが呟いた。やはり、中級貴族であるソランジュ一人で図書館を管理するのはとても大変なようだ。
「わたくしにできることでしたら、お手伝いいたします。わたくし、図書委員ですから」
腕章を軽く叩いてそう言うと、ソランジュが「もう十分、お手伝いくださっています」と嬉しそうに微笑んだ。わたしとしてはもっと図書委員らしいことをしたいけれど、シュバルツ達に魔力供給をしてくれるだけで十分らしい。
そんなふうにソランジュと話しているうちに、リヒャルダ達が準備を終え、3の鐘が鳴った。ロジーナがフェシュピールの練習を終え、シンとした静けさが戻って来る。
それからすぐにハンネローレが側近達を連れてやってきた。鐘が鳴った直後の到着に少し驚きながら、わたしはハンネローレを出迎える。
「ようこそ、ハンネローレ様」
「お招きいただきましてありがとう存じます、ローゼマイン様、ソランジュ先生。わたくし、今日のお茶会をとても楽しみにしていたのです」
挨拶を交わし、ハンネローレはニコリと笑う。
「ローゼマイン様、急な帰還が決まってお忙しいところ、わたくしとの約束を果たそうとお心配りをいただき、ありがとう存じます」
「ヒルデブラント王子が突然同席することになってしまって、ハンネローレ様もさぞ驚かれたでしょう?」
去年の音楽の先生方に招かれたお茶会でアナスタージウスを見た時には咄嗟に言葉が出ない程の衝撃があった。ハンネローレも驚いて、胃が痛くなるような思いをしているに違いない。わたしはそう思っていたのだが、ハンネローレは小さく笑って優雅に首を振った。
「確かに驚きましたけれど、王族からの申し出ではお断りなどできませんもの。ローゼマイン様のせいではございませんわ。少し、巡り合わせが悪かったのですよ」
……相談もなしで王族を呼んでしまったのに、ハンネローレ様、マジ優しい。
ふんわりと微笑むハンネローレにわたしが癒されていると、ハンネローレは連れてきた楽師達にはロジーナの近くに席を作るように指示を出し、メモや本の準備が整っているハルトムート達を見て、同じように準備するように命じ、お茶会の準備を整えていく。
……おっとりとしているように見えるけど、やっぱりハンネローレ様は大領地の姫君だね。
大領地に相応しい佇まいを見せていることに感心していると、時折ハンネローレの視線が大きく開けられた扉から閲覧室にいるシュバルツとヴァイスへ向けられていることに気付いた。指示を出し終わるのを待って、わたしはハンネローレに声をかける。
「ハンネローレ様、先に図書委員として協力者の登録を済ませてしまいませんか? そうすれば、シュバルツ達に触れますよ」
「……お願いいたします」
シュバルツ達をじっと見ているのがバレたのが恥ずかしいというように頬を染めたハンネローレが小さく頷いた。
「シュバルツ、ヴァイス。こちらに来てください。わたくしのお友達を協力者として登録いたします」
「ひめさまのおともだち」
「とうろくする」
閲覧室に向けて声をかけると、シュバルツ達が頭を軽く左右に振りながらやってきた。シュバルツとヴァイスにハンネローレが目を輝かせ、「ローゼマイン様とお揃いの衣装ですね」と微笑んだ。わたしはリーゼレータが刺繍を頑張ったことを話しながら、ハンネローレを協力者として登録する。
「ハンネローレ様、この図書委員の腕章を付けて、ここの魔石に触れてくださいませ」
ブリュンヒルデがハンネローレの側仕えに腕章を渡すと、側仕えがハンネローレの袖に腕章を付けた。完璧だ。完璧な図書委員である。
「これでハンネローレ様もお揃いですね」
わたしが自分の腕章を軽く叩くと、シュバルツが真似するように自分の腕章を叩いた。
「ハンネローレ、おそろい」
「まぁ!……ふふっ。可愛らしいこと」
ハンネローレが口元に手を当てて、楽しそうに笑った。周囲の側近達も微笑ましいものを見る目でシュバルツを見ている。
シュバルツとヴァイスに触ることが可能になると、ハンネローレは恐る恐る手を伸ばした。そっとシュバルツ達の額の辺りを撫でながら、気持ちよさそうに目を細めてうっとりとした表情になる。
「わたくしもトショイインです。これからよろしくお願いしますね、シュバルツ、ヴァイス」
「よろしく、ハンネローレ」
シュバルツとヴァイスに囲まれて笑みを深めるハンネローレの姿は、まるで大きなシュミルがたくさん集まっているようで、とても心温まる光景に見える。
……あぁ、ハンネローレ様を図書委員に誘ってよかった。
「ローゼマイン様、トショイインは何をすれば良いのでしょうか? シュバルツ達への魔力供給としか伺っていないのですけれど」
「シュバルツ達への魔力供給が一番大事なお仕事なのです。ハンネローレ様が講義を終えた後で結構ですから、わたくしが不在の間、時折図書館を訪れてシュバルツとヴァイスを撫でてやってくださいませ」
「シュバルツ達を可愛がるのがお仕事ですの?」
ハンネローレが目を丸くして、わたしとソランジュを見比べた。ソランジュが微笑みながら頷いた。
「シュバルツ達を動かすための魔力には光と闇の属性が必要なのです。わたくしだけでは動かすことができませんから、協力者の方々がシュバルツ達を可愛がって、魔力を与えてくださるのが一番助かるのです。主であるローゼマイン様が不在の間、図書館を訪れる人がいるとシュバルツとヴァイスも嬉しいでしょうから、ぜひおいでくださいませ」
「かしこまりました」
ハンネローレが楽しそうに笑って頷いた時、ヒルデブラントがやってきた。手土産として持って来てくれたお菓子をヒルデブラントの側仕えが一番手前にいたブリュンヒルデに渡す。ヒルデブラントは閲覧室に通じる扉の手前でシュバルツ達を愛でていたわたし達のところへスタスタとやってきた。
「今日をとても楽しみにしていました。お誘いくださって嬉しく存じます」
教えられたばかりの挨拶をはきはきと述べるヒルデブラントが、わたしの衣装に視線を止めた。シュバルツ達とわたしを何度か見比べた後、にっこりと笑う。
「今日のローゼマインはシュバルツやヴァイスとお揃いの衣装ですね」
「わたくしの側仕えがお揃いになるように刺繍をしてくれたのです。素敵でしょう?」
刺繍が見えるように少しスカートを摘まんで見せると、ヒルデブラントが相好を崩した。
「はい、とても可愛らしいです。……あれ? ハンネローレも同じ腕章を付けているのですね」
「えぇ。図書委員の腕章なのです」
ヒルデブラントがハンネローレの腕へと視線を向けてそう言った後、自分の腕に視線を向けて目を伏せた。ヒルデブラントの悲しげな表情に、喉元まで「わたくしが使っている物でよろしければ、お使いになりますか?」という言葉が出かかったけれど、ゴクンと呑み込んだ。欲しいとも言われていないのに、自分が使っている物を王族にあげるのは、とても失礼な事になる。せめて、新品でなければ。
「同じ腕章を献上するのが失礼でなければ、ヒルデブラント王子の腕章は今回帰還した時に作らせますけれど、いかがでしょう?」
「よろしいのですか?」
「えぇ。わたくしが使っている物を差し上げるわけには参りませんから。……あの、新しい腕章を献上するのは失礼に当たりませんか?」
勝手に決めずに側仕えを通じてください! とブリュンヒルデに言われていたことを思い出したわたしは、ヒルデブラントの側近へと視線を向けた。わたしの視線に気付いたヒルデブラントが自分の側近を振り返り、期待に満ちた目でじっと見上げる。
「……ヒルデブラント王子が望むのでしたら」
「望みます」
「では、準備させますね。わたくしのお抱え針子はとても優秀なのです。次に貴族院へ戻ってくる時には準備できていると思います。さぁ、お茶会を始めましょう」
皆を席に案内してロジーナに視線を向ければ、ロジーナは軽く頷いてフェシュピールを奏で始める。ダンケルフェルガーの楽師がロジーナの手元をじっと見つめ、真剣な眼差しで耳を澄ませているのがわかった。
側仕え達がお茶を淹れている間に、わたしはお菓子の説明をしながら、毒見として一口ずつ食べて見せる。
「今日はエーレンフェストで流行しているお菓子を準備いたしました。こちらはカトルカールというお菓子で、フェリジーネと蜂蜜入りです。お好みでジャムやクリームを添えてくださいませ。こちらはクッキーというお菓子です。胡桃入りとお茶の葉入りの二種類がございます」
ヒルデブラントが洗礼式を終えたばかりの子供なので、甘みの強いカトルカールを準備してみた。去年、エーレンフェストのお茶会で食べたことがあるハンネローレは「わたくしはフェリジーネの風味にジャムを添えるのが好きなのです」と早速自分の側仕えに命じて皿に盛らせている。ソランジュも自分の側仕えに命じて、蜂蜜入りのカトルカールにルムトプフをかけてもらっていた。
リヒャルダがヒルデブラントの側仕えに見えるように、丁寧にわたしの皿にフェリジーネのカトルカールとクリームを盛りつけていく。三人の盛り方を見て学習したように、ヒルデブラントの側仕えはヒルデブラントが望む通りに蜂蜜入りのカトルカールにジャムを添えた。
皆がお茶を飲み、お菓子を食べたことを確認して、やっと本題に入れる。本題はもちろん図書委員の活動についてである。
「今年はヒルデブラント王子とハンネローレ様が図書委員としてご協力くださるので、わたくしが不在の間も安心ですね」
「腕章を揃えるだけではなく、ヒルデブラント王子もトショイインなのですか?……その、活動をしてもよろしいのですか?」
ハンネローレが驚いたように赤い瞳を見開いた。どうやら図書委員の腕章を献上するのは、欲しがる子供に与えるだけだと思っていたらしい。図書委員としてすでに登録されていることを知らなかったようだ。他の学生とあまり接点を持たないように部屋に籠っていなければならないヒルデブラントが活動できるのかどうか心配そうな顔になる。
「皆が知っての通り、私が図書館に来られる期間はそれほど長くありません。図書館に学生達が増えるまでのほんの短い期間ですが、一緒に活動させてください。よろしくお願いします、ハンネローレ」
「こちらこそ、王族とご一緒できるなんて光栄です。一年生で最優秀を取られたローゼマイン様と違って、わたくしは全ての講義を終えるのがそれほど早くはございません。図書館でお会いできる機会は少ないと思いますけれど、よろしくお願いします」
二人の会話をソランジュが穏やかに微笑みながら聞いている。協力者が増えて、シュバルツ達の活動に不安がなくなるのが嬉しいのだろう。
「お二人が図書委員になってくださって本当に嬉しいです。シュバルツ達がいないと、貴族院の図書館はとても大変なことになるのです」
「どのように困るのですか?」
真剣な顔で聞いてくれるヒルデブラントにソランジュが相好を崩して説明する。
「貴族院の図書館の本は王族の所有物ですから、期限までに返却されないのはとても困ります。けれど、シュバルツ達がきちんと動かなければ返却されないことも多いですし、手続きをせずに勝手に持ち出す者もいるのです」
「まぁ、王族の所有物ですのに、返却されないということがあるのですか?」
王族に借りた物を返さないのが理解できないというようにハンネローレが何度か目を瞬いた。
「返却しなくてもソランジュ先生が強く出られないと知っている下位領地の上級貴族のお行儀が良くなかったのです」
「それは何とかしなければなりませんね。放置しておいては王族の権威にも傷が付くでしょう」
正義感の強い男の子らしいヒルデブラントの言葉に、わたしはポンと手を打った。
「今年は督促オルドナンツをヒルデブラント王子に飛ばしていただくのはどうでしょう? 王族から、返却するように、と言われれば、皆が顔色を変えて返却してくれるのではないでしょうか?」
「……え?」
わたしの提案に周囲がポカンとしたように目を見開いてわたしを見る中、ヒルデブラントだけは明るい紫の瞳を輝かせ、わたしと同じように手を打った。
「素晴らしい案です、ローゼマイン。それならば、図書館に来られる期間が短い私でも、王族らしく役に立てます」
「ヒルデブラント王子もこうおっしゃっています。いかがでしょう、ソランジュ先生?」
神官長の督促よりも効果的じゃない? とわくわくしながらわたしが振り返ると、頬に手を当ててソランジュが困ったように微笑んだ。
「王族直々の督促ですから、効果は絶大でしょうけれど……。表立って活動されてもよろしいのでしょうか?」
……そうだった。図書館に来たら大体いるから忘れちゃうけど、ヒルデブラント王子は表立って行動しちゃダメなんだよ。
「王族の本に関する督促が王族に課せられた義務か否か、父上に伺ってみます」
王族に課せられた義務の範囲ならば、ヒルデブラントは動けるらしい。「さすがに本の督促は王族の義務にならないと思うよ」と言いたかったけれど、ヒルデブラントがやることを見つけたように楽しそうなので、口を噤んでおく。
……王族の督促が実現すれば、効果絶大だし、せっかくのやる気を削ぐのは可哀想だからね。
「ローゼマイン様、お茶のお替りはいかがでしょう?」
ブリュンヒルデが淑やかに進み出てきてお茶を淹れた後、お皿にクッキーを取ってくれる。その内の一つをくるりとひっくり返して、ニコリと笑ってわたしを見た。
……すぐさま話題を変えてください、だって。
どうやらヒルデブラントは楽しそうだけど、わたしの発言、貴族としては失敗したっぽい。