Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (400)
頭の痛い報告書(二年) 前編
私はジルヴェスター。アウブ・エーレンフェストで、貴族院に入学するシャルロッテを見送ったところだ。社交界に忙しく、文官達がいない自分の執務室に入って、私は肩をぐるぐると回す。常に領主らしい顔を求められる冬の社交界は正直なところ、非常に疲れるのだ。
「今年は平穏に過ぎると思うか、カルステッド?」
護衛騎士として傍らに付いているカルステッドに問えば、カルステッドは「む……」と眉を寄せた。
「去年よりは平穏であれば良いとは思っているが、何がしかの問題は起こるだろう」
「他人事のように言うな。問題を起こすのは大体お前の娘だぞ」
「私の娘だが、お前の養女だ」
少しの間、責任を押し付け合い、言葉が止まったところで軽く頷き、我関せずとばかりに資料を眺めているフェルディナンドへ視線を向ける。
「後見人の育て方にも問題があるのだろう。なぁ、フェルディナンド?」
「アレは元々だ。問題は起こるだろうが、去年よりは少しは読める報告書が来るはずだ」
今年はヴィルフリート、シャルロッテ、ローゼマイン、それぞれの文官に報告書を書かせることにしてある。一人からではわからぬこともあるからだ。
次の日、早速第一報が届いた。
『入寮初日にローゼマイン様は新しく寮に入った本棚に感激し、好きに扱って良いと言ったヴィルフリート様に最大の感謝と好意を見せました』
ヴィルフリートの文官見習いイグナーツが送ってきた報告書がこれで、シャルロッテの文官見習いマリアンネは、『一年生の歓迎の場で、本棚の使用方法に関する注意を行うことがローゼマイン様にとっては挨拶に含まれるようです。シャルロッテ様が困惑しつつ、訂正していました』と書いてある。
「すでにわかっていたことだが、予想以上にローゼマインの常識が貴族の常識と乖離しているな」
エルヴィーラも苦労しているようだ、とカルステッドが苦笑気味に報告書を指先で弾けば、フェルディナンドがわざとらしいくらいに大きな溜息を吐いた。
「寮に本棚を設置するだけで、これまでにない最大の感謝と好意か。……図書館を好きにしても良いと言い出す大領地が現れる前にヴィルフリートとの婚約が調って良かったな」
「うむ。ローゼマインは簡単に釣られるからな」
本や図書館にローゼマインは簡単に飛びつく。それはもうどのような思考回路をしていれば、そこまで本を優先できるのか不思議なくらいだ。だが、ローゼマインを本で操るのは簡単に見えて難しい。簡単に飛びつくまでは予想通りでも、その飛んでいく方向や着地点が明後日の方向なのだ。
「それで、ローゼマインのところからの報告書は何が書かれている?」
ローゼマインの文官見習いハルトムートからの報告に目を通した。
『旧ヴェローニカ派の子供達へ労いの言葉をかけました。ローゼマイン様に名を捧げたいと考えている子供達が数人いるようですが、情勢がすぐに変わることを考慮してよく考えろ、とマティアスが言ったことで、その場で捧げる者は出ませんでした。ローゼマイン様は名を受けることに忌避感があります』
「……ローゼマインに名を捧げようとする者がいるのか」
フェルディナンドが眉を寄せながらそう言って報告書を見つめる。名を捧げることは簡単なことではない。こちらの思惑としては、旧ヴェローニカ派の子供達を成人するまで待たせるための条件付けだった。
「それにしても、何故ローゼマインは名を受けることに躊躇いを見せるのだ? 栄誉なことではないか」
カルステッドの呟きに私も頷いた。名を捧げて仕えてくれると言われて、躊躇する理由がわからない。だが、フェルディナンドは事もなげに「……他人の人生を抱え込む覚悟ができないからだろう」と言った。
「名を受けてしまうとその者の人生に責任が生じる。私が神殿に入ることになった時、エックハルトやユストクスを私の側近以外の仕事に就けることができないか、其方等に相談したであろう?」
神殿に入るのは自分だけで良い。名を返すから、別の主を見つけた方が良い、とフェルディナンドが言って、二人の世話を頼んできたことはある。ヴィルフリートの側近となることを打診して、一瞬の迷いもなく断られたが。
「名を捧げる方がそれだけの覚悟をしていることを私はあの時に初めて知った。エックハルトやユストクスを見てきて、灰色神官達の生活を担っているローゼマインは、受け入れる方にも覚悟が必要なことを知っている。躊躇うだろう」
そう言った後、フェルディナンドは静かに私とカルステッドへ視線を移した。
「ローゼマインが旧ヴェローニカ派の子供の名を受けるのならば、保護者である其方等にも名を捧げる子供を受け入れる心構えが必要になる。どちらも未成年だからな。準備はできているのか? ローゼマインが覚悟を決めて、名を受け、身内と認識すれば、その者が不当な扱いをされた瞬間に怒りを暴走させる可能性があるぞ」
領主一族の側近としては身分の足りない下級貴族や旧ヴェローニカ派の子供を側近に取り込むローゼマインが求めているものは、正直なところ、理解できないことも多い。元になる常識が他と違うため、誰かの名をローゼマインが受けることになれば、こちらの負担も大きそうだ。
「だが、ローゼマインが受け入れ、信用できる者が増えるのは悪いことではない。まだまだ不十分なのだろう?」
私の言葉にフェルディナンドが重々しく頷いた。ローゼマインにとって下町の家族や当時から協力関係にあったプランタン商会以上に大事な存在が貴族の中にないことをフェルディナンドは危惧している。エーレンフェストにローゼマインを留めておくための鎖を作ろうと必死なのだ。
正直なところ、フェルディナンドがいれば問題ないと思っているが、ローゼマイン対策を練っているフェルディナンドは昔に比べてずいぶんと人間らしい感情や表情を見せるようになったので、好きにさせている。
進級式の後にも報告書が来た。
フェルディナンドがローゼマインから受け取った質問状には、『取引をしていないドレヴァンヒェルの生徒に髪の艶がありました。ドレヴァンヒェルはシャルロッテに目を付けているようです。アウレーリアとは別のアーレンスバッハの花嫁は親族に情報を流しているようです。どうしましょう!? フェルディナンド様、対策を!』と切羽詰まった様子の文字が並んでいた。質問状を見ただけで「落ち着け」と言いたくなる。
「ローゼマインは危険視しているようだが、シャルロッテ様にドレヴァンヒェルから打診があれば、受けても良いのではないか? 大領地と繋がりができるのは大きい」
カルステッドが顎を撫でながらそう言った。確かにシャルロッテが大領地と繋がりを作ってくれるのはありがたいが、まだ他領に嫁がせる話など考えたくない。
「まだ来ていない打診に悩むより、リンシャンの方が問題だろう。なぁ、フェルディナンド?」
「そうだな。リンシャンの作成方法は簡単だから、すぐに真似されるだろう、とローゼマインから事前に聞いていたが、あまりにも早い。これから先もこの調子で次々と流行を取り上げられると痛いな」
フェルディナンドは難しい顔でそう言っているが、どうせこちらでは全領地のリンシャンを賄うことなどできないのだ。
「ドレヴァンヒェルに宣伝してもらっていると考えれば良かろう。エーレンフェストの流行は大領地がすぐにでも取り入れたいと考えるくらいに優れた物なのだ、と。それよりも、花嫁からアーレンスバッハに情報が流れているようだが、これはどうする?」
「ゲルラッハが尻尾を出してくれると都合が良いのだが、そう簡単には行かぬだろう」
「アウレーリアは家に籠っているが、もう一人は動きたい放題だからな」
ランプレヒトの花嫁であるアウレーリアは人と会わずにのんびりできる生活を好んでいて、放っておいたら一歩も家から出ないそうだ。そんなアウレーリアをエルヴィーラが社交の場に引きずり出しているのが現状らしい。大領地の上級貴族なので、社交の場に出てしまえば何とかなるが、出すまでが大変で、できる限りの社交を避けたいアウレーリアは跡継ぎの第一夫人には向かない、と零しているそうだ。
「おい、ジルヴェスター。お披露目も終えていない王族が貴族院に滞在するらしいぞ」
イグナーツとマリアンネの報告書はほぼ同じだった。『秋に洗礼式を終えたばかりで、領主会議でのお披露目も済んでいない第三王子が貴族院に常駐することに決定しました』とある。詳しい情報が載っていたのはハルトムートの報告書だった。『第三王子はダンケルフェルガー出身の第三夫人の子です。臣下となるために育てられ、洗礼式直後のため、社交経験も乏しいそうです』とある。
……一体どうすればこのような情報を得られるのだ?
ハルトムートの報告書だけが妙に詳しいことに首を傾げてしまう。フェルディナンドのところのユストクスといい、ローゼマインのところのハルトムートといい、変わった主には変わった部下が集まるようだ。
「それにしても、貴族院には王族が必ず常駐しなければならない? そのような規則があったのか?」
「知らぬ。私の時には王族が在学していたからな」
「そう言われてみれば、私の時も王子と王女がいたな。途切れたことはなかったはずだ」
政変の粛清以前には王族の数も多かったので、これまではそのような規則の存在を知る必要もなかった。
「粛清後はちょうど第一王子が入学する年だったか? もしかすると、少し途切れて何か起こったのか?」
唸るカルステッドを見ながら、フェルディナンドが「王族の規則など、今は関係ない」と呟いた。
「……問題になるとすれば、ローゼマインが関わることになるのではないかということだ」
「不吉なことを言うな、フェルディナンド! 基本的に王子は自室にいるらしいから、関わることはない。ないと言ったらないのだ!」
関わらないはずがない。本当は自分でもそう思っている。だが、平穏を夢見ても良いではないか。
『座学は全員が順調です。今年もローゼマイン様は音楽の先生方のお茶会に招かれました。そして、ダンケルフェルガーのハンネローレ様とのお茶会が決まりました。ハンネローレ様をトショイインに誘ったそうです。トショイインとは何でしょう?(イグナーツ)』
「ダンケルフェルガーに本を返さねばならぬから、お茶会までは理解できるが、トショイイン? 何だ、それは!? こっちが聞きたい。フェルディナンド、ハルトムートからの報告は?」
「座学は全員が順調で、ローゼマイン様は音楽の実技も合格しました、だけだ。ローゼマインから講義の様子を聞いて書くので、詳しい内容はハルトムートにも把握できないようだな」
「おい、ここにローゼマイン本人からの報告書があるぞ」
カルステッドがひらひらと紙を振った。私はそれを奪うようにして目を通す。
『ドレヴァンヒェルの社交はヴィルフリート兄様に全面的に任せると良いと思います。ヴィルフリート兄様に張り合うドレヴァンヒェルのオルトヴィーン様がエーレンフェストの秘密を探ろうと熱意を燃やしています。秘密ってタルトのレシピなんですけれどね。(ローゼマイン)』
体中の力が抜けた。ものすごくどうでもいい。
「ローゼマイン、其方、本気で自分が何をしているのか、自覚がないだろう!? ダンケルフェルガーの領主候補生を巻き込んで何をするつもりなのか、報告が足りぬ! 全く足りぬ!」
私が放り出したローゼマインの報告書を手に取って、フェルディナンドがやれやれと息を吐いた。
「トショイインは図書館で司書の手伝いをする集まりらしい。ローゼマインは本当にダンケルフェルガーの領主候補生を気に入っているのだな」
「本を餌に簡単に転がされるローゼマインの姿が見えるな。ダンケルフェルガーの女は策士が多いが、大丈夫か?」
カルステッドの心配そうな言葉をフェルディナンドがバッサリと切り捨てた。
「大丈夫も何も……ローゼマインはダンケルフェルガーの領主候補生を、本好きのお友達で距離を取るなんて考えられない、と知り合った直後に言っていたのだ。とっくに籠絡されている」
ダンケルフェルガーは男に戦うことしか考えない騎士が多い分、女は文官が多くて、策士が多い土地柄だ。策を練る女は強くて扱いやすい男を好むらしい。自分で考えて勝手に動くような可愛げのない駒は必要ない。単純なローゼマインを絡めとるなどダンケルフェルガーの女には容易いだろう、とフェルディナンドが呟いた。
「今日は報告書が多いな」
『図書館で一年生の登録を行いました。エーレンフェストが最も申し込みが早かったとソランジュ先生がおっしゃいました。図書館にかけるローゼマイン様の情熱を見ました(マリアンネ)』
『一年生の図書館登録にローゼマイン様が一緒にいくと強硬に言い張りました。シュバルツ達にお願いされて、別の魔術具にも魔力を注いでいました。ソランジュ先生が督促のための魔術具を欲していて、それを作れないか、ローゼマイン様が思案していました。フェルディナンド様から預かった本がとても役立ちそうです。今年も図書館でお茶会をすることになりました(ハルトムート)』
「特に何もしなかったようだな」
報告書を読んで、私はホッと胸を撫で下ろした。去年は図書館登録に行って王族の遺物の主となったのだ。ローゼマインと本が絡むととんでもないことが起こるのだが、今年は特に何事もなかったらしい。
『一年生の初日全員合格は失敗しました。気持ちを切り替えて、高得点を目指すことにします。お姉様のすごさを改めて実感しました。わたくしの騎獣はお姉様とお揃いの乗り込み型です。周囲にはシュミルを模した騎獣が多いので、わたくしもシュミル型にしました。先に図書館のシュバルツ達を見たせいか、額に金色の丸が付いてしまいましたが成功しました。これでわたくしも遠くに出張するお仕事ができますし、祈念式や収穫祭の行動が楽になります(シャルロッテ)』
シャルロッテは学年が違う分、ローゼマインの引き起こす騒動に巻き込まれることが少ないようで、ほのぼのとした報告が多い。報告書からは子供の成長が見てとれて、読んでいると心が和む。
……ヴィルフリートは自身の報告より、ローゼマインの行動記録になっているからな。
『シュタープの変形の実技で、ローゼマインが神具を作り出しました。シュツェーリアの盾とライデンシャフトの槍です。確認するための試験で叔父上のお守りが反応し、ルーフェン先生を攻撃しました。きっちりと防いだので何事もありませんでしたが、とても危険な物だと思いました。その後、シュタープで妙な玩具を作り出しました。ミズデッポウというものです(ヴィルフリート)』
「フェルディナンド、どうする!? ローゼマインがやらかしたぞ!」
「……ローゼマインにとって一番身近な武具が神具なのは事実だ。騎士の訓練場に行っても歩くくらいしか鍛錬をしていないローゼマインは自分で触った武器などナイフくらいしかないからな」
フェルディナンドの言葉に私は頭を抱えたくなった。神殿育ちという生い立ちの設定上では整合性が取れているが、シュタープの変形の講義で神具を作るなど前代未聞だろう。
「お守りが問題なく発動することが確認できてよかったが、できれば、威力やどのように防いだのか詳細な報告が欲しいところだ」
「それならば、ローゼマインからの報告があるぞ」
カルステッドがフェルディナンドに渡した報告書には神具を作ったなどの報告は一切なく、お守りが発動した部分だけが詳細に書かれていた。
……それ以外に報告することはないのか、ローゼマイン!?
「神具よりこちらが問題だ、ジルヴェスター。ローゼマインは本当にどこで何を見て取り込んでくるかわからぬ」
カルステッドがこめかみをぐりぐりと押さえながら、ハルトムートの報告書を差し出した。読みたいような読みたくないような気分でそれに目を通す。
『ローゼマイン様が寝台の上でミズデッポウを改良し、天幕に穴を開けて、リヒャルダに叱られました。改良されたミズデッポウの威力を採集場所で確認したところ、玩具は発射された魔力が矢となって飛び出し、複数に分かれて降り注ぐ武器になりました。トロンベ退治の時のフェルディナンド様をお手本にしたそうです。片手で使えて便利ですが、魔力が大量に必要な攻撃で、他の者には取り扱いの難しい武器になったようです(ハルトムート)』
「玩具が武器に!? 何故そうなった!?」
全く理解できぬ、と私が叫ぶと、カルステッドは不可解という顔で首を傾げる。
「トロンベ退治のフェルディナンドの弓を手本に? 言葉にすると簡単そうだが、そう簡単にできることではないぞ? 特にローゼマインは訓練らしい訓練もしていないのに……」
「魔力だけで押し切る武器なのだろう。威力によっては危険だな。こちらでどのような武器か確認するまで、人目に触れさせるのは禁じておいた方が良いかもしれぬ。周囲がローゼマインの真似をした時にどのようなことになるかわからぬからな」
三者三様の感想だが、目の届かない場所にローゼマインが行くと頭が痛くなるということだけは共通している。視線を交わして深い溜息を吐いた。今日は報告書が大量すぎて読むだけで疲れてきた。ぐりぐりと眉間に指を当てる。
「フェルディナンド、ローゼマインは何故こうも突飛なのだ?」
「知らぬ。私に聞くな。どうやら平穏という言葉の意味がローゼマインと我々では違うようだ。その辺りの擦り合わせから必要だったようだな」
髪を掻き上げて深々と息を吐いたフェルディナンドもかなり疲れているように見えた。毎日報告書が届くことにカルステッドもぐったりしている。
「一週間もたたずにこれだけの事が起こせるのは、もはや、才能だろう。そんな才能はいらぬが……」
カルステッドの呟きで、私は恐ろしいことに気付いてしまった。そうか、これだけの報告書が届くのに、まだ一週間も過ぎていなかったのか。道理でヒルシュールからの報告がないはずだ。
それからも次々と報告は届く。
『二年生は全員初日合格を果たしました。フラウレルム先生が過去の問題を引っ張り出して、初日合格を阻もうとしたそうですが、昔の課程も勉強範囲に含まれていたエーレンフェストには全く意味がありませんでした(イグナーツ)』
『ドレヴァンヒェルからローゼマイン様とシャルロッテ様のお二人がお茶会に招かれました。どの情報を出して、どの情報を隠すのか、対策が必要です。リンシャンは簡単に真似られ、髪飾りも熟練の針子であれば、一年ほどで再現できるようになるし、植物紙の製法は複雑なので、すぐにはわからなくても、素材が植物であることはわかるだろう、とのことです。(マリアンネ)』
『調合の実技では、回復薬以外の調合がしたい、と漏らしていました。すでに回復薬の調合をしたことがあるので、今後は別の魔術具の調合をお望みのようです。回復薬は四種類もあるのですね。調合の実技ではローゼマイン様がヒルシュール先生の助手を務めていたようです(ハルトムート)』
『ローデリヒと名捧げについて話をしました。ローデリヒの名を受けることに決めました。ローデリヒは親と別れるつもりのようです。わたくしに迷惑がかかるといけないから、と。生活できる場所が必要です。ローデリヒを親元で生活させるべきか、親から離した方が良いのか、判断するための情報をください(ローゼマイン)』
大量だったが、普通の報告と質問だった。
ただ、お茶会や社交に関する質問は私のところだけではなく、フロレンツィア、フェルディナンド、エルヴィーラにも同じ質問が届けられていたらしい。
「わたくしのところにこのような質問状が来ているのですけれど、間違いではございませんか?」
エルヴィーラが首を傾げながらローゼマインからの質問状を持ってきた。ちょうどフロレンツィアがシャルロッテからの質問状を持って来ていたところだ。フロレンツィアがエルヴィーラに見せながら「わたくしのところにも来ています」と微笑んだ。
「私のところにもローゼマインから届いている。我々が複数からの情報を得るために全員に報告書を書かせているように、子供達も複数の情報を得ようと思ったのであろう」
「成長しているようで何よりだ」
フロレンツィアやエルヴィーラにも貴族院からの報告書を見せながら、社交に関する回答を作成していく。男性と女性では着眼点が違うようで、少しは役に立つ回答になったと思う。順位が上がったことで付き合う相手にも変化が出て、大人も大変だが、子供達も大変なようだ。
『フェルディナンド様にとてもよく仕込まれていますね。ローゼマイン様をわたくしの助手にしたいです。それ以外に特筆すべきことはございませんでした(ヒルシュール)』
『お姉様がドレヴァンヒェルとの社交にとても消極的なご様子なので、図書館に籠らせておいて、わたくしが社交を全面的に引き受けようとしたところ、突然奮起されました。何故でしょう? 奉納舞でアーレンスバッハのディートリンデ様が従姉弟会の提案をしてきましたが、あからさまにお姉様を避けているように見えました(シャルロッテ)』
『ヒルシュール先生の新しい資料を目当てにローゼマインが調合実技の助手をしていました。弟子ではない、と本人は言い張っていますが、時間の問題のような気がします(ヴィルフリート)』
『音楽の先生方のお茶会でいくつもの情報を得ることができました。アナスタージウス王子とエグランティーヌ様が結ばれた話と共に、中央ではローゼマイン様が作られた曲が流行し始めているようです。それから、ジギスヴァルト王子の第一夫人にアドルフィーネ様が輿入れされるそうです。そして、中央の神殿の聖典原理主義者に警戒が集まっているようでした。詳しくご存知でしたら教えてください(ハルトムート)』
他愛ない報告の中に重要な報告が混ざっていた。次々と重要人物と知己を得るローゼマインの言動には頭が痛いことも多いが、収穫も多い。去年はヴィルフリートの報告があれば十分だと考えていたが、ローゼマインの側に付けたユストクスから報告させると重要な情報が多々あったのだ。本人は碌に報告してこないが、今年もローゼマインは大量の情報を仕入れているらしい。
「中央の情報は集まりにくいから助かるな」
「ふぅん、クラッセンブルクではなく、ドレヴァンヒェルから第一夫人が出るのか……」
「エグランティーヌ様がアナスタージウス王子と結ばれることになった以上、妥当だろう。王としては次期王にこそエグランティーヌ様が欲しかっただろうが……」
去年のローゼマインからの情報によると、エグランティーヌは政変で亡くなった第三王子の娘らしい。つまり、今の王族の中で最も王族の魔力や血を継いでいるのはエグランティーヌに違いない。
今の王は政治的な基盤が非常に弱い。元々中領地出身の第三夫人の子として生まれ、臣下となるべく育てられてきた。第一夫人も第二夫人も上位の方とはいえ、中領地の出身だ。争いに勝利したにもかかわらず、自分の血族が殺されて怒り狂ったクラッセンブルクが肩入れしなければ政変に参加したかどうかも怪しいくらいだ。
政変中にダンケルフェルガーの姫を娶ったことで政変の状況は一変し、勝利した。だが、どのような契約があるのか、王は大領地の姫を第一夫人にしようとはしなかった。ダンケルフェルガーの姫が拒否したらしいが、真実はわからない。
「次期王の第一夫人となるのならば、ドレヴァンヒェルとの社交が更に重みを増したな。……私はローゼマインを出したくないのだが」
「出さぬわけにはいかぬであろう。だが、一度呼び戻し、出しても良い情報の擦り合わせや話題を限定するなど、対策を立ててからにしたいとは切実に思う」
フェルディナンドとドレヴァンヒェルとの社交について話をしていると、カルステッドが報告書をトントンと指で叩いた。
「私は詳しくないが、中央の神殿の聖典原理主義者はどのようなものだ? 神殿関係にはローゼマインが関わるのではないか?」