Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (401)
頭の痛い報告書(二年) 後編
「聖典原理主義か……。あれはややこしいのだ」
フェルディナンドがトントンと軽く指先でこめかみを叩く。
「簡単に言うならば、聖典に載っていることが最も正しく、王も聖典に従うべきだと主張する団体だ。元々は、聖典によると王位を政変による武力で奪うのは間違っている。王位は神に選ばれ、グルトリスハイトを写した者に与えられるのだ。故に、争いを止め、神の選定に全てを任せよ、というものだったはずだ」
フェルディナンドが聖典原理主義の変遷について、眠たくなるような歴史を絡めて話し始めた。報告書をたくさん読んだ後に、ずらずらと歴史を連ねられるのはきつい。私は軽く手を振って、説明を止める。
「……もう良い、フェルディナンド。つまり、今はどういう団体なのだ?」
「今一番勢力を持っている聖典原理主義者は、グルトリスハイトを持たぬ今の王を認めない、と主張する団体だったと記憶している。確か、政変の中でグルトリスハイトを失っているのであろう?」
今の王が即位するのを中央の神殿はグルトリスハイトがないことを理由に拒否しようとした。けれど、王族も貴族も激減、重要な魔術具の半分近くが動きを止めた状態になっている。政変を勝ち抜いた王の即位もなく、国が保てるはずがない。突っ撥ねたところで王がいなければ神殿に予算も下りないのだから。隔離されていて世間知らずが多い神殿側だったが、王の即位は渋々認められたという経緯がある。
「聖典に従え、と口では言っているが、少しでも多くの権力を要求するのが目的の者が多い。グルトリスハイトを持たぬ王が神殿を黙らせるために、各領地から青色神官や青色巫女を集めさせたことで、前神殿長がひどく腹を立てていたはずだ」
「なるほど。王に文句を付けて、少しでも利権を得るための団体か。では、あまりローゼマインに関わる団体ではないな」
聖典という言葉に思わず警戒してしまったが、ローゼマインは権力には興味を持たない子だ。次期領主の地位さえ「図書館だけ自由にできれば、それでいいのです。面倒な領主にはなりたくないです」と言って、全く目を向けない。王に関わるような権力など見向きもしないだろう。
「私はローゼマインからの質問状に回答を準備せねばならぬ。質問状によると、ローゼマインは全ての講義を終えたそうだ。図書館に引き籠っていれば、多少は報告書が減るかもしれぬ」
フェルディナンドがそう言ってこめかみを軽く叩きながら立ち上がった。ここに持って来て質問状を公開しないのは珍しい。
「ローゼマインから一体どのような質問が来たのだ?」
「ヒルシュールに関する、頭が痛くなるような質問だ。では、失礼する」
ヒルシュールはフェルディナンドの師匠なので、エーレンフェストでヒルシュールに詳しいのはフェルディナンドだ。「何と答えたものか……」と呟きながら退室していくフェルディナンドをカルステッドと共に見送った。
『シュバルツ達の着替えの日を決めるのです、と図書館に向かったお姉様が帰ってきたら、ヒルデブラント王子と遭遇したと言い出しました。これはよくあることなのでしょうか?(シャルロッテ)』
『王子は表立って活動しないので、これから先に会うことはありませんよ、とローゼマインは楽観視していました。でも、私はひどく嫌な予感がします。(ヴィルフリート)』
……父もだ、ヴィルフリート。ものすごく嫌な予感がするぞ。
「やはり接触したか」
「何故それほどに落ち着いているのだ、フェルディナンド!?」
「……まだ接触しただけで、何も起こっていない。これからだ。今から取り乱していてはこれから先の報告書で身が持たぬぞ。落ち着け、ジルヴェスター」
「そんな不吉な言葉を聞いて、落ち着いていられるか!? 余計に不安になったぞ」
パタパタと手を振っているフェルディナンドが落ち着きすぎだ。王族が関わってくるのだぞ。まだ入学してもいない、本来ならば、会うはずもない王族が。
「これから加速度的に厄介事が起こる。去年を思い出せばわかるであろう? 親睦会と奉納舞でしか顔を合わせないはずの王族の婚姻問題に首を突っ込んだのだ。ほら、ハルトムートの報告書を見てみろ。もっと不安になれるぞ」
薄らとした笑顔で報告書を出してきた。どうやら、フェルディナンドもかなり動揺しているようだ。
『ヒルデブラント王子に挨拶だけをしてローゼマイン様は読書を始めましたが、同じ年頃に見えるローゼマイン様に王子の方が興味を持っているようです。読書している姿を見に、わざわざ二階へ上がってきました(ハルトムート)』
……頼むからウチの子に関わらないでくれないか!?
叫べるものならば、叫んでしまいたい。
「フェルディナンド、ローゼマインと王族を接触させない方法はないのか?」
「全ての講義を初日に終わらせ、やっと解禁になったローゼマインの図書館通いを止められるわけがなかろう。本気で止めようと思えば、他への影響が大きすぎる。去年のヴィルフリートの失敗を繰り返したいのか?」
「ぐっ……」
図書館のために暴走するローゼマインに巻き込まれ、大変なことになった周囲の状況を思い出し、私は口を噤む。カルステッドも処置なしというように肩を竦めた。
「ローゼマインの図書館通いを止めるのも無理だし、王族にこちらが干渉できるはずもない。部屋に籠っていなければならないはずの王子が自重して、図書館に近付かないことを神に祈るしかないな」
「くそ! 神に祈りを!」
「アウブ・エーレンフェスト、貴族院から緊急のお知らせです」
社交の途中で割って入って来るくらい緊急の用があるのは珍しい。私は届けられた知らせを握り、カルステッドと共に即座に執務室へと戻った。フェルディナンドもすぐにやって来る。
「一体何事だ?」
「其方の師匠がやってくれたようだ」
『本日、ローゼマイン様が図書館の魔術具について話を聞くためにヒルシュール先生のところに行きました。愛弟子がアーレンスバッハの中級文官見習いでした。先生を明後日に行われるシュバルツ達の着替えに招く予定だったのですが、どのように対処すれば良いでしょう?(マリアンネ)』
『エーレンフェストの情報がヒルシュール先生から弟子を通じてアーレンスバッハに筒抜けになる可能性があり、とても危険です。これまでヒルシュール先生に渡した資料等、問題はございませんか? (イグナーツ)』
『弟子となったライムントをこちらの情報源とする良い方法はないでしょうか? グンドルフ先生とも交流があるようで、ドレヴァンヒェルにも研究関係の情報が流れているようです(ハルトムート)』
『ライムントは改良に関してとても有能だそうです。わたしの作った魔法陣を修正してくれました。それから、フェルディナンド様の本を読みたがっていました。貸してあげてもいいですか?(ローゼマイン)』
……ローゼマイン! 何故其方だけ危機感がないのだ!? アーレンスバッハに襲われたのは其方だろう!?
うがーっ! と叫んで、ローゼマインの頬をぐりぐり突き回してやりたい衝動に駆られていると、カルステッドが深い溜息を吐いた。
「中央に籍を移したとはいえ、ヒルシュールにはもう少しエーレンフェストに配慮してもらいたいものだ」
「エーレンフェストがヒルシュールに配慮などしたことがないのに、都合の良いことを言うな、カルステッド」
フェルディナンドが厳しい表情でカルステッドを睨む。フェルディナンドを弟子とした時から母上の嫌がらせはヒルシュールにも及び、寮の自室で安心して過ごすこともできなくなり、研究室に寝泊まりすることが増えたらしい。本来ならば、寮監に与えられるエーレンフェストからの援助も母上の手の者に取り上げられて、全くヒルシュールの手元に届かない状態だった、と静かに淡々と述べる。
それは私の卒業後の貴族院の姿で、自分が全く知らないフェルディナンドとヒルシュールの過去だった。最優秀を取り続け、王から直々にお褒めの言葉を賜り、上位領地と個人的な繋がりを作り、魔術具や素材を売って学生とは思えないお金を稼いでいたフェルディナンドの貴族院での生活とはすぐに信じられない。
「寮監への援助だと? 知っているならば、母上を退けた後で何故言わなかった? あれから何年たっていると思っている!? 其方は自分の師匠に不自由をさせて平気なのか?」
「他ならぬヒルシュールがいらないと言ったからだ。自分の弟子を育てる邪魔にしかならない援助など必要ない。そう言ってヒルシュールは貴族院に在学中の私を庇ってくれていた」
だからこそ、フェルディナンドはヒルシュールを慕い、魔術具で儲けたお金の中から個人的に援助してきたそうだ。卒業してからも師弟の繋がりが深い理由がわかって、溜息を隠せなかった。
「フェルディナンド、頼むからそういう重要なことは教えてくれ。領主であるにもかかわらず、知らぬままでは自分が情けなくて仕方がない」
「……其方の母親にされたことは多い上に不愉快なことばかりで思い出したくもないのだ。許せ」
フェルディナンドが辛そうにわずかに眉を寄せ、目を伏せて、掠れた声でそう言った。それ以上の追及などできるはずがない。
「……許す」
ふぅっと息を吐いたフェルディナンドが「貴族院に行って来る」と立ち上がった。
「待て、フェルディナンド! 大人は基本的に介入禁止だ」
だからこそ、こうして報告書を読む度に襲ってくる頭痛を、返事を書く以外で発散できずにいるのだ。しかし、フェルディナンドは「問題ない」と手を振った。
「これは私が行かなければならないのだ。魔術具の処理は作製者がしなければならないと定められているからな。ついでに、少し恩師と話をしてくるだけだ。ヒルシュールに話を通せるとすれば、私しかいない。違うか?」
ヒルシュールのところに置いて来た魔術具の回収と同時に、ある程度話を付けてくれると言う。
「……案ずるな、ジルヴェスター。エーレンフェストに不利益をもたらすようなことは……」
「そのようなことは案じておらぬ。ヒルシュールと話をする過程で嫌なことを思い出すのではないかと思っただけだ。……わかった。其方に任せる」
「あぁ、任せておけ」
フェルディナンドはその日のうちに貴族院へ要望を送り、次の日の夕方にはエックハルトとユストクスを伴って貴族院へと向かった。夜にはひどくスッキリした顔で、大量の魔術具と共に戻ってきた。
『今日はシュバルツ達の着替えをしました。ローゼマイン様が許可を出してくださったので、初めて触りました。ふわふわしていて可愛らしかったです。新しい衣装もよく似合いました。途中からヒルデブラント王子が見学にいらっしゃいました。気が付いた時にはヒルデブラント王子が魔力供給の協力者になっていました。(マリアンネ)』
……シュバルツ達の着替えで、気が付いたら王子が出てきて、協力者?
「ちょっと待て! ローゼマインが主で、王族が協力者!? どう考えてもおかしいだろう!?」
「私は昨日貴族院に行って、厄介事の調整をしたのだぞ。何故、昨日の今日でこのような問題が起こるのだ?」
「ほら、こちらも読め。頭が痛くなったぞ」
カルステッドがバサッと報告書を渡してくれる。その後、額を押さえて「あ~……」と低い唸り声を出し始めた。カルステッドを撃沈した報告書を握り、一度気合を入れた後、私は報告書に目を通し始めた。
『お姉様とヒルデブラント王子がとても仲良くお話をしていました。わたくしが見た限りでは、ヒルデブラント王子はお姉様に好意を持っているようです。お姉様もヒルデブラント王子に好意を持っているようでした。お話をしている時の表情が明らかに違うのです。まるで本を見るようなきららかな瞳で王子を見つめていましたし、年下の殿方をどのように思うのか、と問われました。お兄様に図書館を好きにしても良いと言うだけの度量が必要です。(シャルロッテ)』
『王子はシュミルがお好きなようですが、むしろ、ローゼマイン様に興味を持っているように見えました。王宮図書館の話題にローゼマイン様がうっとりとしていました。侮れません。それから、シャルロッテは年下を頼りなく思うか、とローゼマイン様に尋ねていました。どうやら王子は身長からローゼマイン様とシャルロッテ様を取り違えていたようで、ローゼマイン様は王子がシャルロッテ様に関心をお持ちだと勘違いしています。その後、魔術具の主の座を譲るように言われました。表立って活動できないヒルデブラント王子が魔力供給をするのは難しいこと、男でもひめさまと呼ばれる、とローゼマイン様が指摘した結果、王子が協力者として魔力供給をすることになりました(ハルトムート)』
『今日はシュバルツ達の着替えをしました。ソランジュ先生は図書館に住んでいるそうです。とても羨ましく感じました。わたくしも将来は図書館に住みたいです。あ、そうそう。シュバルツ達を着替えさせているとヒルデブラント王子がやってきました。王子に聞いてほしいと言われたのですが、残念ながらシャルロッテはお兄様っ子で年下には興味がないようです。お姉様っ子になってほしいです。(ローゼマイン)』
「……ローゼマインはまるで一人だけ別の世界にいたのではないか?」
他の誰もしていないソランジュの住まいについての報告が最も多く、そこから将来の展望がずらずらと続き、王子に関する報告が、ついでにしか見えないのだ。
「どう考えてもローゼマインに社交は無理だ……」
「こんな状態で王族との交流が増えるのか? 勘弁してくれ」
フェルディナンドもカルステッドも強くこめかみを押さえている。
「フェルディナンド、ローゼマインを連れ戻せないか? せめて、王子が図書館に出入りする時期が過ぎるまで……」
「ようやく図書館に通えるようになったばかりだからな。……次に何かしでかしたら、帰還命令を出すことにしよう」
三人揃って頭を抱えたが、これはまだまだ騒動の始まりだった。
「ローゼマインからこのような質問状が届いたぞ」
『図書館のお茶会にヒルデブラント王子を招くことになりました。王子にエーレンフェストの騎士物語をお貸ししても問題ありませんか? 何か気を付けることはありませんか?』
「ローゼマイン!? 其方が何故王族をお茶会に招待するのだ!? 身の程知らずにも程があるぞ」
王族を招待することなど、エーレンフェストでは領主会議でしか行わない。招待されて向かうより、招待する方が気を遣うことが多く、大変なのだ。碌な社交ができないローゼマインには無理だと言わざるを得ない。
「図書館のお茶会だろう? 本好きの友人に構ってばかりで、王族を放置する図しか思い浮かばぬ」
フェルディナンドの想像は容易に頭に思い浮かべることができた。ローゼマインならば、絶対にやる。
「側仕えとサインを決めさせておけ。話題を変えたい時、王子を放置しすぎな時などに使えるようにな」
「本の貸し借りの話題が出ただけで感情が振り切れそうだ。魔石は多めに持たせておいた方が良かろう」
思いつく限りの対策を書いて、ローゼマインの側近に送る。ローゼマインには「王族を放置するのは厳禁」としつこいくらいに書いておいた。
全員の返事を揃えて送った直後、シャルロッテから緊急の知らせが届いた。今年は緊急の知らせばかりである。
『魔石を取るために魔獣を狩りに行った旧ヴェローニカ派の子供達の内、ローデリヒが負傷して戻ってきたため、お兄様が救援に向かいました。お姉様がローデリヒの怪我を癒しながら話を聞いたところ、ターニスベファレンだとわかり、闇の祝福を与えるため、お姉様も護衛騎士を連れて飛び出していきました。先生方への連絡を指示されましたが、他にやるべきことはありますか?(シャルロッテ)』
「ターニスベファレン? 何だ、それは?」
聞いたことがない名前に首を傾げていると、フェルディナンドが「面倒な」と呟きながら、その場で返事を書き始めた。現地の騎士見習い達に攻撃をしないように注意し、交代で敵を挑発し、中央の騎士団が到着するまで時間を稼ぐように伝えろ、という指示だ。
「ベルケシュトックの辺りに出没するトロンベのような魔獣だ。黒の武器にしか切れぬ」
「何だと!? 大変ではないか!」
「こちらから騎士団が出せぬ以上、中央に頼むしかない」
書き終えたフェルディナンドが早足で歩き、転移陣のある部屋へと向かった。その場にいる騎士に書いたばかりの紙を渡す。
「すぐにこれを送れ。大至急だ」
転移陣のある部屋で待ち構えていたのか、シャルロッテの返事もすぐに届いた。
『すでに現地には連絡済みです。攻撃してしまい、巨大化してしまったけれど、今は班分けをして時間稼ぎをしているそうです(シャルロッテ)』
「優秀だな」
ハァ、と一安心したようにフェルディナンドが息を吐いて、髪を掻き上げた。
ターニスベファレンがどうなったのか、悶々としながら続報を待っていたら、『ターニスベファレンを倒したそうです。でも、お姉様も倒れました。他に被害はありません。(シャルロッテ)』という知らせが届いた。
「ターニスベファレンが片付いたのならばよかった。心配にはなるが、ローゼマインが倒れるのはいつものことだな」
すぐにでも救援に向かいたいような顔をしていたカルステッドが肩の力を抜いた。ホッと安堵の息を吐く。次の日、それぞれから報告が届いた。
『私は知らせと同時に準備し、救援に向かいました。先生方が到着するまで時間稼ぎをするのだ、とマティアスに言われたので、私は交代で相手をするように提案しました。時間稼ぎの途中でローゼマインが到着。闇の祝福を武器に与えてくれました。攻撃開始です。素早い動きでなかなか攻撃が当たりませんでした。でも、攻撃途中でローゼマインが黒い布でターニスベファレンの頭を覆ったことで動きを制限できたため、一気に畳みかけ、大きな打撃を与えました。私は初陣にして二位の貢献を果たしたのです。(ヴィルフリート)』
『ローゼマイン様は本当に聖女でした。武器に闇の神の祝福を与えるローゼマイン様の横顔は凛々しく、祝詞はまるで旋律を持っているように滑らかで美しいものでした。ターニスベファレンは明らかに最もローゼマイン様を警戒していました。他の騎士の攻撃を甘んじて受けても、ローゼマイン様のミズデッポウだけは全力で避けたのです。自分の攻撃が避けられることを悟ると、今度は闇の神のマントという神具でターニスベファレンを拘束しました。ローゼマイン様がいなければ、ターニスベファレンを倒すことはできなかったでしょう。それだけではありません。ローゼマイン様はフリュートレーネの杖で採集地を再生させたのです。私は神の奇跡をこの目で見ました。素晴らしい! 神に感謝を!(ハルトムート)』
『先生方と中央の騎士団が到着した時にはすでに終わっていたようです。討伐時の詳しい事情とエーレンフェストの神殿事情について知りたいと言われました。ターニスベファレンはベルケシュトックの寮の方向からやってきたようです。学生は闇の祝福を使えないはずなので、中央の騎士団が倒したことにする、と言われました。(シャルロッテ)』
「……これはすべて同じことに関する報告で間違いないのだな?」
「どの報告書にもターニスベファレンの名が出ているから間違いなかろう」
同じことに関して書かれているようには見えない。
「まぁ、よく頑張った。それに間違いはない」
「うむ、本来は学生が相手をするような魔獣ではないからな。成人してからのトロンベ討伐でも期待できそうだ」
カルステッドの言葉に頷いていると、フェルディナンドがこめかみを押さえて私を睨んだ。
「ジルヴェスター、回復次第、ローゼマインを呼び戻せ。緊急で話し合っておかねばならぬ」
「ぬ?」
「祝福の事だ。ローゼマインは騎士団で教えられている呪文とは少し違う、聖典の祈り文句をそのまま使ったと思う。事情聴取の前にある程度話をしておきたい」
フェルディナンドの言葉に、私は頷いた。
王族を招いたお茶会を終えたらすぐに帰ってくるように、とローゼマインには申し付けてあったにもかかわらず、ローゼマインが帰ってこない。転移陣が光って、その場に現れたのは紙束だった。
「ローゼマインはお茶会が終わったら帰って来るのではなかったのか?」
「帰ってきたのはローゼマインではなく、報告書だけのようですね」
騎士に渡されたフェルディナンドがパラリとめくって、一度目を瞑り、「執務室に戻りましょう、アウブ・エーレンフェスト」と目が全く笑っていない笑みを浮かべた。どうやら大変なことが起こったらしい。
執務室に戻ると、フェルディナンドがハルトムートからの報告書を読み上げ始めた。お茶会の前にダンケルフェルガーの領主候補生を協力者として登録したこと、王子がトショイインの腕章を欲しがり、ローゼマインが贈る約束をしたことが述べられる。
……去年の髪飾りに引き続き、今年も王族の注文を取って来るとは何を考えているのだ、ローゼマインは。あぁ、何も考えていないのだな。わかっている。
『エーレンフェストのお菓子は王子のお気に召したようです。本の返却が少ないという話をしていたら、突然ローゼマイン様がヒルデブラント王子に督促のオルドナンツを送ってもらえばどうか、と提案されました』
「はぁ!?」
「王子に仕事を振ったのか? 何様のつもりだ!?」
カルステッドと私が思わず叫ぶと、フェルディナンドは溜息を吐きながら軽く頭を振った。
「恐らく周囲の人間が全員そう思ったに違いない。続きを読むぞ」
「聞きたくないが、聞こう」
『ところが、王族としての仕事は少ないのか、王子は殊の外喜ばれて、王に相談すると答えました。唐突すぎて、更に、相手の反応も全く読めなくて、側仕えにも止められない状態でした。王子の側近も唖然としていました』
「この王子とローゼマインの組み合わせは危険だ。そう思わないか?」
王子でありながら、臣下となるために育てられたため、王族としての矜持がそれほど育っていないように思える。そうでなければ、ローゼマインの無礼な言葉を喜んで受け入れるはずがない。
「危険だと、引き離しておきたいと思えば思うほど、ローゼマインは近寄っていくぞ」
「私は今、このお茶会に出席しなければならない周囲の側近でなくて良かった、と心から思う。どうせならば、このような報告書も読まずに済ませられる立場でいたかった」
「一人だけ逃すわけがなかろう、カルステッド。諦めて聞け。これが其方の娘だ」
フン、と鼻で笑いながらフェルディナンドが先を読み進める。そういう其方は後見人だぞ、と心の中で言いながら、私は報告を聞いていた。
『話題を変えるように側仕えがサインを送りました。ローゼマイン様は貴族院の不思議話へと話題を変えられ、開かずの書庫に関する話をねだっていました。その後、ダンケルフェルガーと本の貸し借りが行われ、ソランジュ先生にも、ヒルデブラント王子にもエーレンフェストの本が貸し出されました。ハンネローレ様にエーレンフェストの本を褒められたところで、ローゼマイン様は魔石を使用しました』
「褒められただけで魔石が必要だったのか。やはり持たせておいてよかったな」
「去年は友達になったところで失神だったはずだ」
フェルディナンドの言葉に思わず私は顔をしかめた。
「……友達になったところで失神だと? そんな友達、私は嫌だぞ。ダンケルフェルガーの姫は意外と精神的に頑丈だな」
「ダンケルフェルガーの女だから、不思議ではない」
「ローゼマインは成長しているのか、退化しているのか、わからぬな」
カルステッドが、ユレーヴェを使う以前より倒れやすくなっていないか、と呟いた。
「体は丈夫になったが、魔力は増えたからな。倒れる頻度はさほど変わっていないだろう」
『そして、お返しにダンケルフェルガーから本を借り、ソランジュ先生からは司書の仕事に関する資料を借りました。ヒルデブラント王子も周囲に釣られたのか、お返しをしたいと言い出しました。側近がローゼマイン様を見て、王宮図書館に招待すれば、と提案した瞬間、ローゼマイン様は意識を失って崩れ落ちました』
「また王族の前で倒れたのか!?」
「またお茶会の主催者が倒れたのか!?」
私とカルステッドの声が重なった。フェルディナンドは一人、難しい顔になって、報告書を睨みつけた。私は先を知りたくて、フェルディナンドを急かす。
「それで、お茶会は一体どうなった? どのように中断したのだ? 後始末はできたのか?」
『中央の側近が取り乱し、王子が涙ぐみ、ハンネローレ様は半泣きで大丈夫ですと繰り返すという混乱ぶりでした。ヴィルフリート様とシャルロッテ様に救援を頼み、後始末に奔走しました。(ハルトムート)』
……ローゼマインの後始末に奔走して、ヴィルフリートとシャルロッテが急速に成長している気がする。
「……とんでもないお茶会になったな。どうする、フェルディナンド?」
「どうするも、こうするも、ローゼマインに聴かねばならないことばかりだ。方々に詫びを入れさせ、帰還するように命じておけ。今ならば連続で倒れた体調を言い訳にできるはずだ。事情だけ聴いたら貴族院に返すつもりだったが、もう良い。奉納式が終わるまでエーレンフェストに滞在させる」
投げやりにフェルディナンドがそう言った。投げやりになりたい気持ちはよくわかる。私は去年よりも頭が痛い。カルステッドなど口を開くのも億劫そうだ。
……何故だ? 何故ローゼマインはここまで問題を起こせるのだ?
平穏、それはローゼマインには縁遠い言葉だった。