Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (402)
帰還後のお話合い
「おかえりなさいませ、ローゼマイン様」
「ただいま戻りました、アンゲリカ、ダームエル」
転移陣のある部屋に出迎えに来てくれていた一同の一番前にいたのは、護衛騎士の二人だった。またおじい様の特訓を受けていたのか、ダームエルがとても疲れた顔をしている。そんな二人の前にコルネリウス兄様が転移陣から踏み出して、護衛騎士の引継ぎを始めた。
「アンゲリカ、ダームエル。二人にローゼマイン様の護衛をお願いします。私はこれからすぐに貴族院に戻ります」
「すぐに戻れるのですか?」
アンゲリカが首を傾げながら、後ろを振り返った。アンゲリカの視線の先には出迎えに来てくれている保護者達がいて、領主夫妻と騎士団長夫妻と神官長とおじい様がずらりと並んでいる。そちらに視線を向けたコルネリウス兄様が、うっと小さく呻いた。
「あら、コルネリウス。大事なお話が済んでいないでしょう? せっかく戻ってきたのですから、すぐに戻ると言わず、一晩くらいはゆっくりしていきなさい」
そう言いながら引継ぎに割って入ってきたのは、お母様だ。しずしずと前に出てニッコリと笑っているが、その笑顔はコルネリウス兄様を逃がすまいとするものだった。コルネリウス兄様が引きつった笑顔を浮かべながら、お母様から逃れようとじりっと一歩後ずさる。
「母上……。先日お返事した通りです。まだ講義が終わっていませんから、終了後には必ず戻りますし、お話もいたします」
護衛騎士の引継ぎだけを大急ぎで終えると、すぐさま身を翻してコルネリウス兄様は再び転移陣に乗った。何か言いたそうな顔をしていたが、お母様はクスリと笑いながら、貴族院に戻っていくコルネリウス兄様を見送る。
「逃げられるわけがございませんものね。次は男らしく覚悟を決めて戻ってらっしゃい。……二人で」
お母様の言葉に顔をしかめたコルネリウス兄様の姿が揺らいで消えた。コルネリウス兄様が貴族院に戻るのは「最終学年だから学生生活を満喫したい」なんて言っていたけど、お母様の追及から逃げたかっただけらしい。
「二人で、ということはお母様はお相手の方をご存知なのですか?」
「詳しくはお茶会でお話しましょう。わたくしも色々と聞きたいことがあるのです」
お母様はそう言って笑いながら一歩退いて、体の向きを変えた。リヒャルダにそっと背中を押され、わたしはずらりと並んでいる他の保護者達に挨拶をする。
「ただいま貴族院より戻りました」
「これほど早く講義を終えるとは思っていなかったぞ、ローゼマイン。私の孫娘は実に優秀だ」
おじい様がそう言ってわたしを褒めてくれた。ものすごく嬉しいけれど、わたしは図書館に行きたい一心で講義を終えているので、そんなふうに褒められるとどう反応して良いものか戸惑う。「すごいでしょう」と胸を張ることはできず、結局「わたくしが困らないように教えてくださったフェルディナンド様のおかげです」と謙遜してしまうのだ。
「ローゼマイン、今日の夕食は私も一緒に摂るので、そこでターニスベファレンを討伐した話を聞かせてくれぬか? 其方の文官の報告書によると大活躍だったそうではないか」
ハルトムートの報告書はわたしが寝込んでいる間に送られてしまっているので、目を通していない。聖女賛美が並んでいたとフィリーネから聞いただけだ。
それに、わたしは特に活躍していない。残念なことにわたしの攻撃は当たらなかったのだ。そんな話をおじい様にしたくない。
「騎士見習い達の活躍についてお話しいたしますね。皆、頑張ったのです。おじい様が鍛えてくださったおかげで、連携も少し取れるようになっていました」
一瞬、「約束です」と言って指切りをすることが頭に思い浮かんだが、おじい様と指切りしたら小指の骨が折れそうだと思って、即刻却下した。
おじい様とのお話を終えると、一歩前に進み出てきたのは養父様だ。
「待っていたぞ、ローゼマイン。着替えたら執務室に来なさい」
執務室に来るように、と言った養父様の声に力がない。去年は怒りの仁王立ちだったけれど、今年は何だかぐったりしているように見えるのは気のせいだろうか。声にも疲れが出ている気がする。
……何かあったのかな?
お母様や養母様とお茶会の約束をした後、わたしはリヒャルダと護衛騎士達と共に一度部屋に戻った。そして、衣装を変えた後、養父様の執務室へと向かう。
養父様の執務室には養父様とお父様と神官長が待ち構えていた。お説教タイムの開始だ。こめかみをトントンと軽く叩きながらわたしを睨み、最初に口を開いたのは神官長だった。
「ローゼマイン、君とはまず平穏という言葉の意味から擦り合わせていかねばならぬようだ。君にとっての平穏とはどのようなものだ?」
お説教タイムの開始かと思えば、そんな質問から始まった。肩透かしを食らった気分だが、わたしは真面目に「わたしにとっての平穏」を考える。
「図書館に籠って本を読める毎日です。この呼び出しがなければ、わたくしの生活は平穏そのものだったのですけれど」
やっと講義が終わって、わたしにとっての平穏な日々が訪れたところなのに、強制送還だなんてひどすぎる。わたしの図書館と読書時間を返して、と不満を漏らすと、養父様が深い溜息を吐いた。
「こちらも呼び戻したくて呼び戻したわけではない」
「ローゼマイン、何故呼び戻されたのか、わかるか?」
お父様に問われて、わたしは頬に手を当てて考えてみた。自分の中で失敗したと認識しているのは、水鉄砲で天幕に穴を開けてしまったことと、本好きのお茶会で周囲を凍らせてしまったことと、お茶会の主催でありながら意識を失ってしまったことだ。でも、水鉄砲の改良に関しては特にお叱りのお手紙もなかった。
「呼び出しを受けた時期がターニスベファレンの直後だったので、勝手に出陣して倒れてしまったことが原因かもしれないと考えています。どうでしょう?」
「……かもしれない、というのは何だ?」
「よくわからないのです。自分の何が悪いのか。今年は去年に比べると、わたくし、あまり叱られるようなことはしていませんよね?」
首を傾げていると、保護者三人が揃って溜息を吐いた。
「まずは報告書の書き方だ。印刷業や神殿における仕事の報告書はまともに書けているのに、何故貴族院の報告書はこのような有様なのだ? そこから聞きたい。君の報告書には必要のない報告が多かった」
神官長がそう言いながら、貴族院から届いた皆の報告書をずらりと並べる。そこでやっと気が付いた。わたしはハルトムートと同じ報告書では意味がないと思ったので、敢えて、ハルトムートが書いていないことを書いていたのだが、そういう気遣いは必要なかったらしい。付け加えるならば、わたしは麗乃時代の学級日誌や保護者へのお手紙気分で報告書を作成していたが、どうやら仕事に関するのと同じような報告書が必要だったようだ。
「必要だと感じたことは文官達が書くので、同じ内容を書いても仕方がないと思っていました。わたくしはそれぞれの貴族院生活が知りたいのだとばかり思っていましたから、自分の琴線に触れた事柄について日記の感覚で書いていました。どういう報告が欲しいのか、それを先に教えてください」
「なるほど。そこですでに感覚の差があるわけか。道理でずいぶんと感情的な報告書だったわけだ」
成績向上、流行発信、図書委員活動を印刷同様の重要な事業としてとらえ、報告書を作成するように、と神官長に言われたことで、わたしもやっと保護者達が求める報告書を理解できた。エーレンフェストにおける重要な事業の報告書が必要だと言われれば、あの報告書ではダメだ。
その後も、自分の言動について、色々と指摘を受けた。一番大きな問題は図書委員に集中していた。ヒルデブラントに腕章を贈る約束を勝手にしたこと、主の座を譲らず、ヒルデブラントを協力者として登録したこと、督促の仕事を振ったことなどだ。
「でも、図書委員ですよ? 図書館でお仕事をしなければ何をするのですか?」
「報告書を見たところ、其方が頼まれている仕事は魔力供給だけのはずだ。督促は其方等の仕事ではない」
養父様にぴしゃりとそう言われて、わたしは「そうでした」と項垂れる。ソランジュは領主候補生であるわたしに仕事を任せることさえ畏れ多いと言っていた。王族に仕事を任せることを望んでいたかどうか、わたしは確認もしないままに口に出してしまったのだ。
……ごめんなさい、ソランジュ先生!
「うぅ、ソランジュ先生がフェルディナンド様の督促があれば、本の返却率が素晴らしいので助かるとおっしゃったので、王族でしたら完璧に返していただけると考えただけなのです。適材適所だな、と」
「適材適所かどうかを判断するのは君ではない。王族が君に命じるのは全く問題ないが、王族に君が命じてはならない」
保護者達の言い分から考えたところ、わたしはヒルデブラントを学校の図書委員仲間と捉えていたが、どうやら社長の息子と下っ端の平社員くらいに立場が違うことがわかった。図書委員仲間が仕事を分担するのと、下っ端の平社員が遊びに来ていた社長の息子に仕事を振るのでは全く別物だ。
……そりゃ、皆が固まるはずだよ!
のおおぉぉ、と頭を抱えて、自分のしでかした失敗に今更ながらのたうち、これから先も図書委員として王族と付き合っていかなければならない現実を知って泣きたくなった。それほど立場が違う大変なお付き合いは麗乃時代にもしたことがない。
「では、これからどうすれば良いのですか? わたくしとハンネローレ様がどのように仕事の分担をするか話し合っている時にヒルデブラント王子が交じりたそうな顔をしている時は本人がやると言い出すまで、無視しておくので問題ありませんか? ヒルデブラント王子は仲間外れの気分になると思うのですけれど、それが王族との正しい付き合い方ですか?」
腕章の時もヒルデブラントの表情を読んだだけなのだが、敢えて無視するのが正しかったのだろうか。わたしの質問に神官長がものすごく難しい顔をした。
「君はいつもそのように、会話や少しの仕草などから向き合った相手が必要なもの、欲しているものを的確に読み取る。それ自体は悪いことではない。美点だと言える。だが、周囲の思惑や相手を取り巻く環境を一切考慮しない。そのため、周囲が大変な思いをするのだ」
王族だろうが、上位領地だろうが、わたしと相手だけは仲良くなって上手くいく。けれど、周囲は迷惑したり、困惑したりする展開になるのだと神官長が指摘した。
「周囲まで見ることができるようになれば、強力な武器になるのだが、今のところは後々何が起こるのか予測不可能な危険なものでしかない。特に王族を巻き込んだ事態になれば、エーレンフェストがどのような立ち位置になるのか、全く予想できなくなる」
王族にはなるべく関わらないようにしてほしい、と言われて、わたしはそっと神官長から視線を逸らした。神官長や養父様が言いたいことは理解したが、それに関しては約束できない。わたしが視線を逸らしたことに気付いた神官長が眉間に深い皺を刻んだ。
「視線を逸らすな、ローゼマイン。君は一体何を企んでいる?」
「ヒルデブラント王子と関わらないのは無理ですもの。お約束できません」
「何故だ?」
「わたくし、王宮図書館にお誘いを受けたのです。ヒルデブラント王子と仲良くして、許可をもぎ取って王宮図書館に行く予定なので、関わらないということはお約束できません」
図書館司書のソランジュと本好き仲間のハンネローレとヒルデブラントは、貴族院の中でわたしが一番仲良くしたいメンバーだ。こちらから積極的に関わっていきたい相手なのである。関わり方は教えてほしいが、関わらずに済ませることはできない。
「王宮図書館は駄目だ」
養父様が厳しい表情でそう言った。
「話が出ただけで倒れたのであろう? 実際に行ったら、入る前に倒れたり、派手な祝福をしたり、思わぬ厄介事が起こったりする予測しかできぬ。其方が自重を覚えるまでは王宮図書館に行く許可を出すつもりはない。未成年である其方は保護者なしに王宮には立ち入れぬからな」
「そんな殺生な!」
ぐるりと見回したが、どの保護者も「付き添いはしない」という顔でわたしを見下ろしている。大変だ。はるか昔に捨て去った自重が今になって必要になってきた。けれど、王宮図書館を前にわたしが自重できるだろうか。全く自信がない。
「王宮図書館……」
自重を覚えるまでは絶対に許可を出さないと言われたけれど、自重できるようになったかどうかなど、誰かが見て判断できるはずがない。なんだかんだと理由を付けられて、わたしは王宮図書館に行けないのだ、きっと。
……行きたいな、王宮図書館。
「せめて、突然倒れることがなくなるまでは行かせられぬな。今回もヒルデブラント王子を始め、側近に多大な心労を与えてきたのであろう?」
王宮図書館にいる者にトラウマを植え付けたいのか、というようなことをお父様に言われ、わたしはしょぼんと項垂れた。植え付けるつもりはない。目の前で倒れられるのが心臓に悪いことは知っているし、後始末に周囲が奔走することも知っている。
……うぅ、王宮図書館が遠い。
「王族に関しては距離感や立場の違いをよく理解していなかったようなので、決して対等ではないと頭に刻み込んでくれればそれで良い。それから、ターニスベファレンの件だが……」
初陣の興奮が書かれたヴィルフリートの報告書と、討伐に赴かなかったため、事務的な内容が綴られたシャルロッテの報告書と、採集場所の再生に関しての記述が一番多いハルトムートの聖女賛美な報告書が並べられた。
……ハルトムートの報告書、テンション高っ!
「同じ事柄について報告しているようにはとても見えなかった。何が起こり、どうなったのか、報告してくれ」
わたしはシャルロッテの報告書に足す感じで、ターニスベファレンに関することを話していく。ハルトムートの報告書はなるべく視界に入れない。神官長がシャルロッテの報告書に色々と書き足していくのが見えた。
「それにしても、ローデリヒの話からターニスベファレンだとよくわかったな。あれはベルケシュトックの方に生息している非常に稀な魔獣だ。知っている学生がいたことに驚いたぞ」
「去年、領地対抗戦のディッター対策として、図書館にある魔物の資料をレオノーレが調べていたのです」
ディッターに出る魔物ではなかったので、他の騎士見習いには報告しなかった魔物の内の一つだとレオノーレは言っていた。
「私も同じ資料を読んだことがある。……ベルケシュトックの騎士見習いから話を聞いたこともあるからな」
ベルケシュトックはアーレンスバッハとダンケルフェルガーに分割されていて、今は存在しない領地だが、と神官長が付け加える。
わたしはターニスベファレンとの戦いの様子を伝えていった。闇の神の祝福を与えるために戦地に向かったこと、攻撃が当たらなかったので神具のマントを使ったこと、採集場所を再生させたこと。
「ルーフェン先生が中央の騎士団を率いてやってきた時、いくつか質問をされたのですが、わたくしはもう頭が朦朧としていましたから、碌に答えられなかったのです。事情聴取の日程を調整している最中に戻ってきてしまったのですが、ヒルシュール先生が取り成してくださるそうです」
「何を問われて、君はどのように答えたのだ?」
わたしはルーフェンにされた質問と自分の答えを述べた。保護者達が「うーん」と唸りながら頭を抱えた。
「わたくしの答えでは納得できなかったようで、また呼び出されるそうです」
「さもありなん」
「でも、それ以外に答えようがないのですよ」
神殿長だから聖典を読んでいて祝詞を知っていたし、神殿長だから土地の再生という神殿の仕事を行った。本当にそれだけなのだ。詳しく聞かれても困る。
「事情聴取の際は、騎士が使う呪文と君の祝詞が別物であることは主張しなければならない」
「え?」
「あれは貴族院で教えることを禁じられている呪文なのだ」
「何故ですか? ターニスベファレンのような魔獣が出た時に危険ですよね?」
「魔獣よりも危険なのは、人間だ」
神官長によると、貴族院で黒の武器に関する呪文が教えられなくなったのは、ずっと昔のことらしい。黒の武器で他領を襲った領主が出たことから、全員に教える必要はないと禁止されたと言った。
今のような政変の後、広範囲で魔力が枯渇した時に自領を富ませるため、黒の武器で他領に侵攻し、魔力を奪う領主が出たことがあったそうだ。大領地に小領地が襲われればひとたまりもない。周囲が我も我もと真似て、政変の混乱に拍車がかかり、大混乱に陥った。
以後、黒の武器に変化させる呪文は全員が知る必要はないとされた。黒の武器が絶対に必要な魔物が出現する領地の騎士見習いだけに教えられるようになったそうだ。
「……でも、コルネリウス兄様も知らなかったのは何故ですか? トロンベ退治には必須ですよね?」
「以前は、騎士見習いのコースに入り、貴族院で神々の加護を得ることができるようになれば、教えられる呪文だったが、今は遠征に連れて行けると判断された騎士だけに教えることになったのだ」
お父様がそう言って溜息を吐いた。上司の命令に背き、討伐の場をめちゃくちゃにしたシキコーザの暴走によって新人教育の見直しが行われた時に改変されたらしい。
「青色神官上がりの貴族が増え、政変後の教育課程の変化によって新人のレベルが著しく下がっているため、問題を起こさずに連携を取れるようになった騎士だけを遠征に連れて行くことにした。そのため、騎士団の中で合格が出た時点で教えられる呪文になったのだ」
アンゲリカより少し上の学年の騎士見習いは知っている者もいるが、アンゲリカの年代では知らない呪文になっているらしい。今の新人は連携もボロボロなので、当分教えられないそうだ。
「呪文と祝詞は違うのですか?」
「そうだな。戦地で使うには祝詞は長すぎる。間違えて発動しなければ大変なので、改変されている部分が多い」
騎士達が使う呪文は祝詞を少しずつ省略しているものだそうだ。完全に祝詞を唱えるのと違って、ちょっと融通が利かない部分もあるが、速さとミスが少なくなることが大事なのだそうだ。
「それから、これをフェルディナンド様に。ハルトムートからのお土産で、ターニスベファレンが荒らした採集場所を祝福で癒した時に浮き出てきた魔法陣です」
わたしは神官長にハルトムートが描いた魔法陣を渡した。養父様とお父様も覗き込む。だが、見ただけではよくわからないのか、二人はすぐに視線を外した。神官長は一人だけ魔法陣に指を滑らせている。
「ローゼマイン、君はこれに魔力を注ぎ込んだのか?」
「土地を再生させようと儀式を行ったら、勝手に浮かび上がってきたのです。何の魔法陣ですか?」
「あの部分を採集場所として成り立たせるために必要な魔法陣だな。かなり複雑で多くの要素が詰まっている」
神官長の口元がわずかに緩んでいて、非常に嬉しそうだ。神官長がご機嫌ならば、お説教は軽減されるので、わたしも嬉しい。もうちょっと気分を良くしてもらうために、わたしは一緒に魔法陣を覗き込み、「どのような要素があるのですか?」と質問する。
神官長の魔法陣講座が始まるのを養父様が眉間に皺を刻みながら難しい顔で阻止した。
「ちょっと待て、ローゼマイン。土地を再生させるのは中央神殿の仕事ではないか?」
「早く再生しなければエーレンフェストの学生達の講義に差し障りますから、頑張りました。側近達の講義が滞ったら、わたくしの図書館通いにも差し障りますし」
中央神殿の仕事かもしれないが、悠長に待っていられるような状況ではなかったのだ。同時に、中央神殿の仕事を全て奪ったわけではないことを主張しておく。ターニスベファレンは採集場所だけで暴れたわけではない。森の広範囲が荒れているので、仕事はたっぷりある。問題ない。
「仕事を残しておけば良いという問題でもないぞ。エーレンフェストの学生達が助かったのは事実だが」
「これだけの魔法陣だ。完全に作用させようと思えば、中央神殿の青色神官や巫女が数十人がかりで何日もかけて行う仕事だぞ。よく魔力が足りたな」
「全然足りませんでしたよ。フェルディナンド様の回復薬を飲みながら行ったのです。回復していく端から、どんどん魔力を吸い出される感じで、本当に大変だったんです」
神官長は魔法陣から目を離さずに「大変だった、で終わるようなものではないのだが」と呟いた。でも、終わったのだ。
「完全に再生したとハルトムートの報告書にあったが、そこで採れた素材は持ち帰っていないのか?」
「素材は持ち帰っていませんね」
魔法陣はともかく、素材を持ち帰るという発想はなかった。あの採集場所の素材は講義で使うための物だからだ。
「ハルトムートに再生した部分の素材を送るように指示を出しておきなさい。君の魔力で育った素材にどのような違いがあるのか研究したい」
「フェルディナンド様はやっぱりヒルシュール先生の弟子ですね。研究しか見えていないところがそっくりです。ヒルシュール先生も騎士団と一緒に来たのに、特に怪我もなくターニスベファレンの討伐が終わったのならばそれでいいって、研究室に戻ろうとしていたのですよ」
もうちょっと心配してもいいと思うんですけど、とわたしが言うと神官長がわずかに目を伏せた。
「フェルディナンド様?」
「私が騎士見習い達と森の奥で魔獣を倒す度に心配してヒルシュールが出てきていたのだが、それが面倒で、後始末もするから討伐が終わり、怪我がなければ心配するな、と追い払っていたのだ。そのせいだろう」
「フェルディナンド様のせいですか!」
この師弟はダメな方向に信頼感や慣れを育てている。このままではライムントが危険だ。わたしがライムントの心配をしていると、保護者に揃って溜息を吐かれた。
「アーレンスバッハの学生より先に、ローゼマインは自分の心配をしてくれ」
……あ、ごめんなさい。