Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (403)
夕食とお茶会
お説教らしいお説教はほとんどなく、疲れ切っている保護者達との話は「王族との接触を控えさせたいので、奉納式が終わった頃に貴族院に帰す」という言葉で締めくくられて終わった。怒られたいわけではないけれど、とても不思議な感じがする。
……何だろう? この、怒らなくていいの? って聞きたくなる感じ。聞いたら間違いなく怒られるだろうから、言わないけどね。
去年と違って早目に貴族院へ戻れるのは、ヒルデブラントが出歩けなくなった時期の貴族院で社交経験を積み上げるためらしい。でも、わたしとしては社交三昧で図書館に行けなくなるのだったら、別に貴族院に戻らなくてもいいと思っている。
……ハンネローレ様と本の感想を言い合うようなお茶会だったら、進んで参加するんだけど、そんなお茶会は許可が出ないだろうな。世の中上手くいかないね。
「オティーリエ、この手紙を貴族院に送ってください」
「かしこまりました」
ハルトムートに再生した部分の素材採集をお願いする手紙を書いて、転移陣の間にいる騎士に渡してほしい、とオティーリエに頼む。ハルトムートの母親であるオティーリエが手紙を受け取って、宛先を見た途端、不安そうな顔になった。
「貴族院でのハルトムートの様子はいかがでしたか? ご迷惑をかけていないでしょうか?」
「情報収集や色々なことの根回しを頑張ってくれましたし、アウブに提出する報告書もまめに書いてくれています。今日読んだ報告書でも生き生きしていました。楽しい貴族院生活を送っているのは間違いありません」
わたしはオティーリエを安心させるために口を開いたものの、それ以上は何も言えなかった。「採集場所の再生儀式を見て、ローゼマイン様は本当に聖女だったと興奮し、神に感謝していました」なんて、わたしの口からはとても言えない。
「姫様、そろそろ夕食の時間ですよ。ペンを置いてくださいませ」
リヒャルダにそう言われて、わたしはペンを置き、立ち上がる。この後は夕食でおじい様とターニスベファレンの討伐に関する話をするのだ。
……わたし、ハルトムートの報告書のせいですごく活躍したことになってるんだけど、どうしよう?
頭を悩ませながら夕食の席に着いた。おじい様の席はわたしの隣で、神官長も一緒にいる。食事を摂りながら、わたしはおじい様に聞かれるままに答えていった。
「それで、ローデリヒの話からレオノーレがターニスベファレンだと気付き、わたくしは皆の武器に闇の神の祝福を与えるために出発したのです。先行していたヴィルフリート兄様達がとても大きいターニスベファレンを相手に時間稼ぎをしていました。ローデリヒの報告より大きくなっていたのは、トラウゴットが全力で攻撃したせいでした」
「トラウゴットが? むぅ……」
おじい様の雰囲気が剣呑になったので、わたしは慌ててフォローする。ターニスベファレンに関する情報がまだ届いていなかったのだ、と。護衛騎士として養父様の後ろに立って、そのやりとりを聞いていた騎士団長のお父様が顔をしかめた。
「マティアスが攻撃せずに時間稼ぎをしている状況に気付かなかった視野の狭さに問題があるのだ。皆が無事だったから良かったが、ターニスベファレンの巨大化によって死人が出ていてもローゼマインは同じように言えるか?」
たまたま今回は周囲のフォローが上手くいっただけだ、と騎士団長であるお父様に言われ、わたしは言い返すこともできずに頷いた。
「皆が闇の神の祝福を得たので攻撃を開始し、わたくしは水鉄砲を撃ったのですが、ターニスベファレンにはちっとも当たらなかったのです。わたくしの攻撃だけ全力で逃げて……」
「さもありなん」
神官長が片方の眉を上げて、わたしを見た。
「今の説明を聞く限り、君のミズデッポウという武器は魔力を撃ち出す物であろう? 闇の神の祝福を得た武器で攻撃すると、籠めた魔力の倍ほどの魔力を敵から奪うことができる。君からの攻撃を最も警戒して当然だ」
「うむ。ターニスベファレンにとってはローゼマインが一番の脅威だったのだ。それにローゼマインは当たらなかったというが、ターニスベファレンの注意を引きつけることで他の者が攻撃できる機会を作っていたのであろう?」
十分に貢献している、とおじい様は褒めてくれた。強いおじい様に褒められるとわたしはすごく強くなった気がする。攻撃が当たらなくても貢献したと言われて嬉しくなり、わたしはおじい様の方に少し身を乗り出した。
「では、闇の神のマントで動きを止めたのも貢献になりますか?」
「闇の神のマント?」
「そうです。ターニスベファレンがわたくしを見るから攻撃が当たらないので、見えないようにしようと思って、水鉄砲を闇の神のマントに変えて頭を覆いました。そうしたら、動きが止まったのです。……わたくしの武器もなくなってしまって、結局攻撃を当てることができませんでしたけれど」
わたしが自分の失敗を含めてそう言うと、一番に反応したのはお父様だった。
「武器を変えたと言わなかったか?」
「えぇ、闇の神の祝福を打ち切らなければ、形を変えるのはできるのですよね?」
「いや、無理だ。一度黒の武器に変えると、解除するまで形を変えることはできない」
お父様の言葉にわたしは説明を求めて神官長へと視線を向けた。
「それが呪文と祝福の違いかもしれぬ。他にもどれだけの違いがあるのかについては興味深いと思うが、トロンベ討伐の途中で武器を変えなければならぬような事態が起こることは滅多にない。今から祝詞を覚え直す必要はないだろう」
戦いやすいように短縮、簡略化されてきた呪文を、武器の形を変えることができるからといって祝詞に直す有用性は低い、と神官長が言った。
「ローゼマイン、其方は神具を使うのか?」
「そうですよ、おじい様。神殿育ちのわたくしにとって一番身近ですから。どうかしましたか?」
「いや、ローゼマインのように自在に神具を扱う者を知らなかったので驚いたのだ。神殿育ちにも色々あるものだな」
おじい様は青色神官上がりの騎士が神具を扱うところを見たことがないらしい。わたしは処刑されてしまったシキコーザしか神官上がりの騎士を知らないので、「神具は結構便利なのですけれど、何故使わなかったのでしょうね?」としか言えない。首を傾げたわたしを見て、神官長が呆れ顔でカトラリーを置いた。
「普通の貴族は神殿に近付かぬから、神具を見ることも触ることもない。神殿育ちの者はそれを汚点と考えるので、神具を自分の武器にしようとは考えないだろう。何より、神具として使うには魔力が多く必要になるので、普通の神官上がりの騎士には荷が重い」
「精巧な魔法陣や彫刻があるため、シュタープを変形させるには向かぬという理由もあるだろう。祭壇にあるのをちらりと見たことがあるが、明確に思い浮かべるのは難しいぞ」
お父様の言葉に養父様も頷いた。
「更に付け加えるならば、神具を便利な物扱いする者が君くらいしかいない。神々の扱う神具を自分が使うために具現化するなど畏れ多い」
「フェルディナンド様だけには言われたくありません! 神具を便利に使っているのはフェルディナンド様ではありませんか!」
わたしの武器としてライデンシャフトの槍を持ってきたのも、敵の攻撃を防ぐために闇の神のマントが使えることを教えてくれたのも神官長だ。自分の所業を棚上げしないでほしい。
「闇の神のマントは最後の手段や隠し玉としなさい、と私は教えたはずだ。自分の攻撃を当てるための目隠しなどという愚かな目的のために気軽に使うのではない、馬鹿者」
「申し訳ございません」
闇の神のマントは敵の魔力を吸い取り、自分の物にすることができる神具だ。魔力が枯渇し、追い詰められた時の最後の手段にしろ、と確かに言われた。視界を防げる大きな布、と考えた時に思いついたのが闇の神のマントだけだったので、使ってしまったのはわたしだ。
……そう言われると、確かに便利に使っているのはわたしの方だね。
「そういうわけでターニスベファレンの視界を覆うことに成功して、コルネリウス兄様とヴィルフリート兄様とトラウゴットの攻撃で討伐することができました。その後、わたくしの貢献度はそれほど高くなかったので、素材回収はコルネリウス兄様やローデリヒに任せて採集場所を再生する儀式を行ったのです」
マントから話題を逸らし、わたしがさっさと話を進めると、険しい顔でおじい様がストップをかけた。
「ちょっと待て、ローゼマイン。闇の祝福を皆の武器に与え、ターニスベファレンの注意を引きつけ、最終的には視界を奪って動きを止めた其方の貢献度が低いわけがなかろう」
おじい様の指摘にわたしは首を傾げた。あの現場では誰も文句を言っていなかったと思う。貢献度が最も高かったのはコルネリウス兄様で、次点でヴィルフリートだったはずだ。ローデリヒのためにもらった魔石の素材を考えても、わたしの貢献度はそれほど高くなかった。
「貢献の順位はダメージを与えた順番ではないのですか?」
「ダメージを与えるための準備こそが肝要ではないか。話を聞いた限りでは、襲ってきた黒い魔獣をターニスベファレンと即座に判断できたレオノーレ、戦う術を与えたローゼマインの二人の貢献度が最も高い。多くダメージを与えた順で貢献が決まるような考え方だから、功を焦って突っ込むトラウゴットのような馬鹿者が出るのだ」
おじい様によると、貢献度の順位付けが間違っているらしい。わたしは他の意見を求めて、養父様やお父様へと視線を向ける。皆が口を揃えて、貢献度の決め方が間違っていると言った。
「いくら連携について教えたところで、攻撃した者しか貢献に数えられぬのであれば、根底では皆が攻撃のために突っ込むことしか考えないようになる。いくら連携を教えても身に付かぬ」
「速さを競うディッターしか行っていない弊害だろう。貢献についての教育も必要だな。貴族院では一体何を教わっているのだ?」
騎士達を鍛え中の皆に苛立たしげにそう言われ、わたしは騎士見習いの座学を思い出す。貢献度を決めるための注意事項もあったはずだ。
「座学では習っていますよ。でも、座学と実践が乖離していて、実感はできないようです。去年のレオノーレがそう言っていました」
「今回の貢献に関する判断を行ったのがコルネリウスで、他から異論が出なかったところが最も大きな問題だ。全員まとめて要教育だな」
どうやら騎士見習い達への特訓はまだまだ続きそうである。
そして、ハンネローレに借りた本を読んで数日を過ごし、お母様と養母様とのお茶会の日となった。今日は三人だけである。養母様とお母様はわたしにとって社交の先生なので、ある意味、とても緊張するお茶会である。
「強制的に帰還させられてしまって残念ですね。お友達との交流を楽しみにしていたでしょうに」
……お友達がハンネローレ様くらいしかいないので問題ありません、なんて言えないよ! ついでに、図書館に籠っていられたら交流なんて別に、とはもっと言えない!
冷汗が出そうになるのを感じながら、わたしはできるだけ殊勝に見えるように少しばかり俯いた。
「ヒルデブラント王子を相手に色々と失敗していたようなので、仕方がありません」
「わたくし、ローゼマインを厳しく叱らないように、とジルヴェスター様には申し上げたのですけれど、厳しく叱られたのですか?」
今年は怒られないな、と思っていたら、なんとガッツリお説教をする予定だった養父様を養母様が叱ったらしい。貴族院の成績を一気に押し上げて、流行を発信し、これまでにはなかった上位領地との交流を持った功績も見ずに叱るだけなのは子供の教育に良くない、と。
「もちろん、ローゼマインの社交に問題がないとは言いません。学ばなければならないことはたくさんあります。でも、ローゼマインの頑張りを認めないのは別ですからね。ローゼマインが神殿育ちで貴族の常識が足りないことを知っているのですから、その擦り合わせが先でしょう、と申し上げたのです」
そう言って養母様が優しい微笑を浮かべる。なんと神官長にも「教えたことができていないのならば、叱れば良いでしょう。けれど、口に出してきちんと教えていない常識の違いが原因だった場合は、自分達の教育が足りてなかったのだと自省なさいませ」と大きな釘を刺してくれたらしい。
「去年の今頃に比べれば、社交も良くなっていますもの。ローゼマインはエーレンフェストのために努力できる子ですから、わたくしはそれほど心配していません」
……おぉ、養母様が聖母に見える!
保護者達からはなかった激励の言葉に感動して、わたしは養母様を見た。本当に聖母のような微笑を浮かべたまま、養母様は更に笑みを深める。
「貴族院でお友達もたくさん作るのですよ。仲の良い友人はかけがえのない宝になりますから」
「は、はい」
……養母様、それ、わたしにとってはかなり難題です。
保護者達の怒りに満ちたお説教から救ってもらい、「友達を作ろう」という言葉も善意だとわかるから、尚更、友達よりも本が読みたいとは言いにくい。
……ああぁぁ、養母様の笑顔と期待が重いよ!
お茶を飲むことで誤魔化してみるが、心の中は阿鼻叫喚である。
わたしと養母様のやりとりを静かに見ていたお母様はカップを置いて、ハァ、と息を吐いた。何やら愚痴が始まるようだ。洗礼式前にお茶に付き合わされた時に知ったお母様の癖である。
……さて、今日の愚痴は夫か、息子か。
「ローゼマインは努力が見られるからまだ良いのです。問題は我が家の嫁達ですよ」
……嫁だった!
お母様はわたしの後ろに護衛騎士として立っているアンゲリカを見上げて、口を開く。
「アンゲリカは強くなることばかりで、あのエックハルトよりも結婚のことを考えていませんし、社交の場では基本的に微笑んでいるだけで積極的な交流を持とうとしません。結婚すれば少しは変わると思いますか?」
「アンゲリカは全く変わらないと思います。積極的に社交に出て、その場を取り仕切るアンゲリカの姿など思い浮かびませんもの。それがわかっているから、アンゲリカの両親はエックハルト兄様との結婚を辞退したがったのでしょう? 期待する方が間違っていると思います」
わたしの答えに、お母様は「わかってはいるのですけれど」とやるせなさそうな溜息を吐いた。話題に上がっているアンゲリカは逆に嬉しそうな顔で弾んだ声を出す。
「さすがローゼマイン様ですね。わたくしのことをよく理解してくださっています。ローゼマイン様の言う通り、わたくしはそう簡単に自分を変えられません」
「こんなときばかりハキハキ答えなくてもよろしくてよ、アンゲリカ」
アンゲリカに結婚する気が全くと言っていいほどないので、お母様はエックハルト兄様に第一夫人を先に娶るように言ったらしいが、「アンゲリカという婚約者がいながら、別の婚約者を得るのは外聞が良くありません。第一夫人はアンゲリカとの結婚式が終わって、三年ほどしてから考えます」と断られたらしい。
……アンゲリカとの結婚は、アンゲリカが嫁ぎ遅れと言われる二十歳目前を予定していて、更にその三年後に「考える」って、エックハルト兄様は第一夫人を娶る気がないね。
「エックハルトはフェルディナンド様に名を捧げているでしょう? ですから、騎士団長にはなれませんし、我が家の跡取りとするつもりもありません。結婚する気になってくれただけ、まだ良いと思うしかないのですけれど……アウレーリアも、ね」
お母様はゆっくりと首を振った。
「アウブ・アーレンスバッハの姪ですから、社交ができないわけではないのですけれど、社交の場に出すことに苦労するのですよ。まぁ、これからしばらくの間は仕方がないと諦めもつくのですけれど」
「あの、お母様。アウレーリアに何かあったのですか?」
わたしがアウレーリアを心配すると、お母様は養母様と視線を交わした後、クスッと小さく笑うと、声をひそめて教えてくれた。
「懐妊したのです」
「え?」
「子ができたのですよ、ローゼマイン」
わたしは驚きに目を見張って、無言でコクコクと頷きを繰り返す。
「男の子でしょうか? 女の子でしょうか? お祝いに本を準備しなければなりませんね。玩具も。わたくし、これまでにも色々と作ってまいりましたから……」
「ローゼマイン、落ち着いてちょうだい。まだ判明したところですから、このまますんなりと生まれるかどうかわかりません」
「え? どういうことですか?」
お母様の説明によると、赤ちゃんに魔力を注いでいくのが大変なのだそうだ。赤ちゃんに魔力を流さなければ、魔力が低い子が生まれる。かといって、期待をかけすぎて初期に大量に注ぎすぎると流産しやすく、母体にも良くないらしい。久し振りのカルチャーショックにわたしは呆然としてしまう。
……生まれるまでも大変で、生まれてからも魔力量によって扱いが変わるなんて。貴族って大変だ。
「生まれても洗礼式までは大々的に知らせることもないので、決して言いふらしてはなりませんよ」
魔力量によって赤ちゃんがどうなるのかわからないから、というお母様の隠れた言葉を読み取って、わたしはゆっくりと頷いた。
「子ができる、できない以前の問題として、アウレーリアも社交が好きではありませんから、エルヴィーラはレオノーレに期待するしかありませんね。レオノーレならば、エーレンフェストの上級貴族で同派閥ですから、エルヴィーラの後継として上手く派閥をまとめられるようになるでしょう」
養母様がアウレーリアからレオノーレへと話題を移した。ここでレオノーレの名前が出てくる意味を咄嗟に理解できなくて、わたしは何度か目を瞬く。
「え? レオノーレですか?」
「コルネリウスのお相手はレオノーレでしょう? 仕事に差し支えないように周囲には伏せていると聞いていますけれど、ローゼマインは気付いていなかったのですか?」
「はい。全く……」
レオノーレがコルネリウス兄様に思いを寄せているような気配は感じていたけれど、それが上手くいったということには気付かなかった。二人とも、そんな素振りは全く見せていなかったと思う。
「あ、でも、よく思い出してみれば、最近は二人で護衛する機会が増えていたような……? もしかして、わたくしだけ知らなかったのでしょうか? お母様は二人の馴れ初めをご存知なのですか?」
「わたくしも詳しくは存じません。いくら話を聞こうとしても、ランプレヒトのように本にされるのは真っ平です、としか言わないのですもの」
コルネリウス兄様の気持ちはわかる。だが、隠して何とかなることではないだろう。
「レオノーレの親族も知らないのですか? 挨拶が必要なのですよね?」
「コルネリウスの卒業式に同行するための衣装を誂えている時点で知られていますよ。親同士ではすでに何度か話をしています。軽く顔合わせはしているようですよ」
意外なことにコルネリウス兄様はしっかりと根回しをしていたらしい。わたしが神殿にいる時間が長いので、動き回る時間は結構あったようだ。
「ローゼマインには隠すようにしていると聞いていましたけれど、やることが徹底していますね。エルヴィーラの息子らしくて頼もしいではありませんか」
養母様がクスクスと笑いながら教えてくれた。エックハルト兄様から神官長の情報を得ていたお母様を知っているコルネリウス兄様は、二人にとって上司であり、色々な情報を得られる立場のわたしを一番警戒しているらしい。
「コルネリウスの手紙によると、レオノーレの講義が終わり、ローゼマインが奉納式を行っている期間にレオノーレの両親の元へ正式に挨拶に向かうそうですから、その時に詳しい話を聞くつもりなのです。とても警戒されていますから、難しいでしょうけれどね」
「どうしてそこまでわたくしは警戒されているのでしょう?」
情報を得られる立場であるわたしを警戒するのは理解できなくはないけれど、あまりにも徹底しすぎではないだろうか。
「レオノーレを相手に選んだことをローゼマインに知られれば、一緒の護衛任務に就けられたり、食事の時は必ず隣の席にされたり、何かにつけて冷やかされてからかわれたりしそうだと言っていました」
やらないとは言い切れない自分がいる。わたしはそっと視線を逸らした。コルネリウス兄様が卒業してしまえば、からかう材料が半分以下になるので、卒業するギリギリまで隠すつもりだったようだ。
「コルネリウスは卒業してしまう自分よりも、あと一年残っているレオノーレが居心地悪くならないか、心配しているそうですよ。ローゼマインも配慮してあげてちょうだい」
「重々気を付けます」
わたしが頷くと、養母様はお母様に視線を移した。
「エルヴィーラもですよ。貴族院の恋物語が好評なのは存じていますけれど、せめて、両方が卒業してからにしなければ、逃げ場のない寮で居心地が悪くなるのは可哀想ではありませんか」
いずれお茶会で思い出話に花が咲いた時にはレオノーレの自身の口から語られる日が来るでしょう、と養母様が藍色の目を優しく細めて微笑んだ。
「そうですね。すでにたくさんの恋物語が集まっていますから、急ぐ必要はありませんもの。じっくり待つことにいたしましょう」
待つと言いながら隙があれば聞き出そうと漆黒の瞳が燃えている。
「そういえば、ダンケルフェルガーの領主候補生であるハンネローレ様にも恋愛重視の騎士物語は評判が良かったですよ。先日、お茶会で貴族院の恋物語をお貸しして、ダンケルフェルガーに恋物語があれば買い取ります、と文官見習いに宣伝してきたのです。新しいお話が手に入るかもしれません」
「素晴らしいです、ローゼマイン」
お母様が目を輝かせて喜んだ。他領のお話を手に入れるには、やはり貴族院が一番らしい。そして、色々な年代の話が集まれば、本に載っているのが誰の話か特定しにくくなる。匿名性が増せば、更にお話が手に入りやすくなる、とお母様が言った。
「貴族院の恋物語はハルデンツェルの印刷物の中で一番の売り上げを誇っていますから、わたくしが本を書くのはハルデンツェルのためなのです」
どうやらハルデンツェルは恋物語専門の印刷所と化しているらしい。ギーベ・ハルデンツェルは厳めしい顔をしているのに、よく許可が出たものだ。厳しい土地だと言っていたので、売り上げが必要なのはわかるけれど、ギーベ・ハルデンツェルの顔と恋物語が結びつかない。
「あぁ、そうそう。ハルデンツェルといえば、今年の冬の社交界ではハルデンツェルの奇跡が話題になっていますよ」
養母様がポンと手を叩いてそう言った。
「ハルデンツェルの奇跡とは何でしょう?」
「貴女が古い儀式を蘇らせたことですよ」
……え? 話題?