Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (404)
養父様の命令
今、社交界で噂になっているハルデンツェルの奇跡とは、ハルデンツェルの祈念式でわたしが「聖典に載っていたのと違います」と指摘し、ギーベ・ハルデンツェルが「聖典の通りにしてみよう」と決めて儀式を行った結果、雷の女神 フェアドレンナが張り切って一晩で雪を解かし、例年の初夏の気候となった事象を指すらしい。
「わたくしが古い儀式を蘇らせたとおっしゃいますけれど、聖典の通りにしようというギーベ・ハルデンツェルの決断と、ハルデンツェルの女性が儀式を行った結果ですから、わたくしが蘇らせたわけではないと思います。……儀式で歌ったのも、魔力を供給したのもハルデンツェルの女性ではありませんか」
「それはそうなのですけれど……」
お母様は小さく笑いながら、今年のハルデンツェルについて教えてくれた。
社交界の始まりでギーベ・ハルデンツェルから聞いた通り、一晩で完全な雪解けを迎えたハルデンツェルは例年よりも早く、長く畑作業を行うことができ、収穫量がほぼ倍増したらしい。だが、その儀式の効果はハルデンツェルだけだ。わたしがハルデンツェルからの帰りに騎獣から見たように、雷の女神 フェアドレンナの祝福は境界線でくっきりと切れていて、周辺の土地は例年通りの気候だった。
当然のことながら、何が起こったのかとハルデンツェルに隣接する土地のギーベ達が問いかけてくる。ギーベ・ハルデンツェルは自分の決断を棚に上げて、「エーレンフェストの聖女が起こした奇跡」と答えたそうだ。
……そんなハルトムートみたいなことを言わないでっ!
「そういうわけで、多くのギーベから古い神事のやり方について質問と面会依頼が殺到していますよ。どうしますか?」
「……わたくしが答えられることなどございません。詳しくはギーベ・ハルデンツェルに尋ねてください、とギーベ達に答えてくださいませ。わたくしは何を尋ねられても答えられません」
わたしはそう言って、首を振った。ハルデンツェルの儀式を見ていない養母様は不思議そうな顔で「ローゼマインが助言したのでしょう?」と首を傾げる。
「わたくしは長い年月の中で男女が入れ替わっていることを指摘しただけなのです。他には残っていない古い歌詞を守ってきたのも、古い儀式のやり方を続けてきたのもハルデンツェルの人達ですもの。わたくしはあの儀式の舞台のどこに人を配置するのかさえ存じません」
歌が聖典の詩と同じことには気付いたけれど、聖典を読んでいるだけでは儀式で歌として使うことさえわからなかった。それに、ギーベ・ハルデンツェルに言われて一緒に儀式を行ったけれど、わたしは立ち上がるタイミングさえ逃して、舞台にしゃがみ込んだままだったのだ。わたしが起こした奇跡とは言えないと思う。
「それに、他のギーベ達と面会すれば、次の祈念式に来てほしいとお願いされるでしょう?」
「それが最大の面会目的でしょう。少しでも早い春の到来を、とどのギーベも望んでいるでしょうから」
エーレンフェストの中でも冬が長いハルデンツェルで育ったお母様は北の方の土地がどれだけ雪解けを待っているのか、丁寧に教えてくれる。麗乃時代に比べれば、このエーレンフェストの街でさえ冬が長いのだ。
「春を切望する気持ちはわかりますが、わたくしが全ての土地の祈念式に向かえるわけではありません。今年はグーテンベルクを連れて行く予定があったので、ハルデンツェルに向かいましたけれど、次の春に向かう予定はありませんもの」
他の青色神官との兼ね合いもあるし、時間的、体力的な理由でわたしが全ての土地を回るのは難しい。次の春はハルデンツェルにも行かない予定なのだ。
「……わたくしとしては冬に印刷したできたてほやほやの本を読めるでしょうから、ハルデンツェルに行きたい気持ちはあるのです。けれど、毎年ハルデンツェルばかりに行けば、贔屓していると言われて、後々大変なことになりますよね?」
「ハルデンツェルばかりに向かうことはできませんね」
養母様が頷きながら、「ローゼマインは祈念式ではなく、本を読むためにハルデンツェルに行きたいのですね」と笑った。それ以外にわたしが動く理由があろうか、いや、ない。
「ハルデンツェルの奇跡関係を面会理由に挙げている方は、全てお断りしていただきたいです。儀式のやり方や舞台について知りたいのならば、ギーベ・ハルデンツェルに尋ねていただいた方がより詳しい答えが返るでしょう」
わたしの言葉にお母様が頷いた。
「ローゼマインの言い分は理解できました。儀式について知りたがるギーベの相手はお兄様にお任せいたしましょう。それから、こちらをローゼマインに。ハルデンツェルからの贈り物だそうですよ。わたくしとお友達で書いた新しい恋物語です」
ギーベ・ハルデンツェルからのお土産ということで、お母様の新作恋物語を一冊もらった。新しい本を見ながら思いついたことを口に出す。
「お母様、儀式に使う歌詞を印刷して、他のギーベに売ればいかがですか、とギーベ・ハルデンツェルに伝えてくださいませ。せっかく印刷機があるのですし、そうすれば、他の土地でも歌詞を保存することができますから」
お母様が目を丸くした後、クスクスと笑って頷いた。「保存するために配布するのではなく、売るというところがローゼマインらしいですね」と言って。
お茶会の後は早速部屋で新しい本を読む。いくつかある恋のお話の中に、下級騎士がギーベの娘に恋をして、必死に魔力を上げたけれど、結局叶わなかった悲恋物語があった。
……多分、これ、ダームエルだ。
名前が違ったり、ブリギッテの役どころがギーベの妹から娘になったり、領主一族の護衛騎士ではなく、名を捧げた主と恋情の板挟みだったり、創作らしく変わっている部分はあるけれど、大筋がそのままである。
クライマックスでは恋しい女性と名を捧げた主のどちらを選ぶのか苦悩するシーンで神様が出てきて嵐を起こして大暴れし始めて、その苦悩の深さが表現され、その後には女神が出てきて詩を口ずさみ、長い袖を振って、雨を降らしたことで、花が萎れていった。前後の関係から読み取ると、失恋の辛さを表現しているのはわかる。ただ、情景は綺麗でも、どのくらい辛いのか、やはりよくわからなかった。
……話の流れはわかった。うん。
城での生活は単調だ。午前中は子供部屋に出かけて、子供達の様子を見ながら本を読んだり、新しいお話を書いたり、フェシュピールの練習をしたり、騎士達の訓練場に行って、ラジオ体操をして軽い運動をしたりする。でも、どれもこれも他の子供達と一緒にはできない。勉強面と体力面では逆の意味になるが、レベルが違いすぎるのだ。
やっていることのレベルが違っても、一緒に過ごすことで子供達一人一人の性格や考え方は見えてくる。二年間寝ていて年下の子供達と全く交流がないわたしは、子供部屋へ極力足を運ぶように、と言われている。
そして、午後からは養父様の執務室に行って、ヴィルフリート用に設置されている机で貴族院から届いている報告書に目を通して、返事が必要ならば返事を出したり、養父様のお仕事を手伝ったりすることになっている。こうして養父様と机を並べ、一緒に仕事をするのは初めてで、ちょっと楽しい。
神官長の言葉で養父様はものすごくサボリ魔だと思っていたけれど、実際に見ていると意外と仕事をしていた。ヴィルフリート兄様と並んで仕事をするようになって、父親のプライドで逃げ出せなくなった頃からどんどんと仕事が増えて、今では逃げようがなくなったらしい。「大変ですね」と労ったら、「次々と仕事を増やしたのは其方だ」と軽く睨まれた。
……うん。まぁ、ヴィルフリート兄様もシャルロッテも皆が頑張っているんだし、養父様も精一杯頑張ると良いよ。
実は、わたしが一緒にいれば養父様もサボれないだろう、と神官長に言われている。わたしは養父様の監視役なのだ。ちなみに、わたしの報告書がなくなり、頭を抱える必要がなくなった神官長は社交界で情報収集に励んでいる。
「今日のハルトムートの報告書にはローゼマインが喜ぶおまけが付いているぞ」
先に目を通した養父様が笑いながらバサリと厚みのある紙束を渡してくれた。さっと目を通して、わたしは歓喜の声を上げる。
「さすがハルトムート。有能ですね! ダンケルフェルガーの恋愛話をいくつか手に入れてくれるなんて!」
本好きのお茶会に来ていたハンネローレの文官見習いがダンケルフェルガーの恋愛話を集めてくれているようで、二つのお話を送ってくれたのだ。
……頑張って集めてくれているダンケルフェルガーの恋物語作家はクラリッサさん。よし、覚えた。部屋に戻ったら、このお話を読んで、本にできるかどうか、またお母様に相談しなきゃ。うふふん、ふふん。
ハルトムートが送ってくれた恋愛話を読みたいのを必死に我慢しながら、わたしはヴィルフリートの報告書に目を通した。ヴィルフリートはわたしが帰還したことで少し平和な貴族院生活を送っているらしい。ドレヴァンヒェルのオルトヴィーンと実技で争っている様子の報告書だ。
……どっちの方がカッコいい武器を作れるかなんてどうでもいいよ。
次に読んだシャルロッテの文官見習いマリアンネの報告書によると、一年生が全員座学を終えたらしい。ただ、実技に苦戦している、と書かれていた。シャルロッテはシュタープの変形の実技で、何か流行を生み出してくれるのではないか、と周囲に注目されて困っているらしい。せっかくなので、女紋の情報を書いて、一年生の女子生徒に広めてみてはどうか、と提案しておいた。
「ローゼマイン、少し休憩しよう」
5の鐘が鳴ったら、午後の休憩だ。この時間に養父様とお喋りをする時間ができたのが、この冬一番の収穫かもしれない。よく考えてみれば、こうして養父様と向き合って話をする機会はほとんどなかった。お茶を飲み、お菓子を食べながら、話をするのは結構楽しい。
「ローゼマイン、子供部屋の様子はどうだ?」
コルデの蜂蜜漬けのタルトを食べながら、養父様が尋ねてきた。わたしはリヒャルダが淹れてくれたお茶を飲みながら、午前中の子供部屋の様子を思い浮かべる。
「領主候補生がいなくても、モーリッツ先生のおかげで滞りなく進んでいたようです。子供達のお勉強は順調でした」
「ほぅ、それは何よりだな。ところで、其方の体力作りはどうなのだ?」
「それは追々……。誠心誠意努力中です」
……努力が足りてないって神官長には言われたけど。
ニッコリ笑って誤魔化しながら、わたしは話題を変える。
「そういえば、今日の午前中に子供部屋でリヒャルダに側近を選ぶように、と言われたのです」
わたしの側近であるコルネリウス兄様やハルトムートが今年卒業する。来年にはレオノーレが。下の人員の補充もしなければ、貴族院の側近がいなくなってしまうのだ。同学年かそれより下で、側仕えを二人、護衛騎士を三人、文官を一人くらいは選ばなければならないと言われた。
「確かに必要だな。其方は選別基準が他の者と違うので、トラウゴットのように辞任する者を出さないためにも自分でよく見て選んだ方が良かろう」
ダームエルやフィリーネという下級貴族を入れたり、名を受けてローデリヒのように旧ヴェローニカ派を入れようとしたり、他の者には何を基準に側近を選んでいるのかわからないらしい。
「選びたいとは思っているのですけれど、領主候補生の年齢が近すぎるので人数がいないのです。メルヒオールの側近候補も必要でしょう? もう決まっているのではありませんか?」
春にはメルヒオールの洗礼式があると聞いている。洗礼式を終えれば、メルヒオールも北の離れで住むことになり、側近が付けられる。そのため、側近候補の奪い合い状態になっているのだ。
「わたくしは自分が気に入った者ならば、特に身分にはこだわらないのですけれど、そうも言っていられないのですよね」
わたしがこだわらなくても周囲は気にするし、貴族院で他領との交渉を行う時にはやはり身分が必要になる。側仕え、文官、護衛騎士にそれぞれ一人は上級貴族が欲しい。
「それで、考えたのですけれど、貴族院ではメルヒオールと上級貴族の側近を兼用するというのはどうでしょう?」
ぶぼっと養父様がお茶を吹き出し、お茶の給仕をしていたリヒャルダが目を剥いた。
「姫様、側近の兼用だなんて、一体何を考えていらっしゃるのですか?」
「え? メルヒオールとは性別が違うので、側仕えを兼用するのは無理ですけれど、護衛騎士見習いや文官見習いはメルヒオールが入学するまで、貴族院では仕事がないでしょう? ですから、わたくしが使いながら彼らを鍛えるのです。もちろん、わたくしに仕えるのは貴族院にいる間だけの話ですよ」
「其方はまた突飛なことを……」
養父様が自分の側仕えから布をもらって口元を拭うと、こめかみを押さえた。突飛かもしれないが、合理的だと思う。
「だって、貴族院にいる上級貴族を側近にしようと思うと、本当に人数が足りないでしょう? メルヒオールが入学するのはわたくしが最終学年になる時ですから、お互いに助かると思うのです」
「姫様の最終学年はどうするおつもりですか? 側近が全くいなくなりますよ。もう少しよく考えてくださいませ」
リヒャルダが呆れたようにそう言った。確かにメルヒオールに返すので、最終学年の側近は不足するかもしれない。
「最終学年だけ、上級貴族の側近がいないだけですよ。中級や下級はいるのですから、それほど問題はないと思うのですけれど」
いざとなれば、ヴィルフリートやシャルロッテに必要な時だけ上級貴族の側近を借りても良いと思う。わたしの主張に養父様が首を振った。
「シャルロッテの発案ならば頷けたが、ローゼマインには許可が出せぬ」
「何故ですか?」
「エーレンフェストに其方がいて影響力を持つ限り、シャルロッテは恐らくどこか別の領地に嫁ぐことになる。その際に連れて行ける側近はごく少数だ。ならば、護衛騎士や文官をメルヒオールと兼用してもそれほど問題ではない。だが、ローゼマインはヴィルフリートと結婚して、ずっとエーレンフェストにいるのだ。其方を支える側近を選んで育てなければ、後々自分が困るぞ」
貴族院で生活を共にした側近は、その後に側近として入れる者より連帯感があり、親しみを覚えるものらしい。
「……良い案だと思ったのですけれど」
「発想は悪くないが、領主夫人になる其方の立場には向かぬな」
養父様はそう言って苦笑した。
ヴィルフリートと婚約したところで、わたしはいまいち実感がなかったけれど、養父様はわたしを次期領主夫人として見ているらしい。それが何だか変な感じだった。
貴族院からの報告書は毎日のように届いた。ヒルデブラントが図書館に出没することが知られて、図書館に学生が詰めかけ、それ以後部屋から出て来なくなったとか、ハンネローレがシュバルツ達を撫でているところを目撃されて、触りたがった女子生徒が静電気のようなビリビリで撃退されたとか、ライムントが課題を終えたので添削して欲しいとか、様々な報告がある。
「ローゼマイン、こちらはシャルロッテからの報告書だ。ドレヴァンヒェルというよりは、王族からの注文が入っている。ギルベルタ商会への注文は其方に任せるぞ」
養父様がそう言って、わたしに報告書を回してくる。シャルロッテの報告書だった。ドレヴァンヒェルからシャルロッテにお茶会の打診があり、第一王子ジギスヴァルトが卒業するアドルフィーネに贈る髪飾りの注文をお茶会の時に受けることになったらしい。本当は去年のエグランティーヌと同じように、わたしが同席するお茶会で注文する予定だったそうだ。
王族であるジギスヴァルトの名で注文されれば、ドレヴァンヒェルは契約していない領地なのでご遠慮くださいとは言えないし、ドレヴァンヒェルに研究されたくないので渡したくありませんとも言えない。
『お茶会で髪飾りの注文を受けたことがないので、お姉様から助言をいただけると嬉しいです。(シャルロッテ)』
こんな言葉で報告書を締めくくられれば、お姉様であるわたしは張り切って返事を書くしかない。
『お茶会にはブリュンヒルデを同行して、アドルフィーネ様が卒業式にお召しになる衣装の色やデザイン、好きな花をいくつか伺ってください。わたくしの側仕えは衣装に合わせた髪飾りを注文するために必要なことをよく知っています。ギルベルタ商会に話を通しておくので、安心してくださいませ。(ローゼマイン)』
ブリュンヒルデに頼んでおけば、きちんとした注文書が届くはずだ。問題は注文されるギルベルタ商会の方である。
「お茶会で注文を受けて、その注文書が届くまで数日かかるでしょうけれど、ギルベルタ商会に先に連絡を入れたいですね。職人の確保、糸の在庫確認など早目に準備ができるでしょうから」
「なるほど。だが、この大雪の中、使いを出すのは難しいぞ。もし、返信が必要ないのならば、魔術具の手紙が使えるのだが」
養父様がそう言うと、養父様の文官がすぐに魔術具の手紙を持って来てくれた。これに書いて飛ばすと、白い鳥になった手紙が魔力のない平民の元にも届くそうだ。相手が平民では返信ができないけれど、相手が魔力のある貴族の場合は、返信用の紙を入れておけば返事が戻って来るらしい。
……そういえば、ゲオルギーネ様から前神殿長に届いた手紙には返信用の紙も入っていたね。
わたしは魔術具の手紙をありがたくもらって、今年の冬も王族からの注文が来ること、詳しい注文書は数日後に届くので、今の時点でできる準備を始めておいてほしいこと、図書委員の腕章の追加が必要なことを書いて送った。
……今年も王族の無茶振りが来ちゃったよ。ごめんね、トゥーリ!
心からトゥーリに謝っていたら、5の鐘が鳴った。お茶の時間だ。
「まさか今年も王族から髪飾りの注文が来るなんて考えていませんでしたよ」
「其方、意外と先の見通しが甘いな。第二王子がクラッセンブルクに贈ったのだ。ドレヴァンヒェルの領主候補生が第一王子に嫁ぐという話が来た時に多少の予測はできたであろう?」
……できませんでした。
「ずいぶんと心配しているようだが、去年も見事な髪飾りを作っていたではないか。其方、自分の専属を信用していないのか?」
「信用しています。わたくしの専属が一番ですから」
「ならば、問題なかろう」
平然とした顔でそう言って、養父様はお茶を飲んだ。そう言われると大丈夫な気がしてきた。
……わたしのトゥーリが一番だから、大丈夫。
「そういえば、其方はギーベ達の面会を全て断っているそうだな?」
「はい。ハルデンツェルの奇跡について、わたくしが答えられるようなことはありませんし、祈念式に来るように依頼されてもわたくしの一存では答えられません。全ての面会にフェルディナンド様をお付き合いさせるわけにはまいりませんもの」
「それはフロレンツィアから聞いている」
そう言った養父様がカップを置くと人払いをした。内密の話をするらしい。文官達やお茶の給仕をしていた側仕え達が静かに退室していく。
「カルステッド、アンゲリカ、其方等も出てくれ」
お父様が出されるのは初めてだ。驚きに目を見開きながら養父様を見た後、わたしはそっとカップを置いて姿勢を正す。
「ハルデンツェルの関係で何か問題があったのですか?」
「うむ。どうしても其方に面会を、と頼むギーベが数人いるのだ」
……そんな話に人払い?
わたしが首を傾げていると、養父様は気まずそうに一度咳払いした。
「話を聞くだけで古い儀式をすぐに復活させられる土地はギーベ・ハルデンツェルと面会するだけで良い。だが、すでに神事のための舞台を壊してしまった土地もあるらしい。舞台を作り直すことができないか、神殿長である其方に相談したいそうだ」
「そんなの、わたくしが知るわけないでしょう。儀式に使う舞台を壊すなんてバカですか?」
養父様の言葉にわたしは思わず顔をしかめた。神に祈って魔力を使って祝福をするこの世界で、儀式に使う舞台を壊すなんて信じられない。
怒りを露わにするわたしを見ながら、養父様は仕方がなさそうに軽く息を吐いた。
「其方の言う通り、愚かな所業だが、其方が神殿長となるまで神事がそれほど重視されていなかったからな」
「大体、自分の土地のための大掛かりな魔術具を守ったり、作ったりするのがギーベのお仕事ではありませんか。自分の仕事を満足していなかったギーベと面会するなんて時間がもったいなすぎてできません」
わたしはダンケルフェルガーの本を写すのがとても忙しいのだ。ソランジュ先生にお借りした資料の研究に加えて、お母様の新しい本もあと数回は読み直さなければならない。とても面会時間なんて取れない。
「残念ですが、聖典には載っていませんし、舞台の管理は神殿長の職務ではありません。ご自分の土地の古い文献でも探して、作り直すしかないでしょうね」
本当に春を呼ぶことができる儀式を蘇らせることができれば、特に北の方は収穫量が大幅に変わり、生活がぐっと楽になる。それはわかるけれど、舞台の作り直しはわたしの仕事ではない。
「ふぅむ、其方でもわからぬか……」
「わかりませんよ。聖典は神々に関する話は載っていますし、儀式の挿絵がところどころにあります。でも、神事の舞台の作り方や古い魔法陣が載っているわけではないのです。そんなものが載っていたら、とっくにフェルディナンド様に知らせていますし、フェルディナンド様が嬉々として研究しているはずです」
聖典と聖女に期待しすぎですよ、とわたしはパタパタと手を振った。養父様は神妙な面持ちで頷く。
「確かにそうだ。だがな、ローゼマイン。ギーベからの要請があり、アウブである私から命じられたため、其方は儀式の舞台に関する記述を探し、聖典を研究しなければならないのだ」
そこで養父様は深緑の瞳をキラリと光らせてわたしの方へ身を乗り出し、声をひそめた。
「という建前があれば、神殿に戻って読書時間が確保できる」
「わぉ」
……なんて魅力的な建前。
「数日間でよくわかったが、其方はフェルディナンドに毒されて子供の体で働きすぎだ。フェルディナンドが社交に精を出している間、少しはゆっくりしろ。貴族院からの帰還理由は静養であろう?」
養父様はそう言った後、ニッと笑って命令した。
「ローゼマイン、神殿に戻って聖典の見直しを行え。儀式や舞台に関する記述が見つかることを心より願っている」
「確かに拝命いたしました」