Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (407)
冬の神殿生活
養父様の命令で神殿に戻ってきて聖典を調べています、という体裁で城には戻らず、わたしは読書に精を出していた。ハンネローレから借りた本をじっくりと読んでいるところである。ダンケルフェルガーは魔獣や魔木などの魔物が出現しやすい土地のため、強くなければならないようだ。
この本にはさまざまな種類の魔物が登場し、どんな魔物をどのように倒したのかが、神々を称える詩を交えて壮大に書かれている。騎士物語というよりは、ポエム付き討伐日記のような感じだ。出てくる神様が基本的にライデンシャフトの眷属ばかりで、文章を読んでいるだけなのに、ルーフェンの暑苦しさというか、汗臭い感じがよく伝わって来る。
……ディッター好きな土地柄なのは、よくわかったよ。
ダンケルフェルガーの文官見習いであるクラリッサからハルトムートが預かってきてくれた恋愛話も読んだ。ダンケルフェルガーの恋愛話はよく知られている騎士物語の中で、お母様が好んで書いた恋愛色の強い騎士物語とは違って、強さを誇示しようとする騎士に女性が課題を出す、竹取物語っぽいものだった。無茶振りに耐えて、勝つまで戦い、魔獣の魔石を取ってきて、愛する女性に捧げるのが、ダンケルフェルガーの男の愛情のようだ。策士の女性に振り回されても、愛する姿勢を変えない騎士の猪突猛進、もとい、健気さが涙を誘う話だった。
……頑張れ、ダンケルフェルガー男子!
借りてきた話を読んでいると、神官長も一通りの社交を終えたようで、神殿へ戻ってきた。奉納式までハルトムートの描いた魔法陣を研究して過ごすのだそうだ。奉納式の準備はカンフェルとフリタークを中心に、灰色神官達に任せておけば問題ないので、束の間の休息を取ると言う。
「奉納式の後、わたくしは貴族院へ戻るので忙しくなりますけれど、神官長はその時期に休息を取れば良いのではありませんか?」
問題児と言われているわたしがいない時にゆっくりすればいいのに、と提案すると、薄い金色の目でじろりと睨まれ、「馬鹿者」と冷たく言われた。
「自分の目が届かず、手が届かないところで君が何をしでかすのか、報告書を読むだけで手出しができないため、非常に頭が痛くなる日々になるというのに、休息など取れるはずがなかろう」
「あぅ、申し訳ございません」
こうして引き籠って本を読んでいられたら、それだけでわたしはとても幸せなのだが、貴族院ではどうにも上手くいかない。わたしがそう言うと、神官長は自分の側仕えを振り返り、持たせていた紙を数枚、わたしに差し出した。
「その貴族院からギルベルタ商会への注文書とシャルロッテからの質問書が届いた。質問書には君の回答が必要だ」
わたしは神官長に渡された注文書に目を通す。ブリュンヒルデが丁寧に書き込んでくれた注文書で細かいところまできっちりと書かれていた。これがあれば糸を選ぶのも、デザインを選ぶのもそれほど大変ではないだろう。
「少し吹雪が弱まった時を見計らって、ギルベルタ商会を呼びますね。わたくしの春の衣装の注文もしなければならないので」
わたしは久し振りにトゥーリに会いたい。それに、ハルトムートもフィリーネもいないので、今回の会談ではちょっと態度を緩めてもいいのではないだろうか。そう思っているのが顔に出ていたのか、神官長は何とも複雑な笑みを浮かべた。
「君の考えていることがわからないわけではないが、時間がない。職人のためにも注文書だけは招待状と共になるべく早目に渡しなさい」
「はい」
モニカに注文書を手渡し、孤児院で手仕事の監督をしているギルにギルベルタ商会と連絡を取ってもらえるようにお願いする。モニカが部屋から出ていくのを横目で見ながら、わたしはシャルロッテからの報告書を手に取った。
『ダンケルフェルガーのハンネローレ様からお茶会のお誘いを受けました。そのお茶会で貴族院の恋物語をお友達にも広めたいそうです。お姉様の本ですが、わたくしの権限で他の方にお貸ししても良いですか?(シャルロッテ)』
ハンネローレは貴族院の恋物語をとても楽しく読んだようで、自分のお友達にも本を勧めたい、と考えてくれているらしい。自分が好きな本を勧めて、その感想をまた別のお茶会で語り合いたいのだそうだ。
……何それ、羨ましい! わたし、まさに、今、貴族院に戻ってハンネローレ様とお茶会がしたいよ!
「ローゼマイン、本の貸出許可であろう? そのように苦悩する内容か?」
「うぅ、わたくしが一番参加したいお茶会なのに、わたくしが貴族院にいない時期に開催されるなんてひどすぎます」
「君が興奮しすぎて倒れる姿しか思い浮かばない。この時期に開催して正解だ。本を広げるのはシャルロッテの領分だったのではなかったか?」
神官長から呆れた目で見られ、わたしはむぅっと唇を尖らせる。お茶会の度に倒れるわけにはいかないので、皆の懸念はわかるが、本好きなお友達ができそうなお茶会に参加したいと思って何が悪いのか。
もちろん、貴族院で本を広げていくのは大賛成なので、わたしはシャルロッテに貸出を許可する返事を書く。そこに参加することができないのならば、せめて、土産話が欲しいので、お願いも書き加えておいた。
『シャルロッテの権限で貸すことに問題はありません。どんどん広げてくださいませ。ついでに、文官見習い達を多く連れて行って、お茶会で他の方々から恋物語を聴きとってきてくださいね。お土産話を楽しみに待っています。(ローゼマイン)』
この返事は神官長が城に送ってくれることになった。
注文書をギルに届けてもらい、少し吹雪が弱まった時にギルベルタ商会と顔を合わせることが決まった。久し振りにトゥーリと会えるのを楽しみに、毎朝窓の外を確認する日が続く。その間、わたしは自分と神官長の側仕え達から、神官長と昼食を共に摂るようにお願いされた。また工房から出て来ないらしく、今日は神官長の部屋で昼食を摂ることになったのだ。
本を取り上げられて不機嫌になりたいのはこちらの方なのに、神官長の部屋には不機嫌そうな神官長がいる。
「神官長、研究は程々にしてくださいませ。わたくしがこうして昼食に呼ばれるくらい側仕えが困っていますよ」
ライムントがこんな神官長をお手本にしたら大変だ。わたしが神官長をビシッと叱ると、神官長は眉間に深い皺を刻んでわたしを睨んだ。
「君が本から全く離れようとしないから、この昼食が設定されたと私は聞いている。君こそあまり側仕えを困らせないように」
側仕えから見れば、どっちもどっちだったらしい。わたしと神官長がそれぞれ自分の側仕えを見るのと、エックハルト兄様とダームエルが笑いを堪えるように口元に手を当てるのがほぼ同時だった。
昼食の話題は基本的に神官長の研究内容に関することになる。それ以外は神官長があまり反応してくれないのだ。
「神官長、ライムントの課題は順調なのですよね?」
「あぁ、彼は見所がある。なかなか興味深い改良案を出してくるぞ」
魔力が少ないからこそ出てくる発想が、大きな魔力で問題の大半を片付けてしまう神官長にとっては新鮮らしい。神官長が褒めているくらいなので、ライムントはかなりの腕前なのだろう。
「いつでも良いのですけれど、ライムントの課題に魔力を節約した小さな転移陣を作ってほしいのです。お願いできますか?」
「何のためだ?」
「印刷協会に配布して、本を送ってもらうためです。徴税用の魔法陣を改良する感じで、本を数冊運べるだけで良いのです」
納本制度をわたしが上手く利用するためには、流通を何とかしなければならない。今は一年で数冊なので、冬の社交界の時に持って来てもらえば何とかなるけれど、印刷工房が増えていけば、運ぶのも大変になる。その前に本を運ぶための小さな転移陣が欲しいのだ。
「印刷できる本など大した量ではないのだから、徴税の時に一緒に運んでもらえばよかろう」
「今は全ての印刷工房をまとめても一年で数冊ですけれど、印刷工房がこれから増えていって、一大産業になってしまう前に、流通に関してはよく考えておいた方が良いのです」
わたしの拳を握った力説を神官長は鼻息一つで吹き飛ばした。
「フン。大層ご立派な言い分だが、できあがった本が各地にあるのに、冬まで待つことができないと言っているようにしか聞こえぬな」
……大正解。ばれたか。
「立派な建前が大事だ、と養父様とお仕事をしている中で学んだのです」
わたしがニッコリと笑うと、神官長は眉間を指で押さえて深い溜息を吐いた。
「君は本当にジルヴェスターの悪いところばかりを覚えてくるな。……ハァ。それで、魔力は誰が負担するのだ?」
「しばらくは印刷業に関わる文官にお願いします。将来的には身食いとかコンラートのような魔力を持っている灰色神官の仕事にしたいと考えています。わたくしは元々灰色神官にも職を与えたいと思っていたので、孤児院長を後ろ盾としてプランタン商会に就職させる道が作れないか、と考えてみました。身食いはもちろん、魔術具を持てない貴族の子供達が生きていける道が欲しいです。そうすれば、魔術具を持たない子供を孤児院で引き取る大義名分にもなるでしょう?」
今は貴族が減っているから、少ない魔力の持ち主でも重宝されるが、貴族が増えてくると困ると言われてきた。生きていく術がないのならば、自活できる職を作ってあげれば良い。
「……ジルヴェスターにも相談して、検討してみよう」
「お願いします」
そんなふうにわたしが思いつくことを述べては、神官長の修正や却下が入ったり、神官長が脳内を整理するための独り言のように自分の研究経過を述べていたりするような昼食が三日ほど続いた午後、やっと吹雪が少し収まり、ギルベルタ商会がやってくることになった。
わたしは昼食の後、孤児院長室へと移動する。窓から見える光景は本当に真っ白だった。吹雪は収まっているけれど、雪はずっとちらついている。ニコラとエラによってお菓子を作るために厨房に火が入れられ、二階の暖炉にも火が燃えているおかげで、孤児院長室に入るとふわりと暖かい。わたしはホッと息を吐いて、二階に上がった。
雪が少しでも少ないうちに、と考えたのだろう。比較的早くギルベルタ商会の面々がやってきた。オットー、コリンナ、テオ、レオン、トゥーリの五人である。貴族らしい挨拶を交わした後、わたしは椅子を勧める。座るのはオットーとコリンナの二人だ。トゥーリとレオンがフランに木箱を置く場所を尋ねているのが視界に入った。
「注文書は間違いなく届いていますか?」
「ローゼマイン様が先に知らせておいてくださったおかげで、準備は滞りなく進められました。まさか今年も王族からの注文が届くと、私は考えていませんでした。今、職人が丁寧に髪飾りを制作しているところです」
オットーがそう言いながらトゥーリの方へと視線を向けた。前に会った時よりもまた大人っぽくなったトゥーリが控えめに微笑んでコクリと頷く。どうやらわたしが送った魔術具の手紙は役に立ったようだ。
「去年と違って髪飾りだけではなく、腕章の追加もお願いすることになったでしょう? そちらは大丈夫ですか?」
ジギスヴァルトからアドルフィーネに贈る髪飾りだけではなく、今年はヒルデブラントの腕章も追加しなければならない。大変だろう、と心配しながらわたしが尋ねると、オットーがフッと笑って後ろに立つトゥーリを振り返った。
オットーの視線を受けたトゥーリがすぐさま木箱を取ってきて、テーブルの上に置くと、丁寧に箱を開けていく。そこには何故か三つの腕章が入っていた。
「……え? 腕章が三つもあるのですけれど?」
まさか三つも腕章があると思わなくて、わたしが驚いてトゥーリを見上げると、「すごいでしょ?」と言いたげに青の瞳がちょっと得意そうに笑う。
「こちらは追加の腕章です。貴族院のお友達に差し上げると最初に伺いましたから、追加が必要になるのではないかと考えて、余分を作っておいたのです。どちらの腕章がよろしいでしょうか?」
……トゥーリ、すごい!
おおぉぉ、と感動していると、コリンナが微笑みながら「トゥーリには先見の明があります」と言い出した。
なんと今年も王族や上位領地からの注文があるかもしれない、と秋から髪飾りのデザインをいくつも考えていたそうだ。そのおかげで、慌てることなく今年は髪飾りの作成に取り掛かれたらしい。トゥーリがニコリと笑う。
「ローゼマイン様が大きな注文を取ってくるかもしれない、と予想して準備をしていたのです」
……わたしのトゥーリ、マジ天使。頼りになりすぎる!
得意そうに笑った顔には「お姉ちゃんに任せなさい」と書いてあるようだ。その得意そうな笑顔のまま、トゥーリはもう一つの木箱を持って来た。
「それから、こちらはローゼマイン様のために作った春の髪飾りです。いかがでしょう?」
なんと腕章だけではなく、春の髪飾りまですでにできていた。注文通り、萌え出づる若葉を思わせる髪飾りになっている。
「こちらの髪飾りに合わせられる衣装を誂えるのでしたら、こちらから布を選ばれると良いのではございませんか? 冬にローゼマイン様が注文された三人の職人の布に加えて、似たような風合いの布を準備いたしました」
コリンナの合図でレオンが木箱から布を取り出し、テーブルの上に広げていく。冬の注文を参考にした職人達が、ルネッサンスの称号を得るためにわたしの好みを考えて染めた布だ。どれもこれも似たり寄ったりで、どれが母さんの布か全くわからない。
……今回こそ母さんにルネッサンスの称号を与えようと思ってたのに。
むーんと悩みながら、わたしはトゥーリへと視線を向ける。トゥーリの青い目が一つの方向をじっと見ているのに気が付いた。多分、あの視線の先に母さんの布がある。わたしはトゥーリの目を気にしながら、視線の先にある布の一つを手に取った。
……違うっぽい。
トゥーリの目に「それじゃない!」と焦りが浮かぶのがわかって、わたしは布をじっくりと見る振りをした後、その布を置いて、次の布を手に取った。ハラハラしているようなトゥーリの様子に、わたしはまた布を置く。
……こっちはどうかな?
わたしが次の布を手に取った瞬間、トゥーリの目が輝いた。じっくりと眺めていると、手に汗を握るような表情で食い入るように布を見ている。どうやらこれで間違いないようだ。
「春の衣装はこちらの布で誂えてくださいませ。それから、こちらの布を染めた職人にわたくしからルネッサンスの称号を与えたいと思います」
わたしが真面目な顔でオットーにそう言うと、トゥーリが顔を綻ばせた。わたしがトゥーリの様子を見ながら布を決めたことがわかっていたのか、オットーが苦笑しながら頷き、「職人に伝えましょう」と言った。
……これで母さんも専属だよ。ひゃっほぅ!
衣装のデザインをコリンナとトゥーリと共に決めて注文した後は、下町の情報を聞くことにする。顔を合わせる機会が減っていること、今日は文官達がいないことを考えると、ちょっと突っ込んだ話をするための絶好の機会である。
「オットー、プランタン商会にクラッセンブルクの商人の娘がダルアとして入ったと聞きました。商品の情報の流出など、様々な影響が考えられます。アウブ・エーレンフェストに報告の必要もございます。詳しく教えてくださいませ」
「かしこまりました」
そう言って、オットーがニヤリと笑ってコリンナを見ると、コリンナがクスと小さく笑いを漏らした。
「彼女の名はカーリン。プランタン商会のダルアとして、特例的におよそ一年の契約になっています」
「およそ一年、ですか?」
ダルア契約は普通三年だ。何故たった一年の契約なのか、全くわからない。しかも、およそということは一年だと決まっているわけでもないようだ。わたしが首を傾げていると、「結婚の話が持ち上がったのです」とオットーが突然爆弾発言をした。
……誰が結婚? え? ベンノさんが!?
「エーレンフェストには今、ローゼマイン様が考案され、貴族だけではなく、平民に売れる物がいくつもあります」
夏にやってきた中央やクラッセンブルクの商人は街のために少しでも誼を結ぼうとするギルド長によって、揺れの軽減された馬車でイタリアンレストランへと連れて行かれ、高級な宿や大店の店主の家に泊まっては井戸のポンプを見たそうだ。
「ポンプに彫り込まれているので、名前はすぐに知れます。ローゼマイン様とザックについて詳しく聞けば、新しい商品を次々と作り出し、本物の祝福を与えるエーレンフェストの聖女と聖女が贔屓するグーテンベルクの噂話は次々と入ります。同時に、ローゼマイン様が最も贔屓し、名を与えて独立させたプランタン商会の名も聞こえるのです」
わたしとプランタン商会の癒着はすぐにわかる、とオットーは言った。
「新しい物をいくつも発見し、大きな商機がエーレンフェストにあると悟ったクラッセンブルクの商人が繋がりを得ようとするのは不思議ではありません。最も簡単に繋がりを得る手段は結婚です」
わたしが最も贔屓する商会の店主が独身であるというのは、大領地の商人にとっては恰好の獲物にしか見えなかったのだろう。ギルド長を通して、正式に申し込まれたらしい。
「でも、ベンノは断りました。情報漏えいの心配に加えて、元々結婚するつもりがない」
「……ですよね」
そうしたら、なんとその商人は商売を終えてクラッセンブルクへ戻る際に、娘のカーリンを宿に置き去りにしたらしい。
「何ですか、その強硬手段は!?」
カーリンは「プランタン商会に迷惑をかけられない。手持ちの金で安宿に泊まりながら、父親を追いかけて戻る」と言って、自分の衣装や持っていた装飾品の類を売るためにギルベルタ商会を訪れたらしい。衣装や装飾品の査定をする間、少しでもクラッセンブルクの情報を得るために、オットーがカーリンの話し相手を務めていたらしい。
勝気に笑ってカーリンが「お金はかかりますけれど、船に乗って川を渡れば、フレーベルタークに到着するまでに追いつけるでしょう」と言った瞬間、オットーは驚きに目を見張ったらしい。
「最後に挨拶に来た時に、船は使わないって言っていたけれど?」
自分の言葉にさっとカーリンの顔色が変わるのがオットーにもわかった。旅商人をしていたオットーは知っている。成人して数年の若い女が一人で旅をするのがどれほど大変なことなのか。
「大丈夫です、と言いながら店を飛び出そうとするカーリンを押さえ、ベンノに連絡を取り、ギルド長も含めて話し合いをした結果、来年の夏、父親がやって来るまで住み込みのプランタン商会のダルアとして扱うことになったのです。当然、それが決まるまでに色々とあったのですが……商売のために街の外に出たことで父親を亡くしているベンノがカーリンを一人で街から出すことに難色を示したところを突かれて、ギルド長に上手く丸め込まれました」
ベンノはカーリンに重要な情報を渡さないように気を付ける。ベンノ自身がまずいと思うほど、カーリンが情報を得た時は責任を持って、カーリンを娶り、身内にすることになっているらしい。
「ベンノは情報を取られないように必死だし、カーリンはベンノの嫁を目指して少しでも多くの情報を得ようと必死で、見ていると実に愉しいです」
「……カーリンはベンノに嫁ぎたいのですか?」
父親の独断ではなかったのか。わたしが目を瞬くと、コリンナがおっとりと首を傾げた。
「秋の終わりに何かあったのでしょうね。カーリンの目が以前とは明らかに変わっていました。ベンノ兄さんは逃げきろうと必死ですが、冬の終わり頃には絆される気がします。傍から見ていると、気が合っているようにも見えますから」
孤児院工房のことが知られないように、印刷のことが知られないように、ベンノとカーリンの攻防戦は続いているらしい。傍から見ているとじゃれ合いのように見えるベンノとカーリンのやりとりを聞いて、わたしは心配になった。
「カーリンがダルアとして仕事をしていれば、当然、色々な情報を得るでしょう? わたくしはベンノを信用していますが、相手がクラッセンブルクの商人ですから、少し心配ですね」
大領地の商人が大量に出入りすることになっただけで、あれだけの混乱ぶりを見せるのがエーレンフェストである。エーレンフェストにおけるベンノの腕前は信用しているが、それがどのくらい余所に通用するのかわからない。わたしが心配を吐露すると、オットーが不意に真面目な顔になった。
「最悪の場合は、カーリンを消してでも情報を守る、とベンノが申していました。そのくらいの覚悟でカーリンを引き受けている、とローゼマイン様や領主様に知っていてほしいそうです」
ベンノはそういうところで嘘を吐かない。自分の中で全て処理をすることを覚悟して、カーリンを抱え込んだのだ。
「……わかりました。カーリンのことはベンノに任せます」
そして、カンフェルとフリタークを中心に準備をしてもらった奉納式を終えると、神殿での読書生活は終わりを告げる。わたしと神官長は城へと戻った。