Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (408)
城でのあれこれ
奉納式を終えたわたしは、神官長と一緒に猛吹雪の中を城へ戻ることになった。吹雪がずいぶんと強くなっている。今年も冬の主が観測されるまでもう少しというところだろう。
「城に戻ったら、すぐに貴族院に戻って良いですか? わたくし、ハンネローレ様とお茶会がしたいです。本の感想を語り合いたいのですよ」
わたしの訴えに神官長はものすごく嫌そうな顔になった。
「君の気持ちはわからないわけではないが、魔石がどれだけあっても足りない気がする」
「奉納式でいっぱい空の魔石ができたのですから、ちょうどいいですね」
「……まったく、君は。駄目に決まっているだろう。周りの苦労も考えなさい」
深々と溜息を吐いた後、神官長は「どちらにせよ、貴族院に戻る前に話し合っておかなければならないことがいくつもある。すぐに貴族院に戻るのは無理だ」と言った。そう言われても、神殿の昼食の時に神官長とは色々と話をしたので、改めて話をしなければならないような内容が思い浮かばない。
……ターニスベファレンの話はしたし、ハルトムートから送られてきた素材研究については、一人で何やらブツブツ言ってたし、何かあったっけ?
「あの、何を話すのですか?」
じろりと神官長に睨まれた。水鉄砲の威力を見ておいたり、ユストクスが集めたローデリヒの情報や養父様が調べていた祈念式の舞台について話したり、城でなければできない確認があるらしい。
猛吹雪の中、神官長達の先導により城に戻ると、ドアを開けてくれるノルベルトやリヒャルダの姿が見えた。コルネリウス兄様とレオノーレの姿もある。
話を聞いた上で二人が並んでいるところを見ると、恋人っぽく見えるから不思議だ。きっと貴族院での講義を終えて、二人でレオノーレの家族に挨拶をしたに違いない。
「おかえりなさいませ、ローゼマイン様」
「ただいま戻りました。……コルネリウスのお相手はレオノーレだったのですね。わたくしだけ知らなかったのですか?」
「ローゼマイン様だけ、というわけではないと存じます」
ほとんどの人が知っているに違いないと確信を持てるような回答とコルネリウス兄様の表情だった。レオノーレは一歩下がったところに控えていて、静かに微笑んでいるだけだ。
「それで、レオノーレの御家族へ挨拶は終わったのですか? 反対はされませんでした?」
「万事
恙
なく」
さらっと答えられた。このできる男って感じがちょっとイラッとするのはわたしだけだろうか。きっと仲間外れにされているわたしだけだ。そう思っていたら、ダームエルの笑顔もちょっと引きつっていた。それを見て、苛立っていた心が一瞬で凪いでいく。
……ダームエルは相手を見つけるのも大変だから、かなり年下のコルネリウス兄様に身分も魔力も釣り合う同僚の恋人ができたら、微妙な気分になるよね。わかる。わかるよ。
「では、護衛騎士の交代を」
ノルベルトの声に反応して、護衛騎士が交代する。神殿でずっと護衛をしてくれていたアンゲリカとダームエルは数日間の休暇を得て、冬の主に備えることになっている。城での護衛はコルネリウス兄様とレオノーレに任されるのだ。
アンゲリカとダームエルが騎士寮へと戻るのを見送り、わたしはコルネリウス兄様とレオノーレに向き直った。目が合った瞬間、コルネリウス兄様がわずかに身構えたのがわかる。
……そんなに身構えなくてもからかったり、いじめたりしないよ。
「貴族院の話を聞かせてくださる? わたくし、神殿にいたので、回答の必要がある質問書には目を通したのですけれど、それ以外は全く知らないのです」
「かしこまりました」
わたしは部屋に戻る道中に二人から貴族院での報告を聞いた。去年と違って、シャルロッテを中心にお茶会が何度か開催され、貴族院の恋物語の回し読みが上位領地の女生徒の間でかなり流行し始めているらしい。
「わたくし、今すぐにでも貴族院に戻って語り合いたいです」
「また倒れるので止めてください。側近の苦労も考えていただきたいです」
神官長と同じようなことを言われて止められた。神殿から持ち帰った荷物が部屋に運び込まれ、リヒャルダとオティーリエの手で片付けられていくのを横目で見ながら、わたしは本を読んでいく。
その日の夕食は領主夫妻と神官長と一緒だった。メルヒオールの洗礼式の打ち合わせが今日のメインの話題だ。メルヒオールの洗礼式は貴族が各領地に帰る前に行うのが一番なので、春を寿ぐ宴と共に行うそうだ。
「フェシュピールの演奏を奉納するお披露目がないだけで、洗礼式自体は冬と同じですね」
「そうだな」
「養父様。そういえば、舞台の資料は見つかったのですか?」
ハルデンツェルと同じように祈念式を行うための舞台を作り直したいと考えるギーベ達のために、養父様は領主だけが入れる資料室を漁っていたはずだ。養父様によると、魔法陣の記述だけは見つかったらしい。けれど、舞台に関する資料はまだ見つかっていないそうだ。
「資料が多すぎるのだ。一人で探すのは大変すぎる。その舞台の正式名称か、せめて、いつ頃作られた物なのかがわかれば、かなり楽に探せるのだが……」
儀式に関する物は大量にありすぎて、魔法陣に関する物もたくさんありすぎて、どれが肝心の資料なのかわからないらしい。連日の探し物に疲れた顔をしている養父様に、わたしは資料室に入れる好機を見出し、バッと挙手した。
「養父様。わたくし、お手伝いいたしますよ!」
「駄目だ。あそこに入れるのは領主だけだ」
笑顔でお手伝いを申し出たけれど、養父様には即座に首を振って却下された。無念すぎる。
「純粋にお手伝いをしたいだけなのに、ダメなのですか?」
「あぁ」
「養母様にお手伝いしてもらうこともできないのですか?」
「あぁ」
……わたしが入れない資料室。領主夫人も入れない、領主だったら入れる資料室。領主しか入れないなら……
「ローゼマイン、領主しか入れないのならば、領主になればいい、などと言い出すのではなかろうな?」
ピッタリと思考をトレースしたような言葉が神官長の口から出てきて、わたしはギクッ! と体を震わせた。
「何をおっしゃいますの、フェルディナンド様? まさかそのようなこと……。ほほほほほ」
笑って誤魔化してみたものの、神官長の目は未だに険しい。
……そんなふうに睨まなくても、領主になれないことはわかってるよ。神官長に殺されそうなことはしないから。
神官長にじろりと睨まれたままの夕食を終え、メルヒオールが就寝の挨拶に来たのを見て、わたしも皆に挨拶して部屋に戻ることにする。食堂から出ようとしたわたしを神官長が呼び止めた。
「ローゼマイン、明日は3の鐘が鳴った後、騎士団の訓練場に行くように。貴族院に戻るまでに君が作った新しい武器の威力を確認しておきたい」
「わかりました」
神官長に言われた通り、3の鐘が鳴ったので、わたしは騎士の訓練場に向かった。まずはラジオ体操だ。体力作りをしていると、神官長がやってきた。興味津々のおじい様やお父様も一緒で、新しい物好きな養父様もいる。その側近が一緒なので、ものすごい大所帯である。
「さぁ、ローゼマインの新しい武器を見せてくれ」
「はい、おじい様」
おじい様の催促に応えて、わたしはシュタープを出すと、「水鉄砲」と唱えて変化させた。
「聞いたことがない呪文で、見たことがない武器だな」
養父様がそう言いながら、意見を求めるように神官長へと視線を向ける。神官長は腕を組んだまま、ゆっくりと首を振った。そして、じっとわたしが握っている水鉄砲を見つめる。
「私も聞いたことがないし、見たことがない。ミズデッポウと言ったか? これをどのように使うのだ?」
「多分、この中に入っているのが魔力だと思うのです」
わたしは半透明の水鉄砲を振って、中の液体を揺らして見せる。神官長が眉間に皺を刻んで顔を近付けてきた。
「これは武器として使うとよく考えなければ、武器にならないのです」
「どういうことだ?」
「元々は玩具なのですよ。こうして、撃つだけならば、武器にならないのです」
わたしは水鉄砲をピシュピシュと撃って見せる。ピチャピチャと音を立てて近くの地面に液体が降り注ぎ、すぅっと消えていくのを見て、神官長が「ふむ」と一つ頷いた。玩具の水鉄砲を見た養父様が、目を輝かせ、練習用の人型のような物を指差す。
「武器として使ってみろ、ローゼマイン。私はそちらが見たい。フェルディナンドの弓のように使えるのであろう?」
わたしは一つ頷くと養父様の要望通り、水鉄砲から矢を撃ち出すことにした。少し遠いところにある人型に向けて水鉄砲を構える。一度軽く目を閉じて、神官長の矢をイメージし、引き金を引いた。
シュッと飛び出した液体がいくつもに分かれながら、矢の形を取り、音を立てて人型に突き刺さっていく。
「おぉ!」
「素晴らしい!」
お父様とおじい様が感嘆の声を上げ、養父様は深緑の目を丸くして「さっきとは大違いだな」と呟いた。それぞれが驚いた顔をしているのに、神官長だけは真顔で近付いて来て、私の手を取り、水鉄砲を見つめ始める。驚くよりも研究対象に入ってしまったようだ。
「なるほど。この部分が動いて魔力を撃ち出しているのだな?」
神官長は自分が見たいようにわたしの手首や肘を捻じるようにしながら、睨みつけるように中の構造をじっくりと見ている。多分、わたしの腕を捻っていることには全く気付いていない。
……いたたたたた!
「フェルディナンド様、手首や腕を捻らないでくださいませ。痛いです」
「あぁ、すまない。そんなことより、ここにある液体の量で撃ち出せる魔力に差が出るのであれば、もっと大きい形にすれば、威力を高めることができるのではないのか?」
……聞いてない! 全然聞いてないよ、この人!
わたしの腕が痛いのは「そんなこと」で流されてしまい、武器として威力を高めるにはどうすれば良いのか、どの程度の魔力が必要になるのかなどブツブツと言い始めた。神殿の昼食で研究談義に付き合ってきたわたしは知っている。こうなったら、神官長は周りがほとんど見えていない。自分の中である程度の結論が出るまで、このままなのだ。
「リューケン!」
わたしは即座に水鉄砲の変化を終了させる。研究対象が目の前から消えたことで、神官長がハッとしたように顔を上げ、「まだ見終わっていないのだが」と不満そうにわたしを睨んだ。わたしも負けずに睨み返す。
「……腕が痛いと言っているではありませんか。少しはこちらの言葉も聞き入れてくださいませ。謝れば、捻り続けても良いのではありませんからね」
わたし達が睨み合う向こうで、おじい様が突然シュタープを出して「ミーズディッポー!」と叫んだ。突然の大声に驚き、わたしは神官長との睨み合いを止めて、おじい様の方を向く。どうやら早速新しい武器を試そうと考えたのだろう。しかし、シュタープは変化しなかった。おじい様は自分のシュタープを見ながら首を傾げた。
「む? 変わらぬな」
「発音が違うのではないでしょうか。『水鉄砲』です」
「ミズディッポ?」
「ちょっと違いますね。『水鉄砲』です」
日本語の発音は難しいのだろうか。わたしとおじい様が発音練習をしていると、神官長が腕を組んで指先でトントンとリズムを取りながら、わたしの発音する「水鉄砲」を音階で呟いた。その後、おもむろにシュタープを取り出す。
「水鉄砲」
神官長の手に半透明の安っぽい水鉄砲が現れた。ものすごく似合わない。水鉄砲を作り出した自分を責めたいくらいに、水鉄砲のほのぼの感が無表情の神官長には似合わない。ハードボイルドな映画で主人公が水鉄砲を持って出てくるような感じだ。あまりにもシュールすぎる。
「矢を撃ち出す時と同じように撃てば良いのだな?」
だが、神官長は見た目には特に言及せずに、安っぽい水鉄砲を人型に向けて撃ち出した。神官長の水鉄砲からシュッと飛び出した魔力の固まりはわたしよりも大きく、分裂する矢の数はわたしよりも多く、速さも比べ物にならない。
「ふむ、これはなかなか使い勝手が良いな」
見事に人型をボロボロにした神官長は、自分が握っている水鉄砲を見つめて何やら考え始めた。自分の愛用武器にするつもりだろうか。確かに片手で簡単に撃てるので、騎獣の上から撃つのには向いている。
魔力が大量に必要だからユーディットも諦めただけで、魔力が豊富な神官長には何の障害もない。唯一にして最大の障害は、見た目がカッコよくないということだけだ。神官長が水鉄砲を愛用する姿を思い浮かべて、わたしは思わず首を振った。
「フェルディナンド様は水鉄砲が似合わないので使わないでください」
「どういう意味だ?」
「カッコ悪いのです。こんな子供の玩具ではなく、もっとカッコいい武器でなければ嫌です。弓の方がずっと素敵でした」
……わたしにカッコいい銃を再現できるだけの力があれば良かった! そうすれば、こんなことにはならなかったのに。
わたしが頭を抱えているというのに、神官長は軽く溜息を吐いた。
「ローゼマイン、見た目よりも効果と使い勝手が重要だぞ」
「見た目は大事です! せめて、先程おっしゃっていたように、大きくするとか、黒一色にして中身が見えないようにするとか、何か工夫しましょう。そうでなければ嫌です」
わたしの力説におじい様は「そうか、ローゼマインはカッコいい方が良いのか」と言いながら、自分の武器がカッコいいのか質問してきた。
……この際、水鉄砲でなかったら何でもカッコイイよ、おじい様。
水鉄砲の威力のお披露目を終えると、いかにして神官長が持っても違和感がない水鉄砲を作るのか、養父様の執務室で話し合うことになった。「カッコよさは大事だからな」と養父様が言う。どうやら、養父様も使いたいらしい。
人払いされ、保護者三名と向かい合ったわたしが溜息を吐いていると、不意に神官長が真剣な表情になった。
「ローゼマイン、水鉄砲はどこで覚えたものだ? 君は何度も子供の玩具だと言ったが、このような玩具は見たことも聞いたこともない。ここの玩具ではないだろう?」
「はい」
わたしは水鉄砲を作った経緯について、もう一度説明する。同時に、色々と試してみたことも報告した。
「そんな感じで、最初はほとんど意識せずに呟いただけなのです。こちらの言葉ではない『日本語』で呟いたら『水鉄砲』になりました。でも、印刷機や『コピー機』や『はさみ』は変化しませんでした」
「コピーキ? ハサミ?」
神官長は怪訝な顔で聞き返してくる。コピー機は説明しにくいけれど、はさみはここでも使われているので簡単だ。
「えーと、『コピー機』はこちらにない物なのですけれど、『はさみ』というのは、はさみのことです。普通にあるでしょう? それなのに呪文にはならなかったようで……」
「シェーレ」
神官長はそう言ってシュタープをはさみに変化させると、わたしに見せた。どうやらすでにはさみに変化させる呪文が存在するらしい。そのせいで、日本語では変わらなかったのかもしれない。
「はさみならば、シェーレと唱える。コピーキがこちらに存在しない物ならば、君の想像力が甘いのではないか? どのようなものなのか、構造や働きをきっちりと思い浮かべなければ、シュタープでは再現できぬ。先程私が水鉄砲の構造を見たように、だ」
明確に頭に思い浮かべることができる物でなければ再現できないと神官長が言い切った。つまり、シュタープで簡単コピー機や印刷機はできないのだ。
……のおぉ! コピー機をきっちりとイメージするなんて無理だよ。できたら、とっても便利だと思ったのに、ガッカリだ!
シュタープがそこまで便利な物ではないとわかり、落ち込んでいるわたしを放置して、保護者達は水鉄砲の見た目を変えることに奮闘していた。こういう姿を見ると、養父様とヴィルフリートは本当に親子なのだと思う。
最終的に神官長はやや大きめで黒い、ちゃんと銃っぽい水鉄砲を作ることができた。しかし、残念ながらわたしはもう脳内で水鉄砲の形が固定されてしまったようで、半透明の水鉄砲から変えることができなかった。
……わたしじゃなくて、神官長がハードボイルドになっちゃったよ。
それからも、城での生活は続いた。ハルデンツェルに関係する面会依頼は基本的にお断りで、製紙業や印刷関係の面会依頼にはできるだけお母様やヘンリック達と共に顔を出し、少しでも多くの印刷工房ができるように尽力していく。
午前中には子供部屋の様子を見て回ったり、騎士団の訓練場でラジオ体操をしたりするのも恒例になっている。そこで、側近になるのに相性の良さそうな子を探す。時折、ニコラウスと視線が合うのだが、ニコラウスからは話しかけては来ないし、コルネリウス兄様が警戒しているのがわかるので、こちらからも声をかけない。
ローデリヒの名を受けることに関しても話し合いをした。ユストクスの集めてくれた情報によると、ヴィルフリートの汚点となった白い塔の一件以来、ローデリヒは親との関係が良くないらしい。
「ローデリヒ本人が望むのであれば、親と離してあげてくださいませ、姫様」
ユストクスは静かにそう言った。家族と離れた方が良いと言われ、わたしは何度か目を瞬く。
「何故ですか?」
「詳しく説明すると、姫様が激昂する可能性があると、フェルディナンド様に止められています」
わたしは身内に入れてしまった者には甘いし、それに敵対するものには厳しくなるので駄目だ、と言われた。
「どうしても必要な情報だと思えば、御自分の文官に調べさせると良いですよ。当人から無理やり聞き出すことも、名を捧げられた後の姫様ならば、容易ですから」
「……そのようなことはしたくありません」
わたしが唇を尖らせると、ユストクスは小さく笑いながら「姫様ならばそう言うと思いました」と言った。
「姫様、我々は名を捧げる時点で、親よりも、自分よりも主を優先する決意をしています。自分の家族が主に不利益を運ぶような事態になるのは耐えがたいことなのです。ローデリヒの気持ちを汲むならば、距離を離して、様子を窺ってくださいませ」
「わかりました。わざわざありがとう、ユストクス。助かりました」
養父様とも話し合った結果、名を捧げられた後はローデリヒに騎士寮の一室を与えることに決まった。女の子ならば、フィリーネと同じように北の離れの側仕えの部屋を与えることができたのだけれど、ローデリヒは男の子だ。側仕え用の部屋には入れられない。文官用の寮はなく、すでに騎士寮と合同で使うことになっているため、ローデリヒの住まいは騎士寮になる。
貴族院に戻る予定だった前の日に冬の主が現れ、わたしは北の離れに籠らなければならなくなった。騎士団に武勇の神 アングリーフの祝福を与え、部屋に籠る。北の離れにいるのはわたしだけなので、食事の時間が少し寂しい。
給仕してくれるオティーリエが心配そうに見下ろしてくるので、わたしは何となくハルトムートのお相手のことを聞いてみた。
「ハルトムートのお相手ですか? 存じません」
オティーリエが困ったようにそう言った。
「え? でも、今年が卒業式で、エスコートをするためのお相手が必要ですよね?」
「様々な情報を集めるために他領の方とお付き合いをするのだ、ということは聞いています。ただ、今年、貴族院に出発する前に挙がった女の子の名前が複数あって、貴族院で決めると言っていたので、最終的に誰になるのかはまだわたくしも……」
「ハルトムートは複数の女性とお付き合いしているのですか!?」
……お願いだから、一人くらいダームエルにわけてあげて!
心の中で絶叫しつつ、わたしが固まっていると、オティーリエが「違います、ローゼマイン様」と慌てたように否定して、説明を付け加えてくれる。
「去年の時点ではまだお付き合いというところまで行きついていなかったようです。ハルトムートは元々何に関しても興味の薄い子で、今はローゼマイン様に全ての関心を向けている状態ですから、情報を集めるために浅く広いお付き合いを心掛けているのではないでしょうか?」
……それって、もしかして、女の子の方は付き合っているつもりなのに、ハルトムートの方はそんなつもりじゃなかった、なんてことになるんじゃ!? ひどいって、その内ハルトムートが刺されるよ!
「そういうところが父親に似ていて困りますが、お互いの利点が噛み合う子を見つけるでしょうから、さほど心配はしていません。領地対抗戦で紹介してくれることになっているので、わたくしも楽しみなのです」
ふふっと笑いながらオティーリエはそう言った。子供が彼女を紹介してくるのを楽しみにしている、と笑っているお母さんに「心配しましょう! このままでは貴族院で刃傷沙汰になるかもしれません!」とは言えなかった。そんなことにならないように、わたしは一刻も早く貴族院に戻った方が良い。ハルトムートに危険が及ばないように、見張らなくてはならない。
ハルトムートが刃傷沙汰に巻き込まれていないことを祈りながら、読書に精を出すうちに、冬の主の討伐が終わったようで、よく晴れた日が戻ってくる。読書三昧な数日間を過ごしたわたしは、すでに貴族院に戻るのが億劫になっていた。
リヒャルダに急き立てられて貴族院へ戻る準備をし、明るい黄土色のマントとブローチを付け、転移陣の部屋にのそのそと移動する。わたしの気分を反映してレッサーバスの動きも鈍い。
「早くしなさい、ローゼマイン。コルネリウスとレオノーレはもう戻ったぞ」
転移陣の部屋の前で神官長が仁王立ちをして待ち構えている。
「領地対抗戦まで城にいることはできませんか? もう少し読書がしたいです」
「何を言っているのだ、馬鹿者!? ターニスベファレンの尋問会にドレヴァンヒェルのお茶会など、予定はたくさんあるだろう」
「ドレヴァンヒェルのお茶会はギルベルタ商会の髪飾りが届いてからではないですか。まだ戻らなくてもいいと思います」
今年はわたしが早目に貴族院に戻るので、ギルベルタ商会の髪飾りはでき次第、城に届けられ、転移陣で移送されることになっている。そのため、ドレヴァンヒェルとのお茶会は髪飾りができてから行う予定なのだ。
「君は貴族院の図書館に行きたがっていたではないか」
「でも、この時期はもう図書館のキャレルがいっぱいで、講義を終えているわたくしが出入りするのは邪魔でしかない、とフェルディナンド様がおっしゃったではありませんか」
図書館には行けないし、ハンネローレとのお茶会は絶対に倒れるから禁止されたし、貴族院に戻る楽しみが一つもない。城で引き籠って読書をしている方が楽しいと思う。
……ターニスベファレンの尋問会と王族と繋がりを持つことが確実なドレヴァンヒェルとのお茶会なんて行きたくないよ。どうせ、また怒られる結果になるんだし。
ハァ、と溜息を吐いて肩を落としていると、神官長に抱き上げられて、どさりと転移陣の上に置かれた。眉間に深い皺を刻んだ神官長がわたしを睨む。
「もう王族がうろついている期間は終了した。さっさと貴族院に戻って、社交の経験を積みなさい。ただでさえ、君は社交経験が乏しいのだ。今年は十分に読書を満喫できたはずだろう。往生際が悪い」
神官長に叱られ、わたしは仕方なく頷いた。
「……いってきます」