Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (409)
ターニスベファレンの事情聴取 前編
黒と金色の光の奔流が消え、視界の揺れが止まると、貴族院に到着している。騎士達に促されるまま、わたしはのっそりと重い足を動かして転移陣から出た。
「おかえりなさいませ、ローゼマイン様」
側近達が勢揃いしているのを見て、わたしはニコリと笑って見せた。さすがに「帰って来たくなかったよ」という顔をするわけにはいかない。
「ただいま戻りました。わたくしが留守の間に起こったことを報告してくださいませ」
城から持ち帰った荷物をリヒャルダとリーゼレータが片付ける間、わたしは側近達と共に多目的ホールで待機と決められている。多目的ホールの本棚に収める本を膝に乗せ、レッサーバスで移動する道すがら、わたしは側近達から貴族院での報告を聞いた。
「わたくしはリーゼレータと共にシャルロッテ様のお茶会に同行したり、ヴィルフリート様の側仕えに社交で扱うお菓子や話題について教えたりしました。他領の方々もエーレンフェストの流行に興味を持ってくださっています」
ブリュンヒルデからの報告によると、お菓子や髪飾りに興味を示し、ハンネローレが推薦するエーレンフェストの本に視線が集まり、お茶会での話題が恋話になっているらしい。
……いいなぁ。それ、行きたかったな。
エーレンフェストの本の話題で盛り上がり、自分が知っている恋話や騎士物語の話が出てくるなんてとても心惹かれるお茶会だ。けれど、倒れる危険性は普通のお茶会の何倍もある。わたしが行けるお茶会ではない。
わたしが溜息を吐いていると、フィリーネが若葉のような瞳をキラキラに輝かせてわたしを覗き込むようにして笑った。
「ローゼマイン様、わたくしはシャルロッテ様のお茶会にも同行して、いくつもの恋物語を集めて参りました。それに、他領の文官見習いからいくつかお話が届いています。ローゼマイン様には目を通して査定していただかなくてはなりません」
「素敵です、フィリーネ」
他領からのお話が集まっているというところで、わたしはガンガンとテンションが上がってくるのを感じ、次の瞬間、ポンと手を打った。
……城で引き籠れないなら、貴族院で引き籠ればいいじゃない!
図書館も本の感想を言い合うお茶会も禁止されているのだから、部屋に引き籠って読書するには絶好の機会だ。新しいお話を読みながら引き籠れて、お小言くどくどの神官長がいない貴族院は、城に比べても絶好の引き籠り場所ではないだろうか。
……ううん。違う、違う。これはお仕事だからね。わたしは他領の文官から預かったお話を査定して、支払う料金を計算しなきゃいけないんだもん。本にできるなら、原稿として書き直さなきゃいけないし。あぁ、忙しい、忙しい。いやっふぅ!
ぐぐんとテンションが上がったせいで、レッサーバスの足取りも軽く多目的ホールへ到着する。レッサーバスから降りて中に入ると、すでに講義を終えた学生達が思い思いに過ごしていた。その中にはヴィルフリートとシャルロッテもいる。
「今年は早く戻れたのだな、ローゼマイン」
「おかえりなさいませ、お姉様」
二人から笑顔で迎えられた時には、わたしは作り物ではない満面の笑みで応えることができるくらいテンションが上がっていた。
「ただいま戻りました。貴族院でどのようなことがあったのか、報告してくださいませ」
シャルロッテはわたしがいなくなった穴を埋めるために、いくつものお茶会に出席してきたらしい。講義も順調に終えて、わたしが教えた通りに女紋の話もしたようだ。
「お茶会ではハンネローレ様やアドルフィーネ様が紹介してくださったおかげで、いくつかの領地との繋がりができました。アドルフィーネ様とのお茶会でも本の貸し借りについて話題に出したところ、興味を示しておられましたよ。その時は手元にお貸しできる本がなかったので、また後日、とお約束したのです」
印刷技術を知らせるのはまだ禁止しているので、一冊の本を順番に貸そうとしている状態らしい。
「でしたら、ハルデンツェルから新しい本をいただいたので、そちらをドレヴァンヒェルにお貸ししてもよろしいですよ」
「お姉様、それは先にエーレンフェストの者で読まなければなりませんよ。お貸しするのに内容を知らないわけには参りませんもの」
ごもっとも、とシャルロッテの言葉に頷きながら、わたしはさっと三冊の本を取り出した。このうちの二つは納本制度によって手にいれた分で、もう一冊はギーベ・ハルデンツェルからご厚意でいただいた本である。
「二冊はエーレンフェストの学生が読めるように、ここの本棚に置いておきますね。この一冊はわたくしの私物ですから、貸し出す相手はわたくしが決めますけれど」
「ありがとう存じます、お姉様。では、二日後のお茶会でアドルフィーネ様にお貸ししてもよろしいでしょうか?」
シャルロッテはどうやらアドルフィーネに気に入られたようで、またお茶会の約束をしているらしい。
……上手くいっているみたいだから良いんだけど、わたし、シャルロッテのために頑張る必要なくなったね。
初めての貴族院を不安に思うシャルロッテのために得意とは言えない社交も頑張ろうと思っていたのだが、上手くいっているのだから、わたしの手伝いなど必要ないだろう。妹の成長を少し寂しく思いながら、わたしは笑って頷いた。
「えぇ、アドルフィーネ様にお貸しいたしますから、代わりにドレヴァンヒェルの本を借りてきてくださいませ」
「ドレヴァンヒェルの本、ですか?」
シャルロッテが藍色の目を瞬きながら、首を傾げた。
「そうです。本は非常に高価な物ですから、ダンケルフェルガーとの貸し借りの時に代わりの本をお借りしているように、こちらが一冊お貸しした場合、相手から代わりに一冊お借りするのです。他の領地も同じようにお借りしなければ、ダンケルフェルガーだけを信用していないように見えるでしょう?」
他領の本を集めるためのわたしの立派な建前に、シャルロッテがさっと顔色を変えた。
「申し訳ございません、お姉様。わたくし、ギレッセンマイアーから代わりの本をお借りしていません」
ギレッセンマイアーは第四位の中領地で、王の第一夫人の出身地である。王の第一夫人はジギスヴァルトとアナスタージウスの母親だ。政変によってぐっと地位を上げた領地で、シャルロッテと同い年の領主候補生がいる。
「ハルトムートやフィリーネは本を借りる際に交換だとシャルロッテに助言しなかったのですか?」
お茶会に関しては手助けをするように、と言っておいたので、わたしは自分の側近達を見回す。側近達が口を開くよりも早く、シャルロッテが首を振った。
「お姉様の側近から、ダンケルフェルガーと本を交換していることは聞きました。けれど、わたくし、本がお好きなハンネローレ様とお姉様の間のことだと思い込んでしまったのです。お姉様がおっしゃるように、本は高価で貴重ですから、領地外に持ち出すことはおいそれとできませんもの。全ての領地と交換するとは思いませんでした」
シャルロッテの言葉にわたしは頬に手を当てて、少し首を傾げて考える。ここで「持ち出すのが難しいのでは仕方がないですね」と言うのは簡単だが、無担保でエーレンフェストから本を貸すのが当たり前になるのは困るのだ。エーレンフェストの本が軽く見られるし、少しでも多くの本を集めたいわたしの計画に支障が出てしまう。
「確かに貴重な本を外に出すのは大変かもしれません。けれど、それはダンケルフェルガーも同じです。お茶会では本を交換するということを周知してくださいませ。そして、ギレッセンマイアーに連絡を入れて、必ず代わりの本をお借りしてちょうだい。手続きに時間がかかるのは構いませんけれど、ギレッセンマイアーだけ無担保というわけには参りませんから。こちらの連絡が不十分だったようで、ごめんなさいね」
「いいえ、お姉様。わたくしがよく確認しなかったのが悪いのです。すぐにギレッセンマイアーに連絡いたします」
シャルロッテが自分の側近達と打ち合わせるために席を外すと、わたしはヴィルフリートに向き直った。
「ヴィルフリート兄様はどのように過ごしていたのですか? もう講義は終えたのでしょう?」
「あぁ、終わった。社交ではオルトヴィーンとの付き合いが多かったな」
オルトヴィーンだけではなく、男同士のお付き合いの中でクラッセンブルクの領主候補生からも声をかけられたらしい。秋の終わり、冬に入る頃にはエーレンフェストからの商品が届き、リンシャンに女性がとても喜び、アナスタージウスからエグランティーヌに贈られた歌が流行しているそうだ。
「あぁ、そうだ。今年の領地対抗戦にアナスタージウス王子とエグランティーヌ様がいらっしゃると言っていたぞ。其方が出席するのかどうか尋ねられたが、体調次第だと答えておいた。ローゼマイン、其方、今年は参加できるのか?」
「養父様から参加してはならないとは言われていませんし、体調がどうなるのかは自分でも予測できませんから、正直なところ、どのようになるのか、全くわかりません。養父様達はわたくしが王族に近付くのを警戒しているようですから、もしかしたら今年も欠席になるかもしれませんね」
今年はどんな理由付けをするのか知らないけれど、欠席だと言い渡される可能性はゼロではない。
「そうか。ならば、父上や叔父上にクラッセンブルクから質問があったことを知らせておくことにしよう。其方も出席したいであろう?」
「そうですね」
一年生の講義の終了具合や上級生の話を聞いた頃には、自室は整ったようで、わたしは自室へ戻った。
ハルトムートにはライムントに渡してもらう課題を渡すと同時に、ヒルシュールに帰還の報告をしてもらう。ターニスベファレンの事情聴取を行うと言っていたのだから、帰還報告しておけば日程を組んでくれるだろう。
「ヒルシュール先生が忘れたり面倒がったりして他の先生方に連絡しなければ、ローゼマイン様が困りませんか?」
「それで事情聴取を回避できるのでしたら、わたくしは全く問題ございません」
そう簡単にはいかないことはわかっているけれど、いっそ他の先生方も忙しさにかまけて、わたしのことなど忘れてくれていれば良い、と思っている。「ローゼマイン様のことを忘れる人はいません」と真顔で言ったハルトムートに仕事を与えて追い出すと、わたしはフィリーネが準備してくれた紙束へと手を伸ばした。
「ローゼマイン様、こちらはわたくし、こちらがハルトムートで、こちらはローデリヒが集めたお話でございます」
「三人ともよく頑張りましたね。では、わたくしはこれからお話の査定を始めます。できれば最終日までに支払いを終えたいですから」
それからは食事以外で部屋から出ることなく数日間を過ごした。フィリーネ達が集めてくれたお話を読んで査定していき、原稿に直したり、校正をしたりする。その息抜きにハンネローレやソランジュから借りた本を読んだり写したりするという実に充実した毎日だ。そんな中、ブリュンヒルデがお茶会の招待状を運んできた。
「ローゼマイン様、お茶会の招待状が届いています」
「それはシャルロッテに回してくださいませ。本の話題が上がるお茶会にわたくしが出席すると、側近達が大変なので出席を禁止されているのです」
「え?……社交シーズンの貴族院に戻って来られたのに、ローゼマイン様はお茶会には出席されないのですか?」
信じられない、と目を瞬くブリュンヒルデにわたしは本から視線を上げて、ニコリと笑った。
「髪飾りが届いたらドレヴァンヒェルのお茶会に出るように、とは言われていますけれど、貴族院の恋物語が話題に上がるのでしたら、他のお茶会は無理でしょうね。わたくし、これ以上側近に迷惑をかけるわけには参りません。フェルディナンド様もコルネリウスも同じことを言いました。ですから、わたくし、エーレンフェストの流行の役に立てるように、新しい本作りに精を出す予定なのです」
部屋に引き籠るための立派な建前を押し出して、わたしは届くお茶会の招待状を全て断りながら本を読む。
貴族院に戻って三日目の夕食後、寝る前に本を読もうとすると、リヒャルダが堪え切れないように苦言を述べた。
「姫様、少しはお外に出なければ、お体に悪うございますよ。明日は外に出て散策をいたしましょう」
「嫌だわ、リヒャルダ。外に出たところで、どこに行くのですか? 図書館も禁じられているのに」
「散策をして、出会う方々に挨拶をするのも社交の一部ではございませんか」
……えー? せっかく引き籠っていられる環境ができたのに、嫌だよ。
面倒くさいという感情が顔に出ないように気を付けながら、わたしはアンゲリカを真似て、できるだけ悲しそうな顔を作って見せる。
「わたくし、王族とは会わないように細心の注意を払うように、と言われているので、寮から出ないのが一番安全なのです」
「このような生活がお体に良いわけがございません。わたくしがジルヴェスター様に抗議いたします」
心の中では「そんなことしなくていいよ!」と叫んでいるけれど、ここで必死に引き止めたら、せっかくの悲しい顔が意味をなくす。わたしは「図書館に行けるようにお願いしてください」とリヒャルダに頼むと、本を読み始めた。
……うんうん、良い調子。
けれど、わたしのうきうき楽しい引き籠り生活はそれほど長く続かなかった。オルドナンツが飛んできたのだ。ヒルシュールからターニスベファレンの事情聴取の日取りが決まったという知らせである。
……三日後の三の鐘か。ちぇ、せっかく読書絶賛満喫中だったのに。
リヒャルダの抗議が届いたのか、保護者達から「少しはお茶会に出るように」というお手紙が届いた。仕方がないので「どのお茶会ならば出ても良いのか、そちらで勝手に決めてください」と返して、その返事を待っている間に事情聴取の日となった。
「このような晴れ晴れとした良い天気、お部屋で本を読んでいたかったのですけれど、先生方の呼び出しでは仕方がありませんね」
久し振りの青空だが、せっかくの青空は読書の明かりとして使いたい。窓際で本を読むのに最適な日に呼び出しだなんて最悪である。わたしがガックリと肩を落とすと、ハルトムートとフィリーネは「終われば読めますよ」と慰めてくれ、コルネリウス兄様は驚いたように目を見開いた。
「ローゼマイン様はまだ読み足りないのですか? およそ一週間、お部屋から出ずに本を読んでいらっしゃったではありませんか」
「どれだけ読んでも読み足りるということはありません。多分、死んでもまだ読みたいと願っていると思います」
それだけは確信を持って言える。コルネリウス兄様は「どこまで本が好きなんだ」と呆れたように溜息を吐いた。
事情聴取が行われるのは、中央棟にある小広間である。小広間の扉の前にはヒルシュールが立っていて、わたしの到着を待っていた。
「側近はこちらの待合室か、寮に戻ってお待ちくださいませ。終わればオルドナンツでお知らせいたします」
ヒルシュールの言葉に不安そうな顔を見せたのはコルネリウス兄様だった。
「会議には護衛騎士の同行が許されているはずです」
「これは会議ではなく、事情聴取ですからね。他の皆も個人個人で事情を聴かれたでしょう? 妙な指示を出したり、隠ぺいを防いだり、他の者の証言と見分けるには必要な処置なのです」
「ヒルシュール、姫様をお願いいたします。わたくしはここで待機していますから、オルドナンツは結構ですよ」
「わかりました、リヒャルダ」
中に入ると机がコの字型に並んでいるのが目に入った。正面にはルーフェン、ヒルデブラント、中央の騎士らしい体格の人、青色神官が並び、ヒルデブラントの後ろにはアルトゥールが控えている。右と左は貴族院の先生方が並んで座っていた。見たことがない顔の先生もいる。
「ローゼマイン様、こちらへ」
裁判の被告人のように、わたしは一人で真ん中に座り、わたしの隣にはヒルシュールが立った。
「ローゼマインの元気そうな姿を見られて、安心しました。体調はもう良いのですか?」
正面のヒルデブラントがニコニコと笑いながらそう言った。挨拶を交えながら、わたしもニコリと笑う。
「無理をしなければ大丈夫です」
「それはよかった」
ヒルデブラントの言葉にルーフェンが深く頷き、「今日は事情を聴いても問題ないのですね?」と確認をしてくる。わたしは軽く頷いた。
そして、ヒルシュールから正面に並ぶ人達を紹介される。
「ローゼマイン様、正面にいらっしゃるのは中央の騎士団長と中央神殿の神官長イマヌエルです」
……騎士団長はおじい様やお父様に共通する強そうなオーラがあるけど、中央神殿の神官長は共通点が全くないね。偉そうだけど、弱そう。
貴族院には入らない貴族の子が青色神官になるため、貴族院という場で貴族に囲まれた状態に緊張しているのかもしれない。強張った顔を一応好意的に解釈しておく。
紹介が終わると、ルーフェンよりエーレンフェストの学生達がターニスベファレンを発見してから倒すまでの流れが説明された。これはわたしだけではなく、周囲の先生方にも聞かせる必要があったのだろう。
どうやらルーフェンは留守番も含めてエーレンフェストの学生全員から事情を聴いたようだ。「主観によって多少の違いがあるが、どの証言にも大きな食い違いはなく、学生達の証言はある程度信用できると判断しました」と言い置いた後、ルーフェンはわたしを見た。
わたしはコクリと息を呑んでルーフェンを始めとした先生方を見回す。神官長に言われた対応は簡単だ。
わたしは神殿育ちなので、神具が身近で武器も防具もそれしか知らない。
神殿育ちなので神に詳しく祝詞も多く知っている。
黒の武器に関しては貴族院で教えられないことなので、使ってはならないことさえ知らなかった。
黒の武器を作り出すにも、呪文と祝詞は違うし、わたしは呪文を知らない。
そう主張しながら、「神殿長ですから」と「エーレンフェストの神殿ではそうなのです」と「フェルディナンド様がおっしゃいました」で基本的には流せと言われている。わたしが神官長に言われたことを思い出していると、ルーフェンが口を開いた。
「黒の武器は、それが必要な領地の騎士にしか使用が許可されておらず、貴族院でも呪文を教えていません。それにもかかわらず、ローゼマイン様は黒の武器を全員に与えました。それを祝詞とおっしゃったが、間違いございませんか?」
「えぇ、間違いございません。わたくしは皆に闇の神の祝詞を復唱させ、黒の武器を与えました。トロンベのように魔力を奪う魔物を倒すには闇の神の祝福が必要だと知っていましたから」
わたしが肯定すると、ルーフェンが難しい顔になりながら問いかける。
「何故それを知っていたのですか?」
「わたくしは神殿長ですから、トロンベ討伐の後には土地を癒さなければなりません。騎士団に同行すれば戦いの様子を見ることはできます。トロンベはターニスベファレンと同じように魔力を吸い取るタイプの魔木なのです」
トロンベがエーレンフェストにしかいないことは神官長に聞かされた。トロンベを退治できるように、エーレンフェストには黒の武器を扱う許可が出ているのだそうだ。
「騎士団に同行ですか? 倒した後に呼ばれるのではないのですか?」
ルーフェンだけではなく、騎士団長もイマヌエルも驚いたように目を瞬いた。どうやら余所では討伐が終わってから、神官が呼ばれるらしい。
「エーレンフェストの神殿では神官長であるフェルディナンド様も戦いに参加されますから、同行した方が手間を省くことができるのでしょう」
「神官長が戦いに参加されるのですか!? そのようなことは……」
イマヌエルが「あり得ない」と首を振ったけれど、それはルーフェンが否定してくれた。
「フェルディナンド様は騎士コースも受講している。戦いに参加されることに何の不思議もない。エーレンフェストの戦力を考えれば、当然とも言える。……ローゼマイン様も戦いに参加されるのですか?」
「まさか。わたくしはまだ貴族院の二年生で、騎士コースを受講する予定もございません。フリュートレーネの杖を側近に持たせ、近くで討伐が終わるまで待機するだけです」
……ローデリヒのために素材が欲しくて頑張ったけどね。
わたしは心の中でそう付け加える。
「ふぅむ。エーレンフェストの神殿が特殊なのは少し理解できました。ですが、闇の神の祝福を得るような祝詞は聖典にはございません。それに関してはどのように説明されるおつもりですか?」
「闇の神の祝福に関する祝詞が聖典に載っていないはずがないでしょう。載っていなければ、どのように祝福を与えるのですか?」
わけがわからない、とわたしが目を瞬くと、ルーフェンは意見を求めるようにイマヌエルへと視線を向けた。
「星結びの儀式における最高神の祝福に関する祝詞はございますが、黒の武器を作り出すような闇の神の祝福に関する記述はございません。神殿長の聖典にも載っていないと仰せでした」
「さぁ、ローゼマイン様。どういうことなのか、説明してくださいませ!」
左隣に座っていたフラウレルムがキンキンと響く声を上げた。耳を押さえたくなるのを我慢しながら、わたしは少しばかりイラッとした。
……説明が欲しいのはこっちだよ! 祝福の祝詞が聖典に載ってないわけないじゃん。
そう考えていたところでハッとした。そういえば、図書室にある写本の一部には祝詞が欠けている物もある。中央の聖典はあの聖典と同じように欠損しているに違いない。
「わたくしの聖典には載っています。写本された聖典にも時代によって差があるので、中央神殿で使われている聖典に載っていないだけでしょうね」
「こちらの聖典が間違っていると、ローゼマイン様はおっしゃるのですか?」
これまでそのように否定されたことはないのだろう。イマヌエルが気色ばんだように声を荒げた。わたしはコクリと頷く。
「わたくしの聖典に載っている祝詞が載っていないのですから、中央神殿の聖典が欠損していると考える方が自然でしょう? 神官長であるフェルディナンド様も祝詞を確認していますもの」
な、な、と口をパクパクと開け閉めするイマヌエルから、わたしはルーフェンへと視線を向ける。
「それに、フェルディナンド様によると、黒の武器を作るための呪文と、闇の神の祝福に関する祝詞は別物だそうですよ」
「は!? 呪文と祝詞が別物なのですか? 同じ効果があるのに、ですか?」
今度はルーフェンだけではなく、先生方が息を呑むのがわかった。
「わたくしは呪文を存じませんし、騎士ではないので教えられないと言われていますから、詳しいことは存じません。けれど、両方を知っているフェルディナンド様はそうおっしゃいました」
魔力を吸い取るタイプの魔物に攻撃できるという点では同じだが、実は、細かく見ると効果も違う。けれど、これはわざわざ教える必要はないだろう。わたしはさらりと流しておく。
「呪文と祝詞が別物とは思いませんでした」
ハァ、とルーフェンが息を吐くと、ドレヴァンヒェルの寮監であるグンドルフが発言を求めて挙手した。グンドルフは去年の騎獣の作成の時に話をしたおじいちゃん先生だ。ヒルシュールの研究仲間であり、好敵手でもあるらしい。
「ローゼマイン様、私が最も関心を抱くのは、採集場所の再生ですが、あれもおかしいです。ターニスベファレンにやられた土地の再生の儀式には青色神官や青色巫女が何人も必要で、更に何日もかけて行うのです。我々が到着した時にはすでに再生していました」
「その通りですわ! 本当ならば、エーレンフェストの採集場所はターニスベファレンに汚染されているはずです。ローゼマイン様は一体何をされたのです? 正直におっしゃい!」
ガタンと立ち上がり、仁王立ちしたフラウレルムの声が耳に刺さったのか、グンドルフが耳を押さえる。わたしも耳を押さえたいが、周囲から注目されている状態でそのようなことはできない。
「どのようにすれば鐘一つ分も時間をかけずに再生が可能なのか、私もぜひ教えていただきたい」
貴族院での儀式を担当することになるのだろうイマヌエルが眉間に皺を刻み込んで、わたしを見ている。
「中央神殿の神官長の言う通りです。ローゼマイン様は非常識なのです! 騎獣の件にしてもそうです!」
フラウレルムは去年の騎獣のことまで引っ張り出して何やらわめき始めた。うるさいといわんばかりに顔をしかめているが、貴族院の先生方もわたしを見る目はフラウレルムやイマヌエルと同じように見える。
……もう帰りたいな。帰って本が読みたい。
わたしはそう思いながらゆっくりと息を吐き、周囲の先生方をぐるりと見回した。こんなに簡単なことがどうしてわからないのか、そちらの方がわたしにはわからない。正直なところ、一々説明しなければならないことが億劫だ。
「神殿は貴族があまり立ち入らない場所なので、当然のことなのかもしれませんが、わたくしへの質問は命の神 エーヴィリーベの求めるものが何かと尋ねるようなものですよ」
上品に「なんでこんな簡単なことがわからないかな?」と言ったら、ヒルシュールが「そのように笑顔で毒を吐くところまでフェルディナンド様に似なくてよろしいのですよ」と眉間を押さえた。
……ん? 無知を指摘しただけで、毒を吐いたわけじゃないよ。