Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (412)
お茶会対策
会議が終わったので、すぐに神官長はエーレンフェストへ戻ると思っていたけれど、そうではなかった。ユストクスと共に文官達の領地対抗戦の進捗状況を確認し、新しい研究成果の発表を入れるように指示を出し始めたのだ。
「一体何の研究を加えるのですか?」
「聖典の祝詞に関する簡単な研究だ。おそらく私が帰った頃を見計らってヒルシュール先生が聖典について詳しく知りたい、何か資料がないか、と尋ねて来るに決まっている。その時に、対抗戦で発表すると言って追い払うために必要なのだ」
後々のフォローのために、わたしが神官長に渡した覚書から大急ぎで研究成果らしく仕立て上げたらしい。思いついたことやわかったことを書き散らしただけの覚書から発表できるような研究成果によく仕上げたものである。
……さすがマッドサイエンティスト。すごいね。
神官長は「何度も呼びつけられては困るからな」と言いながら、ハルトムートに指示を出している。
「少し見せていただいてよろしいですか?」
青色神官でも簡単に見られる部分の祝詞についての研究で、水、火、風、土についてが書かれていた。本当はわたしが文官コースを取る来年の領地対抗戦で発表するのが最適のタイミングだったらしい。けれど、今回は神殿長の聖典を見せるわけにはいかなかったので、写本の中から無難なところを選別してきたそうだ。
「でも、これを誰の研究にするのですか? わたくしならば神殿育ちということが知られているので自然ですけれど、普通の貴族は神殿に立ち入りませんし、写しとはいえ聖典を見る機会は少ないですよ」
「ハルトムートに決まっているではないか。聖女伝説の研究の一助にもなる。ローゼマインの側近となってから始めた研究ということにすれば、多少の粗や簡素さも説明がつく」
最上級生の研究成果にしては少し質や分量が足りないそうだ。でも、ハルトムートはすでに自分で準備している研究もあるので、追加する分には特に問題ないらしい。問題は神殿に頻繁に出入りしている変わり者だと周囲から見られることだけだそうだ。
「すでにローゼマイン様の信奉者と名高い私にとっては、今更ですから」
ニコリと人当たりの良い笑顔で爽やかに笑ったハルトムートだが、発言の内容は全く爽やかではない。
「いつの間に名高くなっていたのですか!?」
「ローゼマイン様が長い眠りについている頃です」
わたしがお披露目の時にフェシュピールを引きながら祝福をした後、貴族院に行ってからすでに聖女伝説を広げていたらしい。ハルトムートが広げたのは養父様が貴族向けに説明した盛られた設定だそうだ。
……道理で初対面のアナスタージウス王子に胡散臭い者を見る目で見られたわけだよ!
「あの時ハルトムートはわたくしの側近ではありませんでしたよね?」
「母に暴走が過ぎる。落ち着いて情報を得て、よく考えなさい、と言われ、一年間待つことになっていましたが、心はすでに側近でした」
……うわぁ! 側近になる前から臣下だったって、言ってることはローデリヒと似てるのに、どうしてこんなに違って聞こえるの!? オティーリエ、貴方の息子は何年たっても落ち着いていないみたいだよ!
領地対抗戦に関して文官見習い達に指示を出した後、神官長は領主候補生とその側仕えを集めた。わたしのお茶会参加についての対策会議である。
……お部屋で読書させてくれれば、わたしはそれでいいんだけど、ダメなんだって。ちぇ。
わたしを部屋から出して普通の貴族らしい生活をさせる、ということで、リヒャルダが張り切っているし、やっと自分の主と一緒に流行発信ができるとブリュンヒルデが喜んでいるので、最低限のお茶会には出ざるを得ない。
「でも、今のお茶会はエーレンフェストの本が話題に上がるのですよ? わたくし、倒れない自信なんてございません」
できるだけお茶会には出たくないな、とわたしが神官長に建前を述べていると、神官長が結構大きめの魔石をいくつも連ねられたネックレスを差し出した。
「お茶会に出る時はこれを身に付けておきなさい。この魔石が半分以上染まった時点で、お茶会を退席するように。すでに君が虚弱で意識を失うことは他領にも知られてしまっている。気分が悪くて、このままでは意識を失いそうだと言えば、退席を許されるであろう」
目の前で突然倒れられることに比べれば、お茶会参加者や主催者の心臓に優しい。そして、魔石の色が変わっていくのが見えたら、側仕えもストップをかけやすい、と神官長が言う。祈念式や奉納式で使うので、魔力の無駄にもならないそうだ。
……わたし、マジ充電器っぽい。
「ただ、ローゼマインが途中で退席すると、お茶会で後の面倒を見るための者が必ず必要になる。そのため、シャルロッテが同席できるお茶会以外は参加しないように」
途中退場して、放置しておくわけにはいかない、と神官長が言うと、ヴィルフリートが難色を示した。
「叔父上、それではシャルロッテの負担が大きすぎます。貴族院に入学したところでまだ社交に慣れていないのですよ。もう少しシャルロッテが慣れるまで、ローゼマインの参加を控えた方が良いのではありませんか?」
一年生のシャルロッテに圧し掛かる責任が重すぎるというヴィルフリートに反論できるはずもなく、わたしは項垂れた。図書館のお茶会ならばともかく、領地間のお茶会はシャルロッテに負担をかけてまで行きたいところではないのだ。
……だから、お部屋でおとなしく本を読みたいって言ってるのに。
わたしがそっと息を吐くのと、神官長が怒りに満ちた冷ややかな目でヴィルフリートを見下ろして溜息を吐くのは、ほぼ同時だった。
「其方は相変わらず目先のことばかりで、先が見えていないな」
「なっ!?」
「今、貴族院でローゼマインにできるだけ社交の経験を積ませておかなければ、困るのは其方ではないか。次期領主となり、領主会議に出席しなければならないのに、社交のできない第一夫人を連れて行かねばならなくなる。その時には後を頼めるシャルロッテもいないのだぞ。妹思いは結構だが、次期領主となるならばそれ以外にも目を向けろ」
むしろ、其方が跪いてでもシャルロッテに助力を乞え、と神官長がヴィルフリートを叱責すると、今度はヴィルフリートが項垂れた。
「シャルロッテ、其方はどうにも頼りない兄姉を見ながら育ったせいか、年の割にしっかりしていると思う。負担であることは重々承知だが、ローゼマインのお茶会には必ず同行してほしい」
「わたくしにはお姉様のように流行を生み出したり、領地に新事業を興したりすることは難しいですから、できそうなところは精一杯努力いたします」
やる気に満ちたシャルロッテが眩しい。でも、貴族のお茶会は会話が遠回しで、腹の探り合いだ。本来ならば、経験の浅いシャルロッテは兄や姉に守られながら参加できるはずだった。それなのに、姉であるわたしの方がお荷物でフォローしながらお茶会に参加しなければならないのだ。
……わたし、シャルロッテの素敵なお姉様失格じゃない? トゥーリみたいな頼れるお姉様になりたいのに。
自分で考えた言葉に、自分で落ち込んだ。わたしのやりそうなことを予測して、先回りで腕章の予備を作ってくれていたり、髪飾りのデザインを考えたりしてくれていたトゥーリのような頼れるお姉様には、いくら頑張ってもなれそうにない。
「わたくし、シャルロッテにそこまで負担をかけるのは不本意ですから、お茶会には出席せずお部屋で本を読んでいたいです」
「できることならば、本を与えて一室に閉じ込めておくのが一番良いのかもしれないが、それでは、後々困ると先程説明したであろう? 君は一体何を聞いていた? 対策を考えながら参加していくしかないのだ」
そう言った神官長からわたしを庇うようにリヒャルダがどーんと立ちはだかった。
「一体何を聞いていた? というお言葉はそのままフェルディナンド坊ちゃまにお返しいたします。昔から、何度も何度も申し上げてきたはずです。坊ちゃまは厳しい言葉ばかりになりがちなので、よくよく選ぶように、と。聞いていらっしゃらなかったのですか?」
わずかに視線を伏せる神官長を見て、リヒャルダが溜息を吐きながら首を振った。
「フェルディナンド坊ちゃまがこうして魔術具を作ったり、対策を考えたりして姫様のために手を尽くしてくださっているのはわかりますが、お友達とのお茶会でお好きな話題を楽しむこともできない姫様に対してお言葉がきつすぎます」
そう言った後、リヒャルダはヴィルフリートをじろりと睨む。
「ヴィルフリート坊ちゃまもですよ。毎回後始末に奔走してくださっている坊ちゃまが負担に思うのは仕方がないのかもしれませんが、姫様とて倒れたくて倒れるわけではないのです。ご自分がお好きな話題に感情が昂るのは当然ではありませんか。坊ちゃまが夢中になっていらっしゃるゲヴィンネンに勝っても決して喜んではならない、喜ぶくらいならば参加するな、と言われるようなものですよ」
ヴィルフリートが顔色を変えて、おろおろとわたしを見た。
「すまない、ローゼマイン。そのような意地悪を言っているつもりではなかったのだ。去年と違って、シャルロッテがいて、私が女性のお茶会に呼び出されることもないので、其方がお茶会で倒れるよりはシャルロッテ一人に任せた方が間違いないと思って……」
ヴィルフリートの言葉に、わたしは軽く息を吐く。悪気や意地悪の言葉ではないことも、わたしがお茶会に出ない方がエーレンフェストにとって平穏なこともよくわかった。
……わたしがお部屋に籠って読書しているのが、誰にとっても幸せじゃない?
「姫様、そのようなお顔をしないでくださいませ。これは本来姫様が最後までお茶会を楽しめるように事前準備ができない側仕えの責任なのです」
リヒャルダの言葉にわたしは我に返った。何とか引き籠れないか、と考えていたから難しい顔になってしまったのであって、お茶会に出られないことを悲しんでいる顔ではないのだ。
「そのようなことは考えていません。側仕えは色々と考えて、いつでも頑張ってくれていますよ。わたくしは知っています」
「姫様がそうお考えでしたら、わたくし達にもう少し機会をくださいませ」
何度かお茶会に参加して、側仕え達もどのような時に魔力が溢れるのか、どの程度までならば大丈夫なのか、どのように回避していけば無事にお茶会を終えられるのか、経験を積んでいくしかない、とリヒャルダが言う。
「二度も意識を失ってお茶会を終えたのですから、姫様がお茶会に対して臆病になってしまわれるのもわかりますが、経験を積まなければ側仕えも成長いたしません。図書館のお茶会でも、本の貸し借りや感想をお話する辺りは魔石があれば大丈夫でしたから、フェルディナンド坊ちゃまが準備してくださったネックレスを使ってお茶会に参加してみませんか?」
リヒャルダの言葉に少し心が動いた。確かに王宮図書館の話題を出されるまではイイ感じでお茶会を楽しんでいた。本に関する話を全面禁止されるのでないならば、ちょっと参加してみたいと思う。
……本の感想や他の領地に伝わるお話を聞くのは興味あるんだよね。
揺れる心を見透かしたように、シャルロッテがわたしの手を取って、少し憂いを含んだ藍色の瞳で見つめてきた。
「お姉様。わたくし、お茶会にお姉様とご一緒するのを楽しみにしていたのです。エーレンフェストから戻られるのを心待ちにしていたので、次のお茶会はご一緒してくださると嬉しいです」
……お姉様とご一緒したい? そんな可愛いことを言われたら、お姉様としては行かざるを得ないでしょ!
「わかりました。次は一緒に行きましょう」
ふふ、と笑うと、シャルロッテも笑った。
「お茶会ならば、ダンケルフェルガーとのお茶会を予定に入れておきなさい」
「ダンケルフェルガーですか?」
「あそこの領主候補生が一番ローゼマインに慣れているだろう? 本の貸し借りをする仲で、ローゼマインの話題にもついていけるし、何度倒れてもお茶会に参加してくれるのだ。少々失敗しても問題なかろう」
神官長の言葉にヴィルフリートがさっと顔色を変えて、首を振った。
「叔父上はハンネローレ様を誤解していらっしゃいます。ハンネローレ様はローゼマインが倒れることに慣れているわけではありません。この間も意識を失った大きな衝撃を受けて……」
「ダンケルフェルガーの女ならば、どんな状況でもある程度上手く利用するはずだ。こちらが利用したつもりでも、大体は向こうもしっかり状況を利用しているのでお互い様になる」
神官長が肩を竦めてそう言った。ハンネローレは策士には見えないけれど、ダンケルフェルガーの女性は策士なので、それさえも擬態かもしれないそうだ。
いくつかの注意点を述べた後、神官長はエーレンフェストへ戻っていった。
ユストクスも一緒に戻ったので、突然増えた研究発表の準備に文官見習い達は大忙しのようだ。でも、ハルトムートは橙の瞳を輝かせて生き生きとしていて、フィリーネは少しでも学ぼうと必死になっている。そこにローデリヒも加わって、実に楽しそうだ。
そして、お茶会について打診したところ、ダンケルフェルガーから色よいお返事をもらうことができた。わたしが渡したダンケルフェルガーの歴史書の現代語訳について、少しお話を聞きたい、と言われたのだ。
……印刷許可が出るように、そして、今借りている本の貸出し延長をお願いするために、わたし、頑張ります!
アウレーリアに聞いて孤児院工房で印刷したアーレンスバッハの騎士物語を手土産に、わたしは神官長にもらったネックレスをつけて、シャルロッテと一緒にダンケルフェルガーのお茶会室へと向かった。
ダンケルフェルガーのお茶会室はとてもシンプルな部屋だった。繊細でごてごてとした華美な飾り気はなく、白と青で飾られている。テーブルも角がハッキリとした長方形だ。部屋の隅に本物の子供くらいの大きさの騎士が跨っている騎獣の像があった。青いクリスタルのように澄み切った彫刻で、とても美しく、今にも動き出しそうだ。
……うーん、シンプルで直線的でモダンで、クラッセンブルクとはまた違ったオシャレな雰囲気。歴史が長いのに、モダンっていうのもちょっと不思議な感じだけどね。
わたしはダンケルフェルガーのお茶会用の部屋を見回しながらそう思っていると、ハンネローレが恥ずかしそうに頬を染めた。
「ダンケルフェルガーは飾り気がないでしょう? 領地の色が青ですから、この季節には少し寒々しいですし……」
領地に戻った夏や、騎士達が盛り上がっている時にはとても良い感じの部屋に感じられるが、冬にこうしてお茶会をしようと思うと少し寒く見えるとハンネローレが呟いた。
「無駄がなくて、すっきりとしていて、質実剛健で武を重んじるダンケルフェルガーの特色がよく出ていると思いますけれど。女の子が好みそうな可愛らしい雰囲気はございませんが、騎士が並んでいるのが、とても自然に感じられますもの。このお部屋で見ると、騎士達がとても強そうに見えます。とてもダンケルフェルガーらしい部屋ですね」
ハンネローレは驚いたように何度か目を瞬き、部屋の中を見回して何度か頷いた。
席を勧められ、ハンネローレがお茶やお菓子を一口ずつ口にするのを確認した後、わたしもエーレンフェストから持ち込んだクッキーを一口食べて見せる。
その後、わたしはハンネローレに勧められたお菓子を食べてみる。干しブドウが入ったヨーグルトに蜂蜜がかかっているような物だ。
「これはダンケルフェルガーの特産なのですか?」
「えぇ、ロウレという果実で、ロウレからヴィゼというお酒が造られるのです。大人は専らヴィゼで楽しむのですけれど、わたくしは干してあるロウレが好きなのです。中央や貴族院でお出しする時は、ロウレの砂糖菓子が多いのですけれど、カトルカールやクッキーを出されるエーレンフェストではこちらの方が好まれるかと思いまして」
ハンネローレが好みを考えて、お菓子を準備してくれたことが嬉しくて、わたしは笑顔で頷いた。
「はい。とてもおいしいですし、わたくし、干したロウレが欲しくなりました。パンに入れてもおいしいと思うのです」
「お姉様、きっとカトルカールに入れてもおいしいと思います」
「まぁ、カトルカールにロウレを入れるのですか? それはおいしそうですね」
ふんわりと微笑むハンネローレにわたしが「きっとおいしいです」と頷くと、ハンネローレが側仕えに指示を出す。帰りに干したロウレを少しお土産にくれることになった。
「ロウレを入れたカトルカールができたら、わたくしにも少し味見させてくださいませ」
「えぇ。もちろんです」
……エラに頼もうっと。
「ローゼマイン様がお作りになられたダンケルフェルガーの本の現代語訳なのですけれど……」
「何か重大な間違いでもございましたか?」
「いいえ、違います。その、大変良い出来でした。お兄様も何度か目を通しているようです。その、ダンケルフェルガーの歴史は素晴らしいと陶酔しているようです」
基本的に突っかかって来るレスティラウトしか知らなかったけれど、何度も本を読むような文学少年だったとは意外すぎる。それが自領大好きな気持ちから始まったものでも、読書を楽しむ姿勢は素晴らしい。
……ちょっと好感度が上がったよ!
「それで、こちらでも写本させていただきたいとアウブからの申し出がございました。その、詳しくは領地対抗戦や領主会議で、ということですけれど、よろしいでしょうか?」
どうぞ、どうぞ、とわたしが快諾する前にシャルロッテがニコリと笑って口を開いた。
「こちらもアウブと相談させていただきます。詳しくは領地対抗戦でアウブ同士のお話にいたしましょう」
「ありがとう存じます」
……あ、安請け合いしちゃダメだったっぽい。わたし、まだ何も言ってないし、セーフ?
貴族院の恋物語はとても素敵で、このように殿方から魔石を捧げられたいとか、どのお話が好きだったとか、ハンネローレの感想を色々と聞いた。意外なことだが、養父様と養母様の恋物語が一番のお気に入りらしい。うっとりと赤い瞳を潤ませて、どこが素敵だったのかを語ってくれる。
「自領よりも上位の、しかも、年上の女性に振り向いてもらおうと努力を重ねる姿は応援したくなりますし、あのように熱く愛を語られてみたいと思いますもの」
……うわぁ、養父様がハンネローレ様をうっとりさせてる。ビックリだ。
自分の両親の話だと知っているシャルロッテは何とも微妙な微笑みでハンネローレの感想を聞いている。
「わたくしはこちらの騎士見習いのお話が好きです。敗れても諦めず、恋を叶えるためにこれだけ力を尽くしてくださる殿方はなかなかいらっしゃいませんもの」
今度はハンネローレが微妙な笑顔になった。もしかしたら、ダンケルフェルガーの話だろうか。
……でも、最後まで負け続けている話なんだけどな。
他の人にも本を貸すことができたので、お友達とも本について話をすることができるようになって嬉しい、とハンネローレが言った。
「では、こちらもご覧くださいませ。こちらはアーレンスバッハから嫁いで来られた女性が教えてくださった騎士物語です。わたくし、実は先日お借りした本をまだ写し終わっていなくて……。ハンネローレ様からはお返しいただいたので、貸出を延長していただきたくて、こちらをお持ちしたのです」
フィリーネがハンネローレの文官見習いに本を差し出した。ハンネローレが文官見習いに向かって軽く頷く。
「そのようなお気遣いは必要なかったのですけれど、ありがたく読ませていただきますね」
……延長して借りてもいいって。やった!
内心拳を握ってガッツポーズをしていると、リヒャルダがそっと肩を押さえた。わたしはすぐにネックレスに視線を落とす。半分近くの色が変わっていた。神官長に言われた退席時間だ。
……もうちょっと大丈夫だと思うんだけど。
楽しいので帰りたくないな、と思っていたら、シャルロッテの方がネックレスの色が変わっていることに気が付いた。頬に手を当てて、心配そうに藍色の瞳を揺らす。
「お姉様、お顔の色があまり良くないのではございませんか?」
「ハンネローレ様、大変失礼ですけれど、今日はこの辺で失礼させていただきます。その、こちらで倒れてご迷惑をかけるわけにはまいりませんから」
わたしが残念さを隠さずに自分のネックレスを押さえてそう言うと、ハンネローレは心配そうに表情を曇らせた。
「ご無理をなさってはなりませんもの。こちらのことは気にせず、どうぞお大事になさって」
「今日は本当に楽しかったです。また本の感想を聞かせてくださいませ。……シャルロッテ、後はよろしくね」
「えぇ、お姉様。お任せくださいませ」
わたしは退席の挨拶をして、席を立つと、後をシャルロッテに任せて寮に戻った。途中で倒れることもなく、自室にたどり着いて、ホッと安堵の息を吐く。それはわたしだけではなく、同行していた側近達も同じだった。
「……ローゼマイン様が本のお話をしても倒れずに終わることができましたね」
「えぇ、一番仲が良いお友達とのお茶会で倒れずに済んだのです。ドレヴァンヒェルとのお茶会も大丈夫ですよ、姫様」
リーゼレータやリヒャルダがそう言って一緒に喜んでくれた。
……皆の気持ちは嬉しいけど、ドレヴァンヒェルはまた別の意味で気が重いんだよね。
それから、二日後。エーレンフェストから髪飾りが届いた。