Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (413)
ドレヴァンヒェルとのお茶会
「見事ですね」
エーレンフェストから届いた髪飾りを見たブリュンヒルデが感嘆の溜息を吐いた。
木箱に入っているのは、アドルフィーネの波を描くワインレッドの髪を引き立てる純白の花だ。レースでできた大輪のバラのような花で、春を思わせる柔らかな色合いの緑の葉がその周囲を取り巻いている。
トゥーリが予想して、デザインや糸を準備していたせいだろうか。花を形作る糸が本当に上等で花弁に艶があるように見えた。それだけではない。ガラスのような、ビーズのような物が縫い付けられていて、それがまるで朝露を思わせるようにきらめいていた。
……トゥーリ、すごい。
「この髪飾りはジギスヴァルト王子からアドルフィーネ様にお贈りするのに相応しい出来ですよね?」
わたしがブリュンヒルデを見上げると、飴色の瞳にうっとりとした色を滲ませて、ブリュンヒルデが頷いた。
「えぇ、とても美しいと思います。ローゼマイン様の専属はまた腕を上げましたね」
側近達の中でも物の良し悪しを見る目があり、厳しい判断基準を持っているブリュンヒルデに褒められると、とても嬉しい。トゥーリの腕が褒められたことに頬を緩ませながら、わたしはシャルロッテの側仕えと予定を合わせた上で、ドレヴァンヒェルに連絡を入れてもらえるように指示を出す。
「かしこまりました」
エーレンフェストからドレヴァンヒェルにお茶会の打診をしたところ、「ちょうどお茶会を開催する予定があるので、そちらに参加して欲しい」と言われたらしい。お茶会の開催をするよりも参加するだけの方が気分も楽だし、特に予定も入っていなかったので、わたしとシャルロッテは承諾する。
正式に送られてきた招待状を見て、わたしはシャルロッテと共に頭を抱えた。
「これに参加することになったのですか」
「もう打診を受けてしまっているし、二人揃って不参加にはできませんよね?」
……参加の方が準備しなくていいから気楽、なんて考えずに、ちゃんと主催するんだった!
だが、後悔してももう遅い。一度承諾の返事を出してしまっているし、こうして正式に上位領地から招待状をもらってしまったら、行くしかないのだ。……そう、上位領地だけが集まるお茶会に。
第一王子との婚姻が決まったドレヴァンヒェルのアドルフィーネが将来のユルゲンシュミットを支えていく中枢となる上位領地に声をかけたお茶会のようだ。参加者はクラッセンブルクの上級貴族、ダンケルフェルガーのハンネローレ、ドレヴァンヒェルの領主候補生でアドルフィーネの異母妹、ギレッセンマイアーの一年生の領主候補生、ハウフレッツェの四年生の領主候補生、アーレンスバッハのディートリンデ。
一位から六位までの上位領地がずらりと並び、七位以下は招かれていない中に、順位がポンと飛んだ十位のエーレンフェストが加わるのである。
……はっきり言って、場違い! ものすごく場違い! こういう時こそ意識を失ってしまいたいのに、興奮とはまた違って妙に冷静な部分が残るから、全然倒れる気配がないよ!
現実とはままならないものだ。もちろん、シャルロッテ一人をこんなお茶会に放り出すわけにはいかないとわかっている。覚悟を決めて行くしかない。
「考えようによっては得なのかもしれません」
「得、ですか?」
首を傾げるシャルロッテに向かって頷き、わたしは「えぇ」と頷いた。どうせ行かなければならないお茶会なのだから、少しでも前向きに行きたい。
「ドレヴァンヒェルだけと向き合うお茶会でしたら、いやでも深い話や断りがたい要求が出てくるかもしれませんけれど、大人数が参加するお茶会ならば、自然と会話が当たり障りのないものになりますから」
当たり障りのない話題で時間を過ごしつつ、髪飾りを贈れば、最重要ミッションを終えられる。少し考え込んで、わたしはくっと顔を上げた。
「エーレンフェストからの話題提供のために、お茶会には新しいお菓子を投入いたします」
「何を持参するのでしょう?」
「ミルクレープです」
薄く焼いたクレープの間にクリームを挟んで重ねていくケーキだ。今回は舌の肥えた上位領地が相手なので、そば粉を混ぜるガレットではなく、小麦粉だけのクレープにする。手間はかかるけれど、切り分けた時に幾重にも生地とクリームが重なっている様子が見られるのは美しいし、個人の好みによって甘さを加減することもできる。
カトルカールと同じように、上から甘さを足せるようにジャムや蜂蜜、生クリーム、ルムトプフに加えて、ゴリゴリとすり潰した砂糖も準備してもらうことにした。粉砂糖というにはちょっと大粒なのだが、茶漉しで上から振ると雪が降ったように見えて綺麗なのだ。
そして、当日。エラに頑張ってもらって、ミルクレープを作ってもらった。わたしはエラに教えた時に作ってもらうし、レシピを自分の物にするために何度か練習するので口にしている回数は結構多い。けれど、シャルロッテは数回食べたことがあるだけのようだ。クレープ自体は城のお茶会で出てくることもあるけれど、手間がかかるため、数を準備するのが大変なせいか、ミルクレープは滅多に出て来ないらしい。
持参するお菓子や髪飾りなどの準備を整え、恋物語を収集するつもりなので、文官見習い達を何人も連れてドレヴァンヒェルのお茶会室へと向かった。
「お招きいただきまして、ありがとう存じます」
「まぁ、ローゼマイン様、シャルロッテ様。いらしてくださって嬉しいわ」
アドルフィーネが微笑みながら迎えてくれる。
ドレヴァンヒェルの部屋は木がふんだんに使われている部屋だった。部屋にはぐるりと腰壁が張り巡らされていて、壁には花や木が描かれた布が張られている。観葉植物なのか、薬草なのか、咄嗟には判別できないような木や草花が鉢植えになって、あちらこちらに飾られていた。
「ドレヴァンヒェルのお茶会室は木の匂いで満ちていますね。まるで森の中にいるようでとても落ち着く心地がいたします」
「あら。フフ……。お身体の弱いローゼマイン様もこのお茶会室にいらっしゃれば、森でピクニックをしている気分になれましてよ」
長ったらしい貴族の挨拶を終えると、席に案内された。わたしの席はシャルロッテの左隣だ。正面にはハンネローレ、その右隣にはギレッセンマイアーの領主候補生がいる。少し離れたところにディートリンデの席があるのは、去年のお茶会の様子が考慮されているのかもしれない。
「ごきげんよう、ハンネローレ様」
わたしが正面のハンネローレに挨拶すると、ハンネローレもニコリと微笑んで挨拶を返してくれる。
「ごきげんよう。ローゼマイン様がこちらのお茶会に参加されるなんて驚きました」
「ジギスヴァルト王子からアドルフィーネ様へ贈られる髪飾りを持参したのです。きっとこの場でお披露目されるのでしょうね」
「まぁ、それは楽しみです。去年のエグランティーヌ様の髪飾りも見事でしたから」
ハンネローレと少し会話した後、シャルロッテが隣に座っている領主候補生を紹介してくれた。
「お姉様、こちらはギレッセンマイアーの一年生のルーツィンデ様です」
ルーツィンデは一年生の領主候補生で、シャルロッテがとても仲良くしているお友達らしい。そして、ハンネローレから返ってきた貴族院の恋物語を読んでいる子だという。
ルーツィンデの綺麗なストレートの淡い緑の髪がさらりと揺れる。
「こうしてお茶会でご一緒するのは初めてですね、ローゼマイン様。わたくし、シャルロッテ様に教えていただいた女紋をシュタープに付けたのです。こちらもローゼマイン様が考えられたのでしょう? シャルロッテ様からそのように聞いています。自慢のお姉様だと」
ルーツィンデが教えてくれた「自慢のお姉様」という言葉の響きが頭の中をぐるぐると駆け回る。貴族院に来てからはあまり役に立っていないと思っていたけれど、シャルロッテはわたしのことを自慢のお姉様だとお友達に話してくれていたのである。
……どうしよう、嬉しい! ダメだ。落ち着いて。お茶会が始まる前に退場になっちゃう。あぁ、でも、顔がにやける。
「でも、本当はわたくしよりもシャルロッテの方がすごいのですよ。優しくて可愛い自慢の妹なのです」
わたしが負けずに妹自慢をしようとしたところで、シャルロッテにそっと袖を引かれて止められた。ルーツィンデが「シャルロッテ様とローゼマイン様はとても仲が良い姉妹なのですね」とクスクスと笑う。
「わたくし、ハンネローレ様に紹介され、シャルロッテ様に貸していただいたエーレンフェストの本をとても楽しく読んでいます。こちら、遅くなってしまったのですけれど、代わりの本です」
「恐れ入ります」
ギレッセンマイアーの文官見習いが抱えた本を差し出してくる。それをフィリーネとマリアンネが受け取った。ルーツィンデから本を借りられただけで、わたしのテンションが上がっていく。
……落ち着け、落ち着け。まだお茶会は始まってもないから。
そして、お茶会は始まった。主催者であるアドルフィーネがお菓子やお茶を一口ずつ口にすると、それぞれが持ち込んだお菓子を一口ずつ食べていく。
「こちらはミルクレープというお菓子です。エーレンフェストでもあまり食べる機会がないのですけれど、こうして上位領地のお茶会にお招きいただいたので持参いたしました。カトルカールと同じように、ジャムや蜂蜜、砂糖などをお好みで加えて、お召し上がりくださいませ」
わたしの説明の後、すり潰した砂糖をミルクレープの上に振ってもらう。リーゼレータが茶漉しを揺らすと白い粉が雪のように降りかかった。
シャルロッテが頑張ってカトルカールを広めていたようで、何かをかけて食べるお菓子に慣れたのだろう。戸惑う側仕えの姿はなく、それぞれの主の指示に合わせてミルクレープにかけている。やはり甘みが強い方が上位領地には受けが良いようで、蜂蜜をかける人が多い。
「たくさんの薄い生地を重ねているのですか? 横から見ると、綺麗な階層になっています」
「エーレンフェストにはカトルカール以外にも色々と珍しいお菓子があるのですね。わたくしはカトルカールよりこちらのミルクレープの方が好きです」
ミルクレープの評判は上々のようだ。褒め言葉に礼を述べながら、わたしは他領の特産品について話題を広げていく。おいしい食材があれば欲しいのだ。
「中央では砂糖菓子が流行していらっしゃいますけれど、それぞれの領地特有のお菓子や果物があるのではございませんか? どのようなお菓子があるのか、知りたいです」
どんな果物があるのか、どのように食べるのか、色々と話をした結果、意外と領地特有の食べ物があることがわかった。貴族院でお茶会に出すのは中央で流行している物を出すけれど、それぞれの領地に戻るとお気に入りのお菓子があるらしい。
「わたくし、それぞれの領地のお菓子を食べてみたいです。新しい発見がありそうですもの」
「新しい発見は素敵ですね。ローゼマイン様はそうして新しい味や新しい紙を発見したのかしら?」
アドルフィーネにそう言われ、わたしは笑顔で頷いた。
「ハンネローレ様にロウレを教えていただいたので、新しい味のカトルカールができそうです」
「新しいカトルカールですって? その調子では新しいリンシャンもできそうですね。今年こそエーレンフェストと取引ができるようになりたいものです。ドレヴァンヒェルでは去年もらったリンシャンを分析して、似たような物を作ることができたのですけれど、エーレンフェストのリンシャンとは汚れの落ち方が違うのですもの」
アドルフィーネが残念そうに溜息を吐いた。髪の艶は出るけれど、頭のスッキリ加減が違うらしい。話を聞いて、わたしはすぐにその原因が何か思い当たった。
……あ、もしかしてスクラブ関係の失敗かな?
ドレヴァンヒェルが完全には再現できていないことを知って、わたしはそっと安堵の息を吐いた。もしかしたら、ちょっと警戒しすぎていたかもしれない。
「エーレンフェストには不思議な物がたくさんありますもの。分析してみれば簡単に見えたリンシャンも全く同じ物には仕上がりませんでしたし、商人を識別するための紙も特別な物でした。他に何があるのか、知りたくてなりません。わたくしの弟のオルトヴィーンも、結局、エーレンフェストの成績向上の秘密を探ることができなかったと嘆いていました」
……まぁ、お菓子のレシピのために全力を出しました、とはヴィルフリート兄様も言いにくいよね。
隠されると非常に気になるとアドルフィーネが言い、今年の領主会議でどのくらい取引枠を増加させられるのか、さりげなく探りを入れられた。
「ご存知の通り、エーレンフェストはこれまでずっと下位領地でしたから、それほど多くの商人を受け入れる土壌がございません。取引枠の拡大はゆっくりになるのではないか、とわたくしは考えています。どの程度拡大されるかはアウブのお考え次第ですから、わたくしの口からは何とも申し上げられません」
ニコリと笑いながら「あんまり期待しないでね」と遠回しに言いつつ、わたしは取引の流れなので、髪飾りを納品することにした。
「ドレヴァンヒェルとの取引がどうなるのか、今はわかりません。けれど、アドルフィーネ様はもうエーレンフェストの商品が手に入るお立場ではございませんか。ジギスヴァルト王子からの贈り物がございましてよ」
そう言ってブリュンヒルデに目配せすると、軽く頷いたブリュンヒルデが髪飾りの入った木箱をアドルフィーネの側仕えに渡す。
「アドルフィーネ様の成人のお祝いにジギスヴァルト王子からご注文いただきました」
わたしの言葉に、お茶会の女性達が羨望の溜息を漏らした。やはり、男性から贈り物をされるのは特別な意味があるようだ。特に、貴族院の恋物語を読んでいるハンネローレとルーツィンデの目のきらめきがすごい。
「なんて素敵……」
側仕えが開けた木箱を覗き込んだアドルフィーネが感嘆の溜息を吐いた。箱の中に入っているので、席に着いている皆からは見えない。
「髪に飾ってみてはいかがですか? 皆様もご覧になりたいでしょうし、側仕えも付け方を覚えた方が良いでしょうから」
わたしの勧めをアドルフィーネが受け入れると、ブリュンヒルデがアドルフィーネの側仕えに成人式と同じように髪を結ってもらい、髪飾りの付け方を教える。想像していた通り、アドルフィーネのワインレッドの髪に純白の花がよく映えた。勝気で華やかな雰囲気があるアドルフィーネを楚々とした美人に見せている。
位置を確認するようにアドルフィーネが指先でそっと髪飾りに触れた。
「……どうかしら?」
「とてもよくお似合いで、お綺麗です」
「このようにピタリと合う髪飾りを贈られるなんて、ジギスヴァルト王子は素敵な方ですね」
周囲に褒められ、アドルフィーネが安心したように表情を少し綻ばせる。
「去年のエグランティーヌ様がとても素晴らしかったので、あまり見劣りしなければ良いのですけれど……」
おどけるような笑みを浮かべてアドルフィーネが言って、周囲が「大丈夫ですよ」と笑って返した。王子の妻としてエグランティーヌと比べられることをアドルフィーネが笑顔の裏で本当に不安を感じているのが伝わってくる。
「フリュートレーネとルングシュメールの癒しが違うように、アドルフィーネ様とエグランティーヌ様の美点は違います。それぞれの個性は比較できるようなものではございませんし、見劣りなどいたしませんよ」
ふんわりおっとりとした雰囲気のエグランティーヌと勝気な笑みがよく似合うキリッとした美人のアドルフィーネではタイプが違いすぎて比較にならない。
わたしがそう言うと、アドルフィーネは琥珀色の目を丸くした後、クスクスと砕けた笑顔を見せた。
「ローゼマイン様は欲しい言葉をくださる、とエグランティーヌ様から伺いましたけれど、その通りですね」
肩の力を抜いたアドルフィーネが綺麗な微笑みを見せた。
……エグランティーヌ様と比べられるのは大変だけど、少しでもアドルフィーネ様が楽になったのなら、よかった。
わたしとアドルフィーネが、ふふっと微笑み合っていると、少し離れた席のディートリンデが、ほぅと溜息を吐いた。
「来年の卒業式ではわたくしもこのような髪飾りを付けたいと考えていますの。どのような花が似合うかしら?」
ディートリンデがそう言いながら、自分の豪奢な金髪に触れて、わたしとシャルロッテを見る。そんなことを言われても、ディートリンデに髪飾りは売れない。エーレンフェストより上位だから、血族だからという理由でごり押しされたら、他の上位領地も同じようにごり押ししようとするだろう。
「アーレンスバッハとの取引が開始されていれば、快くご依頼をお受けいたします。協定を破ってアーレンスバッハだけを贔屓するわけにはまいりません。今回もドレヴァンヒェルからの依頼ではなく、王族からの依頼なのです」
「あら? わたくし達は従姉妹同士ですのに……」
「商売に関わる領主同士の協定に、わたくし達が従姉妹であるということは何の関係もございません。アウブのお心を動かすには、血以外の物が必要ですよ」
それなりの利益を生む話を持って来て、アウブと交渉してください、ということを伝えて、わたしはニコリと微笑む。それでもディートリンデは引き下がらない。
「何とかならないかしら? これほど仲良くしていますのに……」
このしつこいのはアーレンスバッハの特色なのだろうか。フラウレルムに通じるしつこさを感じて、わたしがうっと息を呑むと、髪飾りを付けたままのアドルフィーネが笑いながらこちらにやってきた。そして、わたしとシャルロッテを庇うように立つ。
「あらあら、そのようにローゼマイン様を相手に無理を通そうとしなくても、わたくしと同じようにディートリンデ様もお相手におねだりすればよろしいのですよ」
アドルフィーネの言葉で、ディートリンデの頬に一瞬で朱が散って悔しそうに唇を引き結ぶのがわかった。
……きっつぅ! まだエスコート相手の決まっていないらしいディートリンデ様にその言葉はきついよ、アドルフィーネ様! 中央かクラッセンブルクの男を捕まえろって挑発しているようなものだし。
どのようにディートリンデをフォローしようか、わたしが内心あわあわしていると、シャルロッテが笑顔で進み出てディートリンデの手をそっと取った。
「ディートリンデ様のご卒業はまだ来年ですもの。来年には状況が変わっているかもしれませんわ。今はアーレンスバッハと取引していませんけれど、取引先を決める領主会議も春ですから」
「そうですわね。取引先が増やせるようにアウブにお願いしてくださいませ」
それで場の雰囲気が和み、またお茶会が再開された。
……シャルロッテがすごい。
その後はじわじわとエーレンフェストの本が広がっている話が話題になった。アドルフィーネはシャルロッテが貸したハルデンツェルの新作恋物語を読んでいるところらしい。
「わたくしは楽しく読んでいるのですけれど、オルトヴィーンには恋物語ばかりで読みにくいそうです。エーレンフェストに殿方向けの本はございますか?」
「騎士物語がございます。またヴィルフリート兄様を通じてお貸しいたしますね」
そして、アドルフィーネはドレヴァンヒェルの本を代わりに貸してくれた。ルーツィンデが貸してくれた本と合わせて新しい本が二冊である。まずい。とても嬉しい。
……抑えろ、抑えろ。
「エーレンフェストの本にはどのようなお話が載っていますの?」
そんな質問にハンネローレとルーツィンデが熱心に語り始めた。アドルフィーネが新しく読んだ恋物語についてもいくつか語ってくれる。神様が次々と出てくる恋愛シーンも彼女達に言わせると、情景が目に浮かび、その心情が手に取るようにわかるらしい。
……ああぁぁ! ダメだ。どうしても共感できない。なんで恋人同士が見つめ合うシーンで春の女神達が出てきて歌いだして感動できるの!?
「わたくしが知っているお話は……」
他の領主候補生が知っている恋物語を語ってくれ、文官見習い達が必死にペンを走らせる中、わたしは一人だけ恋物語に共感できない事態に直面し、頭を抱えていた。
本の話題はあったけれど、彼女達の感動と興奮にいまいち共感できなかったせいか、少し魔石の色が変わったけれど、ハンネローレとのお茶会と違って今回は意識を失わずにお茶会を終えることができた。