Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (414)
ローデリヒの名捧げ
最大の難関だったドレヴァンヒェルとのお茶会を無事に終え、わたしはエーレンフェストに報告書を書いた。仕事で報告するような書式で書くように、と言われたので、やればできるところを見せようと頑張った。お茶会の日時や参加者リスト、それぞれが持ち込んだお菓子とその評判を始め、お茶会で上がった話題を箇条書きにし、領地対抗戦や領主会議で話しかけて来そうな領地やその内容、そして、思いつく対策について書き連ねた。
「これでフェルディナンド様も文句はないでしょう」
結構厚くなった報告書を見て、わたしはだるくなった腕をブラブラと軽く振りながら、やりきった達成感に浸っていた。
「ローゼマイン様、こちらをヒルデブラント王子にお出ししてよろしいでしょうか?」
ブリュンヒルデが持ってきた手紙に目を通す。腕章を贈るためにどうすればよいのかを伺うための手紙だ。書式や文章に間違いがないことを確認して、わたしはブリュンヒルデに手紙を返す。
「問題ありません。これで出してくださいませ」
「かしこまりました。では、いってまいります」
ブリュンヒルデが出て行くと、わたしは報告書の束をリーゼレータに渡してエーレンフェストに送ってもらうことにする。
「リヒャルダ、本を取ってください。報告書の提出が終わりましたから、ギレッセンマイアーの本を読みたいのです」
やることが終わったので、早速読書をしようと思ったら、リヒャルダが溜息と共に首を振った。
「今は領地対抗戦の準備に皆様が取り組んでいるのですから、領主候補生である姫様はその様子をご覧になり、全体の様子を把握しておかなければなりませんよ」
「……わたくし、今年は出られるのでしょうか?」
「なるべく出してやりたい、とフェルディナンド坊ちゃまがおっしゃいましたから、これからよほどのことが起こらない限りは出席できると思いますよ」
わたしはリヒャルダに追い立てられるようにして多目的ホールへ向かう。参加できないとわかっているイベントの準備は虚しい気分になるので、本を優先したいけれど、参加できるならばお祭り気分には浸りたい。
多目的ホールでは文官達がお茶会で掻き集めたお話を清書したり、領地対抗戦での研究発表に向けての準備をしたりと忙しそうにしているのが見える。それでも、普段に比べて閑散としているのは、騎士見習い達が最低限の人数を残して、今はディッターの練習に行っているせいだろう。
多目的ホールの本棚の前にヴィルフリートとシャルロッテがいるのが見えた。二人の側仕え達も一緒で何やら話し合っている。
「ヴィルフリート兄様、シャルロッテ。何のお話ですか?」
「あぁ、ローゼマイン。報告書は終わったのか? ならば、領地対抗戦のことを話し合いたいのだが、良いか?」
ヴィルフリートが顔を上げてそう言ったので、わたしはリヒャルダが勧めてくれた椅子に座り、話を聞く態勢になった。
「シャルロッテと話をしていたのだが、今年は領主候補生が三人いるから、騎士、側仕え、文官のコース毎に担当を決めようと思うのだが、どうだ? 指示系統がはっきりしていた方が良いのだろう?」
ヴィルフリートの提案にわたしは少し考える。誰がどの仕事をするのが適当か。答えはすぐに出た。
「ヴィルフリート兄様が騎士で、お茶会で経験を積んでいるシャルロッテが側仕え、わたくしが文官を担当するのでしょうか?」
「うむ。正直なところ、文官コースの研究発表に関しては、よくわからぬ。其方は来年文官コースも取得すると言っていたのだから、多少の馴染みもあるだろう?」
「そうですね。……祝詞の研究が追加されましたし、ヒルシュール先生がやって来る可能性が高い以上、わたくしが対応するのが一番でしょう」
わたしはヒルシュールの興味を逸らすために神官長から託された資料の数々がある。有効に使えるかどうかは別問題だけれど。
「わたくしの側近には文官コースの最終学年で、去年の優秀者であるハルトムートがいるので、ほとんど任せてしまえますけれど、シャルロッテが大変ではないかしら? 今年のお客様は上位領地が多いですよ」
「去年同様に、ディッターの出番が終わった後は、騎士見習いも応対させるし、父上や母上もやって来るので、まだマシだと思う」
社交はそれほど得意ではない自覚があるので、任せてしまえるならば、それに越したことはない。
領地対抗戦に関するいくつかの話し合いを終え、本棚に手を伸ばそうとしたわたしはオルトヴィーンに本を貸す約束をしていたことを思い出した。
「ヴィルフリート兄様、殿方に向けた騎士物語をオルトヴィーン様にお貸しして、そこから殿方にも少しずつエーレンフェストの本を広げていってくださいませ。今は恋物語が多くなってきましたけれど、騎士物語がまだいくつかあるでしょう?」
ドレヴァンヒェルとのお茶会でアドルフィーネに頼まれたことを話すと頷いていたヴィルフリートだったが、「交換で本を借りてくるのを忘れないでください」と言った途端に、顔をしかめた。
「其方、それは自分のためではないのか?」
「高価な本をお貸しするのですから、担保が必要ではありませんか」
わたしが平然と答えて、シャルロッテが「わたくしもお友達に同じようにお願いしています」と付け加えると、ヴィルフリートは釈然としないような顔をしながら了承してくれた。
……立派な建前、それが大事。
多目的ホールで本を読んでいると、ヒルデブラントのところに手紙を渡しに行っていたブリュンヒルデが戻ってきた。
「ローゼマイン様、アルトゥール様からお返事をいただきました。腕章に関しては側近を通してやり取りすることになります。わたくしが対応してよろしいですか?」
去年はアナスタージウスから呼び出されていたので、言われるままに動くだけで良かったが、ヒルデブラントはあまり接触を持たないように部屋にいるように、と決められている。どのように腕章を渡すのが無難なのか、よくわからなかったのでお伺いを立てたのだが、側近同士で受け渡しをすることに決まったようだ。
「中級貴族であるリーゼレータには少し荷が重いでしょうから、ブリュンヒルデにお願いしますね」
「お任せくださいませ」
側仕え同士で数回手紙が行き交った後、腕章は無事にヒルデブラントに渡ったようだ。最初にお伺いを立ててから二日ほどして、お礼のオルドナンツが飛んできた。確かに受け取ったというサイン代わりに、本人の肉声を届けることになっていたので、特別驚きもなく、わたしはオルドナンツを受け取る。
「ローゼマイン、ヒルデブラントです。腕章が届きました」
白い鳥がヒルデブラントの幼い声を発して礼を述べ、同時に、現状に関する不満も述べ始めた。本当ならば、直接腕章を受け取りたかったが、学生達に会わないように部屋にいるのを義務付けられていて、部屋に学生を招くような特別扱いもダメだと禁止されたらしい。
「ローゼマインに腕章をせっかく作ってもらったのに、図書館にも行けず、シュバルツ達にも会えず、とても残念なのです。でも、ローゼマインは講義を終えるのが早いのでしょう? 来年の貴族院の始まりを楽しみにしています」
ヒルデブラントが来年は揃って腕章を付けて、図書委員をするのだと張り切っていることがわかって、わたしは思わず笑ってしまった。黄色い魔石に戻ってしまったオルドナンツをシュタープで軽く叩き、白い鳥にする。
「わたくしも来年の貴族院で一緒に図書委員活動ができるのを楽しみにしていますね」
シュタープを振ると、白い鳥は大きく羽を広げて飛び上がり、壁を通り抜けて飛んでいった。
「ローゼマイン様、やっと完成いたしました!」
誇らしそうな笑顔を見せながら、ローデリヒが一緒に植物紙の束を手に、ハルトムートと一緒にやって来る。「物語と一緒に名を受けてほしい」と本人から言ってきた通り、ローデリヒは必死で物語を作っていたのだ。どうやら完成したらしい。新しい物語の到着にわたしは胸を高鳴らせる。
「よく頑張りましたね、ローデリヒ」
「ローゼマイン様、私のことも褒めてください」
じとりとハルトムートに睨まれて、わたしは小さく笑ってハルトムートのことも褒める。
ローデリヒに課せられていたのは、物語作りと名捧げの石を作ることだけではない。卒業するまでに時間がない、とハルトムートに引き回されて、貴族院内のある程度身分が必要な業務の引継ぎも並行して行われていたのだ。叩き込まれるローデリヒも大変だったと思うが、ほとんど付きっきりでローデリヒの指導をしていたハルトムートも大変だった。
「ハルトムートの奮闘で、ローデリヒは名捧げの石を準備することもできましたし、側近入りしてすぐに仕事ができるようになっているのでしょう? よくやってくれました。ありがとう、ハルトムート」
本来は未成年の時に名捧げをすることはないので、ローデリヒはまだ名捧げの石の作り方も知らず、それもハルトムートに教えてもらっていたと聞いている。わたしが褒めると、ハルトムートは嬉しそうに表情を緩めた。
「では、早速……と言いたいところですけれど、わたくし、名捧げに関してはよく知らないのです。どのように行うのですか?」
わたしが首を傾げるとローデリヒも首を傾げた。名捧げの石をもらって終了なのだろうか。それとも、何か特別な儀式があるのだろうか。
当事者が全くわかっていない事態に、リヒャルダが苦笑しながら教えてくれた。
「名捧げの石を受け取るだけでも良いのですけれど、準備も必要ですよ」
リヒャルダによると、名捧げは大々的な儀式ではなく、ひっそりと行われることなのだそうだ。名捧げの石はその者の名が刻まれ、主に委ねられる生殺与奪を可能にする命そのものであるため、どのような形状をしていて、どのように管理するのかなどはあまり他人に知らせることではないらしい。
「ただし、立会人が一人か、二人は必要になります」
名捧げをすると言いながら、主となる者を騙し討ちするという事件も全くないわけではないようで、主を守るために立ち会う者が必要になるそうだ。
「姫様が信用できる者を選んでくださいませ。中には姫様に捧げられる名を横取りしようとする者もいるかもしれませんからね」
「……わたくしの周りにそのような性根の者はいませんよ」
リヒャルダはユストクスの名捧げに立ち会ったことがあるらしい。当時は神官長が信用できる人間が非常に少なかったので、騙し討ちを警戒して、神官長はなかなかユストクスの名を受けようとしてくれなかったらしい。
「エックハルト兄様が名を捧げた時は誰が立ち会ったのかしら?」
「それはユストクスですよ。それ以上に坊ちゃまが信用する人間などいませんからね」
リヒャルダが軽く肩を竦めてそう言った。エックハルト兄様の場合は、ローデリヒと同じように未成年の時に名捧げをしたので、両親も立ち会ったそうだ。
「ローデリヒの両親は……」
「必要ございません。ローゼマイン様が最も信用してはならない者達です」
ローデリヒがキッパリとそう言った。ユストクスからも、わたしが暴走するかもしれない、と言われているような家庭状況らしいので、詳しく聞くのは止めておく。
「でも、困りましたね。誰を立会人に選べば良いのでしょう? リヒャルダが一番無難かしら?」
リヒャルダならば、立会人をしたこともあるし、名捧げがどのようなものか知っているので、フォローもしてくれるだろう。うんうん、と自分の考えに頷いていると、ハルトムートが挙手した。橙の瞳が食い入るようにこちらを向いている。
「ぜひ私をご指名ください、ローゼマイン様」
……そのギラギラした目がちょっと嫌なんだけど。
でも、もしかしたら、ずっとローデリヒに石の作り方を教えたり、引継ぎで色々なことを教えたりしていたから、弟子の成長を見守る師匠のような感慨があるのかもしれない。わたしはとりあえずハルトムートに立会人になりたいと思う理由を聞いてみる。
ハルトムートは爽やかな笑顔でハッキリと言った。
「ローゼマイン様が初めて名を捧げられるという貴重な場面をこの目にしっかりと焼き付けたいからです」
……ローデリヒのことなんて全く考えていない、予想以上にどうでもいい理由だったよ!
「立会人はリヒャルダにお願いします」
わたしがそう言うと、ハルトムートは衝撃を受けたような顔になった後、不意に真面目な顔付きになって、真剣に考え込み始めた。
「ここで却下されては仕方がありません。立会人として同席できないのですから、自分の名を捧げて当事者として名捧げの儀式を目にするしか……」
ハルトムートの場合、本当に名捧げを見たいというだけの理由で、自分の名を捧げてしまうだろうと予測できるところが怖い。ハルトムートの名なんて捧げられたら、今以上に狂信者っぽいところに拍車がかかるかもしれない。
「……わかりました。ハルトムートも立会人にしましょう。リヒャルダ、ハルトムートをよく見ていてくださいませ」
「かしこまりました、姫様。では、一室を準備して、名捧げを行いましょう」
リヒャルダとハルトムートとローデリヒが準備をする間、わたしは多目的ホールで待機である。結局、ハルトムートに押し切られて唇を尖らせるわたしを見て、コルネリウス兄様がからかうように笑った。
「いっそハルトムートの名を受けて、行動を制限するような命令を下せばいかがですか? 気が楽になるかもしれませんよ」
「わたくし、そういうことはしたくありません」
わたしが更に膨れっ面をして見せると、コルネリウス兄様は表情を真面目なものに変えた。
「存じています。だからこそ、ローデリヒは名を捧げようとしたのでしょうし、他の者も注目しているのです」
コルネリウス兄様が視線だけで多目的ホール内にいる旧ヴェローニカ派の子供達を示した。名を捧げたローデリヒの扱いがどのように変わるのか、固唾を呑んで見守っているらしい。
「貴族院は今、ヴィルフリート様、ローゼマイン様、シャルロッテ様が領主の座を巡って派閥争いをするわけでもなく、得手不得手を互いに補いながら上手く回っています。成績は向上し、他領からの注目も集めるようになりました。以前とは比べ物になりません」
エーレンフェストの立場が急上昇しているのが肌でわかる、とコルネリウス兄様が言った。それはわたし達が入学する前、更に言うならば、子供部屋が変化する以前を経験している上級生になるほど実感が大きいのだそうだ。
「シャルロッテ様はいずれ他領にお嫁入りするかもしれませんが、ヴィルフリート様とローゼマイン様は婚約しています。次世代のエーレンフェストがお二人によって回っていくことは、ここにいる誰の目にも明らかです」
ならば、誰に付けばよいのか。親や家族との関係はどうなるのか。旧ヴェローニカ派の子供達は必死に考えているのだと言う。
「こうして協力し合い、共に過ごす時間を重ねれば、以前とは考え方も変わってきます。できれば、彼等にも明るい未来があれば良い。親世代はまだまだ警戒対象だが、旧ヴェローニカ派の全てを排除する必要はないのではないか。私はそう思えるようになりました」
「コルネリウス兄様、何だか成長しましたね」
わたしがしみじみそう呟くと、コルネリウス兄様が嫌そうに顔をしかめた。
「ローゼマイン様は成長してください。特に本に対する姿勢を改善していただきたいです」
「わかりました。もっともっと本を好きになれるように、読書時間の確保のため、精一杯努力します」
「違う! 逆だ!」
コルネリウス兄様から切れの良いツッコミをもらったところで、リヒャルダが呼びに来た。準備は整ったようだ。
わたしは護衛騎士を扉の前に立たせ、リーゼレータが開いてくれた扉から中に入る。部屋の中では右側にハルトムートが立っていて、ローデリヒは跪いて待っている。
リヒャルダにローデリヒの前に立って待機しているように、と言われたわたしが足を進めていると、リヒャルダが他の者を外に出して、しっかりと扉を閉める音が聞こえた。
わたしはローデリヒの前に立った。オレンジに近い茶色の髪が自分の視線より低い位置にある。ローデリヒが少し顔を上げているので、少し緊張した表情の中に気が昂っているのがわかる焦げ茶の瞳が見えた。
その手にはローデリヒが一生懸命に書いた新しい物語と名捧げの石が入っていると思われる金属の円い箱があった。まるで婚約指輪でも入っているような感じの箱の大きさで、白い魔石が箱の上部についている。
リヒャルダが歩いて来て、ハルトムートの隣に立つ。そして、緊張を和らげるように微笑んだ。
「では、始めましょう。難しいことではありません。名捧げは神に誓うような儀式ではなく、自分が主と定めた者に誓うものですから、ローデリヒは自分の言葉で姫様に誓えば良いのです」
ローデリヒがコクリと頷く。それを見たリヒャルダも一つ頷いた後、わたしに視線を向けた。
「姫様は、捧げられた石にローデリヒの名が間違いなく刻まれていることを確認したら、蓋をして、魔力を登録してくださいませ。蓋の上部についている魔石を姫様の魔力で染めれば良いだけです。それでもう他の者はローデリヒの石に触れることができなくなりますから」
リヒャルダの説明にわたしは自分がするべきことを頭の中でもう一度反芻した。
……名前を確認して、蓋を締めたら、魔力を登録する。よし、大丈夫。
手順を確認するわたしを焦げ茶の瞳がじっと見上げてくる。わたしは一つ頷いた。
ローデリヒが一度ゆっくりと大きく呼吸しながら、目を伏せ、首を垂れた。そして、大事に持っていた紙束と宝石箱を一度自分の前に置くと、両手を胸の前で交差させる。
「私、ローデリヒはローゼマイン様の忠実なる臣下として、物語を書き、捧げる文官として一生尽くすことをここに誓い、その証として、新しい物語と我が名を捧げます。我が名は常に貴女と共に。我が命は貴女のために」
誓いの言葉を述べたローデリヒは自分の前に置いてあった箱に手を伸ばす。丁寧な手つきでその蓋を開け、石が見える状態にした後、紙束の上に置き直した。
そして、紙束を両手で持って、ゆっくりと上に上げていく。跪いたローデリヒ自身の頭よりも高く上げられたそれらは、ちょうどわたしの目の前に来た。
わたしは紙束の上に載っている箱に手を伸ばす。金属製の箱の中にはまるでバイカラー宝石のように綺麗な黄色と赤でグラデーションになっている透き通った石があった。オーバルカットのような形状で、石の中には金色に揺らめく炎でローデリヒの名が刻まれている。
ローデリヒが渾身の魔力を使って作り上げたのがよくわかる名捧げの石を手にして、わたしは胸が熱くなってくるのを感じた。
名を確認して、わたしは箱の中に石を戻し、蓋をした。そして、言われていたように蓋の上部にある白い魔石に手を触れる。
魔力を流し込んだ瞬間、ローデリヒが「うぐっ!?」と苦しそうな悲鳴を上げた。ばさりと紙束が落ち、ローデリヒが胸元を押さえるようにして、その場に
蹲
った。
「ローデリヒ!?」
わたしが目を見開いて箱から手を離すと、リヒャルダが隣のハルトムートを制しながら「姫様、続けてください」と静かな目で言った。
「自分の名を他の者の魔力で縛られるのです。多少の衝撃がございますが、それは封じ終わるまでです。ローデリヒのためにもじわじわと流さずに一気に終わらせてくださいませ」
生物の魔石を染めていくのに抵抗があるように、他人の魔力で縛られるのは抵抗感があるらしい。苦しい時間を長引かせるな、と言われて、わたしは一気に魔力を流し込む。
「ぐぁっ!」
ローデリヒがもう一度苦しそうな悲鳴を上げた次の瞬間、箱の上部の白い魔石が光った。白い魔力に満ちた線が細い網目のように箱の上を走り始める。同時に、箱が勝手に形を変え始めた。どんどんと小さくなっていき、白い網目がどんどんと周りを覆っていく。最終的にはぴたりと名捧げの石に沿う形になり、真っ白の繭のような物になった。
……これ、知ってる。神官長が持ってるのと同じだ。
腰に下げている魔石や薬入れのジャラジャラの中にあった気がする。わたしは神官長を真似て騎獣の魔石が入っている金属の籠の中に入れると、ゆっくりと体を起こすローデリヒへ手を伸ばした。私の手が届くよりも先にローデリヒが顔を上げて笑った。
「……もう大丈夫です、ローゼマイン様」
ローデリヒは額に浮いていた脂汗を拭い、ゆっくりと息を吐き出す。本当に苦痛は去っていったようで、自分が落としてしまった紙束をもう一度持ち上げて、わたしに捧げてくれた。
「どうぞお納めください」
わたしはそれを受け取って、パラリと捲った。
「貴族院で文官見習いと騎士見習いが協力し合って勝利を目指す宝盗りディッターのお話です。騎士物語でもなく、恋物語でもないお話を書いてみたかったのです」
麗乃時代の小説で考えるならば、熱血スポーツ少年達の青春物語という感じだろうか。新しい物語の誕生にわたしは頬を緩ませる。
「ローデリヒ、貴方の名と物語、確かに受け取りました。貴方にとって良き主であれるように努力することを、ここでわたくしも誓います」
わたしはシュタープを出し、剣を捧げられた騎士に対してするように、跪くローデリヒの肩に軽く触れた。