Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (416)
ディッター勝負 前編
あまりにも唐突なディッターの申し出にポカンとわたしは口を開けてアウブ・ダンケルフェルガーを見上げた。
……どうしよう? 困った。プリムヴェール先生の宮廷作法の講義では、「挨拶も何もすっ飛ばしてディッターの勝負を持ちかけてくるアウブへの対応方法」については何も教えてくれなかったよ!
「お父様、そのお申込みはお母様もご存知なことですか? わたくし、お母様に確認いたしますよ」
ハンネローレがおろおろと半ば涙目になってオルドナンツを出しているところを見ると、アウブ・ダンケルフェルガー個人の暴走なのだろうか。
……ハンネローレ様も大変そうだ。……って、呆けている場合じゃなかった。
領地対抗戦における社交は領主候補生の戦場のようなものである。わたしは領主候補生らしく対応しなければならない。だが、わたしはダンケルフェルガーの対応マニュアルを知らない。少なくともわたしが知っている貴族のマニュアルには載っていない。
……出番ですよ、神官長!
ダンケルフェルガーの騎士とある程度のお付き合いがあったらしい神官長をちらりと見て、助けを求めてみた。神官長は「私は君がどのように対応するのか見せてもらうぞ」というようにわたしを見守る態勢になりつつ、ダンケルフェルガーの騎士と目を合わせないようにしている。
……神官長のバカバカ! こういう時こそ助けてください!
わたしの様子を窺いながら、アウブ・ダンケルフェルガーに対応しようと奮闘しているのは、ハンネローレだけだ。そこでハッとした。
これはもしかしたら咄嗟の時にそれぞれの領主候補生がどのように対応するのかを保護者達が見るための試験ではなかろうか。プリムヴェールの宮廷作法の講義でも、学生を困らせるような課題が潜んでいた。
領地対抗戦も同じで、やって来るアウブが領主候補生に課題を出していくのかもしれない。そう考えると、俄然やる気が湧いて来た。わたしはすぐさま図書館でのお茶会やハンネローレとのお茶会で現代語訳の原稿に関して、話したことを思い出していく。ディッター勝負をまともに受けなくても、何か解決策があるはずだ。
……アウブ・ダンケルフェルガーの課題に合格して、わたし、本にする権利をゲットするんだ!
わたしは背筋を伸ばすと、ハンネローレに微笑みかけた。
「あの、ハンネローレ様。確か、歴史書の写本に関するお話はアウブ同士で行うというお話でしたよね? ここで領主候補生であるわたくしがお答えできることではないと思うのですけれど……」
わたしが「理解不能な質問の回答は、アウブに丸投げしませんか?」と提案すると、ハンネローレはすぐさまわたしの意図を悟ってくれたのか、ハッとしたように目を瞬き、ニッコリと微笑んだ。さすが大領地の領主候補生である。ハンネローレは察しが良い。
「そうですよ、お父様! アウブ同士でお話をするとおっしゃったではありませんか。突然ローゼマイン様に話しかけられては、ローゼマイン様も驚きます」
ハンネローレの言葉に、アウブ・ダンケルフェルガーが軽く眉を上げて面白がるような顔になる。やはり、ディッター勝負への回答を避けても、特に問題なかったようだ。
「では、わたくし、アウブを呼んで参ります」
……よし、養父様に丸投げして、わたしは逃げる!
わたしが席を立とうとしたら、神官長がわたしを制して先に立ち上がり、ダンケルフェルガーの騎士達を見回して微笑んだ。
「いや、ローゼマイン。それには及ばぬ。君はその原稿を書いた当事者ではないか。この件には全く無関係な私がアウブを呼んできて、交代した方が良かろう」
わたしの逃げ道を塞いだ神官長が流れるように優雅な動きで養父様とポジションの交換に行ってしまった。
……わたしじゃなくて、神官長が逃げた! ずっるぅ!
くぅっと小さく呻いた後、わたしは気を取り直して、アウブと挨拶を交わして席を勧める。わたしがしなければならないのはディッター勝負ではなく、社交だ。ブリュンヒルデがすぐさまロウレのカトルカールを持って来てくれた。これを勧めて、養父様がやって来るまでしばらく時間を稼げということだろう。わたしはお茶とお菓子を一口ずつ食べて見せる。
「こちらはハンネローレ様から先日いただいたロウレを使ったカトルカールです。ぜひ、感想をお聞かせくださいませ」
「まぁ、ありがとう存じます。いただきます」
ハンネローレとダンケルフェルガーのロウレの話をしながら、お茶をする。実に領主候補生らしい対応ができていると思う。アウブ・ダンケルフェルガーもロウレのカトルカールは気に入ったようだ。見ている限りではカトルカールよりもルムトプフを気に入ったように見える。
「これは領主会議では出なかった味だ」
「まだそれほど多く作っているわけではございませんから、去年は貴族院でお披露目した時点でなくなってしまったのです」
わたしが二人をもてなしていると、神官長と交代した養父様がやってきた。アウブ同士の挨拶を交わし、席に着く。
「ダンケルフェルガーより歴史書の現代語訳のことで話があると伺っています。どのようなお話でしょうか?」
わたしがアウブ・ダンケルフェルガーの申し出を説明すると、養父様は難しい顔で溜息を吐いた。
「ローゼマイン、原稿は諦めなさい。お茶会で倒れる其方がダンケルフェルガーのアウブとディッターなどできるわけがない。それに、其方はまだ幼くて理解できなかったのかもしれぬが、これはディッターを口実にダンケルフェルガーが原稿を得たいというお話なのだ。例えそれが一年ほどかけて其方が自分の側近達とコツコツ作り上げた原稿であっても、大領地の申し出に口を出してはならない。ダンケルフェルガーはすでに写本を作っているようだし、其方も写本なり、下書きなり、何か残っているのであろう? 10位であるエーレンフェストは大領地の意図を受け止め、粛々と従うしかないのだ」
養父様がわたしを慰めるようにそう言うと、顔色を変えたのはダンケルフェルガーの二人だった。
「違います。こちらはそのようなつもりでは……」
「アウブ・エーレンフェスト、私はそのようなことは考えておらぬ。取り上げるのではなく、ディッターで勝負をつけると言っているだけだ」
人聞きの悪いことを言うのではない、とアウブ・ダンケルフェルガーは言ったけれど、わたしのような子供に大柄でちょっと厳つい顔をしているアウブが勝負を申し込んでくる時点で、周囲から見たら恐喝状態だと思う。
ダンケルフェルガーの思惑はともかく、養父様が言うように、ダンケルフェルガーの歴史書は読み込んだし、渡したのは清書した分なので、現代語訳の下書きは手元にある。ダンケルフェルガーにとっては自領でならば本にしたいけれど、他領には流出したくない情報もあったのかもしれない。印刷をして広げるのは諦めて、下書きした分をまとめて一人で楽しむ用の本にしよう。
……正直なところ、ディッター勝負の方が面倒だし。
わたしが「わかりました」と養父様に頷いて見せると、養父様は一度頷き返した後、アウブ・ダンケルフェルガーに向き直った。
「アウブ・ダンケルフェルガー、そちらで本にしたいとお考えでしたら、エーレンフェストは粛々と受け入れ、反対などいたしません」
「いや、待て。構わぬはずがなかろう。それだけのお金も労力もかけた原稿だ。ここはディッターで勝負を決めるのが良いのではないか」
アウブ・ダンケルフェルガーの言葉にわたしは光明を見出した。現代語訳は自分の趣味で始めたので、自分の分の手数料は必要ないが、原稿の価値を知っているのならば、紙代とインク代は支払ってほしい。これを全て自分の予算から出して、何のリターンもなく、原稿さえ手元に残らないのは厳しいのだ。
「アウブ・ダンケルフェルガーは素晴らしいですね。おっしゃる通り、紙とインク代、現代語訳のために側近達に支払った手数料など、莫大な費用がかかっています。権力で取り上げるのではなく、原稿の価値に見合うだけのお金をいただけるのですか?」
下書きは手元にあるので、半額だけでも返ってくると嬉しいな、と思いながら、わたしがアウブ・ダンケルフェルガーを見上げると、養父様も援護してくれる。
「あの現代語訳はローゼマインが趣味で行ったもので、全て彼女の予算からの出費なのです。大領地の予算から見れば、大した金額ではないかもしれませんが、ローゼマインの予算で考えると大変な金額なのです。何卒ご考慮ください」
アウブ・ダンケルフェルガーはものすごく難しい顔になった。原稿とわたしと養父様を見比べる。
「……あれは趣味で行うことなのか? 一体いくらだ?」
「ローゼマイン、かかった費用はいくらだ?」
わたしは即座に紙の費用と原稿のページ数を掛け算して計算する。
「明細を出せと言われれば、すぐに準備するのは難しいですけれど、紙とインク代で大金貨15枚は越えます。側近達に支払った翻訳のための手数料などを加えると、大金貨18枚くらいでしょうか」
「だ、大金貨18枚ですか!? あの、趣味にかけるお金ですよね?」
ハンネローレが目を白黒させてわたしを見た。確かに普通の領主候補生が気楽に使える金額ではないかもしれない。でも、わたしは本のためならば費用を惜しむつもりはないのだ。養父様が眉間を押さえているのが視界に入ったが、見ない振りをしておく。
「エーレンフェストの新しい紙は従来の羊皮紙より安いので、これでもかなり安くなっているはずなのです。それよりも、わたくしの現代語訳は解読が間違っていたり、記述が違ったりしていませんでしたか? わたくし、それが心配で……。正しい解釈や本来起こったことを教えてくださるならば、その情報料分はお値引きいたします」
むむっと考え込んでいたアウブ・ダンケルフェルガーがわたしを見た。
「それだけの費用をかけ、エーレンフェストでダンケルフェルガーの本を作ってどうするつもりだったのだ? 費用と労力と目的が全く噛み合っておらぬように思えるが……」
「ダンケルフェルガーの歴史書はとても素晴らしい本ではございませんか。レスティラウト様のおっしゃったように、歴史の長さと厚みに圧倒されました。それはもう、本にして、広くたくさんの方に売って広げたいと思うほどです。本を作ることをお許しいただけなくて残念です」
わたしが肩を落とすと、アウブ・ダンケルフェルガーは楽しげに笑った。
「では、写本の販売をかけて、ディッターで勝負しようではないか。参加した時点で原稿は返そう。そして、勝利すれば、販売の権利を与える」
ぐらりと心が揺れた。ダンケルフェルガーの本を売る権利を手に入れれば、その先、他の領地と本の権利についてやり取りする時の指針を作ることができる。「ダンケルフェルガーとはこの条件で取引しています」と言えるようになる。
「アウブ・ダンケルフェルガーは販売の権利を下さるとおっしゃいましたけれど、エーレンフェストが勝てば、これから先、ダンケルフェルガーからお借りした本に関しても、その販売権は適用されますか? その際は原本となる資料をご提供いただいたということで、ダンケルフェルガーにも一冊は納本させていただきますし、『印税』の一部をお支払いいたします」
現代語訳して、書き上げるのがエーレンフェストなので、さすがに印税の全てを譲るわけにはいかないが、一部を譲ることにしておけば、他領の本も集めやすくなるかもしれない。
「……エーレンフェストは本を売るつもりか?」
スッと表情を変えたアウブが勝負所を捉えた領主の顔になった。ディッター勝負を持ち掛けてきた時の楽しげな顔ではなく、厳しく相手を見定めようとする強い視線を向けてくる。
わたしは視線を養父様に向けた。ここは領主としてビシッと決めてほしいところだ。わたしの視線を受けた養父様も勝負所を捉えた領主の顔で背筋を伸ばして、ニコリと笑みを深める。
「これからのエーレンフェストで主産業となるように育てていくつもりです。来年の今頃には、皆様を驚かせることができると存じます」
しばらくアウブ同士が笑顔で睨み合っていたが、アウブ・ダンケルフェルガーが唇の端をニッと上げた。
「面白い。良いだろう。其方が勝てば、こちらから貸した本の写本、全てに関して販売権を与えよう」
「こちらではディッターのために人員を割けません。どうしてもディッターで勝負をつけるならば、個人戦でお願いしたい」
派手に戦って、その後しばらく使い物にならない騎士が大量に出ては困る、と養父様は言った。何より、冬の主を倒した直後なので、回復薬などの備品も心許ない時期だ。人数が豊富なダンケルフェルガーと、エーレンフェストでは事情が違う。
「ならば、相手はフェルディナンドを希望する」
「ふむ、声はかけてみましょう」
そう言って養父様が立ち上がる。ダンケルフェルガーの騎士達が「おぉ!」と歓喜の声を上げたが、次の瞬間、養父様が軽く肩を竦めた。
「ただし、フェルディナンドがディッターに出場するか否かは、別問題です。フェルディナンドが自分にとって利益のない勝負に参加するとは思えません。その場合は、こちらの騎士団長でお願いしたい。……少しでも優位に勝負できるよう、フェルディナンドを頑張って口説け、ローゼマイン」
養父様はそう言って、軽くわたしの頭を叩くと神官長を呼びに行った。神官長がものすごく嫌そうな顔をした後、取り繕った顔で戻ってくる。
神官長は期待に満ちたわたしとダンケルフェルガーの皆の顔を見回して、深々と溜息を吐いた。
「ディッターで勝利し、販売の権利を得たところで、これ以降ダンケルフェルガーの本を貸してもらえなければ全く意味がございません。そして、新しく本を借りようと思う度に勝負を仕掛けられては面倒この上ありません。よって、ディッター勝負は却下します。どうしてもしたければ、ローゼマインが一人で行って、負けて、原稿だけを取り返してくればよい。そうすれば、其方以外は誰も困らぬ」
「うぐぐぐぐ……」
多分、神官長とのディッターが目的のアウブ・ダンケルフェルガーにとっては、わたしが一人でのこのこ行くようなディッター勝負に何の意味もないだろう。
「フェルディナンド様、印刷業をエーレンフェストにとって有利に進めていくならば、このディッター勝負はとても大事な一戦になります。負けられないし、まず、回避してはダメな戦いなのです」
「そうだ、そうだ」
わたしの言葉にダンケルフェルガーの騎士達が声を上げて、後押ししてくれる。その目は期待に輝いているのがわかる。
「フェルディナンド様、わたくしのためだけではなく、エーレンフェスト全体にとって、とても良いお話なのです。お願いですから、力を貸してくださいませ」
わたしの個人的な理由ではなく、エーレンフェストの利益を前面に押し出してみたけれど、貴族向けの笑顔で「私に全く利がないことのために、何故私が動かねばならぬ」とバッサリ断られた。
わたしを見下ろす神官長の視線と言葉は冷たい。挫けてしまいそうだが、神官長が出ると出ないでは勝敗に大きな差が出てくるのだ。わたしはハシッと神官長の袖をつかんで、必死に参加してもらおうと言葉を重ねる。
「ダンケルフェルガーからお借りして写本にした分はフェルディナンド様にも提供いたしますから」
「別にいらぬ」
「え、えーと、では、では他に何か……」
わたしが涙目になっていると、ダンケルフェルガーの騎士の中から一人が前に出てきた。神官長と同世代の人だろうか。
「アウブ・ダンケルフェルガー、フェルディナンド様との勝負、私に預けてください」
「……ハイスヒッツェ、其方にはあれを勝負の場に引きずり出すことができるのか?」
「はい!」
神官長と向き合い、彼は「フランメルツの実」と言った。それだけで神官長の顔から余裕に満ちた作り笑いが消える。睨むように神官長が彼を見ると、彼がニッと得意そうに笑った。
周囲のダンケルフェルガーの騎士達からは「よし、行け、ハイスヒッツェ」「頑張れ」と応援の声が上がっている。
……この人がハイスヒッツェさん? すごい! 神官長を勝負に誘い慣れてる感じがする!
青いマントを取り戻すために鬱陶しいくらいに勝負を仕掛けてきたと言っていたが、それはハイスヒッツェが神官長を何度も勝負に引っ張り出すことができたということに他ならない。
……頑張れ、ハイスヒッツェさん! わたしの出版権のために!
「クヴェルヴァイデの葉、ヴィンファルの毛皮」
ハイスヒッツェは神官長と向き合って、おそらく貴重なのだろうと思われる素材の名前を上げていく。わたしは知らない素材の名前ばかりだ。
「フェルディナンド様が勝利すれば、この内の一つを……」
「グランツリングの粉も付け加えて、全てだ。……其方にとって、あのマントはそれくらいの価値があろう?」
神官長が片方の眉を上げて、挑戦的な笑みでハイスヒッツェを見た。それまで得意そうな顔をしていたハイスヒッツェが全財産を巻き上げられた人のような顔になって「うぐぐぐぐ……」と苦しそうに呻く。
……神官長、あんまりハイスヒッツェさんを苛めないでっ! いくら何でも可哀想!
「どうする、ハイスヒッツェ?」
神官長に詰め寄られ、ハイスヒッツェはぐっと顔を上げた。その顔には決意が浮かんでいる。
「私は今度こそ其方に勝利して、あのマントを取り返す。勝負だ!」
「良かろう。では、今回守るべきものは……お互いの領主候補生か。ちょうど同じ年だから好都合だ。これならば、アウブ・ダンケルフェルガーから勝負を挑まれた本人であるローゼマインも一応参加の
体
をなすことができよう」
……はい?
「安心しなさい、ローゼマイン。君は私が必ず守る」
神官長が胡散臭いほどのキラキラ笑顔だ。絶対に何か企んでいるとしか思えない。けれど、出版権がかかっている以上、最も勝率の高そうな神官長にお願いするのが一番だ。「よろしくお願いします」と言うしかない。
「あ、ああ、あの、わたくしが参加すると聞こえたのですけれど……」
「ハンネローレ様、ご安心くださいませ。私が守ります。共にエーレンフェストを打ち倒しましょう。なに、一度はエーレンフェストの聖女を打ち倒したハンネローレ様です。期待しています」
「違います。ハイスヒッツェ、何を言うのですか……」
完全に巻き込まれてしまったハンネローレは涙目で周囲を見回しているが、ダンケルフェルガーは皆、神官長がディッター勝負を受けたところで盛り上がっているため、ハンネローレの様子を気にする者が全くいないように見える。神官長がやる気になってくれたのは、非常に嬉しいけれど、同時に泣きたい気分になった。
……ごめんね、ごめんね、ハンネローレ様! ウチの神官長の企みに巻き込んじゃって本当にごめんね!
わたしが内心で謝りまくっているうちに、神官長とハイスヒッツェの間でどんどんと取り決めがなされていく。神官長とハイスヒッツェの間ではわかりきっていることのようで、「いつものように」とか「ダンケルフェルガーの訓練場で」という短い言葉で次々と勝負に関することが確認されていく。
「では、勝負は卒業式の後に……」
「面倒なことは今すぐに片付けておきたい。領地対抗戦の後半にはダンケルフェルガーもエーレンフェストも出るのだ。故に、後半戦までには勝負を付けてやろう」
神官長がフンと鼻で笑ってそう言った時、ユストクスが木箱を抱えてやってきた。多分、あの中に入っているのは青いマントだ。
「お待たせいたしました、フェルディナンド様」
「では、行くぞ」
そして、わたし達はダンケルフェルガーの寮へと移動した。ダンケルフェルガーの寮の隣には訓練場があり、いつでもディッターができるのだそうだ。どれだけディッターが好きなのだろうか。
本来は他領の者は入れないが、今日はアウブ・ダンケルフェルガーが一緒なので、ブローチの代わりとなるアウブの魔力が籠った魔石を渡されて入ることができるようになった。
今はダンケルフェルガーの訓練場で左右に分かれて、作戦会議の時間である。ハンネローレとハイスヒッツェが打ち合わせるのをダンケルフェルガーの騎士達が取り巻いて、ああでもない、こうでもないと言い合っているのが見えた。ハンネローレはいつの間にか魔石で作られた鎧で身を固めている。
……おっとりして見えるけど、やっぱりダンケルフェルガーの領主候補生だな。
わたしが感心していると、ピシッと額を弾かれた。
「あうちっ!」
「聞きなさい。君の役目は宝なので、この円の中から出ないように、騎獣に乗って、風の盾を作り、おとなしくしていれば良い。むしろ、勝手なことをしてくれるな」
そう言いながら、神官長はわたしが付けているお守りのブレスレットの内の二つを取り上げ、自分の手首に付ける。そして、エーレンフェストのマントを外して、青いマントをぶわりと広げた。ユストクスがマントを付けるのを手伝う間、わたしは領地対抗戦を思って、そっと息を吐く。
「領地対抗戦を放っておいて、ディッター勝負などしても良いのですか、フェルディナンド様?」
来客が多かったのに、二人が飛び出せば、残った養父様達は大変だと思う。わたしの言葉に神官長が非常に嫌な顔になった。
「日を改めた勝負にすれば見物客が嫌でも増えるし、王族が注目する勝負になりかねない。少しでも人目がない勝負にするならば、領地対抗戦から皆が離れられぬ今しかないのだ。勝負自体を却下すると私が言ったにもかかわらず、勝負を受けると決めた君がつまらぬ文句を言うな」
「申し訳ございません」
考えなしはわたしだったようだ。
「フェルディナンド様はこの勝負で一体何を企んでいるのですか? わたくしやハンネローレ様を巻き込む必要はなかったですよね?」
「君を宝にすれば、自分の身くらいは自分で守れるだろう? 魔力を節約して、勝負に集中できる」
神官長は当たり前のことを聞くなというように肩を竦めた。神官長にはわたしを守る気はないらしい。
「私が守るとか、安心しなさいとかおっしゃったのはどなたです!? つい先程のことですよね!?」
「エーヴィリーベからゲドゥルリーヒを救うためにはそれなりの備えが必要なのだ。それに、元々は君の本がかかった勝負だろう?」
「それはそうですけれど……シュツェーリアの盾も、アングリーフの祝福もハンネローレ様はできないのですから、ズルですよね」
ものすごく卑怯なことをしている気がする。わたしの言葉を神官長が鼻で笑った。
「何を言っている? 戦いの場に持ち込んだものをいかにうまく利用するかが勝負を決めるのだ。私は勝てる勝負しかしない」
「知っています」
「ならば、騎獣で降り立ったら、すぐに風の盾を作れ、良いな? 出版の権利を手に入れるのであろう?」
わたしは大きく頷いてレッサーバスを出した。神官長もハイスヒッツェもハンネローレもそれぞれの騎獣を出して乗る。
「準備は良いか?」
アウブ・ダンケルフェルガーの声にバッと騎獣が飛び立ち、それぞれの陣地に下りた。同時に、アウブ・ダンケルフェルガーのよく響く声が勝負の開始を告げた。
「始め!」
見物しているダンケルフェルガーの騎士達から歓声が上がり、ハイスヒッツェと神官長が騎獣を駆る。
わたしは神官長に言われた通り、自分の指輪に魔力を込めていった。
「守りを司る風の女神 シュツェーリアよ 側に仕える眷属たる十二の女神よ 我の祈りを聞き届け 聖なる力を与え給え 害意持つものを近付けぬ 風の盾を 我が手に」